ファイナルジャッジ・前編
という訳で、ファイナルジャッジ・前編です。
本来なら天使が人間界にやって来て、ひたすらダラダラするでけの話だったのですが、やはり途中で挫折しました。
その内容では間が持てず、結局いつも通りの展開になっています。
彼女達三人のちょっとした大冒険を、どうぞお楽しみください。
それは地球とは別の、ある星で起きた冒険譚。
ある日、上司に呼ばれたシャロット・ラッタリカはラディウズ国の調査を任される。其処に住む人々やその歴史について彼女がどう思うか、調べろというのだ。ただの平社員であるシャロットとしてはその指令を受ける他なく、彼女はかの地へと旅立つ。
その頃、平凡な生活を送っていた千田勇気は、やはり平和な日常を送っていた。何かを予感する事もなく、このまま一日が終わるのだろうと信じて疑わなかった。だがその時、トラックにひかれそうになった彼は、件の少女に助けられる。
この時、彼が彼女から受けた心証は恐怖だ。絶対、人を十五~六人は殺しているだろうとしか思えない目をしている。勇気としてはそう思う他なかったのだが、意外にも彼は即座に彼女の正体を看破する。シャロットとはラディウズの過去にワープし、その歴史を調査する為この国を訪れた〝天使〟だった。
だが、その結果は散々足る物だった。人がどれ程凄惨な歴史を重ねてきたか思い知ったシャロットは、半ば絶望する。しかもその心証を上司に伝えれば人類は滅亡すると彼女は告げた。
けれどシャロットはある理由から、それを阻止するため勇気と共に動き出す。勇気に加え知恵という少女と共に、心証の悪い歴史を改変するべく過去へと跳躍。その改変データを自身の記憶に上書きして、全てを無かった事にしようと図る。
シスカトリネ皇朝期での、宗教戦争。グオルグ皇朝期での、第一次世界大戦。大ラディウズ帝国期での、第三次世界大戦。
それ等の歴史を変えてきた彼女等は、けれどそこで一つの〝運命〟に行き当たる。その人の存在理由とも言える〝運命〟と対峙する事を選ぶ三人。その果てに、シャロットは一つの答えに辿り着く。
それは――或る天使が笑顔に至る為の物語。
彼女はそうして、彼等に、心から微笑みかけたのだ―――。
序章
これは、永遠より刹那の間を選んだ少女と少年達の物語。
何れ至る破滅と、ある非日常に苛まれた少女達と少年のせめぎ合い。
過去を憂いるその少女は、やがて一つの答えを導き出す。
その果てに、少年はあの黄金に輝く彼女達を仰いだ。
1
私ことシャロット・ラッタリカが上司の呼び出しを受けたのは、その日の午後だった。
「と、シャロットさん。突然で悪いのだけど、ちょっと出張を頼めるかしら?」
「はぁ」
いや、この生返事はこの場に相応しくない物だったのかもしれない。
何せ相手は、この社の最高責任者である。私も年に一、二回程度しか顔を合わせる事が許されない、大物中の大物。
だというのに、彼女の方から私を出してきたのだ。余程の事情があるに違いない。
それなのに、私はただ眉をひそめるだけだった。
「というのも、他でもないの。ちょっとラディウズという国に行って、調査をしてもらいたいのよ」
「ラディウズと言うと、ラディウズ語で言う所の、〝裸弟烏頭〟ですか?」
「いえ、そういう愉快なボケは良いから。私の話をちゃんと聴いてもらえるかな?」
二十歳を超えた位の、スーツ姿の美女が笑顔でツッコんでくる。やべえ。幾らなんでも今のジョークはレベルが高過ぎたか? これはヘタをすれば左遷だろうかと慄いていると、彼女はやはり微笑みながら続けた。
「ええ。私が思うに、そろそろ〝そう言った時期〟だと思うの。今こそ決断を下すべきだと感じたのよ。その判断を、ぜひ貴女にしてもらえないかと思って」
「はぁ。でも、なぜ私が? 私以上の適任者なら、山ほど居ると思いますが?」
事実なので、つい疑問を口にする。
彼女が決めた以上は、何があってもその役回りは回避できないというのに。
「そうね。一番の理由は、そのファッションセンスと、貴女の目付きかしら?」
「私の普段着と……この目付きですか?」
ああ、何となく彼女が言わんとしている事が、わかった気がする。
「うん。会社に和服で出勤してくる目付きの悪い社員なんて、貴女くらいだもの。そんなミスマッチな姿をした貴女を、誰も我が社の人間とは思わないでしょう? この調査は抜き打ちだから私的には貴女以上の適任者は居ないと考えたわけ」
「つまり隠密裏に動ける人物を探していて、それが私だったと言う事ですね?」
ほぼただの悪口を理由にこの役に就くよう命じる彼女に、私は真顔で対応する。いや、私はもうその手の誹謗中傷は慣れっこだった。
親からも〝この目付きの悪さは、筆舌に尽くしがたい。将来が心配だ〟と散々言われ続けた私である。寧ろ、職にありつけた上、こうして仕事まで貰えるのだから有り難く思わねばならぬのかも。この目付きの悪さが、初めて役に立った瞬間かもしれなかった。
なら、ここは快諾の一手しかないだろう。本当は、唾でも吐きかけてやりたい所だが。
「わかりました。私なりに、誠心誠意その調査に臨む所存です。でも、本当に構わないのでしょうか? 私、全く他人に興味とか持たないタイプの人間ですよ?」
「だからでもあるわ。貴女なら恋だの情だのにほだされる事なく、任務を達成すると私は確信しているの。どうかこの期待に応えてくれる事を、切に願っているわ、シャロットさん」
「ですね。小学生の頃は、隣の男子を横目で見つめただけで、泣き出された私です。そんな私が恋だの情だのに左右され、仕事を疎かにする筈がありません。ここは会長のご期待に沿える様、私も気を引き締める次第です」
我ながらこの発言はどう考えても何かの前振りとしか思えないが、それで話は決まった。
私はその日の内にラディウズへと飛び、件の仕事に取り掛かる事になる。
その先に何が待ち構えているかなど知る由も無く――私の冒険は幕を開けたのだ。
◇
ではここで自己紹介代わりに、少し私ことシャロット・ラッタリカについて説明しよう。
年齢は今年十七で、背は百六十センチほど。スリーサイズは秘密で、職業は会社員だ。
飛び級で大学を十五の時に卒業した私は、今の会社にスカウトされた。こんな私は多分、社内でも一、二を争う変わり物だろう。
何せ先の会話でも触れたが、会社で仕事をしている時でも始終和服なのだ。白の小袖が特にお気に入りな私は〝社内でも和服で良ければ〟という条件で今の会社に入社した。
いや、私がモンゴリアな見かけなら、まだそれでも目立つ事は無かったかもしれない。だが残念というべきか、私の外見は白人のソレだ。
金のストレートヘアは背中まで伸び、緑色の瞳はラディウズ人のソレとかけ離れている。肌の色も黄色人種とは異なり、この白い肌は今にも和服の白に溶け込んでしまいそう。
唯一の救いはラディウズ語も堪能な所で、だからコミュニケーションで困る事は無い。ただ物珍しそうに周囲の視線を集めてしまうところだけは、ちょっとした悩みの種だと思う。
だというのに、私が視線を向けると、みな慌てた様に視線を逸らすのだから困った物だ。まるで極道の妻にでもなった気分だが、残念ながら私には縁遠い世界だろう。
「ま、良いわ。とにかく仕事に移りましょう。でも、取り敢えず何をするべきかしら?」
一応、業務内容は把握しているつもりだ。けど、だからと言って優先順位が決められている訳でも無い。つまりは――完全なるノープラン。
私はどうすれば効率よくこの仕事を熟せるか、判断に苦しんでいた。
「何にしても、平和な国なのは確かよね。と、そうか。先ずは、ラディウズ支社に挨拶に行くのが筋かしら? 彼等なら、この国の実情にも詳しいだろうし」
情報収集するツテが其処しかない私は、そのため有言実行する。我ながら名案だと自画自賛しつつ、四月の暖かな日差しに照らされながら私は天を仰いだ。
そうして某県某市にあるラディウズ支社に足を延ばそうと、歩き始める。
「……は?」
「え……?」
その時、人気の無い横断歩道で一人の人物とすれ違った。
それは中肉中背な――同じ年頃の少年だ。
平日である為か、ブレザーを着た彼は私と思いっきり目が合う。普通なら、ここで〝悪魔〟から目を背ける様に視線を切る筈なのだが、彼は違っていた。
いや――それは私も同じである。
普段はそのまま無関心で通り過ぎるであろう私が、何故かその場に立ちつくす。
理由がわからないこの衝動に、私はただ息を呑む。
事態が動いたのは、その直後。
なんて事はない。
ただ前方不注意のトラックが――此方に向かって突っ込んできたのだ。
ま、既に横断歩道の信号は赤になっているので運転手だけを責める訳にはいかないだろう。でも、車の運転中にスマホを弄るのは、どうかと思う。頭の片隅でそんな事を考えている時には、既に体が動いていた。
私ことシャロット・ラッタリカは――何を思ったか、件のトラックに向け跳躍する。
そのまま後ろ回し蹴りを入れ、そのトラックを蹴り飛ばしたのだ―――。
でなければ、死んでいた。私はともかく、あの少年は間違いなく死んでいた。
そう思った時には、事は既に済んだ後だった。
「は……へ……?」
まるでありえない物を見る様に、少年が唖然とする。
トラックをガードレールまで蹴り飛ばした私に、奇異とも言える視線を向ける。
〝やっちまった〟と思った時には、私は少年の手を掴んでいた。
「……ちょっと君、こっちに」
その声に、焦燥の色が無いと誰が言えよう?
自分でも現状を把握できないまま――私は少年を引っ張って暗い路地裏に向かったのだ。
◇
それは――何時もの下校時間の筈だった。
俺こと千田勇気は、自慢じゃないが平凡すぎる人間だ。小学校でも中学校でも部活に入らなかった俺は、高校に入っても帰宅部を貫いた。
別に、何らかの信念があったと言う訳では無い。家に帰ったら、忙しいという訳でもない。
ただ怠惰に、特に理由も無く、俺は部活に入らなかっただけ。逆を言えば、部活に入らなければならないという強迫観念が湧かなかったとも言える。つまりはそう言う事で、俺はもう十七年も生きているのに――やりたい事が無いのだ。
それはもう、面白いくらい、何もしていない。
一応、友達と一緒にカラオケに行ったり、ボーリングとかはしている。調理実習やサバイバルゲームとかにも参加した事はある。けどただそれだけの事だ。どれもこれも長続きはせず、みな中途半端なままで大部分の物は見切りをつけてしまった。
母親の口癖も〝勇は無趣味すぎ。昨今の幼児だってもうちょっと世間に興味を持っているわよ〟で、つまりはそれくらい、俺は世情に疎いのだ。
その為だろうか、こんな性格である俺は未だに初恋さえした事が無い。特に気になる女子も居ないし、性欲さえ湧いてこない。
こういう時ほど、自分は植物男なのだと強く実感する。
そう。俺はまるで植物だ。
ただ自殺する方法も知らないから、生き続けているだけの植物。
その方法を知ってしまったら、或いは〝そういう事〟もあるかもしれない人間。一言で言えば、俺は実につまらない男だった。
「いや、本当に生まれがこの国で良かった。もっと治安が悪い国に住んでいたら、俺、マジでもう死んでいるんじゃねえ?」
お蔭で思わず、銃の乱射騒ぎに巻き込まれ、死亡している自分の姿を想像する。
強盗に後ろから鈍器で殴られ、金目の物を奪われている光景とかも脳裏を過ぎる。
平和な生活に慣れ過ぎた所為か、つまらない人間である所の俺は、そのうえ危機管理能力さえ退化している。それはもう、子供の頃の方が鋭かったのではと思える程だ。
だから、その日も特に何も感じなかった。
きっと何時もの道を通って、何時もの時間通りに家に辿りつくのだと信じて疑わなかった。運命なんて物は一切直感せず、今日も何事もなく終わる。直感と言えば、それこそが俺が抱いた直感だ。
いや、本当にその筈だったのに……何でこんな事になったのか?
それは、心底意味不明な事態だった。
俺は、下を見ながら歩くと言う悪癖がある。父親からは〝猫背になるから止めろ〟と言われているのだが、これが中々直らない。けど、きっとこの癖があのまま続けば、こんな事にはならなかったと思う。
その日も下を見ながら帰宅路を歩いていた俺は、しかし視線の片隅に和服らしき影を見た。今どき珍しいなと感じた俺は、思わずどんな人が着ているのか興味を持ってしまったのだ。或いは油断したとも言えるが、それが全ての始まりだった。
これが並みの女性だったら、俺はまた安心して下を向いただろう。やはり幸運とは、幸せになる為に努力している人にもたらされると痛感した筈だ。
「……は?」
だが現実は違っていて――それは今まで見た事が無い少女だった。
何せ――外人が和服を着ていたのだから。
金髪に緑の瞳をしたその少女は、一言でいうと殺し屋だった。もう絶対、十五、六人は人を殺しているだろうと確信させられる目付きをしていた。
実際、俺は思わず、無意識に足を震わせたものだ。十七歳の男子高校生でこうなのだから、幼児が見たら泣き出していたかもしれない。それ程の禍々しさを、その少女は纏っていたと思う。
でも、だからこそ、俺は感じてしまったのだ。
その禍々しさに負けまいとする、彼女の意思の強さの様な物を。自分の本分を貫こうとする潔さを、俺はこのとき初めて直感した。
まるで、俺とは正反対のあり方だ。
やりたい事が無い俺と――何を成すべきか既に理解し切っている彼女。
一言も話した事が無いのに俺は彼女を見た瞬間、そんな事を連想、いや、妄想した。
或いは見蕩れたとも言えるが、何故かそれは彼女も同じだった。俺と目が合ってから数秒程たつのに、名も知らぬ彼女は動こうともしない。お互い、何をするべきか忘れてしまったかの様に立ちつくす。そして、その時、それは起こった。
何故か和服の少女が、その場から跳躍する。
俺は多分、バカ面を浮かべてこのシュールな光景を眺めた。
いや、後ろを振り返った時には俺達目がけて、トラックが突っ込んでくる最中だった。
あの少女はそれを――ただの後ろ蹴りだけで吹き飛ばす。
百六十センチ程の少女が七メートル近いトラックを――ガードレールまで蹴り飛ばす。
それは前に習った、質量保存の法則を明らかに超越した現象だ。これ、どう比較してもエネルギー量が違い過ぎるだろ? 二歳児が、横綱を土俵から押し出すより酷い光景だ。
「は……へ……?」
そう唖然とする俺とは逆に、彼女は見かけ上冷静だった。
「……ちょっと君、こっちに」
少女は俺の手を握ったかと思うと、この場からさっさとトンズラする。トラックの運転手が目を回す中、彼には目もくれず俺を連れて彼女はここから立ち去る。
俺は彼女を止める事さえ出来ず――流される様にその場を後にした。
◇
名も知らぬ少年の手を引き、横断歩道から逃げ出す。犯行現場より人気の無い路地裏を目指して、必死に逃亡する。
私のその努力は事もなく果たされ、気が付けば私と彼は薄暗いビルの裏に到着した。
ついで、私は漸く自分が何をしたのか気付く。
あろう事か私は、現地人の命を救う為〝力〟の行使をしていた。
最優先で秘匿すべき〝力〟の一端を、公にしたのだ。
「しかもその当事者を連れて、逃走してきた? ……この私が?」
意味不明である。助けただけならわかるが、なぜ彼をここまで連れてくる必要がある? あの場に彼を置き去りにすれば、例え彼が事実を語ったところで、誰も相手にしないだろう。それなのに、私はする必要も無い口封じ紛いの真似をしていると言うのか?
「だとしたら……なんて不合理な」
真剣に、頭を抱えたい。出だしからこれとは。本当に私は何をしているだろう?
「えっと、君、その」
と、件の少年が初めて声を上げる。半ば忘我していた私は、それでやっと我に返った。
「あの、腕が痛んだけど……?」
「……ああ。これは失礼」
私は用が済んだ今も握っていた彼の腕から、手を離す。
だというのに、彼は逃げ出そうとさえしなかった。
「というか、呑気ね、君? 私が何をしたのか、知っている筈なのに。それとも、白昼夢でも見たと思っている?」
なら好都合なのだが、彼は首を横に振る。
「いや。夢ならどれほど良いだろうと思ったけど、君がトラックを蹴り飛ばした所はちゃんと見た」
「………」
それは困った。生憎、私には他人の記憶を操作する能力は無い。それ以上の事は出来るが、果たしてここでソレをして良い物だろうか?
いや、待て。或いはラディウズ支社の人間の誰かなら、そう言った力を持っている? ここは応援を頼むのが、妥当な線か?
私が思い悩んでいると、彼は思い出した様に頭を下げてきた。
「と、何にしても助けてくれてありがとう。お蔭で命拾いした。俺は――千田勇気。えっと、君は?」
明らかに空気が読めていないこの発言に、私は一度だけ顔をしかめてから応対する。
「……シャロット・ラッタリカよ。というか、お礼は結構。どうか今日の事は忘れて、ここから消えてもらえる?」
すると、今度は彼の方が顔をしかめた。
「そっちがここまで連れて来たのに、その反応はねえと思う。君、俺に何か用でもあったんじゃねえ? てか、君一体何者? もしかして、天が俺を救う為に使わしてくれた■■とか?」
「………」
何だ、この男? ただの思いつきとはいえ、私の正体に気付いただと? しかもこの無神経スレスレの肝のすわり具合は、やはりただ者では無い。
「……え? マジで? 君――本当に■■?」
私の沈黙を肯定と捉えたのか、彼は真顔で慄く。しかも最悪な事に、彼は尚も続けた。
「んん? でも何でこんな所に■■が? まさか、本当に俺を助ける為って訳じゃねえよな? てことは、人間がどんな生き物が調査しに来た? その結果によっては、俺達人間は色々ヤバイ事になる?」
「………」
「マジかー。いや、でも待て。それってかえって好都合? この国くらい平和な場所もないしそれが調査の対象なら最悪の事態は免れる?」
だが、そう楽観論に行き着きかけた時――彼は思い直した様に眉をひそませる。
「……って、まさかそうでもない? 仮に俺の想像通りだと、やっぱりヤベエのか?」
本当に何だ、この男は? 幾らなんでも想像力というか、妄想力が豊か過ぎるだろ? これ明らかにアイドルの顔写真だけで、シコれるレベルよね? 私としては、もうそう思う他なかった。いや、尚も煩悶する彼に、私は思わず嘆息する。
「そうね。或いは、それも面白いかもしれない。私の正体と目的を知った上で、現地民がどんな反応を見せるか調査するのも。えっと、君、千田君だっけ?」
「んん? いや、勇気で良いぜ、ラッタリカさん」
「じゃあ、勇気。恐らく、君が考えている通りよ。私の目的は、この国に住む人間を調査する事。この明らかに平和でのどかで、犯罪件数が少なそうな国を私は調べにきた。でも、その反面、君が察した通りでもあるの」
私がそう言い切ると、彼は表情を消す。私は彼を横目で見ながら、頷いた。
「そう。私の査定範囲はこの国の現在だけでなく――過去も対象となっている。今の平和を築くまで散々色々してきたであろうこの国の過去も、私の調査範囲。それがどういう意味か、君は既に気付いているのよね、勇気?」
「やっぱ……そういう事か」
まるで他人事の様に頷く彼に、私は向き直る。
その上で、普通の人間が聞いたら爆笑するであろう事を、真顔で告げた。
「では、改めて自己紹介といきましょうか。私は――シャロット・ラッタリカ。君が言っていた通り、私は天が使わした由緒正しい――〝天使〟よ」
そして、彼――千田勇気は息を呑んだ。
◇
天使。俺の目の前には、そう名乗った少女が居る。ぶっちゃけありえない話で、何言っていんだこの人と思う他ないのだが、間違いなく事実だ。それはあのトラックの一件が、この上なく物語っている。
けど、今問題なのはそこでは無い。俺が問題視しなければならないのは、別の事だろう。
「やっぱこの国の過去も含めて、調査する訳か。つまりそれは、この国の人間が過去、どれほどの行為をしたか正確に調べるって意味?」
俺が問い掛けると、彼女は即答する。まるで、さっきまでの躊躇が嘘の様に。
「ええ。この国の人間が、今に至るまで何をしてきたのか知るのが私の目的。それをこの目で直に見るのが、私のするべき事ね」
「で、それ次第によっては――俺達人間はヤバイ事になると?」
天使と言う単語から連想される結末を、俺は疑問と言う形にして投げかける。
彼女は、堂々と断言した。
「そう。我が社の会長――いえ、あなた達にとっては〝神〟と呼ばれる存在はいよいよ決断の時だと考えている。人は、生き残るに値する存在か否かを判断する材料を欲しているの。その情報を提供するのが、この国の実情を調査するよう命じられた、私と言うわけ。その結果次第で、この星は次の段階に進む事になるわ」
「次の段階?」
俺は首を傾げるが、彼女はその辺りの話はスルーする。
「でも、これは一種のチャンスでもある。だって調査対象が人間全てだとしたら、明らかにアウトだし。同じ種であるにもかかわらず、延々と主導権争いを続け、殺人より惨い事をしてきた人類だもの。その行い全てを調査の対象にすれば、明らかに人間側の不利は拭えない。そう考えた会長は、調査の枠をある一国のみに限定し、私にその調査を命じた。その国の過去と現在を調べ、私がどう感じるかその心証を報告させる為に。それが――このラディウズ国という訳ね」
「……成る程。確かに全人類が調査の対象じゃ、俺達に勝ち目はねえな。人間って生き物は、あらゆる残虐性を想像し、それを実行できる唯一の生き物だ。いや、今まで実際にしてきちまった俺達では、間違いなく敗訴は確定だろう。それじゃ余りに哀れだから、神様ってのは俺達にチャンスをくれた訳だ。調査対象を一つの国に限定し、尚且つ君の心証次第では、人類全てが助かるって事だな?」
俺がそう確認すると、何故か彼女は首を傾げた。
「んん? あれ? 俺、なんか変なこと言った?」
「いえ……君って本当に察しが良いなと思っただけ。ねえ、この国の人達って皆こうなの?」
「――察しが良い? 俺が? そんなこと初めて言われたな」
寧ろ〝鈍感〟だの〝この非脊椎動物が〟とか言われる方が多かった気がする。
いや、また妹のダメ出しがきついんだ、これが。
「そうなんだ? じゃあ、この国の人達は皆平均的にIQが高いのかしら? けど、やっぱり納得できないかな。君、よく私の正体がわかったわね? 普通〝天使〟が和服を着て、こんなに目付きが悪いとか思わないでしょう?」
「へ? だって君――天使みたいに綺麗だったから」
「………」
普通に、思った事を口にする。
なのに、何故か彼女は唖然とした様な表情を見せていた。
その時、路地の向こうから聞き慣れた声がした。
噂をすれば影とはこの事か、見れば其処には小学六年生である我が妹千田雅と、隣の家に住む同級生の葉月知恵が居た。
「――って、やっぱ勇気じゃん。知恵ちゃん、やっぱ勇気だよ」
「え、ホントに?」
ランドセルを背負った雅と、制服姿の知恵が路地裏に入ってくる。三つ編みの妹と、黒髪を後ろで纏めた級友は、自分の行動に何の疑問も抱かない。
俺はそれを、顔をしかめながら歓迎した。
「って、珍しいね、勇気が道草するなんて。……って、それ以前に、その方はどなた?」
「あー、本当だー! あの勇気が、女の子を路地裏に連れ込んでいるっ? この非脊椎動物の見本品みたいな、植物男がッ?」
「………」
だから、なんでこの妹はこうも口が悪いのか? しかも、的を射ているからタチが悪い。
「えっと、この兄貴に対する妹の暴言は、調査対象になるのかな?」
思わずラッタリカさんに訊ねると、彼女は何故かもう一度嘆息した。
「というか、向かいの道路でトラックが事故にあったんだよね。もしかして、それって勇気も絡んでいる?」
「いや、俺は無関係だ。因みにこの外人さんとは、さっきここに迷い込んだのを見つけて知り合った」
嘘八百を並べると、意外にも妹はアッサリ信用する。
「だよねー。勇気にそんな度胸ある訳ないし、そんな事だと思ったよ。この魔法使い候補め」
……てか、余りに信用し過ぎだろ? マジでなんなんだよ、この妹は?
