神獣戦線・前編
七つで大罪!も高評価を頂き、しかもブックマーク登録もしていただきました。
読者様、誠にありがとうございます。
何時もの何時も、私の作品を読んでいただき、感謝に堪えません。
という訳で、今回は神獣戦線です。
実は、この話は、交鎖十字・花名連想の後に書かれた物です。
その為、キロの名前は出てきますが、奴は一切出てきません。
なので、安心して読んでくださいませ。
尚、今回の主人公は、エロに寛容なむっちりボディのパンチラキャラです。
それは、今も戦乱がやまぬ星での出来事。
ヒメカ・ヤギは、ルマという幼女と共に高山を踏破した末、ある人物を訪ねた。それは猫の姿をした賢者で、彼は自分をネコ博士と呼ぶようにヒメカに告げる。そのヒメカが彼に望んだ事は、地球に帰る為の宇宙船を彼に手配してもらう事だった。
というのも他では無い。ヒメカはこの星の住人ではなく、謎の力に導かれ地球から召喚された女子高生だという。その彼女には共にこの星へ飛ばされた兄が居たのだが、その兄が思いもかけない行動に出た。なんと、マストリア国で発見された宇宙船を彼は乗り逃げしたのだ。
文明的には中世期を抜け切れていないその星にとって、件の船は破格の存在である。その為妹であるヒメカはその責任を取らされ、莫大な借金を負う事になった。
その額――日本円にして最低でも三千億円。
とても個人では返せる額では無いその負債をなんとかするべく彼女はネコ博士を頼る。だが、既に世捨て人となっていたネコ博士は宇宙船の類をその前日に処分したと明かす。
絶望するヒメカだったが、彼女は自分の不幸体質を良く知っていた。これも何時もの事だと気持ちを切り替える彼女に、ネコ博士は提案する。〝神獣戦線〟なる物に参加し、そこで得た金銭を借金返済に使えばいいと。
〝神獣戦線〟とは神獣を使い行われる国家間の戦争。但しある理由から、その戦争で亡くなる人々は稀有だという。メルカリカ、ウォレットという二人の仲間を新たに得たヒメカは、神獣と共にその星の大地を駆け巡る。
やがて明かされるネコ博士の思惑と、ヒメカ自身の宿命。その全てが交差した時、彼女は最後の戦いに挑む事になる。
その時、自分の為には決して泣かなかった少女は、初めて自分の為に涙する―――。
序章
それは、ある少女が迷い込んだおとぎの国の物語。
神の名を冠する獣達と共におりなす、征服劇。
そして少女は今日も人語を解する猫達とじゃれ合いながら――遥か彼方の頂を目指す。
1
私が彼のもとを訪れたのは、四月の下旬を過ぎたある春の日の事。
彼を見た瞬間、私は目深に被ったフードをそのままにして、開口一番こう告げた。
「うわっ――本当に猫だわ!」
「……んん?」
場所は、数年は訓練を積まなければ到達できない、標高七千メートルの山の頂付近。その山の岩を人工的にくり貫いた洞窟に、彼は住んでいた。
ただ、その情報は確かな物ではない。私はただ近くにある町で、そう言った噂を耳にしただけ。
人々曰く、ワヌガス山には――猫の姿をした賢者が居を構えている。
この如何にも胡散臭い話を私が僅かでも信じたのは、それなりの理由があったから。この世に生をうけ十七年になるが、私は今、人生最大の難題にぶつかっていた。
その問題を解決する為に私はかの山を登り始めた訳だが、その結果がコレだった。
「いかにも我は猫だが、その猫に何の用だ、若いの?」
直立不動の猫が、当然の様に聞いてくる。意思の疎通が、しっかりと成されていた。どう見ても猫にしか見えないあの生物は、人の言葉を話しているのだ。
というか……二足歩行で、猫背じゃない猫とか、想像以上にシュールだ。特にあの猫は短足だし。
ここまでの旅の疲れからか、大きく息を吐き出し出しながら私は率直な感想を抱く。あの猫は、どう見ても短足だと私は思う他なかった。
「いえ、気を悪くしたならごめんなさい。私は――ヒメカ・ヤギと言います。えっと、あなたは?」
「んん? 生憎、我は世捨て猫でな。名は捨てたも同然なのだ。故に、我の事は――ネコ博士とでも呼んでくれ」
「……〝博士〟ね。成る程。どうやら噂は、嘘ではないみたい」
謎の納得を見せる私に、ネコ博士は間髪入れず直感した。
「〝博士〟と言う概念が通じている? この星の住人なら、まず意味不明と言った顔をする筈なのに? つまり君は――この惑星の住人では無いな?」
この星の人間なら間違いなく失笑するであろう事を、真顔で問いかけてくる。
いや、猫はたいてい真顔なので、当然といえば当然なのだが。
「正解。私の本当の名は――矢木妃花。地球という星から何故かこの星に飛ばされてきた、哀れな女子高生よ」
「女子高生。ああ、だからか」
と、今度はネコ博士が謎の得心を見せる。
「……はい? ちょっと、意味がわからないのだけど?」
「いや、君、無駄にスカート短いじゃん。間違いなく、山登りする様な格好じゃないじゃん。故に我は思う他ない訳だ。君は冬でも平気でミニスカートの制服を着ている女子高生かと」
「……そんなネコ博士に、悲報よ。残念ながら、最近の女子高生はスカートが長くなったわ」
完全に無駄話だと理解しながらも、私は言い切る。
ネコ博士は、思ったより平然としていた。
「いや、知っているし。前に地球に戻った際、その事は確認した。だが、残念である事には変わりはないな。我は足フェチ故に。街中を歩く際も、ミニスカ女子高生と遭遇する事だけがただ一つの楽しみだった―――」
「………」
……変態だった。町で賢者と噂されていた猫は、その実、ただの変態だった。
「というか四つん這いでニャーニャー鳴きながら近づくと、向こうの方から寄ってきた物だ。我は猫のフリさえしていれば、ただひたすら女子高生にチヤホヤされた物だよ。仮にこれが人間の男だとしたら、そうはいくまい。全裸で四つ這いになりながら、ニャーニャー鳴き、女子高に侵入しただけで、全ては終わる。その人物は間違いなく、社会的に抹殺されるだろう」
遥か遠い日を懐かしむ様に、ネコ博士は語る。
この上なく、どうでもいい話題をふってくる。
「いや、客人を立たせたままというのは不作法だったな。其処のソファーを使うといい、ヒメカ・ヤギ。中々、興味深そうな話が聞けそうだ。例えば我を訪ねてきた理由とか」
「……そうね。私もそろそろ本題に入りたかったところ」
少し雪がついたフードつきのマントをそのままにして、私はソファーに腰かける。
憂鬱そうに嘆息し、意を決した様に問い掛けた。
「率直に訊きます。あなた――私が地球に帰る方法とか知らない?」
「やはり、そう来たか」
ネコ博士が、椅子から飛び降りる。
彼はヒョコヒョコ歩きつつ、台所の流し場まで跳躍。器用にも、お茶を入れ始めた。
「ほれ、外は寒かっただろう」
「……ええ、ありがとう。それで、さっきの話なのだけど?」
差し出された湯呑を受け取りながら、私は同じ質問を繰り返す。
ネコ博士は、やはり真顔で告げた。
「うん。ぶっちゃけ――ほぼ無い」
「何で……?」
そんな筈はない。何故ならネコ博士は先程、地球に行った事があると言った。なら当然宇宙船の一つや二つは有している筈。それを使えば、私の一人や二人、事もなく地球へ帰す事は可能だろう。
もしこれが上手く行けば、私は人生最大の幸運を掴んでいた。
だというのに、ネコ博士はその前提からして否定する。
「というのも他ではない。実は、我はもうやる事をやり尽くしてしまってな。この星に骨を埋めるつもりだった訳だよ。だから、宇宙船の類は昨日の時点で全て破壊し尽くした。ああ、本当に惜しかったな。後一日、我の所に来るのが早かったら状況は変わっていたのに」
「……あの。その宇宙船は、もう一度、つくれないの?」
私の素朴な疑問を前に、ネコ博士は断言する。
「無理だ。材料が一切ない。ぶっちゃけ資材を集めるだけで、五年はかかるだろう」
……ソレが、淡い期待を抱いてここまでやって来た私の現実だった。吹雪の中、山を登って来た私に対する仕打ちが、コレ。お蔭で私は、机に突っ伏す他ない。
「……そう。そうだわ。わかっていた事じゃない、ヒメカ。私には、決定的に運が無いって。神に見放されたとしか思えない程の、不運と共に誕生したってわかっていた筈。そう、そうだわ。これくらいの逆境、何時もの事よ」
「なんか、だいぶ落ち込んでいる様だな。そんなにこの星は、お気に召さないか? 我としては、実に住みよい星だと思うのだが?」
解せぬとばかりに、ネコ博士が訊ねてくる。
私はフードを被ったまま身を起こし、肩を竦めた。
「それは、あなたにとっては、ね。でも、私にとっては些か事情が異なるの。実は私、この星に借金があるんです」
「フム、借金? それはいか程?」
「ええ――最低でもほんの三百万ゴールド程は確定らしいのだけど」
「ほう。〝日本の円〟で換算すると――三千億円程か」
どういう頭をしているのか、ネコ博士は即座にこの星のゴールドを日本の円に置き換える。
しかも表情を一切動かす事なく、まるでソレが当然の事の様に。
「驚いた。ここまで全く驚かない事に、驚いた。もしかして私の話、嘘だと思っています?」
「いや、そういう訳では無い。逆にある噂話を思い出した。何でもマストリアという国で恒星間航行用の宇宙戦艦が発掘されたという話でな。ところがその船は調査段階に入った時点で、とある人物に乗り逃げされたとの事。仮にその人物が君の親族なら、マストリアが君に全ての責任を問うてもおかしくない」
「飲み込みがはやくて助かるわ。――そういう事よ。かの船を乗り逃げして、行方をくらましたのが――私の兄。結果、彼の妹である私はその責任を負わされ、以上の金額を要求されたと言う訳。今もマストリアの監視人が、その扉の向こうで私の帰りを待っている」
「そうか。それで宇宙船が欲しいと? 借金を踏み倒し、そのまま地球に逃げ帰るつもりだったのか、君は?」
自然とも言える発想を、ネコ博士は口にする。私は、首を振った。
「まさか。確かにアレは兄が起こした不祥事だけど、彼が私の身内である事は変わりない。なら、マストリアとしては、私に何らかの賠償を求めるのは当然でしょう。――だから私としては、あなたに宇宙船を二隻用意してもらうつもりだったの」
「だとしたら、尚のこと腑に落ちんな。宇宙船を売る代償に、我は何を得る? 君もまさかただで、我が他人の為に宇宙船を用意するとは思っていまい?」
「そうね。なので、今日は交渉に来たわけ。私はあなたの為に、何をすればいいのかと」
「成る程。ま、その宇宙船が無い以上、この話自体ご破算だな。君にとっては残念だろうが、このままお引き取り願うしかない」
これで話は終わりだとばかりに、ネコ博士は此方に背を向ける。その時、私が思い出した様に被っていたフードを取り、素顔を晒す。私は笑顔で彼を呼び止めた。
「ええ、愚痴を聞いてくれただけで、少し楽になったわ。それだけでもここまで来た甲斐があったと思う事にします。――有り難う、ネコ博士。もう二度と会う事は、無いでしょうけど」
お礼を言いながら、私は立ち上がる。同時にネコ博士は、こっちを振り向きこう結論した。
「――何とっ? 美少女やんけッ? 自分、美少女やんけっ? なぜそれをもっと早く言わないッ? そうとわかっていたら、我の対応も変わっていたのに――っ!」
「………」
女子から見れば……最悪の反応だった。
かの賢者は、人を見かけで判断する最低野郎だった。
「……そ、そう? 私、自分では良くわからないのだけど?」
栗色の長い髪を背中に流しながら、私は首を傾げる。確かに一月に三枚の割合でラブレターなるモノを貰っていたが。私、そんなに美人だろうか?
「まさか自分の武器を、こうも自覚していない人類が居ようとは。わかった、良いだろう。ここは我が、マネジメントというやつをしてやろうではないか。君の、借金返済の為の」
「……マネジメント? つまりネコ博士が私に同行し――負債返上の目処を立ててくれると? でも、その代償は?」
「ああ。一日一回フトモモに乗せてもらって、頭を撫でてくれればそれで良い」
「……え? それは、本当に?」
てっきりパフパフでも要求されると思ってだけに、正直肩すかしを受けた気分だ。この猫、変態の割に欲が無さすぎる。それとも単に、私に性的ポテンシャルが足りないだけ?
「……ま、その位なら」
「ウム。では――契約成立だな。ならさっそく提案なのだが、こういうのはどうだろう? 君も――〝神獣戦線〟に参加する、というのは?」
「……〝神獣戦線〟」
その名称を聴き、私は思わず息を呑んだ。
◇
ではここで、私ことヒメカ・ヤギに関して少し語ってみよう。
先ず強調したい事は、私はとても物語の主人公にはなりきれないという事。その程度には無個性な性格だと、私は自負している。
なにせ私には、面白エピソードなど殆ど存在していない。家族も、夫婦仲が円満な両親と、少し素行の悪い兄が居るだけ。とりわけ不遇でもなければ、ずば抜けて幸福ではないのだ。
例えば――生き別れの姉が居るとか、ビッグバンを起こせるとか、会話しただけでその人物の動向を推理できるとか、家が殺し屋を営んでいるとか、〝皇帝〟を目指しているとか、ギャルゲーの主人公みたいな生活を送っているとか――そういう事は、一切ない。
くどい様だが、私の実家は一般的な家庭で、私自身も個性と言う物が欠落している。そんな私の唯一の特徴といえば、ヒトより若干、不幸体質というところだろうか? いや、それさえも、本当に不幸なヒトに比べたら、大した事はない。
単に二歳のころ原付バイクにひかれ、十歳のころ車にひかれ、十五歳のころダンプにひかれただけだから。
更に、小学生の頃ニンゲン関係に悩み精神科に通って、ホ■ゾンという薬を処方された。だが、迂闊にも私はそのホ■ゾンを多量摂取してしまい、今度は自律神経を病む事になる。常に脳や躰が加熱している様な感覚を覚え、ロクに夜も眠れなかったものだ。
やがて、ジ■レキサという薬を服用する事でその問題は解決したのだが、更なる不幸は続いた。今度はそのジ■レキサをのみ続けないと不快感が止まらないという症状が発生したのだ。いや、一回ジ■レキサを抜いただけで、そう言った症状が一年以上継続した。そして遂に私は精神的に追い込まれたのだ。
その時、私は初めて知った。ニンゲンという生き物は、追い詰められすぎると、肉体に変化が生じると。何もしていないのに身体中が死ぬほど痛み始め、私は遂に救急病棟を頼る事になる。
けれど、どうやら私の様な症状は初めてらしく、急患担当の医師達は処置を放棄。結局なんの改善もされぬまま、私は家に帰される事になった。
あの時は〝こうなった以上、もう死ぬしかない〟と思いつめた物だったが奇跡は起こった。何とあの呪われし(※呪われていません。関係者の方々、本当に申し訳ありません)ホ■ゾン(頓服用)を二錠飲んだだけで躰は回復。私は死の一歩手前で、ギリギリ生き延びたのだ。
他にもリ■パダールという薬を飲んで、真綿で首を絞められる様な感覚を味わった。凄まじい尿意が二十時間以上止まらず〝やっぱりもう死ぬしかない〟と思った事もあった。普通に三回以上は死にかけているのだが、その度に私は何とか生き延びてきた。つまりはそう言う事で――私は悪運だけは強いのだ。
けれど、たったそれだけで物語の主人公になれる物だろうか? 答えは恐らくノーだろう。世の中には、私より不幸なヒトなど山の様に居る筈だから。
そうは思いつつも、私は今かのネコ博士と向き合う他ない。
「成る程――〝神獣戦線〟ね。実に模範的な解答です」
「ほう? では、君もその案には気付いていたと?」
彼の問いに、私は首肯する。
実の所、私もそれは考慮していた。それが最も手っ取り早くお金を稼ぐ方法だと、この星に来て二日目には察していたから。
けれど、それには一つだけ問題がある。
「ええ。〝神獣戦線〟に参加するには、神獣を集めるのが必須。でも、その生息地が書かれたマニュアル本は、余りに高すぎるんです。私には、それを買うだけのお金が無い」
何せそれは――国家規模で行われている一種の戦争。その為、かのマニュアル本は、永世中立国であるザンジアという国でのみ売られている。その額は小さな国の国家予算に匹敵し――軽く百万ゴールド程もするのだ。
いや、千ゴールド払えば、内容を記録しない事を条件に、閲覧する事も可能である。但し一度きりで、五分間という時間制限付き。けど、四十種いて約千五百騎いるとされる神獣の全情報を記憶するのは、至難の業だろう。少なくとも私には、無理だと思う。
「だな。確かに、並みの人間には不可能だ。だが、仮にその不可能を、可能にする人物が居るとしたら?」
「つまりネコ博士には、そんな特異な知り合いがいると?」
私が眉をひそめると、今度は彼が頷く。
「一年ほど前の事か。かの者が、我を訪ねてきたのは。用件は実に単純で、自分と一緒に〝神獣戦線〟に参加しないかと、我を誘いに来たのだ。しかし、我は断った」
「それは、何故?」
「いや、普通にやつが――肥えていたから」
「………」
……やっぱり見かけで決めたのか、この猫は。
「我と会った時も、スナック菓子をボリボリボリボリ食べ続けおってな。流石にこれは無いだろうと直感し、頑として辞退した。帰った後は塩をまき、二度と来るなと神に祈った物だ」
「……徹底して人を見かけで判断するのね、あなた。ここまで来ると、寧ろ清々しい位です」
「褒め言葉として受け取っておこう。しかし、こうなった以上、かの者の力を借りなければ話は進まないだろう。それとも、マストリアに掛け合ってみるか? 自分も〝神獣戦線〟に参加するから、マニュアル本を読ませて欲しいと?」
「……いえ、恐らく無理でしょうね。事は国家機密に相当する物だもの。それを私の様な非才に見せても、マイナスしか生まないとかの国は判断する筈。私が〝神獣戦線〟に参加するなら自力でどうにかするしかないと思う」
「要は、我の案に乗るしかないという訳だな。では――話は決まりだ。早速会いに行こうではないか。あのデブ、もとい、肥えた者に」
「……そうね。そうしてもらえると、有り難い。でも、どうやってその人を探すつもり? あなたの事だから、きっと住所さえ聞いていないのでしょう?」
果たして、ネコ博士はもう一度首を縦に振る。その反面、彼は淡々と続けた。
「いや、そこら辺は問題ない。実はこの部屋に来た人間の動向は、全て追跡が可能でな。それによるとかの者は、ここから十キロ離れたジトレという町に居る」
「十キロ……ですか? 思いの外離れていないわね。私にしては、えらくついているわ」
こうして私達の長話は漸く終止符を打ち、次なる行動に移ったのだ―――。
◇
私とネコ博士は、揃って彼の家を後にする。
戸を開け外界に出ると――其処には齢十歳の少女が立っていた。
「……思ったより、時間がかかったわね。……何を話していたの、ヒメカ?」
「悪かったわ、ルマ。そう思うなら、あなたも来れば良かったのに」
「……いえ、もしかしたら私に聞かせたくない話題もあるじゃないかと思って、気をきかせたのよ」
「ルマに聞かせたくない話? ナニソレ?」
「……例えばマストリアを裏切って、自分だけ母星に帰るつもりとかそういう悪巧み。……でも、そうね。……ヒメカは、そういう事は全く考慮しない性格だったわ。……徹底したお人好しだものね、あなた」
まるで年下の少女を窘める様に、ルマは告げる。……十歳の少女に、本気で呆れられてしまったよ、私は。
「……で、その二足歩行の猫が、例の賢者様?」
長い黒髪を背中に流した、和服姿の幼女が訊ねる。
ネコ博士は相変わらず、マイペースだ。
「おう、若いの。いかにも我がネコ博士だが、それが何か?」
「……ハカ、セ? ……ハカセって、何?」
不思議そうに首を傾げる。どうやらこれがこの星の住人の、正しい反応らしかった。
「ええ、その事は追々話すわ。それより予定が変わったの。私達はこれから――〝神獣戦線〟に加わる事になりました」
「……つまり、宇宙船は手に入らなかったという事ね? ……なら察するに、これからあなたがとるべき道は、その為の人材集めといったところ?」
相変わらず、賢いお子様である。
私は頷く事で答え下山しようとしたのだが、それをネコ博士が止めた。
「いや、その必要はない。向こうにエレベーターがあってな。登山や下山する時は、それを使っている」
「何と! 流石、自ら博士と名乗るだけの事はあります。そんな便利アイテムがあるなんて」
ネコ博士が雪を拭い、隠しボタンを露わにする。それを押した途端、岩山の一つが稼働し、岩壁が左右に開いていた。ネコ博士と私は躊躇なく、その中に搭乗する。
「……え? ……なに、その超展開? ……なんなの、その謎物体は? ……本当に乗って平気? ……爆発とかしない?」
「うむ、問題ない。下等な未開人よ。でなければ、我が自ら乗り込んだりはせぬわ」
「……いえ、ちょっと待って? 今、〝下等な未開人〟って言った? あなた、可愛い女子には優しいキャラじゃなかったっけ?」
その論理で言うなら、ルマは十分可愛い部類の幼女なのだが?
