番外編八話 銀白色のペンダント
載せるの完全に忘れてました。本編側には入ってます。
『海坊主』の依頼の翌日のことだ。細川は、屋敷の冷房を使い、ワイシャツ一枚で魔道具を製作していた。
普段であれば、魔道具の開発時であっても、内側に大量の武器を仕込める改造コートを着込んでおり、零火の襲撃に即座に対応できるようにしている。
それなのに今改造コートを着ていないのは、改造コートに取り付ける冷却器が、取り外されて彼の手元に置かれているからであった。加えて、零火の襲撃が起こらないことも、既に保証されているためでもある。
現在彼が作っているのは、その零火のための魔道具だった。
雪女である零火は熱に弱く、昨日は高温障害を引き起こしたのだ。以前から細川に問題視されていた体質であり、彼はこれを機に、彼女の体温を上げすぎない手段が必要だ、と考えるに至ったのである。
細川の改造コートは、量販品の黒いロングコートの内側に、丈夫な布を縫い付けてポケットを増設したつくりになっている。それ故に、もともと熱はこもりやすく、夏季は特に、太陽光の恩恵で蒸し風呂状態となるのだ。
これに対応するため、細川が作り出したのが、金色のブローチだ。これは周囲の空気を冷却し、コート内部の蒸し暑さを軽減し、近年の酷暑でも不快感を得ないようにする魔道具だ。早い話が、これと同じ機能を持つ魔道具を、零火にも作ろう、というのが此度の目的である。
目標が明確化されてはいるが、それで製作がすぐに済むかと問われれば、答えは否、であった。ただ単に、細川のブローチを複製すればいいのではない。
このブローチは細川が使用ことが前提で魔法力回路が組まれており、回路内の魔法力を自力で制御できる彼は、わざわざスイッチを必要としない。拳銃などの武器はまた話が異なる。武器は戦闘時の状況に応じて使い分けることがあり、瞬時に起動しなければならない場合が想定される。
対して、零火が持つ能力は雪女のものだ。これは細川たちの使う魔法力──魔力やマナ──とは異なるものであり、人間である細川は性質を調べることができない。したがって、彼女が使う魔道具は、エネルギーの供給から発動、その制御に至るまで、電子機器のごとく完全に外部から操作できるように、新たに設計しなければならない。
そして、零火が魔道具に関する知識技能を持たない以上、点検整備の必要な機会も最大限減らす必要がある。多くても半年に一度程度、理想を言えば二年に一度程度だ。細川はいつまでも、零火の傍にいてやることはできないのである。
……数時間後、細川は零火を研究室に呼び入れた。大体の構造は確定したが、肝心なことを忘れていたことに気付いたのだ。
「なんか怖いんすけど。何を忘れたんですか?」
「この魔道具の形だよ。お前が普段から使用するには、どんな形状が最も都合がいいか、確認するのを忘れていた」
細川がブローチとして使用しているのは、改造コートと併用するのに最も都合が良いからだ。首にかける形だと、精霊術師である手前、契約の証のペンダントに絡まる恐れがあったのだ。指輪や腕輪に仕込む案もあったが、これは早々に却下された。手はかなり大きく動くので、効果範囲内から身体が外れる可能性が高いためである。魔法力回路はどこまでも小型化できるので、眼鏡でも掛けていればそこに仕込むこともできたのだが。
「常に身に着けていられるものを考えるんだ。先に言っておくと、手足に着けるのはやめた方がいい」
そう言われて、零火は少し考えこんだ。彼女の場合、中学校でも使用できるもの、あるいは使用していることが周囲に気取られないものである必要がある。校則で規制されないもの、あるいは服の下に隠せるもの、と絞っていくと、選択肢は限られてくる。
数分ほど悩みぬいた末、やがて彼女は結論を出した。
「先輩が着けているような、ペンダントにしてください」
細川は、胸元に下げている精霊術師のペンダントを見下ろした。そこにあるのは、白い紐で繋がれた、淡色に光る精霊の宿り石──マナ・クリスタルと呼ばれるものだ。掘り起こした石を適当に削って大きさを整えたような小さな石で、これといった特徴もない、ただ透き通っているだけの一品である。
「本当に、こんなものでいいのか?」
服飾にさしたる興味を抱かない細川でさえ、訝しんだ。正気か、と言外に問いかけているが、
「そんなものが、いいんです」
思いの外、零火は柔らかく微笑んだ。
「できあがったら、私に着けてくださいね」
そうして完成した銀白色のペンダントを、零火は冬になっても首に提げ続けている。