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第十二話 悶々

「なにをしている」


 氷のような声に、室内の温度差がグッと下がったような気がする。

 菊花(きっか)はまるで呪縛を解かれたかのように、数度まばたきを繰り返した。


「あ……香樹(こうじゅ)。あれ? 一体、どこから……?」


「そこからだ」


 クイッと顎で示された先を視線で追う。

 どうやら菊花の部屋と香樹の部屋はつながっていて、扉で行き来できるようになっているらしい。


 客人をそっちのけにして睦み合っている二人に眉をひそめた香樹は、菊花のもとへ足早に向かって来たかと思うと、有無を言わせず目を覆ってきた。


「香樹」


 視界を遮られても、今更だ。

 菊花はむずがるように身をよじった。


「ねぇ、どうして目隠しをするの?」


「目が腐る」


「はぁ?」


 そんなこと、あり得ない。

 なにせ、目の前にいるのは美形夫妻なのである。

 目の保養になればこそ、病気になるわけがない。


(酒も過ぎれば毒になるとか、そういうことなのかしら? それなら、毎日香樹を見ている私の目は、とっくになくなっていると思うのだけれど……?)


 じわじわとぬくもっていく香樹の手を感じながら、菊花は無邪気に首をかしげた――その時である。


「私以外の男を注視するとは……」


 耳のすぐ近くに、香樹の息づかいを感じる。

 反射的に首をすくめた菊花の耳に、香樹はささやいた。


「お仕置きが必要か?」


 耳に注がれた甘ったるい提案に、菊花は大慌てで首を横に振った。

 目を覆っていた手が外れ、香樹の姿が目に入る。

 いたずらが成功した子どもみたいな顔をしている彼に、菊花は(からかわれた!)と悟った。


「もう、香樹!」


 頬を膨らませてプンスカしている菊花に、香樹はこらえきれない様子でクスクスと笑い出した。

 しかし、時折菊花を見る目にはどこか気遣うような様子もあって。


 きっと、菊花が戸惑っていることに気がついていたのだろう。

 目のやりどころに困っていたから、香樹の配慮はありがたい。だけど……。


(簡単に翻弄(ほんろう)されて、悔しいわ!)


 菊花の中でむくむくと反抗心が頭をもたげてくる。

 大人びた表情を貼り付け、菊花はツンとして言った。


「これくらい平気よ。もっとすごいことだって、」


 したことがあるんだから、と最後まで言えなかった。

 掘り起こされた記憶の一つ一つが、菊花を羞恥の沼へ引きずり込む。


(ぴゃあぁぁぁぁ!)


 自業自得だと分かっているのに、恥ずかしくて仕方がない。

 羞恥心が強まり、体がぽっぽと火照る。

 菊花は悶々(もんもん)とした表情を浮かべ、押し黙った。


 途端におとなしくなった菊花に、香樹はフッと笑んだ――のだと思う。

 菊花は恥ずかしくて、目を合わせられなかった。


 そのままエスコートするように菊花の腰を引き寄せた香樹は、二人の横を通って廊下へ出る。

 そして、振り返って一言。


「どうせ自己紹介もまだなのだろう? 応接室へ移動するぞ」


 異国の地に来ても、香樹は香樹のままだ。

 いつも通り偉そうな彼に、菊花はホッとする。


(皇帝陛下だもの、偉くて当然か。でも……ありがとう、香樹)


 自分でも知らないうちに、変に緊張していたようだ。

 菊花はありがとうの気持ちを込めて、腰を抱く香樹の手にそっと手を重ねた。


「ああ、そうしよう」


 香樹の冷ややかな一瞥(いちべつ)に、第二王子は飄々(ひょうひょう)と肩をすくめてリリーベルから離れた。

 第二王子はちっとも悪びれていない。悪いことではないから当然なのだが、あまりにも堂々としていて菊花は自分が非常識なのではないかと疑いたくなるほどだ。


(いや、でもなぁ……)


 人前で堂々と睦み合える二人が、菊花は不思議でならない。


(誰かの目の前で口づけなんて、そんな……。たとえ頬でも、そんなの無理――!)


 応接室へと向かう中、百面相をする菊花に香樹がクックと喉を鳴らして笑っていたのは言うまでもない。



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