「いや、我の守備範囲は、十五から十八までだ。要するに、巷で言う所の女子高生だな。我は女子高生以外、興味がないのだ」
「………」
……変態だった。正に、真正の変態だった。一体どんなレベルの変態性を、真顔でカミングアウトしているんだ、この猫は?
「そう言った訳だから、気を悪くしないでもらえると助かる、発展途上の幼女よ」
「……ルマ・デミニオンよ。……そう呼んでもらえると、私も助かるわ」
自己紹介しながらルマもエレベーターに入り――私達三人は速やかに下山したのだ。
2
で、これはジトレにつくまでの会話。
「つまりあのルマという幼女が、君の監視役な訳か? あの様な年端もいかぬ小娘が?」
私の右肩にしがみつきながら、ネコ博士は小声で問い掛ける。私は、頷くしかない。
「そういう事よ。マストリアが何を考えて、彼女を私の監視役にしたかは知らない。ただ、何の文句も無くそれに従っている以上、ルマにも色々事情があるのでしょう」
因みに下山した途端、暑くなってきたので被っていたマントは脱いでいる。
春の程よい太陽に照らされながら、私達は舗装された道を歩いていた。
「というか前から疑問に思っていたのだが、君のその服は何だ? スカートは短いは、ニーソは穿いているは。まるで、ライトノベルのヒロインその物だぞ? 言っておくがこの星の住人は中世のヨーロッパみたいな服装で、だからソコまで大胆じゃない」
「……ええ、ええ。良く理解しています、そんな事は。町じゃ男性とすれ違う度に、奇異な視線を向けられるもの、私。でも、仕様がないのよ。私は可能な限り目立つ様、マストリアの役人に言われているから」
自分でも貌が赤くなっているなと自覚しつつ、愚痴ってみる。
ネコ博士は不思議そうに、目を細めた。
「それはもしかして、左肩についた〝マストリアは常に優秀な人材を募集しています〟という垂れ幕と関係がある?」
「そうね。私は一種の広報も担っているの。この服はその垂れ幕に目が行くよう配慮された物で、決して私の趣味じゃないわ」
「そうか。女子は常に露出願望があると言われているが、君は違う訳か? そんな君に忠告しておこう。〝女子にとっての可愛い〟は〝男子にとってはエロい〟という事だと」
……ぶっちゃけていた。決して女子に面と向かって言ってはいけない事を、何の躊躇いも無く、この猫は言い切る。
「ああ。正直、ミニスカの女子高生とか、ある意味ハダカよりエロいと思っていた物だよ、我は。女子は可愛いと思って着ていたんだろうが、我にしてみればアレは卑猥過ぎた」
「……そう言えば一つ質問なのだけど、ネコ博士って何者? さっき地球に行ったことがあるって言っていたけど、それは地球が母星という事? それとも、ただの観光で地球によったという事ですか?」
「んん? その答えは、前者だな。我は元々――地球人だ」
今明かされた……衝撃の事実。この猫は、私と同じ地球人という事だった。猫なのに。
「故に我は知っている訳だ。ライトノベルでは例え戦士でも、それが女子ならプリーツのミニスカートは当たり前だと。下着が見える危険性などまるで考慮せず、ミニスカートのまま堂々と最前線で武器を振う。そこに何の疑問も抱く余地が無い事を、我は良く理解している」
……そうなんだ? ライトノベルは全く読まないから知らなかったが、皆、私の様な格好で剣をとっている? 自ら望んで、こんな危うい服装だというのか、彼女達は?
「というか平たく言えば単にその方が、人気が出るからなのだが。そのお蔭で、今や生足だけでなくヘソや胸の谷間まで露出しているからな、ライトノベル。胸の谷間を出させる為に、急所である左胸を鎧が被ってないなんて珍事も発生している。そう言った意味では、まだマシな扱いかもな、君は」
……また答えに困る様な事を言いだすな、この猫は。ただ、もしこの話がマストリアの官僚に聞かれたら、私は更なる窮地に追い込まれるかも。だがその不吉な影が迫りつつあると、非才である私は未だに気付かない。
そんな頃、私達は目的地であるジトレ町に辿り着く。
私とルマとネコ博士は――件の町に足を踏み入れたのだ。
◇
で、ジトレに入ったときルマが此方に振り返る。
彼女はその体のまま、普通に告げた。
「……割と大きな町ね、ここ。……となると、ヒメカにはマストリアの大使館に寄ってもらわないといけないわ」
「成る程。君には今に至る経過報告を、かの国にする義務がある訳か、ヒメカ・ヤギ?」
「そういう事ですね。尤も、この町にマストリアの大使館が本当にあればだけど」
などと私がネコ博士に応対している間に、ルマがその辺りの事を町の人に訊ねる。
私がこの素早い対応に舌を巻いている内に、彼女は得るべき情報を得ていた。
「……良かったわね。……大使館、あるらしいわよ。……私はあなたの人権を考慮して、外で待っているから、さっさと行って来たら?」
「人権って大げさだなー、ルマは。この前よった時は、単にこの衣装になるよう言われただけじゃない」
「……いえ、その時点で相当なセクハラなのよ。……その事にも気付いていないなんて、どこまで自分に興味が無いの、あなた?」
またも年上のお姉さんを窘める、十歳児。
私としては返す言葉も無いので、苦笑いするしかない。
「ま、とにかく貌を出してみるわ。えっと、ネコ博士はどうする?」
「ウム。ちょっと面白そうだな。我は君に同行しよう」
それで話は決まった。私はルマから大使館の場所を訊き、其処に向かう。ルマは有言通り門の前で足をとめ、私とネコ博士の二人が大使館の敷居を跨ぐ。
するとネコ博士は四本足で歩き出し、ニャーニャー適当に鳴き始めた。
「それはまさか、普通の猫のフリをしているの? やっぱりあなたが件の賢者だとバレると、不味いから?」
「そういう事だな。我も悪目立ちはしたくないので、君もそのつもりでいてもらいたい。出来れば抱きかかえてもらえると、もっとありがたい」
「悪いけどそれは約束した報酬以上の要求なので、断らざるを得ないかな?」
「……チっ。意外としっかりしているではないか、君は」
……悪意満々の舌打ちと共に、ネコ博士は一応納得した。
大使館といえば面会人が多いイメージがあるが、何故か私は殆ど待たされなかった。面会の手続きを行ってから、僅か五分程で大使の部屋に招かれ、私はそれに応じる。
部屋に入ってみれば、其処には二十歳前半の細身な男性が居て、彼は私に席を勧めてきた。彼は何故か悩ましげな表情になり、意を決した様に口を開く。
「……定例報告ご苦労様、ヒメカ・ヤギさん。……どうやら当方が要望した通りの制服を着用している様で、何よりです。……で、ですね、私としては非常に、本当に非常に申し上げ難いのですがまた提案があるのです」
「はぁ、提案?」
というか、まだ具体的な報告は何もしていなのだが、それより大事な話があると?
私が首を傾げていると、彼ことビネザ・ヒッチ大使は切りだす。
「はい。……実は本国から――あなたの抱き枕を販売したいと言う申し出がありまして。……どうしたものかと、頭を抱えていたのです」
「……抱き枕? 私のですか?」
なんだ、それ? ちょっと理解不明である。そんな物、どこの誰に需要があると言うのか?
「……いえ、かと言って当方もあなたの肖像権を尊重し、二次元キャラ化させています。衣服こそ同じですが、顔はあなたをモデルにした似顔絵に過ぎません。と、百聞は一見に如かずですね。……これが、その見本品なのですが」
ヒッチ大使自ら件の抱き枕を机からとり出し、広げて見せる。
それを見せられた私は、取り敢えず首を傾げた。
「あの、私の服、ちょっとはだけていますね?」
「……そ、そうですね! はだけていますね!」
うむ。下着こそ見えていないが、胸の谷間とか、太ももがギリギリまで露出しているではないか。
「あと、私、そんなに可愛くないです」
「……い、いえ! ヤギさんは、十分、美人ですよ!」
何かヒッチ大使の方が、よほど恥しそうに顔を赤らめている。〝何で俺がこんな羞恥プレイに参加しなくちゃならないんだ〟的な表情だ。
そう言った意味では、私より寧ろヒッチ大使の方がよほど犠牲者と言えた。
「えっと、要はそれをマストリア名義で販売したいと?」
なら私は構いませんけどと言い掛けた時、ヒッチ大使が凄まじい剣幕で待ったをかける。
「早まらないで――ヤギさん! 話はまだ終わっていませんから、どうか早まってはいけません!」
「……と、いうと?」
何か、治安維持軍に自殺を止められているヒトみたいな気分になって来た。
私がもう一度首を傾げると、彼は大きく息を吐いたあと切り出す。
「じ、実は、裏はこうなっているんです!」
彼が件のカバーを裏返す。其処にはニーソ以外、何も身に着けていない貌だけ正面を向いた私の後ろ姿が描かれていた。
簡単に言えば――〝裸ニーソ姿〟というやつである。
「……あー、成る程。確かにこの星の殿方には、刺激が強すぎるかもしれませんね」
にもかかわらずこの線でゴーサインを出した、アイバス法術長の面の皮はどれだけ厚いのか。そんな事を疑問に思いながら私は一考し、やがて速やかに結論した。
「わかりました。では――その方向で」
「……本気ですか、ヤギさんはっ? これを販売したら、もう町中なんて歩けなくなりますよ――ッ?」
「いえ。だってそれ、どう見ても私より可愛いですし。絶対、誰も私だって気付きませんよ」
「……ほ、本当に良いんですね? 私、責任持てませんよ?」
「ええ。その代りその抱き枕の売上金の五パーセントを、借金の返済にあてるという事で」
服の時と同様そう商談をもちこむと、ヒッチ大使は尚も納得いかなそうに眉をひそめる。
それでも彼の立場からすれば、承諾するほかない。
「わ、わかりました。ヤギさんが、それで良いと言うのなら」
交渉はそれで決着し、私は一度だけ微笑んだ後、席を立ったのだ。
「というか、アレは間違いなく、兄の影響ね」
大使館から伸びる長い道を進む途中、私は思い出した様に愚痴る。
ネコ博士は、ここでも察しが良かった。
「ほう? つまり、君の兄はかなりのオタクだと?」
「そういう事です。私達がこの星に飛ばされたのは、ちょうどその手のイベントの帰りでね。兄が所持品検査を受けた時だったわ。その手のグッツを見たアイバス法術長が、えらい衝撃を受けていたのは。彼は間違いなく、それを真似したんだと思う」
「で、君はそのイベントで、売り子としてコスプレをしていたと?」
「……やっぱり良い勘しているわ、あなたって。そうよ。あの日、お駄賃目当てに兄に協力したのが、全ての始まり。もしかしたらあの日、兄に同行しなければ私はこの星に飛ばされる事はなかったかも。……というか、ちょっと不思議よね。オタクのヒトって孤高なイメージがあるのに、何であんなに自己主張は強いのかしら? 私からすると、彼等は自分の趣味を他人に理解してもらおうと思っていない気がするのに」
が、ネコ博士は首を横に振る。
「いや、そうでは無い。オタクというのは口ではほっといてくれと言いつつも、実は別の想いもあるのだ。自分達の事をわかって欲しいという願望も、しっかりあるのさ。――オタクを題材にした作品や、オタク趣向なキャラがウケるのがその証拠だろうな」
「あー、らく☆しゅたのコニャタちゃんとか、そんな感じよね。後、確かにコ○ケを題材にした漫画とかも、かなりウケていた気がした」
というか、話が合っていた。私とネコ博士は今、実に自然な会話を繰り広げている。
「いえ、それ以前に改めて思ったわ。二次元はともかく、三次元でこんな格好している人が居るとしたら、それはただの痴女だと」
まるで他人事の様に断言する。ネコ博士が珍しく怪訝な声を上げたのは、その時だ。
「というより、我が心配なのは君の貞操観念だ。その痴女同然の格好をしながら、平然としている君は何だ? 抱き枕の件をアッサリ承諾したのは、どういった思惑から? 君、まさかこうなった以上、行き着く所まで行こうとか思ってないだろうな?」
「いえ、そういう考えは一切無いわ。私を大事に育ててくれた、父や母に悪いもの。その辺りの話は、マストリア側も承認済みね。だから彼等も、ギリギリの所でしか攻めてこない訳」
第一、私に対しそんな要求をしてくる物好きは、ほぼ居ないだろう。
「成る程。今の話で思い出した。ちょっとエッチなアニメを見ていた時我は思ったものだよ。〝こんな卑猥な台詞を言わせているあたり、これって絶対、声優さんに対するセクハラだよね?〟と。これはそれに類似するケースと、思って良い訳だ?」
「……いえ、その例えは意味不明なのだけど、余り深刻に考えないでもらえると助かります」
それで話は終わった。私とネコ博士はルマが待つ大使館の前に行き着き、彼女と合流する。
続けて今度は――人探しに勤しむ事になったのだ。
◇
私がその事に思い至ったのは、暫く経った頃。
「……と、そう言えばマストリアに、私が〝神獣戦線〟に加わる事を伝え忘れていた。ねえ、ルマ、これって不味いかしら?」
私の監視役である幼女に問い掛ける。彼女は平然と、言い切った。
「……別に良いのではなくて? ……その話自体まだ軌道に乗っていない訳だし、もしかしたら企画倒れになる可能性もある。……マストリアには、全ての準備が整ってから報告しても遅くはないと思うわ」
実に的確な助言である。ルマの言う通り現時点では人材という物が私達には足りていない。その穴を埋めない限り、とてもじゃないが〝神獣戦線〟には参加できないだろう。
そんな状態でマストリア側にこの話をしても、全否定される恐れがある。だとすると、せめて件の尋ね人を探すまでは、このカードは伏せるべきかも。
私がそう得心している間に、私の肩にしがみつくネコ博士は何故か首を傾げていた。
「んん? おかしいな。レーダーによれば、かの肥えた者はここから半径四メートル以内に居る筈なのだが」
「え? ちょっと待って? あなた、そんな発信機みたいな物、持っていたっけ?」
何時の間にかネコ博士が手にしていた四角い機械を見て、私は眉をひそめる。
彼は、普通に応じた。
「いや、これは五次元ポケットから取り出した物だ」
「……は? 何ですって?」
「だから、五次元ポケットから取り出した物だと言った。本当は四次元が良かったのだが、何故か危険な香りがしたから一次元上げてみた」
「……そうなんだ」
いや、何だかツッコミどころ満載だが、ここは納得するほかない。今、この件を深く追求したら私達は負ける。何に負けるかは良くわからないが、それだけは確かだ。
そう納得して、私はこのへんの話はスルーした。
「……というか、その不思議物体こわれているのではなくて? ……このあたりに肥えた人なんて、全く居ないわよ?」
ルマの言う通りだ。私達の周りには現在、痩身の男性五人と、やはり細身の女性が三人ほど居るだけ。私達の周囲四メートルには、それだけの人達しか見受けられない。
「そうね。その人の顔を知っているのはネコ博士だけなんだから、もっとしっかりしてもらわないと」
が、私が彼を軽く窘めた時、彼方から此方に向かって声が届く。
「ん? あれ? もしかして――ネコ博士?」
とある人物が、私達に視線を向ける。
私と同じ位の年頃の、金髪で褐色の肌をしたエルフ耳の少女が椅子から立ち上がる。
ランチの途中だった彼女は、フォークを銜えたまま此方にヒョコヒョコ歩み寄ってきた。
「やっぱりネコ博士だー。御饅頭みたいに真ん丸なその顔つきは、間違いない!」
……というか、美少女だった。
誰がどう見ても、私なんかじゃ歯が立たない、美少女様だった。
「……え? ちょっと待って? もしかしてこの人が、私達の尋ね人?」
ネコ博士に対し、何とも言えない口調で問う。彼は、ただひたすら慄いた。
「……は? マジ? お主があの――肥えたデブ野郎?」
「ちょっと――ネコ博士!」
本人の前でその発言は、幾らなんでも失礼でしょっ? 流石の私もそれくらいはわかるので若干焦る。けれど、当の本人はケロっとした物だった。
「あははは。確かに、当時のボクが肥っていたのは間違いないからね。その所為でネコ博士にフラれちゃったのも事実だから、仕方ないかなー」
何だ……この子、天使か?