「――魔法使い? 勇気って、魔法が使えるの?」
で、この天然が。知恵さん、貴女、今自分が何を言っているのか、わかっています?
「いや、そういう事じゃなく、男って生き物は三十過ぎても童貞だと魔法が使える様になるんだよ、知恵ちゃん」
「だから、お前は一々、余計な事を知恵に吹き込むな。知恵がお前みたいになったら、どうしてくれる?」
「……え? もしかして私貶されている? たかだか勇気如きに、この私が……?」
「……真顔で慄くな。本気で傷つくだろうが。いいから二人は、帰った、帰った。俺はまだこの外人さんに大事な用があるんだから」
「んん? 道案内するつもりなら、私もつき合うよ? あ、でも、つき合うって言ってもそう言う意味じゃないから、悪しからず」
「んん? もちろんわかっているけど、それってどういう事?」
真顔で疑問符を投げかけると、何故か雅が露骨に溜息をついた。
続けて奴は何かを言い掛けたのだが、それを遮る様にラッタリカさんが口を開く。
「いえ、私の用事は、勇気さんがいれば事足りるのでお構いなく。お二人が私の為に時間をさく必要は、全くありません」
それから我が妹は、仰天したのだ。
「うわ! 私、外国の人がこんな流暢にラディウズ語を話した所、初めて見た! お姉さん、もしかしてただ者ではありませんねっ?」
正しくそうなのだが、今は間違いなく妹の第六感を称賛している場合じゃねえ。
「いいから、失せろ。これは最後通告だ。じゃなきゃ、この前のテストの点数、お袋にバラすぞ?」
「――なっ? それが可愛い妹に対して言う台詞ッ? 無神経だとは思っていたけど、まさかここまでとは!」
いや、暴言に関しては、お前に言われたくねえ。
そんな事を思っていると、雅は知恵の手を取って踵を返していた。
「はい、はい、わかりました。じゃ、行こう知恵ちゃん。大丈夫、大丈夫。本当にこの男は、道案内以外の事は絶対何があっても出来ないから。知恵ちゃんは、安心して良いんだよ?」
「……はぁ」
何だ、この慈悲深ささえ感じる妹の対応力は? 俺の気のせいか? 気のせいだよな? それともマジでそうなのか?
やはり判断がつかないまま――雅と知恵はこの路地裏から去っていった。
◇
突然の来訪者を、私は静かに見送る。
だが、彼こと千田勇気は有言通りこの場に残り、改めて私に向き直った。
「いや、妹達が茶々を入れて悪かった。でも、悪い奴等じゃねえんだ」
「そうね。楽しそうな妹さんと、彼女さんだったわ。私は一人っ子で、恋人も居ないから羨ましいくらい」
お世辞ではなく、本心から告げる。なのに、彼は眉をひそめていた。
「……恋人って、まさか知恵の事か? アハハハハ。な訳ねえだろ。あの全国でもトップクラスな成績保持者と俺とじゃ、どう逆立ちしても釣り合わねえよ。それでも確かにアイツは面倒見がいいから、ガキの頃から俺なんかに構ってくれるけど」
「………」
何だこの少年……よもや本当に知恵って子の気持ちに気付いていない? やたら鋭いと思っていたのに、そういう事には勘が働かないと言うのか?
こういう時、改めて思う。人間と言うのは、本当に良くわからない生き物だと。洞察力は会長並みなのに、恋愛に関しては炭疽菌以下だ。
「ま、良いわ。それで確認したいのだけど。君がこの場に残ったのは、私がどんな最終決断を下すか見届ける為よね? 今日を境に人類がどんな運命を辿るかいの一番に知る為、いま君はここに居る。そう解釈して、構わない?」
「だな。ここまで来た以上、最後までつき合わないと寝覚めが悪くて仕方がない。俺としてはラッタリカさんが人間をどう思うのか知るまで、家に帰る気にさえなれねえよ」
ま、妥当な感性だろう。私の心証次第では、今日、人の歴史は終止符を打つ。そう聞かされた人間が、このまま〝はい、さよなら〟と立ち去れる訳がないんだから。
ならば、私がするべき事は決まっている。
「わかった。これも一種の腐れ縁だと思って――つき合ってもらう事にしましょう」
「ああ。これ以上厄介をかけるのは俺も心苦しいが、事は世界規模に及ぶんだろ? なら悪いけど、俺も図々しくならざるを得ない。せめて家族や知恵や学校のダチくらいは守れねえと、俺も格好がつかねえからな」
「………」
それはもしかして、事と場合によっては、私や会長と戦うという意味だろうか?
だとしたら、正直、唖然とするばかりだ。私はともかく、会長の戦闘力は洒落にならない。多分、人間で彼女の戦闘レベルを正確に推し量っている人物は、いないと言い切れる程に。噂に聞くキロ・クレアブルでも、会長に勝てるかは怪しい。
「で、調査って具体的にはどうするつもりなんだ? というか、そろそろここから出ねえ? ただでさえ気持ちがブルーなのに、無駄に辛気臭くて余計落ち込むんだけど?」
「そうね。私もそろそろ、温かい日差しが恋しくなっていたところ」
互いに意見を一致させた私と彼は、真っ当な道路に戻る。
行き先も決めぬまま、私達は西に向かって歩を進めた。
「で、さっきの続きなんだけど?」
「んん? ああ、具体的な調査の方法ね。その前に、私からも質問していい? 君は――私を敵視しない訳? ぶっちゃけてしまえば、私は多分、全人類の敵よ? なにせ私の心証次第で人間は亡びるかもしれないんだから」
ただ事実だけを告げる。彼が気難しそうな表情を浮かべたのは、その時だ。
それから彼は、一つの答えを提示した。
「んー。俺としては、ラッタリカさんは、軍隊で言うところの一兵卒だと思うんだ」
「はぁ。一兵卒」
「ああ。でもその一兵卒が善か悪かは、全て上官のサジ加減次第だろ? 老人や女子供でも、上官が殺せと命じたら殺さなければならないのが軍属なんだから。例えどんなに殺したく無くても、どれだけ善良な人間だったとしても、上官の命令は絶対だから殺すしかない。でなければそれは軍隊じゃなく、ただの統率力が欠如した、ならず者の集まりになっちまう。個人の意思を捻じ曲げる指揮命令権っていうのはそう言う意味では、或る種の必要悪だと思うんだよ。だとしたら、やっぱり全責任をラッタリカさんにだけ負わせるのはどこか違う気がする。俺としては寧ろ、君の上司こそ敵視する存在だと思う。現に、ラッタリカさんは何の得にもならないのに俺の事を助けてくれた。仮に上司の命令があれば助けなかったかもしれないけど、だからこそあの行為は君の本音だと思うんだ」
「……そう」
何だ、この〝天使〟を上回る善性は? 幾らなんでも、人を美化しすぎだろう? 私が何の損得勘定も無く、任務の妨げになる事も考慮しないで、他人を助けた?
ああ、本当にその通りだ。今でも理由はわからないが、私はつい反射的に彼を助けていた。そこには善悪の秤も、利害の要素も全く存在していない。
ならば私はその場の勢いでつい他人の命を救ってしまう、うっかり屋さんと言う事になる。私はあの瞬間、自分の本質という物をこの上なく浮き彫りにしてしまったのだ。
それがどうにも恥しくて、屈辱で、私はつい目を怒らせていた。
「……中々のお人好しぶりね、君。私の心証が身近な人達を殺す事になるかもしれないのに、そこまでお行儀が良いなんて。やっぱり君って、何かがおかしいわ」
「そうか? ただ面白味が欠けているだけで、それ以外は別に普通だと思うんだけど」
アレ、本気で思い悩んでいる顔。そういう所が、余計、私をイライラさせる。
「……いえ、落ちついて、シャロット。結論は飽くまで公平に、冷静な判断のもとに下されるべきよ。例えどんなにアレな人が傍にいるからって、怒りに身を任せてはダメ」
「……えっと。アレな人って、やっぱ俺の事なのか?」
どこか困った様な表情で、彼は訊ねてきた。私が返答せず、話題を戻す。
「で、調査方法についてだっけ? それなら簡単よ。単に私がこの国の過去に飛び、直接なにがあったか確認するだけだから」
「……過去に飛ぶ? それはつまり、時間を逆行するって意味?」
「ええ、そう言う事。それが私の能力の一つなの。詳しい説明はややこしくなるから省くけど私はタイムスリップ紛いの真似が出来るのよ。未来だろうと過去だろうと、どの時代でも好きに移動する事が可能なわけ」
けど、彼は納得しがたい様に顔を曇らせた。
「ちょい待ち。なら過去に飛ばず、未来に行って、未来の君がどう判断したか調べた方が話は早いんじゃ?」
確かに彼の言う通りだ。未来の私なら、既に全ての仕事を終え、結論に達している筈。その私に接触して、どう決めたか訊けばこの仕事は事もなく果たされるだろう。
「そうね。それもアリかと思ったけど、やっぱり止めておく。この世界の私がどう判断するかは、わからないし」
「……この世界の私?」
流石に意味がわからないのか、彼はただ首を傾げるばかりだ。
やはりその疑問に答える気になれない私は、だからただ一つの問題を口にする。
「でも、余計な先入観を持たない為、私はこの国の歴史をまるで知らないの。だからどの時代に行けば効率よくこの国の事がわかるか、それがわからなかった訳。本当ならこの国の支社に出向いてそれを訊こうと思っていたのだけど、その案は却下するわ。やはりここは、この国の最初から最後までをちゃんと見届けてから、決める事にする」
「んん? それは俺が見ている手前、そうする他ないと思ったから? この国の一面的な部分だけじゃなく、全体を見て査定するというのは、そういう理由?」
……本当に、一々此方の考えを見透かしてくれる。
そう言う辺りが癇に障るのだが、私は飽くまで平静を装った。
「ま、そういう事にしておくわ。では、早速任務開始といきましょうか。凡そ一万年前まで戻って、現代に帰ってくる事にする。私がどう結論するか知りたいというなら、君はそれまでここで待っていて」
「へ? それってつまり、君は一万年万年前から現代にかけ時間旅行するって事? 例え一万年前に遡ろうとも、君は時間の流れにのって現代に帰ってくる。その現代には俺が待っている訳だから、君を待つのは一瞬で済むって事か?」
この自然とも言える意見を、私は概ね肯定する。
「ええ。私にとっては一万年だけど、君にとっては一秒も待つ事は無いわ。私は現代まで進んだら、即座にこの世界のこの時代のこの場所にタイムスリップするつもりだから」
と、こういう事は飲み込みがはやい彼は、私が言いたい事を即座に理解した。
「……成る程。確かに君にとっては一万年間でも、その後この時代に跳躍できるならそれは一瞬って事か。なら、やっぱり俺の役目はここで君を待っているだけでいい訳だ?」
「ええ、その通りよ。じゃあ一寸行ってくるけど、また直ぐに会いましょう――千田勇気」
が、私は直ぐに後悔する。こんな軽い気持ちで、この任務に従事した事を。私はまだ人間と言う物がどういう生き物か、全くわかっていなかったのだ。
そうして、正に想像を絶する私の旅は始まりを告げた―――。
2
「……なっ?」
彼女が、能力を発動する。この時、俺は初めて彼女の――真の姿を目撃した。
彼女の背には光り輝く二つの翼が出現し、頭の上には厳かなオーラを放つ輪が具現する。
それ等がこの少女をこの上なく美しく装飾し、その神々しさを前に俺は愕然とした。
正に――天使。
どこまでも――天の使い。
唾を飲みこむ事さえ出来ず、俺はただ彼女を見送る他ない。
だが、それも束の間の事。ラッタリカさんの姿が消失したかと思うと、即座に彼女はまたこの場に現れる。それは忘れ物を取りに戻ったかの様な、コントじみた絶妙な間だった。
「って、あの、ラッタリカさん……?」
いや、その考えは余りに的外れだ。何故って、彼女の様子は確かに先ほどまでとは違っていたのだから。
ラッタリカさんはその場に跪くと、天下の往来で嘔吐し始める。
吐き終わった後は、その場に横たわり、ピクリともしない。
この明らかな緊急事態に、俺はただ愕然とする。
それでも俺はラッタリカさんに肩を貸し、携帯を取り出して知恵に連絡した。
「知恵かっ? まだあの路地裏の近くにいるッ? 居るならちょっと手を貸してくれ! ああ、うん! ちょっとヤバゲな状況なんだ……!」
ラッタリカさんの身に、何が起きたのかはわからない。俺に理解出来る事は、ただイヤな予感がする、という事だけ。
そうこうしている間に知恵がやってきて、彼女は何の説明も訊かないまま即座に行動する。俺と同じ様にラッタリカさんに肩を貸し、彼女の体を支えていた。
「というか、これ、どう見ても救急車を呼んだ方がいいよねっ? 私達の手におえる症状じゃなかったとしたら、絶対不味いでしょッ?」
危機感を募らせる知恵に、ラッタリカさんはうわ言の様に告げる。
「……いえ、大丈夫。ただ、ちょっと疲れただけ、だから。どこか、休める場所とか、近くにないかしら?」
「……それなら、俺の家だな。ここから三百メートル先にある」
話は――それで決まった。俺と知恵は、二人がかりでラッタリカさんを千田家に運ぶ。家についた後は二階ある俺の部屋に直行し、ラッタリカさんをベッドに寝かせた。
それから直ぐ、ラッタリカさんの意識は完全に途切れたのだ。
「……って、本当に大丈夫かな? やっぱり、お医者様に来てもらった方が良くない?」
「俺もそうしたいところだけど今は様子を見よう。これはただ寝ている様にしか見えないし」
規則正しい彼女の呼吸が、俺にそう連想させる。
知恵は尚も訝しげな様子だったが、暫く思案した後この場に腰かけた。
「そう言えば、雅の奴は? 知恵、彼奴と一緒に帰ったんじゃないのか?」
「うん、途中まではね。でも、家の前に雅ちゃんの友達が待っていて、そのまま遊びに行っちゃった」
「……そっか。何にしても、悪かったな。いきなり呼びつけた上、こんな事につき合わせて」
「別に人助けは〝こんな事〟じゃないよ。それより勇気……なんか私に隠してない?」
知恵にしては珍しく、露骨に疑惑の眼差しを向けてくる。
まさか本当の事を言える訳がない俺は、惚けるしかない。
「そう言えば、女の勘ってのは男のソレより遥かに鋭いんだってな。なら、知恵ならわかる筈だ。俺は別に何も隠してないって」
「………」
ん? アレ? 俺、受け答えを間違えたか? 何か、余計に知恵の目が疑念に満ちている様な気がする。現に、知恵の取り調べは続く。
「この人とは今日知り合った、みたいな事を言っていたよね? で、道に迷っていた彼女を道案内している間に気分が悪くなったと、ここまでは正しい?」
「だな。流石は知恵だ。名推理だと言っておこう」
「じゃあ、もう一つ質問。結局――この人は何処に行こうとしていたの?」
「………」
……不味い。そう訊かれる事は想像がつく筈なのに、俺は不意を衝かれる。この一瞬の間が知恵の疑惑を余計に強めてしまった。
「即答できない、という事は勇気も彼女の目的地は知らなかったと言う事? でも、おかしいよね? それだと道案内役である筈の勇気は、全く意味をなしていないって事なんだから。これって――一体どういう事かな?」
「………」
仮に俺が、察しが良いとしたら、それは全て知恵との長い付き合いが培ったのだろう。今更ながらそう思い知る程に、この日の知恵はキレキレだった。
……ならばどうする? そんなのは、決まっている。ここは――発想を逆転させるだけだ。
「わかった。正直に話す。実は、この人は人間じゃなく天使なんだ。人間の素行を調べる為に天から使わされたらしい。あのトラックも俺がひかれそうになったから、彼女が蹴り飛ばしてああなった」
「……は?」
知恵は当然の様に意味不明、みたいな表情になる。
彼女は俺の額に手をやり、ただ首を傾げた。
「熱は……無いみたいだね。でも勇気って、そんな面白おかしい冗談、言う子だっけ?」
「――いや、本当! 全部――本当なんだ!」
被害者じみた声を上げてみる。
知恵はどう見ても可愛そうな人を見る様な目で、俺を見た。
「わかった、わかったよ。話したくないならそれでいいから。でも、相談する気になったら何時でも言って。愚痴くらいは、聴けると思うから」
知恵はそれ以上、何の追及もしてこない。本当の事を言い、呆れさせるというこの作戦はどうやら成功した様だ。……いや、実にしてやったり。
こうして当面の危機を脱した俺は、ただラッタリカさんの看病に勤しむ。濡れタオルを彼女の額に乗せ、知恵と二人で彼女の回復を待ち続ける。
やがて時刻が午後の五時を回った頃、知恵は思い出した様に立ち上がった。
「……と、私今日夕飯の当番だ。そろそろ家に戻って、用意しないと。勇気、その間ラッタリカさんのお世話、お願いできる?」
「ああ、当然だ。元々この人は、俺の客みたいな物だしな。知恵は心置きなく、自分の仕事に勤しんでくれ」
こうして知恵は一旦自分の家に戻り、俺とラッタリカさんだけが残される。
その時――渦中のラッタリカさんが瞼を空ける。
それはまるで、知恵が退出するのを見計らっていたかの様なタイミングだ。
「いえ、実際その通りよ。彼女が居たら、込み入った話なんて一切出来ない訳だしね」
どこか気が抜けた様に、ラッタリカさんは身を起こす。
俺は彼女に対して、疑問をぶつける他ない。
「……一体何があったんだ、ラッタリカさん? それ以前に、本当に体の方は大丈夫?」
「ええ。体の方は問題ない。問題があるとすれば、それは別の所ね」
一見、冷静に見える。けど、やっぱり何かがおかしい。いや、俺は既にその理由に気付いている筈では? だというのに、それを認めたくなくて、惚けているだけなのではないか?
