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第一話 女神

書籍発売の記念として、続編の連載をはじめます!

明日からは20時30分前後に更新予定です。

どうぞよろしくお願いいたします!

 ()の国の末王子、ヤン・クロリクには、忘れられない人がいる。

 手首に残る古傷を見るたびに、ヤンは彼女のことを想った。


 心を落ち着かなくさせる夜闇を照らす、月明かりを紡いだような金の髪。

 夜空のかなたに流れる天の川のせせらぎを思わせる紫の目。


 ヤンを抱く手はクリームのようにふんわりとしていてやわらかく、働き者らしい土のにおいがする。

 彼女が自分のことを「カイ」と呼ぶたびに、ヤンは天にも昇る気持ちになった。


「寒さに震えていないだろうか」


「あの餅みたいな女が?」


「飢えに苦しんでいないだろうか」


「あるじを食おうとした女ですよ? あり得ない死因ランキングナンバーワン、餓死でしょう」


 次々に否定の言葉を返されて、夢心地に浸っていたヤンは、ほころばせていた顔をムッと(しか)めた。

 心ときめく思い出に癒やされていたというのに、なんという言い草だろう。

 それでも護衛かと、ヤンは胡乱(うろん)な目つきで後ろに立つ男を見た。


「どうしてそこに、おまえがいるのだろうな」


「そりゃあ、あるじの護衛ですから」


 しれっと答える護衛に、ヤンは呆れ混じりのため息を吐いた。


 この護衛との付き合いは、長くもなければ短くもない。

 兎の国の王子として各国を訪れるようになってからだから、二年ほどだろう。


 友人ではないので仕方がないと言えばそれまでだが、ヤンにも許容できることとできないことがある。

 特に彼女のことに関しては、看過できないものがあった。


「それにしたってひどい言い草じゃないか。彼女は僕の命の恩人なのだぞ」


「あるじー、それ何度も聞きました。耳タコってやつです」


「それでも聞け。餅だの餓死だの、そんな言葉が出てくるということは、ちゃんと理解できていない証拠だ」


「でも、あるじが描いた絵姿はどう見ても餅ですし」


「彼女の愛らしさを絵なんぞで表現できるわけがないだろう。彼女は女神なのだから」


 待ち人が来るまで、まだ少し時間があるようだ。

 それまで思い出話に付き合えと、ヤンは有無を言わさず語り出した。


 それは数年前のこと。

 少年時代のヤンは、兎の国に飽き飽きしていた。


 どこまでも続く草原。

 争いのない、牧歌的な風景。

 穏やかな気候に、大らかな国民性。


 他国では『兎の国ほど平和な国はない』と言われているらしい。

 遺憾である。真実だが。


 兎の国以外の国では、王位を巡って身内同士で争っていたり、臣下たちが自らの勢力を拡大しようと権謀術数(けんぼうじゅっすう)を巡らせていたりするらしい。

 ()の国では数人いた皇子が次々に亡くなり生き残った皇子が皇太子になったが、なんと末の皇子と名乗る者が現れたのだとか。


(なんておもしろそうな)


 兎の国では決して起こることのない、つくりもののような本当の話。


 ヤンは好奇心旺盛な少年だった。

 年ごろの少年らしく少々過激な内容の本にのめり込み、自らも体験したいと思っていた。


 兎の国の王族は、多産であることで有名である。

 現国王一家も例外ではなく、八男二女の大家族。


 ヤンは十人きょうだいの末っ子だ。

 兎の国では性別問わず王位につけるので、ヤンの王位継承権は第十位である。


 ささいなケンカはあるが、きょうだい仲は至って良好。

 誰かが抜きん出て優秀なわけでもなく、どんぐりの背比べ状態。

 ゆえに、このままいけば第一子である第一王女が女王になるだろうと言われていた。


 そこで、ヤンは考えた。

 王位継承権第十位であれば、王位につく可能性はほぼないと言っていい。

 ましてや、第一王女とは親子ほど歳が離れている。彼女が女王となり王配との間に子をなせば、ヤンの継承権はさらに下がるだろう。


「ならば、国を出て冒険者になろう!」


 そうしてヤンは、思いきって城を出た。

 冒険者になるのだと、城を出入りしている馬車に飛び乗ったのだ。


 馬車を次々に乗り換えながら、野を越え、山を越え、国を越え。

 そろそろ歩いて冒険してみるかと、ヤンは馬車を降りた──のだが。


 ヤンはそこで、運命の相手と出会ったのである。

 彼女はケガを負ったヤンを保護し、看病してくれた。

 その上、決して裕福ではないのに養ってくれたのである。


 ケガが治る頃には、ヤンにとって彼女は女神にも等しい存在になっていた。

 彼女に名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴る。

 彼女の手で撫でられると、歓喜のあまり気を失いかけた。


(この恩に報いるために、僕はなにができるだろう)


 兎の国の王は、国つくりの神に仕えた神兎の末裔だ。

 神兎が仕えるのは、神。

 ヤンにとって神とは、彼女と同義である。


(ならば僕は、王になるべきだろう……!)


 いつか彼女に仕える日を夢見て。

 ヤンは彼女のもとを離れ、兎の国へ戻った。


 本当は、離れたくなんてなかった。

 離れている間に彼女になにかあったら。考えるだけで胸が苦しくなる。

 それでも今は、試練だと思って乗り越えるしかない。


(立派な神兎になり、彼女を迎えに行くんだ!)


 ヤンが今いるのは、田舎にある町唯一の酒場【三羽のオウム】である。

 彼女がいる巳の国から離れたこの()の国で、ヤンにはやるべきことがあった。


菊花(きっか)……。もうすぐ……もうすぐ、迎えに行きますから」


 巳の国へと続く空を見上げ、ヤンはうっとりと呟いた。

 もう何度目になるか知れない決意表明を聞かされながら、護衛はげんなりとため息を吐いたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


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