これだけの悪意を向けられ、なぜ笑顔を崩さないのか、私は心底謎だった。
「……んん? って、何その美少女に美幼女は……? ……真剣に可愛いんだけど、どっからさらってきたの?」
「えっと、ご挨拶が遅れました。私はヒメカ・ヤギで――この子はルマ・デミニオンという者よ。現在、ネコ博士のパーティに、加えさせてもらっているの」
エルフ耳の美少女は何故かキョトンとし、それから胸を張って断言する。
「成る程。じゃあボクも名乗らせてもらおうかな。ボクの名は――メルカリカ・ヴァウマー! この大陸最高の情報屋とは、紛れもなくボクの事さ!」
「情報屋」
「そうそう。世の中で一番大事なのは、情報。その情報収集の為、一年間、大陸中を歩き回っていたら何かゲキ痩せしちゃってさ。今では体が、軽い、軽い!」
それが事実だとすると、私達はネコ博士のレーダーが無かったら一生会えなかったかも。すれ違いにすれ違いを、重ねていたのかもしれない。
「何にしても、丁度良かった。実は、ボクもネコ博士に会いに行く途中だったんだ。今度こそ君を口説き落とす為に、ね」
不敵に微笑みながら、彼女は告げる。私から見ても、彼女の全身には、絶対的な自信がみなぎっていた。
そうか。だとしたら、彼女が、ネコ博士が住む山の近くに居た事も合点がいく。
その時、彼女ことメルカリカ・ヴァウマーの表情が変わる。彼女は笑顔を消し、値踏みする様に私達を見た。
「でもちょっとコレは誤算だったかなー。既にネコ博士が、仲間を持っていたのは。で、これは何の集いなの? もしかして〝神獣戦線〟に参加する為のメンバーとか?」
「だとしたら?」
ネコ博士が、短く問い掛ける。彼女はやはり挑む様に、言葉を紡ぐ。
「なら、ボクも訊かせてもらおうかな。彼女達と手を組むメリットは、何? この彼女達は一騎でも神獣と契約している? 本当に――ネコ博士のプラスになる様な人材なのかな?」
「……そういえば、その辺りは全く考慮していなかった」
……ぶっちゃけた。ネコ博士は、またぶっちゃけた。
「へえ? でも、ボクとしてはそれじゃ困るんだ。何しろボクはネコ博士と組んで、無敗の傭兵団の創立を目指しているから。仮にえっと、ヒメカにルマだっけ? この二人がボク等の足を引っ張るだけの存在なら、ボクとしたら一寸扱いに困るかなー」
「……要するに、私達は邪魔だと言いたいの?」
珍しくカチンときたのか、ルマの口調が鋭くなる。
彼女を挑発した人物は、喜々としていた。
「なら、訊かせてもらおうかな? ボクは現在、八騎に及ぶ神獣と契約している。これは個人だとトップレベルの多さだと思うのだけど、君達はどうだい?」
腰に両手を当て、自慢げに彼女は語る。
逆にルマは眉根を歪めながら、事実を告げるしかなかった。
「……私は、一騎だけよ」
ルマの返答を聴き、彼女はまたもドヤ顔になる。
彼女は私にも目を向けるが、私はただ肩をすくめただけだった。
「これで決まったね。やっぱり君達は――ネコ博士の仲間には相応しくない。ネコ博士もそのあたりをちゃんと考慮して、仲間集めをした方が良いんじゃない?」
「成る程」
ネコ博士が、何かを思案する様な表情を見せる。
それを見た私は、ただ思った事を口にした。
「そっか。あなた、随分とネコ博士に惚れこんでいるのね? 確かに色々便利だものね、このヒト。でも、私も訳あってネコ博士の協力が不可欠なの」
「それはつまり、身を引く気は無いと言う事かな――借金持ちのヒメカさん?」
「……あなた、私の事を?」
「うん。伊達に、情報屋じゃないからね。君の噂は、ボクの耳にも入っているよ。何でも宙に浮く不思議な船をお兄さんに持ち逃げされたんだって? その所為で多額の負債を押し付けられ、切羽詰っているんでしょ? その為に〝神獣戦線〟に参加しようとすること自体は自然だけど、果たしてどうだろう? 全くのズブの素人が成果をあげられるほど、生易しい世界なのかな?」
そう言われると、返す言葉がない。但し、ネコ博士は別だった。
「いや、前に地球のパソコンで素人と検索したら、アダルトサイトしか表示されなかったが」
「……悪いのだけど、ネコ博士は暫く静かにしてもらえる?」
ネコ博士は〝えー〟みたいな貌をするが、寧ろ殴られなかった分、感謝して欲しい。
いや、私ことヒメカ・ヤギは唐突ながら、こう提案した。
「なら、えっと、メルカリカ。あなたに教えて欲しいのだけど――この近くで最も強力な神獣はどこにいる?」
「へえ? 面白い。つまり君は――その神獣と契約してみせると、そう言っている?」
本当に、私の周りは聡い人ばかりである。
彼女は此方の思惑を簡単に読み取り、それを前提にして告げてくのだから。
「いいよ。その挑発、乗って上げようじゃないか。その上で、君は己の無力さを知るといい」
かくして私とメルカリカ・ヴァウマーは――出逢ってから間もなく勝負する羽目になった。
◇
では今更ながら――〝神獣戦線〟とは何かを語ってみようと思う。
〝神獣戦線〟とは、文字通り神獣と呼ばれる獣を使役し、戦争に勤しむ行為である。
ただ普通の戦争と違う点は、勝ち負けはある物の今の所あまり死者は出ていない事だろう。その訳は後述するとして、先ずその概要を説明したい。
神獣の力は、実に強力である。その攻撃力も防御力も、人間ではとても及ばない程に。
それ故、人間達は必然的に神獣と契約し、軍隊をつくって戦争をする事になる。神獣と契約していない国としている国では、原始人の武器と近代兵器程の差があるのだから。
その神獣は――現在四十種類ほど確認されている。
大別すると――防御系と攻撃系と補助系の三種類に分けられる。
こう語ると実に便利な存在なのだが、彼等を召喚する時間は限られている。種類によって様々だが、強力な神獣ほどその召喚時間は短い。どうも防御に特化した神獣の方が、召喚時間が長く、攻撃タイプは短いらしい。
この辺りを上手く考慮し、戦略や戦術を練れなければならないのが、〝神獣戦線〟という物だ。
いや、一番の問題は、やはりどうやって神獣と契約するかだろう。
話によれば友好的に接するだけで契約してくれる神獣も居るとか。逆に好戦的な者も居て、彼等は自分を打ち倒さない限り契約をしてくれない。
他にも何らかのゲームや賭け事に勝つとか、知恵比べをするとか、その方法は様々だ。仮に殴り合いで全てが決まるなら、人は一騎の神獣を得る為に数万の軍を動かす必要がある。
そしてここからが重要な話なのだが、神獣は人を一人殺す度に、召喚時間が百秒減る。つまり戦場で人を殺し続けると召喚時間を使い切ってしまい、遂には契約が切れてしまうのだ。
それを避ける為なのか、私達は臨戦状態になるとその人物の生命力数を見る事が出来る。普通の人で、平均二百五十程で、仮にこれが五まで低下するとその人物は気絶する。
もし神獣を失いたくないなら、勝利国はソレ以上の追撃を絶対に為さない。兵士が気絶した時点で城や国を占領し、捕虜にするにとどめる。
以前ネコ博士が言っていた〝ここは住みよい星〟というのは――恐らくそういう意味だろう。戦争になっても、殆ど誰も死ぬ事が無いからこその発言だと思う。
それが〝神獣戦線〟と言う物で、だから神獣使いはこの星の王達に厚遇される。当然国が抱えている神獣使いも居れば、傭兵として〝神獣戦線〟に参加する者達も居る。その全てが、等しく高給を食んでいるのだ。
それ故、今この星で最もお金になるのがこの〝神獣戦線〟という訳だった―――。
で、その神獣の生息地と特徴全てを把握しているのがかのメルカリカ・ヴァウマーである。
ネコ博士曰く、彼女は著者不明の神獣マニュアル本を暗記している特異な存在との事。ならメルカリカが私の要望に応えるのは、実に造作もない事だろう。
現に――彼女は西に向かって指を伸ばし、得意げに語る。
「じゃあ、厄介払いの代償として、ただで教えてあげるよ。ここから二キロ程離れた所にルムンザっていう小さな山がある。其処を根城にしている神獣が居てね。そいつがまたかなり好戦的なやつなんだ。その分腕力には覚えがあるみたいなんだけど、果たして君に彼を負かす自信はある? ああ、因みに今の情報だけで本来は、二十ゴールド程の価値はあるから」
「……え? それは、本当に……?」
つまり二百万円分の情報を、私達は今ただで手にしたと? 二百万と言えば、アレだ。軽の自動車なら、楽勝で買える。尚、私の所持金は、既に一万円を切っています――。
「いいや、それだけじゃないよー。仮に君がボクの条件をクリヤーしたら、コッチも全ての情報を君達に提供する。仲間になるのだから、それくらいは当然だしね。――その代り君がその神獣と契約できなければ、君達はネコ博士と縁を切ってもらう。ネコ博士は今度こそボクと組んでもらう事になるけど、それで良いかな?」
人懐っこい笑みを浮かべながら、メルカリカはこの勝負の要点を説明する。
言いだしっぺの私は、ただ頷くしかない。
「良いわ。その線でいきましょう。ネコ博士も、それでオーケー?」
「ウム。因みにさっきの〝成る程〟というのは、メルカリカに乗り換えるべきか、それともメルカリカを仲間に加え、ヒメカと共に愛でられるべきか悩んでの〝成る程〟だ」
……未だ嘗てない長台詞の割に、余りにも実の無い説明だった。本当にシリアスとは縁遠いヒトだな、この猫。そろそろ殴った方が、彼の為かもしれない。
「じゃあ、話は決まりだ。さっそく彼を訪ねてみようか。先ずは君のお手並み拝見と言ったところだね――ヒメカ・ヤギ!」
こうして――私達四人は件のルムンザ山に向かった。
数十分後、メルカリカに導かれ私達はルムンザ山を訪れる。
そこは――日の光が殆ど入らない森の中。昼間だと言うのに暗い闇に浸食された、影絵の世界めいた場所。正に肝試しにはもってこいなその山中を、私達四人は登っていく。
無駄と知りつつも、私は一応メルカリカにある疑問を投げかける事にした。
「で、その神獣のランクは? E級? それとも、D級?」
そう。神獣には各々ランクが存在しており、D級の時点で既にソレを制するには軍が必須となる。上手く知恵比べやゲーム等の勝負に持ち込まない限り、一個人では勝ち目が無い。
メルカリカの答えは、以下の通り。
「そこまでは、まだ教えられないなー。こういう事はもったいぶらないと、面白味と言う物がないじゃない?」
やはり、思った通りの答えが返ってくる。というか、この屈託のない素敵な笑顔は不味い。私が男の子だったら、速やかに惚れていたかもしれぬ。ルマの時も似たような事を感じた気がするが、とにかく私は嘆息する。
「えっとルマ、仮に私が死んだ場合、私の負債とか一体どうなるの?」
「……そうね。……その場合、あなたにかけられている生命保険がおりるから、十万分の一程は保障出来る筈よ」
「じゃあ、残りの借金は?」
「……ええ。マストリアは泣き寝入りをするほか、無いでしょうね」
やはりそうなるか。私が死亡すれば、私とマストリアの両者共、損をするしかないらしい。一番確実なのは兄を見つけ出し、件の船をマストリアに引き渡す事だが、それはちと難しい。何しろ兄は今、その船を使い、地球を目指している筈なので。
そんな事を考えている最中、周囲の空気が……急に重苦しくなる。
それは私にも感じられるほど、黒く濁った気配。途轍もない凶兆を孕んだナニカだ。
「……人間か? しかも、たった三人と一匹。一体――これは何の冗談だ?」
それは、地球で言うところの――ゴリラに近い生き物だった。
但しその体躯は五メートルに及び、帯びているオーラも余りにドス黒い。
正にソレは、あらゆる生物を殴り殺す為だけに生まれてきた様な怪物だった―――。
「それとも、ただの観光客か? もしくは俺の事を知らぬ、遭難者? なら、一度だけ忠告してやる。早急に去ね。今なら――見逃してやっても良い」
でも、いきなり身ぐるみを剥ぎ取ろうとする山賊よりは、礼儀正しいのかもしれない。彼は慈悲の心を見せ、話し合いだけで私達を追い払おうとする。こういう所は確かに、威嚇だけして人間達に警告するゴリラに似ていた。
「いや、悪いのだけど、そのどちらでもないんだ。実はそこの彼女が、君と契約したいと言っていてね。つまるところ君と勝負がしたいんだよ――ザンスムント」
「成る程。俺達ザンスムント族の名を知っている辺り、確かに遭難者ではないらしい。だが、同時に愚かしくもあるな。万の軍をも追い払うこのザンスムントを、たった三人と一匹で打倒しようとするのは。そこまで死に急ぐかよ、人間共?」
「……ちょっと待って。私は、この大きな神獣と勝負しないといけない訳? 足を思いっきり上げないと、蹴りが届かない様なこの神獣と……?」
「んん? だとしたら、何だい?」
「……やっぱり、私帰らせてもらっても……良くないか」
半ば本気でそう思いながら……私は彼ことザンスムントを見上げる。
絶望的な思いにかられながら、私は今になって己の愚かさを痛感した……。
「いや、ボクは別に構わないよ。今から逃げ出すと言うなら、手間も省けるしね。その場合、このザンスムントはボクが攻略させてもらうけど!」
やはり得意げな様子で、メルカリカは微笑む。私は半ば死を決意しながら、返答する。
「……わかりました、やります。正直、逃げ出したいけどやります。それで勝負方法は?」
……彼の返答は、もちろん決まっていた。
「そうだな。では、まずはおまえを其処のエルフモドキの見せしめにしよう。特別サービスで〝殴り合い〟にしてやるから、感謝するといい」
やっぱり……そうなるか。それは私にとって最悪の答えであり、身を縮みあがらせるには十分すぎる現実だった―――。
「では後がつまっている事だし、早急にケリをつけることにしようか、人間の小娘」
瞬間――ザンスムントのオーラは爆発的に膨れ上がったのだ。
◇
同時に、ザンスムントの生命力数が表示される。
その生命力――実に五千三百!
普通の人間の――二十倍以上!
攻防力に至っては、間違いなくそれ以上だろう。
私は今からこの彼の生命力数を、五まで減らさなければいけないと――?
だが、そう思った時には――ザンスムントの拳が私の頭に炸裂する。ヒメカ・ヤギの躰はその時点でブッ飛び、二十メートル先にある岩山に背中を叩きつけられる。
それを見て、ルマは息を呑んでいた。
「……肉弾戦に特化した神獣! ……もう良いでしょ、教えなさい! ……あの神獣のランクは幾つッ?」
「そうだね――ほんのC級さ。何せ本気を出せば、パンチ一発で人間を三千人は気絶させられる様なやつだからね。当然といえば、当然かな?」
「……つまりあなたはヒメカを、C級の神獣と殴り合いさせる気だった……?」
「だとしたら、人でなしも良いところだって? でも、心配しなくて良いよ。ザンスムントはああ見えて、紳士的なんだ。最初の一発は挨拶みたいな物で、精々気を失う程度のパンチしか放たないから」
「そういう事だ。だがあの小娘はアレでもう半日は目を覚ますまい。それで、どうする? これを見ても尚、俺に挑むかエルフモドキの小娘?」
「――当然だね。そんな義理はないけど――ヒメカの仇はボクが討ってあげる!」
「ならばその傲慢を、この俺が正してくれよう――」
と、話がそこまで盛り上がっていた時――私はザンスムント達の所まで戻ってくる。それを見て、ザンスムントは眉をひそめた。
「ほう? 見かけによらず中々に頑丈だな、小娘。ならば――次は少し強くいく!」
ザンスムントの蹴りが、私のテンプルに決まる。九時の方角に吹き飛ぶ私を追い、ザンスムントも跳躍。私に追いつくと同時に、今度は私の顎を蹴り上げ三十メートル上空へと吹き飛ばす。
そのまま彼も地を蹴り、私に肉薄して、両手を組み、頭を殴打する。私の躰は綺麗に地面へと落下した後、地面に激突。半径十メートルに及ぶクレーターを形成していた。
つまり――死んだ。今度こそ――ヒメカ・ヤギは確実に死んだ。
いや、このコンボを受けて死なない人間など、この世には存在しまい。
そう言い切れる程の暴力を、ザンスムントは今、行使したのだ―――。
「……って、確かにちょっと痛いわね」
「な、に―――?」
ならば、それを受け、平然と起き上がる私は何者なのだろう? 内心首を傾げながら、空を見上げる。
見ればザンスムントが空から降りてくるところで、そのとき私は初めて臨戦態勢をとっていた。同時に私の生命力が表示され、ザンスムントは眼を大きく広げる。
「生命力――五百五十万ッッッ? 普通の人間の二万倍以上で俺の千倍以上の生命力だとぉおおお―――っ?」
「らしいわね――どうも。マストリアで初めて見せた時も、驚かれたけど」
「………きさま、何者だっ? こんな人間がこの世に居る訳がなぃ―――ッ!」
「さて、ね。それは母や父や兄も、不思議がっていました」
いや、これが答えだとばかりに、今度は私がザンスムントに向け跳躍。一気に間合いをつめて足を振り上げ、彼の顎を蹴り飛ばす。
上空二百メートルまで吹き飛ばし、私も地を蹴る。彼に追いついた後、彼の頭部にオーバヘッドキックを入れ、地面へと跳ね飛ばす。
彼は何とか着地するが、その頃には空間を弾き地面に落下した私も彼の背後をとっていた。その直後、私は気合を入れ、半径五メートル内にある全ての物を五十メートルは吹き飛ばす。
「ぎいいいいい―――ッ?」
全長五メートルのザンスムントも当然の様に遠方へカッ飛び、その時点で勝負はついていた。
彼の生命力は事もなく五まで低下し、ザンスムントは気を失ったのだ―――。
「………じょうだん、でしょう?」
それを見て、メルカリカが呆然としながら呟く。
ただ一人、ルマだけが得意満面な笑みを浮かべた―――。
◇
いや、ネコ博士も珍しく動揺の声を漏らす。
「~~おお、なんという事だ!」
彼は思う存分、慄いた。
「なんかもう、パンチラ全開ではないかっ? これでこの物語は、ある意味映像化は不可能となった! 少なくとも、地上波では!」
「………」
……ああ。あなたの心配は、ソコですか?
「……い、いえ、問題なんてありません。何故なら、これはいわゆる見せパン。即ち〝見せても良いパンツ〟なのだから!」
ことさらその辺を強調しながら、言い切る。私がこの勝負を躊躇った理由は、そこだ。こんな巨体を相手にしたら、間違いなくパンツが丸見えになると確信したから。
実際、ネコ博士はクールに言い切る。
「いや、君、体制側に騙されている。忠告しておくがこの世に見せていいパンツなど無いぞ? 男にとってパンツは、どこまで行ってもパンツだ」
……残酷な現実だった。女子にしてみれば、実に残念なお知らせだった。
「って――違うでしょうッ? そうじゃないよね! 君、一体何者っ? 神獣を肉弾戦で倒すとか! ボクでも尾ひれがついた噂とか伝説上でしか聞いた事が無いよ――ッ?」
メルカリカが、半ば絶叫めいた声を上げる。まるで絶対視していた価値観を、根こそぎ打ち砕かれたかの様な表情を見せる。私としては、事実を告げるほかない。
「さあ。実は私も、それが知りたいの」
「……それは、本気で言っている?」
「一応。父も母も言っていたわ。人間が、こんな冗談みたいな力を持っている訳がないって。確かに私、ちょっと友達に抱きついただけで怪我をさせていたから。お蔭で私ってば人間関係で大きな悩みを抱えていたのよね」
「待って、ちょっと待って。これはもしかして、アレじゃない? 君さえ居れば、あらゆる戦場を制覇できるんじゃ……?」
やはり、彼女は頭の回転がはやい。即座に、その可能性に気づいたのだから。
その期待に対し、私は首を振る。
「いえ、それは無理ね。何故なら私は歳を重ねるごとに、手加減が出来なくなっているから。最低でも、今みたいなレベルの力を発してしまうの。仮にこの攻撃を普通の人が受けたら、どうなると思う?」
「……成る程。君が人を殺す度に、味方の神獣使いは制限時間が減少し、契約が切られてしまうと? だから君は、普通の人間には暴力を振るえない?」
「そういう事です。なので、私としても人間同士での戦闘は神獣に頼るほかないと言う訳」
「いける――!」
メルカリカが、不敵な笑みを取り戻す。
彼女は私とネコ博士の手を取り、言い切った。
「いける――! これはいけるよ! ボクの情報収集能力にネコ博士の魔術、それにヒメカの力が加われば、ボク達は無敵だ! ボクは本当にこの星を――征服できるかもしれないぞ!」
「……え? この星を、征服?」
……この人、そんな事を考えていたのか? よく言えば、野心家。悪く言えば、ただの危険人物なのだが、この場合どう判断すれば良い?
