なぜ、許せるのでしょうか…。
初めての投稿。
―――――…私には…無理ですわ…。
そう呟いた私に、傷付いたような顔をする貴方。
「あの時は傷付けてすまない、私は何も見ていなかったのだ。何度でも謝る。だから私の側に居てくれないか。貴女を愛しているんだ。」
そう言って、私の手を握る。
…私を愛してくださっていることは理解している。
多くのご令嬢達が甘い悲鳴をあげるような容姿に、整った体躯。普段は微笑みを浮かべることもほとんど無く淡々としている様から、鉄の貴公子と呼ばれていた貴方。
そんな貴方が、甘く蕩けそうな微笑みを向け、砂糖菓子のように甘い声で私の名を呼ぶ。優しく触れる手、焦がすような熱の籠った瞳。
そのような扱いをされて何も気付かないで居られるほど初ではない。気付いていたけど、気付かないふりをしていた。
愛されている、とわかっていても
私はその愛に応えることができない、心の狭い人間なのです。
――…少し、前の話をしましょう。
私は、侯爵家の次女としてこの世に生をうけました。高位貴族として相応しい知識と教養を身に付け、より多くのことを学ぶため14の年に王立の学園へ入学いたしました。
その学園は、義務ではないけれど貴族であれば誰しもが入学するところでございます。王立ですので、王族の方も入学される由緒正しい学園でございます。
基本的には14の年に入学し、16の年まで3年間、多くのことを学ぶための場所です。
ほとんどが貴族で構成されておりますが、まれに裕福な商家や秀でた才能を持つ者など、平民の方もごく僅かではございますがおります。
そんな学園に、ひとり
とても可愛らしい平民の方が入学されました。
なんでも、とても珍しい光魔法の使い手だとかで、国からの要請で入学することとなりました。
最初は光魔法という見たことない属性への物珍しさと、その可愛らしい容姿から、注目をうけておりましたが、次第に別の意味で注目を集めるようになりました。
淑女たれと教育を受けてきた貴族令嬢とは違い、ころころと変わる表情、楽しそうに歯を見せて笑い、砕けた話し方、誰にでも近い距離感。
元気にはしゃぐ姿は、まるで子供のようでしたがそんな彼女を新鮮に思い、可愛らしいと思う令息や、彼女の天真爛漫さに恋をした令息が彼女の周りに侍るようになったのです。
多くの令息達が彼女へ好意を抱いているようでしたが、常に彼女の側にいる方々は、それはもう錚々たる面子でございました。
この国の第三王子、宰相閣下のご子息、騎士団長のご子息、学園きっての秀才など、将来を有望とされる方々がまるで彼女の騎士のようにあるいは従僕かのように付き従っていたのです。
平民の彼女に、婚約者以外の方にあまり馴れ馴れしくするものではない、適切な距離を保つべきであると注意する者もおりましたが、注意をすればまるでそれが非常識かのように、ご令息達が非難し威嚇をしてくるため段々と遠巻きにされるようになりました。
ご令息達自身にも、婚約者の方が注意をされているようでしたが、誰も聞く耳をもたないようでございました。
貴方……辺境伯のご令息であるエドアルド・ボヴォーネ様も平民の彼女を取り巻くその一員でございました。
ボヴォーネ様と私は婚約関係にはありませんでしたが、婚約者候補として過ごしており婚約確定まであと少しというところでございましたので、ボヴォーネ様へ婚約者ではない方の近くにいるのは良くないと苦言を呈しましたが、苦虫を噛み潰したような顔で婚約者じゃないのに指図するな、俺はお前との婚約など望んでいないと冷たくあしらわれてしまいました。
それからは無視をされるようになり、話せたときも嫌みのような言葉しかもらえず。チクチクとトゲが刺さるように…心が痛みました。
そして、しばらくして貴方の強い要望により婚約を進める話は白紙となりました。
婚約者ではなかったとは言え、私は貴方に恋心を抱いておりましたので、ほぼ決まっていた婚約を急に無かったことにされ、悲しみに涙を溢しました。
それでも…平民の彼女は1人なのだから、貴方以外の周りにいるどなたかが選ばれたら、いつかは私に振り向いてくれるかもしれないと思い…恋心を捨てることはできませんでした。
ですが、それから幾月か経っても彼女の周りには多くの令息がおりました。誰が見ても明らかに彼女へ愛を示しているように見えるのに、彼女はみんな友達だからと笑ってだれかを選ぶことも遠ざけることもしませんでした。
