〝ロイヤルウエディング〟・前編
と言う訳で、花嫁候補達が儚く散っていく〝ロイヤルウエディング〟の始まりです。
これは十年以上前から構想があって、漸く一つの形にできた物語です。
本当はもっと殺伐としていたのですが、思ったより和やかな雰囲気になってしまいました。
個人的には、和服で艦隊を指揮する斑鳩がツボです。
少しでも読者様に楽しんでいただけたなら、これに勝る喜びはありません。
それは、宇宙開拓歴七十一年に起きた物語。
エグゼツア帝国の皇子バーグは、自分の花嫁を選定するトーナメントの開催を決意する。
その大会の名を彼は――〝ロイヤルウエディング〟と名付けた。
だがそれは花嫁同士が実弾で艦隊戦を行い、殺し合う場でもあったのだ。
多くの星を支配したバーグは、七十億人もの女性から求婚されている。その内、本戦に進めるのは、十六名の女性のみ。その中にはまだ女子高生である――高峰桜子の姿もあった。
彼女は第六次クーデルカ戦役で生き延びた、シルフィー・フェネッチに接触する。齢十六歳にして亡国の王女リーゼ・クーデルカの叔母だと言う桜子。リーゼとは嘗て五度エグゼツア艦隊を撃破した、伝説の戦術家である。桜子の生い立ちと目的を聴いたシルフィーは、彼女と共に〝ロイヤルウエディング〟の参戦を決意する。やがて、一堂に会する花嫁候補達。
彼女達は十五隻に及ぶ戦艦を操るという、壮大なゲームに挑む。だがそれは、試合が進む度に必ず死者が出ると言う凄惨な戦いでもあった。
そんな中、桜子は――紅斑鳩という少女と出会う事になる。だが、その紅斑鳩の正体こそ――死んだはずのリーゼ・クーデルカだった。
桜子とリーゼの戦いに決着がついた時、物語は新たな展開を見せる。エグゼツアとの最後の戦いに挑む彼女達。エグゼツアに潜む闇と、桜子はいま相対する。
高峰桜子は己が目的を果たすべく、その死地に飛び込む―――。
序章
左目には赤い血が滴り――右目には黒い闇が映っていた。
薄闇の中、目を凝らせば、そんな情景が見えた。
鼓膜に響くのは警告音で、左腕は脱臼している。
意識は点滅し、まるで壊れかけの電灯の様。
一瞬、自分が何をしているのかさえ忘却した彼女は、ただ天を仰いだ。
「……まさか、負けた? この私、が――?」
周囲を囲むのは、百もの宇宙艦隊。対して、彼女に残されたのはボロボロの旗艦のみ。
これが彼女の結末であり、それはクーデルカ公国の滅亡も意味していた。
無敗の将軍である自分が敗北した時点で――惑星クーデルカは亡びたのだ。
だがこの決定的な現実を前にしても、彼女は納得がいかない。今際とも言えるこの状況にあって尚、彼女は笑みを浮かべながら問う。
「……バーグ・エグゼツア。貴方、一体、何者よ?」
けれど、当然の様に答える声は無い。鋭い目をした彼女の質問はただの独り言に過ぎず、やがてそれも業火によって焼かれていく。
僅かに残った酸素が消費される中、彼女は眠る様に瞼を閉じた。
黒く長い髪が、闇に溶けていく。
十七歳にしては大人びた顔が、一瞬だけ無念を覚える。
後はただ、哄笑だけが艦内のブリッジに木霊した。
「あははははは、あはははははははははははは………っ!」
こうして、その日――リーゼ・クーデルカは確かに絶命したのだ。
1
彼女こと高峰桜子がセーラー服に身を包み、自宅を発ったのは午前八時を過ぎた頃。
今年十六になる彼女は、年齢の割に背が低い。百五十二センチ程で、まだまだ未成熟と言って良い。
いや、或いは一生このままの可能性もある。ソレが、桜子の目下の悩みだった。
「本当、何で私ってばこうなのかなー?」
彼女が通う学校のクラスメイトには、ゆうに百七十センチを超える少女が居る。そんな彼女に比べれば、自分はなんと幼児体型な事か。穏やかな目をした彼女は、このままでは将来合法ロリになりかねないと眉間に皺を寄せた。
「あ、おはよう、桜子ちゃん。今日は早いんだね?」
横断歩道に差し掛かった時、偶然級友である羽村由佳に遭遇する。
青い長髪を揺らしながら、桜子は反射的に満面の笑顔を浮かべた。
「由佳ちゃんの方こそ、早いよ。えっと、陸上部の大会近いんだっけ?」
「うん、そー。桜子ちゃんも時間があればぜひ応援に来てほしいなー。差し入れ込みで」
「……差し入れが目当てなんだ? 相変わらず由佳ちゃんはちゃっかりしているなー。でも、どうだろう? 大会、今月の末だよね? なら、私、ちょっと都合が悪いかも」
「そうなの? けど、桜子ちゃんって帰宅部だよね? だとしたら、家の用事?」
首を傾げて訊いてくる由佳に、桜子はやはり微笑みながら答えた。
「いえ、実は私――ある殺し合いに参加する事になって。今日もその下準備の為、学校サボるつもりなんだ」
「……は、い?」
完全に冗談としか思えない、発言。けれど桜子は笑顔のまま、由佳を置き去りにして小走りで彼方へ向かう。彼女は振り向き様、由佳に手を振った。
「じゃあそういう事で。由佳ちゃんも、部活頑張ってね。私も絶対生き残って、目的を遂げるつもりだから!」
「………」
聞き様によっては遺言ともとれる言葉を、高峰桜子は告げていく。後に残された由佳といえばただ唖然とし、桜子を見送る他ない。
だが、由佳は何れ知る。桜子が言っていた事は、事実であったと。
実に大々的に由佳は聞かされる事になるのだが――それは後の話だった。
◇
ではここで、高峰桜子に関係がない様で、関係がある話をしよう。
現在、時は――宇宙開拓歴七十一年。
それから一年前、クーデルカ公国とエグゼツア帝国は政略結婚が成される筈だった。
ソレは惑星クーデルカと惑星エグゼツアによる星間レベルの結婚で、その分規模も大きい。いや、規模だけでなく、それはクーデルカとエグゼツアの星間戦争を回避する唯一の手段でもある。
エグゼツア帝国はその名の通り、他の星を植民地とし勢力を拡大してきた。その勢いは第一皇子――バーグ・エグゼツアが艦隊司令に就任した頃から、一気に加速。彼はその辣腕を以て五年で十の星を落すに至る。
が、自他ともに認める侵略国家であるエグゼツアは、だからそのぶん敵も多い。エグゼツアに対抗するべく十五に及ぶ星々が連合を組んで、かの帝国を牽制。これは成功し、さしものエグゼツアもそれ以上は動きが取れない状態となる。
その中でエグゼツア帝国の目を一際惹いたのが、クーデルカ公国であった。中堅国家であるクーデルカだが、その国力にそぐわない物が一つだけあったから。
それがクーデルカ王家第三王女――リーゼ・クーデルカである。
まだ連合が組まれる前、バーグはクーデルカに五度軍を送り込みこれを攻略しようとした。何れも戦力比率はエグゼツアが七で、クーデルカが三と言った所。
だが万全の体勢で臨んだその侵攻は、あろう事か齢十五の少女によって阻まれる事になる。
少女――リーゼは奇計を以てエグゼツアに応戦し、五度これを撃破するに至ったのだ。
あまつさえ五度目の戦闘では、司令官足るジルア・キルド大将を降伏させ大勝利を収めた。この時点でリーゼの名は銀河中に響き渡り、更には反エグゼツア連合が結成。お蔭でバーグは戦略の見直しを迫られる事になる。
その一環が――クーデルカとの政略結婚だった。
未婚であるバーグは、自らリーゼに求婚。その見返りに、クーデルカを永久自治地区にする事を確約したのである。
この条件にリーゼの父で第四代公王――アマストフ・クーデルカの心は揺れた。確かに反エグゼツア連合は強大だが、利害が一致しているだけの烏合の衆と言って良い。対してエグゼツアには勢いがあり、バーグもまだ若い。あの彼なら、何れ連合軍さえも打ち破る日が来るかもしれない。その時、果たしてクーデルカ公国はどの様な状態にあるだろう?
アマストフはそう構想し、リーゼが十七歳になったころ決断する。
彼はリーゼに内緒で件の話を進め――彼女がその事に気付いた時には全てが手遅れだった。
何せある日、中立国で行われたパーティにはリーゼの他にバーグも参加していたから。彼はその場でリーゼとの婚約をサプライズ的に発表。同時にエグゼツアとクーデルカとの同盟関係も公表し、リーゼを激昂させる事になる。いや、彼女を最も激怒させたのは、もっと別の所と言って良い。バーグと初めて邂逅した後、リーゼはこう告げている。
〝アレは、ただのバカね。少し運がいいだけの、ロクデナシに過ぎないわ〟
詳しい経緯は不明だ。だが、普段は思慮深いリーゼにして、そう言わしめる何かがバーグにはあった。だと言うのにリーゼはその後、この露骨な政略結婚には何の口出しもしなくなる。リーゼとバーグは――その五ヶ月後に婚姻する事で話はまとまった。
バーグはリーゼという類まれな戦術家と、クーデルカの協力を得る。リーゼはクーデルカの平和と、彼女にしかわからないナニカを得た。
両者はこうして――確かな利害関係を結んだのだ。
いや、その筈だったがそれから一月後、事態は急変した。
実に唐突に――エグゼツアはクーデルカに宣戦布告したから。
今度はバーグ自ら、クーデルカの攻略に乗り出したのだ。
この裏切り行為の理由を再三アマストフはバーグに問うた物だが、彼は何も答えなかった。
加えて、更に奇妙な事が起きる。バーグは惑星クーデルカに達した時点で、その戦力を分けた。凡そクーデルカに比例する一千もの艦隊だけでかの星に侵攻。その一報を聞いた時、リーゼは確信する。
これは――自分に対するバーグの挑戦状だと。エグゼツアは、大軍に頼る必要なし。例え同じ戦力で敵将がかのリーゼ・クーデルカでも、結果は変わらない。リーゼはバーグがそう挑発していると解釈し、喜悦しながらこれを迎撃した。
しかし、その結果は――実に無残な物だ。
詳しい経緯は省くが、結論だけ記述すると、リーゼはバーグに大敗した。
〝ただのバカ〟と評していたかの皇子に、リーゼ・クーデルカは敗北したのだ。
リーゼとは無敗の将軍であり、尚且つクーデルカ公国最大の盾と矛だ。それが破壊されたと言う事は、つまりクーデルカ公国の滅亡を意味していた。
実際、王族は皆処刑され、ここにクーデルカの血脈は完全に断たれる。
かのリーゼも、艦隊戦で戦死したとエグゼツア側の記録には記述された。いや、エグゼツア側としては、そう判断するしかない。何せクーデルカ側の旗艦が破壊された時点で、リーゼも消滅した筈だから。
それが、今から一年前の出来事。
高峰桜子に関係がなさそうで、関係がある、ある歴史の一頁だった。
◇
そう。高峰桜子には、ほぼ関係が無い。
何故なら、桜子が住む惑星ナージはエグゼツア側の星である。形式的には対等の同盟国で、それ故、彼女がエグゼツアに害される事など今の所ない。ましてや、高峰桜子はバーグ・エグゼツアとは一面識も無いのだ。
そんな彼女が、どうしてバーグに恨みなど持てるだろう? 現に、桜子はバーグに憎しみなど覚えていなかった。
では、なぜ桜子は殺し合いとやらに身を委ね様としているのか? いや、それを語るのはもう少し後の事。桜子は未成年にもかかわらず、あるバーに入店する。
目当ての人物を見つけると、彼女は普通に隣の席に腰かけた。それを見て、金の長髪を背中に流す十八歳ほどの少女が眉をひそめる。
「……え? ちょっと待って。まさか、君が依頼主?」
明らかに学生で小柄とも言える桜子を睥睨し、金髪の少女が問い掛ける。桜子はバーテンダーにミルクを注文した後、微笑んだ。
「ええ、私が本件の依頼人です――シルフィー・フェネッチさん。第六次クーデルカ戦役の、数少ない生き残り」
そこまで聴いた時、シルフィーの視線が鋭くなる。
彼女の手は、既にサイコブレイドの柄に伸びていた。
「驚いた。まさかエグゼツアがこんな子供を動員してまで、残党狩りに勤しんでいるなんて。これはそう解釈していい状況なのよね、やっぱ?」
流石のシルフィー・フェネッチも、問答無用で子供を斬るのは望むところでは無い。これはそれ故の確認作業だ。かたや桜子と言えば、飽くまで冷静だった。
「だとしたら私を斬りますか、フェネッチさん? 〝金狼〟の異名をもつあなたが、子供を斬る? それこそ、ソノ名に傷をつけるだけだと思いますが?」
しかしシルフィーの答えは、どこまでも淡々とした物だ。
「〝金狼〟ね。生憎それは世間が勝手に言っている事よ。私が望んでそうなった訳じゃない。でもそうね、このバーの周囲を一個小隊が固めているなら、君を人質にしてみるのも手かも」
半ば本気で、彼女は桜子を横目で見る。対して桜子は、良くわからない事を言い始めた。
「時にフェネッチさんは、お伽噺に出てくるキロ・クレアブルという名はご存じ? 古人曰く彼女は強力な異能を持ち合わせていて、世界さえ滅ぼせたとか。でも、今の世にそんな物は存在しません。超能力や、常軌を逸した膂力のアップなど人間がなし得る業じゃない。私達が誇るべきは科学力で、それが最も現実的な矛と盾。これは万人における、絶対的なルールと言って良い」
「はい? 何を今更、子供でも知っている事を。それとも、今のは新手の時間稼ぎ?」
「いえ。だとしたら、艦隊戦こそ私達とって最も究極的な戦争のあり方だと思っただけです。余りに武骨なそのあり様は、異能バトルと違って、どこまでも生々しい。でも、ソレこそが私達の現実。今の所、何者にも覆せない暴力行使の形です」
「………」
桜子がそう告げると同時に、シルフィーは剣の柄から手を離す。ただの直感に過ぎないが、彼女は自分が思っている様な人間ではない。もっと別の何かを伝えようとしていると感じ、シルフィーは思わず眉をひそめた。
「前置きが長いわね。結局君は何者なの? いえ、それ以前にどうやって私に辿り着いた? 私と連絡を取る手段なんて、実に限られているのに」
だというのに、この子供は自分と接触する事に成功した。ただの高校生では不可能な真似をこうして成し遂げたのだ。
シルフィーが桜子をエグゼツア側の人間だと思ったのも、その為。今もその疑いは完全に払拭された訳ではないが、彼女は少女に話の核心を迫る。いぜん緊迫した空気の中、シルフィーは自分に何の用があるのかと問いかける。
答えは、今度こそ速やかに紡がれた。
「と、そうですね。自己紹介がまだでした。私は――高峰桜子。嘗てあなたの雇主であった――リーゼ・クーデルカの叔母です」
「は……?」
よってシルフィー・フェネッチは――本日二度目の驚愕を覚えたのだ。
◇
「……リーゼの、叔母? 君が?」
何の冗談だと思い、シルフィーが怪訝な顔を見せる。すると、桜子はフムと頷いた。
「王女殿下であったリーゼ姉様の事を、呼び捨てにしているんですね? やはりフェネッチさんと姉様は、強い信頼関係で結ばれていた」
「………」
桜子に指摘され、シルフィーは初めて自分が口を滑らせた事に気付く。
その一方で彼女は思いを巡らせ、自然とも言える推理をまくし立てた。
「つまり、君はクーデルカ公国第三代公王ザリストネ・クーデルカの落とし胤って事? リーゼの叔母、と言う事はそういう事よね?」
「はい。詳しい経緯は私も知らされていませんが、リーゼ姉様が言うにはそうみたいです。何でも本当の父がお忍びで惑星ナージを訪れた際、私の母とそういう関係になったとか。かく言う私も、十三歳になるまでその事は知りませんでした」
「………」
「ええ、そう。私が十三の誕生日を迎えたあの日、リーゼ姉様が私を訪ねにいらしたんです。そこで彼女が知る私の出自を聞かされ、それを期にメールでやりとりをする事になった。ま、急にこんな突拍子もない話を聞いても、信じられる物ではないでしょう。ですが私にはそれを証明する事が可能なんです」
が、桜子が皆まで言う前にシルフィーは納得する。
「君が、私のもとに辿りつけた事ね。君はリーゼから、自分の身に何かあったら私を頼れと言われていた。その為に私と連絡をとる手段を、君に教えておいたという訳か」
「はい。えっと、その……〝シルフィー・フェネッチは短気であけすけな所があるが、だからこそ信用できる人物だ〟と仰っていました。その彼女ならきっと私の助けになるとの事です」
「……フーン。短気であけすけ、ね。いかにもリーゼが言いそうな悪口だわ。けど、まだ証拠としては弱いかな。その話、捏造しようと思えばできなくも無いし」
意地悪く口角を上げながら、シルフィーは嘯く。なのに、桜子は平然と彼女を見た。
「リーゼ姉様との剣による模擬戦――結局あなたは一勝も出来なかったそうですね。滅多に自慢しない姉様がその事に関しては、得意気でした。それだけフェネッチさんに勝てた事は、姉様にとって誇らしい事なのでしょう」
「………」
この話を聴いた時、シルフィーはもう一度表情を消す。
それはリーゼと自分以外誰も知らない話だから、彼女も今度こそ納得せざるを得ない。
「……そう。リーゼには、こんな可愛らしい叔母が居たの。君、リーゼとは全く似ていないけど一体誰に似たのかしら?」
いや、問題はそういう事では無い。注目するべき点は、この高峰桜子という少女が亡国であるクーデルカ王家の末裔である事。クーデルカの王族を根絶したエグゼツアがソレを知れば、彼等は桜子の抹殺を図るだろう。でなければクーデルカの国民が桜子を担ぎ上げ、エグゼツアに対し反乱を起こす可能性がある。それを阻止する為にも、桜子の粛清は必須と言えた。
彼女はそれだけ危うい立場である事を、自分に打ち明けたのだ。
「要するに、君の私に対する依頼は身辺警護? でも大っぴらにそんな真似をすれば、かえって素性を疑われるわよ? 見た所、君は普通の学生っぽいし」
これには桜子も、素直に得心する。いや、彼女の説明は、シルフィーの予想を超えていた。
「そうですね。ぶっちゃけ、私もフェネッチさんを護衛役にする気とかありません。私があなたに要求する事は、二つ。私の副官になる事と、そのコネクションを使い有能なメンバーを揃える事です」
なので、シルフィーはまたも眉をひそめるしかない。
「は? いや、ごめん。言っている事が良くわからない。……いえ、ちょっと待って。まさか君……?」
ついで、シルフィー・フェネッチは本日三度目の驚愕を覚える事になる。
何故なら彼女の予想は当っていて、だから唖然とする他なかったから。
「はい。実は私――〝ロイヤルウエディング〟に参加する事にしたんです」
「………」
故に――シルフィーは自殺願望者を見る様な目で桜子を見た。
◇
では早速――〝ロイヤルウエディング〟なる物について説明しよう。
ロイヤルウエディングとは本来貴族形式で行われる結婚式を指すが、この場合は異なる。バーグ・エグゼツア主催で行われる〝ロイヤルウエディング〟とは要するに殺し合いだ。
婚約者であったリーゼをその手で葬った彼は、そのため完全な一人身となった。けれどやんごとなき立場である彼は、それゆえ後継ぎを欲している。自分以上に有能で、高スペックな後継者を彼は求めた。
その為バーグはリーゼとの婚約を望んだという側面もあったが、これはもう叶わぬ事だ。よって、彼は一つの催し物を開く事にした。
それが――〝ロイヤルウエディング〟だ。
自薦によって花嫁候補者を集い、彼女達に艦隊戦を行わせる。実弾を用いたトーナメント戦を開催し、その頂に立った有能な花嫁候補と婚姻する。これが、バーグが思い描いた最も能力が高い伴侶を得る手段だった。
それだけの才女と自分の遺伝子が混じれば、或いは彼の想像通りの跡継ぎが生まれるかも。
あろう事か彼はそんな暴挙を思い描き、これを実行した。今から一月後本戦が行われる所まで話は進み、シルフィーもその噂は耳にしている。
正に、嗤うしかない愚行。どこまでも、果てしない凶行。だと言うのに、立候補した花嫁候補達は七十億人を超えたと言う。
その内、本戦まで勝ち残れるのは――十六名。
今から約一月後――十六名に及ぶ花嫁候補者による殺し合いが始まるのだ。
この殺し合いに、リーゼ・クーデルカの叔母こと高峰桜子も参加すると言う。どう見ても高校生ぐらいにしか見えない彼女も、他人と殺し合うと言うのだ。
ならば、シルフィーとしてはやはり嗤うしかない。だが彼女は直ぐにソノ事に気付く。
「……え? ちょっと待って。と言う事は、君、まさか予選を通過した?」
桜子のシルフィーに対する要求から、必然的にそういう答えが導き出される。
現に桜子は携帯を取り出し――予選合格のメールをシルフィーに見せつけた。
「はい。予選は艦隊戦のシミュレーションだったので助かりました。レベル十のAIと戦い、これを撃破するのが最低条件。後はその速さと正確さが審査の基準ですね、多分」
「………」
〝マジか、この女?〟という目で、シルフィーは桜子を見る。
反面、彼女はより確信を強めていた。
「……成る程。その歳でレベル十のAIを撃破とか流石はリーゼの叔母と言った所ね。いえ、私が問題視するのは別の所かしら。君は、それでどうするつもり? まさかバーグの花嫁になって彼に近づき、暗殺する気とか? それで、リーゼ達クーデルカ王家の仇をとるとでも言うの?」
と、桜子はキョトンとした顔つきになる。
「いえ、まさか。そんな気は毛頭ありませんが」
「……え? そうなの?」
リーゼと、親交があった筈なのに? そんな彼女を殺された復讐をする気はないと、この少女は言っている?
