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第十三話 挨拶

 応接室では、菊花(きっか)は当たり前のように香樹(こうじゅ)の膝の上へ座らされた。

 馬車の中でも最終日以外はずっとそうだったので、もはや菊花は諦め――ようと努めたが、無理だった。


(だって、リリーベル様たちがいるもの!)


 真っ赤な顔をしていそいそと香樹の隣へ座り直す菊花に、第二王子は不可思議なものを見るような目を向けてきた。

 見ると、リリーベルは第二王子の膝の上にいる。

 お茶の用意をする侍女も特別驚いた様子はなく、これが当たり前のようだ。


 菊花ばかりが恥ずかしく思っているのだろうか。

 常識とはなにか、自問自答してしまう菊花である。


「まずは私の夫を紹介しよう。彼は、ヴァロンタン・ラデライト。この国の第二王子だ」


 ヴァロンタンの膝の上から、リリーベルが言った。

 膝の上なのに堂々としていて、笑うところなのか同情するところなのか迷うところだ。


「ヴァロンタン・ラデライトだ。どうぞよろしく」


 菊花はツッコミの言葉を飲み込んだ。

 隣に座る香樹から、不穏な空気がにじみ出ている。

 これ以上刺激してはいけないと判断した菊花は、当たり障りのない笑顔を浮かべた。


「私の妻、菊花だ」


「菊花です。どうぞよろしくお願いいたします」


 頭を下げると、握手を求められた。

 菊花がおずおずと手を伸ばすと、触れる前に香樹がヴァロンタンの手をたたき落とす。


(な、ななな、なにしてんのよ、香樹――っ‼︎)


 これには菊花も驚いた。

 目を剥いて、たたき落とされたヴァロンタンの手を凝視する。


 ほんのりと赤みを帯びた手の甲は、とても痛そうだ。

 しかし、ここで「大丈夫ですか?」などと言って菊花が手を出せばどうなるのか。

 香樹の不穏な空気が如実に語っている。


(即、帰国‼︎)


 だが、外交問題に発展しやしないだろうか。


 菊花は嫌な想像をしてしまった。

 皇帝陛下が他国の第二王子に暴力沙汰。怒れる()の国の王は()の国へ宣戦布告。そして――死!


(いや――っ‼︎)


 菊花が心の中で絶叫していると、クスクスとおかしそうに笑う声が聞こえてきた。

 恐る恐る顔を上げると、たたき落とされた手をヒラヒラさせながらどこか嬉しそうにしているヴァロンタンが目に入る。


「なるほど。たしかに番のようだ」


(え。どの辺りが……⁉︎)


 なにがどうしてそういう結論になるのか、菊花には分からない。

 けれど、獣人同士なにかあるのだろう。

 ひとまずヴァロンタンが不機嫌にならずにすんで良かったと、菊花は胸を撫で下ろした。


「獣人の中でも蛇は特に嫉妬深い。番が触れられることすら嫌がると聞いていたが、話の通りだったね」


「……ヴァロンタン」


 菊花が口を挟むのを遮るように、香樹はひやりとした声を発する。

 対するヴァロンタンはさすが王族とでも言おうか、余裕の表情だ。


「明日の舞踏会では香樹以外と踊ることはなさそうだね」


「……ヴァロンタン」


「はいはい、見過ぎだと言いたいのでしょう?」


「分かっているなら、見るな」


 本当は菊花を腕の中に閉じ込めて隠してしまいたいくらいなのだろう。

 こんなに落ち着かなそうにしている香樹は初めてで、菊花はそわそわしてしまう。


「ふふ。(つがい)の前では冷酷無比な皇帝陛下も形なしだね。ああ、おかしい」


「おい」


 クスクスと目に涙を浮かべて笑っているヴァロンタンに、香樹の冷ややかな視線が突き刺さる。

 文官が失神してしまうほどの威圧だが、やはりヴァロンタンはけろりとしていた。


「はいはい。ではリリィ、君は菊花さんとゆっくりしておいで。私たちは仕事の話があるからね」


「ああ、そうしよう。では行こうか、菊花」


 ヴァロンタンの膝から降りたリリーベルが、恭しく手を差し出してくる。

 リリーベルの手と香樹を見比べながら、菊花は逡巡(しゅんじゅん)した。


「え、でも……」


「構わぬ。行ってこい」


 本当は菊花と離れたくないのだろう。

 菊花を見つめる目は、どこか寂しげだ。


「じゃあ、行ってくるね?」


 再確認するように尋ねると、名残りを惜しむように菊花の脇腹をひとつまみして香樹の手が離れていった。

 仕事の話だと言われては、堂々と居座ることもできない。

 菊花はリリーベルとともに部屋を後にしたのだった。



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