事実、彼女は告げた。実にハッキリと、この上ない最悪の心証を公言したのだ。
「地獄を……見たわ」
「……地獄?」
この余りに予想通りの展開に……俺はただ息を止めるしかなかった。
◇
そう。それは、ただの地獄だった。思い出したくも無いので詳しい話は省くが、人の歴史とは、ただの地獄の連続でしかない。ただひたすら戦争に勤しみ、互いに殺し合う。いや、或いは戦場で亡くなった方が幸せと思えるくらいの扱いを、捕虜達はされていた。
彼等はただ世間に対する見せしめとして、物の様に扱われていたから。あれが地獄と呼ばずして、何をそう呼べと言うのか――?
地獄とは〝悪魔〟がつくり出す物だと私は思っていたが、実際はまるで見当はずれだ。本物の地獄とは、正しく人間がつくり出す物。勇気が言っていた通り、人とはあらゆる残虐性を想像し、それを実行できる唯一の生き物だ。確かにソレは、紛れも無い事実だった。
「……ええ。特に中世期から、世界大戦の辺りが、最悪だったわ。もう口にしたくないほどの地獄が、ソコにはあった。兵士は勿論、女子供老人に至るまで虐殺は続いた。……いえ、アレはもう死んだ方がマシだったのかもしれない。ヘタに生き残った方が、その地獄はより長く続く事になるのだから。戦時中に限って言えば人間とは正に〝悪魔〟以上の悪魔だった……」
「……やっぱり、そうか」
私とは目を合わさず、下を向きながら勇気は短く答える。
まるでこうなる事は、わかっていたと言わんばかりの様子で。
「いえ……本当に嗤えるわ。私もある程度、覚悟はしていたつもりだったのにね。実際目の当たりにしてみれば、ただ狼狽するしかなかった。何の罪も無い子供が首を刎ねられる度に、不思議に思うしかないの。なぜ人は、ここまで残酷になれるのかって。なんでここまでしなくちゃならないのかが、私には本当にわからない。……いえ、今の私なら、実感できる。君が如何に善良な人間なのかが。彼等と君が、本当に同じ生き物なのかと疑う程に」
が、勇気は首を横に振った。
「……いや、それは買いかぶりだな。もし俺が善良だとしたらそれは生まれてきた時代が偶々平和だったからだ。仮にこれが戦時中なら、俺ももしかしたら反吐が出そうな真似を平気でしていたかも。そう考えると、俺は運が良かっただけだ。俺自身が何かを努力して、こうなった訳じゃない」
そう語りながら、彼は尚も続ける。
「でも、前に歴史の教師が言っていた。〝人間とは恐ろしく賢い生き物だが、同時に同じ位の大バカ者だ〟と。〝その二律背反で釣り合っているのが人間という生き物だ〟と彼は言った。その意味を、俺はもっとちゃんと理解しておくべきだった」
本当に何かを悔いる様に、彼は言葉を紡ぐ。まるで、これで全ては終わったかの様だ。
彼がそう思うのも、当然だろう。私は実際、それだけの地獄を見せつけられたのだから。
「そう、ね。私は、会長に――〝神〟に嘘はつけない。こうなった以上、私が得た心証を、そのまま彼女にお伝えする他ないわ。そうなれば、どうなるかは、わかり切っている」
ここに……全ては決した。
私は人がどんな存在か理解した上で、その全てを会長に伝える。それで彼女がどう判断するかは、自明の理だ。会長は躊躇なく、人類の滅亡を選択するだろう。
それだけの残虐性を、人は秘めているのだから。今はその可能性を押しとどめているだけでまたいつ暴発させるかはわからない。あの二度と見たくない光景が、何時かまた再現されるかわからない。
私はもう、それだけは、絶対にご免だった。
「そう、か。俺を無条件で助けてくれた君がそこまで言うのだから、余程の物を見たんだな。俺達人間の本性は……やはり悪か?」
「そうね。……性善説を唱える人達があの光景を見たらどう思うかは、知りたい所だわ。人の本性はやはり獣の延長線上にあるとしか、私には思えないから……」
故に、私は結論する。
ただひたすらナニカを足掻く様に、その言葉を口にした。
「ええ――だから私は人間を救う事にした。何が何でも、このまま人の歴史を終わらせたりしない――」
「……は?」
勇気が、呆けた声を上げる。
私は今も続く吐き気を堪えながら、続けた。
「だってそうでしょ? このまま人が亡びたら、あの死んでいった人達は本当に報われない。何の救いも無いまま、亡くなっていった事になる。そんな事が果たして許されると思う? 自分達の悲劇が人類滅亡の切っ掛けになったなんて知ったら、それこそ彼等は絶望するわ。なら私はこの事実を覆す他ない。例え地獄以上の地獄をつくり出そうと――私は人を救済する」
天を睨みながら、私は堂々と吐露する。
〝神〟に対する背信行為に繋がるであろうその所業を――私は実行しようとしていた。
「……ちょっと待った。じゃあ、シャロットは俺達の味方になってくれるって事か? 中立の立場の筈なのに、人間を助けてくれるって、そう言うのかよ?」
「ええ。ここまできたら、やるしかない。でも、その為には、大凡の事情を把握している人の手を借りなくてはならない。平たく言えば――勇気の助けがいるという事ね。その覚悟が、果たして君にある? あの地獄を塗り替えるだけの決意が、君にはあって?」
正面から彼を見据え、問いかける。
勇気は、眼を広げながら私を見て、それから呟く様に告げてきた。
「……正直言えば、初めて会った時、俺は君の目が怖かった。なんて目で人の事を見るんだって、驚くしかなかった。けど、本当は違ったんだ。俺が一番怖かったのは、そんな目をしながらも清い存在でい続けようとしている君の信念だ。自分の外見にとらわれない強い決意の様な物を、俺はあの時、君から感じた。だから、君が天使だと知っても、俺は殆ど動じなかったつもりだ。俺の目は――何の狂いもなかった」
「……答えになってないわね。勇気は、このまま人類ごと滅亡したいの? それとも――助かりたい?」
「ああ、そんな事は決まっている。俺は今初めてやりたい事が出来たよ。シャロットは俺に生き甲斐って物を与えてくれた。そう言った意味では確かに君は、人を良き方向に導く天使だ」
彼は立ち上がり、私に対し手を差し出してくる。
それが握手を求めている様だと気付いた時には私も腕を伸ばし、彼の手を取っていた。
「……というか、さっきから私のことシャロットって呼び捨てね? でも、良いわ。一先ずそれが、私に協力する報酬という事にしておく――千田勇気」
「ああ。改めて宜しく頼む――シャロット・ラッタリカ。俺に何が出来るかさっぱりだけど、君なら俺を上手く使ってくれると信じている」
ここに――契約は成立した。
彼は〝悪魔〟ならぬ〝天使〟に魂を売り――私と共犯関係を結んだのだ。
続けて彼は、当然の疑問を投げかける。
「でも、一体どうする気なんだ? シャロットの人間に対する心証は、もう確定しちまったんだろ? それをどうやって覆す気なんだよ?」
「ああ、その事? そこら辺は恐らく問題ないわ。というより、こうなった以上こうするほかない。勇気、私達は――これからこの国の歴史を改変して世界を救うの」
「へ……?」
それから私はもう一度――彼の間の抜けた声を聴いたのだ。
◇
この国の歴史を、改変する? この少女は今、そう言ったのか?
それがどれほど途方もない事なのか気付かないまま、俺は眉をひそめた。
「歴史を改変って……そんな事が可能なのか? いや、それ以前に、何でそんな事をする必要がある?」
「後者の答えは簡単。私は今、この国の歴史を嫌悪している。なら、私が少しでも納得できる歴史になれば、或いは活路が開けるわ。あの地獄を少なからずより良い物に変えれば私の人間に対する心証も幾らか変わる筈。その為に、私はこの国の歴史の改変は必須と言っているの」
「……いや、あの、それって漫画とかゲームだと悪役がし始める事じゃねえ? それを元に戻そうとするのが、正義の味方だろ? つまり――俺達は今からヒール役に徹するって事?」
「平たく言えば、そう。善は少なからず悪に通じていて、悪も少なからず善に通じている。これはそういう事よ。で、前者の答えだけど、これも勇気の協力があれば叶うわ。この国の住人である君が、この国の歴史の改変に同意すれば私もその通り動けるから。但しその場合、君も私と共に行動してもらう必要がある。私と共に過去に戻って、直に歴史を改変していかなくてはならない。それは君の命の危うくする、とても危険な行為よ。それでも構わない――?」
真顔のまま、彼女は訊ねてくる。よく考えてみたら、俺はシャロットが笑ったところを、まだ見た事がない。そんな場違いな事を考えつつ、俺は静かに呼吸を整えた。
「……世界の運命がかかっている上に、俺も命懸けか? 正直ごめんだって言いたい所だけど、俺がやらなきゃどうせ人類ごと消えて無くなるんだろ? だったら、それこそ無駄口だ。良いぜ。なら、早速始めよう。先ずはどの時代で、何をすればいい?」
「その意気込みは有り難いけど、君にはその前にやるべき事があるんじゃない? 妹さんやご両親、それに知恵さんに会っておくべきじゃないかしら?」
が、俺はシャロットの、この気遣いを否定した。
「いや、あいにく俺は淡白な性格でさ。そういうシチュエーションには、まるで興味が湧かない質なんだ。それに、俺は死にに行くわけじゃねえ。そんなつもりは、一切ねえ。何せ、俺には頼りになる相棒が居るんでね。これは俺の勘違いか――シャロット?」
「………」
何か胡散臭い物を見る様な目で、シャロットは俺を見つめる。
だがそれも束の間の事で、彼女は速やかに決断した。
「いいわ、わかった。では今こそ――〝神〟に対する反逆を始めるとしましょう。それで良いならもう一度私の手を取ってくれる、勇気?」
「了解。で、詳しい話は?」
「ええ、現地についてからするわ。じゃあ、行くわよ――相棒」
俺が彼女の手を握ると、やはり表情を変える事なく、シャロットはそう言い切る。
それに頷いた時には、彼女は天使と化して、俺の周囲はまるで一変していた。
かくして俺こと千田勇気は今、前人未到の暴挙に手を貸そうとしていたのだ―――。
と、その前に、この国の歴史について軽く語っておこう。
俺達の祖国ラディウズ共和国は、大まかに分けて八つの時代が存在する。
凡そ二千四百年前に築き上げられた、ハーンズ皇朝。
凡そ千八百年前に興された、ルドハッド皇朝。
凡そ千五百年前に誕生した、ギルクント皇朝。
凡そ千年前に生まれた、シスカトリネ皇朝。
凡そ五百年前に立ち上げられた、ズーナス皇朝。
凡そ三百年前に成立した、グオルグ皇朝。
凡そ百五十年前に一新された、大ラディウズ帝国。
そして最後に五十年前に民主主義国家となった、ラディウズ共和国である。
いや、これは本当に大ざっぱな説明に過ぎない。各皇朝の間には、戦国時代が長期にわたってはさまれているケースも少なくないから。
特に、シスカトリネ皇朝からズーナス皇朝にかけては、百年間内戦が続き大混乱に陥っている。その反面グオルグ皇朝末期から大ラディウズ帝国に至る道は、僅か一年ときている。
グオルグ皇朝の末期に、画期的な産業革命が起き、第一次世界大戦が勃発。それが切っ掛けで近代的な帝国が成立。以後、かの国は他の国を巻き込み、更に二度の世界大戦へとその身を投じてゆく。大陸の西にある直径三千キロに及ぶ球状の国家ラディウズは、そんな歴史を歩んできた。
簡単に説明すればそういう事なのだが、逆に詳しく説明するととても時間が足りない。それだけで、多分本一冊分くらい出来てしまう。それでは本末転倒なので、ここは速やかに話を進めようと思う。
けど、その筈だったが――俺とシャロットは早くも予想外の展開を迎えていた。
「……やっぱり、アレはホントだったのね?」
「……お前、どうしてっ?」
シャロットの手は現在俺の他に、もう一人、別の誰かの手が添えられていた。
誰かと言えば、それは紛れもなく――あの葉月知恵である。
恐らく時間を跳躍する前に駆け足で俺の部屋に飛び込み、シャロットの手を取った。でなければこの状況は、とても説明がつかない。
「どうして、ね。理由を挙げれば、さっきの勇気の天使云々の説明に引っかかりを覚えたからかな? でも、仮に私があれ以上追及しても、きっと勇気ははぐらかすばかりでしょう? だから、ちょっと嘘をついて、君達二人の様子を窺った訳。私があの場から離れれば、きっと事態が動くんじゃないかと期待して。実際、そうだったよね? 私が部屋から出ていった瞬間ラッタリカさんは目を覚まし、普通じゃない会話を始めた。その上、今度は時間を遡って歴史を改変するとか言い始めるんだもん。なら、私としては、何もせずこのまま二人を行かせる訳にはいかない。そう思って、私も二人に同行させてもらったわけ」
俺達同様、深い森にその身をおく知恵はそうまくしたる。
この知恵を前に、シャロットは目を細めて何やらぼやく。
「……そう。どうやら私は、思った以上に消耗していた様ね。第三者の『霊力』を察知する事さえ疎かにしていたんだから。だったら、それを踏まえた上で問うわ。知恵さんは、私達を止める気?」
知恵は、飽くまで淡々としていた。
「何故そう思うのかな? このまま歴史を改変すると、或いは私や勇気の存在自体消えてしまうから?」
「俺や知恵の存在が……消える? と――そうか!」
「うん、そういう事。歴史って言うのは、それこそ繊細な物なの。史実通りに誰かが誰かを殺さなかっただけで、何かが大きく変わる位。具体的に言えば、こういう事だね。例えば勇気の祖先になる人が、この時代にも当然いるでしょう? その人はある人と子供をつくって、その子供もまた勇気の祖先となる。けど仮に死ぬべき人が死なず、その勇気の祖先の人とくっついたりしたらどうなるかな? この時点で勇気の一族の歴史は狂って、勇気は生まれなくなるんじゃない? ラッタリカさんは今、そのぐらい危険な真似をしようとしているんでしょ? それとも全人類が助かるなら、多少の犠牲は仕方がないと考えている? 例え私や勇気が消滅しようと――世界の救済を優先するべきだと割り切った?」
何時もは笑顔を絶やさない知恵が、真顔で訊ねてくる。
俺もシャロットに向き直るが、彼女はただ不穏な事を告げる。
「――だとしたら?」
「………」
それで俺は言葉を失うが、知恵は黙ってはいなかった。
「つまりあなたは、世界の為に私達を殺すって事ね? でも、わかっている? それは私達にとっては、世界の終りと同意語なんだって。だって世界が終るのも、私達という名の世界が終るのも、当事者から見れば大差ないもの。よく悪者が世界を終わらせる為に正義の味方と戦う事があるけど、私からみれば徒労だわ。だってその悪者自身の命さえ断てば、それだけで世界は終わるんだから。死ねば何物にも干渉できないという点においては、世界の終りも個人の終わりも大差ない。私はそう考えているのだけど――これは誤り?」
「つまり、知恵さんは世界の為に死ぬ気はないと考えている? 例え世界が救われようと、その世界に自分の居場所が無ければそれは世界の終りと同じ。そう思っている訳ね?」
「――だとしたら?」
今度は知恵が、シャロットと同じ言葉を口にする。
このチリチリとした空気の中、ただ俺だけが、額に汗を滲ませていた。
「いえ、さすが勇気の幼馴染だと思っただけ。私が〝天使〟だと理解した上で、それだけの口がきけるのだもの。その気構えは、称賛に値するわ」
「答えになってないよ、ラッタリカさん。それともそれは、私が納得する答えを考えつくまでの時間稼ぎ?」
女子同士の……緊迫したやりとりは続く。仮にこれが雅なら頭頂部をどついて終わりにするのだが、相手は知恵だ。俺が宿題を忘れる度に、お世話になっているあの知恵さん。他にも俺の素行のフォローをしてくれる彼女に、俺はまだ何も言えずにいる。少なくとも……まだこの時点では。
と、この極限状態の中――シャロットはよくわからない事を言い始めた。
「そうね。だとしたら知恵さんは怒り心頭といった所でしょうけど、でも、その読みは外れ。二人は『死界論』という物を知っていて?」
「……『死界論』?」
知恵も初めて聞くのか、訝しげな表情を見せる。
「ええ。平行世界の概念に近いかしら? けど、規模はそれより遥かに上ね。この世界には、実は一つの目的があるの。その目的を果たす為に宇宙は存在しているのだけど、それは膨大な数に及ぶ訳。何故なら現世の前にも、宇宙は存在しているから。世界の目的を果たせなかったその宇宙は停止し、今は死に絶えている。その数は――実に七十兆個に及んでいるわ。私達の世界は、それだけ多くの宇宙の屍の上に成り立っているのよ」
「……停止した、宇宙? ああ――もしかして、そういう事か?」
ある仮説に行き着いた俺は、思わず口を挟む。シャロットは、得心した様に頷いた。
「さすが。多分、当たりよ。私のこの時間移動の能力は、現世では使用できないの。いえ、私だけでなく、全ての能力者は過去への逆行は出来ない。それは世界が許容できない程の混乱をもたらす行為だから。つまり私の時間移動は現世の過去ではなく――『死界』の過去へ戻っているという事。七十兆個ある『死界』の一つに赴き、その上で過去へと遡る。現世の人間が『死界』に行き着けば、それだけでとまっていた世界はまた動き出すから。だとしたら、どういう事になるかしら?」
彼女の質問に、俺はすかさず返答する。
「要するに、別次元にあるこの世界の歴史を変えた所で――現世には何の影響も無い?」
「そういう事。極端な話、仮にこの世界を滅ぼした所で、勇気達の世界は何も変わらない。私が改変した歴史のデータを、勇気達の世界に投影しない限りは」
「改変した歴史のデータを……俺達の世界に投影?」
「そう。それも、私の能力の一つ。私は様々な情報を物体化して保存し、持ち運びする事が可能なの。そうね。パソコンのデータを保存するディスクを想像してもらえば、わかりやすいかもしれない。私の目的は歴史を改変し、そのデータを集める事。その上である『死界』に改変したデータを全て投影し、理想的な歴史をつくり出す。そのデータを私の記憶に上書きし、あの地獄の様な記憶は無かった事にする。そうなれば――どうなるかしら?」
そんな事は、決まっている。それでも俺は、半信半疑でシャロットに問い掛けた。
「……神に嘘をつかず、ラディウズの歴史には何の問題も無かったと報告出来る?」
「正解」
俺を指さしながら、シャロットは断言する。
俺には気持ち、彼女の顔がほころんでいる様に見えた。
「けど、それには三つほど問題があるの。実は私が改変できる歴史は――三つだけなのよ」
「三つ? なら、大まかに分けても八つある時代の中から、三つ厳選して歴史を変えなければならない?」
「そういう事。故に私はまず――シスカトリネ皇朝期にワープしてきた訳」
すると、知恵の表情が更に険しくなる。
「――シスカトリネ皇朝。話に聞くあの大乱の原因となった皇朝、ね? つまりラッタリカさんはあの大乱を無かった事にする為、動こうとしている?」
「それも、正解。確かに他の時代でも、戦争はあったわ。けどシスカトリネからズーナスに変わるまでの大乱は、余りに長すぎる。しかもこの時代は、下剋上が成立していた。身分の低い者が成り上がろうとして、冷酷な判断を下す事も多かったわ。敵国の村人数千人の首を刎ね、敵国の砦前に並べ、脅しをかけるなんて話がざらにある位。私はそんな悲劇を、全て無かった事にしたいのよ」
「………」
と、知恵が謎の沈黙を見せる。彼女は何かを、深く考えている様だった。
知恵がその答えに辿りつく前に、シャロットが声をかけてくる。
「で、ここまで聞いてもまだ知恵さんは納得がいかない? このまま行けば、確実に世界は終わるというのに?」
「そうだね。仮に、ここでラッタリカさんに死んでもらっても、やっぱり結果は変わらないだろうしね」
「は、い?」
今、知恵はなんて言った? しかし俺の驚きとは裏腹に、シャロットは尚も冷静だ。
「ええ。単に私の代りに別の〝天使〟が派遣されるだけ。しかもその〝天使〟が、私の様に考えるかはわからない。いえ、私と違い、そのままの心証を〝神〟に報告する可能性の方が高いと思う。だとしたら、果たしてどうなるかしら?」
すると、知恵は嘆息する。それから彼女は両手を肩の位置まで上げ、言い切った。
「わかった――私の敗け。あなたが言っている事が全てホントなら、私達人類はあなたのプランにのるしかない。散々ごねて、時間を浪費させて悪かったよ」
「それは要するに、あなたも私の策にのってくれるという事? ラディウズでも学力上位のあなたも?」
「うん、私で良ければ。多分、勇気よりは歴史も詳しいと思うし。でも、もう一つだけ確認させて欲しい事があるんだ」
知恵は一度言葉を切り、それからやはり真顔でソノ疑問を投げかけた。
「天使や神が居るという事は――悪魔や魔王もとうぜん居るという事なのかな?」
「は……?」
よって――俺はやはり愕然としたのだ。
◇
天使や神が居るなら、悪魔や魔王も居る。それは、自然とも言える発想だった。
なら、私の返答は決まっている。