「はい。何せ姉様と会ったのは一度きりで、それ以後はメールでやりとりしていただけですから。正直、その姉様が殺されたと聞いてもあまり現実感が湧かないと言うか。もっと言えば、ほとんど悲しくないというか。これって、私の想像力が貧困だからでしょうか?」
やはり、真顔で問うてくる。シルフィーはそれなりに言葉を選んで、返答した。
「……あ、いや、どうかしら? 確かに私もリーゼを失ったのは悲しいけど、他の王族の方々に関してはアレだし。そう言った意味では、私と君は似た者同士かもしれないわ」
「そうですかー。なら良かった。薄情なのは、私だけじゃなかったんですね? フェネッチさんも私と同じくらい、薄情者だったんだー」
「……その言い方は、ちょっと語弊があるわね。いえ、話を戻しましょう。じゃあ、君の目的は何? 何の為に命を懸けてまで、こんな馬鹿げた大会に参加するって言うの?」
シルフィーが、最後の質問を口にする。桜子は、生返事を以てこれに答えた。
「はぁ。実は私、リーゼ姉様と艦隊戦のシミュレーションをして勝った事がないんです」
まあ、それはそうだろう。何せ、リーゼ・クーデルカと言えば宇宙でも指折りの戦術家だ。戦力的劣勢にあろうとも、奇計を以て幾度もこれを覆してきた稀有な存在である。不敗であったエグゼツアのジルア・キルド大将を倒した事が、それを証明している。
その彼女に勝っていたとしたら、それこそ桜子の素性は公にされ王族に迎えられただろう。
貴重な戦力としてリーゼに同行し、かのクーデルカ戦役にも参戦していたに違いない。
「でも、その姉様にバーグ・エグゼツアは勝利してみせた。それもほぼ同じ条件で、彼は姉様を負かせてみせたんです。なら、そんな彼になら、私が興味を惹かれてもおかしくないと思いません?」
「んん? つまり、君の目的は……」
「はい。彼の花嫁となって、その立場を活用し、模擬戦でいいから何時か彼に艦隊戦を挑む事です。そうして、リーゼ姉様でさえ果たせなかったバーグ皇子の打倒を実現する。それが私の――唯一の望み」
「………」
その為だけに、この少女は命を懸けると言っている? これだけの若年であるにもかかわらず、残りの人生を棒に振るかもしれない戦いに赴こうとしている?
けれど高峰桜子は恐らく初めて興奮しながら、言葉を並び立てた。
「いえ、少なくとも私にとっては、それだけの価値がある事です! 何せリーゼ姉様を降した以上、現在バーグ皇子は恐らく銀河一の戦術家ですから! そんな彼を倒せるなら命だって懸けるのが――高峰桜子という女なんです!」
「………」
「それで、答えは? この動機では不服ですか?」
今度は桜子がシルフィーに、最後の質問を投げかける。
彼女は一考した後、桜子を一瞥し、やがて結論した。
「言っておくけど、私は高いわよ。それでも、よくて?」
桜子は、喜々として頷く。
「はい! その点はご安心ください! お優しい姉様は万が一自分が戦死した時の事もお考えでしたから。その時はクーデルカの国家予算の一部を私の口座に振りこむ様、手配してくれていたんです。無論、お金の流れを追跡できない形で」
「……そうなんだ?」
それで、今度こそ話は決まった。
未だに多くを語らぬまま――シルフィー・フェネッチはその身を死地に置く事を選んだ。
2
これは、それとほぼ同時期の事。
エグゼツア星系側に属する惑星ルーガの一領土では、ささやかな祝宴が開かれていた。
何と言う事も無い。ルーガ一の貴族である――サザーナ・ラミバ公爵令嬢がある快挙を果たしたのだ。彼女の父であるウイッチ・ラミバ公爵は、諸手を挙げて己が娘を称賛した。
「何にしても、良くやった。私の娘にしては、出来すぎだ。いや、我ながら余りに月並みすぎる賛辞だな。本番は、ここからだと言うのに」
彼は自覚している通り、凡庸な男性である。学力、体力共に秀でる物はなく、唯一の美点と言えば努力を惜しまぬ点だろう。そして、よりよい領主となるべく今日まで努めてきた彼の唯一の自慢が、彼女だった。今年十七歳となるサザーナは、赤い長髪をなびかせ、微笑みながら謳う。
「ええ、お父様。長年嗜んできた事ですが、やはり戦術という物は面白い物です。本来、わたくし達貴族は、全ての根幹である戦略に関心をもたねばならないと言うのに」
戦略と戦術の、違い。それは小説で例えると前者がプロットで、後者が実質的な文章表現という事。よって戦略自体にミスがあれば、戦術でソレを挽回する事は余りに困難だ。ルーガ共和国は、その戦略を幾度となく見誤ってきた国家だった。
公にはされていないが、初代総書記ルミ・アマスは農政に失敗した。その為、凡そ三十億人に及ぶ餓死者を出したとされている。この影響は三十年経った今も続き、平たく言えばルーガとは貧困が支配する惑星なのだ。
それ故、公爵家である筈のラミバも、その例に漏れぬ生活を強いられている。他の星々の援助物資が唯一の生命線であり、未だに自活の道は遠い。
けれど、だからこそサザーナにとってはそれが当たり前の日常と言えた。
(そう。だからわたくしは、自分を不幸だと思った事が無い。なにせ今以上の幸せを知らないのだから、それも当然でしょう)
しかしその一方で、彼女は自分以上に不幸な人々なら知っている。伝え聞く所によると他の領土では今も餓死者が居て、税も満足に払えずにいるらしい。にもかかわらず、領主達は納税の延期や減額を認めず、領民に更なる負担を強いているとか。
いや、敢えて領主達を擁護するなら、彼等も生き残る為に必死なのだ。全ての元凶は、この星の度し難い貧困にある。例え領主の一人や二人を罰した所で、その現実は変わらない。いま惑星ルーガに求められている物は、抜本的な解決策でありその切っ掛けである。
つまりはそういう事で、サザーナは今日、その足掛かりを掴んだのだ。
「ええ。エグゼツアの皇子に嫁ぐ事が叶えば、今より大規模な経済援助を得られる筈。それを元手に、今度こそわたくしはルーガを隆盛させてみる。例えクーデターを起こし、現体制下を破壊してでも。お父様も、それで構わないのですよね?」
「ああ。現体制下では、やはり限界がある。例え議会を蔑にし、独裁政治を行う事になろうとも民衆の為を思えば仕方のない事だ。今必要なのは強権的な政権であり、政策を速やかに実行できる体制。それなくして、ルーガの繁栄はあり得まい」
だが、この構想は矛盾を孕んでいた。何せ初代総書記ルミ・アマスこそ、独裁者であったのだから。その一人の人物の失敗が、その後数十年に及ぶ不幸を招いた。この教訓を元にルーガは議会制に移行したのだ。
が、そのぶん立法に遅れがでたのも事実だ。議会制とは一つの法を制定する為に幾日も話し合いが必要になるから。しかし、一つの良案が実行された頃には万に及ぶ市民が飢えて死ぬ。その為、ウイッチは今一つの賭けに出ようとしていた。
「だがサザーナ、お前は本当にそれで……いや、いい。全てはお前が決めた事だったな」
自分に背を向ける父に、サザーナも惚けてみせる。
「はい。未だ貴族等と言う物が生き残っているのは、民衆の盾となり矛となる為。今、この矜持を実行している貴族は一人も居ません。けど、だからこそ我がラミバ家が模範となり、全てを変えてみせましょう。その為の殺し合いなら――わたくしも望む所です」
或いは――それこそ貧困が生んだ狂気。
そうと気付かぬまま――サザーナ・ラミバは誇らしげに微笑した。
◇
眼前には、居並ぶ兵士達。加えて百人は居る将校達を前に、一人の少女が少将クラスの将軍の横に立つ。リハルド・ルード少将は、胸を張ってチェリア・スハラ二等兵を称えてみせた。
「この度、件のシミュレーションに挑んだ女性兵の数は五百万名に及んだ。しかしこれを見事にクリヤーしたのは、何と彼女ことチェリア・スハラ二等兵のみ。よって彼女は今日より少佐待遇とし〝ロイヤルウエディング〟に参戦する物とする。誰か異議がある者は居るか?」
女性にしてはハスキーな声で、ルード少将は将校等に問う。それが如何に無意味な問いかけか、わかっていながら。事実、異存の声は無く、事は速やかに進んだ。
「ではスハラ少佐。出陣前の景気づけに、演説の一つでも頼む。願わくはウイットに富んだ、愉快な物が好ましいな。果たして武骨であろう貴官に、それが可能だろうか?」
「は。その前に、一つささやかな希望をお聞き入れ下さいますか、少将殿?」
「物によるが、先ずは言ってみたまえ」
「は。自分の事は今後〝チェリア少佐〟とお呼び下さい。自分の部下となる方々にもそう呼ぶ様、徹底させて頂きたいのです」
「ほう? それは、何故?」
チェリアの答えは、迷信の域を出ない物だった。
「いえ、特に深い意味はありません。ただのゲン担ぎに過ぎず、それ以上でも以下でもありません。ただの自己満足にすぎず、それだけの事にすぎないのです」
「………」
この返答には流石の少将も黙然とした物だが、彼女は直ぐに応対した。
「了解した。では改めてチェリア少佐、〝ロイヤルウエディング〟に対する意気込みを頼む」
リハルドが促すと、今年十六になるチェリアは白い長髪を揺らしながら前に出る。
「では、正直な感想を申し上げます。自分は昨日までうだつの上がらない一兵卒でした。もし〝ロイヤルウエディング〟の予選に落ちていたなら、明日にでも前線送りとなっていたでしょう。自分の隠された才能に気付かされる事も無く、戦死していたに違いありません。ですがそれは自分が望んだ人生設計からは大きく逸脱した結末です。自分の望みはロッドミル戦役の勝利であり、終結にあるのだから。自分はその為に、親兄妹を戦争で失いました。この長期に渡る主導権争いの為に、掛け替えのない肉親を失ったのです。更にはこのまま戦争が続けば、同じ軍属である兄もまた戦死するかもしれない。それは自分だけでなく、皆様や皆様のご家族も同じでしょう。それを阻止する方法は今の所一つしかない。或いは傲慢に聞こえるかもしれませんが、残念ながら自分にはそれ以外思いつかないのです。即ち――自分がバーグ・エグゼツア元帥の伴侶となり、全面的な支援を受ける事。仮にこれが成功すれば、我がアイバス連邦の有利は確立され、勝利は約束されたも同然です。十年にも及ぶ、長く陰惨なこの戦争に漸く勝利する事が叶う。自分はこの唯一無二なる願いを果たす為、喜んでかの殺し合いに身を委ねる所存です」
無表情で淡々とチェリアは語る。だが、それは彼女が意図してそうしている訳では無い。彼女は単に、笑い方を忘れているに過ぎない。三年前のあの日から今日まで、彼女は微笑んだ事が一度も無かった。
彼女にとって唯一の幸運は、笑顔を求められる職場ではなかった事。無表情のままでも何の咎めもうけない環境にあった事だろう。
現に何のユーモアも無い彼女の演説を聴いたリハルドは、それを普通に受け止める。
「結構。予選の結果と違い、予想通り四角四面な演説だったが、言っている事は間違っていない。我等に今必要なのは戦争に勝利する為の人的資源と、最新鋭の兵器だけだ。この特例的な昇進を内心面白く思っていない輩もいるかもしれんが、これも全ては勝利の為。チェリア少佐の作戦成功こそ、我が軍が勝利する最良の手段だと解釈してもらいたい」
それで、話は終わった。
全ては齢十六歳の少女に委ねられ――アイバス連邦もまた大きく動き出したのだ。
◇
彼女がその一報を知ったのは、ある日の昼下がり。
「どうかしましたか、船長? なんか、何時にもまして顔がほろこんでいますよ?」
航行中の宇宙船の中で、側近の一人、ブラウ・ドゥが問う。
彼女――オライア・セイアは彼女に携帯を放り投げ、嬉々として告げた。
「どうやらあたしは、自分で思っている以上に有能らしい。気紛れで参加したあのクソゲー、見事クリヤーだとさ。どうやらあたしにも、ツキが回ってきた様だ」
「……クソゲーって、これ〝ロイヤルウエディング〟の予選通過案内じゃないですか! 七十億人は応募していたって話でしたが、船長はベスト十六入りを果たしたと……?」
「らしいね、どうも。やっぱ、あたしの直感も捨てたもんじゃない」
だが、ブラウは怪訝な表情を見せる。
「というか、これって普通に罠なんじゃ? 政府の連中は甘言を以て私達を誘い出し、一網打尽にする気なんじゃないですか?」
対してオライアは、紫色の髪を揺らしながら船長席に腰かけ、肩を竦める。
「悪くない助言だ。でも、どうだろうな? さっきミーザ達に確認したけど、あいつ等は落選したらしい。仮に、お上があたし等を纏めて始末する気なら、ミーザ達も誘い出すのが道理だろ? それが無いって事は、アノ大言も偽りじゃないって事になる。〝いかなる職種が参加しても構わない〟という、アレ」
仮にエグゼツアが本気なら思い切った事をした物だが、だからこそ彼女は愉悦を覚える。追われる立場である自分が、大手を振って腕を振るえると言うのだから。この――宇宙海賊の船長である自分が思う存分力を見せつけられるのだ。
オライア・セイアとはそういう存在であり――つまり反社会的な人間と言えた。
「その犯罪集団のトップが、今を時めく皇子様の妃になるかもしれない。どこぞのゴシップ記者なら、食いつきそうなネタだな」
「つまり、船長はこの乱痴気騒ぎに参加する気だと? 本気で出場する気ですか?」
海賊にしては、ブラウという女性は神経が細かい。いや、その繊細さが時にオライアの暴走を止める事もある為、周囲は重宝がっている。ブラウ本人としては、そんな自分の性格などコンプレックスでしかないのだが。
「ま、そういう事だね。あたしも今年で十七だ。そろそろ身を固める時期に来ていると思う。そんな時に、こんな好機が訪れたんだ。乗ってみるのも――一興ってもんだろ?」
「……また、そんな思いつきを。というか、私としては本音を伺いたい所ですね。船長の本当の狙いは――何です?」
訊く迄もない事を、ブラウは問う。実際、オライアの答えは予想通りだった。
「そうだね。これを期に――エグゼツアを乗っ取ってみるのも面白いかも。仮にバーグがつまらない男なら、代りにあたしがエグゼツアを面白おかしい国に変えてやる。海賊のなんたるかをあたし自ら皇子様に叩きこんでやるよ。ああ、そうだな。海賊を使って敵国の海軍を壊滅した女王様が昔いたらしいけど、あたしはその逆だ。何れ皇帝になるボンボンを使って、あたし等の住みやすい世界をつくり出す。日陰者だったあたし等が、胸を張って堂々と天下の往来を歩ける様な世界に変えてやる。世の中はさ、そういうのを本当の前人未到って言うんだろ?」
確かに金銀財宝を積んだ船を襲撃し、それを我が物とした海賊なら幾らでも居る。だが星そのものを奪った海賊というものを、オライアは未だ嘗て聞いた事が無かった。
けれど、オライアは気付かない。陸に根を下ろした海賊など、既に海賊では無い事に。それが何を意味するか今は誰も知る由も無いが、彼女は改めて宣言する。
「と言う訳で――進路をエグゼツア星系にとれ。とびっきりのお宝があたし等を待っている」
やはり口角を上げながら――オライア・セイアは彼方に向け指をつきつけた。
◇
そして、彼女の発想もオライアと同じ物だった。その反面、彼女の立場は他の花嫁候補者とは一線を画している。
何せ、彼女――アプソリュウ・ソウドは紛れもなく王なのだから。
それもエグゼツアの同盟国の一つで、ルーガとは違い、現在隆盛期を迎えている。
前王の煌びやかな功績を受け継ぎ、満を持して王座に就いたアプソリュウ。その即位式にはかのバーグ・エグゼツア自らが出席し、祝辞を述べた程だ。
それ程までに惑星ソウドとエグゼツアの同盟関係は強固な物であり、重要と言えた。
「だが、私はそれで終わるつもりは無い。エグゼツアの銀河制覇を、手助けするだけの役割で終わる気は毛頭無いのだ。逆にエグゼツアを踏み台にしても――ソウド王国を銀河の覇者としよう。その為には何としても、バーグと婚姻を結ぶ必要があった」
それはアプソリュウの父の代から進められていた政略。彼は己が娘をエグゼツアに嫁がせ、あわよくばかの星を取り込もうと画策したのだ。
だがその計画に反し、バーグはリーゼと婚約し、アプソリュウとの婚姻を断った。リーゼ亡き後も、彼女の喪に服す為にその話は保留という事になっている。
自分が殺した女の喪に服するとはどういう神経かと感じるばかりだがそれが彼女の実情だ。
「しかし、転機は訪れた。私が〝ロイヤルウエディング〟の予選を勝ち抜いた今、あと一歩でソウドの悲願は成せる。予が影よりバークを操り、ソウドの銀河統一の助けとする。エグゼツアの勢いを殺ぎ、その恩恵を全てソウドに集中させる。よって今日より私は王位を退き、我が妹セフィナを新王としよう。私がエグゼツアの妃となった暁には、セフィナ王と連携し、銀河の統一を図る所存だ。皆の者も、それで異存は無いな?」
王の座を捨ててでも、ソウドの為に尽くす。この内々のみで行われた会議で発せられたアプソリュウの決意に、臣下はみな慄然とする。妹であるセフィナに至っては、内心胸を掻き毟らんばかりの想いだ。
「……陛下の御決意、しかと承りました。非才なる身なれど、せめて陛下の一助となるべく、粉骨砕身する覚悟であります」
今日まで姉を敬愛してきた、セフィナが告げる。彼女は、これが姉に会える最後の機械とさえ思っていた。
さもありなん。仮に全て上手く良き、姉がバーグの伴侶となっても、絶えず暗殺の危険がつきまとう。更に最悪の展開は姉が〝ロイヤルウエディング〟で破れ、戦死する事。どちらにせよ、セフィナは今までの様に姉と接する事は出来ない。
それでもアプソリュウはソウドの悲願をなすべく、その身を犠牲にする事を選んだ。齢十八の王は、己が栄華より、ソウドの行く末を尊重したのだ。
「その覚悟、嬉しく思う。しばし会う事は出来なくなるだろうが、セフィナ王も息災である事を祈る。では、参ろう。我が戦場に。〝ロイヤルウエディング〟と言う名の――戦場に」
薄紅色の髪を背中に流し、アプソリュウ・ソウドは王座から退いて――かの地に向かった。
◇
その包帯が解かれた時、彼女の世界は一変していた。いや、変わったのは世界では無く彼女の方。
鏡を見れば、ソコにあったのは別人といえる顔だ。
短く切り揃えられた黒い髪と、更に鋭くなった目。確かにその風貌は女性の物だが、見ようによっては中性的ともとれる。今の彼女には、既に嘗ての彼女の面影は見られなかった。
「でも、仕方ないわね。あの顔では、とてもこの催し物には参加できない」
静かに微笑みながら、漆黒の少女はベッドから降りる。闇をそのまま人型にした様な雰囲気を醸し出しながら、彼女はもう一度笑う。服装さえまるで別物になった事がおかしくて、彼女は失笑していた。
そう。嘗ては軍服を纏って宇宙を駆け巡っていた自分が、今は和服を身に着けている。それも男物の和服で、黒い上着を纏った彼女は、どこか病的に見えた。
事実、彼女にはある欠損がある。彼女には記憶の一部が欠落していて、自分が何者だったか断片的にしか覚えていないのだ。
故に、その欠落は自分を慕う青年によって埋められた。自分がなぜこの様な事になったのかを知り、だから彼女はもう一度立ち上がる道を選んだ。恐らく全てを取り戻す為――自分は今ここに居る。
果たしてバークあたりがソレを知ったら、どう思うだろう? そう思案していた時、件の青年が彼女の病室を訪れた。
「お目覚めでしたか。いえ、正直見間違いました。これならあのバーグめの目も、誤魔化せましょう」
「そうね。そうできれば、とてもいい」
「………」
彼女は、普通に喋っているにすぎない。だと言うのに、青年の背中に走るのは悪寒じみた物だ。それ程までに、黒く、深いナニカが彼女に憑依している。そう感じた時、青年は自分の選択が、或いは誤りだったのではと危惧した。
「それで、例の物は?」
「は、はい」
だが、もう全ては手遅れだ。こうなった以上は、青年も腹を括るしかない。
「これが、その顔をした娘の身分証明書です。随分と変わった名の娘ですね、紅斑鳩とは」
「こう、いかるが? そう。そうね。確かに変わっている。でも、私は気に入ったわ。バーグも気に入ってくれるかしら?」
「……畏れながら、それは返答いたしかねます。あのバーグめの好みに沿うなど、考えただけで、吐き気を催しますから」
青年が、心底から本音を漏らす。それを横目で眺めながら、漆黒の少女は物思いに耽る。相変わらず何を考えているかわからない方だと青年が感じた時、彼女は告げた。
「と、言い忘れていたけど、この病院のスタッフに手出しは無用よ。彼等もまた数少ない私の味方なのだから。彼等には恩義こそあれ、憎むべき理由は何も無い。例え彼等が知ってはならない事を知っているとしても。それとも、私がそう言うと見越して、既に彼等を始末してしまった?」
「……だとしたら、どうなさいます?」
冷や汗と共に、青年は訊ねる。
そして、漆黒の少女が趣の異なる視線を向けた時、彼は思わず首を横に振った。
「……いえ、その様な真似は決してしておりません。そのような真似をすれば、今後我等に味方しようとする者は皆無となるでしょうから。かの大会に出る為のクルー集めも、困難な物になってしまう」
「そうね。良い判断だわ。お蔭で私も、無駄な血を流さずにすんだ。では、そろそろ行きましょうか。用意も整った事だし、今後の交渉は私自ら行う事にします」
その時、青年ことオズマ・ギエット大尉は懇願する様に言葉を紡ぐ。
「は。では、最後にこのわたくしのささやかな願いをお聞き届け頂けますか? 貴女様の本当の名を、最後にもう一度だけ口にしてみたいのです」
「本当にささやかね。良いわ、好きにして」
これに応え、オズマは万感の思いと共にその名を口にした。
「は――リーゼ・クーデルカ王女殿下。以後は紅斑鳩様に御使いする従者として、生涯この身を捧げる覚悟です」
