第三十四話 内緒
四害駆除の指揮を任されている人物は、買取場所に常駐しているわけではないらしい。
話を聞きに行った護衛が言うには、毎日顔を出す時間はまばらで、今日はすでに工場へ戻ったあとだということだった。
護衛の一人が担当者を迎えに行っている間、菊花たちは四害駆除の買い取りが行われている様子を見てみることにした。
菊花は、スズメの駆除を撤廃することによってエルナトの人々にどんな影響が出るのか、考える材料がほしかった。
四害駆除は、エルナトの人々に豊かな生活をもたらしている。
それは以前、酒場で見聞きしたことでも明らかだ。
昼間から酒を飲み、賭け事にふける人々。
時間とお金がなければできることではない。
(蝗害を防ぐためとはいえ、納得してもらえるかどうか……)
四害駆除で稼ぐから、蝗害なんて関係ない。
そう言われてしまったら、菊花に為す術なんてないのだ。
四害駆除に貢献している人の多くは、農業従事者だろう。
工場勤務の者では、時間の融通が利きづらい。
それに、畑にはスズメがいる。
収穫前の今の時期、邪魔なスズメを捕獲できて、なおかつ金になるともなれば、反発するのは当然の流れだ。
(同じ立場だったら、私だって文句を言うもの)
菊花は山で採ったものを売って生計を立てていた。
採り尽くさないように気をつけていたけれど、山にあるものを勝手に採ってはいけませんなんて言われたら、文句を言っていたはずだ。
(天災が起きるからやめるようにって言われたら……やめるかしら?)
分からない。
もしかしたら、菊花一人だけだしいいだろうと思うかもしれなかった。
領主の館には、遠くまで見渡せる塔がある。
有事の際は監視塔になるというそこから、菊花たちは下の様子を見ていた。
領主の館の隣に建てられた天幕が、害獣害虫の買取場所になっているらしい。
昼過ぎの時間帯だが、天幕の前には列ができていた。
並んでいる者はみな、明るい表情をしている。
良いことをしているからか、あるいは金になるからか。
どちらにせよ、心配している人や罪悪感を抱いている者は一人もいないようだ。
「小さな子どもも並んでいるのね」
「ええ、みんな箱を持っていますわ」
「蚊やハエが入っているのでしょうか?」
菊花と花林と柚安は、見たものをそれぞれ言い合った。
香樹はといえば、菊花が落ちやしないかと心配しているようで、下ではなく彼女を見ている。
とはいえ、なにもしていないわけでもないらしい。
獣人の特性を活かして、下にいる人たちの会話に耳をそばだてている。
「あんな小さな子が、ネズミやスズメを捕ってくるとは思えないけれど……」
「菊花の言う通り、子どもは蚊やハエを捕ってきているようだ。前から三番目に並んでいる子どもがそう言っている」
「やっぱりそうだよね。あんな小さな子が捕まえられるわけ……」
ないよね、という菊花の声は遮られた。
「しっ」
瞠目した香樹が、素早い動きで菊花の唇に指を押し当てた。
様子を見ていた花林と柚安も、黙って香樹に注目する。
発言を遮るということは、注意して聞かなければならないほど小さな声なのだろう。
誰にも聞かれたくない、秘密の話をしているということである。
(あやしい……!)
香樹の邪魔をしないよう、菊花は静かに彼を待つ。
やがて、菊花の唇から指が離れた。
「……なるほど」
顎を撫でながら、香樹は納得のいかない顔をしている。
彼は一体、なにを聞いたのだろう。
香樹の様子からして、良い話でないことは明らかだった。
「なるほどって……。なにを聞いたの?」
納得はできないが、飲み込むしかない。
そんな顔をして、香樹は告げた。
「スズメを捕獲する、良い作戦があるそうだ。子どもでもできる、簡単な方法だと言っていた」
「子どもでもできる……? まさか、怪しい方法じゃないでしょうね」
まるで人さらいの常套句のようだ。
警戒をにじませる菊花に、香樹はそうではないと頭を振る。
「怪しくはない。スズメにとっては、ひどい話だが」
香樹が聞いた話は、こうだ。
鍋やバケツなど音が鳴るものをたたいて、スズメが木の枝で休む隙を与えない。
するとスズメは死んで、空から落ちる。
落ちてきたスズメを買い取ってもらえば、蚊やハエより多くの金がもらえるぞ――ということらしい。
「そんな……」
「なんて惨いことを……」
菊花は、そんな惨い方法を子どもたちに教えた人のことが信じられなかった。
「一体誰が、そんな方法を子どもたちに教えたの⁉」
下を見ると、箱を放り出して走り去る子どもたちの姿が見えた。
きっと、家に鍋やバケツを取りに帰ったのだろう。
菊花の脳裏に、無邪気にスズメを追い回す子どもたちの姿が浮かんで消える。
「このままじゃ、スズメが大勢殺されちゃうわ……」
戌の国と酉の国の国境近くで、スズメの大量虐殺。
疫病を防ぐという大義名分があったとして、果たして酉の国の民が許すだろうか。
(怒り狂う未来しか想像できない……!)
そこまで考えるのは、飛躍しすぎだろうか。
けれど、あちこちで衝突している酉の国の事情を考えると、あり得ない話ではなかった。
(一刻も早く、話をつけないと)
呼びに行った護衛はまだ戻らないのだろうか。
もどかしさに拳を胸に当てながら、菊花は祈るように「早く」とつぶやいた。




