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クリスマスパーティの夜に

本編Ⅰ期第六話のおまけ。

#1

「ゆっくり眠りなさい、幽儺」

 平井零火は、妹をベッドに寝かせると、優しく微笑んで部屋を出た。

 時刻は午後九時三十分。中学二年の少女としてはさして遅い時間ではない。だが、この日はやたら眠かった。妹たちと同じく、騒ぎ疲れたのかもしれない。廊下に立ったまま大きく欠伸をして、ぐしぐしと目をこする。

「……俺が中二の頃は、もっと遅くまで起きてよく叱られたものだがな」

「あ、先輩。ラザムちゃんは寝かせたんすね」

 半ば呆れたような声をかけてきたのは、この屋敷の持ち主、細川裕。魔力使用者と精霊術師を兼ねた、某何でも屋の店主である。と言っても、彼自身、高校の一年次、零火とたった二つしか学年は違わないのだが。

「ラザムは土曜の夜九時になると自動で電源が切れる。で、日曜の朝九時まで絶対に起きない。それがたまたま今日だったわけだ。まあ今日は騒ぎ疲れて消灯が早かったが」

「……眠い」

「見りゃわかる」

「今日はこっちに泊まっていいっすか?」

「お前も今日は疲れただろうからな。本当はパーティーの後片付けを手伝わせようと思ってたが……」

「免除?」

「予定の半分に減らしてやる」

 ちなみに本来の予定では、テーブルの上にある食器の片付けとごみ拾いと聞いている。皿洗いは細川がやると言っていたが。

「皿は俺が運んでそのまま洗うことにしよう。残ったのはごみ拾いだな」

 零火が眠気混じりに唸ると、細川は、

「甘えた声を出すな」

 ぴしゃりと言われ、零火はさっさと歩いていく細川の後を追った。

「先輩、鬼ですか」

 途中そんなことを呟いたが、

「魔法使いだよ」

 さすがはクラスの地獄耳、筒抜けのようだ。


#2

「ところで今日はここに泊まると言っていたが」

「あ、はい。なんか部屋余ってそうだし、いっかなーと思って」

「いや、それは構わんのだが。親には言ってあるのか? ここは携帯電波入らんからな?」

「あ、それは大丈夫っすよ。最初に言い出したの親の方だし」

「そうかい」

 そんな流れで、零火の宿泊が決まった。中学や高校は、生徒が宿泊を行う際は届出を義務付けていることが多いが──そんなことは些事だ。旅行でないので適用外と解釈しておく。

 細川は皿を洗い終え、広間の壁によりかかって立っていた。片足を曲げて脱力し、腕を組んで零火の様子を眺めている。

「大抵の部屋は空いてるから、好きに使ってくれていい。寝室は玄関側にある。誰かが使ってる部屋は表札をかけてあるから、すぐに分かるはずだ。あと、ロープが貼ってある部屋は爆破事故を起こして閉鎖されてるから、入らない方がいい」

 入るな、でも入らないでくれ、でもなく、入らない方がいい──そういったところに彼の性格が現れていると思いたいが、今回の場合、別段入られて困ることはないのだろう。

「──片付け終わり」

「風呂はどうする? 浴場が空いてるが」

「あ、帰ってから朝風呂行くからいいです。じゃ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 荷物を持って適当に空いた部屋に入り、零火はベッドに倒れ込んだ。まったく、誰が来るとも限らないのに、どうして寝室が大量にあるのだろう。

 ベッドに転がり、うつ伏せで力を抜くと、一日分の疲れがどっと押し寄せてくる。その感覚に波打ち際のようなものを連想しつつ、

「……泊まるつもりあったのに、パジャマ持ってこなかったな……裸で寝るわけにもいかないし」

 着替えたいが、着替えがないのでは仕方ない。細川に頼んでみれば寝巻き替わりになるものを渡してくれそうな気がしたが、それも何となく気が引ける。結局上着を脱いでシャツ一枚になることで、妥協することにした。

 どうして今日、スカートを履いてきたのだろう。

 今度こそ全身を投げ出し、毛布もかけずに気だるさに身を任せて目を閉じた。


 ──ふと、目を覚ました。どれくらい眠っただろう。ふと、寝る前にトイレに行くことを忘れていたと思い出した。

「寒い……仮想空間って、気温下がるのね……」

 たしか、今の仮想空間は通常世界の対応地点と気温がリンクするようになっていると、細川が言っていた気がする。この気温で毛布もかけずに眠るなど、本当に今日の自分はどうしたのだろう。

 鞄に入れていた懐中時計を取り出し、時刻を確認すると、まだ十一時三十分。二時間も寝ていない。この短時間で寝返りでも打ったのか、服が少しだけ乱れている。

「そろそろ先輩も寝たかな? とりあえず、トイレに……」

 行こうとして、ふと気づいた。──どうして、暗闇の中、針の発光しない時計が見られたのか?