「ええ、存分に覚悟をしていてちょうだいな。では始めましょうか、私のリベンジを。私から全てを奪った彼の命を断つ為に――私は紅斑鳩として彼の前に立つ」
両腕を広げ、体を何度も回転させ――紅斑鳩は子供の様に微笑んだ。
◇
彼女の眼前には、獅子を彷彿させる男性が居る。
今年で齢二十五になる彼に、首席秘書官足るミレット・ニーゼは一部始終を報告した。
「――はい。公爵令嬢に、少佐待遇の少女。海賊に、王。家族もろとも失踪していた娘に、シスター。教師に、メイド。テロリストに、指名手配中の殺人鬼。ハンターに、戦術評論家。棋士に、探偵。元宇宙艦隊司令官に、学生。以上が――〝ロイヤルウエディング〟に参加する人物の職種です、殿下」
ミレットが説明を終えると、かの人物――バーグ・エグゼツアは喜々とする。
「揃いも揃って、職種が分かれたな。余りに出来すぎだ。ここまで来ると、運命さえ感じる」
艦長席で頬杖をつく彼は、あながち冗句とは思えない事を言う。
傍に控えていた車椅子の少女――ユーデル・エグゼツアは、黒く短い髪を揺らし、思わず首を傾げた。
「……というか、軍属の方が余りに少なすぎます。逆にメイドや教師、それにシスターや学生が予選を勝ち抜くとは。これは一体どういった冗談なのでしょう、お兄様?」
「さてな。何せ七十億人の中から厳選された女共だ。中には何ら軍事的な訓練を受けずとも、才能だけで何とかしちまうやつだっているだろう。変質的な天才ってやつだな、恐らく」
「変質的な天才、ですか。……わたくしには、一生縁のない話ですね」
俯きながらそう漏らすユーデルに、バーグは目を向ける。
「そう卑下するな。お前には俺に万が一の事があった場合、後を継いでもらう必要がある。その体で戦地まで同行させているのはその為。これも全ては、俺の妹として生まれてきた一種の呪いだ。恨むなら精々、親父やお袋を恨むがいい」
「はぁ。確かにその論法で言えば、わたくしがお兄様を恨む筋合いは無い様に思えます」
「そうだな。今の所、俺を恨む権利が無いのはお前位なのかもしれねえ、ユーデル。俺がお袋や親父をブチ殺せば話は別だが」
「……まさか、今後、そういう予定でもあるのですか……?」
この兄なら本気でそうしかねないので、真顔で問う。
が、バーグ・エグゼツアは話を戻した。
「シスターってのは恐らく優勝後、俺に働きかけ戦争の根絶でも図りたいんだろう。メイドやハンターは成り上がる為のチャンスだと捉えている。戦術評論家や棋士や探偵は自分の有能さを世間に誇示したい可能性が濃厚。教師は成り行き上、参加するしかなくなった。殺人鬼は単に皇子である俺を殺してみたいだけで、テロリストも動機は異なるが同じ様な物だ。王や少佐や公爵令嬢や海賊は、俺を利用するのが目的だろう。……が、わからんのは学生と元失踪者だな。確かに俺と婚姻を結べば得る物は大きいが具体的に何を欲しているのかが不明瞭だ。特に元失踪者とやらは、借金から逃れる為に身をひそませたのだろう? そいつがリスク覚悟で表舞台に顔を出すとは。よほど俺の妃になる自信があるのか、それとも別の理由があるのか?」
「気になりますか? ならば徹底して身元を洗う様、手配いたしますが?」
ミレットが皇子に訊ねると、彼は事もなく首を横に振る。
「いや、良い。もしそいつ等が俺の考えている通りの連中なら、それを逆手にとれる。そいつ等を利用し、いよいよ全ての決着をつけられるかもしれねえ」
曖昧な事を、バーグは言い始める。一方で、ミレットはそれだけで概ねの事は察した。
「では、御意のままに。ユーデル殿下も、それで構いませんか?」
けれどユーデル第一皇女は、苦笑いするしかない。
「まさか。今の話の数割しか理解できなかったわたくしに、どんな口を挟めと? 口惜しい限りですが、わたくしに意見を求める必要など不要です。悪巧みに関しては、皆お兄様とミレット殿にお任せするほかありませんから」
齢十六の皇女はすました顔で断言し――この揶揄を聴いた兄は露骨に鼻で笑った。
◇
高峰桜子がシルフィー・フェネッチを伴い、件のバーを出たのは十時を過ぎた頃。
シルフィーは思い出した様に、桜子に問う。
「そう言えば、リーゼが君にのこした遺産って具体的にはどれ位? その規模によって雇えるクルーの質とか大分かわるから、訊いておきたいんだけど」
何気ない様子で、シルフィーは確認する。桜子は中空を睨みながら、うーんと唸った。
「そうですね。大体、国家予算の五分の一程でしょうか?」
「は……?」
聞き間違いだと思いシルフィーは桜子に振り返るが、彼女の答えは変わらない。
「はい。私の全財産は今――五十兆クーデルカドル程です。嘗てあったとされる日本という国の単位で言えば――五千兆円位でしょうか」
「………」
呆気にとられ、黙然とするシルフィー。彼女は、ただ思った事を口にする。
「……え、ちょっと待って。君、それだけの財産があって、命懸けの大会に出場する気? そのお金を使って、悠々自適の生活を送った方が良いんじゃ……?」
だが、桜子はその童顔に似合わぬ、ませた事を言い切った。
「シルフィーさん。世の中には、お金では手には入らない物だってあるんです。シルフィーさんだって一つや二つ、そういう物がある筈です」
「………」
諭された。年下の少女に、諭された。特に桜子は前述の通り童顔なので、その感がより強く感じられた。
が、シルフィーは己にとってマイナスになるとわかっていながら、問わずにいられない。
「じゃあ、もう一つ質問ね。君はどうやら死ぬ覚悟はあるみたいだけど、その逆はどう? 君はこれから、見知らぬ誰かを殺す事になるかもしれないのよ? その覚悟は、本当にある?」
然り。シルフィーの言う通り、自身が命を賭す覚悟と、他人の命を奪う覚悟は別物だ。前者は自分が傷つくだけだが、後者は人を殺したと言う業を一生背負う。遺族に生涯恨まれる事になり、死ぬまで許される事は無いだろう。世間もそんな罪人を徹底的に排斥するかもしれず、だから真っ当な生活さえ送れない。他人の命を奪うとはそういう事で、或いは自身の死よりよほど辛い事だ。
が、戦争なら家族や国家の為と割り切り、誰かを殺す事だってあるかもしれない。
国益や大義と言う麻酔が意識を麻痺させ、殺人と言う行為に没頭させる事もあるだろう。
しかし、桜子の立場は異なる。彼女は今、完全に私益だけで他人を殺そうとしている。他人という要素が入る余地も無く、自分だけの目的を果たす為、見知らぬ人々を殺す。それも、何の恨みも無い人物を殺すつもりなのだ。或る意味それは、無差別殺人に近い動機と言えた。
けれど、齢十六歳の少女に、果たしてそんな陰惨とした感情があるだろうか? シルフィーの懸念はソコにあり、これをクリヤーしなければ次に進めない。一応桜子の依頼を受けたシルフィーだったが、桜子の答えによっては考えを改めるつもりだ。例え自分の目的が遠のこうとも、シルフィーとしては仕方のない事だろう。
そして、真顔である桜子の答えは、こうだった。
「そうですね。仮にその相手が、子供や老人なら私も一考するでしょう。ですが私が戦うのは〝ロイヤルウエディング〟のルールを知った上で参戦した方々です。つまりそれは、自身の死さえ容認したという事に他ならない。彼女達は命を賭して自身の目的を果たす道を選んだんです。慈善家の方々なら、だからと言って殺していい事にはならないと言うかもしれない。ですが、私もまたこのゲームに命を懸ける女の一人です。或る意味〝ロイヤルウエディング〟の参加者の気持ちが、誰よりもわかっている。その上で、私は言い切るしかないんです。だからこそ私は命を懸け――彼女達を殺すと。命を懸けるという極限的な境地に立った彼女達を、私は敬意を以て殺すしかない。それこそ彼女達に示せる――せめてもの誠意でしょう」
だが、シルフィーは尚も食い下がる。
「いえ、それは違うわ。中には死にたくない人間だって居る筈よ。ただ命を懸けなければ目的を達せられないから、いやいや死地に身を置く人だっている筈。寧ろ、何のリスクも無く目的を達したいと思っている人達が大部分でしょうね。そういう人相手でも、君は手を抜かないと?」
シルフィーの指摘もまた正論だが、桜子の表情は変わらない。
「はい。残念ながら私の目から見ると、それはただの甘えですから。何の危険も無く皇子の伴侶をユメ見るなんて、覚悟が足りなすぎる。もし私が過剰に敵視する人達が居るとしたら、それはそう言った人種です。私はそう思うのですが――シルフィーさんは違うのですか?」
「………」
この桜子と言う少女、可愛い顔してスパルタ過ぎる。まだ高校生の筈だが、これでは鬼軍曹顔負けの考え方ではないか。そう思いながらも、シルフィーは両手を上げた。
「オーケー。君の考えは良くわかった。確かに何かのオーディションで落選してもそれで落ち込むのは間違っている。だって応募者は落選する事も覚悟した上で応募している筈だから。そういうルールであり競争なのだから、君の持論に近しい心構えはしておくべきでしょうね」
「ええ。ですが、勘違いしないで下さい。私は別に、殺人鬼という訳では無いので。その証拠に、規定に違反しないなら対戦相手に棄権を促してみようと思っています」
「完全に挑発だと受けとめられると思うけど、それも良いかもしれないわ。じゃあ、私は次の仕事に移りましょうか。早速、艦隊戦が出来るクルーを集める事にする。その場合、スポンサーはもちろん君と言う事で良いのよね?」
シルフィーが最終確認をすると、桜子は満面の笑顔で頷く。
「はい。この際お金に糸目はつけませんから、シルフィーさんの思う通りの人材を集めて下さい。できれば命知らずの――頭のネジが飛んだ人達とか好ましいです」
「………」
それで、話の方向性は決まった。
シルフィーはこの七日後には仕事を片付け――彼女達を桜子に引き合わせたのだ。
◇
場所は、雑多な繁華街。時は、正午を過ぎた辺り。
で、頭にバンダナを巻いた彼女の第一声はこうだった。
「……ちょい待ち。何か写真で見たより余程子供っぽいけど、この子で本当に大丈夫なの?」
実物の桜子を前に、砲術担当のルック・ライナーが問い掛ける。
シルフィーは、桜子の副官として断言した。
「ええ、問題ない。言ったでしょ。その子はレベル十のAIと艦隊戦のシミュレーションをして、勝ったって。貴女もそれを聞いて納得した筈なのに、今更何を怖気づいているんだか」
いや、半ば挑発する様にシルフィーは嘯き、ルックは眉をひそめた。
「というか、私の注文に沿っていませんね、シルフィーさん。私は命知らずな方々を、と要求した筈ですが?」
キョトンとした顔で、セーラー服姿の桜子が口を挟む。
お蔭でルックは、更に難しい顔つきになる。
「命知らず? ああ、そうだな。私は別に命を惜しんでいる訳じゃない。ただ、それとこれは話が別だ。命を惜しまず戦うのと、ただの自殺行為は全くの別物なんだよ。あんたの為にわかりやすく言ってやれば前者はそれなりの意味があって、後者は全くの無価値って事だ。生憎、私は犬死だけはしたくなくてね。そういった意味では、あんたに雇われるのはこの上ない自殺行為に思えてならない。つまらない死に方しか、しない様にさえ感じる。よくあの〝金狼〟が副官を買って出たと思える程に」
が、そこまでルックが告げた時、桜子が彼女の言葉を笑顔で遮った。
「わかりました。私もつまらない言い合いや、駆け引きはしたくないのでこうしましょう。私対あなた方全員で、艦隊戦のシミュレーションをするというのはどうです? それも一度だけでなく、あなた方が納得いくまでとことん私と戦い続ける。その条件でどう?」
と、そんな事を言ってくると予想していたルックは、半ば呆れながら口を開く。
「……ま、そうなるわな。良いよ、わかった。このままじゃ埒が明かないしね。私はその条件で良いけど、皆はどうする?」
ルックが振り返り、残りのクルー候補に問い掛ける。
彼等は互いに顔を見合わせた後、静かに納得した。
「オーケー。良いだろう。が、俺達が勝った場合、君にはしっかりキャンセル料を払ってもらう。それでも構わないかな、お嬢ちゃん?」
「勿論です。では、早速始めましょうか。キラ☆」
「………」
ギャルピースをかまし、屈託のない微笑みをみせる桜子。お蔭でただ一人の味方であるシルフィーまで、桜子を見放しそうな雰囲気で一杯だった。
が、その後の事は語るまでも無いだろう。
この三週間後桜子達はエグゼツア星系に赴き――件の星々を観光する事になったのだ。
◇
そうして、一連の話は決まった。彼女は交渉の席から立ち、速やかに建物から出る。彼もその後に続き、安堵した様に大きく息を吐く。
「どうにか上手く行きましたね。これで必要な面子は全て揃った。後は〝ロイヤルウエディング〟の当日を待つだけです」
が、黒い上着をなびかせる紅斑鳩は、興ざめ気味に一笑する。
「それは、どうかしら? 恐らくここまでの流れは、バーグも読んでいる筈よ。私が何者かは流石に気付いていないでしょうけど」
「は、い? では、斑鳩様はそれを承知で、あの交渉に臨んだと……?」
「ええ。他に次善策が無かったから。正直者の私としては、その事もぜひ彼等に伝えたかったのだけどね。そこまで言ってしまうと、交渉は決裂しかねないので遠慮したの。でも、どちらにせよバーグもまた私の読み通りに動くでしょう。なら、私としてはそれで大いに満足ね」
「………」
が、その満足を得る為の代償がどれ程の物か、オズマは良く知っている。あの漆黒の少女は己の欲望を満たす為、酷く危うい真似をしようとしているのだ。そう感じ、オズマは思わず腰にさした銃を抜きそうになった。
その時、斑鳩は良くわからない事を言い始める。
「ねえ、オズマ、あなた幸福について考えた事はあって?」
「……幸福、ですか? いえ、あいにく私は妻も子供も居ない身でして。子供の頃はともかく大人になってからはそう言った事は感じにくくなっている気がします」
「そう。では、覚えておくと良いわ。一つの幸福は、無数の不幸を生むと」
「一つの幸福は、無数の不幸を生む?」
「ええ。例えば人気がある女子が特定の男子と結ばれた時、他の男子達はどう思うかしら? 喜んで彼女達を祝福する? いえ、恐らく違うわ。失意を覚え、或いはその両者を恨む事さえあるかもしれない。まだ子供である彼等でさえ、その幸福に深い憎しみを抱く事があるの。そして一つの自由は、幾つもの不自由を生むわ。勝手気ままに暮らしている男の家族が、その尻拭いをする様に。子供のひきこもりが良い例ね。彼が自由と言う幸福を得た代りに、その家族は様々な不幸を招く事になる。世間体や、その子の将来に思い悩み、その責め苦は彼が自立するまで続く。誰かが幸福になると言う事は、誰かが不幸になるという事と同義なのよ。でも、それを踏まえた上で私達は自己の幸福を追求するべきだわ。人生とはそう言った戦いであり、それを止めてしまった時こそ真の敗者となるから。だから、私もただ戦い続けるしかないの。例え私の幸福が多くの不幸を招こうとも、それを受け入れた上で戦い続けるしかない。恐らくバーグや彼等も似た様な理論武装をして、今を生きている筈よ。でも、あなたは一体どうなのかしらね――オズマ・ギエット?」
「………」
即座に答える事ができず、オズマは息を呑む。返答次第では、自分はここで殺されると覚悟しながら。よって、彼はこう告げた。
「そう、ですね。それは、斑鳩様の仰る通りだと思います。そして幸いにも、私の目的と斑鳩様の目的は一致している。あなた様の幸福こそ、私の幸福だと思えるのです。故にそれによって生じる数多の不幸は、あなた様と一緒に私も背負う事にしましょう」
「……そう」
やはりつまらなそうに答え、斑鳩は歩を進める。彼女は更に、こうつけ加えた。
「でも、それはあなたが思っているより遥かに険しい道よ。私と共にあるとは、そういう事。その覚悟が――本当にあなたにあって?」
「……はい、勿論です」
最後までそう自分を偽りながら――オズマ・ギエット大尉は漆黒の少女の後を追った。
◇
高峰桜子が某所で買い食いを始めたのは、正午を過ぎた頃。彼女は屋台でタコ焼きやリンゴ飴、お好み焼きを購入し、立ち食いを始める。
この年相応の姿を見て、彼女に同行しているシルフィーはつい安堵の溜息を漏らす。但し、それも束の間の事だった。
「で、シルフィーさん、大会参加者の情報とか何か得られました? エグゼツア側としては、大会当日まで秘匿する気の様ですが。それでも噂位なら耳に入っているのでは?」
「んー、まあ、一応。それにしても君は本当に、プライベートな事は口にしないわね。こんな愉快な友達が居るとか、両親に対する愚痴とか、そう言う話は全く聞いた覚えが無いわ」
「ええ、特に話す必要性を感じないので。それより先ほどの話ですが」
「ああ、何せ資金が潤沢なんでね。君の注文通り、情報屋やハッカーを雇って可能な限り大会参加者の素性はあらってみた。結果、名前と職業がわかったのが五人程居る。後は職業が精々といった所ね」
シルフィーが、得た情報を桜子に報告する。それを聴いて、桜子は一瞬眉をひそめた。
「何よ? 何か気になる事でも?」
「いえ……紅斑鳩という人がちょっと」
桜子がそう呟くと、シルフィーもフムと頷く。
「そうね。私も彼女の事は少し気になった。今から十年前に家族で失踪したという事だけど、その足取りは最近まで掴めなかったの。それどころかとっくの昔に、どこかの山中で一家心中したんじゃないかっていう噂さえ流れていたわ。けど――少なくとも一人娘である斑鳩は生きていた。それも、抱えていた借金を返せるだけの資金力を得て。一体、この十年で何があったのやら。きな臭いといえば、きな臭い話よね」
「………」
何故か、桜子の表情がもう一度怪訝な物になる。
しかしどう考えても確証までは得られない彼女は、だから断定など出来よう筈も無い。
「……そうですね。他の誰かが彼女の戸籍を乗っ取った可能性は高いけど、それが誰かまでは私にわかる筈がない。例えあの人なら〝紅斑鳩〟という名前を好み、その人物を選びそうだと感じようとも」
「……何? 何の話よ?」
けれど桜子は首を横に振り、リンゴ飴を力強く噛み切る。
「話はわかりました。では、休暇は現時点までです。いよいよ始まりますよ。私達の――〝ロイヤルウエディング〟が」
そう謳いながら――高峰桜子は心底から喜悦した。
3
そして――その翌日、遂にその日はやって来た。
ある宇宙コロニーに集められた〝ロイヤルウエディング〟の参加者が今こそ一堂に会する。
国立体育場に集められた彼女達の多くは――其処で初めて件の元帥を直に見た。
主催者席の前に立つバーグ・エグゼツア元帥は、手ずから彼女達の職業と名を読み上げていく。
「公爵令嬢――サザーナ・ラミバ。少佐――チェリア・スハラ。自称宇宙海賊――オライア・セイア。前国王――アプソリュウ・ソウド。会社役員――紅斑鳩。高校生――高峰桜子。メイド――ヒリカ・ヒーヤ。シスター――テイヘス。自称探偵――ミハイル・ルー。フリーター――ニコ・ハンセン。配送業者――カルカナ・エット。教師――スカーラ・アイヤ。戦術評論家――ウーマー・ベルヘム。ハンター――キーマ・エイ。プロ棋士――イクセント・ヒル。無職――ジルア・キルド。以上。順不同、敬称略」
その作業を終えてから、バーグは尚も続ける。
「では、大会開催の前に一つ言っておこう。正直、私の伴侶となる為、これほど多くの女性が集まった事は驚きを禁じ得ない。この様なバカげた催しに参加した諸君は、正に命知らずのバカと言って良いだろう。この様な陰惨な大会に出場した所で、周囲の人々が賛辞を送る事はまずないだろうから。そう言った意味では諸君こそ、真のバカだと言える。だが、世界を変えてきたのは、他らないそのバカ達だ。気球が開発される前、人は空を飛べると誰が信じた? 大戦期にあって、人類が宇宙に到達できると誰が信じた? 同時期、人が三十八万キロも先にある月に辿り着けると誰が信じた? 火星にさえ到達する前、人類が他の銀河に行きつき、星々を開拓すると誰が信じた? そう、それ等はみなその偉業を成した当事者しか信じなかった、絵空事だ。だがそれを現実にしたのが、妄想を常識に変えたのが、かのバカ達である。この世は非常識を常識に変えるだけの力をもったバカ達の手によって進歩してきた。まずバカである事が第一条件で、その他の知識は後からつければいい。必要不可欠なのは、挑戦と言う心構えを失わないバカであるという事。故に、私が諸君に望む事は一つだけ。どうか諸君も先駆者に劣らぬ――偉大なバカである事を切に願うばかりである。以上」
何の躊躇も無く、寧ろ不敵に笑いながら皇子は言い切る。それを大会開始の祝辞とし、バーグはビップ席に腰かけ眼下の少女達を一望した。
その中の一人――高峰桜子が直ぐ横に居る人物に意図して話かける。
「うわ。私、こんなに人からバカだと言われたの、初めてです。というかあの方、ちゃんと自覚していたんですね。自分がバカな事をしているって。ちょっと意外です」
かたやその人物――紅斑鳩は笑みを以てこれに答えた。
「同感ね。けど残念ながら彼の言う通り、この大会に参加した時点で私達も彼と同レベルのバカだわ。それどころか、今の私達の立場ではこうして彼に見下ろされる他ない。正直それってこの上なく不本意な事だと思わない?」
明らかに年下である桜子に対しても、礼節を以て斑鳩は接する。
桜子は、だからこそ内心懸念を抱く。
「えっと――確か紅斑鳩さんですよね?」
「そういうあなたは――高峰桜子さんね」
自分を見くびったルック達とは違い、斑鳩は桜子を軽んじない。場違いと思えるこの大会の参加選手である自分を、当然の様に受け入れている。
それは、余裕からくる物か? それとも、彼女の常識ではこれが当たり前なのか?
