正夢にならなかった夢
ご縁がありまして、皇帝陛下のあたため係2巻が発売されました。
みなさま、どうぞよろしくお願いいたします!
ヤンと菊花の結婚式は、木造の教会で素朴な雰囲気の中、執り行われた。
「王子なんだから、もっと豪華な式にもできたのよ?」
姉であり兎の国の女王であるヴェルヘルミナはそう言ったけれど、ヤンはそう思わない。
だって、ヤンと菊花の結婚は祝福されるばかりのものではないのだから。
この結婚は、巳の国の皇帝――白香樹の不幸の上に成り立っている。
香樹は「おまえならば菊花を任せられる」と言ってくれたけれど、それでも……。
ごくごく親しい者だけを招待した、この小さな結婚式だって悪くないと思う。
なにより、ヤンの隣には美しい花嫁がいるのだ。これ以上の幸せはない。
兎の国の伝統的な衣装に身を包み、花嫁のための帽子を被った菊花は、言葉にならないほどに美しい。
金の髪は日の光を浴びてキラキラと輝き、菫色の目は聡明な光を宿している。
淡く施された化粧は、彼女の魅力を存分に引き出していた。
見るたびに、うっとりとため息が出てしまう。
おかげでヤンは、グッと唇を引き結ばなければならなかった。
何年か経ったあと、笑い話になればいい。
◇
結婚式が終わったあとは、参列者全員で二人のゆかりの地を回るのが通例だ。
ヤンと菊花のゆかりの地といえば、菊花の家の裏にある山だろう。
猪が出るような危険な場所だが、空気を読んだのか、獣の気配は感じられない。
二人きりで歩いた道を、今は大勢でぞろぞろ歩いている。
なんだか不思議で、少し残念。どうやらヤンは、この場所を菊花と二人だけの秘密にしておきたかったようだ。
困ったように眉を寄せるヤンに、菊花がそっと寄り添う。
彼女のあたたかな手をぎゅっと握ると、嫌な気持ちはすっと溶けていった。
さすが、ヤンの選んだ人。
手を握っただけで心を落ち着かせるなんて、実は女神なのではないだろうか。
「愛しています、菊花様」
「あたしもよ、あ・る・じ」
「うわぁっ!!」
聞き覚えのある野太い声に、ヤンは覚醒する。
ガバリと身を起こすと、そこは馬車の中だった。ガタゴトと、視界が揺れている。
「あるじ。もうじき到着するんで、目ぇ覚ましてくださいね」
「わ、かった……」
心臓がドキドキしている。
無理もない。愛しい女性が突然、厳つい護衛に代わったのだ。驚かないわけがない。
ヤンは深呼吸しながら窓の外を見つめる。
護衛のアミールが言うとおり、馬車はもうじきエルナトへ到着するようだ。
(もうすぐ。もうすぐ、現実になる。いや、してみせる!)
確固たる決意を胸に、ヤンは破滅への道を歩み始めたのだった。