「ええ、知恵さんの想像通りよ。あなた達が〝悪魔〟や〝魔王〟と呼ぶ類の者も、普通に存在する。でもそうね。〝天使〟と人間、それに〝悪魔〟の違いというのは、実に単純なの。〝天使〟は、自分が正しいと思える事にしか〝力〟が使えない。逆に〝悪魔〟は、自分が悪だと考えている事にしか〝力〟が使えないの。人間は、正にその中間ね。善行にも悪行にも等しく力を振るえるあなた達は、だからある意味私達より融通が利く訳。いえ、そんな事より知恵さんが危惧しているのは、別の事なのでしょう? 〝天使〟である私が動けばその動向を察し、この時代の〝悪魔〟も動くのではと考えている」
「うん、そうだね。仮にそうなったら、ラッタリカさんはどうする気なのかなと思って。その場合、悪魔に関してはラッタリカさん任せでいいのかな? 例え――魔王クラスの存在が立ちふさがったとしても?」
知恵さんはそう期待するが、それとは逆に、私の答えは如何にも心許なかった。
「どうかしら? 因みに七人いる〝魔王〟は、二枚羽の〝天使〟では数千万人がかりでも勝てない存在よ。〝魔王〟とはそれだけの力を持った、言わば私達の天敵ね」
「……要はシャロットでも勝てない、と?」
私は、語るまでも無いと言う様に目をつぶる。
「いえ、それと同じくらい重視しなければならないのは、三つ目の問題ね。実は私、人間に対してはよほどの悪人ではない限り、自衛しか出来ないの。つまり、私は暴力を行使して為政者の意思を変える事は出来ないという事。なら、私達は、力以外の方法で歴史を改変するしかない。それがどれほどの難問か、二人にはわかってもらえると思うのだけど、どうかしら?」
「力による改変は、無理? じゃあ、基本、話し合いで何とかするしかないって事か?」
「そうなるね。その場合、私達のアドバンテージは、この先の出来事を知っているという事だけ。この情報を生かし、どうにかやりくりしていくしか手段は無いと思う」
勇気と同じ様に、思い悩みながら知恵さんは頷く。
ならばとばかりに、私は一つの吉報を二人にもたらした。
「ええ。でもその反面、この時代に関しては既に攻略法を考えてあるの。上手くいくかはわからないけど、この時代なら或いはという方法を」
「へえ?」
知恵さんが、感心した様な声を上げる。対して勇気は――何やら眉をひそませていた。
ではここでシスカトリネ時代について、簡単に説明しよう。
シスカトリネ皇朝は、天貝義正がギルクント皇朝を倒す事で成立した。多くの皇朝がそうであった通り、五百年栄えたギルクント皇朝も衰退の限りを見せたのだ。
最後の皇帝となる氏河才瓦は好色に溺れ、側女達の家ばかりを優遇した。その為に無理な税収を行い、民衆の怒りを買う事になる。
元々は貴族で、その後、武士に転じたと言う変わった経歴をもつのが氏河家だった。だが既に氏河家にはかつての武門としての誇りは無く、才瓦には驕りと傲慢しかなかった。
末期となったその氏河家唯一の美点は、宰相に春日有近を据えた事だろう。彼は内政よりも軍事に長け、多くのクーデターの芽を摘んできた。
その反面、許すに値する者は許し、逆に己の旗下に加えるという器量さえ持ち合わせていた。誰を殺せば民衆の不満が高まるかを良く熟知し、それを避けてきた彼の功績は甚だ大きい。間違いなくギルクント皇朝の寿命を十年は伸ばした彼だが、その最期は壮絶だった。
一方、大陸の南西で兵を挙げた天貝義正は、元は農民の出だった。そんな彼が多くの人々から支持を集めた理由は、彼の母にある。義正の母は新たに錬念教という宗教をおこし、その神の名のもとに人々を救済したのだ。重税に苦しむ民衆を集め、自身が住む町をギルクントから独立させ、特区を設ける事になる。日増しにその人口は増し、その力は方々の豪族達も無視ができない程に膨れ上がっていた。
ならば、後の事は説明する事も無いだろう。人の和と大義を手にした天貝義正は、遂に民衆の大敵でしかなくなったギルクントに宣戦布告。兵を進める度に彼のもとには豪族が集結し、五十万の大軍となって首都メルマに押し寄せた。
対して春日有近は、この日を予見していた様に行動する。あろう事か、彼は主君と自身の根城であるメルマ城に火を放ち、皇帝ごと焼き討ちしたのだ。彼が今日までギルクントを長らえさせたのは、そういう事だったから。
有近は次の政権の受け皿となり得る人物の登場を、ただ待ちわびてきたのである。仮にこの彼の忍耐と決断が無ければ、国は内乱状態となって、より長期に渡り民を苦しめただろう。だが義正の登場により自分の役割は終わったと悟った有近は、その時点で主君と共に心中した。
この英断を称え、義正は有近の親類を厚遇。彼を歴史上まれに見る英雄だったと褒め称えてさえいる。ここにギルクント皇朝は途絶え、新たにシスカトリネ皇朝が誕生する事になった。
それから紆余曲折あり、かの皇朝が四百年程続いた頃その問題は起きた。ラディウズ史上、最も宗教色が強かったかの皇朝は、それ故悩み苦しむ事になる。皮肉にも義正の母がおこし、ギルクントを倒したその錬念教が後の大乱の要因となったのだ。
というのも、他では無い。私達が居る時代、つまり建国から四百年が経った今、錬念教は二つに分かれている。
旧錬念教と――それを改革しようとする派閥の新錬念教の二つに。
現皇帝、天貝義輝の元義理の父は旧派に属し、彼の母は新派に属している。両者は義輝の息子と娘をそれぞれ抱き込み、義輝にどちらが後継者に相応しいか迫ったのだ。
だが、この時代の人々は知る由も無い。この骨肉の争いが、やがて国家を巻き込んだ大乱にまで膨れ上がるその史実を。私達三人は現在――そんな渦中に身を投じていた。
「で、結論から言えば、天貝義輝はどちらも後継者に選べなかったんだよね。何故なら彼は、ある日急死する事になるから」
暗い森を抜け、高台に至った頃、知恵さんが告げる。
私は即座に首肯した。
「そういう事ね。いえ、私としては改めて宗教の力は凄まじいと思うばかりだわ。その後二つの派閥は他の豪族達に呼びかけ、彼等はこれに応じてしまうのだから。結果、両者は武力を以て後継者を決めようと争う事になるのだけど、これが不味かった。この戦は二十年も続き、国は急激に衰退して、やがて豪族達は気付く事になる。宗教を政治に絡ませる事が、どれほど危険な事かを。宗教と言う大義名分を得た自分達が、どれほど残虐な行いをしてきたか彼等は悟ったから。国をおこしたのは錬念教だけど、同時に国を滅ぼしたのも錬念教だった。それ故、この教訓から彼等は政治から宗教色を排斥し、シスカトリネ皇朝の権威は失墜する。一応この後も八十年続いた事になっているけど、彼等におもねる豪族は稀有と言って良い。シスカトリネ皇朝は正に死に体となり、その再興を叫ぶ人間もほぼ存在していないわ。お蔭で他の豪族はもうやりたい放題し放題。天貝家の停戦命令も聞かず、戦争に明け暮れ、民衆は地獄を見る事になる。皮肉にも、ギルクント皇朝はあれほど鮮やかな幕引きをしたのに、天貝家はそれに失敗した。彼等はこれ以後百年も続く――内乱の火種をつくる事になったのよ」
「……だったけか、確か」
曖昧な返事を、勇気はしてくる。私はただ、嘆息するしかない。
「ええ。そこで疑問なのだけど、なぜ人間は他人に対してあれほど残酷になれるの? 何の罪も力も無い村人を捕えては処刑し、それを敵国に対する見せしめにする。あれには一体、どんな意味があると?」
どうにも理解不能な疑問を、口にする。
知恵さんは一度だけ眉間に皺を寄せた後、明言した。
「いえ、あれは、味方の被害を最小限に抑える為に手段ね。領主にとっては敵の国の住民の命より、味方の兵を生かす方がよほど重要なんだよ。だから惨殺したその遺体を、平気で見せしめに出来る。それで敵が戦意を喪失し、降伏すれば、戦わずに勝利できるから」
「つまり、戦国時代の人間には弱者を尊ぶ意思は無い……と?」
知恵さんは実に言い難そうに、頷く。お蔭で私は、尚も肩を落とすしかなかった。
「ちょっと待て。確かにラディウズ史には目を被いたくなる様な内乱があったが、平和な時代もあった筈だぞ。シャロットは、その辺りはどう評価しているんだ?」
「ああ。平和な時代は変化が無くてつまらないから、時間を早送りしたのよ、私」
普通にそう口にすると、珍しく勇気は声を荒立てた。
「――いや、その辺りの時代とか実に重要な部分だろっ? 人間は争いだけじゃなく、ちゃんと建設的な文化も築けるんだっていう証拠なんだから!」
「そうね。そう考えると、確かに勇気の言う通りだわ。平和な時代に生まれれば、多くの人達はその環境に適応する。逆に争いの時代に生まれれば、多くの人達は他者の命を奪う事に疑問を抱かない。要するに人間は、環境によって善悪が左右される生き物と言う事ね。即ち――それだけ危うい存在とも言える」
「……ま、そこら辺は否定しねえよ。俺だってどっかの国が本気で攻めてきたら、殺す気で追い返す事くらいはするだろうし」
そうは言いつつも、勇気は不満そうだ。こういう時、改めて思う。〝天使〟と人間とでは、やはり若干価値観が違うのだと。いや、それも私の勘違い? 私も実は、人間と変わらないのだろうか? だって確かに私でも〝悪魔〟が攻めてきたら応戦せざるを得ないのだから。そう言う意味では、私達〝天使〟も人間と大差はない?
「ま、良いわ。詳しい説明も済んだし、そろそろ本題に入りましょうか。今後の計画についてだけど、私達はまずどちらの派閥が皇帝に相応しいか判断する必要があるわ。その為にも、何とか田島吉見が推す天貝義仲と、天貝菊子が推す天貝女欄に接触しなくては」
因みに田島吉見というのは現皇帝の元義理の父で、天貝義仲は皇帝の息子である。天貝菊子は皇帝の母で、天貝女欄は皇帝の娘に当たる。
要はこれから起こる――『錬念教の乱』の当事者達という訳だ。
「それは、どちらが今後もシスカトリネ政権を平和に続かせる事ができるか、推し量るって事? その為の、確認作業って事か?」
「そういう事ね。私は遠目でしか件の四人を見ていない。実際、どんな人物か知らないのよ。まずその辺りを押さえておかないと、私の計画は破綻するわ」
「――だね。仮に一時的に戦争を回避しても、別の要因が働いて大乱を招いたら意味がないもん。ラッタリカさんの意見は、私も正しいとは思う」
「ん? ……それは含みがある言い様ね? 知恵さんは、何か懸念でもあって?」
「うん。この場合、問題は二つあると思う。第一に、どうやってその四人と接触するか。第二に、仮にどちらも大した器量じゃなかった時、私達はどうするべきかって事」
「………」
また痛い所をついてくるな、知恵さんは。だが、忌憚なくこうして意見してくれるのは、私にとって非常に有り難い。私が〝天使〟だと知って尚、態度を変えないその姿勢は、敬意に値する。良薬は――口に苦しとも言うし。
「いや、前者の辺りは、多分問題ねえ。本当に多分だけど、何とかなるんじゃねえかな?」
下を見ながら歩を進める勇気が、そんな事を告げる。今度は、私が眉をひそめた。
「つまり、何か策があると? 勇気は、一体どんな悪だくみを思いついたのかしら?」
「いや、俺が考え付く事なんだから、大それた事じゃねえよ。ま、全ては朝になってからだ。というか、それより問題なのは飯と寝床だな。俺は別にどうとでもなるけど、知恵達はそうもいかないだろ? ……一体どうした物か?」
「と、その事? なら、それこそ問題ないわ」
「はぁ」
生返事をする勇気に対し――私は己が〝力〟の一端を彼等に披露した。
◇
俺が改めて――〝ああ、やっぱこの人は本当に人間じゃないんだな〟と思ったのはこの時。シャロットは一枚のディスクを取り出したかと思うと、それを地面に置く。たったそれだけの事で――俺達の目の前には一軒家がそびえ立っていた。
「ん? 二人共、何を驚いているの? 言ったでしょう? 私は色んな情報を保存できるって。この場合、家やそれに付随する食料をこうして解放状態にしただけ。特に驚く事じゃないわ。じゃあ、そういう事で。私は右の部屋を使うから、二人は残った部屋を自由に使ってちょうだいな」
話はそれで終わった。愕然とする俺達を余所に、シャロットは家の中へと消え、俺と知恵は顔を見合わせる。確かに時間移動に比べたら大した事では無いと己に言い聞かせ、俺達も彼女の後に続いた。
で、棚の奥にあった飲料水を飲み、サバや肉の缶詰を三つほど食べた後、俺はさっさと床に就く。当然の様に電気も水道も通っていないので、他にする事が無かったからだ。
そんな時、俺が使っている部屋の扉が二度ほど叩かれる。それがノックだと気付いた頃、俺は応対の声を上げていた。
「って、知恵か。一体どうした?」
開かれた扉の先には、懐中電灯を片手にした知恵がいる。そう確認しつつも、俺は内心眉をひそめていた。
長い付き合いである為か、知恵は此方の声色を聞いただけで、俺が何かを訝しんでいる事に気付いたらしい。
「いえ、勇気こそどうしの? 私の顔に、何かついている?」
「あ、いや、知恵が髪を下ろしたところ、ひさしぶりに見たと思って」
「そうだっけ? と……確かにそうかもしれないね」
何時も後ろで髪を纏めている知恵は、なぜか困った様に笑う。
そのまま彼女は俺の部屋まで入ってきた後、真顔で問い掛けてきた。
「というか、相変わらず勇気は呑気だなー。本当にわかっている? 私達が失敗したら、人類は亡びるかもしれないって?」
「ああ、その話か。わかっているかどうかで言えばあんま実感がわかないっていうのが本音かね。まだ歴史上の人物にお目にかかった訳でもないし、途方に暮れてっていうのが実情だな」
「だね。自分から押しかけておいてなんだけど、そこら辺は私も同じかも」
考えてみれば、知恵の行動力は凄まじい。あの冗談としか思えない会話を耳にしただけで、俺達について来ようと思ったのだから。
これが俺だったら〝何言っているんだ、こいつ等?〟で終わっていただろう。
「うん、そうだろうね。だからこそわからないんだけど、ラッタリカさんは何で勇気を相棒に選んだのかな? 只の高校生だと認識しているであろう勇気を、この一大事に巻き込んだ理由は何?」
「は? いや、そういう事は普通、本人に訊くべきじゃねえ? 俺に言われても、答えなんて返せねえよ」
俺の正論に、知恵はあろう事か暴言でこたえてくる。
「一応訊いておくけど――勇気ってラッタリカさんにホの字?」
「は……ッ?」
……むせた。水も飲んでいないのに、唾が気管に入りそうになった……。
「いえ、それともラッタリカさんが勇気に恋をしている? そう考えた方が、整合性もあって合点がいくかな?」
「……待て。勝手に話を進めるな。シャロットが……俺に気がある? そんな訳がないだろ? 確かに恋人はいないと言っていたけど、だからといって昨日今日あった男に恋する訳がない」
「そう? 勇気はその昨日今日会ったラッタリカさんの事を、少なからず意識しているのに? でなきゃ、彼女の名前を呼び捨てになんてしないでしょう?」
……また痛い所ついてくるな、コイツ。この様に、知恵は気心が知れた人間には容赦がない所がある。現に、彼女は更に続けた。
「でも、これだけは知っておいて、勇気。私達は人間で、彼女は天使だという事を。今は任務があってラディウズに居るけど、それが終われば彼女は故郷に帰る。天使って言う位だから、きっとそこは人間じゃ立ち入れない場所でしょう。つまり、私達と彼女の関係は一期一会という事。彼女は何れ、絶対に私達と別れなくちゃいけない。私はその事を、勇気は予め知っておくべきだと思ったの。私は勇気に――傷ついて欲しくないから」
「………」
俺がシャロットと別れたら、傷つく? この出会いは刹那的な物で、決して永遠では無い?
ああ、本当に知恵の言う通りだ。俺は人間で、彼女は天使。きっとこの隔たりは、男女を分かつ溝よりよほど深い。例え俺がどれほどシャロットを気にかけようと、その事実は変わらないだろう。知恵は――その現実を理解しろとわざわざ忠告しに来てくれたのだ。
「だな。知恵の言う通りだ。サンキュー、知恵。その事は、ちゃんと肝に銘じておく」
「……そこで〝余計なお世話だ〟って怒り出さないのが勇気の凄い所だよね。ま、良いわ。私としては、勇気が他人に興味を持つこと自体は、良い事だと思えるから。私が言いたい事はそれだけだよ。じゃあお休み、勇気。また明日も頑張ろう」
最後にそう言い残し、知恵は部屋から出ていく。
その後ろ姿を、実のところ、俺は無言で見送る事しかできなかった―――。
で、瞬く間に朝を迎えた。早い内に就寝した俺は、その為、夜明けと共に目を覚ます。その体のまま家を出て、俺は肺一杯に空気を吸い込む。排気ガスが存在しないこの時代の空気は、現代に比べると澄んでいる様に感じられた。
その時、背後から声をかけられる。
「見た目より早起きなのね、君は。割と怠惰なイメージがあったから、これは一寸した驚きだわ」
相変わらず、シャロットのもの言いはどこか棘がある。
なのに悪い気はしないのだから、やはり彼女は天使なのかもしれない。
「いや、その偏見に間違いはないぜ。俺は、休める時はとことん休む質でね。休日は昼まで寝ているのが常だ。その反面気は小さいから、やるべき事があるとウカウカ寝ている気にもなれない。これは単に、それだけの事だな」
「それは結構。勇気にもやる気がある事がわかって、少し安心した。なら、そのやる気がなくならない内に作戦開始と行きましょうか。知恵さんが起き次第、私達は首都ロッドルウを目指す」
「だな。上手くいけば――二、三日中に決着がつくかもしんねえ」
そう確信しつつ――俺はただその時を待った。
「って、二人とも早いね。特に勇気。今日は休日みたいな物なのに、早起きとかちょっとありえないんだけど?」
知恵はそう口にするが、それでもまだ時刻は朝の六時を回ったばかりだ。俺は単に急かされる様に起床しただけで、シャロットは元から早起きなのだろう。
そう納得しつつ、俺は彼女に確認した。
「で、役者は揃ったけど、これからどうするんだ? シャロットの天使パワーで、首都までひとっ飛びって訳にはいかないのか?」
「残念ながら、それはちょっと無理ね。現在私の〝力〟の大部分は、歴史の改変とある事に向いているから。なので、ここは徒歩でロッドルウまで赴くしかない」
話は、それで決まった。
俺達はその足で首都へと向かい――いよいよ歴史の改変作業に乗り出したのだ。
そこから先は、一気に話は進んだ。俺達三人は、昼には事もなくロッドルウ城がある首都に到着し、城下町に入る。
街で情報収集をし、腹ごしらえをした後、うどん屋で改めて街で得た情報を整理した。
「成る程。既に田島吉見一派と、天貝菊子一派は別居状態にある訳ね。ロッドルウ城から出て各々自分達の別邸でそれぞれ敵の動きを警戒している。これは私達にとっては実に好都合だけど、問題が一つある。果たして――どちらの家を先に訪ねるべきか? この辺りに関して、勇気達は何か意見はある?」
「んん? いや、そもそも何でそんな事を問題視しているんだ、シャロットは? この場合、どちらが先でも別に構わないんじゃ?」
が、彼女は首を横に振る。
「まさか。これは宗教対立を装った、れっきとした権力争いなのよ。訪問を後に回された方は間違いなく気分を害するでしょうね。〝こちらの訪問を後にし、あちらの家を優先するとは何事か?〟と言った感じで。そこまでは避けられないかもしれないけど、気にするべきはその度合い。私達はどちらを優先すればその心証の悪さを最小限で抑えられるか、推し量る必要がある。これは、そう言った意味」
「だね。下手をすれば、後にした方は、会う事もできず追い返される可能性が出てくる。それは、避けたい所かな」
「いや、ちょい待て。その程度の事で怒り出す様なら、それこそ器が小さいって事じゃねえ? そんなやつに、この先の未来とか託せねえだろ? そう言った意味じゃ、やっぱどっちを先にしても同じじゃねえか?」
「一理あるね。けど、この時代の権力者は現代以上に面子にこだわるんだよ。部下達に自分は絶対的存在だと認識させる必要があるから。今は法律で立場はある程度保障されているけど、この時代の為政者は力と発言権が全てなんだ」
まるで諭す様に、知恵は語る。……そう言われてしまっては、俺も思い悩む他ない。
「なら、そうだな。ここは田島を優先するべきかも」
「へえ、その心は?」
「男って言うのは、無駄にプライドが高い生き物なんだよ。その辺りは、女子以上と思ってくれて構わない。見栄っ張りというか何というか。そういう意味では、田島も義仲も男だしさ。女子コンビである菊子と女欄を先にするよりかは、ダメージが少ない気がする」
男目線で、語ってみる。けれど、シャロットはここでも反論した。
「いえ、女子の嫉妬具合も甘く見てもらっては困るわ。ぶっちゃけ、女子は男子よりよほど陰険よ。自分達とは毛色が違った存在を、敵視さえする傾向にある。歴史的観点から見ても、女性の権力者が男性の権力者より残酷な行いをしたケースもあるし。そう言った意味では、予断は禁物だわ」
では、一体どうしろと?