桜子には、判別がつかなかった。
だから桜子は、一つ仕掛けてみる事にする。
「というか、もしリーゼ・クーデルカがバーグ皇子に勝っていたなら、全ては変わっていました。この大会自体開かれなかったんですよね。なら、妃の座を狙う私達にとってはリーゼが負けて万々歳だと思いません? リーゼと言う負け犬が、私達にチャンスをくれたのだから」
桜子がそこまで言い切ると、斑鳩はキョトンとしてから両手で口を被う。
それが笑っているのだという事に、桜子は暫く気付かなかった。
「フフフ、ハハハ。いえ、ごめんなさい。本当にその通りだと思って。確かにリーゼ・クーデルカは負け犬だわ。それ以上何も語るべき事は無いと思える位、空っぽな人。でも、そうね。クーデルカを不幸のどん底に貶めた彼女だけど、あなたの言う通りではあるわ。彼女が負けてくれたお蔭で私達は今ここに居る。リーゼに功績があるとすれば、その程度の事でしょうね」
「………」
それは桜子が想定していた〝彼女〟の反応で、そのため桜子は思わず黙然とする。
この間に斑鳩は、桜子に手を差し出してきた。
「中々痛快な毒舌ぶりね。こういう言い方は失礼かもしれないけど、アナタ、気に入ったわ。願わくは、私の対戦相手になって欲しくないと思える程に」
「……それは、戦えば自分が勝つから、と言う意味ですか?」
斑鳩の手を握り、微笑みながら桜子は問う。けれど斑鳩は答えず、別の事を口にした。
「と、いよいよ始まるみたいね――私達の〝ロイヤルウエディング〟が。では、お互い武運がある事を祈りましょう――高峰桜子さん」
「………」
最後にそう言って――紅斑鳩は心底から喜悦したのだ。
◇
ついで、軍属と思われる人物が花嫁候補者の前に立ち、己が役割を果たそうとする。
「では、早速ルールの説明をさせてもらいます。クルーの人数は上限が十名で、艦内に武器の持ち込みは禁止。原則として、候補者の皆様が使う艦隊は同じです。各々同性能の物で、同じ条件のもと勝敗を競ってもらう事になります。その反面船の種類は五種類あり、これ等を操りながら勝利を目指してもらいます。第一に――最も数が多いポーン型。これは攻防力が低い物の八隻使用が可能です。第二に――二隻使用できる突撃型のビショップ型。これはその名の通り移動速度に特化していますが、防御力が低いのが弱点です。第三に――同じく二隻使用できる防御重視のルーク型。今説明した通り防御に適していますが航行速度は遅く設定されています。第四に――やはり二隻使用出来る空間跳躍が可能なナイト型。一定の空間内をワープ可能な船ですが、その回数は一回に限られています。更にワープ後は、速度、攻防力がダウンします。第五に――一隻のみ使用可能な攻防力に長けたクイーン型。ご説明した通り攻撃力、防御力に長けた船で、最も汎用性に優れた船と言えるでしょう。皆様はこの十五隻の船の何れかに搭乗し、他の船を遠隔操作しながら戦闘に勤しむ事になります。また試合で船を失っても、勝ち抜けば失った船は補充されるのでご安心を」
「つまり、乗れる船は自由に選べるという事? どの船にわたくしが乗っているかは、対戦相手に知らせる必要はないと?」
公爵令嬢サザーナ・ラミバが訊ねると、仕官は頷く。
「はい。寧ろ対戦相手がどの船に搭乗しているか推理するのもこの艦隊戦の特色の一つです。最も数が多いポーン型の船に乗り、相手を攪乱させるもよし。正攻法に頼り、クイーン型の船に搭乗するもよし。その辺は、皆様の戦略次第です。因みにエネルギーシールドは、上下前後左右の一方にしか張れない仕様となっているのでご注意を。そしてここからが重要な点なので良くご検討下さい。この艦隊戦は、対戦相手が搭乗している旗艦を落した時点で勝利となります。即ち『対戦相手の死=勝利』という事。加えて場所はレドライ宙域で、範囲は直径十万キロ四方。このラインを過ぎた時点で、皆様の搭乗する船は爆発する仕組みになっています。また試合の制限時間である一時間を迎えても、同様の事になります。よって、改めて確認させて下さい。この条件でも皆様は――〝ロイヤルウエディング〟に参加なさいますか? 今ならまだ、棄権する事も可能ですが?」
が、アイバス連邦の少佐であるチェリオ・スハラは、真顔で告げる。
「少なくとも、自分にとっては無用なお気遣いですね。このまま何もせずおめおめ母星に帰れば、自分には銃殺刑が待っているでしょうから」
「……な、成る程。では、他の皆様は?」
が、仕官がそう訊ねても誰一人声を上げる者は居ない。
どうやら棄権者が居ないまま、本戦は始まる事になる様だ。
「と、その前に一つだけ訊きたいわね。キングの駒は無いのは、何故? もしかしてキングとは他ならぬバーグ皇子で、私達はそれを守るクイーンにすぎないから?」
斑鳩が微笑みながら、仕官に目を向ける。彼は何故か絶句した後、言葉を紡いだ。
「い、いえ、それはわたくしの口からは、何とも」
「そう。なら、良いわ。ごめんなさいね。つまらない質問をして」
それで、説明は終わった。
次に彼女達花嫁候補が行ったのは、対戦相手を定める事。
アナログな事にクジの箱が用意され、それを以て対戦相手を決める事になった。
「但し、ここでも特別ルールがございます。本戦はトーナメント方式ですが、一回戦が全て終わり次第、またクジを引いてもらいます。つまり一回戦が全て終わっても、次の対戦相手はどなたかわからないという事ですね。これを準決勝まで繰り返してもらいます」
この説明を受け、自称探偵ミハイル・ルーは事もなく言い切る。
「成る程。それは、意地が悪いやり口だね。ボクが思うにそのルールを決めたのはバーグ皇子だと思うのだけど、違うかな?」
が、やはり仕官は困った様な顔をするだけで答えない。
いや、クジの結果を発表すると、こうなった。
一回戦。
第一試合――自称宇宙海賊、オライア・セイア対高校生、高峰桜子。
第二試合――メイド、ヒリカ・ヒーヤ対公爵令嬢、サザーナ・ラミバ。
第三試合――自称フリーター、ニコ・ハンセン対会社役員、紅斑鳩。
第四試合――前国王、アプソリュウ・ソウド対配送業者、カルカナ・エット。
第五試合――シスター・テイヘス対ハンター、キーマ・エイ。
第六試合――無職、ジルア・キルド対戦術評論家、ウーマー・ベルヘル。
第七試合――プロ棋士、イクセント・ヒル対教師、スカーラ・アイヤ。
第八試合――自称探偵、ミハイル・ルー対少佐、チェリア・スハラ。
以上である。よって、彼女は何とも言えない顔をした。
「我らが雇主殿は、第一試合か。はてさて、どうなる事やら」
客席よりこの一部始終を見届け――シルフィー・フェネッチは天を仰いだ。
◇
因みにこの〝ロイヤルウエディング〟はエグゼツア星系内に限り、テレビ中継されている。死者が必ず出ると言うのに、皇子であるバーグがそれを許したから。
お蔭で桜子の級友である羽村由佳も、固唾を呑んでテレビに見入っていた。
「あわわわ~~。桜子ちゃん、本当に皇子様の花嫁候補になっているよぉ。今からあの人達と殺し合うって、本当なのぉ……?」
由佳としてはただ驚愕するしかないのだが、その桜子と言えばこうだった。
「しょっぱなから試合ですか。運が良いのか悪いのか。とにかくそう言う事なので、皆さんよろしくお願いします」
手をヒラヒラさせ、クルー達に愛嬌を振りまく桜子。砲術長のルックは、この緊張感の無さに、露骨に顔をしかめた。
「いや、今更勝算はあるのかとか無粋な事は言う気も無いけど、一応訊いとく。あんた、ちゃんと勝つ気はあるんだろうね?」
「んん? それは勿論。私、そんなに頼りなく見えます?」
船が停泊する港で五種に及ぶ戦艦を下見しながら、桜子は答える。やがて、彼は結論した。
「いや、ルック、もうその辺りにしようや。この艦長殿の実力は多分、俺達が一番わかっている筈だしな」
機関長のボーゲル・カスハが、ルックを窘める。それでもルックは釈然としない顔つきだったが、その間に桜子は搭乗船を決めてしまう。〝その船〟に乗り込み、ルックも渋々これに追随して、桜子は制服のまま艦長席に腰かけた。
ルック達が怖気を覚えたのは、その時だ。ソレは、散々桜子と戦った彼女達でさえ感じた事が無い気配だったから。
高峰桜子の気質と顔つきはこの時――明らかに変わる。
「フフ、ハハハ。やはり良い物ね、こう言うのは。では機関長および航海長、戦闘開始の合図と共に本艦隊は出力八十パーセントで北西に移動。その五分後、敵艦隊に向け前進。敵が砲撃してきた際は、ポーン全艦にルーク全艦を前面に押し立て、これを防御して」
「りょ、了解。で、反撃は?」
「それは、砲術長のタイミングに任す。本艦隊は敵艦隊目がけて、ただひたすら前進。今はそれだけに集中」
正に、反論を認めない、厳かな口調。事実、ボーゲルやルックさえも、己のなすべき事に専心する。彼等は桜子の指令を復唱し、戦闘開始の合図をただ待つ。
そして――遂にその時は訪れた。
『では〝ロイヤルウエディング〟一回戦、第一試合――開始』
艦内の回線から、そんなアナウンスが響く。
同時に桜子とオライアの艦隊は、それぞれの港から発進。
レーダーを通し、互いの艦影を確認する。
今ここに衆人環視の中――〝ロイヤルウエディング〟の幕は切って落とされたのだ。
4
港から出航する、両者の艦隊。両者の港は十万キロ程離れていて、直ぐには接触できない。
宇宙海賊――オライア・セイアは、このとき眉をひそめた。
「北西に移動した後、直進してくる? 何故わざわざ北西に移動する必要が?」
旗艦のレーダーを使い、桜子艦隊の動きを確認して、オライアは訝しむ。
その間に、些か場違いな質問がクルーの一人より発せられた。
「てか、船長、さっき対戦相手のお嬢ちゃんと何やら話していたでしょう? アレは何だったんです?」
それが如何に余計な質問か理解しているブラウ・ドゥは、当然の様に彼を窘める。
「船長は今、敵の思惑を思案中よ。余計な茶々は入れない」
が、オライアは真顔で首を横に振る。
「いや、良い。その程度の無駄口に答える余裕も時間もまだあるから。別に大した話じゃないよ。単に死にたくなかったら、さっさと棄権しろって脅しただけ」
「はぁ。それでもああして参戦しているって事は、船長の好意は不発に終わったと?」
しかし、オライラはもう一度首を横に振る。
「いや、それどころかあのガキ、こう言いやがった。〝奇遇ですね。私も丁度あなたに棄権をすすめようと思っていた所なんです〟と。いや、笑える。あたしのガンつけを涼しい顔でやり過ごしやがったよ、あのガキ。あたしが衰えたのか、それともあのガキがバーグの言うマジモンのバカなのか。どっちともつかない話だが、一つわかった事がある。やっぱあのガキ、実戦は初めてだ。ぶっちゃけ動きが素人すぎて、見てられない」
この時、オライアが推測した桜子の狙いはこうだ。密集体形をとりつつ、正面から敵陣を食いちぎる。つまりは速攻をかけ、一気に勝負をつけるつもりだ。
オライアはそう読むが、ブラウは顔を曇らせる。
「では、なぜワザワザ北西に移動を? 明らかに時間のロスを生むだけで、速攻をかけるなら極めて不合理な動きだと思いますが?」
「だね。私もソコが引っかかっているんだけど、或いはコッチにそう思わせるのが狙いか?」
素人が良く使う手である。不自然な真似をして敵を混乱させ、その間隙を衝いて勝負をつける。ある意味奇策と言えるソレは、けれど同時に底の浅さを物語っていた。その程度の策など百戦錬磨の宇宙海賊である自分に通用する筈が無い。
「が、あのガキも一応予選を通過しているんだよね。なのに、こんな手が通用すると本気で思っている?」
「いえ、船長、考え中の所申し訳ねえんですがね。そろそろ敵さん、攻撃の射程距離に入る所ですぜ?」
オライア艦隊は出力三十パーセントで前進しているのに対し、桜子側は八十パーセントで前進中だ。その為、桜子艦隊は後数分でオライア艦隊にとりつく所まで来ていた。
ならば、オライアがするべき事は決まっている。
「いかんな。どうも心理的には先手を打たれた様だ。今の所、ペースは完全にあのガキに持っていかれている。これが素人の怖い所だな。何をするかわからん所が」
そう痛感しながらも、実のところオライアの余裕は崩れていない。仮に桜子が素人なら所詮そこまでの話。自分はプロの業を以て、あの少女を迎撃すれば戦況は覆せる。
彼女はそう冷静に判断し、いよいよ部下に指令を送る。
「では、取り敢えず全力で迎撃。同時に出力十パーセントでクイーンを後退させつつ、両翼のポーンを出力三十パーセントで前進。敵艦隊に気付かれぬ様、此方の陣形をUの字に変化させ敵艦隊を包囲する。その後は全方位から一斉掃射し、敵艦隊を一気に駆逐だ」
「了解。いや、船長にしては真っ当な戦術ですな」
「かもな。が、相手が素人なんだ。素人に奇策を用いても、此方の思惑を深読みせず、不発に終わる可能性が高い。なら――正攻法を以て迎撃する以外今のところ手は無いだろう?」
全クルーに訊ねている様でその実、オライアはブラウに対して問うている。それを敏感に感じ取り、彼女は一瞬逡巡した後、首肯した。
「ですね。仮にこの手が失敗しても、此方が痛手を負う事は無い筈。敵の出方を窺う意味でもそれが良策だと思います」
「は! 相変わらずブラウは船長の軍師気取りかよ! が、ま、それも良いか! 俺等は何時だってそうやってお宝をかすめ取って来たんだから!」
喜々としながら、古参である他のクルー達もこれに応じる。接近してくる桜子艦隊に集中砲火を浴びせつつ、オライアが指示した通り艦隊を移動させる。
そして、オライアやブラウの懸念に反し、この策は成功しかけた。事実、桜子側のオペレーターは絶叫する。
「敵艦隊、此方を包囲しつつあります! このままでは背後からも挟撃され、全艦とも撃沈する恐れがあります!」
この警告を受け――桜子は右腕を横に振って指示を出す。
「了解した。では応戦しつつ、出力八十パーセントを以てこの宙域から離脱する。このまま私が合図を送るまでは、後退を続けよ」
「こ、後退を続けるっ? だとすると私の計算では、二十分後にはレッドラインに至り、船が爆破する事になるわ!」
航海長のレーゼ・イクワが、焦燥しながら忠告する。けれど桜子は肩を竦めるだけで、取り合わない。愚かにも桜子艦隊は自ら虎穴に向かう様に後退を重ね、オライアは顔をしかめる。
「今度は後退? まさか二十分かけ前進した後はまた同じ時間をかけ、後退する気? 正気かあのガキは。このままでは制限時間の一時間を迎え、此方の艦隊もあのガキの艦隊も吹っ飛ぶぞ。まさかあたし達と心中する気じゃないだろうね、あいつ?」
そう毒づきながらも、オライアは笑みを浮かべていた。
敵の思惑は良くわからないが、だからこそ彼女は悦に入る。
「船長の悪いクセですね。敵の意が解せないほど、逆にヤル気になる。またトンデモ作戦を考えつかなければいいんですが」
ブラウが、再度窘める様な口を利く。それを聴き、オライアは首を傾げた。
「この状況であいつが挽回できる手は、何? まさか今度は向こうがあたし等を誘い出し、此方と同じ艦隊運動をして包囲陣形を敷く気?」
その可能性は非常に高いと言えた。一時間という制限時間がある以上、オライア側も呑気に構えている余裕はない。このまま桜子側の後退を許し、時間を稼がせても何の利も無いのだ。それどころか共倒れの恐れさえ出てくるだろう。そのため彼女の行動選択の余地も限られる。オライアとしてはこうなった以上、桜子艦隊を追撃する他ない。
「ハナから此方を引き寄せるのが狙いだった? 此方を焦らす為の前進だったとでもいうのか、桜子ちゃんよ?」
答えが返ってこない問いかけを、オライアは口にする。その上で、彼女は決断した。
「なら、お手並み拝見といこうか。ルーク、クイーンを前衛に置きつつ、菱形陣形で正面突破を図る。仮に敵艦隊の陣形に変化があった場合は、敵前衛の戦艦に攻撃を集中しこれを各個撃破。その間に敵艦隊の移動パターンを解析し、敵艦隊の旗艦を割り出して、集中砲火を浴びせる。本当、あたしとしては余りに正攻法過ぎるけど、偶にはいいでしょ、こういうのも?」
歯を食いしばりながら、オライアはもう一度笑う。既に決着がついている事に気付かないまま、彼女は己が作戦を実行する。
「もしくはこのまま敵艦隊を押し出し、レッドラインを超えさせるのも手だね。どちらにせよあたしを楽しませた時点であんたの敗けだよ――高峰桜子」
冷静にそう計算しながら、オライア艦隊は九十パーセントの出力で前進を開始。
依然後退する、桜子艦隊を猛追する。
けれど、果たして誰が知るっているだろう? あの桜子と言う少女の、余りと言える悪辣さを。ソレは真に外道と言えるだけの、戦略だった。それとは裏腹に、オペレーターはまたも悲鳴を上げる。
「敵艦隊、追撃してきます! このままではレッドラインまで追い込まれる可能性が! それでも後退を続けますか、艦長っ?」
しかしこの時――高峰桜子は初めて艦長席を立って、檄を飛ばす。
「尚も後退を続行。が、恐らくそろそろ頃合いである。皆、準備を」
「……準備?」
クルーの殆どが眉をひそめる中、副官であるシルフィーだけは半ば呆れる。
ついで、遂にその時はやって来た。
「……な、にっ?」
あろう事か――オライア艦隊が攻撃を受ける。
しかも――エネルギーシールドを張っていない背後から。
