静かに流れて
ランチを終えて店を出ると、まだ十四時だった。
「散歩でもしますか」
二人で会うのは今日が三回目。彼女は、土地勘があるという彼に言った。
ゆるやかな坂の多い街だ。老舗出版社の横を下り、わき道に入ると、民家が建ちならんでいる。石塀の小さな鉢植えが、都会のビルと対照的だ。
「まっすぐですか?」
と尋ねる彼女と、
「はい。あの横断歩道を渡ります」
と答える彼。二人は、大学のキャンパスの間を通り抜け、多国籍な料理屋を横目に、話をしながら歩いていく。
細い道を何度か折れると、堀沿いに出た。下方を流れる川は、くもり空と同じ、にぶい色をしている。川にせり出した桜の葉が、少しずつ色づいていた。
「何川ですか?」
と彼女が聞けば、頭一つ背の高い彼は、彼女の方を見て言った。
「神田川です」
「ああ、かぐや姫の」
「それ知ってるんですか」
彼は目尻にしわを寄せて笑った。彼女が地理や歴史が苦手だと言うと、堀と神田川と江戸城が結びつくように説明してくれるのだった。
糸のような雨がふってきた頃、道のつきあたりに、白壁が見えた。矢印の案内板には庭園とあり、かつては大名の屋敷だったという。
正門から入って中門をくぐると、回遊式庭園が広がっていた。紅葉には早い、平日の午後、雨、とくれば、ほかに来園者はいなかった。
二人は、それぞれ折りたたみ傘を差して、大池の周りをゆっくり歩いた。細い雨が、音をたてずに、池の面にもふっている。池の端には、春に花を咲かせる植物たちが、じっとしている。
傘を傾けて大池の向こう側を見やると、松や遠くの樹々がけぶり、なんとも静かで、
「雨も風情があっていいですね」
彼女はそう口にしていた。
庭園を一周して喫茶室へ移動し、
「結構歩きましたね」
なんて言いながら、抹茶や和菓子に手をのばす。
美しい庭園をながめる窓、遠く、樹々が風に揺れている。スローモーションのように、ゆったりと。
しばらくて、彼が穏やかに言った。
「風がやみましたね。そろそろ行きましょうか」
「はい」
彼女も、柔らかく応えた。