彼女の周りにいるご令息達の彼女への過保護さは異常とも言えるほどでございましたが、そんな状態が1年も経つ頃、1年に1度慰労を兼ねておこなわれる学園のパーティーにて大騒ぎが起こったのです。
なんと、第三王子が婚約者であるクリスティーヌ様を平民の彼女を苛めたため断罪するという事件でございます。第三王子はパーティー会場の中央という人目が多くあるところで大声で断罪劇を始めました。その後ろには平民の彼女と、その取り巻きの令息達が立っておりました。
その断罪はクリスティーヌ様だけではなく、宰相閣下のご子息の婚約者と騎士団長のご子息の婚約者、そして、ボヴォーネ様の婚約者候補である私も対象でございました。大きな声で名前を呼ばれ、王族の言葉を無視するわけにもいかず第三王子の御前に行くと、第三王子は朗々と罪状を読み上げ始めたのです。
もちろん、あげられた罪状は全く身に覚えのないこと。
婚約者以外の殿方とあまり近くにいるべきではない、節度を持つべきであるという至極まっとうな忠告は脅迫だとされ、起こしてもいない器物破損、暴力、果てまでは私達が共謀して、平民の彼女の暗殺を企てていたなど。
馬鹿馬鹿しいにもほどがありますわ。
謂れのない罪状を読み上げられ、自分より大きな身体の令息達に殺されるんじゃないかというような視線を向けられ、ひどく恐ろしい気持ちになりました。
私たちは皆、無実を訴えましたが、第三王子が王家の権力をかざし、無情にも私達を退学処分し、王都からの即刻の立ち去りを命じたのです。
王の権力を第三王子が振りかざすなどあってはならないことですが、運悪く、王と王妃、王太子である第一王子が視察で国外に出立されたばかりで不在だったこと、第二王子が政務をおこなっておりましたが、第三王子の暴挙に気付き止める人間がいなかっため起こってしまった悲劇でした。
パーティー会場から出される際は、いままで受けたことがないくらい乱雑に扱われました。その時に貴方が言った「こんな女が婚約者候補だったとは…」というひどく冷たい声と軽蔑した眼差しに深く傷付き、悔しい気持ちになりました。
そこで、私の恋心は粉々に砕け果てたのです。
退学にしろ王都からの立ち去りにしろ、第三王子が王族であることを盾にして下した命令を無視すれば危害を加えられるかもしれないという危機感から、王が帰国されるまでの間、断罪を受けた私たちは王都から離れ各自の領地や別荘へ避難し事態が落ち着くのを待っておりました。
そして、4週間後、外交を終えた王が帰還されてから事態は急展開しました。
王は帰還早々に今回の騒動を聞き、すぐさま調査を始め私達にかけられた罪は冤罪だと証明してくれたのです。
また、平民の彼女の光魔法に魅了という効果が含まれていること、それが原因で起こされた騒動だということがわかったのです。
魅了は、彼女に好意を抱いた異性にのみ作用するものでしたが、魅了にあてられた者は、徐々に判断力が鈍り、彼女の都合の良いように物事を考えてしまう、言うことを聞いてしまうという恐ろしいものでした。
完全に操ることはできないものの、長く近くにいた者ほど影響が大きいとのことです。
彼女は、自分のことを好きな令息の婚約者で高位貴族の令嬢が気に入らなかった、恵まれた人生で苦労など知らないんだから困らせてやろうと思った。周りの男達はみんな彼女を誉めるのに、マナーだのなんだのってうるさいやつらはいなくなれば良いと思った、と仰っていたそうです。私は…高位貴族ではありますけれど、どなたの婚約者でもなかったのに、とんだ災難でしたわ。
魅了にあてられていたとはいえ、学園のパーティーという、多くの目があるなか無実の令嬢を巻き込み起こしたことを重く見た王は、第三王子に3年間の蟄居を言い渡し、王位継承権も剥奪いたしました。
平民の彼女は魔封じの首輪をつけ、王家所有の研究棟への幽閉という処置となりました。光魔法は珍しいため実験台にされるのでは、という噂でございます。
他の令息達は、第三王子の指示により断罪劇で乱雑に私達を会場から出すという行為をしましたが、断罪劇自体が第三王子主導であり断罪劇の最中は私たちになにかを言うことなく第三王子の後ろに無言で立っていただけということもあり、各家の裁量に任されることとなりました。
