自宅工作員
これは本編Ⅰ期第四話と第五話の間。
#1
「ぐぬぬ……」
「これは……本当に困りましたね」
「ボクもびっくりだよ。ユウって、意外と不器用?」
細川家の和室、難しい顔であぐらをかき、腕を組んで唸っているのは、この家の住人の一人、高校生の細川裕。断っておくが、テストの点数が悪かったわけではない。
そして、『あるもの』を挟んで向かいに座っているのは一人の少女──ではなく。天使のラザム。細川のアシスタントだ。
魔力使用者である彼につけられた、魔術の師であり、形式上の従者であり、家族でもある存在。一応、十三名しかいない大天使のひとりでもある。
そして細川の左肩に、定位置と言わんばかりに座っている茶色い毛並みの狸はライ。正確には狸ではなく、精霊術師でもある細川の契約精霊。性別不明の大精霊だ。
「不器用、なのかなあ。まさか、こうなるとは思わなんだ」
「そうですね。まさか細川さんが、こたつを壊してしまうなんて……」
三者は、同時にため息をついた。
さて、何があったのか手短に説明しよう。
もうすぐ冬だというので、寒がりな細川はこたつを出すことにした。そして埃が詰まっているのを取ろうとして、分解してみたところ、部品が戻らなくなって今に至る。言ってしまえばそんなものだ。
つまり、『あるもの』とはこたつのことである。
ファンヒータを分解清掃し、扇風機を分解して研究したこともある。こたつ程度、大したことないと思うのだが……。
「事実は事実だよ。まずは受け止めよう。それでもユウ、これどうするの?」
「うーむ」
ひとつ唸り、細川はその場に立ち上がり、ひとつ頷くと、
「開き直って、こたつを改造しようか」
そういうことになった。
#2
「電気式のこたつは脚と天板と電熱線とそれから……」
『立入禁止』と書かれた札が貼り付けられた和室の引き戸を背に、ペンと定規とスケッチブックを持った細川が座り込んでいる。
ページと部品のリストと大きさが正確に書き出されており、ラザムたちには既に理解不能だ。
こたつなんてものは、どれもいまは電気式だ。昭和大正ならまだ別だったかもしれないが、今時熱源に火を使う方が珍しいだろう。そう思うところなのだが……。
「んで、だ。ここの電熱線を取り外して、代わりに熱魔石を……」
「「!?」」
精霊のライ、天使のラザムは共に異世界出身だ。魔法世界と呼ばれる向こうには、魔石やら水晶やらがある。第二世界空間には魔道具と呼ばれるものが文明として存在するが、細川はそれに、勝手に行き着いたらしい。
「ダイヤルを回してトレーを……あーでもこれ、使用者から体力奪うんだよな」
名実共に冬の魔物と化すこたつ。彼らが異世界の勇者たちに滅ぼされる日も近いか。
ところで、細川は物理が大嫌いだ。つまり、好き嫌いと向き不向きは別なのである。厳密には物理的数学的な計算の数々が嫌いなので、感覚的にどうにかなる範囲においては、あまり問題はないようだった。自転車の制動距離など、わざわざ計算しながら運転する人間はいない。
「でもここに小さく魔法陣入れれば……ラザム、ちょっと」
「なんです? ──ああ、問題ないですね」
「で、熱魔石をここに。ライ、どうだ?」
「うんうん、いいんじゃないかな」
魔法陣のプロ(事実らしい)と魔石マスター(?)に合格を貰い、細川は会心の笑みを浮かべた。決まれば、次は材料調達が必要。
「ライ、アルレーヌ大森林行ってこれとこれとこれ」
「うん、わかった。大天使様、荷物があるので魔法陣を」
「はい。お気をつけて」
ライを使いに出し、細川は紅茶を飲んでから工具を取りだした。そして誰にともなく呟く。
「見せてやんよ。本物の魔改造ってやつを」
──ニヤリと笑った一週間後、細川家には、魔石式のこたつに入り、細川が焼いたクッキーと細川が淹れた紅茶を楽しむ三者の姿があった。
誰がなんと言おうと現実離れしていようと、彼らにとってはなんてことない日常だ。