「って、待って。私を仲間にするなら、ルマも加えて。それが、私が提示する唯一の条件よ」
「勿論だよ。正直言えば、人を見る目が無かったと恥じ入るばかりなんだから。という訳で悪かった、ルマ。今からでもボクを――君達の仲間にしてくれるかい?」
メルカリカが、ルマを拝み倒す。暫しのあいだ沈黙した後、ルマはこう返答した。
「……ま、本当は気に食わないけど、それでヒメカの借金が少しでも早く返せるなら」
レアな事に、ルマは年相応の拗ねた表情を見せる。
彼女は――完全にツンデレ状態でメルカリカの要求に応じたのだ。
◇
私が気絶しているザンスムントを起こしたのは、その数分後。目を覚ました彼は、私を見るなり、ギョッとした表情を見せる。
もう見慣れた光景ではあるが、私としては苦笑いするしかない。
「いえ、安心して下さい。私に、アナタを害する意思はありませんから。寧ろアナタの力を、私に貸してはもらえませんか?」
「……だったな。きさま、いや、貴女は俺と契約する為にこの地を訪れたんだった。良いだろう、偉大なる人の子よ。俺は喜んで――貴女の盾となり剣となろう」
彼が――己の真の姿を見せる。ヒト型となった彼は、厳かに告げた。
「俺はザンスムント族が一人――ナラバスカ。貴女は今日より、この真名と共にある」
それで、契約は終了した。ナラバスカと名乗った彼は、その時点で光の中に消える。
神獣を得た私は大きく息を吐き、漸く一息ついていた。
「これでヒメカも、C級の神獣を一騎ゲットか。ボクも負けてられないかなー。うかうかしていたら、簡単に追いつかれそうだ」
が、そう言いつつも、メルカリカは苦笑いする。
「尤も一人の人間が契約できる神獣の数は――十騎までなんだけど」
「え……? そうなの?」
「……知らなかったんだ? ネコ博士もさー、そういう基本的な事くらい教えてあげればいいのにー。にわかには信じがたいけど、彼女、この星の住人じゃないんでしょ?」
うむ。メルカリカには既に、私の素性は概ね話しておいた。地球という星から来た事や、ただの一般人だった事とか。
今も半信半疑らしいが、彼女は異議を唱えるつもりはないらしい。
きっと、私のバカ力を見た所為だ。
「……で、此方からも質問なのだけど、あなた本当に神獣ハカセなの? ……神獣について誰より詳しいと? ……だったらその知識を、そろそろ披露してもえないかしら?」
ここまでの道中で私からその意味を聞いたルマは、早速〝博士〟と言う単語を使い始める。
メルカリカはフムと頷いた後、喜々とした。
「だね。君達が記憶できるかわからないけど、ざっと話しておこうかな。――では、まず常識的な事から。この世界に居る神獣は四十種類居て、それが約千五百騎ほど生息している。さっきのザンスムントも、二十騎ほどこの星の各地に居を構えているんだ」
「……ええ、そこまでは知っている。……それで、各々の神獣の概要は?」
「えっと、内訳はこう」
私達が聞いたメルカリカの説明は、以下の通り。
ザンスムントの能力は、一撃で三千名もの人間を気絶させるで、ランクはC。
活動時間は、二十秒。二十騎生息。
ルッドヒルの能力は、行った事がある場所に集団転移させるで、ランクはB。
活動条件は、一日五回まで。十騎生息。
マルチバスの能力は、ランダムに人間を五百名どこかに強制転移させるでランクはD。
活動時間は、十分。五十騎生息。
ハーグッタの能力は、任意の人間一万人の守備力を高めるで、ランクはE。
活動時間は、三十分。八十騎生息。
グーダーの能力は、任意の人間千人の攻撃力を高めるで、ランクはE。
活動時間は、二十分。八十騎生息。
ラグーナの能力は、五元素の完全ガードで、ランクはD。
活動時間は、十分。五十騎生息。
アウナの能力は、空から隕石を降らせるで、ランクはA。
活動時間は、三十秒。五騎生息。
キリコの能力は、空から巨大な隕石を降らせるで、ランクはS。
活動時間は、三十秒。二騎生息。
フェリアの能力は、マイナス百度の吹雪を吐き出すで、ランクはC。
活動時間は、一分。二十騎生息。
ジーザーの能力は、摂氏二百度の焔を吐き出すで、ランクはC。
活動時間は、一分。二十騎生息。
ヌーバの能力は、神獣の契約状態を知る事が出来るで、ランクはE。
活動時間は、情報を知るまで。八十騎生息。
ジルケイドの能力は、誰がどんな神獣と契約しているかを知る事が出来るで、ランクはB。活動時間は、情報を知るまで。二十騎生息。
マルチネルの能力は、一度の戦闘に限り敵の神獣と味方の神獣をランダムに交換で、ランクはB。活動時間は、二十秒。十騎生息。
ダルタリアの能力は、十日に一度神獣を強奪出来るで、ランクはA。
活動条件は、十日に一度。五騎生息。
マルケルの能力は、一定の空間の時間を速めるで、ランクはA。
活動時間は、一分。五騎生息。
サジタリアの能力は、一定の空間の時間を遅行させるで、ランクはA。
活動時間は、一分。五騎生息。
ヒルタの能力は、動作を一行程省略するで、ランクはB。
活動時間は、二分。十騎生息。
イルンクスの能力は、変身で、ランクはC。
活動時間は、最大十分。二十騎生息。
ジーニエスの能力は、神獣によるあらゆる干渉を防ぐで、ランクはS。
活動時間は、五分。二騎生息。
ズーの能力は、敵兵を百人倒すで、ランクはE。
活動時間は、五分。二百騎生息。
マーの能力は、神獣から味方を一万人守るで、ランクはE。
活動時間は、十分。二百騎生息。
グエルグの能力は、洪水を起こすで、ランクはC。
活動時間は、一分。二十騎生息。
マジタリアの能力は、落雷で、ランクはC。
活動時間は、三十秒。二十騎生息。
イッドヘルの能力は、戦場に増援を千名よこすで、ランクはC。
活動時間は、援軍をよこすまで。二十騎生息。
ガジェッドの能力は、味方の兵を百名飛行させるで、ランクはD。
活動時間は、十分。五十騎生息。
ガラッドの能力は、味方の兵を千名飛行させるで、ランクはB。
活動時間は、一分。十騎生息。
ドッドの能力は、竜巻を起こすで、ランクはC。
活動時間は、三十秒。二十騎生息。
メイの能力は、味方を一人治療するで、ランクはE。
活動時間は、能力終了まで。百騎生息。
ギアットの能力は、味方を五十名治療するで、ランクはC。
活動時間は、能力終了まで。二十騎生息。
ヌナトの能力は、百二十秒間、味方の傷を治し続けるで、ランクはA。
活動時間は、百二十秒。五騎生息。
パズモの能力は、一分間、敵兵千人の動きを止めるで、ランクはE。
活動時間は、一分。五十騎生息。
グゴックの能力は、百名に限り一時間水中でも自由に活動できるようになるでランクはE。
活動時間は、一時間。五十騎生息。
ルヴァの能力は、十名に限り一時間溶岩内でも生存できるようになるで、ランクはB。
活動時間は、三十分。十騎生息。
ウラナの能力は、一撃で一万の兵を打倒するで、ランクはA。
活動時間は、十秒。五騎生息。
ズスムントの能力は、あらゆる武器を用いて味方と共に戦うで、ランクはE。
活動時間は、三十分。百騎生息。
ギーガーの能力は、任意の人間を(※所有物ごと)一人巨大化させるで、ランクはC。
活動時間は、一分。二十騎生息。
シュンシャの能力は、任意の人間を(※所有物ごと)十人縮小化させるでランクはE。
活動時間は、三十分。百騎生息。
ハメットの能力は、敵を千名味方に変えるで、ランクはC。
活動時間は、五分。二十騎生息。
ゼッドは能力も生息地も不明で、ランクはS。
アッドメッドも能力も生息地も不明で、ランクはSS。
……等と、メルカリカは一気に、神獣の情報を説明してくる。それはどう考えても一度聴いた位では、記憶できる情報量ではなかった。ただ一人の、例外を除いて。
「成る程。ランクCが、十一騎。ランクBが、六騎。ランクAが、六騎。ランクEが、十騎。ランクDが、三騎。ランクSが、三騎。ランクSSが、一騎という訳か。――随分とバランスが悪い振り分けだな。EよりCの方が多いとか、CよりDの方が少ないとか。どういう意図でそうなっているのか、意味不明だ」
ネコ博士は今の話を、完全に把握していた。でなければ、とてもじゃないが計算できない内容だった。……え? ランクDが、何騎だって?
「あー、いいよ。そこら辺は後で紙に書き起こして、二人には見せるから。でも、なるべくなら記憶しておいてもらいたいなー。この情報だけでも――二十万ゴールド位の価値はあるからね。外部に情報が漏れるって事態だけは、避けたいんだ」
「……二十万、デスカ?」
……もしかしてこの人、本当にヤバい人なんじゃないか?
想像を絶する、危険人物なのではないか……?
「で、次に生息地についてだけど」
「……いえ、待って。もうわかった。……あなたが如何に優秀かは理解したから、それ以上は続けなくていい」
「そう? じゃあ話を二個とばして、今度は今後の方針についてね。ボクとしてはまず――ルッドヒルとの契約が、最優先だと思うんだ」
……るっどひる? それ、何の能力をもった神獣だっけ……?
こちらの顔色を察したのか、ネコ博士が助言してくれる。
「〝一度言った場所に、転移できる神獣〟だ。ウム。確かにそれがあれば、便利だな。やはり君がこの星を渡り歩いていたのは、その為か?」
「そういう事だね。この一年でボクは、この星の色んな場所に赴いた。そのボクがルッドヒルを手にすれば、あらゆる所へ一瞬にして移動する事ができる。これは何にも代えがたい、アドバンテージだと思うんだ!」
「そっか。確かにそうね。でも、メルカリカは、ルッドヒルの生息地も知っている訳でしょ? なぜ今まで、その神獣には手を出さなかったの?」
頭の使い過ぎで、訊く迄もない事を思わず訊いてしまう。
彼女の答えは、本当にわかりきっていた。
「いや、ボクも契約し様とはしたんだよー。けど、向こうの契約条件は〝自分を捕獲する事〟でさ。瞬間移動するような神獣を、捕まえてみろって言うんだ。ま、平たく言えばボクも色々試したけど、無理だったって事だね。でも――ヒメカ達なら或いはいけると思うんだ!」
「……成る程」
なんか、過大な期待をされている様な気がするが、成る程。
「……そうね。……確かに移動用の神獣は必須だわ。……私は彼女に合意するつもりだけど、ヒメカはどうする?」
「オーケー。じゃあ、先ずは――そのルッドヒルのもとに向かいましょう」
話は、決まった。新たな目標が出来た私達は、任務達成のため動き出そうとする。
いや、そうしようとした瞬間、メルカリカは唐突に告げた。
「……と、そうだ。ウォレットの事を忘れていた。あっちゃー。彼の事だから、あの料亭でボクの事を律儀に待っているんだろうなー」
「ウォレット? ……確か、そんな神獣は居なかったわよね? つまりそれは人間で、あなたの仲間という事?」
「御名答。ウォレット・ドミナスは――ボクの唯一のパートナーさ!」
言いつつ――メルカリカは悪戯気に微笑んだ。
◇
私達がジトレに戻ったのは、それから数十分程たった頃。
件の料亭に引き返してみれば、確かにメルカリカと同じ様な服装の男性が居た。
「やっほー、ウォレット! 待たせてごめんよー!」
凡そ誠意の欠片も無い声色を上げながら、メルカリカは彼に駆け寄る。
黒髪で黒い上着を着た男性、いや、十五、六の男の子は呆れた様に溜息をつく。
「……本当だ、メル。後五分待って帰って来なかったら、役人に捜索願を出す所だったぞ」
「いや、何と言うか。鴨がネギを背負ってきたと言うか、尋ね人が向こうからやって来てね。とにかくこれで、ワヌガス山を登頂しなくて良くなったんだよー」
「つまり、ネコ博士とやらが見つかったと? ……偶然にしては、出来すぎだな。それで彼は頼りになりそうなのか?」
「ふふふ。それはもう大収穫さ! 予想以上の戦力で、ボクとしてはもう大満足だね!」
「……そうなんだ? メルがそういう顔をしている時は、大抵ロクでもない事が起こる前フリなんだけど?」
「相変わらず偶に失礼な事を言うよね、君は。そういう事は、このメンバーを見てから言っておくれよ!」
「んん?」
ウォレット・ドミナス氏は先ず、私の肩にへばりつくネコ博士に目を向ける。この時点で彼は、何か困った様な顔を見せていた。ついで彼はルマに視線を合わせ、やはりどう反応するべきか悩んでいる様な表情になる。最後に私を見た時、彼は何故か唖然とした。
「ちょっと――待った! このヒトは一体何者だ、メルっ?」
「……はい? このヒトって、ヒメカの事? フフン。お目が高いね、ウォレット君は。彼女はこれからこのパーティの主戦力となる人物さ!」
「つ、つまり、このヒトも、俺達の仲間になるとッ?」
メルカリカは、当然とばかりに頷く。
そこまで来て、私は漸く彼が何を考えているか気付く。
「あ、もしかして私の事、気に食わない? 目障りだから早く消えろって言いたいのかな?」
「……いや、違う! 決してそういう訳じゃない! ……そうじゃなくて、えっと、とにかく俺はウォレット・ドミナス! これからどうか、よろしく頼む!」
この彼のどう判断していいかわからない態度を見て、メルカリカが両手を合わせる。
「あー、そういう事」
ルマは目を細め、呆れた様に嘆息。
「……フーン、そう」
止めに、ネコ博士は言い切った。
「成る程。つまりおまえは――我の女に手を出す気だな?」
「……はいっ? いや、決してそういう訳じゃない! というか〝我の女〟ッ? 猫の癖におまえ〝我の女〟とか言ったか、今っ?」
「あははは。冗談に決まっているじゃない、そんなの。ウォレット君も、私に手を出すとか冗談でしょ?」
「も、勿論だ! 俺はアンタにヤマシイ気持など抱いた事はない!」
「えー? そこは〝ヤマシイ気持ちしか抱いた事が無い〟の間違いじゃない?」
「……だから、メル、オマエは余計な事ばかり言うな! 彼女が本気にしたらどうしてくれるっ?」
相変わらず、ウォレット君のテンションは高すぎる。アドレナリンが大量分泌されている感じだ、コレは。その様子が気に障ったのか、今度はルマが疑いの目を彼に向けた。
「……というか、この人、本当に大丈夫?」
しかし、メルカリカはキッパリと断言する。
「うん、問題ない。一言で言えば、ウォレットは信用できる人間だね。よく大金を知人に預けて、持ち逃げされるって話を聞くけど、彼に限ってそれは無い。どれほど知的財産を共有しようと、ボクに無断でそれを使おうとはしない。彼はそういう男さ!」
「……それにしても、今更ながら男か。いい感じに美少女ばかり集まり始めたのに、この仕打ちとは。正直、興ざめした気分だ」
自分も男の癖に、それを棚上げしてネコ博士は愚痴る。不当な罪で吊し上げられているウォレット君は、何故か私から目を背けたままだ。
この様に不可解な状況に陥りながらも、私達のパーティは今度こそ勢ぞろいした――。
3
私達五人は、今度こそルッドヒルのもとに向かおうとする。
その道中、メルカリカは実に基本的な話題を口にした。
「じゃあ、ボクの方から問題提起するね。今ボク達がするべき事は――三つあると思う。第一に――ルッドヒルのもとに向かう事。第二に――ボク達五人の契約状態を知る事。第三に――他者の神獣の契約状態をボクが君達に教える事。……と、ついでにヒメカにはこの星の大陸について、話しておこうかな?」
「んん? それって、この星の九十九パーセント以上は海って話? その為、この星の大陸は、オーストラリアより少し大きい位って事?」
「……いや、そのおーすとらりあっていうのは良くわからないけどそうだね。この星の大陸は本当に極わずか。だからその希少な土地を巡って各国が争っているのも間違いない。何だー、神獣の限界契約数は知らないのに、そういう事はわかっているんだ?」
「一応。マストリアで、この星の基礎知識は教わったから」
「なら、そこら辺は、問題ないという事にしておこう。じゃあ、こっからは情報交換だ。ボク達がそれぞれどんな神獣と契約しているか、話し合おうじゃないか。その方が、今後作戦とか立てやすいからね!」
「というか驚いたな。メルがこうも簡単に手の内を晒そうとするなんて。つまり……ヒ、ヒメカさん達は、それほど頼りになる、と?」
「どうかしら? 期待に添えるかはわからないけど、今の所あなた達を裏切る気はないかな? 後、私の事はヒメカで良いから」
微笑しながら告げると、何故かウォレット君は咳払いをする。
何だろう? タンでも、喉に絡まったか?
「なら、話は決まりだ。じゃあ、先ずは言いだしっぺのボクから」
で、メルカリカの神獣の内訳はこう。
ジルケイド(※誰がどの神獣と契約しているかを知る)。
ダルタリア(※十日に一度神獣を強奪できる)。
マルケル(※一定の空間の時間を速める)。
サジタリア(※一定の空間の時間を遅行させる)。
ヌーバ(※神獣の契約状態を知る)。
ドッド(※竜巻を起こす)。
メイ(※味方一人を治療する)。
フェリア(※マイナス百度の吹雪を吐き出す)。
「なら、今度は俺だ」
で、ウォレット君の神獣の内訳はこう。
イルンクス(※変身)。
シュンシャ(※任意の人間を縮小化)。
ハーグッタ(※任意の人間の守備力を一万人高める)。
と、メルカリカとウォレット君が各々カードを晒す中、それに応えルマも口を開く。
「……私は一騎で―――■■■よ」
「……へえ。あのルマ・デミニオンって言うのは――君の事だったのか? だとすると余計に疑問は膨らむばかりだけど、ま、その話は後にしよう」
喜々とする、メルカリカ。見るからに高揚しながら、彼女は私を視界に収めた。
「で、ヒメカはザンスムント一騎だよね?」
「いえ。実はこの星に来た直後、偶然、神獣に遭遇してしまってね。それを打破して、契約をすませてあるの。■■■■■なんだけど」
「……E級の神獣か。それも、あまり役に立たなさそうな。でも、居ないよりはずっとマシかもねー。で、ネコ博士は?」
「我は零だ。何者とも契約しておらん」
……清々しいほど、堂々と言い切る。
そこに一切の迷いは無く、当然の事だという趣さえ感じさせた。
「了解! じゃあ、ボクの方から注意事項ね。先ず同じ種類の神獣とは契約ができないから。それから、ザンスムントやウラナの能力は敵兵一人に攻撃が当たらないと発動しない。イッドヘルも、予め千名の兵を余分に集めておかないと召喚されないから気を付けて」
「成る程。私としてはそうね――やっぱりハメットは押さえておきたい感じかな?」
敵千名を味方に変える神獣。仮に、その千名の中に神獣使いが混ざっていれば、戦いはがぜん有利になる筈。
他にも欲しい神獣は山ほど居るが、私も後八騎としか契約できない。そう考えると、契約する神獣をシビアに選ぶ必要があるだろう。
「……と、今疑問に思ったのだけど。自分が持っている神獣って、誰かの神獣と交換する事はできるの? もしくは神獣を、どこかの国に売り渡すのは可能? 神獣を使って戦争に勝ち、報酬を得るのと、どっちが、利益が上かしら?」
「あー、よくある質問って奴だね? 率直に言えば、交換する事も売却する事も可能だよー。但し、一度契約したという事実は消えないから、その種類の神獣とは二度と契約出来ない。売った場合だと契約できる枠は、その分だけ増えるけど。で、売却して儲けるか、戦争に勝って儲けるかは、ボク的には後者の方が上だと思う。確かにB級は一騎五十万ゴールドで取引されているけど、長期的に見ればそれを使って戦争に勝ち続けた方が、何れその儲けを上回る筈だから」
……戦争に勝ち続ければ、何れ五百億円以上の儲けを得る事ができる? それが事実だとしたらやはり〝神獣戦線〟こそ、借金を返済する為の一番の早道と言えた。
「というか国さえ落してしまえば、もう税金生活を満喫可能だから!」
「……ん? アレ? もしかしてメルカリカ、本気でこの星を支配するつもり?」
てか、利子生活という言葉は聞いた事があるが、税金生活という言葉は初めて聞いた。
「勿論さ! その為に必要だったのが、ネコ博士なんだから! と言う訳で質問なんだけど、ネコ博士的には先ずどこの国を落せば効率的だと思う?」
「ウム。そうだな」
ネコ博士は、普通にメルカリカの質問に応じようとする。……私としては何だか借金持ちから、国家転覆罪で国際指名手配されそうな予感がしてきた。
そう凶兆を覚えつつも――今のところ私はメルカリカ達を頼るほかなかったのだ。
◇
そして――これはその十数日前の事。
「へえ? これは一体、どんなレベルの冗談かしら?」
フルフェイスの仮面で貌を被った人物が声を上げる。中世期のマントを纏ったその人物は、声で判断する限り女性だろう。
しかも十七、八と言った年頃で、うら若いとさえ表現できる。但し前述の通り、その貌は仮面で被われていて、表情さえ窺い知る事が出来ない。
いや、そのあり様は明らかに、喜々とした物が混ざっていると言わざるを得なかった。
(あの子ではないわよね。あの子には、それ系の能力は無かった筈。となると、考えられる可能性は、何?)
