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第三十話 悪女

 朝早く、菊花(きっか)たちはリリーベルとヴァロンタンが暮らすウェズン宮殿にお邪魔していた。

 自分に関わる重要な話をされると聞いて菊花は緊張で胸をドキドキさせながら耳を傾けていたのだが、聞き終えた彼女はどこかパッとしない様子だ。


「ええと、つまり……私が提案した蝗害(こうがい)収束の策を、まるで自分で考えたかのように言いふらしている人がいるってこと?」


 菊花の言葉に、一同は「その通り」とうなずいた。

 この場にいる誰もが、多かれ少なかれ憤慨している。

 特に香樹(こうじゅ)はかなり苛立っていて、全身からパチパチと静電気を発しそうなくらいだ。


(怒って毛を逆立てている猫みたい。蛇だけど……ふふっ)


 空気を読まずに笑ってしまいそうになって、菊花はむんと口をつぐんだ。


「あの案は、多くの人を救った。菊花が思っている以上に、すばらしい結果をもたらしている」


「香樹……」


 苛々と揺すっている香樹の太ももを「どうどう」と(なだ)めながら、それでも菊花はまだピンときていないようだ。

 困った顔で、ぼやくようにうなる。


「そう言われてもなぁ……。私だって、たまたまそういう経験をしていたから思いついたわけだし」


 蝗害に関する策は、無から菊花が考えたものではない。

 菊花は、山で採集したものを買い取ってもらって生活していた。

 経験していたから、思いついた。それだけのこと。


 特別なことなんて、なにもない。

 なので、菊花としては(別にいいんじゃない?)という心境だった。


 以前、リリーベルは言っていた。


 ――菊花は偶然だって言うけれど、必要な時に必要なことを正確に思い出すのはすごいことなんだ。


 リリーベルが言っていた通り、菊花のそれは才能なのだろう。

 だからこそ、思ってしまうのだ。


(それって、領主様も同じってことよね?)


 エルナトで四害駆除が施行されても、菊花の実績がなくなるわけではない。

 ()の国の正妃が考えた蝗害収束の案は私が考えたものだと言われていないのであれば、菊花としては騒ぎ立てる必要はないと思ってしまう。

 今こうして集まって話し合っているのだって、やりすぎだと思っているくらいだ。


 しかし、菊花が冷静であれば冷静であるほど、周囲の怒りは増していく。

 特に香樹と花林(かりん)の怒りは凄まじく、宥めれば宥めるほど過熱していくようだ。


 菊花は閉口した。


(ダメだわ。今はなにを言っても、火に油を注ぐことになっちゃう)


 とりあえず落ち着くまで待つことにした菊花は、その後の対策について論じている香樹たちの様子をチラリと見遣ったあと、テーブルの上にあった資料に手を伸ばした。


「四害駆除か……」


「四害……ネズミ、スズメ、蚊、ハエを駆除する施策ですね」


 後ろに控えていた柚安(ゆあん)が、ひょいと身を屈めて資料を覗き込んできた。

 普段であれば香樹が「控えよ」と不機嫌に押しのけるところだが、今は怒りでそれどころではないようだ。生き生きと、花林と話を詰めている。


「ペストを蔓延(まんえん)させるネズミ、伝染病を媒介して穀物を食害するスズメ、マラリアの原因となる蚊、そして空気中に蔓延するハエ」


「その四つを駆除することで、病気の蔓延が防げるということですね」


「そうね」


 柚安へ答えながら、菊花は【三羽のオウム】で見た光景を思い出していた。


 酔っ払った男たちが、何匹取った、何羽仕留めたと言い合っていた。

 どうやら、どちらがより多く買い取ってもらえるか競争していたようだ。


(周りにいた人たちは、その結果にお金を賭けていた……)


 ヤンが言うには、漏れ聞こえた金額は決して少額ではないようだ。

 彼らは四害駆除の恩恵にあずかり、ある程度まとまったお金を持っていると推測される。


(あの時、おねえさまは言っていたわ。新たな火種が見つかったかもしれないって。それは、このことだったんだ)


 あの時、リリーベルがどこまで察していたかは分からないが。

 少なくとも、今のこの状況までは思い描いていたはずだ。


(ヴァロンタン様は喜ぶどころか死んだ目をしているけれど)


 きっと連日の話し合いで疲れているのだろう。

 菊花は哀れみの表情で手を合わせた。


「菊花様。この資料によれば、駆除した虫や動物は領主の館で買い取りをしているようですよ」


 一体どれだけの数の虫や動物が買い取られているのか。

 酒場にいた男性たちの様子から察するに、決して少なくない数だろう。


 蝗害の時もなかなか大変だったと報告を受けている。

 地方の領主がなんとかできる範囲なのだろうか。


「心配だなぁ。私の提案が元になっているなら、なおのこと……。なんか、責任を感じるし……」


「おまえが責任を感じる必要はない!」

「菊花様が責任を感じる必要はございませんっ」


 香樹と花林から否定されて、菊花はたじろぐ。

 でも、と菊花は唇を尖らせた。


「その領主様、自分の案だって言い回っているんでしょう? だけどさ、もし、もしもだよ? この施策でなにか問題が起きた場合、私に責任転嫁するんじゃないかな?」


 王都から離れているからバレやしない。

 そんな風に思う人だ。


 香樹は菊花の案を聞いた時、そのまま受け入れるのではなくきちんと確認した上で使ってくれた。

 けれど、菊花の策を流用するような人が確認をするだろうか。

 都合が悪くなったら菊花のせいにして、逃げるのではないだろうか。


(むしろ、そうなる予感しかしないのだけれど……⁉︎)


 怒れるエルナトの人々。農具を持って立ち上がった彼らは王都へ攻め入り、事態を重く受け止めた()の国の王は巳の国へ宣戦布告。その先にあるのは――間違いなく、死!

 そして、菊花は巳の国を破滅に向かわせた悪女として歴史書に記されてしまうのだ。


(そんなの絶対にいや――――!)


 悪女だなんて、まっぴらごめんである。

 これはもう、なにがなんでもやらねばならない。


(私のせいにはしませんって、約束してもらわないと!)


 菊花は、しゃんと背を伸ばして挙手をした。


「あのぅ、ちょっと、よろしいでしょうか……?」


 菊花の声に、香樹と花林がピタリと口を閉じる。死んだ目をしたヴァロンタンは静かに菊花へ向き直り、リリーベルは期待に満ちた目で菊花を見つめる。

 覚悟を決めた菊花の凜とした横顔に、香樹はしばし見惚(みと)れた。


「罰を与える前に、まずはエルナトへ行って領主様とお話しするのはどうですか?」


 なにはともあれ事実確認が先だと言えば、当事者である菊花の願いはすぐにでも叶えるべきだと、明日にもエルナトへ向かうことになったのだった。


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