それから私達は、王城の謁見の間に呼ばれ
王直々に謝罪の言葉を頂き、多額の慰謝料を頂きました。
また、私達に非はなくとも好奇の的となる可能性や、醜聞と捉えられ良縁を望めない可能性があることから、学園に復学はせず特別に王城にて学園で学ぶはずだった勉学に励むこととなり、希望すれば結びたい縁談を王家が推薦してくれるという破格の待遇となったのです。
そして、学園に通うはずだった残りの2年間私達は王城にていろんなことを学ばせていただいたのです。
王城での勉強の時間は、学園に通っていただけでは得難いとても貴重な体験でございました。
2年間の王城での勉学を全て終え、学園の卒業資格をいただいたその後、私は縁あって辺境伯領にある教会にて教鞭を執ることとなりました。
学園を卒業する16の年で結婚する令嬢が多いなか、貴族令嬢がひとりで働きに出ることは珍しいことでございますが、行き遅れと言われる20の年になるまでは働き、その後のことはその後に考えることとしました。
幸い、私は次女ですので家のために婚姻を急ぐ必要もなく、お父様もお母様も許してくれましたし、縁談は王家に推薦いただけるので…私の心のままに行動しようと思ったのです。
勤め先となる教会がある辺境伯領は、婚約者候補であったボヴォーネ様がいるところなので、複雑な気持ちではありましたが、王城で良くしていただいた方の推薦の教会でしたので、ボヴォーネ様と会わないことを祈りながら勤めることといたしました。
ただ、人生とは希望するようにはいかず、
ボヴォーネ様とは勤め始め早々に再会いたしました。
例の断罪劇から2年ぶりの再会です。
あの時の乱雑な扱い、冷たい視線を思い出し少し怖くなりましたが、ボヴォーネ様はそんな私に気付かず私の元に寄り、強ばった顔で
「…あの時はすまなかった」と、謝罪されたのです。
私は「許す」と言えませんでした。
言葉に詰まった私を見て、ボヴォーネ様は去っていきました。
ほっと静かに息を吐き出した私は、これからはもう会わないだろうと思っておりましたが、ボヴォーネ様はそれから何日か空け、再度教会に顔を出されました。
その日だけじゃなく、何度も何度も。
最初は強ばった顔で「すまなかった」と一言、謝罪をされて私の返事を聞かず帰っていくだけでしたが、そのうち、謝罪ではなく、じっと私が働いている姿を見たり、私が重い教材を運んでいるのを手伝ってくださったり、それから徐々にいろいろな話をするようになりました。
あの断罪劇のあとボヴォーネ様は辺境伯領へ戻され、辺境伯領の私兵に交じって訓練をおこなっていたこと、魔の森で死の寸前まで魔物との戦いに放り込まれたことや、今は辺境伯を継ぐための勉強を進めていること、私がどのような生活だったか、なぜ教鞭を執ろうと思ったのかなど、たくさん話しました。
そんな生活が続き、1年。
だんだんと、ボヴォーネ様から向けられる視線や声色が変わっていったのです。
それから2年、3年と過ぎていくなか、どんどん深くなるそれ。かつて、平民の彼女に向けられていたような…、好意。
私は気付かないふりをしました。
だって、私は………
――そして、4年目の現在。
私は、20の年になるため教会の職を辞することになりました。
私が、辞めると聞いてから毎日貴方は教会に顔を出され、なにかを言いかけてはやめて、世間話をされ帰っていきます。
何を言いたいのか、何となくわかっている。
それでも私は何も知らないふりをして微笑みを浮かべる。
そうやって月日を過ごして、ついに
この地にいる最終日がきました。
貴方は、朝早くに教会にきて、
私が子供達へ教鞭を執る間も、雑用をこなす間も黙って、側にいました。
重いものを運んでいただいたり、手伝いはしていただきましたが、「手伝おう」などの必要な言葉以外はなにもなく、ただただ側にいました。
時が過ぎ、この地にいるのも残り少なくなってきた。
本日の職務を終え、あとは家の荷物をまとめるのみ。
日が沈む頃にはこの地にさよならを告げるだろう。
朝からずっとこちらの様子を窺っていた貴方に話しかける。
「ボヴォーネ様、そろそろ私は荷物をまとめるためにお暇させていただきますが、まだこちらに?」
貴方は、私の言葉に弾かれたように立ち上がり、椅子がガタッと音を立てる。