俺としてはもう首を傾げるしかないのだが、シャロットは不敵に断言する。
「なら、そうね。やはりここは――菊子派を優先する事にしようかしら」
「んん? それは、何故?」
「だって、女子に興味を持たない男性なんて居ないのでしょう? なら私が美人だと知れば、例え後回しにされても田島はもの珍しさに惹かれ全てを許す。何としても私に会いたがる筈よ。私としてはそう確信しているのだけど、これは間違い?」
「………」
真顔で言い切りやがったな、このアマ。
確かにシャロットは美人だが、この重要な局面でそれを持ち出す辺り、途轍もない自信だ。
「ま、私が駄目でも知恵さんが居るしね。そう言った保健もあるなら、やはりここは菊子派を優先でしょう?」
知恵を横目で見ながら、彼女は語る。当事者である知恵は露骨に呆れた様な溜息をつくが、今のところ反論はない。恐らく知恵にもどちらを優先するべきか、他に判断する材料がないからだろう。
「わかった。なら、その方向で話を進めてみよう。知恵もそれで良いか?」
「ま、仕方ないね。でも、厭だなー。同意した以上もし失敗しても私も同罪で、だから文句も言えないなんて」
珍しく愚痴をこぼしながらも――知恵は項垂れる様に頷いた。
◇
数十分後、私達は天貝菊子の屋敷に辿りつく。其処は五千坪程もあるであろう立派な屋敷で当然の様に門には見張りの衛士が立っている。その彼の姿を一瞥した後、私達は作戦通り動く事にした。勇気が立てた作戦通り、私達は事を運ぶ。
千田勇気は、無造作に門番に話かけた。
「失礼。菊子殿と女欄姫に、取り次いで欲しいのです。ある方が、あなた方に御目通りを願い出ていると」
「……ある方? 確かに、貴殿は見慣れぬ格好をしている様だが、それはどう言った素性の方か? それを公にして下されなければ、私としても対応しきれぬ」
「尤もな御意見です。ではお目にかけましょう――我らが主を」
私の前に立っていた知恵さんが、二歩横に動く。その時点で私の姿は門番にもハッキリ見られる事になったのだが、問題はその反応だ。
「……なっ! 貴殿の主とは――まさか異国の方かッ?」
黒髪が普通であるラディウズ人とは異なり、金髪緑眼である私を見て門番は驚愕する。
勇気は、素知らぬ顔で続けた。
「ええ。東の国からお忍びで、遥々シスカトリネに足をお運びになった、シャロット姫です。かの姫は様々な国の様々な人々と会い、見分をお広めになるおつもりでして。噂に聞く菊子殿と女欄姫にもお会いになりたいとの事。どうかその旨、菊子殿達にもお伝え願えますか?」
「……な、成る程。了解した。では、急ぎ取り次いでみよう」
よほど私の容姿にインパクトがあったのか、話はとんとん拍子に進む。
戻ってきた門番の答えは、私達が期待した通りの物だった。
「お待たせした。菊子様は、ぜひお会いしたいとの事。私がご案内する故、どうぞこちらに」
かくして勇気の作戦は成果を上げ――私達は漸く歴史改変の為の一歩を踏み出した。
屋敷に通された私達三人は、長い廊下を進む。
その間に――私は一つの余技を勇気と知恵さんに披露する。
《ええ。どうやら、ここまでは順調ね》
「……なっ?」
私がテレパシーを送ると、勇気は思わず声を上げ、知恵さんは立ち止まる。
それを奇異に感じたらしい案内役の衛兵は、私達に視線を向けてきた。
「どうかなされたか? 何か気にかかる事でも?」
「……あ、いえ、失礼。何でもありません」
《と、どうやら驚かせてしまった様ね。けど〝天使〟はこうやって、テレパシーでもやり取りが出来るものなの。二人も試しに私に向け、何かを念じてみて。私はそれを受信するから》
《なら質問。これは、ラッタリカさんと私達の間でしか出来ない事? 私に勇気の思考を伝達するのは無理?》
《そうね。私は二人の考えを読み取れる。けど、人間同士である勇気と知恵さんが念だけで会話するのは不可能だわ。その場合、私が二人の間に立つしかない》
そう説明すると、私の前を行く知恵さんは一つ頷いた。
《……てか、いきなりそんな真似するな。マジでビビっただろうが。……という事は、何か? 俺達の思考は、全てシャロットには読まれ放題って事……?》
《いえ、それは無いから安心していい。私が受信できるのは、飽くまで自分の思考を私に伝えても良いっていう思いだけだから》
《……フーン》
曖昧な感じで、それでも勇気は納得する。そんな頃、先導する衛兵が扉の前で立ち止まる。彼は扉をノックした後、こう告げた。
「菊子様、女欄様、お客様をお連れいたしました」
「ええ――ご苦労さま。どうぞ――お入りになって」
衛兵が、扉を開ける。
其処には椅子に座る二人の女性と、その背後に立つ二人の護衛官が居た。
「では、私はこれで失礼します」
案内役の衛兵が、この場を後にする。
天貝菊子と思しき豪奢な和装を纏った五十代後半の女性は、私に席を勧めてきた。
「では失礼いたします。と、その前に自己紹介をしてもよろしいでしょうか? わたくしは――シャロット・エンヴァー。東にある――エンヴァーという国の第三王女です」
「エンヴァー……ですか? 成る程」
そうは言いつつも、恐らく二人は、エンヴァーについては初耳だろう。この時代のラディウズでは、かの国とはまだ国交が無いから。
それをいい事に、私は堂々と己が身分を詐称していた。
「で、見分を広めるため私達に目通りを願い出たという事だけど、具体的には何をお望み? シャロット殿は、私達のどこに興味を惹かれたのかしら? あ、いえ、まだ此方は名乗っていなかったわね。私が天貝菊子で――この子が孫の女欄よ」
菊子に続き、椅子に座る十七歳程の少女が会釈をする。
長い黒髪を背中に流し、和装を身に纏う天貝女欄は物珍しそうに私を見た。
「そうですね。では、率直にお聞きします。お二人は、田島吉見殿と天貝義仲殿の事をどうお考えですか?」
本当にストレートな疑問を、ぶつける。それこそ、知恵さんが待ったをかける程の。
《……って、それはホントに率直過ぎ。ヘタをしたら私達、田島派と繋がりを持っているって疑われるかもしれないよ?》
《かもしれないわね。でも、それはそれで構わないわ。私達の目的は、彼女等の為人を確かめる事だから》
寧ろこの程度の質問で気分を害する様なら、それだけで見切りがつけられて良い位だ。
それだけの軽い気持ちで発した質問に、天貝菊子も平然と答えた。
「吉見殿と義仲殿、ね。正直言えば、私はあのお二人ほどこの国の未来を憂いている方達は居ないと思っている。それだけの思慮深さと、器量があのお二人にはある筈だから」
「は、い?」
またも、勇気が驚愕混じりの声を漏らす。
それをテレパシーで窘めながら、私は目を細めた。
「失礼ですが、それは本気で仰っている?」
「ええ、勿論。あなた方はきっと私達と吉見殿等が不仲と聞き、ああ言った疑問を投げかけたのでしょう? けど、それは一寸した行き違いなの。少なくとも私は、吉見殿と義仲殿に敬意を抱いているわ」
が、そこまで言い切った後、やはり菊子は笑みを浮かべながら続けた。
「でも、だからこそ私は不思議で仕方がないの。アレだけ聡明なあのお二人が、錬念教の改革に同意しない事が。そう。時代は今も刻々と変わっている。だというのに、かのお二人は、未だに四百年も前の教えに縛られているわ。あまつさえ、ソレを平然と民衆にも押し付けようとしている。それがどれ程の不幸を呼ぶか、なぜ吉見殿等はわかって下さらないのかしら? 国の事を思うなら、今こそ決断の時だと私は確信していると言うのに。私がそう疑問を抱いていたと――シャロット殿からもあのお二人にお伝え願えない?」
「………」
「ええ。私達に会った後は、当然、吉見殿等にも面会するつもりなのでしょう? そう考えると実に光栄ね。吉見殿等より先に――私達と会ってくださった事は」
「成る程」
《って、何故に俺達が先に菊子派の本拠地を訪れたと知っている? ……と、そうか。両派閥とも、敵の屋敷に監視者を配置してやがる? 何か動きがあれば、その監視者が主のもとに報告する事になっているのか?》
《そういう事だね。つまり菊子さんの屋敷を監視している吉見さんの部下が、私達の菊子家訪問も報告済みという事。後はそれを、吉見さんがどう思うか。問題は……その辺りか》
私が仲介に入り、勇気と知恵さんの会話を成立させる。だが、私にとって重要なのは、未だにその器量が見えない菊子と女欄について。特に女欄は、まだ何の発言もしていない。これではまるで、菊子の傀儡の様だ。
私が内心眉をひそめていると――遂にその女欄が口を開く。
「ではシャロット殿、私からも率直にお聞きするわ。あなた――私達の後押しをする気はない?」
「後押し? この私が、ですか?」
「ええ。エンヴァー国の第三王女は、錬念教改革派を支持している。そう表明してくださらないかしら?」
「………」
ここで、私は漸く答えに至る。なら、私がするべき事は他にない。
「お考えは確かに承りました。ですが事が事だけに、直ぐには返答しかねます。どうか一日ほど猶予をくださいませんか?」
「ええ。そこら辺は、どうぞご随意に」
それで、話は終わった。
私は早々に席を立ち――この広大な天貝家の別宅を後にしたのだ。
「というか、ちょい待ち。アレだけで、話をうち切って良いのか? まだあの二人がどんなやつか、わかってないんじゃ?」
天貝家を出て、田島家に向かう途中、勇気が問い掛けてくる。
私は些か憮然としながら、返答した。
「いえ、アレだけで十分よ。というか、天貝女欄は確かに危険だわ。それこそ国を脅かす位」
「んん? あの二言三言喋っただけの、女子が? シャロットは、何が気に食わないんだ?」
尚も続く勇気の質問に、私は目を怒らせた。
「その、二言三言が問題なの。彼女は、さっき何て言った?」
「だからシャロットの支持が欲しいって――まさかそういう事か……?」
「そう。アレは受けとめ方によっては、エンヴァーの介入さえ認めるという発言よ。彼女は自国の内紛に、第三国の軍事介入を認める様な発言をしてしまった。下手をすれば、祖国を植民地にしかねない事を平然と口走ったの。きっと田島派に勝ちたい一心から出た提案なんでしょうけど、アレで確信したわ。彼女は確かに史実通り、国を滅ぼしかねない器量の持ち主だと」
私が断言すると、知恵さんも嘆息混じりに同意する。
「だね。問題は、その事を女欄さん本人が自覚していない点。いえ、それは彼女を窘めなかった菊子さんも同じかな? 一見、冷静に見えたけどね。ラッタリカさんの言う通り、あの二人の頭の中は、錬念教の改革にしか向いていないんだよ」
「……そっか。そうなると、いよいよヤバイな。ここは田島吉見等が、シャロットの眼鏡にかなう事を祈る他ねえ」
勇気がそう期待する中――私達は遂に田島邸に行き着いていた。
話は、天貝邸の時よりスムーズに進んだ。
勇気の読み通り、菊子邸に監視役を放っていたらしい田島宅の門番は事もなく首肯する。
「吉見様と義仲様に、御目通りしたいのですね? ならば、ご安心を。既にその旨はお二人にお伝え済みなので」
「そうですか。それは、助かります」
私の従者を装う勇気が、笑顔で応対する。正直、この辺はちょっと意外だ。勇気はこんな風に、平気で猫かぶり出来る様な性格とは思っていなかったから。
彼は割と、腹芸も出来る質なのかもしれない。
と、彼の演劇部顔負けの芝居に慄いている間に、私達は吉見等が待つ部屋に通されていた。
「ようこそ、異国の方々。我が田島家の当主――田島吉見だ」
「はい。私が次期皇帝である――天貝義仲です」
椅子に座したまま、両者は名乗りを上げる。私は一礼してから、自身の立場を騙った。
「はじめまして。エンヴァー国第三王女の、シャロット・エンヴァーです。お忙しい中、時間を割いて下さりありがとうございます」
「いや、いや。先に菊子殿等と面会した様だが彼女達に関しては学ぶ事も多かったであろう? 一体どんな感想を持ったか、差し支えが無ければぜひお聞きしたい物だ」
「その前に、一つ言い訳をさせて頂けますか? 私達が先に菊子殿の所に面会に行ったのは、吉見殿の器量は大きいという噂を聴いたから。この様な些事を大事と受けとめまいと判断したからなのですが、これは誤りだったでしょうか?」
また怒りに火をつける様な事を、平然と口にする。
現に背後に居る知恵さんが顔をしかめた様に感じたが、これは気の所為という事にしよう。
「成る程。さすが異国の方でありながら、シスカトリネ語が堪能な姫。実に上手い事を言ってのける。シャロット殿の言う通りだ。我等はその様な事、気にした事も無い。なあ、義仲?」
如何にも体育会系と言ったいかつい小父様が、線の細い美形の青年に問う。
彼、天貝義仲は笑みを絶やすこと無く、口を開く。
「祖父殿の言う通りですね。仮に会いに行く順番が違ったとすれば、貴女方は菊子殿等に追い返されたと言い切れる程に。いや、それにしても、シャロット殿は本当にお美しい。〝姫〟とは、正に貴女の事を指して語られる言葉だと心底から思います」
「義仲殿こそお上手ですね。実に光栄ですが、もしや無礼を働いたにもかかわらず、わたくしと会って下さったのはそれ故?」
「どうでしょう? ですが確かに――異国の姫がどのような方かは興味が惹かれる所でした」
それから、私達は吉見達と三十分ほど会話を交わした。その後、吉見達は用があるという事で、私達は退席する事になったのだが、正直弱った。女欄達とは異なり、結局私は彼等の器量を正確に読み取る事が出来なかったから。
私達三人は――そのまま田島家を後にしたのだ。
◇
田島の屋敷を出た時、時刻は既に午後二時半を回っていた。
今日に限り、目まぐるしく働いている俺達三人は、そのまま一度城下町を後にする。人気の無い場所まで移動し、俺達はその暗い森で今度について話し合った。
「というか……田島派に関しては特に収穫なしね。多少自信過剰な所はあるけど、完璧な人間なんて居ない訳だし、アレ位は許容範囲だわ。じゃなきゃ、私達は聖人君主を見つけて、この国の皇帝になってもらわなくてはならない」
「だね。でもそう考えると、私達は田島派に味方するべきじゃないかな? 女欄さん達が危うい事はほぼ確定な訳だし。消去法で言うと、もう田島派しかない訳でしょ?」
知恵には珍しく、消極的な事を判断材料にし、意見する。かく言う俺もそれしかないと思っている辺りタチが悪いのだが、シャロットは眉をひそめる。どうも彼女は、未だに何かを思い悩んでいる様だ。
けれどそれも束の間の事で、シャロットは顔を上げ、決断した。
「そうね。現皇帝天貝義輝が亡くなるのはこの一年後の事だけど、予断は許されない。私達は早急に味方になる方を決め、全力でその派閥を支援する必要がある。なら、答えは一つだわ」
となれば、知恵の進言が採用か? そうなるとあたりをつけた時、俺達が居るこの周辺から人の気配がした。
現に其処には――十二人程の武装した傭兵らしき男達が居る。
「おや、兄ちゃん、美人ばかり二人もつれて羨ましいったらありゃしねえ。俺達にもどっちか一人、おすそ分けしてくんねえ?」
「………」
思わず黙然とする。何だ、この展開? 今まさに国の大事について話っている最中に、なんでこんな茶々が入るかな? 俺が首を傾げる中、彼等は尚も続けた。
「と、そうだな。その珍しい、金色の髪をした方で良いぜ。大人しくその娘を渡すなら、てめえら二人は見逃してやる。そういう事で、どうだ?」
何気ないこの脅迫に、何故かシャロットが顔色を変える。
「……え、まさか、嘘でしょう? あなた達、もしかして天貝義仲に頼まれてこんな真似をしている?」
「……何?」
確かに、義仲は随分シャロットの事を気にかけていた。それこそ、ムカつく位に。
だとしたら、もしや、本当にそういう事……?
