冬休みの自由研究
時系列的には、本編Ⅰ期第六話から第七話の辺りかな。
#1
そっと屋敷に侵入を果たした少女は、足音を殺して目的の部屋にたどり着いた。
ドアを薄く開け、中の様子を覗くと、標的は、壁際の机に向かって座っている。こちらの行動には気づいていないようだ。
──勝機!
超低温の氷でできたナイフを逆手に持ち、背後に近づいて振り下ろ──そうとしたところで、なにかに手足を奪われた。
「えっ?」
瞬く間に全身を拘束され、ドアの前に転がされる。
平井零火は、今日も敗北を重ねていた。
「本当に先輩は容赦ないっよね! これなんてどうやって取れば……あれ? なんか余計絡まって取れなく……ラザムちゃん、助けて!」
「はいはい、零火さん、動かないでくださいね。そのままじっとしていてください」
「店主ってほんとに強いよね。後ろ見ないでお姉ちゃん捕まえるんだもん」
「ところでユウ、何してるの? 魔石なら採ってきたけど」
「…………」
先輩やら店主やら色々な呼ばれ方をされている彼の名は細川裕。今しがた、零火に殺されかけた人物だ。もっとも、これはいつものことである。襲われたときも今も、彼は一言も発さず、ずっと机に向かい合っていた。
大天使ラザムの手によって拘束を解かれた零火が、細川の手元を覗き込んだ。つられるように、ラザムや、零火の妹であり細川に保護された幽霊である幽儺、大精霊であり襲撃直後に魔石を持ち帰ったライも、彼の手元を覗き込む。
そこにあったものは……。
「「「「なにこれ?」」」」
全くもって理解不能な、金属製の部品らしきものだった。
#2
「自由研究だよ」
何をしていたのか問い詰められた細川は、休憩時間なのか、紅茶の入ったマグカップを傾けながら言った。
「別に冬休みの課題でやってる訳じゃないんだが、 秋の終わりくらいにこたつを壊したの思い出してな、そのときは魔石を使って改造したんだが、応用が効きそうだったので、試作品の百何号かを作っているところだ」
「「「「百……」」」」
ライの出身地、アルレーヌ大森林がある第二世界空間では、文明の一部として魔法が存在する。そこでは魔石類や魔法陣を用いた、いわゆる魔道具というものが研究開発されており、それを知ってか知らずしてか、細川も魔石の応用に乗り出したらしい。
「こたつのときは魔石を弱化させたが、じゃあ逆に強化したらどうなるのか? と思ってな。まあ結果はご覧の通り……」
彼が廊下を指さし、零火たちはドアの外に顔を出す。すると、立ち入り禁止テープをはられたドアが、いくつか目に留まった。
「……ご覧の通り、何度か爆破事故を起こしてるよ。まあ全部が全部、俺の起こした事故ではないが」
ラザムも魔法陣の研究で、同じく何度か爆破事故を起こしている。使用不可になった部屋数は、既に十を超えた。
「で、先輩は何を作ってるんすか?」
「まだ内緒」
にべもなく返され、零火は「うぐっ」という呻き声を発した。
「完成すれば、間違いなく便利なんだ。滅霊僧侶団やら悪魔やら、いろいろ敵がいるから開発を急ぎたいところだな」
「なんか武器を作ってるのはわかったっす」
零火はもう一度、細川の机を覗き込んだ。目に留まるのは、等間隔に穴の空いた円柱、突起の付いた短く細い筒、指が二本ほど入りそうなリングなど、やはり理解不能だ。中にはバネのようなものもある。
作業に戻った細川を部屋に残し、彼女は廊下に出た。
#3
屋敷が、大きく揺れた。
続いて、巨大な爆破音。
広間にてライと共に絵を描いていた幽儺は、驚いてライを抱きしめる。もはや何度目か分からない、屋敷の爆破事故だ。事故の中には部屋が使用不可になるほどでもないものが多数あるので、事故件数は十や二十ではない。程なくして、広間に細川が現れた。
「大丈夫だったか?」
「今度のはどっちがやったの?」
なかなか手厳しいことを言う幽儺に苦笑して、細川が答える。
「俺だ。試作品二百数号が、また失敗した」
「二百……」
呆れて言葉が続かない。ライも狸顔にぽかんとした表情(だと思う)を浮かべ、幽儺の膝から転がり落ちた。
「ユウ、ほんとにキミは、何を作ってるの?」
「二人には見せておこう。これだよ」
「これは……鉄砲?」
細川が取り出したのは、金色に光る回転拳銃だ。シリンダーには五つの魔石が挿入されており、ハンマー部分にも透明な物質が付着している。分かったのはそれまでで、何がどう動くのかは謎だ。
「ということでね、こいつが上手くいかなくて、また暴発した。やれやれ、完成はいつになるのやら」
──結論を述べると、完成したのはこの二週間後である。
冬休みを過ぎて尚研究に勤しみ、同級生からの依頼を遂行すると同時に完成させ、脅迫に使用される。初めに発砲されたのは、滅霊僧侶団や堕天使を相手取った戦争が始まってからだった。