一歩、二歩、私へ近づき、意を決したように口を開いた。
「…帰らないでほしい。この地に残り、私の側に居てほしい。」
真っ直ぐ私を見つめ告げられた言葉。
ついに、告げられてしまうのか、知らぬふりをしてきた貴方のその気持ちを。
告げられてしまえば、無視をすることはできない。
「貴女にとっては急な話だと思うが、ずっと思っていた。私は、貴女を愛している。この地に残り、私の…婚約者…いや、妻として側に居てくれないか。」
「まぁ、…そんな…。」
「父である辺境伯には、貴女からの了承が得られたならよいと言われている。貴女の両親にも…だいぶ渋られたが…貴女が望めば、という条件で婚約を結んでもよいと許諾してもらった。」
まぁ、いつの間にか両親にまで了承を得ていたなんて…。
両親から私に送られてくる手紙にはそのようなこと一言も書いてなかったのに、驚きましたわ。
「ここで、貴女と過ごし、貴女のことを知るうちに…、その膨大な知識に感心し、それでも学びを忘れぬ姿勢に感銘を受けた。貴女の声は鈴を転がすように軽やかで、浮かべる微笑みはまるで花が綻ぶようだと思った。私は、気付けば貴女のことを愛していた。今では、貴女のことばかり考えてしまう。その声も、その瞳も、私のものにしたいと思う。」
私を愛してくれている。
真っ直ぐに私に愛を伝える。
美しく整った容姿の貴方から真摯に向けられる眼差しとその愛の言葉は、きっと誰しもを虜にするだろう。
「過去に貴女にしてしまった愚かな過ちを何度も後悔した。何度謝っても、過去は消えない。私は愚かだったのだ。二度と、あのような失態を犯すことはしない。貴女だけを見つめ貴女だけを愛している。大切にする、貴女を傷付けるすべてのものから貴女を護ると誓おう。」
嘘偽りのない真摯な言葉。
「…だからどうか、私と共に人生を歩んでくれないだろうか。」
私に向けられた愛の言葉たち、
その言葉を受け、少し考えてみた。
そして、ぽつりと溢れるように…言葉が出た。
「…私には…無理ですわ…」
そう呟いた私に、傷付いたような顔をする貴方。
「あの時は傷付けてすまない、私は何も見ていなかったのだ。何度でも謝る。だから私の側に居てくれないか。貴女を愛しているんだ。」
そう言って、私の手を握る。
過去を悔やみ、反省し、私を大切にしてくれる。この3年間、私と共にいるときは宝物を扱うように接してくれた。きっと、これからも大切にしてくれる。誓いは嘘じゃない、そんなことは解っている。
…それでも。
「なぜ、許せるのでしょうか…。」
「え…?」
溢れ出す言葉。
私は、本が好きでいろんな物語を読んできた。そのなかに、苛めてくる嫌いな相手の行動が愛の裏返しだったとわかり最終的に愛し合って結ばれるもの、苦手な相手に外堀を埋められてしまい逃げることもできず嫌々だったけど愛され絆されて最終的には受け入れるもの、昔に傷付けられた相手だけど相手が改心したことで過去のことは全て水に流し許して愛し合うもの、そんな話もあった。
そこに描かれるヒロインたちは、みな相手を許す。
苛め、意思を無視した行動、傷付けられたこと…その全てを無かったことにするみたいに…許して受け入れて愛し合う。結ばれることでのハッピーエンド。
だけど、私は許せないの…。
そう言った私に、少し顔色が悪くなる貴方。
だって…過去は、傷付いた事実は消えないのよ。もちろん過去のことだってわかっているし、今ではそんなこともあったわね、って思える。他の人から見たら、そんなことでって思われる些細なことなのかもしれない。
だけど、あの時の私は確かに傷付き、悲しんだの。物語に描かれる方達は、傷が癒えたから、愛したから許せるの…?
……なぜ、信じられるの?
もしかしたら、また同じように傷付けられるかもしれないのに。
「っ…そんなことはしない…!」
一気に言葉を溢れ出した私に貴方は切なく顔を歪め、傷付けることなどないと言う。
今、私に向けられる愛が嘘だとは思わないし、本心からそう思ってくれてることはわかる。
だけど、これから何年も経って永遠にそれが続く保証なんて無い。また傷付けられるかもしれない、自分の望まないことを強要されるかもしれない、物語のヒロインたちは、そう思わなかったのだろうか。
それでもいいと思えるほど、相手のことを愛せたから許せるのだろうか。
私は愛せないから許せないのかしら?
