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第十四話 睡袍

 リリーベルに連れられてどこへ向かうのかと思いきや。


「お待ちしておりましたわ、菊花(きっか)様」


「ふぇ⁉︎」


 廊下に出た途端、待ち構えていた花林(かりん)に腕を取られた。

 その細腕のどこにそんな力が⁉︎と思うような強さに、菊花は(ひる)む。


 右腕にはリリーベル、左腕には花林。

 美しい二人に挟まれた菊花はなんだか悪いことをしているような気分になって、居心地の悪さをごまかすようにヘラリと笑った。


「えっと。どうかしたの? 花林」


「どうかしたの、ではありませんわ。舞踏会に向けて、衣装を決めなくてはなりませんのに」


「なるほど……? でも私、おねえさまともう少しお話がしたくて……」


 あとじゃダメ?とお願いする菊花に、花林が言いづらそうに眉を寄せる。

 リリーベルは思案するように顎に拳を当て、すぐに答えた。


「いや、舞踏会の衣装選びは大事だよ。そうだ、良ければ私も同席させてくれないか?」


 リリーベルの提案に、花林が嬉しそうにぽんと手を打った。


「まぁ! リリーベル様が一緒なら、すてきな装いになるに違いありません!」


 花林の黒曜石のような目が、キラキラと輝いている。

 きっと彼女も、菊花と同じようにリリーベルに憧れを抱いているのだろう。

 柚安(ゆあん)を見る時とは異なるが、同じくらいの熱量を感じる。


(シュミーズ・ドレスのこぼれ話も、おねえさまが関係していたから知っていたのかも)


 花林の意外な一面には驚いたが、楽しいのは良いことだ。

 菊花はうんうんと頷いた。


(二人が仲良しだと私も嬉しいわ)


 傍目から見れば、美男美女。

 目に大変よろしい。

 菊花は、孫の晴れ舞台を見つめるおばあちゃんのような慈愛のこもった目で二人を眺めた。


「ふふ。信頼してくれて、どうもありがとう。ついでに寝間着も選ぼうと思うのだけれど、どうかな? 私は、香樹様の旅の疲れが吹っ飛ぶようなセクシーなものが良いと思うのだが」


「すてきですわ! 菊花様にとっても陛下にとっても、甘い夜になるような至高の一着を選びましょう」


「その通りだよ、花林さん。どうやら私たち、気が合うようだね」


「ええ、そのようですわね。そうと決まれば、さっそく向かいましょう。さぁ、菊花様――」


 菊花が目の保養につとめている間に話はまとまったらしい。

 ハッとなった時にはもう、菊花はずるずると連行されていた。


「えっ。どっ、どこに行くんですか⁉︎」


 行けば分かると半ば強制的に連れて行かれた先は、衣装部屋だった。

 生まれ育った家の数倍はありそうな広い部屋に、菊花は口をぽかりと開けて見入る。


 見渡す限り、ドレス、ドレス、ドレス!


 チラッと見えた薄い生地の衣装はなんだろう。

 なんだか嫌な予感がして、菊花は不自然にそこから目をそらした。


 壁際には、()の国から連れてきた女官とリリーベル付きらしい侍女がそれぞれ数名ずつ待機している。

 皆すました顔をしているが、見慣れない異国の衣装が気になるようだ。遠慮がちに、だけど興味津々の様子で視線を向けている。


 そんな彼女たちの意識をこちらへ向けるように、リリーベルがパンパンと手を鳴らした。

 花林は女官に、リリーベルは侍女にそれぞれ指示を出すと、女性たちはきびきびと動き出す。


 先に戻ってきたのは、侍女たちだ。

 菊花の気のせいでなければ、先ほど目を背けた破廉恥な衣装が目の前に並べられている。


(なっ、なっ、な――――⁉︎)