「あ? それは一体どういう事だ? 全く意味がわからねえな? いいから黙ってついきな。俺達も悪い様にはしねえから。それとも、其処の二人が切り刻まれないと、自分が今どういう立場かわからねえ?」
彼等の脅しに対し、シャロットは心底から吐き出す様に溜息をつく。
「……呆れた。女欄とは別の意味で国を危うくしているわ、あのボンボン。他国の姫にこんな形で手を出そうとするなんて 一体どんな風に育てられたら、こんな発想に至るのかしら?」
その辺りは、実に同感だ。俺も相当な猫かぶりだったが、天貝義仲もそれは同じだったと見える。ならば、俺がするべき事は一つだろう。
「えっと、ここで〝俺が囮になるから二人は逃げろ〟って言えば格好良いんだろうな。でも、俺は死んでもそんな真似しないから」
「ん? それは私を義仲に売り渡すつもり、と考えていいのかしら?」
シャロットが、真顔で疑問をぶつけてくる。俺は、全く別の事を口にした。
「シャロット。真剣じゃなくて良い――日本刀を一振りくれ」
「は、い?」
尚も納得がいっていない彼女に、今度は知恵が言い切った。
「言う通りにしてくれる、ラッタリカさん? 私もそれ以上の事は、アナタに望まないから」
「………」
渋々な感じでシャロットが日本刀を具現し、俺に放ってくる。
それを受け止めた後、俺は自分の方から彼等に近づいた。
「あはははははは! なんだ、このガキ? 意味わかんねえよ! まさか、この人数相手にヤル気か? てめえの方から切り刻まれたいって自殺願望者かよッ?」
「……自殺願望者? 生憎だが、俺は巷じゃ植物男で通っているんだ。けど植物は決して自殺しない。自殺の仕方がわからないから、自殺しようがない。俺が言っている意味がわかるか? 如何にも頭が悪そうな――アホ面の兄ちゃん?」
「――てめえっ!」
俺は、向こうから手を出してくるように仕向ける。実際、彼は抜刀から斬りかかってくるまで一秒もかけない。
その様を俺は漫然と見送り、この時、背後で一際大きな声が上がる。
「ちょっと――勇気ッ?」
が、シャロットの声が俺に届く前に、俺の体は勝手に動いていた。
傭兵の剣が、降り下ろされる。それが俺の体から二十センチまで迫った頃、俺は反射的に体を横に回転させる。そのまま彼の攻撃を回避しながら、彼の後ろ首に抜刀した刀を放つ。その一撃だけで彼の体は十メートル以上吹き飛び、当然、意識も途切れる。
それを見て一瞬唖然とした後、傭兵達が俺に向かって一斉に斬りかかってきた。
「てめえッ!」
「このガキっ!」
十一人に及ぶ、真剣の一斉攻撃。
それを――針の穴を通るかのような感覚で俺は避けまくる。
それはもう避けて、避けて、避け続け、同時に攻撃してきた人物に関してはしっかり反撃する。簡単に言えば、俺は十二回彼等の攻撃を避け、十二回剣を振っただけで全てを終わりにした。
俺の周囲十メートルには吹き飛ばされた彼等が居て――俺は手にした刀を鞘に納めたのだ。
「は? え? ちょっと待って。今の……一体なに?」
この喜劇を前に、シャロットが亜然とした声を上げる。逆に知恵は瞼を閉じ、真顔で拍手なんかしている。
俺は、普通にシャロットへと向き直った。
「中々良い刀だな。真剣じゃないのが、惜しい位だ」
手にした刀を返す為、シャロットにつきつける。けれど彼女は驚くばかりで、今の所なんのリアクションもない。この沈黙を埋める様に、知恵は告げた。
「今、勇気の姿が十一人に分身した様に見えたでしょう? そう。実は、勇気の一族は、本気で世界最強の剣士になるよう修練してきたんだよ」
「は、い?」
「ま、そういう事だな。剣道って言うのは、構えている時はほとんど隙がないが、攻撃の際は必ず隙が生まれる。ソコを衝くのが、千田流の奥義。その為、一定の空間に敵の攻撃が届くと俺達はそれを反射的に避ける。俺はそれを避けながら反撃すると言う、攻防一体な古流の剣術を体得している。親父が言うには、究極の後の先って事だけど、俺に言わせればただの欠陥品だ。何せ、相手が攻撃してこない限り何も出来ないんだから」
因みに、俺達は視覚や聴覚に頼ること無く敵の攻撃を感じ取れる。一定の空間に敵の得物が侵入してきた瞬間、俺達の膂力は一時的に跳ね上がる。超常的な機動力とパワーを以て反射的に敵の攻撃を避け――同時に反撃を始めるのだ。
その為だけに、俺は多分、普通では考えられない事をさせられた。十一歳まで――視覚と聴覚を妨げられるマスクをつけて生活させられていたのだ。
その上で毎日十二時間以上――親父と竹刀でやり合った。それこそ目と耳以外の超感覚で敵の攻撃を感じ取り――それを避けられる様になるまで。
そう語って聞かせると、シャロットは露骨に顔をしかめる。
「……全く、一体どんなレベルの幼児虐待よ。正に……狂気の沙汰だわ。でも、これだけは言える。戦闘技術に限定するなら――恐らく勇気は私以上よ。つまり、あのトラックも余裕で回避できていたという事でしょ? だとしたら、とんだ助け損だわ。いえ、それ以前に、なぜ勇気が気になったかこれでわかった。それは君が、普通の人間とは違ったから。私はきっと、無意識にその事を感じ取ったのよ」
「かもな。俺もシャロットを見た瞬間、何かビビッと来たし。いや、それより話を戻そう。こいつ等、本当に義仲の手下なのか?」
俺がそう訊ねると、シャロットは如何にもやる気が無さそうな感じで頷く。
「ええ。恐らく義仲のシナリオは、こう。まず、傭兵を使って私をさらう。続けて義仲の正規軍が彼等を討伐して私を救い、自分に興味を持たせる。その際、傭兵達は確実に口封じの為、皆殺しにされたでしょうね」
「そっか」
ならばとばかりに、俺は傭兵の一人を起こし、今の推理を話して聞かせる。
彼は、目に見えて狼狽えた。
「……まさか、そんな。あの、義仲様、が?」
「いや、権力者なんて大体そんな物だろ? あんたらもそれが身に染みてわかっているから、そこまでやさぐれちまったんじゃねえ? とにかく死にたくなかったら、もう義仲の周りをうろちょろしない事だ。と、それとバカ面とか言って悪かったな。よくみたらあんた、結構イカした顔しているぜ」
「な……っ?」
それだけ言い残し、俺達三人は互いに顔を見合わせた後――黙ってこの場を後にした。
その最中、俺は思い出した様に重要な事に気付く。
「あー、そういえば訊き忘れていたけど、そもそも保守派と改革派は何が違うんだ?」
「と、その事? でも、その質問はあんまり感心しないなー。勇気もそれはこの前、授業で習ったばかりでしょう? けど、ま、良いわ。ここは改めて、講義と行きましょう。簡単に言うと、こう。保守派は民衆がみな寺の檀家となる事で寺にお金を払い、それが国税となって徴収される仕組みを支持しているの。要は寺が主体となって税を集め、ソレを自分達の儲け分を除いて国に収めているという事ね。改革派は暴利を貪っている寺を経由せず、直接税を取り立てる代りに福祉の充実を約束している。寺にも政府が設定した金額を与える様、制度を変え様としているわけ。その反面、この時代の為政者は国費をどう割り当てたか公表する義務はない。なので、菊子さん達が自分の懐が温かくなるよう図ってもおかしくないね。つまり、保守派は寺にコネがある為、税収の率が高い。対して寺となんの繋がりも無い改革派は税収の率が低い為、菊子さん達を支持している。因みに田島さんの方が皇太后である菊子さんより寺に顔が利くのは、宰相の地位にあるから」
「……要は、二人とも金の亡者って事?」
知恵の説明に対し、俺は実にひねりの無い感想をぶつける。
知恵は僅かの間、物思いにふけった。
「いえ、彼等にも大義名分はあると思うよ。さっきも少し説明したけど、この時代の為政者に必要なのは力と発言権、それと財力だから。法だけでは国を纏められない彼等は、だから財力を以て周囲の人達を味方にする。お金だけは、あり過ぎても困る事はないからね。特に中世期は、支援者にお金をばらまくのとか全然違法じゃないからさ。お金はあればあるだけ良いの。要するに彼等は国が混乱しない様、ぶっちぎりの力を得る為、お金を欲している訳」
「即ち、お金の本当のありがたみを知っているのはお金持ちで、だからケチ。権力のありがたみを知っているのは権力者という事で、だから常軌を逸して貪欲という訳ね。故に自分の正当性を証明する為、他人を兵士にしたて命懸けで戦わせる事も辞さない」
まるで知恵を通じて人間と言う物を学習しているかの様な趣で、シャロットは納得する。
俺はと言えば、若干テンションが下がり気味だった。
「……成る程。というか……俺もあの傭兵達の事は言えねえかも。歴史上の人物は、皆無条件で立派な人物だと思い込んでいたんだから。なのに実際はこの様だ。女欄も義仲も、国を危うくする様な真似を平然としている。お蔭で俺達はどちらの味方にもなれず、途方に暮れるしかない。……マジでどうするか? このままじゃ、完全にジリ貧だぜ?」
「……そうだね。私達がどちらかの派閥を支援すれば『錬念教の乱』は回避できるかも。でもその後が続かないと意味がない。私もどちらを皇帝に据えても、何れ大乱を招く気がする。なら、どう動くべきか? やっぱりここは原点に戻って、地道に情報収集に勤しむべきかな?」
まるで自分に語りかける様に知恵は呟く。俺もそうするしかないと思った時、事態は動く。
シャロット・ラッタリカが――悪魔の様な策を思いついたのだ。
「……立派? ああ、立派な人物ね」
何やら、ひとりごちる。
続けて彼女は俺達に何の相談も無く――行動に移ったのだ。
◇
時は、アレから一秒も経っていない。けれど、今、勇気達の前には、一人の見知らぬ端正な顔立ちの男性が立っていた。
さすがの彼もこの状況にはついて来られず、思いっきり訝しげな顔をしている。
長い長髪を背中に流し、和装をした彼は、極自然な質問を私にぶつけた。
「……その光り輝く両翼と、頭の上の輪。あなたはもしや……神の使いか何かか? だがそれ故に解せない。私はあの世とやらに招かれたと思ったが、ここは現実世界の様に思える。あなたは一体、私に何を?」
「って……マジでその人誰? 悪いんだけど、話が飛び過ぎで、俺も状況が理解できねえんだけど?」
が、ここは流石と言うべきか――知恵さんは違った。
知恵さんは彼を見た瞬間、息を呑み、彼の正体を見事に看破したのだ。
「え、それこそ冗談でしょう? 立派な人物って、まさかその人――春日有近さん?」
「……は? ……は、い?」
勇気が、意味不明といった顔をする。私は、普通に頷いた。
「そう。彼こそがギルクント皇朝、最後の宰相よ。まだ二十八の時点で、彼は時の皇帝氏河才瓦と共に無理心中をしてこの世を去った。でもそんな彼を、私は何度となく惜しいと思ったのよ。あの若さであのまま死なせるには、実に勿体ない人物だと感じていた。私達にとって幸運だったのは、彼が若くして他界した点ね。ギルクントが滅亡した時点なら、彼が居なくなっても歴史には何の影響も無いんだから。本来それ以後の彼は、もう何も出来ない死人なんだし。ならここは彼の力を借り、私達の仕事をしやすくするべきじゃないかしら――?」
「……ダメだ。もう……何でもアリだ」
知恵さんが呆れるのを通り越して、頭を抱える。勇気に至っては、未だ呆然とするばかり。私はそれ以上二人には何も告げず、ただ春日有近に全てを説明する。私達が何者で、何をしているのかも正直に話した。
特筆すべき点は、彼が冷静だった事。
これほど荒唐無稽な話を聞かされながらも、春日有近は首肯する余裕さえある。
「成る程。それなら合点がいく。陛下と共に逝く筈だった私が、今もこうして生き長らえている事も。だが、そうか。やはり人の世は変わらないな。四百年も経って尚、金と権力が戦の火種になるとは」
「そういう事よ。故に、天の使いとして命じます。私達に力を貸して、春日有近。この先の未来、即ち彼等人類を守る為――もう一度立ち上がって」
「………」
この急展開に――彼は黙然とする。
それから彼は私をスルーし、何故か勇気に目を向けた。
「君もやはり、彼女と同じ存在なのか? 人外と呼ばれる物、という事?」
「いや、俺は普通の人間です。成り行き上、そこの不良天使と行動を共にしているけど」
だが勇気がそう言い切った時、状況が変わった。
有近が何の前触れも無く、抜刀し、勇気に斬りかかったのだ。それを勇気は動じる事なく避けながら、私の日本刀を使って反撃する。
その様を、有近は眉をひそめながら見送った。
「普通の人間? だとしたら驚きだ。一体どれほどの練磨を積めば、その若さでこれだけの境地に至れると言うのか?」
「冗談。この年になって俺の反撃を躱してみせたのは、あんたが初めてだ。あんたこそ、一体何者だよ?」
けれど有近はそれには答えず、沈黙している私に向き直る。
「人の身でアレだけの事が出来る若者を従者とする、か。これはそれだけの器量があなたにあると思って良いのかな、天の使い殿? 彼の様な若人が絶望せず、こうして足掻き続けているのだから、私もそれに倣えとそう言っている?」
「……そうね。そう解釈してもらって構わない。で、返答は? 私達に手を貸してもらえる? それとも、飽くまで主人と共に果てる道を選ぶつもりかしら――春日有近?」
「………」
周囲に漂うのは、永遠とも思える沈黙。私は誰にも気づかれない様、唾を飲みこみ彼の答えを待つ。やがて彼は、眉一つ動かさず言い放った。
「――今一つ問おう。天の使い殿は、この二人の為に命を捨てる覚悟はある?」
が、これは恐らく、今後の展開を左右しかねない質問だ。
なら、私も真顔で断言する他ない。
「いえ、そんな覚悟は、私には無い。でも――彼等と共に生き抜く覚悟ならあるわ」
「……そう、か」
そしてこの時、彼の眼差しは何処か憧憬を帯びている様に感じられた。
それから彼はこちらに背を向け、私達の目の前から立ち去ろうとする。
その体のまま、彼は呆れた。
「何をしている? 私の力を借り、歴史を改変したいのだろ? なら、今から私が言う物を用意してもらいたい。その上で――私達はこう動くべきだろう」
「じゃあ?」
「ああ、この様な些事はさっさと済ませ、次に進む事にする。いや、どうやらどの時代でもこき使われるのが、私の宿命らしい」
苦笑いと共に春日有近は彼方に向かって歩を進め――その策を私達に告げたのだ。
端的に言えば、有近の策と私の策はある部分では合致していた。
但し、彼の策は私の策より辛辣な物と言える。そんな訳で、私達は深夜になってから彼の策通り動く。その翌日話は一気に進み、私達は皇帝が住むロッドルウ城に入城した。
私達が皇帝の居城に簡単に入れたのには、もちろん訳がある。私達は予め吉見と菊子に人を派遣し、四人そろってロッドルウ城に来る様、要請したのだ。その時二人に、私達四人も皇帝に拝謁できる様、手続きを取ってもらった。お蔭で私はエンヴァー国の第三王女として皇帝に謁見したのだが、問題はその後である。
「皇帝――いえ、天貝義輝、これより私が言う事をよく聴きなさい」
「……は?」
「な、に?」
皇帝だけでなく、吉見達も唖然とした声を上げる。それも当然か。私は今、時の皇帝に命令口調で話かけたのだから。けれど勇気達が冷や汗をかく中、それでも私の暴挙はとどまる所を知らない。いや、この不遜な発言に勝るとも劣らない光景を、私は彼等に見せつけたのだ。
その瞬間――私は〝天使化〟し、中空に浮かんで眼下の光景を一望した。
「なっ、はッ? それは、その姿は、一体――っ?」
皇帝――天貝義輝が驚愕する。私は彼の動揺を無視して、淡々と続けた。
「私はあなた達が信仰の対象とする――錬念教の主神。本日は私を崇める錬念教が諍いの原因となったと聴き、下界へとやってきました。そこで提案です。どちらの派閥に肩入れしても軋轢が生まれると言うなら、ここは第三者を登用するべきでは? 平たく言えば、そこの秋日無遠なる者を宰相にするべきだと、私は宣言します」
「――あ、秋日、無遠っ? その様な名――我は初耳だがっ?」
田島吉見が私を見上げながら、声も上げる。
私達に同行してきた春日有近――いや、秋日無遠は悠然と一歩前に進み出た。
「でしょうね。ですが、私は我等が主より啓示を受けた者。言わば――預言者足る存在。それは言葉で説明するより――この光景が何より物語っているのでは?」
「な……ッ?」
そう。時は、まだ中世期。迷信や超常現象が、まことしやかに信じられていた時代である。なら、そんな彼等の価値観に、私の様な存在をぶつければどうなるか?
答えは、実に簡単だった。
「ですが、一方的にそのような通告を受けても吉見殿も菊子殿も納得されないでしょう。故に私としては、神の使徒と言えるだけの器量をお見せしたい。お二人とも、それぞれ兵を千名ほど集めてもらえますか? 私はそんなあなた方に、千の兵を以て挑み、完膚なきまでに打ち破ってみせます」
「……な、に? つまり、我等と菊子殿等が連合し、そなたと戦えと? それだけの不利を己で招きながら、尚も勝ってみせると言うのか?」
「ええ。仮にあなた方が私に勝てば、今後我らが主はこの件には干渉されません。逆に私が勝った時は、主のお言葉通り私が宰相職に就く事を納得してもらう。ですがその代り私が負けた場合は――私は自ら命を絶つ事にしましょう」
「……なん、だと?」
この大言を聴き、初めて吉見は驚愕以外の、怒りに近い感情を見せる。
私は内心ほくそ笑みながら、この茶番を続けた。
「成る程。やはり貴方を預言者とした私の目に、狂いは無かった様です。命を懸けてまで自分の意思を貫こうとするその覚悟に、私は実に感銘を受けました。そこで、両派閥の長に問いましょう。果たしてあなた方に、それだけの覚悟がありますか? 無論、自身の派閥に身を捧げているあなた方なら、その覚悟があると私は思っていますが?」
この挑発を受け、天貝義仲が目を怒らせる。
「いいでしょう。そこまで言われるのなら、是非も無い。我等も命を懸け、この戦に臨む事にします」
「――義仲、そなた!」
が、そう窘めようとする吉見を、義仲は悠然と諭す。
「祖父殿、我等は今、試されているのです。それも人では無く、まごうことなき我らが主に。ならその主にお認め頂けるなら、これ程の後押しは他にありません。我等は今、己の信念を証明する為の絶好の好機を得たのです」
「そうね。私も義仲殿に同意します。人の世には神前裁判なる物があるらしいけど、これはそれと同じ事。神の名のもとに、誰が一番正しいか明確な判断が下せる場と言って良い。この天貝女欄はそう考えておりますが――皇帝陛下はどうお考えです?」
「……うむ。間違いなくこの様な場に立ち会ったのは、歴史上予が初めてだろう。だが、それだけに予達は今、重要な分岐点に差し掛かっている様に思える。故にここは全ての決定権を――我らが主にお委ねする事にする。その上でそなたらは――自由に振る舞うといい」
話は、それで決まった。
私だけでなく皇帝の言質を得た彼等は――自分達の正義を証明するため戦う道を選んだ。
「結構。ならその覚悟に敬意を表し、戦場はあなた方が選んで構いません。どうぞ地の利を得られると思える場所を選択されると良い」
「秋日殿は、本当に自信家でありますこと。ですが、果たしてその余裕は日が沈むまで続くでしょうか?」
最後に天貝菊子がそう締めくくり――件の五者は行動に移った。
◇
「では、後の事は私に任せてもらおう。君達は精々、高みの見物と洒落込むがいい」
シャロットが雇った千名に及ぶ傭兵達の先頭に立ち、万田無遠は微笑む。
それから彼は馬に乗り、百メートル先で兵を展開している義仲達を眺めた。
「そうね。私達に出来る事は、もう無い。貴方を召喚した事は、私が思いつく限り最高の策。それが破られるなら、私達にはもう打つ手はないわ。だから――後の事は全て貴方に託す」
シャロットは勇気と知恵と共に、その場を後にする。三人は城内から一部始終を見届けようとしている、皇帝が鎮座する部屋に赴く。
そこで彼女達は、いよいよ眼下で行われようとしている決戦の行方を見守った。
「よろしい。では合図の鐘を鳴らすが良い。その時を以て――開戦とする!」
皇帝の宣言の後に鳴らされる、鐘の音。
こうして千対二千という絶対不利な状況での戦いは、幕を開けたのだ。
「では――いざ進軍!」
「前衛は突撃。義仲殿の兵が秋日軍を引きつけている間に、後方へと回り込み、秋日殿を挟撃する」
義仲と女欄が各々指示を出し、兵はその通りに動く。この時に至って反目していた筈の両者は、抜群とも言える連携を見せる。人の和と地の利を得た彼等は、後は自身等の主に認められ天の意を得るだけとなっていた。
その様を、秋日無遠はただボウと眺めた。まるであの四人に協力関係を結ばせる為だけに、この様な真似をしたと言わんばかりに。
だとしたら、彼は初めから死ぬつもりでこの戦いに臨んだ事になる。自分と言う共通の敵を出現させ、それに対抗させる形で、両派閥の仲を取り持つ。確かにそう考えれば、全ての辻褄は合う。
現に、秋日無遠――いや春日有近の意識はつい昨日の出来事に埋没していた。
ギルクント皇朝最期の日、彼は確かに彼女と相対したのだ。
彼女とは他でもない。
ギルクント皇朝最後の皇帝――氏河才瓦である。
女性でありながら同性である娘達を愛でた彼女は今、焼け落ち様としている己が城に居た。
〝やはり逃げないのだな、お前は? もしやと思っていたが、ハナからそのつもりか?〟
有近の問いに、赤い髪をした女性はニヤつきながら答える。
〝ああ、先帝の時点で、人心は離れていたからな。恨まれ役を買って出て、さっさと皇朝ごと終わりにする気だったのにさ。お前ときたら、何とか国を立ち直らせようと余計な事ばかりしやがる。けど、私の為にそんな真似をし続けているお前が、本当にバカみたいでさ。思わず放置しちまった〟