そんな彼女を不審に思ったらしく、侍従の一人が声をかける。
「あの、クレネスト様、何かご不審な点でも?」
「カサアラナ」
「は、い?」
「カサアラナで構わないわ。それとも、こっちの方が呼びにくい?」
「いえ、そういう訳では。ただ、先ほどのカサアラナ様のご様子は、少し普通では無かった気がして」
なかなか勘が良い女性だと内心でニヤつきながら、彼女は頷く。
「ええ。一つ、面白い土産話が出来てしまったわ。陛下もこれをお聞きになれば、失笑されること間違いなしでしょう。と言う訳で、早速、陛下にお目通りさせていただけるかしら?」
「は。速やかに」
確かに彼女は、数分も待つ事なく玉座の間に通される。
王座に座る十四歳程の少女に向かい、彼女は恭しく頭を下げてみせた。
「カサアラナ・クレネスト――ただいま帰還いたしました。お喜びください、陛下。どうやら――キリコ攻略の目処が立ちそうです」
「ほう? そなた自ら報告にくるのだから、そうであろうな。で、それは何時ごろまでに叶う?」
「は。最低でも――後一週間以内には」
玉座の間に居並ぶ貴族達から、大きな声が上がる。その事を歓迎している声が、三割。その事を疎ましく思っている声が、七割といった感じで。
ソレには目もくれず、彼女は続ける。
「キリコさえ手中に収めれば、陛下の覇道も幾分短縮できる筈。さしあたってはナイズあたりで試射してみようかと愚考しておりますが、いかがでしょう?」
「よかろう。では予もこれよりムーランの森へ出立するとしよう。かの神獣と契約する為に」
銀色の髪をなびかせ、ジルキルド帝国皇帝――マトリス二世が王座から立ち上がる。
それを見てから彼女は皇帝に道を譲り、こうつけ加えた。
「それと、さきほど面白い事が起きまして。ここから南西の方角で――生命力五百五十万程の力を感知いたしました」
「……五百五十万? 驚いたな。それ程の生命力を持った神獣が、居るとは。そなたから数多く土産話を聴いてきた予だが、ソレは初耳だ」
「いえ。どうやらそれは――ニンゲンらしいのです」
「……ニン、ゲン?」
途端、マトリスはカサアラナが予言した通り失笑する。
年相応の少女の様に、腹を抱え笑いだす。
「ハハハハハ! 人間が、五百五十万もの生命力をっ? それが事実だとしたら、ぜひ我が国で雇いたい物だ! 兵達を守る盾として!」
続いて、その場に居る全ての貴族も笑いだす。カサアラナが築いてきた功績を、今だけは綺麗に忘却して。だが――次の瞬間、マトリスは笑みを消す。
「はい、陛下。そのお考えは、実に的を射ているかと」
「ほ、う? その反応。そうか。事実か。……だとしたら幾分予定を変えねばならぬな? 速やかにその者を発見し――交渉する必要がある」
「御意。では、願わくはその役目、わたくしめにお与えください。キリコの件は、わたくしが不在でも叶います故」
皇帝が表情を消した事で、貴族達も何かを察する。マトリスの決断は、はやかった。
「良かろう。では、そなたは今からその者を追え。この件はそなたに一任する、カサアラナ・クレネスト」
「は」
短く返答し、カサアラナと名乗る仮面の少女はジルキルド王宮を後にした―――。
◇
ではここで少し、この星の国々について説明しようと思う。
私が教わった限りだと、この大陸には現在、十二の国家が存在している。
西から順にフォーラ、ラインメデス、マストリア、ダッハ、サーハス、ウッドウェイ、ザンジア、トマホ、クレイダム、ルエイダー、ナイズ、ジルキルドの十二カ国である。
国の面積の大きさ順で言うと、ジルキルド、サーハス、マストリア、ルエイダー、ナイズ、ウッドウェイ、トマホ、フォーラ、ラインメデス、ダッハ、ザンジア、クレイダムとなる。
更に国力で言うと、ジルキルド、サーハス、マストリア、ナイズ、ウッドウェイ、ルエイダー、トマホ、フォーラ、ラインメデス、クレイダム、ダッハ、ザンジアとなる。
現在、中立国のザンジアを除く十一の国々が領土拡大の為、戦争状態にある。だが、今の所主立った動きはなく、膠着状態が続いている。五年前ジルキルドがマンスとランドゲルという国を侵略し、帝国を名乗ってから変化は無い。
サーハスが、ダッハの首都まで攻め上った事があったくらいである。それもマストリアの介入で阻止され、このパワーバランスはこの五年、崩れた事がない。
つまりはそう言う事で、メルカリカはこの十二に及ぶ国々を征服すると断言したのだ。
いや……私の様な小市民には、正に発想すらしなかった野心である。私の興味は借金返済にだけ向いていて、それ以外はどうでもいいと言うのが本心だ。
けれど、仮にメルカリカの案に乗り、本当に国を落せばどうなるだろう……? 彼女が言う通り、それこそ税金生活が始まり、借金返済の目処も立つのでは? 私は思いの外早く、綺麗な躰になれるのではないだろうか?
そう考えると決して悪い話では無いが、その分、当然リスクも高い。恐らくこの星も地球と同じで、国家を転覆させようと計画しただけで実刑が科せられる。神獣の件があるので殺される事は無いと思うが、終身刑くらいは楽勝で言い渡されるだろう。
だとしたら非常に嗤える話なのだが、件の二人は今も真顔で話し合っている。
「ならその問いに答える前に、此方からも質問しよう。現在、神獣の契約状態はどうなっている? どこの国が、どれほどの神獣使いを抱えている?」
「だね。ボクとした事が前提となる情報を伝え忘れていた。えーと、簡単に言えば各国の神獣使いは国力に沿っている。ジルキルドが十二人、サーハスが十人、マストリアが同じく十人、ナイズが八人、ウッドウェイも八人、ルエイダー、トマホ、フォーラが六人、ラインメデス、クレイダム、ダッハ、ザンジアが四人かな。尤もこれはボクが集めた情報では、という事になるけど。斥候を雇い、各国が戦争でどれだけの数の神獣使いを展開させていたか探らせた結果だね。だからもしかすると、十二の国全てがまだ神獣使いを温存している可能性もある」
「成る程。で、神獣の契約状態は?」
「うん。大体、全体の三分の一程が既に契約状態にあるかな。詳しくは、こう」
と、二人は侃々諤々の体で、会話を進めていく。その中で、私も気になった事があった。
「つまり――キリコはまだ誰も所有した者は居ないと?」
私の問いに、メルカリカは首肯する。
「そ。〝神獣戦線〟が始まってからこっち、キリコを攻略した人は居ない。後、当然の様に、ゼッドとアッドメッドもね。その為、この二騎は実在しているか疑われてさえいる。かくいうボクも、散々探し回ったんだけどねー。未だに発見には至っていないんだ」
「……待って。だとしたら、もしかしてそういう事?」
私の脳裏に、ある可能性が過る。
この呟きを不審に思ったのか、ルマが私の貌を覗きこんできた。
「……何、その間の抜けた貌は? ……何か気付いた事でもあったの?」
「いえ、何でもない。普通に何でもないから」
怪しい日本語を使いつつ、私は両手をヒラヒラ横に振る。
それから嘆息した後、私はもう一度メルカリカに質問した。
「で、アナタがキリコを入手しようとしないのは何故? 何か特別な条件でもあるの?」
「あったりー。キリコ本人から聴いた話だと、〝少なくとも神獣使いを十人集めよ〟って事でさ。その条件をクリヤーしていないボクでは、キリコの獲得は不可能なんだ。それでここから先の話は、ネコ博士にも注目して欲しいんだけどね。何でもジルキルド帝国が、キリコの入手に王手をかけたって噂なんだよ。これは二週間前に聴いた話だから、或いはそろそろという事になるかも」
「成る程。君にしてみれば、そちらの方が、都合が良い訳だ。キリコ程の神獣となれば、当然ジルキルド側も皇帝であるマトリスと契約させる筈。そのマトリスと何とか接触できれば、君はその神獣を彼女から奪えると?」
「そういう事。こういう事態を見越して、ボクも苦労に苦労を重ね、ダルタリアやジルケイドと契約した訳だしね」
――ダルタリア。〝十日に一度、神獣を強奪できる〟と言う神獣。確かにこれほど有益な力を持った神獣も、他に居まい。〝誰がどの神獣と契約しているかを知る能力〟を持つジルケイドとのコンボは、正に最恐とさえ言える―――。
「ちょっと待って。つまり、ルッドヒルと契約した人もまだ居ないという事? アナタが正攻法でルッドヒルを手に入れようとしている、という事はそういう事よね?」
迂闊にもその辺りの契約情報を聞き流していたので、改めて問い掛ける。
が、メルカリカは首を横に振った。
「いや、ルッドヒルに関しては、一人だけ契約している人物が居る。カサアラナ・クレネストっていう人なんだけどね。半年前、情報屋の仲介で一度だけ遠くから見た事があるんだけど、アレはダメだ」
「ダメって、何が?」
「いや、七年間神獣使いをやっている第六感って言うのかな? アレはかなりビビっときた。平たく言えばすごく危険な香りがしたんだ。近寄っただけで――即死亡みたいな?」
「……そ、そうなんだ?」
「うん。少なくとも半年前のウォレットしか仲間が居ない状態では、無理だったと思う。しかも最悪な事に、あの仮面の人、ジルキルド帝国で雇われているらしいんだよ。救いがあるとすれば、あの人は宮廷には留まらず、世界各地で暗躍しているという事。マトリス皇帝の傍にはおらず、だからあの人を警戒する必要は最小限ですむという事だね」
珍しく真剣な顔をしながら、メルカリカは語る。
それだけでカサアラナという人物がどれほど危険か、容易に想像できた。
「で、ここまでがボクの知る情報なのだけど、ネコ博士的にはどう思う?」
いよいよ本題とばかりに、メルカリカは訊ねる。
ネコ博士はフムと頷いた後、私の肩の上に乗り、仁王立ちした。
「では、まず各々の役割を明確にしよう。ヒメカ、君は戦闘兼戦術を担当しろ。ルマは、戦闘担当。メルカリカは、戦術兼戦闘兼情報収集兼軍資金集め。ウォレットの小僧は、戦闘兼戦闘補佐。我は戦略と戦術を練る事にする。で、その論法で言うなら我等は――サーハスの攻略に乗り出すべきだろうな」
「……は?」
サーハス? 世界第二位の大国家を落すと、この猫はそう言ったのか――?
私が亜然としていると、メルカリカはここぞとばかりに指を鳴らす。
「――流石はネコ博士! そう来なくっちゃ! で、もちろん勝機はあるんだよね?」
というか、そこは〝勝機〟ではなく〝正気〟の間違えでは?
やはり小市民の私としては――そうとしか思えなかった。
◇
場所は、ジトレから二日離れた、暗い森の中。
私は地を蹴り、中空高く飛びあがって、その高所からかの者の気配を探る。
コンマの間を以て現れたその気配を頼りに、私は掌を逆方向へ突き出し、空間を弾く。超速で私はその地点へと猪突し――鳥の姿をした彼女は息を呑む。何故って、次の瞬間移動を果たす前に――私は彼女の躰を捕えたから。
「まさか――っ?」
ただ一度瞬間移動しただけで彼女は自分の動きを私に見切られ、その時点で決着はついた。
私は思ったよりアッサリとルッドヒルの契約条件を満たし――彼女は徐に告げる。
「……正直、屈辱だわ。このルッドヒルが、あの一瞬で捕獲されるなんて。〝あなた何者?〟とぜひ訊きたい所だけど、ま、良いわ。私達神獣は契約者の詮索はしないと決めているから。故に、我が真名を名乗りましょう。我はルッドヒル族が一人――ファズアッド。貴女はこれより――この真名と共にあります」
「――これは本当にたまげた!」
予定通り、ルッドヒルと契約を済ます。
それを見た途端、メルカリカは想像以上に驚愕する。
「……こんなこと訊くのは失礼だとわかっているけど、君、本当に人間? ただの運動能力であのルッドヒルを圧倒するとか。人の限界値を、疾うに超えている気がするんだけど?」
いや、正直……世界征服を目論んでいる人間に言われたくはない。その所為で大迷惑を被りそうな私に、そんな口がきけると思うなよ? それが私の本音なのだが、今は笑顔で彼女に話をあわせる。
「さてね。そこら辺の話はさておき、これでルッドヒルは獲得した訳だけど、これってどうした物かしら? 私が契約しただけで、方々へ瞬間移動が可能な物なの? それともメルカリカが所有しないと、その限りでは無い?」
「だね。その場合、後者の方が正しい。と言う訳でボクと神獣をトレードしようじゃないか、ヒメカ君! ボクのフェリアと交換だ!」
「それは良いけど。その場合、私とあなたが手を握りながら、神獣の真名を明かし合えばいいんだっけ?」
ここまでの道中で、メルカリカから得た情報を確認する。
彼女は私の手をとりながら、普通に頷いた。
「そうそう。ボクのフェリアの真名は、リーファン。で、君のルッドヒルの真名は?」
「ファズアッド、ね」
と、私達の躰は光り出し、其処から光が飛び出て、中空で交差。そのまま私から出た光はメルカリカに、メルカリカから出た光は私の躰に吸い込まれる。
この時点で神獣のトレードは完了し、私は漸く安堵していた。
「……というか、私としては、ウォレットの方が心配だわ」
ルマは、真剣に彼を案じている。何故かといえば、ウォレット君は現在、鼻血らしき物を出して、地面に倒れているから。それを私達四人は呆然としながら眺める。今にもウィレット・ドミナス殺人事件が、幕を開けそうな感じだった。
「……というより、犯人はあなたよ、ヒメカ」
「え? それはどういう事?」
本当に意味がわからなくて、首を傾げる。ルマは、懇切丁寧に説明した。
「……年頃の娘が殿方の前で、パンツ丸出しで飛びまわれば大なり小なりこうなるわ。……特にウォレットは純情そうだから、こういった状態になるのも無理ないかもね」
正直、私自身は彼の気持ちがわからないのだが、それでも私はこう訊ねるほかない。
「……えっと、この場合、私は彼に謝罪するべきなのかな? それともこの服を用意したマストリアの役人が、彼に謝るべきかしら?」
そんなこんなで……私達はウォレット君が復活するまで、彼を暖かく見守ったのだ。
◇
で、漸くウォレット君が回復した頃、メルカリカが此方に向かって袋を投げてくる。
「と、忘れていた。ヒメカ、これ」
それを受け取り、中身を見てみれば、そこには大きなダイヤが十個も入っていた。……意味がわからず、私はギョッとしながらメルカリカに視線を向ける。彼女は当たり前の様に、言い切った。
「いや、さっきのトレードの差額分を埋める為の代価だよ。何せヒメカのルッドヒルはBランクで、ボクのフェリアはCランクだからね。その上、ヒメカはこれでルッドヒルとは契約できなくなった。なのに、君はボクとのトレードに応じてくれたんだ。それだけボクを信頼してくれている訳だから、これくらいは当然だよ」
「……でも、これ。売れば一万ゴールド位には、なりそうなんだけど……?」
「全然オッケーだねー。寧ろもっと要求してくると思ったけど、読み違えたかー」
何だ、この経済格差は? 私が知らなかっただけで、実は私とメルカリカの資金力は天と地ほどの差があった? 昨日まで二千円しか持っていなかった私は、今では億万長者だと? やはり〝神獣戦線〟はお金になるというのか――?
「いや――違う」
もしかして、これはあれかもしれない。
そう思いながらも、私は曖昧な笑みを浮かべていた。
「……何、その不気味な笑みは? ……余りの幸運に、遂に頭のネジが飛んだ?」
「いえ、何でもないから気にしないで。それより、別に批判している訳では無いのだけど一時期週刊少年パンチってラブコメ漫画を三つも掲載していたのよね。その所為で共食い状態になって、一つを残して後の二つは十週で終わってしまったのだけど、編集部はその可能性に気付かなかったのかしら?」
「なぜ今その話を?」
唯一この話についてこられる、ネコ博士が首を傾げる。私は、遠い目をしながら続けた。
「いえ、ただ懐かしいな、パンチと思って」
「いや、話によればまだ二週間ほどしか経ってないのだろ、君がこの星に来てから。というか女子が少年誌を物色するのは、明らかに同人誌のネタ探しの為だろ? ○○×○○みたいな?」
いや、違うよ? 私は断じて違うよ?
「だが知っているか? アレは我等男にしてみれば、ただの地獄絵図だという事を?」
「地獄絵図って、あの芸術性にとんだ、様式美が?」
「いや、そこはゲイ術性と言ってもらいたいものだな。そう言えば話は変わるが、女子がアニメの主人公の場合、天真爛漫な場合が多いな? 明らかに、単純一途みたいな女子が大多数な気がする」
待て。なぜ、そこで、私を見る?
純粋な心を失った女子を見る様な目で、なぜ私を見た?
