第二十六話 支援
三羽のオウムで軽く食事をしたあと、三人はエルナトの町を出た。
森の入り口に建っている小屋で、入林手続きを行う。
無許可で伐採する者がいるので、その予防らしい。
手続きを済ませると、ちょうどいいタイミングで案内人がやってきて、植林作業をしている場所へ案内してくれると言う。
菊花たちは案内人の後に続いた。
「森に入るのに手続きが必要なんですね」
入林手続きをした小屋を振り返りながら、菊花は言った。
「ああ。以前は手続きを不要としていたのだけれどね……」
周囲を見回すリリーベルの表情は暗い。
森に入るまで気がつかなかったが、中はとても日当たりが良い。
燦々と降り注ぐ日の光。切った木の鮮やかな香り。
踏みしめる地面は木くずでふかふかしており、歩きやすかったり歩きにくかったりとまだらだ。
こうして森の中に入ってみて、初めて分かる。
(……切りすぎでは?)
エルナトから見える範囲は伐採されていなかったから、気がつかなかった。
近くを通過するだけだったら、気がつかないだろう。
森の中は、遠くの様子が見えるくらいに木が少なかった。
外側はちゃんとして見えても、内側はすっからかん。まるで、クリームが入っていない泡芙みたいだ。
素人目にも分かる。
これは、木を育てるために間引いているのではなく、無計画に切り出した結果なのだと。
(翠先生は言っていたわ!)
持続可能な資源である森を保つためには、木を植えて、育てて、収穫する――その繰り返しが大切だ。
植えすぎてもいけないし、伐採しすぎてもいけない。
木を早く育てる方法はまだないから、それを上回る速さで伐採してしまうと、当然ながら森がなくなってしまう。
(まさに、今この状況がそれというわけね!)
習ったばかりの知識を実際に目にすることができて、菊花はうれしい。
不謹慎だとわかっているが、彼女の好奇心は否応なしに満たされる。
(聞いて、見て、試す。今日はなんて充実した日なのかしら)
この森は、戌の国にとっても酉の国にとっても大切な場所だ。
大切な資源を得る場所であり、神聖な場所でもある。
絶対に、なくすわけにはいかない。
「ここまでしても、無許可で伐採する人が後を絶たない」
ほとほと困り果てた顔で、リリーベルは言った。
凜々しい横顔に、疲れがにじんでいる。
「それくらい、儲かる商売なのでしょうね」
ヤンは、やれやれと肩をすくめた。
その顔にはありありと「馬鹿馬鹿しい」と書いてある。
「ああ。だが、このままでは森がなくなってしまう。そうなってしまえば、酉の国がなにを言ってくるか……」
「最悪、戦争になる可能性もありますね」
言い淀むリリーベルに、ヤンはトドメを刺した。
かわいい顔をして、容赦がない。
「戦争⁉︎」
思いも寄らない単語を聞いて、菊花はギョッと目を見開いた。
足の下で、パキリと音を立てて枝が折れる。
森の中は静かで、枝が折れた音がいやに耳についた。
それはまるで、菊花を脅かそうとしているようで。
菊花は怯えた目で辺りを見回した。
足を止めた菊花をエスコートするように、ヤンが促す。
彼は、森の向こう側を見るように遠い目をしていた。
「酉の国にとってこの森は、聖地です。聖地を破壊する者のことを、彼らがゆるすはずがない」
酉の国の人々は信心深いのです。
そう言って、ヤンは諦めるようにため息を吐いた。
兎の国と酉の国は砂漠を挟んで隣り合っている。
もしかしたらヤンも、酉の国に思うところがあるのかもしれない。
「今は、誰が入ってどれくらい採ったのかきちんと記録して管理している。だが、もとの森のようになるには、途方もない時間がかかるそうだ」
戌の国の学者は言ったそうだ。
この森がなくなれば、酉の国の砂漠が戌の国まで続くことになる。
今はまだこの森を守ることしかできないが、もしも森を守り切ることができれば、年々範囲を広げている酉の国の砂漠化を防げるかもしれない――と。
学者の言葉を希望にして、戌の国では国王自らこの問題に取り組んでいる。
今はまだ王侯貴族が一丸となるには至らないが、いずれはそうなるよう働きかけているのだそうだ。
「なるほど。では今日は、張り切って植えないといけませんね、菊花様」
「任せて、ヤン。知っているでしょう? 私は畑仕事に慣れているのよ。二人よりたくさん植えてみせるわ!」
胸をドンとたたいて、菊花は宣言した。
頼りがいのある様子に、ヤンは盛り上げるように拍手喝采する。
巳の国の正妃が自ら赴いて木を植えたとあれば、戌の国の貴族たちも無視はできないだろう。
(これを機に、支援の輪が広がればいいのだけれど)
だが菊花は、戌の国でも侮られている。
舞踏会で香樹の怒りを目の当たりにした貴族は多少見直したかもしれないが、リリーベルが期待するほどの効果は出ないかもしれない。
虎の威を借る狐。
その言葉がふと脳裏を過って、菊花は苦い笑みを浮かべた。
「悔しいな……」
香樹に守られるばかりの自分に、腹が立つ。
悔しくて、悔しくて、地団駄を踏みたいくらいだ。
もちろん、二人の前でそんな姿を見せられないが。
ヤンの視線を感じて、菊花は慌てて笑顔を取り繕う。
そんな菊花にヤンは、一瞬なにかを言いたそうに顔を歪めた。
もしかしたら、見間違いだったかもしれない。
次の瞬間には、いつもの彼だったから。
菊花に向けるその笑みは穏やかなのに、責められているような気持ちになってしまうのはなぜなのか。
深く考える間もなく目的地へ到着してしまい、植林作業に夢中になった菊花がそれ以上を考えることはなかった。




