表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/44

第三十六話 提言

 四害駆除の指揮を執っている者が領主の館に到着したのは、日が暮れたあとのことだった。

 どうやら工場で大きな問題が発生したらしく、事態の収拾を図っているうちに遅くなってしまったらしい。


「ようやく解決しまして、急ぎ参上した次第です……」


 深々と頭を下げて謝罪したあと、工場の代表――アミー・ルザリは言った。


 褐色の肌に、細身で筋肉質な体躯。

 彫りの深い顔立ちと癖のある髪は、(ゆう)の国の民の特徴である。


「金色の目を見るのは初めてですか?」


 つい気になって、まじまじと見ていたらしい。

 菊花(きっか)はハッとなって、慌てて目を逸らした。


「あっ、すみません……」


「いえいえ、珍しい色ですから。気になるのは当然です」


 よくあることなのだろう。

 アミーは気を悪くするでもなく、むしろ同意するように小さくうなずいた。


「酉の国の出身なのか?」


「ええ。といっても、生まれが酉の国というだけで育ったのは別の場所ですが」


「だが、その見た目では工場の代表をつとめるのは大変だろう」


「そうですね。簡単なことではありませんでした。エルナトの人たちは()の国の中でも特に酉の国の者を嫌っていますから」


「それにもかかわらず、四害駆除の指揮を任されているとは」


「恐れ入ります」


 感心する香樹(こうじゅ)に、アミーは謙遜しつつも嬉しそうに答えた。


 アミーは威圧感のある香樹を前にしても、物怖じすることなく受け答えができている。

 貴族ではないようだが工場の代表をつとめているので、上流階級の者と接する機会が少なからずあるのかもしれない。


(この人なら、話が通じそうだわ)


 口だけの領主より、よほど頼りになりそうだ。

 領主のことはなんとも思っていないが、アミーに四害駆除を任せたことについては良い判断だと菊花は思った。


 応接室に移った菊花たちは、さっそく四害駆除について話し合うことになった。

 ソファには菊花と香樹、その後ろには花林(かりん)柚安(ゆあん)が立っている。対面に座るのは、アミー一人だ。


「四害駆除について話があるとのことでございますが……」


 アミーの視線は自然と香樹へ向かう。

 当然だろう。この場で最も発言権が強いのは彼だから。

 しかし、香樹はするりとアミーから目を逸らすと、隣に腰掛ける菊花へ向けた。


「菊花」


 ひんやりとした手が、菊花に触れてじわりと熱を帯びる。

 勇気づけるように手を握られ、菊花はこくんとうなずいた。


「私からお話しますね。まず四害駆除ですが、疫病の原因となる害獣や害虫を駆除することで人々の健康を守ることが目的だと聞きました」


「ええ、そうです。それは、あなた様……菊花様が提案された蝗害の対策から発案されたものと伺っております。しかし、領主様は……」


「ええ。でも今は、領主の件はどうでも良いのです。それより問題なのは、四害の一つに指定されているスズメにあります」


「スズメ、ですか?」


 今、アミーの頭にはチュンチュンと鳴きながら地面を跳ねるスズメの姿が浮かんでいるのだろう。

 彼の顔には、「スズメのなにが問題なのか?」と書いてある。

 

 疑問に思うのは当然だ。

 (いぶか)しむように眉を(しか)めるアミーに、菊花は真剣な面持ちで答えた。


「はい。スズメは《羽の生えたネズミ》と呼ばれるほど雑菌を持っている上、穀物を食害する害鳥です。しかし、それだけではないのです」


「それだけではない……と言いますと?」


「スズメが食べるのは、穀物ばかりではありません。田畑を食い荒らすバッタも食べるのです。我が国に在籍している学者は言っていました。スズメがいなくなれば生態系が崩れ、いずれ蝗害が発生する可能性もある……と」


「……あっ……」


 アミーは驚きのあまり声を呑んだ。

 額を押さえて、よろよろと背もたれに寄りかかる。


 そんなアミーの様子を見ていた菊花は、彼が頭ごなしに反対する人でなくて良かったと思った。


(アミーさんならきっと、この提案を受け入れてくれるはず)


 菊花は確信を持って告げた。


「はい。ですから私は、四害駆除からスズメを除外することを提案します」


 アミーは拳を口に当ててなにか思案している様子だった。

 菊花の話を反芻(はんすう)するように「なるほど」と言いながらうなずいている。


「検討してもらえますか?」


「もちろんです。しかし……」


「なにか問題が?」


「四害駆除に協力してくれている方々は、そのほとんどが農業に従事しています。とりわけスズメは穀物の収穫に悪影響を与えるということもあり、捕獲量は群を抜いているのです」


 簡単にはいかないということだろうか。

 菊花の脳裏に、昼間に見た子供たちの姿が浮かんだ。


(このまま引き下がったらだめ!)


 強い意志を宿した菊花の目が、キラリと光る。

 その様子を隣で見ていた香樹が、満足そうに笑んだ。


 そうだ、おまえの思うままにやればいい。

 触れ合った場所から、香樹の願いが伝わってくる。


 菊花の熱意を感じたのか、思案していたアミーがふっと表情を和らげた。

 参りました、と言うかのように。


「ですが、そのような事情があるのであれば、除外せざるを得ないでしょう。明日にでも説明会を開き、皆に事情を周知いたします」


「ありがとうございます!」


「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です。領主様のことで思うところがおありでしょうに、罰するどころか問題点を指摘してくださって……。ありがとうございます、菊花様。そのお心に報いるためにも、しっかりとお役目を全うさせていただきます」


「アミーさん……。私こそ、お願いを聞いてくれてありがとうございます」


「いいえ、当然のことです。しかし、領主様の件がございますから、私が本当に四害駆除からスズメを除外するかご心配でしょう。もしよろしければ、説明会にご同席していただけないでしょうか?」


「もちろんです!」


「それは良かった」


 説明会は、人が集まりやすい昼過ぎに行われることになった。

 今から王都に帰るのは大変でしょうと、その日はアミーの屋敷に泊まらせてもらうことになったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