「というか、我が思うに現実にはそんな女子等おらん。女子は常に生まれた時から、腹の中では権謀術策を巡らせておるわ」
いや、なぜそう決めつける? 中には居るかもしれないじゃない? 例えば、私みたいないい子が。
「と、まあ、冗談はさておき」
「待て。我は、本心から語っておったのだが?」
「……というか意味不明過ぎる。ヒメカ達は何を話しているんだ? メルは理解出来たか?」
「さあ。ボクにわかる事があるとすれば、ウォレットがネコ博士を羨ましがっているって事だけ」
「……ますます理解不能だ。なぜ俺が、あの猫野郎を羨望しなきゃならない?」
「だって、ヒメカと仲良くお喋りしているじゃない? 君も、本当はあの輪の中に入りたいんでしょう?」
「で、ヒメカ、冗談はさておき何だ?」
「あー、話を誤魔化したー」
「うるさい! で、何だ?」
「ええ。ルッドヒルの件はクリヤーしたけど、私達は今後どうするべきなのかなと思って。……やっぱり、さっき話していた通り行動する気?」
「まー、そうなるかな。但し、先にもう一つやらなきゃならない事があるんだけど」
「やらなきゃならない事?」
「そう。今日で十日経つから、ダルタリアを使って、神獣使いから神獣を奪わなければならないんだ」
「え? まさか――ダルタリアってそういう条件なの?」
メルカリカが言わんとする事に気付き、私は半ば驚愕する。
彼女は肩をすくめて、答えた。
「多分、当たりだね。ダルタリアは十日に一度神獣を奪えると同時に、十日に一度神獣を奪わないといけないんだ。そうしないと契約が切れて、使用できなくなる」
「ちょっと待って。それじゃあ、十ある神獣のストックは、百日後には強制的に一杯になるって事? その中に欲しい神獣が居なければ、トレードするか売るしかないって言うの?」
「そういう事だね。つまりこの神獣を所有し続けると、ボクの場合三百三十日後には全ての種類の神獣と契約する事になる。いや、契約できなければダルタリアを維持できない。というかどちらにしろ三百三十日後には、ダルタリアを手放す事になるって事さ。で、今までダルタリアを二度使ったボクだけど、いずれもEランクの神獣しか得てない。要らない神獣だったから売って軍資金の一部にしている。……実は、ボクにとって一番の厄介事はそれでね。十日以内に神獣使いを見つけて、その人から神獣を奪わないといけないんだ。その為にスパイを雇って神獣使いの情報を集めているんだけどさ。それもキリコが手に入るまでかなー。ソレ以上は条件が厳しすぎて、とてもじゃないけどダルタリアを保有するのは難しいと思う」
成る程。さすが……他人から神獣を強奪できる神獣。その分、条件も厳しい訳か。
「フム。話はわかった。なら、ここは二手に分かれよう。メルカリカは、ダルタリアの維持に専念だ。こっちの方は、ヒメカとウォレットが居れば事足りる」
「……って、冗談よね? まさか、私達だけで――ダッハ国を落せって言うの?」
「いや、我は本気だが」
……完全に、その通りだった。
語尾に、クエスチョンマークさえついていないレベルだった。
「ま、そこら辺は我に任せろ。ヒメカにとっては実に唐突かもしれんが、これが記念すべき初陣だ」
「いや、ボクやウォレットもまだなんだけど」
「……ソレを言うなら、私もだわ」
要は、この場にいる誰もが、戦争未経験者だった。右も左もわからない新兵の集まり。それが私達の現状だ。それでも、ネコ博士だけはマイペースである。
「ではメルカリカ、先に我等をダッハの首都に送ってくれ。その後は、自由にして構わないから」
「……だから、待って。もう一度、確認させて。本当に――勝算はあるんですか?」
「ああ。問題ない。万が一の為の退路も、確保済みだ。それとも、君は今日まで積み上げてきた全ての物を台無しにする気か? もうこの方法でしか、借金を返す手段はないとわかっているのに?」
「………」
残念ながら、ネコ博士の言い分は正論だ。私は、ニガニガしい表情を浮かべるしかない。
「相変わらず偶に痛い所をつくのよね、アナタって。……いいわ、わかりました。私は騙されたと思ってアナタを信じる事にします。私はそのつもりだけど、ウォレット君はどうする?」
「君も訊くまでもない事を訊くな? ここで怖気づくようなら、そもそもメルの相棒なんてやっていないよ」
まるで自嘲するように、ウォレット君は嘆息する。
話はそれで決まり、あろう事か私達は――これから国一つを陥落させに行く事になった。
4
私達五人が一際高い建物の上に瞬間移動したのは、それから数分後。
人目につかないソコから、私達は眼下に広がる城下町に目を向ける。ここから四十メートル先には、この町で最も大きな建造物がそびえたっている。
ハッキリ言うと――それはダッハ王の居城で、即ち私達の標的だった。
「えっと、本当にボクは参加しなくていいんだね? もし失敗しても、ちゃんと逃げ道は用意してあると?」
「ああ。そこら辺は保証しよう。それより心配なのは、ソッチの方だ。確かにダルタリアの維持は重要だが、無理はするな。仮に身の危険を感じたら、ダルタリアの件は捨て置きルッドヒルで逃げ出せ。君は今そのくらい恨みを買う様な真似をしようとしているのだから、それを決して忘れるな」
「了解。一応、覚悟はしていたつもりさ。ダルタリアを、手にした時からね」
ウィンクしながら微笑み、メルカリカはまたどこかへ瞬間移動する。
それを見送った後――私達はいよいよ行動を開始した。
「で、具体的なプランは? ここまで来たのだから、もう勿体ぶる必要はありませんよね?」
「んん? いや、事は実に単純だよ。単にヒメカが城に乗り込み、ダッハ王の身柄を確保すればいいだけ」
「……はい? ちょっと待って。私、前に言いましたよね? 私は、生身の人間に暴力を振るえないって。その時点で人を殺してしまうって、言っておいた筈だけど?」
私の反論に対し、ネコ博士はすました顔で頷く。
「だったな。恐らくヒメカが城に潜入すれば、一万もの軍勢が君の行く手を遮る。戦闘を回避するのは、流石に難しいだろう。だがその反面、彼等は君のバカ力を知らない。神獣でも無いただの人間が、アレほどの身体能力を誇っているなど、考えた事もないだろう。我等は、そこに付け込む」
「だから、その前提が問題なんですって」
と、そこまで言い掛けた時――私の脳裏に閃く物があった。
「ああ。そうか」
「そういう事だ。では準備はいいな、ヒメカ、ウォレット」
この力強い呼びかけに――私はただ頷く事しか出来なかった。
◇
唐突ながら、ここでダッハ王国について少し語ってみよう。
ダッハ王国とは、前述の通り小国である。とりわけ鉱物資源が取れる訳でも無く、主立った産業もない、正真正銘の小国。
しかも、かの国は大国であるマストリアとサーハスに挟まれた状態にある。にもかかわらずかの国は未だ嘗て主権を他国に奪われた事がなかった。つまりはそういう事で、ダッハとは強国に挟まれながらも強かに生き抜いてきた国なのだ。
その外交能力は小国なれど、どの国も一目置かざるを得ないだろう。ある時はサーハスにつき、ある時はマストリアに味方する。時勢によって支持する国を変え、ある時期はマストリアの一部を侵略までした。兵の数は首都だけで一万程いて、他の砦を合わせれば一万四千にはなるだろう。
私達の利点は、外部から兵を侵攻させるという過程を省略できる事。三人という少数だからこそ一気に首都まで侵入し、そのまま王都を攻略可能なのだ。
けど果たして神獣使が二人居るとはいえ、たった三人で国を落せるものだろうか?
今日まで一度も陥落した事が無い、あの偉大なる小国家を私達が制圧できる?
その答えが、今、出ようとしていた。
◇
では――開戦である。いよいよ人死にが出ない――戦争の始まりである。
「ああ。それでも失敗すれば間違いなく終身刑だ。そのつもりで一瞬たりとも気を抜くなよ、二人とも」
お気楽な様子で、ネコ博士は私とウォレット君にプレッシャーをかける。最悪このヒトは猫のフリをすれば、事なきをえるだろう。
だが、私達はそうはいかない。仮に戦場から逃げ出せても、その後は国際指名手配犯となるのは自明の理だ。借金も返せず、私はより危うい立場に追いやられるだろう。
なら、残された手は一つしかない。ここは、腹をくくるしかない。この戦に勝つほか、私に活路はないのだ―――。
その意気込みのもと、私はルマを安全な場所に残し、ネコ博士を肩の上に乗せる。かなり嫌がっていたが、ウォレット君を脇に抱え、一気に城壁の上まで跳躍する。塀の上に立ち、眼下の兵達に目を向ける。
ウォレット君を下ろし、私は手筈通り自分の存在を敵兵にアピールした。
「我は傭兵――ルン・ルカ! 今より、ダッハ城の攻略に挑む者! これを阻もうとする者に対しては、容赦なく正義の鉄槌を下す! では――いざ尋常に勝負!」
城内にいるダッハ兵達が〝なに言っているんだ、こいつ?〟みたいな顔をする。どう見ても私の言動を本気にしていない感じだ。
因みにルン・ルカというのは、当然私の偽名である。現時点で本名を名乗る程、私の心臓は強くない。そんな弱気を見せながらも、私は即座に次の手を打つ。
「来たれ――ナラバスカ。その剛腕を以て――我を守護せよ」
「……神獣使いっ? し、しかもあの女―――生命力五百五十万だとッッッ? 抜き打ちの演習でも何でもなく――本物の侵略者かっっ?」
私が召喚したザンスムントを目撃した瞬間、初めてダッハ兵は現状を知る。なら、彼等がするべき事は決まっている。かの者は、反射的にその詠唱を唱えた。
「来たれ――レイダ! 我が軍勢に、そなたの加護を与えよ!」
ダッハ側の神獣使いが、カバの姿をしたハーグッタを召喚する。此方が攻勢に出る前に自国の兵達の守備力を上げる。
これで恐らくザンスムントの攻撃が当たっても、一度に打破できる人数は限られる。三百名程に絞られ、私達はより不利な立場に追いやられた。
普通に考えるなら、そうだろう。
だが、その詠唱を聴いた時、ダッハ兵の多くが意味不明と言った表情を見せる。
いま正に、ウォレット・ドミナスは高らかに宣言した――。
「来たれ――ミッドルゥ。ダッハ軍に――おまえの加護を与えよ」
「なに……っ?」
味方である私達にではなく、あろう事かウォレット君はダッハ軍の守備力を上昇させる。これで更に、ダッハ軍の守備力は増した事になる。ザンスムントが一撃で倒せる人数は、三十名にまで減った。これは神獣戦で言えば、絶望的な戦力差と言える。
けれど――代りに別のカードが私のもとにもたらされた。
故に、私は一気に塀の上から敵陣深くまで突撃する。
右手を逆方向に突き出し、空間を弾き、最大速度で敵の後衛にとりつく。
「なッ、は――っ?」
ハーグッダを召喚した神獣使とは別の神獣使いが、反射的に別の神獣を呼び出そうとする。
その前に、私は爆発的な気迫をこの一帯に放出。ザンスムントの時同様、私の周囲に居る人間を遥か彼方へ吹き飛ばす。ハーグッダ使い以外の人間を、二十メートル先に薙ぎ払う――。
その中には、恐らくこの国に四人居る神獣使いの何人かが含まれている。
そう計算しながら、私とネコ博士はこの惨状に呆然とするダッハ兵に目を向けた。
「いい感じに怯んだな。では城の最上階を目指せ、ヒメカ。それでこの勝負は此方の勝ちだ」
「了解」
因みに、今のところ私は誰も殺していない。手加減したとはいえ、食らえば即死するレベルの攻撃をダッハ兵に放ったにもかかわらず。
その理由は、最早語るまでもないだろう。手品のタネはダッハ側の守備力強化と、ウォレット君のダッハ側に対する守備力強化にある。
この二つが為された時、ダッハ側の防御力は私の最低レベルの攻撃に僅かながら肉薄した。〝攻撃=死〟ではなく、〝攻撃=気絶レベル〟の守備力を彼等は有したのだ。
その為、私の攻撃は即死レベルでは無くなり、手加減さえすれば彼等を殴打可能となった。今も、城から溢れ出る兵達を殴りつけながらも、気絶させるにとどまっている。
これこそが――ネコ博士の作戦。
ダッハ側からすれば、想定さえしていなかった奇策だった―――。
お蔭で、私達は事もなく城の最上階へと行き着く。
ダッハの老王は有事が起きた事に漸く気づいた段階で、だからその守りも薄い。
私は見るからに神獣使いらしい男性に蹴りを入れた後、ダッハ王を床に押し倒し拘束する。その時になって城内から援軍が駆けつけてくるが、既に事は終わっていた。
「皆、武器を捨てて下さい。見ての通り、ダッハ王の身柄は押さえました。この時点で――あなた方の敗けです」
「何を、バカな……!」
「いや、バカでも何でもない。先のヒメカの一撃で、後衛に居た指揮官クラスの人間は皆昏睡した筈。君達を指揮できる人間は最早誰もおらず、指揮系統自体機能していない筈だ。その上で、この人の皮を被った神獣モドキを相手にすると?」
「――ね、猫が喋ったっ?」
流暢に言葉を紡ぐネコ博士を見て、ダッハ兵は更に慄く。
けれど、その一人が、雄弁を以てネコ博士に反論した。
「確かに陛下のお命が危ういなら、我等は降伏するべきなのかもしれん。だがきさま等に陛下を害する事が出来るか? 陛下を殺めれば、神獣の使用時間が削られるというのに――?」
この上ない、正論。確かに私達は、王の命を盾に出来ない。彼の言う通り、王を殺した時点で私達の戦力は大きく削られるから。
いや――そう思っていた時、かの猫が再び動く。
「そちらこそ、なぜマンス国が亡びたのか忘れたか? ジルキルドと相対した時、かの国は奴隷や捕虜を兵とし、神獣使いと交戦させた。神獣に生命力を五まで減らされながら、気絶した彼等を無理やり覚醒させ戦闘を継続させた。結果、マンスの奴隷たちは死亡し、この時点で誰もがジルキルド側が被害を受けたと思った。ジルキルドの神獣の使用時間は削られ、この戦はマンスの勝利で終わったと誰もが考えた。だが、実際、力を失ったのはマンスの方だった。彼等の神獣使いは全て力を失い、結果、マンスは敗北する事になる。何故か? それは彼等が、奴隷達を〝死ぬとわかっていながら尚も戦わせたから〟だ。死ぬとわかっていながら尚戦わせると言うのは、明確な殺意の現れなのさ。この時点で奴隷達を殺したのはマンスの側となり、力を失ったマンスは滅亡した。君達は、その彼等と同じ過ちを犯すつもりか? 我等を害しようとすれば王が死ぬとわかっていながら、なお刃向うと?」
「……つっ!」
が、その時、私が組み伏せている王が声を上げる。
「予の事は、もう良い。予が死んでも、我が子、アゼンタが後を継げばいいだけの事。そなたらは予に構わず、忌憚なくこの賊達を討ち取れ」
「……へ、陛下!」
我が身をかえりみず、国に尽くすか。恐らく王自らが命を擲つなら、マンスの例にはあてはまらなくなる。敵ながら天晴で、このままだとそうならざるを得ないが果たしてどうする、ネコ博士?
「ならば、此方も最後のカードを切ろう。この奇襲を計画したのは、マストリアだ。今頃外に居る此方の仲間が合図を送り、我等が王を押さえた事をマストリア軍に伝えた筈。後二十分もしない内に、ダッハはマストリアの大軍に押しつぶされる事になる。それでも、我等に降るつもりは無いと? 今なら、平和的に事を収められると言うのに?」
「……平和的? ダッハは自治権を失い、マストリアに占拠さえ、従属せねばならぬというのに、か?」
「いや、それもサーハスを落すまでの話だ。ここに約定しよう。賠償金十万ゴールドを支払いサーハスを落せば、ダッハの独立は認めると。我らの目的は、飽くまでサーハスの攻略。貴国を永遠に従属させる意思は無い」
「それは――まこと、か?」
「事実だ。仮に疑う余地があるというなら、この娘を討ち取るため全力で兵を挙げるといい。この娘は間違いなく、その全てを打ち払うであろう。我はそう確信しているがこれは誤りか、ヒメカ?」
「いえ、アナタは何も間違っていないわ、ネコ博士」
私は立ち上がり、それから右腕を突き出す。その衝撃波だけで、城壁を四分の一ほど破壊してみせた。それを見た瞬間、王や、この場に居る兵達は愕然とする。
「……そ、そなた達は、一体何者だっ? まさかマストリアは、斯様な人間兵器を開発したとでも言うのか……ッ?」
「さて、どうでしょう? 私に言える事があるとすれば、一つだけ。このままだとあなたお一人だけでなく、親族全てをマストリアに売り渡さなければならない。それだけです」
「つッ、くッ」
そして周囲に僅かな沈黙が流れる中、ダッハ王ユービットは――遂に決断した。
「……先の約束だけは、必ず守ってもらうぞ。サーハスを落し次第、我等はそなた達と手を切る」
「ああ。賢い判断だ」
それで――今度こそ終わった。
ここに――勝敗は決した。
王が降伏勧告を受け入れた事で、兵達もそれに倣う。未だ嘗て征服の憂き目にあってこなかったダッハ王国は、こうして陥落する事になる。しかも、たった三人の賊達の手によって。
故に、私達はこのダッハ城に――マストリアの大使を呼び寄せたのだ。
◇
それから、私は客間でその本に目を通す。
全て読み終えた後、もう一度読み返し、気になる部分を指摘した。
「えっと、この十二ページの私の表情なんですが」
途端、私の側頭部を、ネコ博士が猫パンチで殴りつける。
「って違うだろッ? そうじゃないだろうっ? 何やってんの君達ッ? 特にヒメカ! オマエ、自分を題材にしたエ■同人誌を、何で真面目な貌で読んでいる訳っ? あまつさえ、編集者目線でダメ出ししようとしているんだッ? そこは女子的には、もっと気持ち悪がる所だろっ?」
「え? でも、兄も結構盛んに、私を題材にしたエ■同人誌を描いていたから」
「史上最悪の――バカ兄貴だ! もう良いからブチ殺しちまえ! 我が許可するからそんなアホ兄貴はこの世から追放しろ! マストリアの大使も、仕事とはいえ恥を知れよ! 何、実在の人物を題材にしたエ■同人誌とか作っているんだッ? 世の中にはやって良い事と悪い事があるんだよ!」
「……はっ? た、確かに、喋る猫殿の言う通りですな!」
少し小太りなマストリアの大使が、ネコ博士の剣幕に押される。私もこんなネコ博士は初めて見た。
変態の割に言っている事はまっとう過ぎて、逆に私はドン引きする。
「大体、我等がマストリアの大使を呼び出したのは、もっと別の理由があるからだろう? 我としてはそろそろ本題に入りたいのだが、構わんか? ……と、それとこの同人誌を売り出すと言う案は、当然ボツだ。本国の責任者にも、そう言っておけ。……全く、世が世なら国ごと消し飛ばしているところだぞ」
やはり珍しく、ネコ博士は心底呆れた様に嘆息する。彼は、有言通り本題に入った。
「我等一党は、この度ダッハ王国を陥落させた。次にウッドウェイ、更にはサーハスも落すつもりだ。マストリアには、そのつもりでいてもらいたい」
「……ダ、ダッハを、落したッ? ……確かにヤギ殿達がなぜ我が物顔でダッハ城に居るかは大いに疑問でしたが、それは国をあげた冗談ではない……っ?」
「ああ、事実だよ。だが、かといって我等はマストリアに敵対する意思は無い。寧ろ同盟関係を結び、ジルキルドに備えるつもりだ。其方としても、悪い話ではあるまい? サーハスとは長きにわたり、西方の覇権を争う間柄だ。そのサーハスを味方に出来れば何の憂いも無く、東側の国々と相対せる訳だしな」
この唐突な宣言に、マストリアの大使は当たり前の様に狼狽する。
「……あ、いや、待たれよ! そのような大事、とても私の一存で決められる事ではありません! ……至急本国の指示を仰ぐゆえ、暫しお待ちを!」
「いや、悪いが此方も計画があってね。そちらの都合に、合わせる余裕はないのだ。とにかくそういう事だから、マストリア王に宜しく伝えてくれ。……というか、このエ■同人誌はマストリア王が企画した物ではあるまいな?」
「まさか、まさか! ……陛下は、この様なハレンチな事には関わっておりません! わかりました! 話はわかりましたから、どうか、お待ちを!」
マストリアの大使が冷や汗もので、この場を後にしていく。
それを見送った後――ネコ博士は例の同人誌をビリビリに破いていた。
「って、アレで良かったんですか? 私の目には、喧嘩を売っている様にしか見えなかったけど?」
「構わん。値引き交渉と外交は、紙一重だ。多少なりとも無理難題を吹っかけた方が、次善策が通りやすいのさ。それに、もしマストリアが我らを討つ気なら尚のこと好都合だしな。仮にかの国がその気なら、君はマストリアを占領する大義名分を得る事になる」
「……待て。そのマストリアにしろサーハスにしろ、世界で五本の指に入る大国家だぞ? ダッハの様に、簡単に落とせる国々じゃない。あんたは本当に、あの大国等を征服できると思っているのか?」
ウォレット君が、至極真面な事を問いかける。ネコ博士は、やはり真顔で応じた。
「常識的に考えれば、そのダッハも僅か三人で落せる国では無かったと思うがな? それともおまえはダッハ如きなら、当然の様に陥落させられると考えていた?」
手痛いこの反論に、ウォレット君は僅かに怯む。
「……つまり、策があるんだな? ダッハを落した様な、策が?」