故に、オライア側のオペレーターは恐慌した。
「後方から、砲撃あり! ポーン、ルーク、ビショップ、ナイト、クイーン被弾! わ、わからねえっ! 一体どこのどいつがっ?」
が、それをオライア達が知る前に、桜子が動く。彼女は満を持して、こう命じた。
「全艦全速前進! 敵旗艦は最初に攻撃を受けた船――ナイトよ! あのナイトに攻撃を一点集中! ワープする間を与えず――これを撃沈する!」
「……まさかこれがあいつの狙いっ? けど……一体何を? まさか――っ?」
「ええ、そういう事よ。あなた達海賊は私達と違って大所帯でしょう。当然、その船に乗れないクルーも居る。そして、海賊にとってクルーとは入れ替わりが激しい。海賊は標的の船に乗り込み白兵戦を仕掛け、これを制圧し、お宝を奪う事が多いから。よってあなた達はその白兵戦でクルーを失う度に、クルーを補充する必要がある。だから、そんな新米である彼等は船長であるあなたに対し忠誠心が薄い。故にシルフィー副艦長があなたの素性を洗い出した時、新米の人に接触させてもらったの。主に――その人を買収する為に」
そう。その人物がした事は一つ。オライア側のポーンの一つに、プログラムを打ち込んだのだ。即ち――一定時間が来たらオライア達が乗る船を攻撃しろと。いや、一億クーデルカドルもの大金をせしめた彼は、それどころか全ての船を攻撃するよう図った。故に以上の事が起こり、この時点でオライア・セイアは唖然とする。
「……冗談だろ? まさか、戦う事になるかわからない相手を打破する為に、それだけの用意をしていたと――?」
だとしたら、正に狂気の沙汰だ。
十五分の一に懸けたあの桜子と言う少女は、狂っているとしか思えない。
「でも、戦略とはそういう物なのよ――オライア・セイア」
然り。オライアの敗因は、戦略を疎かにした事。戦略など入る余地がないと断定し、戦術にばかり目がいっていた所だろう。戦術と言う呪縛に、常識と言う概念に、縛られた時点で彼女の敗北は決まっていた。
そしてこの時――彼女の意識は遥か過去に逆行する。
彼女は、生まれながらの海賊だった。父も母もそう言った生き方しか出来ず、気が付けば彼女も銃と剣をとるしかなかった。
それもその筈か。彼女の周囲には、別のあり方を教える人々など居なかったのだから。言わば、彼女は自身を取り巻く環境に、忠実に適応したに過ぎない。
何の疑問も抱かぬまま、齢十歳で人を殺した。見知らぬ他人を殺しその財を我が物にした。
そこに、被害者の家族がどう思うか想像する余地はない。今を必死に生きる為に彼女は自分の道を突き進んだ。父や母が戦死し、十五歳で船長の座を引き継いだ彼女は、やはりそれでも変わらない。それしか生き方を知らない彼女は、ただ同じ事を繰り返す。
正に、血に染まった人生だ。けれど何時の頃だったか、彼女の中で何かが魔をさした。
もう自分は引き返せない。けど、自分の子供にもこんな生き方を強要していいのか? 他人に疎まれ、他人に追われ、或いは父や母の様な死を迎えるであろうこの生き方は、本当に正しい?。
自分の生き方が如何に壮絶な物か今になって漸く気づいた彼女は、そのため思い知る。
〝ああ、そうか。あたしは、あたし達は、今までとんでも無い、間違いを――?〟
だから、せめて、自分の子供にはそんな世界で生きてほしくなかった。いや、自分だけでない。ブラウや古参の仲間達も同じだ。この不毛なる連鎖を断ち切るには、自分達が変わる他ない。けれど、この生き方しか知らない彼女には、その方法がまるで見当がつかなかった。
その時――彼女にとっての転機が訪れた。
この〝ロイヤルウエディング〟の参加が決まったのだ。
初めは予感程度だったが、あの瞬間、彼女の中で確信に変わった。あの演説を聞いた時、バーグと言う男ならその願いが叶えられるとユメみた。彼女は笑顔で陽だまりの中を歩く自分達やその子供の姿を、夢想したのだ。
〝と言う訳で――進路をエグゼツア星系にとれ。とびっきりのお宝があたし等を待っている〟
ソレは本当に、ユメの様な時間。血まみれの自分には、きっと許されない日々。
でも、だからこそ、それはきっと――彼女にとって〝とびっきりのお宝〟だった。
「……けど、お宝の方はあたし達を待っていてはくれなかったか。悪かったな、ブラウ、皆。あたしはやはり自分の生き方も変えられない、無能な船長だった」
集中砲火が迫る中、彼女は何時もの様に笑って告げる。
その笑顔に何度となく救われてきたブラウ・ドゥも微笑みながら、答えた。
「いえ、船長は私達にとって、最高の船長でした。……本当にありがとう、オライア。そして本当に……今までお疲れ様」
それが、サイゴ。
二人の少女が微笑みを交し合った瞬間、彼女達が乗る旗艦は消滅する。
高峰桜子の手による集中砲火で宇宙の塵となり、ここに勝敗は決したのだ―――。
◇
事実、桜子の旗艦内には以下のアナウンスが響く。
『勝者――高峰桜子様。お疲れ様でした、クルーの皆様。港に帰還した後は、次の試合までおくつろぎ下さい』
「了解した。本艦隊は速やかに港へ帰還。その後は、しばし自由時間とする。皆、本当に良くやってくれたわ」
艦長席に座る桜子が、労いの言葉を発する。
それを聴いても、クルー達は呆然とするばかりだ。
「……ちょっと待て。あんた、本当に人間か……?」
が、その問いには答えず――桜子は早々にブリッジを後にした。
◇
この一連の状況を、テレビモニターを通じて観賞した彼女は、まず慄く。
「これは驚いたー。正に、想定外の展開だ。まさか、こんな手があったとは」
自称探偵――ミハイル・ルーは短い灰色の髪を撫でながら、はてと首を傾げた。
「敵を買収し、自滅を誘うか。卑劣極まりないけど、それ以上に厄介な事をするなー。これでボク達や他の選手も、裏切りを警戒する必要に迫られる。そう仕向ける為に、あの桜子という子は敢えてこの戦術をとったんだろうね。だとしたら、彼女はとんでもない悪女という事になるなー」
けれど、彼女の助手であるガラッド・小柴は鼻で笑ってみせる。
「確かに、部下が多い元国王あたりには通用する手だろう。だが俺達の様にクルーに余裕がない人間には凡そ意味のない話だ。何せ仲間全員が船に乗り込むんだ。その船が沈めばクルーは皆死ぬ。全員が全員死地に身を置く以上、裏切りたくても裏切れる筈が無い」
が、今年十八歳となるミハイルは首を横に振る。
「それはどうだろう? 或いは家族にお金を遺したくて、敢えて犠牲を買って出る人間もいるかもしれない。そう考えるととても油断できた物ではないよ、ガラッド君。いや、これは面白くなってきた。ボクとしては、ぜひあの子と戦ってみたい物だ!」
喜々としながら、スーツにブーツ姿のミハイルは告げる。
逆にガラッドは顔をしかめた。
「正直、俺はごめんだな。あの手のタイプが、俺は一番嫌いだ。或いは、お前となら相性がいいのかもしれんが」
「そうかい? いや、ボクとしては君の繊細な現場検証能力に、大いに期待しているんだけどね。ガラッド・小柴君」
快活に笑って――ミハイル・ルーは不敵に腕を組んだ。
第一試合が終わった時、彼女はまず祈りを捧げる。
シスター・テイヘスはオライア・セイア達の為に黙とうし、それから桜子を観察する。
「勝つ為ならば手段を選ばないタイプ。いえ、きっと彼女は私達がどんな事情を抱えていようと、手を抜く事は無いでしょう。私が彼女から受けた第一印象が、それ。そう考えると、そら恐ろしくなります。できれば同じタイプの人間と潰し合って欲しい物ですが、果たしてどうでしょう? 仮にこれが叶わなければ、私達は相応の試練を乗り越えなければならない。まあ、私の興味は今のところ、別にありますが」
「と、言うと? 正直、私は参加者全員が恐ろしいのですが、シスター・テイヘスは違うと仰る?」
シスター・マリオンが眉をひそめると、シスター・テイヘスは三時の方角に目を向ける。
「これもまた宿命という物でしょうか? まさかこの様な所で、過去の残滓と邂逅するとは。いえ、私としては今日ほど神の存在を信じた日はありません。そして、自分の運命という物も改めて感じています」
穏やかな眼差しをした彼女は、意味がわからない事を口にする。
対してクルー最年長のシスター・ラールは、豪快に笑ったあと普通に問うた。
「なんだかわからないけど、それでも勝算はあるんだろ、シスター・テイヘス? いや、私等と艦隊シミュレーションをし、何度も勝ってみせたアンタだ。その才能は疑う余地が無いと私は思っているよ。これもまた、神のお導きだとね」
シスターとは思えぬ迫力を以て、彼女は場を盛り上げる。
それを受け――シスター・テイヘスは失笑した。
ハンター――キーマ・エイが第一試合を見届ける。
彼女は茜色の長髪を撫でながら、肩をすくめた。
「やる物ね。いえ、本当に私と同じ発想の作戦を実行する子が居たとは、正直驚きだわ。当面の大敵は、あの高峰桜子という少女で間違いは無いでしょう」
それを聴き、ハンター仲間のジエット・ハリマンは長い髭を抓んでみせる。
「ほう? アプソリュウ・ソウドやジルア・キルドでは無く? あの様に年端もいかぬ娘を、君は徹底して敵視すると?」
「ええ。艦隊戦もある意味、盤上の遊戯と変わらないわ。スポーツと違い、体格差や年齢は関係がない。それを補う豊かな発想力さえあれば、武器としては十分過ぎる。こと艦隊戦で言うなら、彼女は伝説クラスの宇宙生物に比肩するかもしれない。そんな彼女を狩れるかもしれないというのだから、ハンター冥利につきると思わない?」
花嫁候補最年長である、齢二十五のキーマが微笑む。
探偵ミハイルと同じく、スーツにブーツ姿である彼女は、目を細めた。
「未知の宇宙生物を狩り、それを然るべき場所に売りつけるのが私達の仕事。そう言った意味では、この大会の参加者全員が未知の生物と言って良い。それを狩れると言うのだから、これほど楽しい話は無いでしょう? ついでに言えば、この狩をやり遂げた時こそ、私の社会的立場も盤石になる。皇子の伴侶と言う立場さえも狩り取った最高のハンターとして、歴史に名が刻まれるの」
そう嘯きながらキーマ・エイは――確かに自身の勝利を予感した。
かの光景を見て、教師――スカーラ・アイヤは慌てふためく。
「……私が思っていた展開と、まるで違うっ? ちょっと、本当に大丈夫、私――っ?」
テレビモニターに映る桜子の姿を見て、彼女は思わず本音を漏らす。
その一方で、今年二十三になるスカーラは桜子の姿に、教え子達の姿を重ねた。
「……いえ、元はと言えば、それが全ての始まりだったんだよね」
全ては、生徒の一人が〝ロイヤルウエディング〟の予選に出たのが、切っ掛けだ。
自分もつい興味本位で出てみれば、なんと本戦出場の切符を手にしてしまった。それを迂闊にも教え子達に自慢したら皆に喝采され、スカーラは逃げ場を失った。
本当なら本戦は辞退するつもりだったのに、生徒達の後押しもあり彼女は今ここに居る。
「……そんな参加者なんて、絶対私くらいだろうなぁ。さっき辞退するか訊かれた時、何で手を上げなかったんだろう、私……?」
いや、それも誰一人として手を上げなかったから。
事ほど左様に、彼女は非常に流されやすい性格だった。
「……ああ、神様、どうか生きて帰れますように!」
金のクセ毛をした女性が、神に祈る。
それこそシスターの領分だろうが――スカーラ・アイヤは本気でそんな事を願っていた。
そこで生徒であるウイチェ・ライカは師である戦術評論家――ウーマー・ベルヘムに問う。
「というか先生、アレ、ルール上ありなんですかね? 先生の推理通りの作戦だとしたら幾らなんでも……せこくて卑怯すぎません?」
彼より三つも年下の彼女は、胸を張って答える。
「運営側がありだと言うのなら、ありなんだろうさ。いや、高峰氏の恐るべき所は、戦術レベルの部分は殆ど秘匿した所にある。彼女は、戦略レベルのみを披露しただけで勝ってみせた。これは他の参加者にとっては脅威であり、高峰氏にとってはかなりのアドバンテージだろう。そういう事がまるでわかっていない辺り、まだまだ甘いね、ライカ君は」
自分より背が三十センチも低い少女が、偉そうに口にする。
齢十七歳にして博士号を獲得した、矮躯な少女は尚も続けた。
「尤も、私は高峰氏が後退を始めた時点で、彼女の戦略を見抜いてみせたがね。私が一回戦の相手だったら、今ごろ敗北していたのは高峰氏の方だっただろうさ。そう言った意味では、彼女は実に運が良い」
「……はぁ。というか、それマジですよね? 俺等の命が懸っているだから、どの試合もちゃんと本気でやってくださいよ、先生?」
ウェーブがかかった金髪を手で払いながら、ウーマーは喜悦する。
「当然だ。私を誰だと思っている。事実、私の運は最高だ。何せ初戦の相手が、戦術実践者だというのだからね。今こそ私の論理が実績に勝るという事を、証明してあげよう」
声高にそう告げ、白衣をなびかせながら――ウーマー・ベルヘムは彼方を見た。
その時――プロ棋士、イクセント・ヒルはほくそ笑む。
「成る程。多少不安だったが、やはり将棋も艦隊戦も似た様な物、か」
彼女の見解では、少なくともそうだった。先ず敵の出方で打ち筋を見極め、想像力を働かせて、先の展開を読む。
将棋にも戦略と戦術が存在しており、それと共通する艦隊戦もまた将棋に通じる。
実際、自分達が使う船は将棋の駒に近しいではないか。
「なら、それは私の独壇場という事。桜子という少女のお蔭で、このゲームがどんな物かよくわかった。これで私に――死角はもう存在しない」
艦隊戦における戦略がどういった物か学習したイクセントは、やはり一人微笑む。
それを見て、同期のエルドバイ・リージェは眉を曇らせた。
「……やはり棄権する気は無い訳か、君は。正直、僕としては不本意だ。君なら何れ将棋の銀河チャンピオンにだってなれるだろうに。こんな所で命を懸けるなんて、やはり僕は納得いかないな」
「かもしれないね。自覚こそないが、やはり私は異常者なのかもしれない。一度でいいから、命を懸けた将棋で勝ち抜きたいと思っているんだから。けど、それだけの苦行を乗り越えた時こそ、私に怖い物は無くなる。この大会で優勝すれば、他の大会なんてそれこそお遊びに感じるだろう。今私に必要なのは、そう言った絶対的なバックボーンなのさ」
色素の薄い茶色の長髪を後ろで纏めた齢十八歳の少女が、微笑む。
その無謀さにやはり懸念を抱きながら――エルドバイは真顔で嘆息した。
ついで自称フリーター――ニコ・ハンセンは露骨に喜悦する。
(驚きました。皇子さえ殺せればそれで良いと思っていたのですが、あの桜子という少女もそそります。こんな気持ちは、初めてかもしれません。この私がこんなにも、特定の個人を殺したいと思えるなんて)
正体不明の殺人事件を引き起こす犯人――それが他ならぬ彼女だ。その被害者の数は既に五十人を超えるが、未だに彼女は満足と言う物を知らない。
ケンカ自慢の少年や、プロの格闘家、職業軍人と言った人間を殺害してきた彼女。ナイフだけが彼女の武器であり、それ以外は何のとりえも無いと思っていた。
が、彼女の真価は、どうすれば効率よく人を殺せるか直感できる所にある。その才能がニコを〝ロイヤルウエディング〟に導き、今に至る。皇族を殺せれば何か感慨を得る事が出来ると期待していた彼女は、桜子という存在を知った。いや、ニコの期待は尚も膨らむばかりだ。
(楽しみです。もしかすれば、まだ参加者の中にあの少女と同じ感情を私に与えてくれる人が居るかも。そう言った彼女達を、私が順番に殺していく。果たしてこれほどおあつらえ向きなイベントが、他に存在するでしょうか?)
一つ残念な事があるとすれば、あの少女達を自分の手で直接殺せない事。
心底その事を悔みながら――齢十六歳のニコ・ハンセンは陶酔のあまり身を震わせた。
そしてニコがアマチュアだとすれば、彼女はプロの殺人鬼と言えた。
配送業者――カルカナ・エット二十歳は、気難しい顔つきで桜子を観察する。
(やはり、あの少女も明確な障害ね。彼女と対戦する前にアプソリュウと当ったのが、私にとって最大の幸運だわ)
何せ彼女は――体制側が言う所のテロリストなのだから。カルカナとしては、レジスタンスを自称しているのだが、バーグはそう認識してはいまい。カルカナ達は自分の足を引っ張るだけの、邪魔者でしかないだろう。
だが、カルカナ達は何としてもエグゼツア星系側の勢力を殺がねばならなかった。
(ええ。今バーグを野放しにすれば、反エグゼツア側は何れ窮地に陥る。クーデルカの惨劇が再び始まり、私達の故郷を蹂躙しかねない。それを阻止する為にも、バーグとその盟友であるアプソリュウは必ず仕留める)
カルカナにとって幸運だったのは、前述通りそのアプソリュウと対戦出来た事。これで彼女は合法的にアプソリュウを殺害でき、その上また一歩バーグに近づける。彼の妃になれば、彼を暗殺する機会は必ずやって来るだろう。カルカナとしては、その為の犠牲なら必要事項だとさえ思っていた。
大義を成す為の小事。自分達の故郷を守る為なら、四戦勝ち抜き、その度に人命を奪おうとも仕方がない事。それがカルカナの結論であり、或る意味それは桜子が戦う動機に近い。それ故、少なくとも桜子にカルカナを非難する資格は無いだろう。
(何にしても、これは正に宿命の戦いと言った所かしら――アプソリュウ・ソウド?)
