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第三十二話 益鳥

 提案した者として、行く末が気になるだろう。

 香樹(こうじゅ)はそう言って、菊花(きっか)を執務室に引き入れてくれた。


 女官に扮した菊花は、執務室の隅でひっそりと待機していた。

 執務室の中には、数人の学者と大勢の文官でいっぱいだ。

 隅にいる菊花を気にかける者は誰もいなかった。


 執務室の中央に置かれた卓の上には、資料らしきものが山積みになっている。

 読み終えた本を積み上げながら、香樹は言った。


「つまり、彼女の言っていることは理にかなっていると?」


「え、ええ……。そそそ、その通りでございます」


 香樹の言葉に、汗を拭き拭きどもりながら答える学者たち。

 今受け答えしている彼は、前に女大学で見たことがある。たった一度しか登壇しなかったけれど、菊花にしては珍しくつまらない授業だった。


(女に教えることではないって思っているのが顔にも声にも出ていたっけ)

 

 とても質問できるような人物ではなくて、さすがの菊花も後を追うのをやめた。


 後宮側が不要と判断したのか、それとも学者が拒否したのかは分からない。

 けれど、それ以降彼の姿を女大学で見ることはなかったのですっかり忘れていた。


「そうか、分かった。下がれ」


「も、もうでございますか⁉︎」


 用は済んだとばかりにすげなく視線を外されて、学者は焦る。

 慌てて言葉をかけると、香樹から凍てつくような視線を向けられた。


「ひぃっ」


 よろよろと後退する学者と、諦めてうしろに下がっていく学者たち。

 彼らの代わりに前へ出たのは文官たちだ。

 さっそく、バッタに支払う金額の話し合いが始まる。


 提言するきっかけとなった文官がなぜ文官をやっていられたのか疑問に思うくらい無能だっただけに、話が進まなかったらどうしようと菊花は一抹の不安を覚えていた。

 しかし、どうやら杞憂(きゆう)だったようだ。するすると話が進んでいく。


 学者と違い、文官たちは一刻も早く終わらせたくて仕方がないようだ。

 一つの間違いも許されないと、気を張っているのが分かる。


(ひえぇ。大変だ……)


 哀れみの表情で文官たちを見つめていた菊花は、ふと袖を引かれて視線を隣へ移した。

 見ると、菊花と同じ年くらいの青年が立っている。


(もしかして、怪しいやつだって思われている⁉︎)


 執務室には、皇帝と側近、学者と文官しかいない。

 その中でひっそりと存在を消すように立っていても、菊花は目立っていた。


 菊花の背中を冷や汗が伝っていく。

 悪いことをしているわけではなかったが、問題を起こせば香樹に迷惑をかけることになってしまう。


「な、なにか?」


「お姉さんはなんでここにいるの?」


 まさか、「提言したからどうなるか見守っているところです」なんて言えるわけもない。

 しどろもどろになりながら、菊花は答えた。


「私は……私はそう、女官だから。いつなにを申しつけられても対応できるようにここで待機しているのです」


「そうなんだ」


 執務室にいるほとんどの者が皇帝に畏怖している。

 菊花の不審な態度を見ても、青年は気にならなかったようだった。


「ああ、怪しい者じゃないよ。俺の名は、(セン)。虫を研究してる学者なんだけどさ、下っ端は発言すら許してもらえなかったわ」


「そ、そうなんですか」


 見たところ、青年は呼び出された学者の中で最年少らしい。

 香樹の質問に答えていたのは、代表と思しき年配の学者数名だけ。

 若手の彼に出番は回されなかったのだろう。


「それにしてもさ、提言した人すげぇな。俺もいろいろ考えてたんだけど、買い取るのは思いつかなかったわ」


「いろいろ? どんな案を考えていたのですか?」


「あ、もしかして興味ある?」


 出番がなくて退屈していたのだろう。

 菊花が小さくうなずくと、青年は意気揚々と話しだした。


「えっとねー。いろいろあるんだけど、一番面白そうなのが、スズメ育成計画」


「スズメ育成計画……?」


「なんの捻りもない、まんまの名前なんだけどね。スズメをたくさん育てて、バッタをいっぱい食べてもらおうって計画なんだ。ほら、スズメはバッタを捕食する動物だろ?」


「バッタだけじゃなくて穀物も食べますけどね」


「そうなんだよ。たくさんのスズメがバッタを食い尽くしたらそのあとはどうなるんだって話で……。でもさ、スズメがいなけりゃバッタが増えて畑を荒らすんだぜ? それこそ、今回みたいに蝗害になることもあるわけで……」


 その後いろいろありすぎて、すっかり記憶のかなたに追いやっていた。


 スズメは穀物を食べる害鳥だけれど、同時に害虫を食べてくれる益鳥でもある。

 つまり、スズメを駆除したら蝗害を引き起こす可能性があるわけで――。



 ◇◇◇◇



「――そうよ。どうして私は忘れていたのかしら!」


 信じられない!と菊花は憤りながら立ち上がった。

 

 菊花が急に立ち上がったので、馬車が大きく揺れる。

 香樹は菊花を、柚安(ゆあん)花林(かりん)をそれぞれ支えた。


「菊花様」


 柚安にしがみつきながら、非難の視線を向けてくる花林。

 菊花は謝りながら、しかしめげずに答えた。


「ごめんなさい……。でも、良いことを思い出したの!」


「良いこと? 話の流れからして、スズメのことだと思いますが……」


 (いぶか)しむように眉を(しか)める花林に、菊花は意気揚々と答えた。


「そうなの! この話をすれば、四害駆除からスズメを除外してもらえると思うわ!」


 力強く宣言した菊花に花林と柚安は感嘆の声を上げ、香樹は満足げに「そうか」とうなずいたのだった。


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