過去にこだわっているだけなのかしら?
「ボヴォーネ様…貴方が私に向けてくださるその愛を…疑っているわけではございません。今の貴方と話し過ごす時間は楽しいと思える日々でございました。私に接するその姿が偽りでないこともわかります。」
「ならば!」
「だけど、私は貴方を愛していないのです。……どうしても思ってしまうのです。学生のあの頃を、傷付いた自分を。きっと…貴方は先ほど告げた誓いを護り、これから私を傷付けたりしないのでしょう。そう、思っても…素直に受け入れられない…。貴方を愛することは怖いのです。今は良い…でも、また…いつか、あのときのように傷付けられるのではと心のどこかで考えてしまう。きっと、この先もずっとそう思ってしまうのです。」
「…っ……、…」
傷付けることなどない、そう言ったところで私の心の問題。それがわかるから貴方は言い淀み沈黙する。
私は、私のことが大事だから、貴方を許してしまえば傷付けられたあの時の自分がなかったことになるように思えて…許すことができない…。
いつかは、許せるのかも知れないって思っていたけれど、この地で再会して、いろいろな話をして共に時間を過ごしても私の心は貴方を許し受け入れることを拒んだままだった。
嫌いではない、愛することができないだけ。
他人としてなら共にいられる。だけど、人生を共にするほど近くにいることはできない。
…あの時、あの学園にいたあの頃…私は貴方が好きだった…愛していた。
だから、きっと、周りが思うよりも、深く深く傷付いた。
傷付いて膿んだその心の傷は、今も跡になって残ってしまった。治そうとしても治しかたもわからず、引きつれる傷は時折痛み過去を思い出させる。
「…私はね…、あの時…学園に通っていたあの頃…貴方が好きでしたわ。とても、好きでしたの。ただ、婚約者候補だったからではなく、貴方を好きだから、平民の…あの彼女と共にいる貴方に心が苦しかった。……知らなかったでしょう?」
その言葉に、貴方は信じられないという顔をした。
あの頃はあくまでも婚約者候補として話し、自分の感情を貴方に見せるようことはしなかったから、気付かなくても仕方のないこと。
「好きだったけれど、その心はもうなくなってしまった。タイミングが合わなかったのね。私の気持ちはこれからも変わらないわ。貴方の愛に純粋に応えることができないの…。きっと、ずっと疑っていくと思うわ。貴方を疑い側に居ることは…ひどいことだわ。そうやって生きていくのは私自身が辛いの。だから……共には生きられないのです。」
その言葉を聞いて、ぐっと、息を呑み唇を噛み締める貴方。きっと私に何を言っても無駄なのだと理解したのだろう。
私を見つめ、ふと、諦めたように息を吐き…とても寂しげな笑みを浮かべる。
「……わかった。これは貴女を傷付けた報いだ。許せなくていい、傷付けておいてそれを忘れて許してくれだなんてひどい話だった。
ただ、…幸せになってくれ。貴女がどこかで幸せでいてくれれば…私はそれだけで十分だ。貴女の幸せを祈るよ。」
「……はい。私も貴方の…エドアルド・ボヴォーネ様のこれからの幸せを祈っておりますわ。…さようなら。」
別れを告げ、貴方を残し私は教会を後にした。
少しだけ痛む心に、小さく溜め息をついて、空を見上げる。
…私は物語のヒロインのようにはなれない。仕方ない。過去のことを許すことができない…許し受け入れることができないから決別する。
それが私なんだもの、許せない私を私は許すわ。
そう、自分自身に告げて、歩き出した。
両親に許可をとってからにはなるが、
私はこれから、隣国へ行こうと思っている。
きっともう、貴方とは二度と会うことはない。
ほんとうに、さようなら、お元気で。
傷付けられたヒロインが、傷付けてきた相手を好きになって最終的に許して結ばれる話とか、溺愛されて退路を断たれて結ばれる話とか沢山あるけど
えっ、この仕打ちを許して愛せるの?、ヒロインの心が広すぎじゃないか?って思うことが多かったので許せないまま決別する話しを書いてみました。
ざまぁで決別とか、別の誰かと結ばれるとかじゃなく、
自分で許さないという選択をして決別をする主人公を書けて満足です。
小説って終わらせ方とか言葉選びが難しいですね!