「え───」

 光があった。

 どぎつい、青の光。

 明るさは常に増減するが、時計が見れる程度の明るさは保っている。この光は、何か?

 定番のパターンは、屋敷に住み着いた亡霊というものだが。

「いや……ちょっと、なんでこっち来るの? やめて、来ないで……!」

 可能性に行き着くと、もうそれにしか見えなくなってくる。じりじりと近づいてくる光から逃げるように、床に座り込んだまま、零火は後退する。彼女は、心霊現象が苦手なタイプだ。

「来ないで……来ないでよ……、なんでこっち来るの!?」

 涙目になりながらさらに後退し、ついに零火はドアに背中をぶつけた。そして意を決してドアを開け放ち、外へ飛び出す。

 助けを求めて喚き、十メートルほど走ったところで、

「騒ぐな」

 という一声とともに、何かにぶつかって再び尻もちをついた。

 ──いや、正確には捕まったと言うべきか。何か、というのが何かわからず、零火は身を強ばらせる。

「俺だ。零火、一体何を怯えている?」

「先……輩……?」

 声の主が細川であることを確認し、彼女は恐る恐る顔を上げた。そしていつもの呆れた風な顔を見ると、泣きじゃくり尻もちをついたまま、思い切りしがみついた。地震が来ようとスケートリンクで片足立ちをしていようとバランスを崩さなかった細川が、つい体をふらつかせる。

「ふと目を覚ましたら、青い光がふわふわ飛んでるんですよ。もう直感的に亡霊だと思って、それがこっち来るから……」

「いないじゃないか」

「でも! 部屋にいたんですよ!」

「普段どれだけ行いが悪いとそんな夢を見るんだ」

「先輩も知っての通りで……」

「普段の行いが悪いのは否定しないんだな」

 いつもなら否定して斬りかかっているところだ。

 どうやら雪女であることも忘れた様子、余程怖い思いをしたのだろうと、泣きながらしがみついてくる零火を、細川は優しく頭を撫でてやる。

 そして、ふと泣き止んだ。当然、細川は不審の思いで眉を寄せる。

「トイレ……」

「?」

 ぽそりと、小さな声で零火は呟いた。

「トイレ行こうとしてたんだった……先輩、ちょっと付き合ってください……」


#3

 半ば無理やり細川を同行させ、零火は屋敷のトイレに向かった。途中何度、

「本当に亡霊がいたんすよ」

 と言ったことか。そして同じく、

「なんで俺がこんなことを」

 細川も同じ頻度で何度も呟いていた。

「行くなら行くで、早くしてくれ。俺は寝るところだったんだからな。三分以内に出てこないと──」

「出ないと?」

「羊を数え始める」

「そこで寝るのはやめてください! 恥ずかしいから!」

「まずは異性をトイレに同行させるこの状況を恥ずかしがるべきだろう」

 ドア一枚挟んでそんなコントじみたことを言い合う。細川は別に、ふざけているのでも楽しんでいるのでもない。零火の意識を亡霊からそらすための、これは彼なりの気遣いなのだ。

 ──新築同様の屋敷に、亡霊なんぞ出るとも思えないのだが。

 そういえば、『不運の騎士』でも似たような状況があったなと思い出す。あの時は確か、霊は霊でも正体が───。

「ああ、そういうことか。やっと理解した」

 思えば、青白い光ではなく、青い光と聞いた時点で察するべきだったのだろう。分かってしまえばどうということはない。細川はそんなふうに納得してペンダントを握ったのだが、

「亡霊、いないっすよね? 出て平気っすよね?」

「…………」

「あの、不安になるから黙るのやめて欲しいんすけど」

「……。羊が一匹」

「数えないで! そこで寝ないで! 大丈夫なんですよね? 出ますよ──」

 零火は、怯えた声で話しかけてくる。

 彼女は、亡霊の正体に気づいていないようだ。そして、出てきた途端絶叫した。

 それはなるほど、異様な光景だ。壁に背を預け、片膝を立てて座り込む細川。春から切っていない特徴的な前髪で顔は見えず、手は力を抜かれたように投げ出されている。そして何より、彼を取り囲むように浮かぶいくつもの青い点。間違いなく、零火の見た”亡霊”だ。それを見た彼女は、腰を抜かして床にへたり込む。これはもう、細川が亡霊に魂を食われたようにしか見えない。そのまま瞬きも忘れ、永遠にも思える十数秒が経過。

 ──すっと光が消えた。同時に、細川が顔を上げる。

「……すまない。お前が見た亡霊は、俺の契約精霊だったようだ。勝手に家の中を動き回っていたようでね、いま、説教を加えたところだ。もう同じことはしないはずだから、安心して眠ってくれていい」

「………」

「ん、何か言ったか?」

「先輩の馬鹿!」

 硬直を解かれた零火が、思いっ切り細川に殴りかかった。


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