「そういう事だ。と言う訳で、まずはこの国の新たな王を決めようじゃないか。ウォレット――きみがダッハの代理王となれ」
「……は? ……俺が、ダッハの、王?」
予想もしなかった提案だったのか、ウォレット君は露骨に自身の耳を疑う。
「……何故、俺が王に? 功績で言えば、ヒメカかあんたの方が相応しい筈だ。いや、他にもメルなら喜んで王位に就く筈だぞ……?」
「わからんやつだな。確かにきみの言い分は正論だがね。にもかかわらずその三者を退け、きみを王に据えたかその意味を考えろ。きみにしてみれば、それほど難問では無い筈だぞ?」
暫し考えた末、ウォレット君はその答えらしき物に辿りつく。
「そう、か。ここでヒメカ達を目立たせるのは、得策じゃない? 特にメルが俺達の仲間だと周知させるのは、不味いって事か?」
「ま、正解という事にしておこう。というか、ヒメカを王に据えなかったのは単に向いていないからだ。さっきのやり取りで確信したが――この娘は自分に対して全く興味が無い」
それは、何時かルマにも言われた事だった。私は自分に、全く興味が無い。改めて言われると、これほど閉口してしまう指摘は無い。
「まさか。私はそこまで、お人好しじゃないわ。ちゃんと自分の事だって、考えている。マストリアに手を出させていないのが、その証拠よ」
「違うな。それも、君自身が言っていた事だ。自分を育てた母や父に悪いから、自分は最後の一線を越えていないと君は謳った。要するに君は、己以外の誰かが傷つく時は躊躇して、それ以外の時は概ねよしとするのさ。先の同人誌や、抱き枕がいい見本だ。何が原因でそうなったかは知らないが、君は自分に対する感情が希薄なんだよ。だから、常に第三者の都合を優先する。その為か、君は自身の不幸さえ自覚していない」
「……不幸を、自覚していない? 私が?」
「そうだよ。兄に法外な借金を押し付けられたヒメカ・ヤギは、間違いなく不幸だ。なのに、君はそんな自分の境遇を、嘆きもしない。ただ当然の様に受け入れる。君なら逃げ出す事だって出来た筈なのに、監視役のルマの立場を考えそれさえしない。マストリア側もそんな君の本質を見抜いたからこそ、今の様に半ば放置状態なのだろうな」
「……そっか。ネコ博士が国を落すと言う暴挙に出たのは、その為ね? 私には似つかわしくない真似をさせる事で、マストリアを牽制する。それも、ネコ博士の企みの一つ」
「漸くご理解いただけて光栄だよ。だが、そうだな。問題が無いニンゲンなど、この世には存在しない。かく言う我も、ヒトの事を偉そうに言える立場ではないだろう。故に今の指摘は、ダッハを落した報酬と思ってくれれば助かる。ついでに言えば、もう僅かでも君は兄を憎むべきだと忠告しておこう――」
「かも、しれないわね」
それで、話は終わった。私はルマを迎えに行き、漸く一息つく。
ただその間も……頭の中ではネコ博士の指摘が何度も繰り返されていた。
◇
私達とメルカリカが合流したのは、その日の夕方だった。
彼女はまず本当にダッハを落した事に仰天し、目をパチクリさせる。
「……いや、正直驚いた。まさか本当に国一つを、こうも容易く占拠するなんて!」
「素直にそう驚愕してもらえると、軍師冥利に尽きるな。――で、ソッチの収穫は? 誰から何の神獣を手に入れた?」
「んん? ボクの方は、ライナスって人からハーグッタを手に入れた。というか、やっぱりD以上の神獣を保有している神獣使いはガードが固いね。常に仲間と群れて行動して、近づく隙なんて全く無いんだもん。散々粘ったけど、いいかげん見切りをつけて、Eランクの神獣に狙いを変えたよ」
「成る程。ハーグッタか。君の話では、ハーグッタは既に全騎契約済みだという事だったからな。いや、上出来だ」
ネコ博士は、ダッハ攻略作戦をメルカリカに話す。
これで敵に頼る事なく先の策を実行できると、彼は嬉々としていた。
「えっと、それでもう一度話を整理させてもらって良いかしら? 現在の神獣の契約状態は、この通りで間違いない?」
と、私は以下の通り並べ立てる。
ザンスムント(※一撃で敵千人を打破)、二十騎中、七騎契約。
ルッドヒル(※瞬間移動)、十騎中、二騎契約。
マルチバス(※人をランダムに遠方へ飛ばす)、五十騎中、十七騎契約。
ハーグッタ(※防御の向上)、八十騎中、八十騎契約。
グーダー(※攻撃力の向上)、八十騎中、二十騎契約。
ラグーナ(※五元素の完全ガード)、五十騎中、二十一騎契約。
アウナ(※隕石を落下)、五騎中、一騎契約。
キリコ(※大隕石を落下)、二騎中、契約者零。
フェリア(※吹雪)、二十騎中、八騎契約。
ジーザー(※焔)、二十騎中、九騎契約。
ヌーバ(※神獣の契約状態を知る)、八十騎中、七十八騎契約。
ジルケイド(※誰がどんな神獣を有しているか知る)、二十騎中、六騎契約。
マルチネル(※神獣同士の交換)、十騎中、三騎契約。
ダルタリア(※神獣を奪う)、五騎中、二騎契約。
マルケル(※時間を速める)、五騎中、二騎契約。
サジタリア(※時間を遅行させる)、五騎中、二騎契約。
ヒルタ(※一行程動作を省略)、十騎中、三騎契約。
イルンクス(※変身)、二十騎中、二騎契約。
ジーニエス(※神獣の干渉を完全に防ぐ)、二騎中、契約者零。
ズー(※敵を百人倒す)、二百騎中、百五十騎契約。
マー(※神獣から味方を守る)、二百騎中、百八十騎契約。
グエルグ(※洪水)、二十騎中、八騎契約。
マジタリア(※落雷)、二十騎中、七騎契約。
イッドヘル(※千名援軍をよこす)、二十騎中、五騎契約。
ガジェッド(※百名飛行)、五十騎中、二十二騎契約。
ガラッド(※千名飛行)、十騎中、七騎契約。
ドッド(※竜巻)、二十騎中、六騎契約。
メイ(※一名治療)、百騎中、百騎契約。
ギアット(※五十名治療)、二十騎中、十騎契約。
ヌナト(※百二十秒間、味方を治療)、五騎中、一騎契約。
パズモ(※敵の動きをとめる)、五十騎中、二十五騎契約。
グゴック(※水中で活動)、五十騎中、十五騎契約。
ルヴァ(※溶岩内で活動)、十騎中、二騎契約。
ウラナ(※一撃で万の敵を打破)、五騎中、一騎契約。
ズスムント(※武器を用いて敵と戦う)、百騎中、五騎契約。
ギーガー(※巨大化)、二十騎中、七騎契約。
シュンシャ(※十名縮小)、百騎中、二十五騎契約。
ハメット(※敵を味方に変える)、二十騎中、十騎契約。
ゼッド、契約者零。
アッドメッド、契約者零。
と、前にメルカリカが言っていた情報を、再確認する。当然、暗記できたものではなかったので、メモを取っておいた。私の話を聴き、彼女はフムと頷く。
「だね。ボクがルッドヒルを手に入れた以外は、動きは無いみたい。さっきヌーバ(※神獣の契約状態を知る)で確認したから、間違いないよ」
「そっか。なら、私としては次の作戦までに神獣の数を増やしておきたいんだけど?」
私のストックは、まだ七つも残っている。この枠を埋めれば、それだけ〝神獣戦線〟も優位に進める事が叶うだろう。次の標的はウッドウェイという話だが、かの国の攻略の力になるのは間違いない。
私としてはそう確信していたのだが、しかしネコ博士は首を横に振る。
「いや、ヒメカには明日にも次の行動に移ってもらうので、そんな暇はない。我が思うにその役は――ルマこそが担うべきだな」
「……私? ……ヒメカではなく?」
「ああ。ヒメカにはダッハの兵七千を連れ、グレッド山脈を経由し、ウッドウェイに向かってもらう。その間にルマはメルカリカのルッドヒルを使い、大陸を移動して契約できそうな神獣と契約だ。いや、ウォレットとメルカリカには、その前にやってもらう事があったな。君達はサーハスにも行った事があるのだろ?」
「んん? あるけど、当然、城には入れなかったよ。商人のフリをして、城下町に入ったのがやっと」
「十分だ。なので、君達にはこうしてもらう」
ネコ博士は今後の展望を語り、メルカリカは納得した様に手を叩く。
「そっか――そういうコンボか。だからボクは、まだ表立ってはいけない訳だ?」
「そういう事だ。君には暫く黒子に徹してもらう。なに、それが済めば、ウッドウェイでもサーハスでもくれてやるさ。両国とも、煮るなり焼くなり君達の好きにしろ。ヒメカには戦勝時の賠償金や、毎月税金の何割かが手元に入れば十分だろうしな」
「そうね。私としても、どこぞの国の王になるなんて野心はないわ。そう言うのは皆、メルカリカやウォレット君に任せる」
今も先のネコ博士の指摘が脳裏を過ぎるが、それを振り切る様に私は告げる。
作戦会議はそれで終わり、私達は次の行動を開始した。
私はメルカリカ達の〝用事〟が終わった後、ウォレット君を伴い、ダッハを出立。ネコ博士の言う通り、七千の兵を率いて、ウッドウェイに向かう。
かく言うネコ博士もこれに同行し、私達の新たな国取りはここに始まったのだ――。
◇
これは、その道中の会話。
「で、先に言っておくが、この作戦はある種の犠牲が生じる。ヒメカもウォレットも、そのつもりで覚悟しておく様に」
「……何だ? 俺達に何をさせる気だ、この猫野郎は?」
馬上にあるウォレット君が、尤もな事を問い質す。
けれど、私の肩に乗るネコ博士はガラッと話題を変えた。
「いや、代理とはいえ、王に対して呼び捨ては失礼だったな――ウォレット王。それで、王として兵を引き連れ、敵陣深くに足を踏み入れるのはどんな気分だ?」
「飽くまでこっちの質問には答えない気かよ、あんたは? 俺はともかく、ヒメカの安全はちゃんと確保しているんだろうな?」
「いや、今回はきみやヒメカ次第だな。君達がダッハ兵を見殺しにする気があるなら、退路は確保していると言える」
「……ダッハ兵を、見捨てる? でなければ、私達は逃げる事もできない、と?」
「そういう事だ。ダッハ兵では、とてもじゃないが君の運動能力にはついていけまい。君と言えど七千にも及ぶ人々をおぶって、安全圏まで運ぶ事も不可能だろ? これはそう言う意味」
「つまり――私達には勝つしか生きる道は無いって事ね?」
「ああ。元々ダッハ兵は君の常人離れした強さによって、統率されている様なものだ。その君が一度でも負ければ、彼等は事もなく瓦解する。喜んで故郷に向かって、潰走するだろう」
相変わらず、ネコ博士は冷静だ。自分もその渦中に居るのに、他人事の様でさえある。
「そのダッハ国だけど、本国にはサーハスを攻めてもらう段取りなのでしょう? それはやっぱり、サーハスをダッハに引きつける為? サーハスに、私達がウッドウェイへ攻め込んだ事を気付かせない為の処置?」
「そうだよ。サーハスとウッドウェイは、とても良好な関係とはいえないがね。それでも東側の国々が攻め込んできた時は、喜んで共闘したものだ。その程度の利害は共有している間柄なのさ。だが、そのウッドウェイが落ちれば、サーハスはダッハとウッドウェイに挟まれた形となる。完全に孤立し、西と東からの挟撃が可能となるだろう。逆に、先にウッドウェイを落さなければサーハスが危機的状況になった時、此方の身が危うい。ウッドウェイからサーハスに援軍を送られる可能性が出てきて、こちら側が不利となる。我らがわざわざ交通の難所であるグレッド山脈を経由しているのは、その為。こうやって道とは言えない道を通り、ウッドウェイの首都を目指している訳だ。此方の動きを――ウッドウェイやサーハスに気付かれない為に」
「というか、アレ、明らかに普通の人では通れない崖なんだけど、もしかしてそういう事?」
「うん。君はダッハ兵を可能な限り担ぎ上げ、向こう側へ飛び移れ。こちらの兵が、みな崖を渡り切るまで」
「……ま、良いですけどね。私はその為に、同行している様な物だし」
私は、ネコ博士の指示通り行動する。二時間かけ、七千に及ぶダッハ兵をみな運び終える。流石に息が切れたが、第一関門はクリヤーした感じだ。キャッホー!
「ウム。二時間か。我の計算では、崖を迂回して行軍すると三十時間はかかる筈なので二十八時間ほど得したな。しかも遭難の危険も回避できたので、万々歳と言ったところだ」
「……最高の労いの言葉を、どうも。で、このまま進軍って事で良いのかしら?」
皮肉をこめて笑いながら、訊ねてみる。ネコ博士は、ここでもマイペースだ。
「ああ、それで問題ない」
「いや、問題なら一つある。仮に――東側からウッドウェイに援軍が送られて来たらどうする? そういう想定は、しているのか?」
「……あー、それね」
何か……明らかに〝それは計算し忘れていた〟と言いたげな反応だった。
「いや、冗談だ。というより、今のは些か愚問だな、ウォレット王。ウッドウェイの東には何がある?」
「……と、そうだった。かの国の東にあるのは――ザンジアか」
「そういう事だ。永久中立国ザンジア。なので東側から茶々が入る可能性は極めて低い。ウッドウェイから西の国々も、ザンジアを盾にして東側の国々の侵攻を妨げてきた感じだしな。よって、一先ずその事は忘れていい」
ネコ博士がそう言い切ると、ウォレット君は難しい顔つきのまま納得する。
私も似たような貌をしているんだろうなと自覚しつつ、全く別の話を小声でふった。
「というか、一つ訊いておくわ。メルカリカ達は常識になっているから気付いていないけど、ネコ博士は察しているのでしょう? この〝神獣戦線〟は、余りにシステム化されすぎているって。ここまで来ると誰かが仕組んでいるとしか思えないのだけど、ネコ博士はどう考えていて?」
「確かにな。だが、その話を我にする意味は何だ? まさか、全ては我が仕組んでいるとか思っているのではなかろうな? だとしたら、浅慮と言わざるを得ない。我には〝神獣戦線〟をプロデュースした記憶など、一切ないのだから」
何故だかわからないが……その件に関しては彼も嘘を言っていない様に感じられた。どうもここは、ネコ博士の言う通りらしい。
そんなこんなで話している内に、私達ダッハ軍はグレッド山脈のふもとに至る。ウッドウェイが誇る全ての砦を素通りし、私達は一気にかの国の首都に到着した。
「やはり、当面の守りはサーハスに向いているらしいな。東に比べ西の方がやや守りが固い。だが、その守りもこの様に首都を直接奇襲されれば、何の意味も無いが。では、作戦開始と行こう。二人は道中話した通り、行動してくれ」
「了解」
大きく息を吐き出し、ウッドウェイ城へ目を向け、私はただひたすら気を研ぎ澄ます。
時にして、午後一時半。
今にも曇り空から雨が降りそうな――ある日の事である。
◇
では、ここでウッドウェイについても少し語っておこう。
ウッドウェイは、ダッハと異なり、紛れも無い大国だ。鉱物資源の採掘量こそ僅かだが、それをカバーして余りある産業がかの国にはあるから。織物と染物の技術は、正にウッドウェイブランドと言ってさしつかえない。
多くの国の人々が愛用し、その輸出量は、年間七億着に及ぶ。正しく織物国家と言うべきかの国は、ソレに加え軍事力も非凡な物がある。産業で得た財を主に軍事に転用しているウッドウェイは、だから八人に及ぶ神獣使いを擁す。これはダッハの二倍に当たり、この一事だけでもかの国が如何に難攻不落か想像がつくだろう。
またその周囲は高山に囲まれ、天然の要塞と化している。本来ならグレッド山脈はウッドウェイを守る盾であり、これがある限り奇襲は困難といえる。
その困難を可能にしてしまった事は置いておいて、とにかくソレが私達の現実だった。私達は首都だけで四万の兵を誇るという、かの大国を攻略せねばならない。
対して、此方の兵力は神獣使いが四人に、兵は七千。普通ならワンサイドゲームになるところだが、果たして物量に人知が勝る事はあるのか? これは――それを問う戦でもあった。
◇
「よし。じゃあ、行ってみようか。ウォレット王も、ダッハの皆もくれぐれも無理をしないようにね」
それだけ言い残し、ヒメカはダッハ兵に紛れる。
ダッハの代理王、ウォレット・ドミナスが号令をかけたのは――その直後。
後衛に位置しながらも、彼は兵士達と共にグレッド山脈を駆け下りる。その勢いのまま、彼等はウッドウェイの首都に突撃する。その速度は、ウッドウェイの城下町を守る門番が気付くより速い。
故に彼等が異常を察知するより先に、ダッハ軍はかの国の城下町に侵入する。即座にウッドウェイの王が居とする城目がけて、彼等は駆け抜けた。
「……まさか、アレは敵兵? だが他の砦から、そんな報告は受けていない。だとしたらよもやグレッド山脈を越えてきた、というのか……?」
ウッドウェイ城の周囲に目を配る物見が、いち早くその可能性に気付く。彼は即座に背後に居る伝令役に、この一大事を王に知らせるよう指示を出す。
伝令役の青年は王座の間に辿り着くなり、焦燥しながらこう告げた。
「――陛下! どこの国かは不明ですが、奇襲です! 砦より何の知らせも無い事からして、どうやら敵はグレッド山脈を越えてきたかと!」
「あの難所をか? そんな真似を実現するには何らかの神獣の力を借りねばならぬと思うが。して、敵兵の数は?」
「は! 大凡、七千程かと!」
「……七千。奇襲と言えど、首都を攻めるには少ないな。伏兵が居る可能性は?」
「それは未だに確認が取れていません! 現在わかっているのは、後三分程で賊軍がこのウッドウェイ城にとり付くという事のみです!」
「了解した。では城から兵二万と神獣使い四名を出し、迎撃に当たらせよ。同時に、城下町の門を閉める様に伝令を送れ。敵軍を城下町に囲い込み、その上で持久戦に持ち込んでこれを殲滅する」
ウッドウェイ王――アルナスの指示に誤りはない。
ダッハ軍が通過してきた城下町の門さえ閉めれば、彼等はこの地からの離脱は困難となる。その上で持久戦に持ち込めば、数で劣るダッハ軍が先に疲弊するのは明らかだ。
アルナスの作戦は常識的に考えるなら、極めて真っ当と言えた。
(だが一体どこの軍だ? マストリアやサーハスならありえるが、その割に数が少なすぎる。となれば、まさか、ダッハか……?)
アルナスも、既にその噂は耳にしている。かのダッハは、たった三人の賊の手によって陥落したという。しかもその内の一人は、神獣に匹敵するほどの膂力を有しているという。
にわかには信じがたい話だが、彼はこの時点で慢心を捨てた。アルナスは、件の噂を前提にした策を練るべきだと、自分自身に言い聞かせる。
(恐らくダッハが落されたのは、油断したが為。そこに賊達がつけ入る隙があった。故に私がするべき事は、決して常識に囚われない事。敵の数の少なさに惑わされぬ事だ)
齢十五にして王位につき、その座を二十年間守り通してきた壮年の王はそう判断する。
この考えも、実に的を射ている。彼の考え方は柔軟で、確かに慢心とは程遠い所にあった。
それ程の難敵が指揮するウッドウェイ軍と、ダッハ軍が衝突したのは、間もなくの事。ダッハ軍は、門が開けられた敵の城より二万に及ぶ兵が突撃してくるのを確認する。
が、これを見ても、ダッハの勢いはとどまる所を知らない。
「……な、にっ?」
それも当然か。彼等が目撃したのは、それほど馬鹿げた光景だったから。あろう事か一人の少女が一軒家を持ち上げ、それを掲げながら此方に走り寄ってくる。しかもその生命力は――五百五十万。この常軌を逸した情景を見て、一瞬ウッドウェイ軍は恐慌した。
ソレを鎮める様に、二人の神獣使いが咄嗟にその力を発揮する。
「来たれ――ネーゼ! そなたの加護を我らに与えよ!」
「来たれ――アルザ! そなたの加護を我らに与えよ!」
ウッドウェイ軍の神獣使い二人が、ハーグッタを召喚する。二騎がかりで、自軍の守備力を向上させる。それを確認した後、件の少女ことヒメカ・ヤギは手にした一軒家を投擲した。ウッドウェイ軍目がけて、巨大なソレを放り投げる。
正に笑うに値するこの暴挙は、しかし件の守りによってほぼ被害を与えられない。
だが、ウッドウェイ軍が真に恐怖したのは、その後。どう見ても少女にしか見えない娘が、自分達目がけて突っ込んでくる。殴っては蹴り、次々と自軍の兵達を薙ぎ払う。
これを見て、残り二人の神獣使いも動いた。
「来たれ――バモンド! その暴風を以て、敵を殲滅せよ!」
「来たれ――イシュタリカ! その乱流を以て、敵を押し流せ!」
ドッドとグエルグの、同時召喚。風を纏った龍と、水を纏った巨大な亀が出現する。
ならばそれは――軽く六千の兵を掃討しよう。
そう判断した時、ウォレットとダッハの神獣使いラスリアが動く。
「来たれ――ミッドルゥ! 我らにそなたの加護を与えよ!」
「来たれ――レイダ! 我らにそなたの加護を与えよ!」
ウッドウェイ軍同様、ハーグッタの二重がけ。これにより、ダッハ軍の被害は軽微となり、兵同士の戦いが始まる。ダッハは小軍に大軍をぶつけると言う、愚をおかす。
けれど――そのとき彼等は二度目の驚愕を迎えた。
「来たれ――リーゼ! 我が軍に、かの者の姿を与えよ!」
ダッハ軍二人目の神獣使いドーラが、その術を使役する。
途端、この場に居る全ての人間は――ヒメカ・ヤギの姿になっていた。
それは、変身を司る神獣――イルンクスの業。羽が生えたキリンが具現したこの時点で、ウッドウェイ軍は大混乱に陥る。
(……そうか! 数で劣る賊軍が混戦に持ち込んだのは、この為! 敵も味方もあの女の姿に変え、我等をかく乱させるのが目的か!)