為政者対テロリスト。確かにそれは人類史で延々と行われてきた争いであり、今も継続し続ける憎しみの連鎖だ。
実の所この不毛さに辟易しながらも――カルカナ・エットは敢えて微笑んだ。
惑星ヨルンで伯爵階級にある、リードマン・エイジに仕える齢十七歳のヒリカ・ヒーヤ。
黒い長髪をなびかせ、メイド姿であるヒリカは、真顔でテレビ画面に映る桜子を見た。
「確か彼女は普通の学生よね? なのに、敵を買収するだけの資金力があるとでも言うの?」
同僚であるパルシェ・マルンに訊ねる。だが、パルシェがその答えを知っている筈も無い。
「それは良くわかりませんが、ただ者でない事は確かですね、お嬢様」
首を傾げながら思った事を言ってみると、ヒリカはフムと頷いた。
いや、正真正銘のメイドであるヒリカを、なぜ同僚であるパルシェが〝お嬢様〟と呼ぶのか? そこにはある事情があった。ヒーヤ家は――元々伯爵階級の名家なのだ。
だが先代がヨルンの大公の逆鱗に触れ、家はとり潰しとなり、ヒリカは落ちぶれた。同じ伯爵だったリードマンに雇われる他なく、彼女は生きる為にその道を選んだ。
が、それが過酷な道である事を、ヒーヤ家のメイドであったパルシェは良く知っている。何故ならリードマンはわざわざ手を回して、ヒリカを自分のメイドにする様仕向けたから。ヒーヤ家とライバル関係にあり、何度か苦汁をなめてきたリードマン。その彼女は次期当主になる筈だったヒリカに屈辱を与える事で、憂さを晴らそうと言うのだ。
現にヒリカにとって今の立場は、屈辱以外の何物でもない。それでも彼女が敢えてリードマンのメイドをしているのは、復讐の念を忘れない為。彼女は自分を不遇に追い込んだ全ての者達に報復する為、今を生きている。
「それを果たすにはバーグ皇子の伴侶となるのが、最も近道だわ。幸いリードマンは卑屈に振る舞う私の態度に騙され〝ロイヤルウエディング〟の参加を許可した。こうなった以上、私はもうこの大会で優勝するしか活路は無い」
ならば、彼女にとってそれは命を懸けるに値する事。
悔むべき事があるとすれば、それはこのパルシェを巻き込んだ事だろう。
「というか、今から戦艦の搭乗許可を取り消しても遅くないのよ、パルシェ? 他のクルーは主催者側が用意したAIロボを使えば事足りる。何も貴女まで命を懸ける必要はないわ」
が、綿菓子の様な柔らかい髪をした、穏やかな眼差しの少女は首を横に振る。
「いえ、どうか私の事はお構いなく。何せ私はリードマン・エイジ伯爵の命を受け、お嬢様を監視するスパイですから。そう言った役目がある以上、私もお嬢様に同行せざるを得ません」
堂々と微笑しながら、パルシェは告げる。それを聴き、嘆息した後、ヒリカは囁いた。
「……全く。これでまた、負けられない理由が出来てしまったじゃない。本当に、昔からバカなのだから貴女は」
「え? 何か仰いましたか、お嬢様?」
が、ヒリカは答えず――ただ挑む様にソラを見た。
ジルア・キルドが目を細めたのは、間もなくの事。彼女は大きく息を吐きながら、呟く。
「……あの桜子と言う娘、少しリーゼに似ている」
「は? リーゼとは、あのクーデルカの第三王女の?」
それはジルアにとって、忌まわしい筈の名だった。その理由は一つ。前述の通り彼女――ジルア・キルド元大将を敗北させ、捕虜としたのは他ならぬリーゼなのだ。
その事を十分承知している、彼女、ツエルド・サーラ元少佐は息を呑む。
「……いえ、私の気の所為かもしれないわ。……もしかすれば、私は優れた戦術家にリーゼの面影を見てしまうのかも。……その位、リーゼと言う少女は鮮烈だったから。……私に惜しむ事があるとすれば、もうその彼女と矛を交える事が無い事。……バーグがその機会を、永遠に奪ってしまった事ね」
亜麻色の長髪を掻き上げながら、褐色の肌をした少女が微笑む。
それを見て短い黒髪を右手で押さえるツエルドは、どう声をかけていいかわからない。
「……ご無礼を承知でお聞きします。やはり、閣下は今でもバーグ元帥の事が……?」
そう。実の所、リーゼが台頭する以前は、このジルア・キルドこそがバーグの花嫁候補だった。そう言い切れるほど彼女は強く、無敵を誇っていたと言って良い。バーグとしても、それほど有能な彼女こそ自分の妃に相応しいと思っていた節があった。
けれど、その全てを覆したのが――かのリーゼ・クーデルカである。バーグはリーゼとの婚姻を求め、自分との関係を無かった事にした。リーゼに破れ、大将職を解任された彼女は、それで全てを失った。職も、名誉も、恋人さえも彼女はリーゼの手によって奪われたのだ。
しかし、今年十八になるジルアは首を横に振る。
「……さて。……正直、ソレは私にも良くわからないわ。……けれどこのゲームに勝ち残り、バーグと対峙できたなら、その答えを得られる気がする。……リーゼが死んだ今、私に出来る事と言えば、もうそれ位しか残されていないから」
ソレは復讐者とは思えない、穏やかな声色だ。寧ろジルアはリーゼの死を、心底悔んでいる様に見える。彼女はただ純粋に提督として、もう一度リーゼに挑みたかったのかも。
少なくとも、ツエルドにはそう見えた。
「全てを失って尚、復讐心にかられない。失礼ながら私としては、それこそ妃の器に相応しいと考えております」
ツエルドがハッキリそう口にすると――ジルアは困った様に微笑んだ。
オズマ・ギエット改めズーマ・ルーンは、思わず怪訝な顔をする。
名も顔も身分も変えた彼はこの時、自分が未だに彼女を見くびっていた事を知った。
「……正直、驚きました。まさか斑鳩様の仰る通り、本当にあの桜子と言う少女が勝つとは」
「そうね。私自身も驚いているわ」
シレッとした様子で、斑鳩は放言する。ならば、ズーマとしては立つ瀬がない。
「でも、これでわかった事が五つある。第一に、桜子さんは相当の戦略家であり戦術家であるという事。第二に、彼女にはその構想を実現できる資金力があるという事。第三に、彼女は学生と思えない冷酷さを備えているという事。第四に、彼女は確実に私達の前に立ちふさがるであろう大敵である事。第五に、それ故、彼女はこれで参加者全員からマークされたと言う事。私としては以上だけど何か補足はあって、ズーマ?」
「い、いえ、私としては特には。強いてお聞きしたい事があるとすれば、それでも最後は斑鳩様が勝利なされるのですよね?」
が、斑鳩は直ぐには答えない。
彼女はただクツクツと笑いながら、モニターに映る桜子を見る。
「全く、アプソリュウにジルア、それに桜子さんか。この三人だけでもこの銀河では指折りの名将でしょうね。いえ、まだ表舞台に立っていないだけで、他にも掘り出し物が居るかもしれない。嘗てリーゼ・クーデルカが十五歳まで無名だった様に。本当に骨が折れる話だわ。バーグまでの道のりというのは」
「………」
それで、少なくとも彼女に勝ち残る意思がある事がわかったズーマは、安堵する。
続けて彼は、斑鳩の指示を仰いだ。
「気になられるのなら、あの娘の素性、洗っておきますが?」
「そうね。それで桜子さんのご両親を人質にとり、彼女を脅して、棄権してもらえるならそれもいい」
「………」
「いえ、勿論冗談よ? もしかすれば、桜子さんなら喜んでその手を使うかもしれないけど。だとすれば、既に身内全てをバーグに殺されている私には、この策は使えないという事ね。実に皮肉な話だわ」
斑鳩が、自嘲気味に笑う。それはズーマが見た、初めての斑鳩だ。
「でも桜子さんの素性の件、一応お願いしておこうかしら。彼女のご両親の件も含めて。願わくは、私が桜子さんと戦う事になる前に」
或いは、本気で桜子の両親を人質にするつもり。
ズーマはそう感じながら恭しく頷き――早速この依頼を果たすべく動き出した。
◇
そして第二試合が始まってから数十分後――サザーナ・ラミバは唖然とした。
「……まさか、負ける? この、わたくしが……?」
それは彼女にとって、思いもかけない戦術だったから。なんという事はない。サザーナの対戦相手、ヒリカ・ヒーヤがした事は一つ。
それは――何もしない事だった。
ヒリカは徹底して防御姿勢を見せ、それ以上は何もしない。艦隊をほとんど動かす事なく、ただサザーナ艦隊の接近を許す。
だが、サザーナもそれ以上の事は出来なかった。敵が防御を固めている以上、下手に攻め込めば手痛い痛手を食う。嘗て策で勝る名軍師が、防御を固めそれ以上何もしなかった名将を滅ぼせなかった様に。これはその持久戦の再現であり、互いの忍耐力を比べ合う冷戦であった。
だというのに、そうわかっていた筈なのに、全ては決した。試合終了時間を後十分残した所でサザーナは動きを見せたから。
彼女は隊列を崩してまで、ヒリカ艦隊に突撃する。試合終了と言う相打ちを恐れたサザーナは、ヒリカ艦隊の防御陣形を破れぬまま決戦を挑む。いや、サザーナとヒリカでは背負っている物が違い過ぎたのかもしれない。
ヒリカは己の復讐の為に命を懸け――サザーナは惑星ルーガの全国民の為に全てを捧げた。
自分がしくじれば、ルーガの繁栄はありえない。その重責がサザーナを焦燥させ、無謀な突撃に誘った。敢えて彼女の敗因を挙げるなら、そういう事なのだろう。
「そう。全く、上手く行かない物ね。わたくしは今日の為に、あの彼さえ捨ててきたと言うのに」
彼女が言う、彼。それは幼少の頃、将来を誓い合った青年だ。乳飲み子の頃から今日まで彼と共にあった彼女は、それでもルーガの為に彼を切り捨てた。
彼は彼女にルーガの事は忘れ、別の星に逃げ様とまで口にしたが彼女は取り合わなかった。生まれながらの貴族である彼女は、自分の幸せよりただ民衆の幸福を選んだのだ。
それが彼女の誇りであり、自分に出来る全てだった。
「でも、それでも、私は幸せだったよ、シスカ。不幸であった筈のルーガで、私だけが貴方のお蔭で誰よりも幸せだった。本当に、自分が不幸だと感じる間も無い位。だからこれは、そんな貴方を最悪の形で裏切った罰ね」
自分を愛してくれた彼を捨て、母星を再興させる為に他の男のもとに嫁ごうとする。確かに彼にとってそれは、最悪の背信的行為だろう。とても、許してくれと言える物では無い。
事実、彼女は彼に対し〝ただ遊ばれていただけなのに、そんな事にも気付かないなんて〟と告げたのみ。彼に背を向けながら涙し、彼女はそう言うしかなかった。
でも、それでも、壊れゆく旗艦の艦長席に座するサザーナは微笑む。
彼との思い出を胸に、彼女はサイゴにこう呟いた。
「……本当に、ごめんなさい、シスカ。私は結局、ルーガ所か、貴方一人さえ、幸せに出来なかった……」
それが最大の罪であるかの様に彼女は後悔し、そのまま旗艦と共に消滅した―――。
◇
第二試合は、こうして幕を閉じた。その直後、ヒリカ・ヒーヤはこう言い放つ。
「運が無かったわね、公爵令嬢さん。今となっては高慢な貴族こそ、私が憎むべき対象だったのだから」
サザーナにリードマンの姿を重ねたヒリカは、そう言い切る。この両者がまるで別物だと気付かぬまま、ヒリカ・ヒーヤはサザーナ・ラミバを降していた。
「成る程。どうやらあのメイドは、特権階級憎しといった感じなのね。その所為で目が曇りあの公爵令嬢の本質を見誤っている。でも、それこそ不幸中の幸いと言った感じなのかしら? そのお蔭で或いは敬意を表せそうな彼女を倒しても、あのメイドは平然としているのだし」
斑鳩は両者の関係をそう評し、表情を消す。
サザーナ・ラミバの健闘を称え、それから彼女は直ぐに微笑する。
「ではいよいよ私の出番ね。それで、こんな私に何か助言でもあるかしら、桜子さん?」
すぐ後ろに居る少女に振り向きながら、斑鳩は問う。
高峰桜子は漆黒の少女に向け、こう告げた。
「ええ。あなたに負けてもらう為の助言なら、幾らでもあります。でも、それを素直に聞いてくれるあなたではないのでしょう?」
やはり斑鳩同様笑みを浮かべながら、桜子は彼女に視線を向ける。それを受け、漆黒の少女は歩を進め、やがて桜子とすれ違う。そのまま斑鳩は、彼方を見た。
「面白いわ。余り笑う事が無かったというリーゼ・クーデルカでさえ、噴き出しそうなほど楽しい冗談。でも、本音を言うなら――アナタも私と戦ってみたいのではなくて?」
しかし、桜子は答えない。
彼女はただ無言で紅斑鳩を見送り――こうして一回戦第三試合は始まりを迎えた。
◇
サザーナ同様、自称フリーター、いや、殺人鬼ニコ・ハンセンに仲間は居ない。彼女は運営側が用意したAIロボをクルーとして、艦長席に座する。同じくズーマ・ルーンとその他八名を従え、斑鳩も旗艦に乗り込む。その最中、斑鳩は副官であるズーマに囁いた。
「では――少し楽をさせてもらおうかしら」
「はい? 楽、でありますか? それはどう言った事で?」
桜子同様宇宙服は着ず、和服のまま艦長席に腰かける斑鳩。
このシュールな光景にズーマが見入っている間に、斑鳩は続ける。
「簡単よ。戦闘開始と同時に、本艦隊は八十パーセントの出力で前進。敵の反撃があり次第、全艦速やかに後退して」
それは正しく、第一試合で桜子が見せた艦隊運動その物だった。それを斑鳩も使うと言うのだ。斑鳩が言う所の〝楽〟とはそういう事かと、ズーマは即座に看破する。
その一方で、彼の危惧は消えない。
「ですが、その策は無理があります。敵旗艦のクルーは艦長を除き、皆AIロボとの事。人と違い裏切る事が無い機械を擁している以上、敵艦長が裏切りを懸念する事は無いと思いますが?」
「そう? 仮に私が何らかの手を使って、そのAIロボのプログラムを書き換えていたとしても?」
「……は?」
「いえ、私が言いたい事は、実に単純よ。人は時として、その想像力によって自滅するという事。特に、こういった駆け引きの場においてはね」
それだけ口にし、斑鳩は港より艦隊を発進させる。
ニコも同時に艦隊を前進させ――ここに両者は激突した。
「さて、果たしてあなたは、あの桜子という少女位私を楽しませてくれるでしょうか?」
ニコが、喜々としてひとりごちる。彼女の秀でた〝どうすれば他人を効率よく殺せるか〟という直感が冴えわたる。
いや、ある意味、斑鳩の艦隊運動はニコが期待した通りだった。
「V字陣形のまま直進してくる? まさか、高峰桜子と同じ手でも使う気だと?」
それを確かめる手は一つだろう。ニコは斑鳩艦隊が攻撃射程内に入っても攻撃はせず、十分引きつけた後、一斉掃射を命じる。これを前に敵艦隊は即座に後退し、ニコはそれを追う形になった。
「やはり、高峰桜子と同じ艦隊運動。正直、失望しました。彼女の猿真似しか出来ない様な人間と当たるとは」
が、ニコは直ぐに重要な事に思い至る。
「……ですが妙ではありますね。私のクルーは皆AIロボで、だから裏切りようがない。寧ろ裏切りを考慮するべきなのは、全てのクルーが人間であるあなたの方では無いのですか、紅斑鳩……?」
然り。だからこそ、斑鳩の行動は妙だと言えた。このまま後退を続ければ、何れレッドラインに至り彼女の船は自爆する。ニコがこのまま追撃すれば、その可能性はより高まるだろう。
だというのに、未だ後退を続けるあの斑鳩と言う少女は何を考えている? その不可解さが原動力となって、彼女はありえない発想に行き着く。
「……まさか、私が知らぬ間にAIロボのプログラムを書き換えた? 彼女は何れ此方の艦隊の船が旗艦を攻撃するとわかっているから、逃げ続けていると――?」
余りに、荒唐無稽な発想。だが、それを言うならかのオライア・セイアは、そう言った発想が無かったから敗れた。
戦争とは所詮騙し合いであり、それを怠り、それを計算に入れなかった者が敗北する。その事を桜子の戦いを通じて思い知っていたニコは、だから息を止める。ついでに全艦隊をも停止させ、思わずこう命じてしまった。
即ち――〝旗艦の射線上から全ての船は外れろ〟と。
それを、テレビモニターを通じて見ていた桜子は――戦慄する。
「勝負あったわ」
「ええ……勝負ありました」
シルフィーの指摘に、桜子も同意する。事実、ソレは起きた。
「そう。味方の裏切りを僅かでも疑ってしまったあなたは、そうする他ない。旗艦を狙い撃ちされないよう、味方の艦隊は全てその射線上から排除するしかないわ。でも、それって敵である私に旗艦を教えている様な物よね――ニコ・ハンセンさん」
よって、斑鳩は、普通に命じる。
「ナイトを転移。敵旗艦と思しき、ビショップに体当たりさせて」
「なっ?」
それは敵旗艦が判明していなければ、使えぬ手だ。けれど敵旗艦を特定した斑鳩は、一度しか使えないナイトのワープ能力を使用。しかも、ナイトを敵旗艦に激突させ、大ダメージを負わせた。続けて、損傷が激しくシールドさえ張れなくなった敵旗艦目がけて、一斉掃射が始まる。ならば――ニコ・ハンセンは驚愕するしかない。
「……まさかこんな単純な手で、策とも言えない凡庸な手段で、この私が負ける?」
思えば、彼女の不幸は殺人を嗜好するという性質にあった。故に、彼女は人が虫を殺すような気持ちで、自分と同じ生き物を殺し続けた。そこに何の躊躇も疑問も無く、彼女は人殺しを快楽の手段として扱った。けれど、そんな彼女でもわかっていたのだ。
〝……ええ、そうですね。本当に全ての人達が、私の様な人間じゃ無くて、良かった〟
いや、逆に彼女は夢想する事さえあったのだ。自分の嗜好が殺人では無かったらと。人殺しが唯一の楽しみでなければどうなっていたか、彼女は一度ならず想像した。
もしそうなら彼女が握っていたのはナイフでは無く、誰かの手だったのかもしれない。幼い日、父や母が自分の手を握ってくれた様に、何時か自分も母の様に異性を愛し、誰かがこの手を握ってくれたかも。
「……いえ、それはありませんね。だって、そんな奇跡など起こる筈が無いから。やっぱり私はきっと、その人さえ殺してしまう……」
それが避けられた事だけが――自分にとって唯一の幸福。
そう深く実感しながら、ニコ・ハンセンは涙し、目映い閃光に包まれた―――。
◇
その終焉の光景を目撃し、紅斑鳩は謳う。
「ええ。あなたの目を見た時、直ぐにわかったわ。あなたは私と同じ、人殺しだと。そんなあなたの過ちは――三つ。第一に、軍属にならなかった事。仮になってさえいれば、それこそあなたの才能は遺憾なく発揮されていた事でしょう。第二に、数十人程の人間しか殺害してこなかったあなたが、私に挑んだ事。残念ながら私とあなたでは、殺してきた数が違うの。恐らく一桁以上の差はあるでしょうね。だから私は、あなた以上にわかる。どうすれば効率よく人を殺す事が出来るか。そして第三に、この私に艦隊戦で勝負した事。仮に白兵戦だったなら勝負はわからなかったかもしれない。でも残念ながら――こと艦隊戦において私に勝る者は今の所あの彼だけなのよ」
真顔でそう告げ、斑鳩は勝利のアナウンスを聴いたと同時に、艦隊を港に戻す。
それを見て、シルフィーは大きく息を吐いた。
「正直、驚いた。大した使い手だわ。人によっては君の猿真似だと揶揄する人間も居るだろうけど、私の意見は異なる。君の策は簡単な様で、途轍もない胆力が不可欠だから。それを可能とし、実行した以上、紅斑鳩もまた君同様戦術レベルの業は秘匿した事になるわ」
が、桜子は首を横に振る。
「……いえ、違いますよ、シルフィーさん。私と同じ戦略を使った事により、彼女は戦略レベルの事柄も伏した事になる。私と違い斑鳩さんは、戦略も戦術もどちらも隠匿する事に成功したんです。……それがどれほど凄まじい事か、私は良く知っている」
この時シルフィーは、かねてより怪訝に思っていた事を問い掛けた。
「やはり、君は誰よりも紅斑鳩を警戒しているのね。もしかして君は、彼女が何者か知っている?」
けれど、桜子は答えない。
彼女はただ――テレビモニターに映る斑鳩だけを凝視していた。
◇
一回戦第四試合が始まりを告げたのは、それから直ぐだった。
ソウド王国前国王アプソリュウ・ソウドと――テロリスト、カルカナ・エットが激突する。
この両者の戦いは一見、アプソリュウが有利だと思われた。バーグの影に隠れ、その功績は余り認知されていないが、アプソリュウも名将と言えるから。いや、バーグの認識では彼女もまたジルア・キルド元大将に比肩する戦術家だった。
だとすれば、事もなく予選を勝ち抜いたカルカナとはいえ、勝敗はわかり切っている。ただの配送業者だと思われているカルカナには、勝機など微塵も無いだろう。
いや、本当にその筈だった。
「――閣下、ここは一旦お引きください! このままでは消耗戦になります!」
「………」
カルカナの策は、一つ。混戦に持ち込み、アプソリュウを疲弊させる事。
何故なら自分とアプソリュウでは、立場が違い過ぎるから。
「ええ、そう。あなたは何としても生き延び、バーグと婚姻するという目的がある。けど、私は最低でもあなたさえ屠れれば、それで十分過ぎるのよ」
例え自分が倒れ様とも、その遺志はまた誰かが継いでくれる。バーグの妃となり暗殺の機を窺がうのも、確かに自分の任務だ。だが、そればかりに囚われていても意味は無い。それ以前にアプソリュウに敗れれば、自分は何も成し得なかった事になる。
ならば、今は無茶をするのみ。特攻紛いの突撃を以てしても、アプソリュウだけは確実に倒す。
その決意が彼女を猛将に変え――今もアプソリュウに対する肉薄が止まらない。密集体勢を取りながらアプソリュウの前衛に集中砲火を浴びせ、これを食い破ろうと図る。
この鬼気迫る突進を前に、アプソリュウはカルカナの意図を正確に看破した。
「命を懸け、私の抹殺を望むか。これは只の一般人の動きでは無いな。明らかに何らかの思想に裏付けされた物。即ち――カルカナ・エットとは反エグゼツア派の手の者か」
両軍ともポーンが二隻落され所で、アプソリュウが呟く。この時、カルカナの勘は冴えわたっていた。自分の意図を見抜かれたと直感した彼女は、それでも手を抜かない。相打ち覚悟で艦隊を進め、完全なる泥仕合に持ち込む。