 色っぽすぎて、直視できない。

 菊花は「ぴゃあっ」と奇声を上げて、手で目を隠した。


「こちらのベビードールはいかがでしょうか?」


「いいえ、こちらのネグリジェがおすすめですわ」


「とんでもない。こちらのテディが一番お似合いです」


 彼女たちの手には、一見するとドレスのようなかわいらしいものから、目を背けたくなるようなセクシーランジェリーまで、ありとあらゆる寝間着がそろえられていた。


 のちに菊花は言う。ただの寝間着と侮るなかれ。あんなに種類があるとは思いもしなかった――と。


 気づけば、すっかり日が落ちていた。

 リリーベルと花林の衣装選びは白熱して、終わりそうにない。


「そろそろ寝る時間じゃないかな」


 白々しく言ってみるが、言い合っている二人には届かないようだ。


 楽しそうでなによりです。

 菊花は言葉を飲み込んだ。

 女官と侍女は苦笑いを浮かべている。


「…………」


 もはやどうにでもなれと菊花が身を投げだした瞬間、ぷちゅんとくしゃみが出た。

 部屋の中は暖かく、寒さを感じたわけではなかったけれど、我に返った二人が衣装選びを翌日に持ち越すことにしてくれて、菊花はようやく衣装部屋から解放されたのだった。


「――ありがたい。それは、ありがたいのだけれど……」


 あてがわれた部屋へと続く廊下をとぼとぼと歩きながら、菊花は叫び出したい気持ちでいっぱいだった。

 なぜなら──、


「ひえぇ……さすがにこれは……さすがにこれはないのではないでしょうか……?」


 独り言なのについ畏まった口調になってしまうくらい、菊花は動揺していた。


「いつもの寝間着が一番だと思うのです」


 おやすみと送り出してくれたリリーベルの顔が、策士めいていたような気がしてくる。

 その後ろで満足げに手を振っていた花林も、一癖も二癖もありそうな笑顔だったような……。


「気のせい、だよね?」


 だって、今の菊花の格好ときたら。

 フリフリのレースが、ふんだんにあしらわれたネグリジェ。

 それも、香樹が好んで菊花に贈る淡色! 


(生地が薄い! 透けそう!)


 上からローブを羽織っているが、なんとも心許ない。


「かわいい……たしかにかわいいけど、でも……」


 菊花にはいささか()()()というか。

 ()の国風に言うならば、限りなくセクシーに近いキュートだ。


「これが、香樹の好みなの……⁉︎」


 うなりながら歩いていると、やがて目的の扉が見えてきた。

 一つ手前の扉は、香樹の部屋である。


(どどど、どうしようっ⁉︎)


 リリーベルと花林の好意を無碍(むげ)にして自室へ戻るか。

 二人の好意に報いるためにも、香樹の部屋を訪ねるべきか。

 廊下の真ん中をうろうろしながら、菊花は考え込む――と、その時だった。


「菊花?」


「ぎゃあっ⁉︎」


 菊花は飛び上がらんばかりに驚いた。

 慌てて振り返ると、毎晩目にしている寝間着姿の香樹が驚いたように目を見開いて立っている。


(何に対して驚いているの?)


 ドッドッドと心臓が早鐘を打っている。

 菊花は無意識に胸元を押さえた。


 香樹が驚いているのは、菊花の謎の行動に対してだろうか。

 それとも、服装だろうか。


 もしも後者だったら、居た堪れない。

 その場合はぜひとも知らないふりをしてほしいと、菊花は願いを込めて香樹を見つめた。


「……おい、肉」


 香樹に自覚があるのかは知らないが、彼が菊花を「肉」と呼ぶ時の大概は、菊花に意地悪をしようとしている時か照れている時だ。

 久々の肉呼ばわりに、菊花はゾクっとしたものを感じて背中を震わせた。


「あ……っ」


 熱に潤んだ目は、林檎飴(りんごあめ)のように赤々としている。

 食われる――そう思った瞬間、菊花は香樹の腕にさらわれていた。


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