彼女の言い分に誤りはない。農政の改革に失敗し、逆に十年に及ぶ飢饉を呼び込んだ才瓦の父はそれだけの失政をした。いわば才瓦は敗戦処理にかり出された皇帝であり、その命運は即位した時から決まっていた。だというのに、一年で終わりになる筈だった自分の寿命を、彼は十年も伸ばしたのだ。
〝そうか。てっきり俺に対する嫌がらせだと思っていたが、そうか。……すまなかった。けっきょく俺は、お前を救えなかった〟
〝救う? 私を? ああ、やっぱりお前は大バカ者だ。私を救うなんて口にした奴は、この世でお前だけだ。多くの人間が死んで欲しいと願ってやまない私を、お前だけは救いたかったと口にする。そんな滑稽な話、他にあるか? そんなの、ギルクント一の知恵者が言う事じゃない〟
確かに、そうかもしれない。ここで皇族の血を絶やさなければ、後の禍根になる。ここまで来た以上、大乱を避ける為には、彼女の死は必須だった。――でも、それでも、彼は万が一に懸けた。少しでも時間を稼ぎ、彼女を助ける道を模索したのだ。
〝ギルクント一の、知恵者? 幼馴染の娘さえ救えなかった俺が? そんな訳がないだろう? そんなバカげた話は無い。本当に……なんでこんな事になってしまったんだろうな? 俺はただ、お前に生きていて欲しかっただけなのに……〟
火の手が迫る中、彼は心底から悔む様に告げる。彼女は徐に、首を横に振った。
〝いや、それこそただの自業自得だ。何れこんな日が来るとわかっていたから、私も遊び過ぎた。お前の苦労を見て見ぬふりをして、その努力を全部台無しにした。だから私はさ、さっさと死ぬべき人間だったんだよ。初めから――そう決めつけられた人間だったんだ〟
〝……だから、それが驕りであり傲慢だと言っているんだ。自分一人の命で、全てを終わりに出来ると思っている所が〟
〝かもな。現に私はお前も道ずれにしちまった。でも私を放置し続けたのは、私に対するせめてもの手向けだったんだろ? 何れ死ぬ事になる私に対する、お前が示せるせめてもの慰め。そう言う所、結局ガキの頃からちっとも変わらなかったな〟
懐かしむ様に語る彼女に、彼は思い出した様に問い掛ける。
〝なあ、才瓦、俺が本心を打ち明けていたら、お前はそれに応えてくれたか?〟
〝答えるまでも無い、愚問だな。私は私を束縛し続ける物を、最期まで憎み続ける。私はお前の伴侶になるより、きっと今みたいな生活を送る方が性に合っていた〟
〝そうか。お前は最期まで、奔放な奴だったな〟
〝ああ。さようなら、私が唯一愛した異性。でも、そうだな。せめて、私もお前と同じ場所に行ければいいんだけど……有近〟
そう言って、彼が心から愛した彼女は、子供の様に笑ったのだ。
それが、彼が彼女を見た最後の記憶。
生涯魂に焼きついた、決して忘れる事が無い、鮮烈な光景だった。
その後彼は天の使いを名乗る少女に連れ出され、時代を超え、今ここに居る。彼女の企みに手を貸し、この様な劣勢に身を置いていた。その訳を彼はボウとしながら考え、やがてその理由に行き着く。本当に、何と言う事もない。
〝彼等と共に死ぬ覚悟は無い。でも――彼等と生き抜く覚悟はある〟
彼はただ、その決意に憧れただけ。氏河才瓦に対して、そう口にしたかったと、彼は心から望んだのだ。
その願いはもう果たされる事は無いけど、それでも彼は前を向く。自分の代りにあの大言を吐いた少女の為、彼はもう一度だけ己の責務を果たそうとしていた。
故に、勝敗は実に速やかに決した。前進してきた天貝田島同盟軍が有近――いや無遠の目前に迫る。彼等が目を見張ったのは、その時だ。
あろう事か、同盟軍の前衛が揃って彼等の視界から消える。その理由は実に単純で、彼等は巧みにカモフラージュされた落とし穴にはまったのだ。
「――な、にッ? 落とし穴っ? そ、そんな筈は無い! 戦場を選んだのは我等だ! だと言うのに、いつ落とし穴などつくる間がっ? ま、まさか……ッ?」
「そういう事だ。昨晩、この辺りの地図と睨めっこをさせてもらってね。貴公等が戦場に選びそうな場所は――全て仕掛けを施させてもらった」
「バカな――っ?」
だが、同盟軍が真に驚愕したのは次の瞬間だった。あろう事か、同盟軍の後衛より更に後方にある地面が動く。それは土の下に置かれた板が開き、その下から兵達が溢れだした事による現象だった。
そのまま彼等は後衛で指揮を執る、吉見、義仲、菊子、女欄の身柄を押える。馬上から引きずり下ろし、剣をつきつけ彼等を人質にする。
その上で無遠は迅速に動き、落とし穴を迂回して兵を前進させた。指揮系統が失われ、混乱する同盟軍に対し、彼はこう通達する。
「降伏したまえ。既に君達の主君は我等の手にある。彼等の命を尊ぶなら、手にした得物を放棄する事だ」
「……つッ? よ、義仲様っ? わ、我等は一体どうすればッ?」
「――ぐっ! ま、待て! い、今は動くな! 何だこれはッ? なぜこの様な事にっ?」
義仲の疑問に、無遠は平然と答える。
「簡単です。これは両派閥の長達が、内にしか目を向けていなかった結果。この太平の世なら外より敵は攻めてこないと考えていたが故の失策。もし貴公等の目が外に向けていれば、この様な策は事もなく見抜かれていたでしょう。故に、肝要なのは自身の足元だけでなく、常に国外にも目を向ける事。決して、他の国に取り残される様な政治を行わない事です。さて、この勝負に命を懸けると言っておられたが、その約束は守ってもらえるのでしょうね? いや、それ以前に我等に敵対するよう兵を動かせば、その御命を奪わねばなりません。その反面、このまま負けを認めても貴公等は自害しなければならない。どちらにせよ貴公等の運命は決まっているのですが、果たしてどちらを選びますか? 名誉ある死か、それとも敗者としての死か。私が良く知る女性は前者を選びましたが、貴公等はどうする?」
「……なっ? 死、だと? 皇帝の血をひく我らがこんな詐欺まがいの真似を受け、その上、死ねとっ? そ、そんな事が許される筈がない! そんな事が認められる筈がないのだ!」
「いえ、大政が腐敗すれば、皇帝も只の民も関係ありません。死すべき定めにある者は、どうあっても死を免れない。その事を――私は痛いほど良く知っている。貴公等もその事を、重く受け止めるべきでした」
故に、無遠は手を肩の位置まで上げる。それに応じ、義仲等を捕えている兵が手にした武器を振り上げる。後は無遠が手を振り下ろせば、全てが決着するだろう。そう理解するが為に、義仲達は悲壮な表情を浮かべ、息を呑んだ。
その時――かの少女がもう一度だけ動く。
彼女は光り輝く両翼を使って宙を舞い、戦場に舞い降りて言葉を紡ぐ。
「確かに、無遠の言っている事は正論でしょう。ですが、神たる私の前で私を奉じる彼等を殺戮する事は私も本意ではありません。故に、私は一度だけあなた達に救いの手を差し伸べる事にします。今後、吉見、義仲、菊子、女欄の四名は政治から遠ざかる事。隠居し、全ての特権を放棄なさい。そう私に誓うなら、命だけは助けましょう。ですが主である私を謀り、復権を望む様な行為に出た場合はその時点で死が訪れます。その条件で手打ちとしたいのですが、いかがですか?」
「……つッ? い、隠居っ? この年で隠居、ですってッ?」
女欄が、体を震わせる。それでも、彼女達にとって残酷な現実は続いた。
最初にそう痛感したのは田島吉見で、だから彼は眉根を歪ませながら呟く。
「こ、こうなっては、是非も無い。……仰せに従います、我が主よ。故にどうか我が孫、義仲や女欄の命だけでもお助け下さい」
「お、お爺様っ?」
「そ、祖父殿!」
「いいでしょう。ではこれで話は決まりですね。吉見、義仲、菊子、女欄は都より追放。宰相職には秋日無遠が新たに就任し、皇帝の補佐に専念する事。錬念教の改革については、今後彼に一任します」
それで、全ては終わった。『錬念教の乱』の中心人物達は、政治の舞台から一掃される事になる。後釜には、それに代わる事が出来る――秋日無遠が据えられる。
件の四者は項垂れながらその要求を呑み――この翌日都から放逐されたのだ。
◇
「てか、思ったよりあっさり事は済んだな? 俺としては、義仲達はもっとごねると思っていたのに」
正直な感想を漏らすと、シャロットは瞳を閉じながら腕を組んだ。
「いえ。予め設定していたハードルが高かった分、少し下げただけで話が通りやすくなったという事よ。仮に先に〝命を懸ける〟と約束していなかったら、勇気の言う通り彼等もごねたでしょうね。という訳で、後の事は宜しく――秋日無遠」
「成る程。私の本当の仕事は、これからという事か? 私にギルクント皇朝の様な、後を引かない幕引きを成せと言うのだな、天使殿は?」
「ええ。これからシスカトリネ皇朝が、いつまで続くかはわからない。でも、その終焉の仕方だけは間違いないよう子々孫々に徹底させて。ギルクント皇朝の最期が模範であると言い聞かせて欲しいの」
何故か苦笑いする無遠さん。それは、どこか寂しそうな感じだった。俺がその意味を知るのは、もう少し先の事になる。彼は、やはり自嘲気味に続けた。
「私にとっては、実に皮肉な要求だ。私にとってみれば、アレは最悪の幕引きだったから。だがいいよ、わかった。これも全ては――彼奴を救えなかった罰だと受け止めよう」
「……彼奴?」
シャロットはそう訝しむが、無遠さんは答えなかった。
その代りに、俺は最後の疑問を口にする。
「というか、結局誰が次の皇帝になるんだ? 天貝義輝は、この一年後に亡くなるんだろ? だったら、その後釜を決めておかないと不味いんじゃ?」
「そうね。でも、私達は一人、大事な人物を話題にあげていない。それは現皇帝の妃、天貝早美草。齢十八で義輝の後添えとなった人よ。彼女は聡明で『錬念教の乱』以後二つの派閥を停戦させるべく奔走したのだけどね。どうやら、どちらかの派閥に暗殺されたらしいの。でも吉見達が失脚した事で、そう言った未来は改変された筈。なら、彼女こそ次代の皇帝に相応しいと思わない?」
「だね。私も考え付く限りでは彼女位しか居ないと思う。私も、彼女と貴方が理想とする政治を行えるよう切に願っています――秋日無遠さん」
知恵はそう言ってから一礼し、俺もそれに続く。
ここに歴史は改変され――少なくとも俺達は『錬念教の乱』だけは阻止したのだ。
けど恐らく俺と知恵に気を使ってシャロットは何も言わないが、彼女も痛感している筈。
俺達はこれで――数千万人以上の命を奪った事になったと。
それは、シャロット自身も口にしていた事。〝地獄以上の地獄をつくり出そうと〟と彼女は言った。アレは正しくそういう意味だ。
知恵が言っていた理屈が正しいなら、俺達が救った命の分だけ歴史は歪む。助かった人々は誰かと結ばれ子を生すだろうが、本来の歴史ではソレは生まれる筈のない命なのだ。逆を言えば、その時点で本来生まれる筈だった子供が生まれなくなる。誰かが助かった人と結ばれれば本来の歴史で結ばれる人と結ばれなくなるから。その間に生まれる筈だった子供達は、その時点で消滅する。
つまりはそういう事で、例え天使が歴史の改変を行っても全ての人を救うのは無理なのだ。俺達は七十億人もの人間を救う為に、数えきれない程の人命を奪った。
例えそれが、今は終わった世界であっても。
「でも、それでも――俺達は人類を存続させる為に前に進まないと」
「ん? 何か言った、勇気?」
相変わらず無表情のまま、シャロットが訊ねてくる。俺はただ首を横に振った。
「いや、何でもない。それより、次はどうする? どの時代に行って、何をすればいい?」
「ああ、それね」
だがその時――俺達三人はありえない物を目撃した。
初めに気付いたのは、知恵。彼女は空を見上げながら、指をさし、首を傾げる。
「えっと……アレは何?」
「へ?」
「え?」
俺とシャロットも、知恵が指さす方角へ目をやる。
それは――どう見ても宇宙船としか思えないナニカが地面に落下する場面だった。
そして、俺達は、思わず駆け出したのだ―――。
3
一番初めにその場所へと至ったのは、私だった。
人気の無い荒野には――どう見てもこの時代にはない技術力でつくられた物体がある。
其処には――粉々に砕けた宇宙船と思しき残骸が散らばっている。
この意味不明な状況に、私は眉をひそめた。
「……って、勇気もラッタリカさんも、足速すぎ!」
勇気に続き、息を切らせながら知恵さんがこの場にやってくる。
彼女は一分程かけ呼吸を整えてから、例の物体に目を向けた。
「……で、これは一体何なのかな? 誰か、身に覚えがある人とか居る?」
「……いや、俺にある訳ねえだろ。マジで……何この展開? シャロット、もしかしてこれが悪魔ってやつか? これは、悪魔が乗って来た船とか……?」
が、私は真顔で首を横に振る。
「いえ、間違いなく違うわ。私達〝天使〟や〝悪魔〟の文明レベルは、その時代の人間の物と同じなの。要は、文明レベルに限って言えばこの時代の〝悪魔〟は中世期のソレという事。とてもこんな物をつくりだす技術は無い。だとしたら――これは一体なに?」
「つまり、ラッタリカさんが初めてこの時代に来た時は、これは現れなかったという事ね? ならこれは、私達が歴史を改変したが為に出現したと考えて良いじゃないかな?」
「……俺達が歴史を変えた事で、この船は現れたって言うのか? 確かにそう考えれば辻褄は合うけど、たかだか一つの国の歴史を変えただけでこうなる? 宇宙から人工物が降って来る様な状況になりえるか……?」
勇気がそう疑問を投げかけると、知恵さんはフムと首肯する。
「どうだろう? でも世の中には〝バタフライ効果〟っていう考え方もあるしね。私達という水滴が水面に落ち、その波紋が宇宙の端まで広がったという事はありえるかも」
「……成る程。その理屈は一理あるわね。でも問題はこれが何で、一体何者が乗ってきたかという事。その正体によっては……人類史は全く予期できない方向へ転がり込むわ」
そう痛感しながら私は周囲に目を向け、この船の主を探す。
船がこれほど大破している以上、乗組員は既に死んでいるかもしれない。なら、或いはそれでこの件は片付くかもしれないが、今の所、目当ての遺体は見たらない。
周囲の『霊力』を探り、私達以外に誰かいないか確認したが、結局空振りだった。
「……という事は、この船は無人? クルーは初めから居なかったと言う事? いえ、それを確認する手段は一つね。二人とも――私の手を取って」
「と、そうか。未来に移動して、世界史がどう変化したか探るんだね? 仮にこの船の持ち主が生きていて、今後何かをしたとしたら、未来にも当然影響がある。それを、未来に行って確かめると?」
「そういう事。じゃあ――行くわよ、二人とも」
私達三人は、私達の時代である現代へと時間跳躍した―――。
現代に――帰ってくる。だが人気の無い路地裏から出ても、周囲に主だった変化は無い。人気もちゃんとあって、私の直ぐ傍を子供ずれの主婦が横切る。サラリーマンが煙草をポイ捨てし、私は思わず目を怒らせた。
「って、この喫煙者弾圧時代に、何、あのマナーの悪さっ? そんな事だから、タバコ税はとどまること無く上昇するのよ!」
「なんでッ? なんで明らかにタバコ吸ってなさそうなシャロットが、そこまで激怒するのっ? シャロットが、喫煙者を擁護して何のメリットがッ?」
意味不明とばかりに、勇気がツッコム。
私はそれをスルーして、近くの図書館に向かう事にした。
「ええ。あの船も気になるけどシスカトリネ皇朝がどうなったか確かめに行かないと。勇気、図書館まで道案内して。でも、くれぐれも君や知恵さんが立ち寄りそうな所にはいかないようにね。この世界の君達と鉢合わせしたら、何かと面倒だから」
「この世界の俺? そう言えば前にも似た様な事を言っていたよな、シャロットは。……と、そういう事か。ここは確かに現代だけど、現世の現代じゃないんだな? 『錬念教の乱』を回避した時間軸の未来って事か?」
そういう事だ。ここは現世では無く、或る『死界』の未来。私達が変えた過去に通じる未来である。
ならば『錬念教の乱』を回避した事で、シスカトリネの最後にも何らかの変化があった筈。それを確認する為に、私達は図書館に行き着き、ラディウズ史の専門書を開く。
シスカトリネ時代のページを見つけ、読み漁ってみれば、ソコにはこう書かれていた。
「……シスカトリネ皇朝、無血開城でズーナス皇朝に移行。ギルクント皇朝以上に被害を出さず、名誉革命を成立させる。……やった! 歴史が変わった! 春日有近は約束を守ってくれた!」
静寂を重きにおく図書館で、思わず大声を上げる。けれどその興奮は私だけに留まらず勇気や知恵さんにも伝染。勇気は知恵さんの手を取り、知恵さんはその場を何度もピョンピョン飛び跳ねていた。
「――やったね、勇気、シャロットさん! 私達、本当にやったんだ……!」
「ああ、俺達はほぼ何もしてねえけどな! これは間違いなく有近さんの功績だけど――俺達やったぜ!」
けど、その興奮は長くは続かなかった。私はかねてから問題視している、グオルグ皇朝のページに目を向ける。ソコに書かれていたのは、私もよく知る史実通りの情報だった。
「……第一次世界大戦、勃発。死亡者数、二千万人以上。……やっぱり駄目か。シスカトリネを変えただけじゃ、近代文明に影響を及ぼすのは無理だった」
「ん? 要するにシャロットが変えたい次の歴史は、グオルグ皇朝って訳か? でもそのグオルグ皇朝には何の変化も無かった、と?」
「そういう事よ。けど、先ずは一歩前進したわ。この改変した歴史のデータをコピーして保存する。それが済み次第、今度は別の『死界』に赴き、グオルグ皇朝期の改変を始めないと」
故に私は懐からディスクを取り出し、それを何も無い空間に差し込む。一分も経たない間にディスクは空間から吐き出され、私はそれを手に取った。
勇気が真剣な面持ちで声をかけてきたのは、その直後である。
「なら、その前に一つ訊きたい。歴史の改変に危険が伴うとわかっていながら知恵を現代に帰さなかったのは、訳があるのか? もしかしてシャロットの時間跳躍には、回数制限があるんじゃ?」
相変わらずこういう事には頭が良く回るな、この男は。
私は正直に返答した。
「そういう事よ。私は――十万年間に十五回しか時間移動できないの。更に言うと私の現状と今後の割り振りはこう。先ず一万年前に戻って一回。勇気達の時代に戻って二回。シスカトリネ時代に戻って三回。有近の救出で四回。またシスカトリネに戻って五回。シスカトリネが変化した事で歴史がどう変わったかを確認するので六回。次の時代に行くので七回。その結果、どう改変されたか確認するので八回。次の時代に赴くので九回。それがどうなったか確認するので十回。現世に帰るので十一回。つまり、今の見積もりの時点でギリギリという事。それでも幸いなのは、今の所あの宇宙船はこの星の歴史に関わっていないらしい点ね。なら、このまま作戦を続行しても問題は無い筈だけど、知恵さんはどう思う?」
「んん? 私?」
「そう。勇気の言う以上に、これから私達は危険な時代へ向かう事になる。私もそんな場所に知恵さんを連れて行くのは本意じゃない。正直言えば……判断に苦しんでいるのよ。リスクを承知で知恵さんを現世に戻すか、それともこのまま作戦を続けるのがベストなのか」
呼吸を整えながら、私は知恵さんに目を向ける。自分でも卑怯だなと痛感しつつ、私は訊かなくても良い事を口にする。現に、知恵さんは嘆息してから私を見つめ返す。
「それはもう脅迫に近いよ、シャロットさん。私が現世に帰る分の時間跳躍を行った所為で、この作戦は失敗するかもしれないって事なんだから。そこまで言われて、〝はい、帰りたいです〟って私が言うと思う?」
「……そうね。本当に、その通りだわ」
「うん、そういう事。それに、これは私が自分の意思で始めた事だもん。なら、仲間外れにせず――最後まで私も二人に付きあわせてよ」
笑顔でそう告げる彼女に、私はただ呟くしかない。
「……本当に、ありがとう、知恵さん。それに……勇気も」
「何を今さら。私達はもうとっくにチームだよ――シャロットさん!」
「だな。それに、俺達が失敗したら、どっちにせよ人類は終わりなんだ。なら、知恵の身ぐらい、俺が守ってみせるさ」
それで、話は決まった。私は力強く頷いた後、次の時代へ赴く事にする。
勇気達の了解を取り――私達はグオルグ皇朝期へと時間跳躍したのだ。
◇
では、ここでグオルグ皇朝について軽く説明しよう。
かの皇朝は、長きにわたって続いた中世期に終止符を打った時代である。ラディウズで画期的な産業革命が起こり、その結果、人間社会の文明は大きく向上。製鉄業や蒸気機関の開発による産業レベルの刷新が起こり、人々の生活は一変する。
グオルグ皇朝の末期に訪れたこの大改革を、国民は諸手を上げて歓迎した。だが、それ以上にこれを好機と見たのが時の皇帝――四条ユミファスだった。
彼女は好奇心旺盛な人物であると同時に野心家で、この産業革命を利用しようと考えた。その技術の流失を押さえ、他国に漏れないよう図り――その上で自国の国力の上昇を促した。飛躍的に革新した製鉄技術を以て、最新型の大砲や銃や蒸気船を次々量産。その技術力を武器に各国への侵略を開始し、他国を巻き込んだ大戦を始める事になる。
これが世に言う第一次世界大戦――通称『ユミファス戦争』の始まりであった。
今の世にも伝説として語り継がれるこの戦争は実に十五年に及び、その死者は二千万にのぼる。ユミファスは同盟国であるジットルム、マージーの三国で――十五の国を攻略。
かの皇帝は――世界征服の一歩手前まで迫ったのだ。
「そうね。後もう僅か何かが違っていたら、グオルグこそ世界初の統一国家をつくり上げていたかも。……でも、その過程は実に凄惨な物だったわ」
シスカトリネからズーナスに至るまで、本来なら百年間内戦が続いた。だが、その間に死亡した人間は、恐らく二百万に届くか届かないかだろう。
だが『ユミファス戦争』はたった十五年で、百年かけて生み出された死亡者以上の人数を死なせた。『錬念教の乱』は内乱だったが『ユミファス戦争』は、他国を巻き込んで行われた大戦。その違いが――この桁外れの死亡者を生んだのだ。