「本当に、高峰桜子や紅斑鳩に比べれば芸がない事よね。でも、逆を言えば芸のない特攻だからこそあなたも防ぎ難い。それともヒリカ・ヒーヤの様に防御陣形を取り艦隊を再編する? けど時間が経過して得をするのは相打ち狙いの私の方なのよ、アプソリュウ・ソウド――!」
正に、真剣を振るうが如き決意。それは、薄氷を踏むが如き信念。
だが、そこで思わぬ事が起こる。その暗転は、速やかに訪れた。
「結構。では、全艦隊を全力で右方に移動。それで全て終わりだ」
「な――っ?」
それは、余りに単純なトリックだった。だがカルカナがその事に気付いたのは、今だった。
「……まさか、私に気付かれぬ様、徐々に艦隊を後退させていた? それに気付かないほど私は艦隊を性急に進め過ぎていた、と――?」
いや、それは本質が異なる。アプソリュウはカルカナの意図を見抜いたからこそ、この流麗なる艦隊運動を発揮した。カルカナは自分を倒す為に突撃を繰り返すと見抜いたからこそ、彼女の誘導に成功したのだ。
アプソリュウの真意を掴めなかった彼女と、その狙いを容易に見抜かれたカルカナ。この差が両者の明暗を分けた。
現に、アプソリュウ軍はカルカナ艦隊を躱す。カルカナ軍は、そのまま直ぐ目の前のレッドラインに突っ込もうとする。
「――全艦停止! いえ、何としても旗艦だけは停止させて!」
カルカナが、AIロボのクルーに命じる。けど、それこそ斑鳩対ニコ戦の再現と言えた。
「そう。飽くまで私と共倒れを狙うそなたは、そう命じる他ない。だが、実に芸のない話だが――それは私にそなたの旗艦を教えている様な物だろう?」
よって、カルカナ側の旗艦に対してアプソリュウ側の総攻撃が始まる。この集中砲火はカルカナの旗艦がシールドを張る前に着弾し、彼女は全ての終わりを知った。
彼女が、テロリストに身を投じた理由。それをリーゼ・クーデルカが聴けば、或いは心を痛めたかもしれない。
何故なら彼女はあの日クーデルカ本星に居て、エグゼツアによる粛清を目撃していたから。民衆の目の前で公王とその妃、それに二人の王女の処刑が行われた所を彼女は見てしまった。
その時、彼女が感じたのは怒りと恐怖だ。このままエグゼツアを野放しにすれば、自分の故郷もまたクーデルカの様に蹂躙されるかも。そう思った時、彼女は生まれて初めて銃を手に取っていた。だが、その結末はこうだった。
「……そ、う。命を懸けてさえ、私はあなたに及ばない、と? でも、忘れないで。私は独りじゃない。私が倒れようとも、必ず私の遺志を継いだ誰かがあなた達の野望を挫く。あなた達なんかに、決して私の故郷を奪われたりしないから……っ!」
笑みさえ浮かべ、彼女は吼える。だが、彼女はサイゴまで気付かなかった。その頬に伝う一筋の滴に。
己の死を悲しむ実感を得る間さえ与えられず――カルカナ・エットは散った。
◇
続いて、一回戦第五試合が速やかに開始される。
シスター・テイヘスとハンター、キーマ・エイが各々の艦隊を出港させる。
眉をひそめたのは、シスター・テイヘス側だった。
「初めからU字陣形で、微速前進してくる? ……これでは罠を張っていると言っている様な物ですね」
「ええ。かといって時間を無駄にしている余裕はないかと、シスター・テイヘス。私達は何としても敵の狙いを看破し、これを打破する必要があります」
シスター・マリオンが戦慄を抑え、冷静を装って進言する。
艦長席に座るシスター・テイヘスは、頷く様に顎を下げた。
「相手は、ハンターを生業としている方達。とすると、やはりこれは何らかの罠と見るのが妥当。その一方で、彼等も必要以上に私達を警戒させる気は無い筈。こちらが何もしなければ、制限時間を迎え、共倒れになるのは目に見えているのだから」
ならばとばかりに、シスター・テイヘスは命を下す。
「全艦、全速前進。標的が攻撃の射程内に入り次第、一斉掃射開始。敵が応戦し次第、ナイト一隻だけ停止させ、残りの艦隊は前進させて下さい」
この意味不明な命令は速やかに実行され、今度はキーマ側が眉をひそめる。
「露骨に罠だと提示しているのに、突撃してくる? しかも一隻だけ停止させ、残りの船は前進させてくると? 不味いわね。一寸脅して少し警戒させるつもりが、逆に意図のわからない真似をされ、こっちが困惑気味だわ」
いや、これは紛れも無い心理戦だ。シスター・テイヘスは敢えて一隻だけ後衛に置き、自分を挑発している。仮に孤立したあの船が旗艦なら、アレを討てば自分が勝つ。逆にアレが囮なら、戦力を割き、ハズレの船を沈めると言う不毛な行為に勤しむ事になる。
なら、キーマがとるべき手段は一つだ。自分は、シスター・テイヘスの挑戦を受けるまで。
「ええ。こちらもU字陣形のまま、全速前進。ナイトのワープ圏内に入り次第、孤立した敵船目がけてナイトをワープさせこれを殲滅する。私としてはそのつもりだけど、ジェットとしては何か助言はあって?」
そこでジェット・ハリマンは一考する。
「いや、敵が停止させている船もナイトという事が気になる。或いは、向こうの狙いも同じなのではないか? 我が方がワープ圏内に入ったと同時に、向こうも此方の旗艦目がけてワープする気なのでは?」
「かもね。けど、此方の旗艦がどれか判断する材料はない筈よ。言わば、向こうの作戦の成功確率は十五分の一。対して、此方は作戦さえ成功すれば、アレが囮か旗艦かは判別できる。なら、どちらに利があるかは一目瞭然でしょう?」
こうしてキーマの策が採用され、やがてその時は訪れた。孤立している敵艦をワープ圏内に引き入れたキーマは、ナイトの転移を決行。敵ナイトを沈める為、行動を起こす。
「な?」
が、その時、想定外の異常が起きた。キーマ側のナイトが転移したと同時に、敵側のナイトも転移する。但し、それと同時に別のナイトがその場に出現。シスター・テイヘスは二隻あるナイトを同時にワープさせ、その位置関係を交換したのだ。キーマはその別のナイトを屠るべく己がナイトに集中砲火を命じる。シスター・テイヘス側もこれに応戦し、両者のナイトは相打ちとなり、宇宙の藻屑と化す。この時――シスター・テイヘスが動いた。
「……敵艦隊が、全速で此方の旗艦に突っ込んでくる? なぜ此方の旗艦の識別が叶った?」
シスター・テイヘスの答えはこうだ。
「神のお導き、と言いたい所ですが実際はこうです。あのナイトが此方の旗艦でないと知った瞬間、あなたは反射的に旗艦を守る体勢をとった。私はそれを見逃さなかっただけです」
故に、シスター・テイヘスは菱形隊形でキーマ陣営に突撃をかける。敵旗艦であるビショップ目がけて、集中砲火を浴びせながらひたすら前進する。一方、キーマには未だに迷いがあった。
「いえ、けれどそれは此方も条件は同じ筈。ワープしてわざわざナイトの位置関係を取り換えたという事は、そのナイトがあちらの旗艦。ジェット、あのナイト目がけて攻撃を集中。完全に消耗戦になったけど――それでも勝つのは私達よ」
笑みさえ浮かべ、キーマは最後の作戦を実行する。だが、その瞬間、彼女達は見た。
「敵ナイト撃沈! キーマ、それでも敵艦隊は停止する事なく突撃してくるぞ!」
「まさか――あの交換もブラフ? あのナイトが向こうの旗艦だと思わせる為の……?」
が、そう思惑を巡らせている間も、シスター・テイヘス艦隊は攻撃を続行。大きな損害を受けながらも捨て身とも言える突進力を見せ、彼女は遂に目的を達する。
ほぼ零距離から、彼女のクイーンがキーマ側の旗艦目がけて集中砲火を浴びせる。それで――全ては終わった。彼女は自分が初めて挫折する事実を知る。
いや、今思えば自分の人生は順調すぎた。十歳の時に新種の哺乳類を発見し、一躍名声を得る。その後ハンターと言う職業を知り、彼女は躊躇なくその道に進む事になった。一年に五千匹のペースで新種の動物を狩り、それはハンターからすれば破格の数と言える。
だが、全てが上手くいきすぎていた彼女は、だから手を広げ過ぎた。艦隊戦でも己の才能は通用すると知った彼女は、順調な人生を放棄し、死地へと身を投じた。
いや、その所為で彼女は直ぐ傍にある大切な物にも、気付かなかったのだ。
「……ここまで、か。まさか、シスターに殺される事になるとは。なあ、キーマ、もし俺がお前に求婚し、本戦出場を止めていたら、それに応えてくれたか?」
そこまで言われて、キーマは今初めてジェット・ハリマンの気持ちに気付いていた。
「……バカね。そういう事は、さっさと言いなさいよ。もしそうだったら、私達の運命はきっと変わっていた筈なのに」
サイゴまで自分につき合ってくれた友の為に、彼女はとびっきりの笑顔を見せる。
それをまぶしそうに眺め、ジェットも微笑んだ。
「ああ。だが、最期まで友で終わるのも……また美しいか」
彼のその言葉をサイゴに、キーマ・エイの旗艦は静かに燃え尽きた―――。
◇
やがて一回戦第六試合――ウーマー・ベルヘム対ジルア・キルドの戦いは始まった。
この時、戦術評論家ウーマー・ベルヘムは息を呑む。何と言う事も無い。愚かにも、対戦相手ジルア・キルド元大将は、艦隊を四つに分けたのだ。
戦力の分散。古来よりそれは下策とされ、実際、この様な真似をした花嫁候補は居ない。よってウーマーはもう一度、怪訝な表情を見せる。
「過去のデータを見る限り、ジルア・キルドは洗練された艦隊運動を得意とする筈。なのに、何だこの暴挙は?」
これでは、艦隊を各個撃破してくれと言っている様な物だ。
事実、ウーマーも僅かに迷いながら、最も近くにある艦隊を撃破するべく接近する。
「迷う? そうか。私はいま迷っているのか? なら誇るが良い、ジルア・キルド。この私を僅かでも困惑させた、その暴挙を」
「……ええ、確かに私の行いは暴挙で、それ以外の何物でもないわ。……それも、反則スレスレの」
そう。既に、勝負は決している。ウーマーは、ジルアの事を誤解しているから。彼女の長所は、妙技ともいえる艦隊運動だけではない。彼女の本当の長所は、敵の性質によってその戦術を千変できる事にある。一つの業にこだわらない柔軟な思考が彼女の強みだ。
現に、ウーマーはその戦術にハマるしかない。戦力を分担した敵に対し何もしなければそれだけで制限時間を迎える。彼女はこれがジルアの罠だと知りつつも行動選択の余地を殺がれ、勝負に出る他ない。
「でも、それでも勝つのは私。いえ、その私がこの期に及んで、学生達の乗船を拒否したのだから嗤える」
それは、第六感というべき物だった。ウーマーはジルアと目が合った瞬間、怖気の様な物を覚え、クルーであった学生を解任した。今はAIロボを従え、彼女はジルアとの決戦に挑んでいる。自信の権化というべきこの自分が、死に直結した予感を覚えたのだ。
それでもウーマーの余裕は、崩れない。
「さて、どんな罠を見せてくれるのかな、ジルア・キルド元大将?」
必要以上に近寄らず、攻撃の射程内ギリギリの所でウーマー軍は敵軍に砲撃を始める。逆に左翼からは四隻のポーンが――右翼からは同じく四隻のポーンがウーマー軍に接近する。よってウーマー艦隊は挟撃の危機を迎えつつあり、彼女も遂に決断する他ない。
「やはり、そう来るか。なら、此方の選択肢は二つ。此方も軍を分け対応するか、それとも初心を貫き、全力を以て前方の敵を殲滅するか」
ウーマーが選んだのは、後者だった。彼女は全軍を以て前方の敵、ビショップ、ルーク艦隊を屠るべく動く。クイーンを前面に立て、十五隻の船を以て二隻の船に総攻撃をかけ様とする。
けれど、その時ソレは起きた。
「――なっ?」
左翼に敵ナイトがワープしてくる。しかも、あろう事か――それは自爆した。
「……自爆っ? まさか――そんな真似がッ?」
「……ええ、それが出来るのよ。……エンジンにエネルギーを、臨界以上注げば」
実際、ウーマー艦隊の隊列はナイトの一撃で乱れる。更に、そこにビショップ、ルーク艦隊が突っ込み、やはり自爆する。後はもうその繰り返しだった。左翼、右翼から突っ込んできた艦隊も自爆を繰り返し、ウーマー軍に大打撃を与える。
この時――彼女は自身の敗北を知った。
やがて、彼女の思考は自己へと埋没する。彼女が戦術評論家を目指した訳。それは、今は亡き叔父の正当性を証明する為だ。彼は軍属で、ある戦争で参謀だったが、彼の上官は最後まで叔父の作戦を却下した。
結果、叔父の部隊は敗走し、彼に一つの後悔を生む事になる。自分の作戦さえ実行されていれば、多くの仲間を死なせずにすんだ。
十歳の頃、今際の際に叔父からその話を聞いた彼女は、だから叔父の遺志を継いだ。大好きだった叔父の戦術が如何に正しいか世に示す為、この道に進んだ。
だが、その為にはまだ彼女は若すぎて、その上、実績と言うものが足りていない。故にその実績を十分すぎるほど積む為、彼女は〝ロイヤルウエディング〟の参戦を決意した。彼女は絶対の自信を以て、この命懸けの戦いに挑んだのだ。
なのに、その結果が、これだった。
「……今までのジルアには、無かった戦法。そう、か。これがジルア・キルド。嘗て無敗の将軍と呼ばれた、少女。……ああ、でも良かった。ライカ君達まで私の我儘で死ぬ事が無くて」
それが、自分の唯一の功績。そう覚悟する中、あろう事か背後の扉が開く。まさかと思って振り返ってみれば――其処にはウイチェ・ライカが居た。
「……なっ? 何で君が居るッ? 私はそんな事、命じていなかったのにっ!」
「そうですね。俺も本当にバカな事をしていると思っています。でも、今まで秘密にしていたけど、俺、先生と出逢うまでは割と退屈だったんです。ずっと何かが欠けている感覚がして、堪らなかった。だから、先生が死ぬなら、最期までつき合おうかなって」
そこまで聴いて、ウーマーは初めて泣き顔を他人に見せた。
「……本当に、バカか、君は? 聖人君主か、何かか? ……君まで、死ぬ必要なんて、微塵もなかったのに」
「かもしれません。でも、これで先生も寂しくないでしょう?」
ウイチェが、ウーマーを静かに後ろから抱擁する。
そんな彼に、彼女は一度だけ絶句した後、囁いた。
「……そう、か。私、ずっと一人で研究に没頭してきたから、忘れていたよ。人の温もりって言うのは、こんなにも温かい物だったんだ、な……?」
「はい。俺も先生に出逢えて――初めて知りました」
ジルア軍のクイーンが、止めの一撃を放つ。
その前に、やはりウーマーも笑顔で告げた。
「でも、ダメだ。やっぱり、落第点だ。君の様なバカ者を教え子に持ったのが、私の最大の汚点だよ」
「……はい、先生」
誇らしげに彼は頷き、その瞬間、ウーマー達が乗る旗艦は赤い閃光に包まれた―――。
◇
ついで、棋士イクセント・ヒル対教師スカーラ・アイヤの戦いが幕を開ける。
最初に進軍したのは、イクセントの方。クルー全てがAIロボである彼女には、助言してくれる人間は居ない。彼女はエルドバイ・リージェの乗船をも拒否し、飽くまで一人で戦うつもりだから。
「でも、それが棋士と言う物なのよ。ほとんどのスポーツと違い、自己のみを高め、己の力のみで勝つ。棋士とはそう言った前提にあり、常に孤高なもの。よって勝っても負けても、全ての責任は私にある」
そう言った意味では彼女とエルドバイの間でさえ、友情は成立しないだろう。
彼等は手を取り合う関係では無く、常に良きライバルであるのだから。
「……というか何か怖そうな感じがして堪らないよぉ! これ、私、絶対死ぬよねぇ?」
かたや、スカーラの第一声がこれだった。同じくクルー全てがAIロボである彼女は、既に呼吸さえ荒い。心臓は激しく高鳴り、意識は赤く点滅している。そんな彼女に出来る事は一つだ。
「と、取り敢えず全艦、防御姿勢をとってください! 後はそのまま――全軍制止!」
「何? 防御姿勢のまま動きを見せない? まさか、ヒリカ・ヒーヤと同じ手を使うつもり?」
いや、スカーラにそんな余裕はない。彼女は将棋部の顧問に以前聞いた、ある事柄を思い出しているだけ。即ち――〝最も攻め難い将棋の陣形とは初期の物である〟と。
「ですよね、ロウ先生っ? 将棋は何も手を加えていない、一番初めの形が最も強固! ならヒルさんが一気に攻めかかってくる事は無い筈!」
が、その後はどうする? このままではただ時間だけが流れ、何れ両者共に自滅する。そうとわかっていながら、スカーラは何もしない。いや、何も出来なかった。
「やっぱり棄権するんだったぁ! やっぱり棄権するんだったぁ! やっぱり棄権するんだったぁ!」
そう連呼するばかりで、彼女は他に手が思いつかないから。
一方、イクセントと言えば、眉間に皺を寄せる。
「……成る程。大した胆力だ。完全に防御に徹し、私が攻めかかるのを待ち構えているというのは。このままでは制限時間が来て共倒れになるのに、彼女からは焦りの色さえ見られない」
それは、スカーラが本戦まで勝ち残ったという偏見が見せた幻想。
棋士としての彼女がスカーラの行動を深読みさせすぎて起きた、一種の悲劇だった。
「残り時間十分。……冗談でしょ? それでも動かないなんて、本気で相打ちになる気?」
よって、スカーラが旗艦内で必死に拝んでいる頃、イクセントはいよいよ決意する。サザーナ対ヒリカ戦の再現になる可能性が濃厚だとわかっていながら、彼女は軍を進めた。
「――狙うは中央突破! あの防御陣形から察するに――敵の旗艦は恐らくクイーン! 今は敵クイーンを屠る事だけに集中して!」
その為なら、多少の犠牲は厭わない。イクセントは嘗てのサザーナの様に、性急に勝負をつけるため無理な用兵を行う。だが、この時スカーラはあの時の様に閃く。自分を〝ロイヤルウエディング本戦〟に導いた、あの時の様に。
「ぜ、全軍、U字型に隊列を変化させて下さい! そのまま右翼と左翼に艦隊を分け、ヒルさんに中央突破させて!」
もしカルカナ・エットが生きているなら〝こういう手もあったか〟と感嘆したかも。それ程までに、スカーラの艦隊運動は絶妙だった。実際、軍を左右に分けられ、敵クイーンを逃したイクセントは息を呑む。何故なら、今自分は全速で艦隊を動かしている。その上スカーラが軍を分けたその先には――レッドラインがあったから。
「……まさか、これが彼女の狙いっ? あなた――一体どこまで大物なのよ、スカーラ・アイヤ!」
イクセントから見れば、スカーラの布陣は正に背水。レッドラインを背にしたまま防御を固め、敵の暴走を誘った。その上で艦隊を分け、敵をレッドラインに招き入れる。スカーラの意図をそう誤解しながら、イクセントは己の敗北を受け入れた。
思えば、自分はここぞと言う時に、力を発揮できなかった。彼女の人生は、常に好機と言う物を逃してきた。
それでも頑なに孤高を貫く彼女だったが、思えばそれこそ幻想だったのかもしれない。両親や二人の姉、小、中校のクラスメイト達。彼等の多くは何時だって自分の力になってくれた。孤高であろうとする自分に、それでも励ましの言葉を投げかけたのだ。
それがどれだけ自分の力になったか、この時になって彼女は今初めて気付く。だから、後悔する事があるとすれば、そんな彼等に何も返せなかった事だろう。
それが本当に残念だなと思いながら、彼女は静かに微笑む。
「艦隊停止は……間に合わない、か。仮に間に合っても、スカーラ・アイヤの総攻撃が待っているだけ。……でも、後悔は少ししか無い。きっと貴女は、私が生涯を通じて出会えた最高の打ち手だから。貴女と最期に戦えた事を私は心から誇りに思う――スカーラ・アイヤ」
サイゴまで孤高を貫き、イノセント・ヒル軍はレッドラインを越え、自爆していった――。
◇
そして、一回戦最後の戦いが始まろうとしていた。
思えば、彼女の人生は私心に溢れた物だった。だが、彼女にそうさせたのは彼女自身の所為では無い。全ては子供だった時、彼女の両親が、彼女を置いて失踪した事にある。
多額の借金を彼女に押し付け、最も頼りになる筈の大人が居なくなる。それは彼女にしてみれば、途轍もない裏切り行為だ。
彼女にとって唯一の幸運は、叔父夫婦が善良であった事。彼等は自分を引き取り、そのうえ借金の返済に奔走してくれた。だから、今も、昔も、彼女はただ感謝するしかない。実の両親以上に良くしてくれた叔父夫婦に対しては、まるで頭が上がらない。
けれど、だからこそ彼女の憎しみは実の両親に向けられた。その為に彼女は齢十五で大学に飛び級し、卒業後は己の目的を果たすべく動く事になる。
初めは普通に就職し、資金を蓄え、探偵を雇って両親を見つけるつもりだった。だが三年経っても見つけ出せなかった事で、彼女は遂に決意する。自ら探偵となり――両親の発見に勤しむ事にしたのだ。
つまりはそういう事で、彼女が〝ロイヤルウエディング〟に参加したのもその為。皇子の妃になれば、金銭目当てであちらの方から自分に近づいてくるかも。彼女はそう計算して、今、命さえ懸けようとしていた。似た境遇の仲間達と共に、彼女は人生最高の晴れ舞台に立とうとしている。いや――本当にその筈だった。
「うん、そう。ボクことミハイル・ルーは――本戦を棄権しようと思う」
「ほう?」
国立スタジアムの中央に立ち、マイクを手にしたミハイルはそう告げる。
バーグが笑みを浮かべる中、ガラッド・小林達は困惑した。
「待て……ミハイル。今更なぜだ? 後もう少しで目的を果たせるかもしれないのに」
「いいや、これ以上進んだらボク達は目的を果たす所か、彼女に殺されるよ。チェリア・スハラ少佐にね。何時も言っているだろ? 探偵に必要なのは――直感と閃きだって。そのボクの直感が言っているのさ。スハラ少佐には、勝てないと。このままではボクは君達を道連れにして犬死する。それは絶対イヤだから、ボクはこうする他ない」
「……ミ、ミハイル」
「いや、違うな。ボクは既に、目的を果たしているのかもしれない。君達に出逢えて、同じ傷を共有して、それだけでボクは満たされたから。そんな君達を危険に晒してまで見つけるだけの価値は、あの両親には無いよ」
それで、終わった。まるでミハイルの笑顔に根負けした様にガラッド達は黙然とする。ただ一人、バーグだけがやはり笑みを浮かべながら謳っていた。