「ええ。これは大砲が兵達の頭を抉り、患部を取り除く為にノコギリでその部位を切断する凄惨な時代。当時の武器の殺傷レベルに医術レベルが追いついていない為、死者の数は正にうなぎのぼりだった。私がこの時代を忌んだのはだからで……とても直視できる物ではなかったからよ」
そう告げながら、路地裏に身を置くシャロットは眉根を歪ませる。
彼女は真剣にこの時代について、憂いている様だった。
「成る程。話はわかった。要するにシャロットは――第一次世界大戦ごと消滅させたいんだな? 俺達の今回のミッションは――『ユミファス戦争』の阻止という事で良い訳だ?」
「そう言う事。でも、その反面、今度は〝神の啓示作戦〟は不発に終わるでしょうね。この時代でアレをやれば、間違いなく新兵器だと思われて迎撃されるから」
「だね。いよいよ、科学と呼べる物が発達してきたこの時代だもん。オカルトじみた物は、排斥されつつある。そんな中でアレをやれば、どうなるかはわかり切っているかな。でも、ちょっと脱線になるけど、これだけは言わせて欲しいんだ」
と、知恵は珍しく気合が入った声を上げる。彼女は、胸を張って断言した。
「漫画やアニメだとよく科学者が悪者になるけど、実際は全くのフィクションだね。確かに科学者は様々な物を開発しているけど、それを軍事転用しているのは権力者だもの。科学者は飽くまで人類に貢献する為研究しているのに、それを悪用しているのは為政者達。ダイナマイトもそうだし、飛行機もそうだし、核分裂もそう。だというのに、二次元世界では科学者が一番の悪者にされてしまうんだからやり切れないよ。つまりはそう言う事で、科学の発展自体に罪は無いの。問題は皆――それを使う人間達にあるから」
握りこぶしまでして、知恵は熱弁をふるう。流石は電子工学を専攻している、未来の博士。
〝罪を憎んで人を憎まず〟ならぬ〝人を憎んで科学を憎まず〟と普通に言ってのける。思わずそれに失笑しながら、俺は首を傾げた。
「なら、どうする? シスカトリネの時は内乱だったけど、今度は世界大戦だ。ハッキリ言って――規模がまるで違う。これを止めるなら、俺は二つ位しか案は無いぜ?」
「あら、偶然ね。私も似た様な物よ」
しれっと、シャロットは嘯く。彼女は、更に続けた。
「というか、この戦争を止めること自体はそんなに難しくないの。ある条件さえクリヤーすれば、恐らく戦争は起こらないから。問題は、それに失敗した時ね。そうなると、私達には手が一つしかなくなる。即ち――皇帝、四条ユミファスの暗殺よ」
聞く者によっては卒倒する様な事を……シャロットは簡単に言い切る。
だが、間違ってはいない。
何故ならあの大戦は、ほぼユミファスの独断専行で行われた様な物だから。詳しくは後述するが、つまり彼女はそういう女性なのだ。
「と、もう一つ確認していい? 今度は別の『死界』にって言っていたけど、ここはシスカトリネが改変された世界じゃない?」
知恵が訊ねると、シャロットは壁を背にしたまま頷く。
「ええ、先の改変された世界とは、別の世界よ。なぜなら歴史が変わった事で、不確定要素が生まれたかもしれないから。既存の歴史と変わっていたとしたら、それが私達の計画を阻害しかねない。それを避ける為にも、元の歴史通りの世界に来る必要があったの。因みにこの時代は、大戦が起こる一年前ね。今回は丸一年かけ、歴史を改変する事になると思う」
……やっぱり、そうか。
俺の構想でも、それだけの時間をかけなければ、この案件をクリヤーするのは無理だ。
「でも、一年かー。俺達もまだ成長期だし、普通に背とか伸びちまうな。その体で学校とか行ったら、皆に不思議がられるかも」
俺がぼやくと、シャロットはこれを否定した。
「いえ、そこら辺は問題ないわ。私達現世から来た者は『死界』では歳をとらないから。記憶は蓄積できるし、膂力のアップもできるけど、歳だけは今のまま。要は『死界』に居る限り私達は不老という事ね。……と、確認作業はここまでよ。そろそろ作戦に移りましょう」
壁に寄りかかっていたシャロットが身を起こし、歩を進めようとする。
その最中、知恵がもう一つ疑問を口にした。
「そう言えば、勇気って四条ユミファスを敬遠している節があったよね? ただの偶然かもしれないけど、高校でも授業でその事を習う日に限りサボっていたし」
「んん? ああ、あんま好きじゃない。というのも他でもねえ。何か千田流の開祖って、ユミファスっぽいんだわ」
「……は? 千田流って、あの不思議剣術? 皇帝ユミファスがその開祖? 冗談でしょ?」
「俺もそう思いたいけど、親父は頑なにそう言い張っている。俺がお前に幼児虐待まがいの事をしたのは、皇帝がこの剣術を絶やすなと言い残したからだと。なら、真っ当な人生を送りたかった俺としては、ユミファスに好意は持てなくなるだろ?」
相変わらず、下を見ながら歩を進める。シャロットと知恵はそれ以上何も言わず、ただ疑惑の目を俺に向けている様だ。
そんな時、路地裏を出て天下の往来に差し掛かった俺は眉をひそめる。
俺はそのまま――咄嗟にシャロットへテレパシーを送った。
《二人はそのまま――他人のふりして通り過ぎろ。俺に何がっても――気にせず進め》
《は、い?》
シャロットは疑問の声を上げるが、その時には全てが始まっていた。
直ぐ前を歩いている黒いフードを被ったマント姿の何者かが、俺とすれ違う。
その瞬間、その人物はあろう事か抜刀し――俺に斬りかかってくる。
俺はそれを普通に……いや、紙一重で躱し、シャロットに貰った日本刀を抜いて反撃する。これをかの人は当然の様に避けながら反撃し、俺とやつはただひたすらソレを繰り返す。
それどころか剣を振るう度に俺達のスピードは加速し、常軌を逸するレベルに達する。周囲を行きかう人達は、俺達が何をしているのか視認できない様だった。
放たれた攻撃を――躱しながら反撃する。
ただそれだけの行為を熟す俺達は、やがてソレに飽きたと言わんばかりに後方へ飛んだ。
「おまえ……何者だ? 悪いが俺は、他人に恨まれる覚えはねえぞ……?」
うん。何せこの時代に来てから、まだ十分程しか経ってないからね。ましてや、他人と関わったのはこれが初めてである。そんな俺が、命を狙われること等ありえまい。
そう惚けながら俺は思わず顔をしかめ、身長百五十八センチ程のそいつはクスクスと笑みをこぼす。
「何を言うかと思えば。君も私が、〝同類〟だと気付いたから躊躇なく抜刀したのでしょ? そこで質問よ。君、その剣術はどこで習った? 一応門外不出の筈なんだけどね、この業は」
この声は……女か。しかも、まだ年若い気がする。いや、いい加減、現実逃避は止めにしよう。仮に親父の言い分が正しく、この剣技が門外不出なら、答えは一つしかないではないか。
凄まじい偶然だが、余りにもご都合的すぎるが、だからこそ俺は息を呑む。フードをとったその少女を前に、俺はつい一歩後ろに下がる。見れば其処には、肖像画で見た事がある顔があったから。
ハッキリ言ってしまえばソレは正しく――皇帝、四条ユミファスその人だった。
《ユミファスっ? 今勇気の目の前にいる人物はあのユミファスだと――そう言ったッ?》
《……ああ、どうやらそらしい。正直、まるで意味不明だが……状況から見てこいつは四条ユミファスだ》
恐らく百メートルは先を行く、シャロットのテレパシーに答える。脳に響く彼女の声は、明らかに動揺していた。
当たり前か。何せ先ほど暗殺する事になるかもと断言した標的が、向こうの方から現れたのだから。ここまで来ると、茶番と表現するのも億劫だ。
《いえ、そうでもないわ。その出来すぎた偶然には、ちゃんとした理由があるの。私は今、歴史の改変に能力の大部分を使っているから》
《と……前にもそんな事を言っていたな、シャロットは。要は、こうして俺達の都合が良いように歴史が進んでいるって事?》
《ま、そういう事なのだけど、この因果の歪みは殆ど気休め程度の物なの。ほんのわずか歴史の改変が上手くいけばいい程度の強制力しかない。にもかかわらず勇気が皇帝と遭遇できたのは恐らく君は彼女と縁があるから。さっきの説明通り、千田流の開祖がユミファスだからよ》
……つまり、その縁が因果を結び、俺と彼女はこうして巡り会ったと?
そう考えると、これは決して偶然の出会いではない?
「何を呆けているのかしら、君は? それは私の質問に答える気はないと捉えて構わない?」
紫色の髪をポニーテールで纏めた褐色の肌の少女が、宣戦布告ともとれる質問を投げかける。
俺は慌てて、首を横に振った。
「いえ、まさか。皇帝陛下直々のご命令とあらば、それにおこたえしない道理はありません。ただ陛下が目の前にいらっしゃるというこの状況に、驚いてしまって」
「ん? 私が何者か知っている? それは妙ね。私は君と――会った覚えなど無いというのに」
「あ、いえ、それはですね」
……やべえ。つい正直に思った事を口にしちまった。お蔭で俺は更なる窮地に立たされたのだが、それを挽回してくれたのは彼女達だった。
《勇気。ユミファスが、皇帝の即位式に臨んだ時の事よ。知恵さんが言うには、ユミファスは白の広場という所で民衆相手に大見得を切ったらしいわ。〝私は何れこの国を世界の中心とするだろう〟と》
この有り難い情報を元に、俺はホラをふく。
「ええ、そう。陛下の即位式、アレを私も見学させてもらいまして。あの演説が余りに印象的で、今日まで覚えていたという訳です」
そう弁解すると、彼女は思い出した様に納得する。
「成る程。確かに、そんな事もあったわね。で、繰り返しになるけど、君は何者? よもや、父上の隠し子という訳じゃないわよね?」
「……いえ、まさか。私は千田勇気という者です。この剣術は父から習った物ですが、その成り立ちは私も知りません。ただ、子々孫々に伝えよと言われてきただけで」
「……センダ? センダって、数字の千に田んぼの田と書いて千田? だとしたら、これも随分な偶然だわ。私の近衛兵にも千田という者が居てね。武より文に長けているのに、私の近衛兵という損な役回りなの。そういえば、よく見れば顔も似ている気がする」
「え? まさか、そんな!」
というか……よもやそいつが俺の祖先? 俺の先祖は、皇帝の近衛兵だった? だとしたら驚きなのだが、今はそれどころじゃない。さっさと会話を打ち切り、この場を離れなければ。じゃなきゃ、どんな展開が待っているかわかったものじゃない。
俺としてはそのつもりだったのだが、またしても彼方より声が響く。
《いえ、これは絶好のチャンスよ、勇気。ここは二手に分かれましょう。勇気は何とかユミファスに取り入り、彼女と行動を共にして。ナーガム城に入りこんで、必要な情報を収集してちょうだい。その上で最悪の事態に備え――彼女の傍に張りついて》
《……はっ? 情報収集ッ? 最悪の事態に備えるっ? それって要は、ユミファスをスパイしろって事だよなッ? ついでに言えば――状況次第で皇帝を暗殺しろとそう言っているッ?》
《――平たく言えば、そう。大丈夫、君ならできるわ!》
《どんな確信を以て、そうぬかしているっ? オマエに、俺の何がわかると言うのかッ? 自慢じゃないが俺が騙せそうなのは、IQ二十未満のアレなやつくらいだぞっ?》
《大丈夫、平気、平気。私の直感が――そう言っているから。じゃあ、チャオ! 時が来たらまたこっちから連絡するわ》
……話はそれで終わった。俺がいくら呼びかけてもシャロットは応答せず無視を決めこむ。あの不良天使はマジで俺をヒットマンに仕立てるつもりらしい。このヤバすぎる状況を前に、俺は真剣にどうするべきか悩む。だが、俺はここでも先手を取られていた。
「それで、君は今どんな立場なのかしら? もしかしてその歳で職にもついていないとか? ああ、そっか。その剣の腕を生かす様な職に就く為、こうして首都を訪れたと? なら、ちょうどいいわ。この私が――君にとっておきの就職先を教えて上げるから」
「………」
実に関係ない話だが、この人、ちょっと雰囲気がシャロットに似ている気がする。この印象が俺をより憂鬱な気分にさせるのだが、彼女の勢いは止まらない。
「ほら、こっちよ。お姉さんが――君を良い所に連れていってあげるから」
……いや、あんたどう見ても俺と同じ位の歳だろう?
内心でそうツッコミを入れつつも――俺は四条ユミファスと共にこの場を後にした。
◇
で、彼女が言う良い所とは、屋外で開かれているレストランだった。ユミファスは何の躊躇もなく俺を座らせると、自分も対面の椅子に腰かける。手を上げ、さっさと注文を始めた。
「おばさん、今日はいい牛肉が入ったのね? じゃあ、ステーキ二つお願い」
「はいよ、陛下。にしても何だね。陛下は相変わらず、お城から出てフラフラして。陛下が迷子になるならまだしも、これじゃ私等庶民まで路頭に迷っちまいそうだよ」
アハハと笑いながら、四十すぎ程の女性がユミファスの注文を受領する。……どうも彼女はこの少女の正体を知っている様だ。
「んん? 何をまた呆けているの? もしかして、今の会話がおかしかった?」
「ええ、まあ。もしや、陛下はこの店の常連なのですか?」
「そうね。城のかしこまった料理に飽きた時は、大抵足を運んでいる。子供の頃一度来た時から、この味が忘れられなくてね。いえ、その時も城から抜け出して来たんだけど、あの時は割と大変だったわ。金目の物と言ったら、母から受け継いだダイヤの指輪くらいだったから。しかたなくそれを店の人に差し出したら、大騒ぎになってね。城から兵がやってきて、けっきょく連れ戻されちゃった」
微笑しながら、懐かしそうに彼女は語る。
よもや今も城では居なくなった皇帝を捜し回って、てんてこ舞いなのではと俺は眉をひそめた。
「で、それで世間の事を学習した賢い私は、六歳にして金貨が入った袋を片手に持って旅立った訳。エンヴァーまでは、辿りついたのだけどね。やっぱり兵がかけつけてきて連れ戻されたわ」
「エンヴァーっ? シスカトリネ時代では、国交も無かった、あの遥か彼方のエンヴァーッ? 陛下はたった六歳で、かの地に行き着いたと言うのですかっ?」
てか、ラディウズからだと、楽勝で一万キロ以上は離れているぞ。どんな六歳児だ。行動力があり過ぎて、逆にドン引きだわ!
「いえ、もちろん三年位かかったわよ? その間、父は満足に眠れないほど私の身を案じていたらしいけど」
「……成る程。それはなんというか、アレですね」
何と言う……親不孝者なのか。
彼女の事をほとんど知らない俺は、ただそう思う他ない。
「いえ、それより君の話をしましょう。君、恋人とか居る? それとももう既婚者?」
「……はい? いえ、まさか。……私は、女性と付き合った事さえありません」
「あ、そう。その歳で随分な奥手ね?」
彼女がそう思うのも、無理が無いかもしれない。何せ、時代は中世期末期。中学生ぐらいでもう結婚し、普通に子供を生んでいた時代の事だ。そんな中にあってこの年まで独り身というのは、確かに奇異な事なのだろう。それにしても、女子は本当にこういう話が好きだな。
「そっか。じゃあ――君は未だ童貞野郎なんだ?」
「……ブッ?」
いや、ユミファスの結論は、俺のソレとは次元が違った。
彼女は平気で高校生女子が絶対に口にしてはいけない事を、口にしやがる。
「あら、またつまらない反応ね。本当に不思議だわ。なんで誰も、このハイレベルな会話についてこられないのかしら?」
……あれ、本気で呆れている顔。
彼女は自分こそ、正しい事を言っていると確信している様だ。
「因みに――私もまだ処女よ。当然よね? 私はこの身を、祖国に捧げているのだから」
「………」
微笑みながら、告げやがる。いや、もういい加減、黙って欲しい。それ以前に、俺にその事を通達して一体何の意味があると言うのか? その辺りからして、俺には謎すぎた。
「で、そろそろ本題に入りたいのだけど構わない? それとも、もっと私とアレなトークを濃密に繰り広げたいかしら?」
「いえ、ぜひ本題に入ってください! それ以前に――陛下はご自分が見目麗しい女子である事をもっと自覚するべきだと思います」
思わず本音を漏らす。或いは、この人は人の本音を引き出す様な力があるのかも。口にした後で悔みながらも、俺はそんな感想を抱く。
だというのに、当の本人は意外そうな顔をした。
「は、い? それはまた……斬新な解釈ね? 強いとか腹黒いとかは遠回しに言われた事はあるけど、その意見は初めて聞いた」
「………」
そうなんだ? だとしたら、彼女の周囲の人間は何と人を見る目がない事か。自己申告通り強いし腹黒そうだが、それ以上に綺麗だと俺は思うんだけどな。この感想を共有できる者は存在しないと、彼女はそう言っている?
「ま、お世辞は有り難く受け取っておくわ。で、話は戻るんだけどアナタ、私に雇われる気はない?」
「……私が陛下に、ですか?」
オイオイ、何だよこの展開? 正しく、シャロットが望んだ通りの状況じゃないか。
俺が売り込む必要もなく、何れ被害者になりかねない彼女の方から俺を求めてきたぞ。
「ええ。実は今、人手が欲しくてね。使えそうな人間は皆、唾をつけている所なの。そんな時に出逢ったのが君と言う訳、千田勇気君」
「あ、いえ、私の事は勇気で構いません」
「では――勇気と。勇気は、私が雇用主ではいや? 言っておくけど、私以上の報酬を払える人間は多分居ないと思うのだけど?」
……それはそうだろう。何せ、相手は時の皇帝である。仮に俺が剣士で、本当に職を求め首都までやってきたのだとしたら、これ以上の条件はない。皇帝の方から誘いを受けた俺は、今賃金以上の名誉を得た事になる。
だが、御存じの通り、俺にはそれ以上に彼女の求めに応えなければならない理由があった。そうは思いつつも、俺は惚けた事を口にする。
「お話はわかりました。ですが、本当によろしいのでしょうか? 私はもしかすると――あなたの暗殺を企む賊の一味かもしれませんよ?」
というか、本当の事を口にしてみた。
それで彼女がどんな反応を示すか試した訳だが、ユミファスの答えは以下の通り。
「んん? だとしたら、それはそれで大変よね? だって君はまだ、私ほど強くないんだし」
「………」
皇帝の言っている事に、間違いはない。さっきの斬り合いでわかったが、この人は想像以上に強い。才能に限って比べても千田流史上最強の男と自称している俺より上である。つまり俺は最悪、一年以内にこの人を超えねば任務を果たせないという事。シャロットは平然と大丈夫とかぬかしていたが、それが俺の現状だった。フザケルナ。
「でも、君はまだまだ伸びるわ。五年後には今の君とは比べ物にならない程の力量を得ている筈。もし君が私を殺したいというならその才能に懸ける他ないけど、果たしてどうかしら? 私は更にその上を行く自信があるのだけど、これって間違い?」
「いえ、陛下の仰る通りです。ご存じの通り、私達の剣技は不意打ちが通用しません。私達は一定の空間内に敵の攻撃が侵入した時点で、体が勝手に攻撃を回避しますから。要はどう足掻いても、私が陛下を倒したいなら正面からぶつかるしかない。それだけの地力を、私は得る必要がある。なら、私は生涯陛下の背中ばかりを追い続ける事になるでしょう。決して追い抜けないまま、あなたの背中ばかりを見つめ続ける。陛下は、それでも構わないと仰る? その程度の器量しか持たない男を雇うと、そう言われるのですか?」
「それは――君なりの承諾の意と捉えて構わない?」
やはり微笑みながら、ユミファスは問い掛ける。
俺は自分の任務を達成する為にも、月並みな返事をする他ない。
「はい。私の様な非才でよろしければ。ですが、くれぐれも私の扱いには注意するべきだと進言させて頂きたい。私は何時、あなたの背中に斬りつけてくるかわからない男ですから」
「いいわ。つまり、その忠告が君の初仕事という訳ね? じゃあ、よろしく、勇気。仮に君が私を狙っていても――そんな事は忘れてしまうほど私は君を骨抜きにしてみせるから」
「………」
本当に自己評価が低いのか高いのか、わからない人だ。
そんな感想と共に――俺はユミファスが差し出した手を握っていた。
◇
俺と彼女が揃って皇帝の居城、ナーガム城に辿りついたのはそれから一時間は経ってから。
ユミファスはしれっと門番に近づくと、彼は慌てた様に敬礼する。
「……へ、陛下! また城を抜け出して! 獅子堂様が、どれほどお怒りだと思われます?」
「ええ、それは経験上知り尽くしているわ。でも、今日はそのお蔭で得がたい者を得たの。だから、それで今回の件はチャラにしてもらうから、安心していいのよ?」
「……意味がわかりません。もしやその得がたい者というのは、その少年の事?」
門番が何とも言えない顔で、俺に視線を送る。ユミファスは喜々として、これに応じた。
「そういう事。という訳でそろそろ通してもらえる? 彼の事を――皆に〝紹介〟したいから」
「はい、陛下。ですが、一つお尋ねします。私共は彼を、どのようにもてなせばよろしいのでしょうか?」
ユミファスはフムと考え込んでから、答えを返す。
「そうね。今の所、大佐待遇位?」
「……大佐、ですか? それはなんというか、アレですね?」
「うん。それも〝紹介〟の結果次第で変わるんで、今は何とも言えないのだけどね」
そう通達して彼女は門を潜り――自身の居城に帰還したのだ。
ファイナルジャッジ・前編・了
この物語は読んでの通り、歴史ものの側面もあります。
ですが、面倒くさがり屋な作者は、各国の歴史を調べて話の題材にするのは断固拒否しました。
それなら一から歴史を構築した方がいいとばかりに、勝手な歴史を捏造しております。
ただ錬念教の税の集め方の説明とか本当に必要なのかと、今でも疑問に思っております。
そうは愚痴りながらも、少しでも読者様に楽しんでいただければ幸いです。