「ミハイル・ルー」
「はい?」
「この大会の様子は、全エグゼツア星系内で放映されている。或いは、君の両親も見ているかもしれん。無駄かもしれんが、何か言いたい事があるなら、言っておくが良い」
するとミハイルは眼を開いた後、軽く会釈する。
「ありがとう、心優しき皇子。その好意だけで、もう十分過ぎる」
よって彼女はテレビカメラ目がけて、吼えたのだ。
「ビーハス・ルーとカイラ・ルーに告ぐ! ボクは何れ君達を見つけ出し、そのケツを蹴り上げてやるから今から覚悟しているがいい!」
こうして一回戦最後の戦いは、幕を閉じたのだ―――。
5
「それで、心優しきお兄様としては、これまでの戦いをどう見ますか?」
優雅に微笑みながら、ユーデル・エグゼツアが問う。
この揶揄に、バーグは常の通り鼻で笑いながら応じた。
「やはり紅斑鳩、シスター・テイヘス、高峰桜子あたりがダークホースだな。特に高峰桜子は相当な物だ。あの娘は本戦にあって、まだ船を一隻も失っていない。仮に艦を補充できないルールなら、あいつが一番優位に立っていた。尤も、ジルアも補充を前提にした戦略を練っただけとも言えるが。仮に補充が無しなら、ジルアは別の戦術をとっていた筈。そう言った意味ではまだ優劣をつけられる段階じゃねえな」
「成る程。良くわかりました。お兄様がまだキルド元大将に未練がある事が。だってお兄様、キルド元大将ばかり引き合いに出すんですもの」
やはり微笑むユーデルを前に、バーグは鬱陶しさを隠さない。
「……勝手に言っていろ。ま、ここからは各々の精神力も勝敗を左右させる要因だな。何せ、〝ロイヤルウエディング〟は今日一日で終わらせる予定だ。つまり最悪十五時間は戦場のただ中に居る事になる。或いは、緊張に耐えきれず逃げ出すやつもいるかもしれねえ」
「あら。まるでそれが誰か、わかっているかの様なもの言いですね?」
「かもな。俺の読みが正しければ、そろそろだ。いや、本当に、素人のビギナーズラックっていうのは恐ろしい」
オライア・セイアと似た様な感想を告げつつ――バーグ・エグゼツアは嬉々とした。
◇
実際、その珍事は起きた。ベストエイトが出揃い、二回戦目のクジを引く事になった時である。スカーラ・アイヤだけが、何時までたっても国立スタジアムに姿を見せないのだ。
そこで同施設の監視カメラを見てみれば、以下の物が映っていた。
「えっと、これ、明らかに宇宙船に乗って何処かに行っていますよね?」
「そうみたいですね。ハッキリ言ってしまえば――これは逃げ出したという事では?」
スカーラの宇宙船が、その後戻ってきた形跡はない。
ならば、大会運営委員はこう判断するしかなかった。
「では、スカーラ・アイヤ選手――逃亡と見なし失格とします。彼女が欠場した為シード枠が一つ出来たので、ご了承ください」
「ま、待ってくれ! イクセントを倒したあの彼女が逃げる筈が無い! もう少し、もう少しだけ待ってあげてくれ!」
イクセント・ヒルの友であるエルドバイ・リージェはそう訴えるが、話はそれで終わった。クジは速やかに引かれる事になり、その結果、こうなる。
二回戦。
第一試合――ヒリカ・ヒーヤ対高峰桜子。
第二試合――ジルア・キルド対チェリア・スハラ。
第三試合――紅斑鳩対シスター・テイヘス。
シード枠――アプソリュウ・ソウド。
かくして高峰桜子は一回戦に続き、二回戦も初戦を飾る事になった。
「……って、また第一試合ですか。運が良いのか悪いのか」
意外な事にムムと眉根を寄せ、桜子は真剣に悩む。
そんな依頼主の様子を余所に、シルフィー・フェネッチは今更な事を問う。
「そう言えば艦長は剣や銃の腕はどうなの? やはりリーゼと同じ様に相当の使い手とか?」
が、桜子はキョトンとした上、首を小鳥の様に傾げる。
「ああ、そう言えば、まだ言っていませんでしたっけ? 私、実はヤバいくらい戦闘力は無いって」
「え? ……ヤバイの?」
些か深刻な様子で、シルフィーが訊ねる。桜子は、普通に応じた。
「はい。私この前――子犬と全力で戦って負けましたから」
「――いや、子犬といい人間が全力で戦わないでっ? それって絶対人類の恥じだから!」
「ええ。腕ひしぎ十字固を食らって――完敗しました」
「――着ぐるみっ? ソレ、絶対着ぐるみだよねっ? 中身は一体誰っ?」
「ま、そんな事はさておき」
「いや、それ、そんな事じゃないよ! 確かに人としてヤバすぎだよ!」
が、桜子は取り合わず、自説を展開する。
「正直、ジルア・キルド選手は二回戦で止めて欲しい所ですね。というのも、他ではありません。実はリーゼ姉様はジルア選手の戦略を、模範としている所がありまして。そういう意味では、姉様がジルア選手に勝てたのは奇跡に近かったと思います。その姉様の弟子みたいな物である私も、当然その傾向にある。なら――これは非常に不味いと思いません?」
「……成る程。確かにリーゼも、前にそんな事を言っていたかも。じゃあ、そのジルアに匹敵するとされるアプソリュウもやっぱり危険なの?」
「かもしれません。ま、何にしても、当面は二回戦目の相手に集中するべきでしょう。今回の彼女も――また楽に勝たせてくれる相手ではないので」
最後にそう締め括り――高峰桜子は戦場に赴いた。
◇
ついで、話は一気に進む。ヒリカ・ヒーヤと高峰桜子は、早くも激突する事になったから。
ただ、その前にヒーヤ陣営にはある動きが見られた。
「――お嬢様っ? お嬢様――っ?」
ヒリカとお茶を嗜んでいたパルシェ・マルンは、急に激しい眠気に襲われる。
目を覚まして気がついた時には、既にヒリカが乗った船は出港した後だった。
「……何で、お嬢様、私をおいてっ?」
その理由を知る唯一の人物は、こう呟く。
「悪いわね、パルシェ。でも、あの探偵さんじゃないけど、私の直感が言っているのよ。あの女学生は本当にヤバいって。そんなのを相手にするのに貴女を巻き込める訳がないじゃない」
それでも、ヒリカ・ヒーヤは戦意を失っていない。自分が失った全ての物を取り戻す為、命を懸ける覚悟が彼女にはあった。
その気配を敏感に感じ取りながら、高峰桜子はヒリカ・ヒーヤと対峙する。
「やはり、レッドラインより五万キロは離れているか。彼女は自分が、スカーラ・アイヤの様な神がかり的な用兵は成せない事を良く知っている。これで彼女をレッドラインまで追い込む策は消えたな」
頬杖をつきながら、桜子は冷静に言い切る。
最早砲術長のルックは何も口を挟まず、代りに副長のシルフィーが問うた。
「ではどうなさいますか、艦長? 敵軍はやはり防御陣形を維持したまま、停止しています。このままでは、サザーナ・ラミバ公爵令嬢と同じ轍を踏みかねないかと」
ヒリカ・ヒーヤの、戦略。
まず中央付近まで移動し、防御陣形を固め、そのまま停止する。持久戦に持ち込み、敵が無理に彼女の守りを崩そうとしたその隙に、痛手を負わせる。
それがヒリカの戦略であり――ある種の覚悟だった。
「確かに大した胆力だ。このまま私が何もしなければ共倒れになるというのに、焦燥と言う物を知らない。イクセント・ヒルもスカーラ・アイヤに対し同じ物を感じたのだろうが彼女は本物だ。彼女は敵が自分より先に動く事を確信しているし、だから絶対に先手を打つ事は無い。徹底して持久戦に持ち込み、此方の焦りを引き出すつもりだろう」
「つまり、打つ手はないと? 先に動けば公爵令嬢の二の舞。ヒリカに付き合い、何もしなければ自滅する事になる。我々にはその両者しかとるべき道はないと、艦長は仰っている?」
すると――桜子は艦長席から立ち上がった。
「結構。ではポーンを盾とし、全軍全速力でヒリカ艦隊へ突撃。我が軍はこれより可能な限りヒリカ艦隊に集中砲火を浴びせ、敵陣の中央突破を図る。それ以外の事は考える必要もない」
「りょ、了解!」
機関長のボーゲルと航海長のレーゼ、それに砲術長のルックが――同時に了承の意を伝える。事実、桜子艦隊は全速前進を始め――ヒリカ艦隊へと肉薄した。
「獲物がエサに食いついた。後は竿を引くだけで、この戦いもいただきね」
独り、ヒリカがほくそ笑む。一瞬、パルシェがこの場に居ればどう答えただろうと疑問に思ったが、彼女は首を横に振る。
「大丈夫、私は勝てる。絶対に勝てるから、後で貴女を置き去りにした事を沢山怒ってよね、パルシェ!」
依然、守りを固めながらヒリカ軍は桜子軍を迎撃する。
その絶対的な守備能力はここでも発揮され、次々と桜子軍の船を落していく。
「ポーン、五隻沈黙! それでも前進を続けますか、艦長っ?」
前回の戦いとは真逆の事を、オペレーターが問う。桜子の答えは決まっていた。
「我が方は尚も前進。いや、そろそろ出口が見えてきたな」
桜子側の突撃能力を前に、ヒリカ艦隊はVの字型へと変化する。
これを前に、ヒリカはもう一度笑った。
「成る程。命知らずでは私といい勝負じゃない。まさか此方の守りを突っ切ってくるなんて。でも――それでも私の勝ち」
そう。その分、桜子側は消耗も大きい。ヒリカ側が被害ゼロに対し、桜子側はポーンを使い切っている。仮にこのまま戦闘を継続しても、絶対的劣勢は覆せないだろう。ヒリカやシルフィーでさえそう感じながら、両者は船を反転させる。背後に張ったシールドを右方に移動させ反転後は前方に張り巡らせる。
その作業を終えた時――ソレは起きた。
「な、にっ?」
ヒリカ艦隊の背後で――大爆発が起きたのだ。
この勢いに押され、ヒリカ艦隊は全て浮き上がり、船の上部を無防備に晒す。
「一体、何がっ? まさか――っ?」
「ええ。だから言ったでしょ。私もまた、ジルア・キルド元大将の影響を受けていると」
桜子がした事は一つ。彼女はワザと、自軍のポーンを全てあの宙域に置き去りにした。ヒリカには落した様に見せかけ、その場に放置したのだ。その上で――ヒリカ艦隊が反転した後桜子は全てのポーンを自爆させたのである。結果、その爆風でヒリカ艦隊は浮き上がり、上部を晒す事になった。ヒリカ艦隊は、エネルギーシールドを張っていない上部が丸見えになる。故に――桜子は命じた。
「全艦、ヒリカ艦隊に集中砲火を浴びせよ! 旗艦は未だに不明だが――全艦沈黙させヒリカ・ヒーヤを打倒する!」
「――勝負あったわね」
「……ですね」
テレビモニターで戦況を観戦する斑鳩がそう漏らすと、ズーマ・ルーンもそう答える。
斑鳩は最後に、微笑みながらこう謳う。
「さようなら、ヒリカ・ヒーヤ。でも、大丈夫。あなたの仇は、私がとってあげるから」
思えば、彼女は常に何かと戦っている様な人生を送っていた。虐められていた女子を助ける為に男子達と戦い、暴論を振りかざす教師と戦う。他の領主が不正を行えばそれを正そうと奔走し、家が没落した後も自分自身と戦い続けた。何れ家を再興させ様とメイドに身を窶し、主の無理難題を果たす日々が続いた。でも、そうなのだ。
「ええ、そう。何時だってそんな私の傍には、貴女が居た――パルシェ」
あの彼女にどれだけ救われてきたか、自分は知っている。あの彼女が居たからこそ、自分は今まで自分でいられた。故に彼女は、自分の最大の過ちに気付いていた。
「そう、か。今頃気付いた。私は貴女さえ傍に居れば、それで良かった。もう他に何も要らなかったんだ」
家柄も財産も、そんなの物は彼女に比べれば、些細な事だ。その事に気付かなかった事が最大の罪であるかの様にヒリカ・ヒーヤは呟き、サイゴに微笑んだ。
「だから、どうか、貴女だけは幸せになって――パルシェ」
「……お嬢様? お嬢様―――ッ!」
そしてパルシェ・マルンはヒリカ・ヒーヤの艦隊が消滅する瞬間を目撃した―――。
◇
「……あああぁぁぁっ! あああああああぁぁぁぁっ! ……覚悟していた筈なのに! こうなるかもしれない事は、わかっていた筈なのに……っ!」
それでも、今は全てが憎かった。自分を置き去りにしたヒリカも、その彼女を殺した高峰桜子も今は何もかもただ憎い。
床にへたり込むパルシェは、地面だけを凝視し、ただ涙する。
「……何で私をおいていったんですか、お嬢様? 私に自分の仇を……討たせる為? 自分の無念を私に晴らせと、そう言っているの……?」
が、それを彼女は否定した。
「いえ、それは違うわ。それはあなたが、一番わかっている筈。彼女は憎しみを残すより誰かの幸せを第一に考える人よ。赤の他人である私でもそう感じているんだもの。なら、あなたなら、彼女のサイゴの意思は理解している筈よ」
紅斑鳩が片膝をついて、パルシェ・マルンに語りかける。
その声は普段の彼女とは違い、本当に穏やかな物だった。
「……お嬢様の、意思? ああ、そう、でした。あの方は、そういう人だった……」
彼女なら――きっと自分の幸せを願う。自分が知るヒリカ・ヒーヤとは、間違いなくそう言う人だ。そう痛感するパルシェに、斑鳩は一つだけ酷な事を伝える。
「そう。そしてあなた達が倒したサザーナ・ラミバも、そういう人だった。彼女は母星の為に命を懸けていたの。その事も、どうか忘れないであげて」
「……ああ」
それだけ告げ、斑鳩はその場を後にする。それを追い、ズーマは斑鳩に問うていた。
「……何故あの様な事を彼女に伝えたのです? 正直、私には意外に感じたのですが?」
「ハッキリ言うのね。別に大した意味は無いわ。あのままでは本当に、彼女は桜子さんの暗殺を実行しかねない。それは誰にとってもつまらない事だから、先手を打たせてもらっただけ。ただそれだけの事よ?」
「………」
何時もの様に笑みを浮かべながら、斑鳩は彼方を見る。
その後ろ姿に――ズーマは意図がわからない視線を向けていた。
◇
続けて、二回戦第二試合が幕を開ける。
チェリア・スハラ少佐対ジルア・キルド元大将。
それは軍属の、新旧の戦いと言えた。かたや新進気鋭の少佐と、たった一度の敗北で全てを失った元大将。それだけの違いが、両者にはあったから。
続けてこの時、ツエルド・サーラ元少佐は眉をひそめる。
「……艦隊を四つに分けた? 我等の戦略をそのまま模倣しようと言うのか、敵軍は?」
まるで桜子の戦術を真似た斑鳩の様だと、ツエルドは目を怒らせる。
いや、これはそれ以上の暴挙だと、彼女は憤慨した。
「よもやその策の立案者である閣下に、同じ策を以てあたるとは。これ以上の下策が何処にあろうか?」
が、艦長席に座るジルア・キルド元大将の表情に、笑みは無い。
「……いえ、そうとは言い切れない。……逆に、これでスハラ少佐の動きは読み辛くなったとさえ言えるわ。……私と同じ手を使うと見せかけ、全く別の何かを仕掛けてくるかもしれないのだから」
「つっ! ……成る程。それは、確かに」
しかし、今の所チェリア艦隊の動きはウーマー戦におけるジルア艦隊のソレと同じだ。四つに分けた艦隊が、全速力でジルア艦隊を包囲する様に近づいてくる。このまま放置すれば挟撃され、迎撃に当れば自爆されかねない。
よって、ツエルドは問わずにいられなかった。
「ではどうするべきだと? いえ、それ以前にこの戦術に弱点などあるのでしょうか?」
「……理論的には、三つあるわ。……第一に、敵艦隊のエネルギーが臨界に達する前に、各個撃破する。……第二に、自爆による衝撃が届かない位置から攻撃し、敵艦を沈めていく。……第三に、此方も同じ戦法を使い、その間に敵旗艦を割りだす。……因みに私の計算では、今から各個撃破を狙っても、五隻はとり逃す事になる。……更に、遠距離からバリヤーを張った船を沈めるのは至難の業でしょうね」
ならば、残された手は一つだろう。
ジルア艦隊はエネルギーを臨界寸前まで高めつつ、チェリア艦隊に応戦した。
「やはりそう来ますか。ここまでは――計算通りですね」
旗艦内の艦長席で、チェリア・スハラが嘯く。彼女はそのまま作戦の続行を部下に命じた。
「ですが、これは本当に懸けですね、少佐?」
チェリアの策は、実に単純な物だ。
敵軍がこの戦法を使う前に先手を打ち、消耗戦に持ち込む。駒を奪い合って、最後に旗艦を残し、その能力差を以て勝負をつける。その為にチェリアは、最も攻防力が高いクイーンを旗艦に選んでいた。
仮にジルアがこれに劣る船を旗艦に選んでいるとすれば、自分達は圧倒的に有利になる。故にチェリオとしては、ジルアが意表をつき、クイーン以外の船を選んでいる事を祈るのみだ。
そして――壮絶とも言える相殺戦が幕を開けた。
「ビショップならびルーク艦隊自爆! 敵艦隊も自爆し、両軍とも同艦隊を失いました!」
「結構。では左翼、右翼のポーン艦隊を突撃させて下さい。恐らく敵艦隊もここまでは、我が軍と対応は同じ筈」
実際、チェリアのこの読みは当たる。
「……ポーンを左翼、右翼に分け突撃。……同時にナイトのワープ圏内に入り次第、ワープを決行。……敵ナイト目がけて特攻させて」
「は? クイーンでは無く、ナイトでよろしいのですか?」
が、ジルアの指示は変わらない。ジルアは飽くまで、両軍の相殺に勤しむ。
「敵ナイト、ワープの後、我が方のナイトに突撃! 両艦とも大破しました!」
ここまで来て、チェリアは覚悟を決める。
恐らく敵の旗艦もクイーンだと、彼女は直感していた。
「なら、最後は真っ向からの戦術勝負ですね、ジルア・キルド。嘗て無敗を誇ったとされるあなたと正面から戦えるとは、軍人冥利に尽きるという物です」
事実、現在この宙域でまともに活動しているのは、二隻のクイーンのみ。この両者が決着をつける為、しのぎを削り合う所まで事は至っていた。チェリアのクイーンとジルアのクイーンが互いに集中砲火を浴びせながら、接近していく。
「ほう? これはジルアが敗北、ないし相打ちという可能性も出てきたな」
その事実を楽しみながら、アプソリュウはテレビ画面に視線を送る。
一方、桜子と斑鳩は妙な違和感を覚えていた。
「――不味い! 艦を停止しなさい――チェリア・スハラ!」
いや、気が付けば桜子はそう叫び、斑鳩は初めて眉間に皺を寄せる。
この時、チェリア・スハラ少佐達は――改めてジルア・キルド元大将の脅威を知った。
「な、に?」
「……そう。……あなたのナイトは、確かにアレで使い物にならなくなった。……でも私のナイトは大破しただけで、エンジンはまだ生きているのよ」
よってチェリオの旗艦がジルアのナイトの直ぐ傍を通過しかけた時、大爆発が起きる。それもシールドを張っていない右方から。ならばチェリオ側のオペレーターは、絶叫する他ない。
「旗艦大破っ! シールド張れませんッ!」
「……ええ。あなたが後五年早く生まれていれば、勝負はわからなかった。……でも、これも経験の差ね。……私はどこをどういう風に自分の艦を敵艦にぶつければ、大破程度で済むか熟知しているから」
「まさ……か」
ジルアのクイーンが集中砲火を始める中――チェリアの意識は逆行する。
今から考えると信じられない話だが、彼女は良く笑う子供だった。父親が少し躓いただけで笑い転げ、よく叱られた物だ。
だと言うのに気が付けばその父が戦争で亡くなり、母もその後を追うように戦死した。それどころか上の兄も両親の後を追い、妹までテロで帰らぬ人となる。自分に笑顔を与えてくれた人達が次々居なくなり、だから彼女は自然に笑わらなくなった。
〝……本当に、私は、一体誰を、恨めばいいのですか……?〟
今も戦争を継続している、祖国か? それとも実際に家族の命を奪った、敵国? ここまで泥沼の戦況になると、何が何だかわからなくなる。
だが、そんな彼女にも一つだけわかっている事があった。この感情は、この悲しみは、この苦しみは、自分だけが抱いている物じゃない。祖国は勿論、敵国の人間も抱いている感情だ。
その痛痒が原動力となり、今も自分の様な人々は増えていく。そう悟った時、彼女は自分の目的を定めた。
彼女はどんな形でも良いから――この戦争を終わらせようと決めたのだ。
「……でも、それさえも私には果たせない、と? 私は、貴方がたクルーを無駄死にさせただけだと、そう言うんですか……?」
今、改めて失った家族の事を思い出し、彼女は項垂れる。
だが、彼女以外の総員は立ち上がり、彼女に向け、敬礼する。
「阿呆。そう自分を責めるな、お嬢ちゃん。アンタは本当に良くやったよ。あのジルア・キルドを、後一歩の所まで追い詰めたんだ。そんな真似は、お嬢ちゃん以外誰も出来やしねえ」
ニルグ・メイヤ軍曹が代表し、その想いを言葉にして彼女に伝える。
加えて、彼は告げる。
「いや、本当に悪かったな。まだ十六歳の女の子に、国の全てを背負わせちまって。世の大人達を代表して、謝罪する。本当にすまなかった、お嬢ちゃん。いや――チェリア・スハラ少佐。そして、改めて言わせて欲しい。貴女は、本当に、良くやってくれた」
「……ああ」
その言葉は、彼女にとって唯一の救いであり、最大の苦痛でもある。
それでもチェリア・スハラ少佐は三年ぶりに微笑み、涙した。
「今父や母や兄の気持ちがわかりました。私の家族もきっとこんな誇らしい気持ちで逝った」
そうして、チェリア・スハラの旗艦は白い閃光に包まれた―――。
〝ロイヤルウエディング〟・前編・了
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
後編もしっかりあるので、どうぞご期待ください。
この物語は桜子だけでなく斑鳩も主役という側面があるので、その辺りも注目していただければ幸いです。
で、ここからは、ただの愚痴。
というか、ヒロインが十六名ってなんでしょうね?
百三十ページ以内にヒロインを十六人活躍させなければならないって、どういう無茶ブリでしょう?
自分で書いていておいてなんですが、これには大いに疑問を抱いた物です。
かといって、半分の八名では少なすぎて、間が持てない。
ならば、十六名にするしかないと腹を括り書き始めたのですが、果たして成功したか否か?
ソレは最早、読者様だけが知るのみと言った所でしょう。
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