いや、最悪なのはこの人ごみの中に、紛れも無くあの化物じみた少女が居る事。そう悟った時、ウッドウェイ軍の指揮官ガルナズは、一時兵を後退させる必要に迫られた。
(だがそれは不味い! 城の中に撤退しては、あの女が城内に紛れ込む可能性がある! いや、間違いなくそれこそが賊軍の目的だ! かといってこのまま戦闘に勤しめば、同士討ちは必至! やはりここは兵を下げ、戦闘を避ける他ない!)
故にガルナズは兵を城付近まで下げ、防御陣形をとらせる。これに従わない者は容赦なく殴りつけ、気絶させるよう命じ、彼等は時間稼ぎに終始した。
確かにイルンクスの制限時間は、十分。その間を凌ぎ切れば勝機は自ずと見えてくる。
ウッドウェイ軍がそう計算する中、ただ一人姿が変わらぬネコ博士だけが彼方を見ていた。
◇
そして――両軍の激突は速やかな決着を見る。
かの光景を目撃した時、ウッドウェイ王アルナスは、半ば呆然とした。
「はじめまして、アルナス王。私は――ヒメカ・ヤギという者です」
「まさか? どうやって、この城の守りを突破した? そんな伝令は受けてはいないが――そうか――シュンシャか?」
「正解。さすが、聡明なるアルナス王」
シュンシャ。任意の人物を、縮小する神獣。それを使って――この娘はこの城までやって来た? つまり、あの大量のヒメカは囮? ウッドウェイ軍の意識を、外に向けさせる為の陽動か?
「だが、シュンシャの大きさでも、この城の門は通れぬはず。そうなるよう設計させ、実際、今までこの方法で城門を突破した者は居ない。だというのに、なぜ?」
「簡単です。私はただ、城壁の石垣を殴り壊し、穴を空けただけ。その穴から城に潜入して、今、あなたの前に居る。種を空けせばそれだけの、つまらない手品です」
ヒメカがそう告げると、アルナスは自嘲気味の笑みを漏らす。
「……成る程。私とした事が、忘れていたよ。数で劣る軍に唯一勝機があるとすれば、それは指揮官を討ち取る事だと。確かダッハの時も、そなた等はそうやって国一つを落したのだったな」
「それも正解。なので願わくは、これ以上の手向かいは無用にしていただきたい。私も王に、このような真似はしたくありませんから」
同時に、ヒメカが掌を九時の方角目がけて突き出す。
それだけで城内の壁は吹き飛び、それを見た王を守る兵達は呆然とする。
「で、どうなさいますか、アルナス王? 勝ち目のない戦いに身を投じ、御身を危険に晒すという暴挙に勤しむ? それとも、素直に降伏願えますか?」
ヒメカが、尚もカードを切る。それを受け、今度はアルナスが笑った。
「いや、それはどうかな? そなた、それだけの力量を持ちながらなぜ無駄話に興じる? 速やかに決着がつけられるこの状況で、なぜ説得紛いの事をするのか? 答えは恐らくそなたが暴力を振るえば、その者は即死するから。故にこの状況にあって尚、そなたは私に手が出せないのでは?」
それも正解。件のウッドウェイ側の守りも兵一万に留まり、その加護は王のもとまで届いていない。よってヒメカは王に暴力をふるえない訳だが、それでも彼女の笑みは崩れなかった。
「ええ。その読みも当たりですが――私はこれでも神獣使いでして。来たれ――ナラバスカ。我の前に立ちふさがる敵を薙ぎ払え」
「しまっ、た。来たれ――ヴィラム! 我が大敵を――粉砕せよ!」
ヒメカがザンスムントを召喚するのと同時に、アルナスもザンスムントを召喚する。
それは当然とも言える応戦のあり方だったが、アルナスにしてみれば違っていた。何故なら事は全て彼の計算通りに動いたから。
アルナスが思った通り、彼が召喚したザンスムントは一撃でヒメカに吹き飛ばされる。人間はダメでも、神獣ならヒメカも実力行使が可能だから。
そう。どちらにせよ、既に決着はついているのだ。
アルナスのザンスムントは、ヒメカに敗れた。更にもしヒメカのザンスムントに対抗する為ハーグッタを召喚しても、無駄だろう。この王の間に居るのは、凡そ五十人。つまりハーグッタを二重がけしない限り、その拳は防げない。かといって仮にザンスムントの攻撃を防げても今度はヒメカが暴力をふるえる様になり、やはり詰む事になる。どちらにせよヒメカ・ヤギが神獣使いである限り――アルナスには勝機が無いのだ。
アルナスは最後にそう計算をしながら、ザンスムントの一撃を受ける。この時点で彼の生命力は五まで低下し、ヒメカは素早くその体を抱え上げた。
そのまま自分が開けた穴から外へと飛び出し、彼女は再びシュンシャを使用する。
直径五十センチの玉の姿をした神獣を召喚し、神獣と共にその身を縮め、今度は城外を目指す。
城の外へ脱出した後、ヒメカはシュンシャを解除し、ダッハ軍と合流する。それを見たガルナズは驚愕とした。何故ならあの少女の肩には、アルナス王が抱えられていたから。
これを見て――ネコ博士は雄弁に語る。
「どうやら勝負あった様だな、ウッドウェイ軍。アルナス王は我等が手中にあり、君達は交戦さえままならぬ状況にある。このまま戦えば同士討ちは必至で、王の命さえ危うい。それでも君達はまだ降伏しない、と? アルナス王に世継ぎが居ないと知りつつ、最高司令官たる王の命を無視して、まだ戦う気か?」
「……そ、その王が本物である証拠がどこにあるっ? イルンクスで変身させた偽者かもしれないではないか!」
「ほう? では試してみるか? 王殺しの汚名を着る覚悟があるなら、忌憚なく剣を振るうといい」
ネコ博士の弁舌に、ガルナズは思わず息を呑む。
「諦めろ。君の器量では、アルナス王の穴埋めはできん。ウッドウェイとは、聡明なるアルナス王あっての国。その事はウッドウェイ人である君達が、一番よくわかっている筈だ」
「……ま、まさか、降伏するしかない、というのか? ……数で劣る賊軍相手に、このままおめおめと――?」
「だな。これも特権と言うやつでね。一兵卒より王を殺した方が、神獣の使用時間は大きく削られるんだ。故にここで君達が王を見殺しにすれば、神獣との契約は切れ、我が軍の神獣を防げない。それでも最後まで死力を尽くして戦うと言うなら、つき合っても構わないが?」
それは酷薄ともいえる宣告だ。これを受け、長く呆然とした後、ガルナズは遂に結論した。
「……ああ、そう、か。陛下の御身を押さえられた時点で、我等の、負け、か……」
それはまるで、自分自身に言い聞かせる様なもの言いだった。
次の瞬間、ガルナズは手にした棍棒を地面に落とす。
それを見た兵達も次々得物を手放し、ここに勝敗は決した。
ウッドウェイ軍四万は――ダッハ軍七千に降伏。
彼等は自軍の首都を、ヒメカ達に明け渡したのだ―――。
◇
ウッドウェイ軍を地下牢に幽閉した後、私達ダッハ軍は城内に入城する。七千の兵を以て城の各所を制圧し、ウォレット君はネコ博士のすすめで玉座に腰を下ろす。
その体のまま、彼はダッハ兵に労いの言葉をかけた。
「皆――良くやってくれた。この勝利は、皆の力があっての物。誰一人欠けても、この勝利はあり得なかっただろう。今日は無礼講だ。よく飲み、よく食べ、この勝利を忌憚なく祝おうじゃないか――!」
「は! ウォレット殿万歳! 我等がダッハ王国に栄光あれ――!」
が、その一方で、ネコ博士はウッドウェイに対する略奪を一切禁止している。これを破る者は、終身刑も辞さない構えだ。
その辺りは実に良識的な処置なのだが、だからこそ私は時々わからなくなる。このネコ博士という人物は、一体何を考えているのか?
果たして、彼はただの変態か? それとも、人格者と言えるヒトなのか?
私はまだ――その辺りを見極めていない。
「というかネコ博士ってば、メルカリカ達にこの国を譲渡するって言っていたわよね? その場合、アルナス王はどうなるんです? 彼や彼等の親族は、どういう扱いになるの?」
「そうだな。司令官クラスの家柄の者は、概ね国外追放という事になるか。指揮系統をほぼ一新し、兵を束ねる者達を新たに集う必要がある。だが、その辺りはこの国の新王の仕事で我の領分ではない。我としては相談でもされない限りは、放置するつもりだ」
「……ま、妥当なところね。メルカリカ達に、全ての責任を押しつけるところも含めて」
冷たい様だが、確かにソレはこれからこの国を担う人物の仕事だ。間違いなく、王を名乗る人がするべき事柄なのだろう。王とはそれだけの責任を負う代わりに、様々な特権を得る存在なのだから。
「ウム。そこら辺は、高みの見物だな。だがそうは言いつつも、先ずはサーハスを落すのが先だ。メルカリカ達に国を譲るのは、その後。故に、ウッドウェイ軍の指揮はダッハの将軍クラスに任せる。無論総指揮官はウォレットだが、既に我が軍は五万にも及ぶ。細かく指揮系統を分担せねば、とても立ち行かないだろう」
「で、アナタはその参謀、という訳ね?」
「そこは、古風に軍師と言ってもらいたいな、ヒメカ将軍」
「……あー、そう言えば私、そういう肩書きなんだっけ?」
でも、部下は一人も居ないんだけど。ええ。私の運動能力についてこれる人は居らず、遊撃が専門なので、部下は一人も居ません。
「んん? 何やら不満そうだな? なら、試しに一個小隊を指揮してみるか? 間違いなく足手まといになり、ストレスのもとになるだけだと思うが」
「……かもね。だから、その辺りは現状維持で結構です。にしてもネコ博士が言っていた〝犠牲〟というのが、まさかこの程度の事だったなんて」
「そうか? 君とウォレットは、フェリア(※吹雪)とシュンシャ(※縮小)を交換。ウォレットとドーラは、イルンクス(※変身)とマジタリア(※落雷)を交換した。犠牲と言えば、十分犠牲だと思うが? 何せ君達三人は、これでトレードした神獣と二度と契約できなくなった訳だし」
というのも、他でもない。メルカリカとウォレット君が〝用事〟を済まし、ウッドウェイに辿りついた後の事である。私とウォレット君とドーラさんは、以上の作業を行った。
何故かと言えば、それは神獣の召喚時にある弱点が発生するから。
実は神獣とは召喚した神獣に両手で触れ続けていないと十秒後に消失してしまうのだ。その能力も当然の様に消え、だから防御型の神獣を使う時は、彼等との接触が不可欠となる。
つまり、ハーグッダ(※防御)とイルンクス(※変身)を併用出来ないウォレット君はイルンクスをドーラさんと交換する必要があった。
同じ様にハーグッダとシュンシャを併用出来ない彼は、私と神獣の交換を迫られた。
あの作戦を実現するには、それだけの作業が不可欠だったのだ。
特にハーグッタは、常に触れていないと能力が発揮できないらしいので。
「そう考えると、神獣も万能とは言えないかな。多数の神獣と契約していても、一人が一つ分の能力しか維持できないとしたら、そうなるわね」
つまり〝神獣戦線〟とは、神獣使いが多い国ほど圧倒的に有利となる。仮に八人の神獣使いが居て、四人が防御に徹し四人が攻撃に徹すれば、多分そこまで。彼等は容易に、敵軍を討ち破るだろう。
「いや、その考え方は早計だな。現に我等は策を用いて、その作戦をウッドウェイ側に遂行させなかったのだから」
「ま、そうなんですけど。じゃあ、この作戦でサーハスも落すと? 私に変身させた兵を囮にし、その間に私が城に潜入して、王の身柄をおさえる訳?」
「いや、我は余程の事がない限り、同じ策は使わぬ主義だ。なので、今度は別の作戦でいく」
何だ……その無意味極まりない主義は?
「……と、確かにその為のメルカリカでしたね? なら、私達はこれからウッドウェイ側からサーハスを攻めるの?」
「そうなるな。またグレッド山脈を経由し、一気にサーハスの首都を奇襲する。要するに例の崖とかを、また君の力で超えてもらう事になるか。しかも、今度は四万五千人分働いてもらう事になる。前回のほんの六倍ほどだが、ま、君には造作もない事だろう」
「……的確な評価を、どうも。ええ、たった十二時間ほどですむ作業だもの。私にとっては楽勝です」
最後に強がりを述べつつ――この作戦会議まがいの会話は終わった。
◇
確かにネコ博士の行動は、迅速だった。
彼は一日兵を休ませた後、直ぐにグレッド山脈に取って返す。指揮官クラスの人間だけを地下牢に幽閉し、人質にして、ウッドウェイ軍は全て動員した。ダッハ兵を二千だけ置き、ウッドウェイ城の守りにつかせる。
私は例の崖でネコ博士が言った通りの作業に追われ、ちょっと、いや、大分疲れていた。キャッホー!
「……って、大丈夫か、ヒメカ? かなり息が切れているみたいだが? 生命力も、五百四十九万九千まで低下しているぞ……?」
「いえ、大丈夫。たった千減っただけだもの。問題ないから心配しないで、ウォレット王」
「……だが、俺は君の生命力が五百五十万を切った所を見た事が無い。やはり疲れているんじゃないか?」
「いえ、本当に、平気。大丈夫、大丈夫」
だが、その時ウォレット君は、私の両腕を引っ張って自分の馬に乗せる。
呆然とする私をよそに、私の直ぐ後ろに居る彼は普通に馬を進めた。
「成る程。確かに君はネコ博士が言っていた通り、自分の事は頓着しないな。けど、忘れないでくれ。君は既に、俺には無くてはならない存在である事を。間違いなく君無しではダッハでも、ウッドウェイでも勝利する事は無かった」
「〝俺には、無くてはならない存在〟……?」
「……あ、いや、そういう意味じゃないぞ! 君は俺にとって大切な仲間だという事で、きっとメルもルマもネコ博士だってそう思っている筈だ!」
「……そ、う。私は君達にとって、仲間なんだ……?」
正直、どう答えていいかわからないまま、曖昧な返事を口にする。
どこか夢見る様な気分のまま――私はウォレット君の前でその言葉を噛み締めていた。
◇
それから十五時間程たった頃――私達はグレッド山脈の西側のふもとに到着する。
「ウム。大体、計算通りだな。打ち合わせ通りの時間に、サーハスへ到着する事が出来た」
五次元ポケットから取り出した時計を眺め、ネコ博士は満足する。
私は下馬しながら、実に基本的な質問を彼にぶつけた。
「そういえば訊き忘れていたのだけど、サーハスさえ落せば私の借金って返せるの?」
飽くまで無表情なネコ博士の答えは、以下の通り。
「いや、無理だな。恐らく四分の一も返せないだろう」
「国三つ分の賠償金と、税金を以てしても――四分の一? それは、本当に?」
「ああ。これでも多く見積もっている方だ。何せマストリアの狙いはこの星の征服だからな。その唯一の機械を逸した代償は、当然大きいだろう。国を三つ落とした程度では、とても彼等の腹の虫を鎮める事は叶うまい」
「……ちょっと待って。薄々感じてはいたけど、マストリアはやっぱりあの宇宙船を軍事転用する気だった?」
息を呑む私に対し――ネコ博士は淡々と語る。
「だな。彼等は間違いなく、かの船は神獣にかわる新兵器だと確信していた。仮に君の兄が船を持ち逃げしなかったら、今頃各国は火の海に包まれていただろう。もしそれを察して件の船を奪取したのだとしたら、君の兄は英雄といっても過言じゃない」
「兄さんが……英雄?」
「しかし、疑問もある。それならなぜ、君も一緒に連れて行かなかったのか? 君と共に行動した方が、船を奪える確率も高まると言うのに」
「さて……そこら辺は私もわかりません。もし兄さんに再会したらいの一番に訊いてみるわ」
厭な考えを打ち消す様に、私は呼吸を整える。
既に視認できる距離に迫ったサーハス城に、私は目を向けた。
「では、ここで質問だ。グレッド山脈を経由した我等と、ウッドウェイの異変に気付き、伝令に走ったサーハス兵。そのどちらが先に、この場へ急行できたと思う?」
「というより、そもそもその質問はある前提が問われるよな? 〝果たしてサーハスはウッドウェイが陥落した事に気付いているか?〟という」
ウォレット君が、問題提起する。確かに私達はウッドウェイの首都を落してから、城下町より誰も出していない。サーハスの大使も監禁状態にし、異常は漏らさなかったつもりだ。というかネコ博士がやめろとしつこく言うので、マストリアの大使とも会ってない。
となると、彼等がウッドウェイの異変に気付いているかは、微妙だ。
何故なら、西側にはウッドウェイ側の砦が無数に存在している。これが障害となり、サーハスもウッドウェイの全容は掴めていない筈。サーハス側もウッドウェイの王都で何が起きたか迄は、察知しえないのでは? 今、ウッドウェイを陥落させた事を知っているのは、世界で私達だけなのかもしれない。
「かもな。だがここは、楽観論は捨てる。我等は既に、サーハスが事の全てを知っている事を前提に行動する。つまり彼等は我らがグレッド山脈を超えるだけの力があるとわかっている。その為、既に彼等は我らが自分達の首都の鼻先まで迫っている事も、承知している。だとしたら――どうなる?」
「……罠を張り、俺達がやって来るのを、手ぐすね引いて待ち構えている?」
「だな。要するに、ここで奇襲をしかけたら、間違いなく失敗に終わるだろう。或いは、全滅する恐れさえある。なら、我等のとるべき道は一つだ」
「そうか。戦力を小出しにして、敵の出方を窺がうんだな?」
そして、笑える事が起きる。
このウォレット君の極めて常識的な発想を――ネコ博士は堂々と否定したのだ。
「いや、ここは普通に奇襲をかけよう。我等はこれより短期決戦を以てかの国を陥落させる」
「……は?」
周囲に響くのは、私とウォレット君の呆然とした声。
ここに世界第二位の大国家――サーハス攻略戦は幕を開けたのだ。
◇
では、サーハスについても少し語ってみよう。
端的に言えば、サーハスとは金満国家である。ダイヤや金などの採掘量は世界のトップに位置し、その潤沢な資金を元に人材を収集。経済から軍事に至るまで、多種多様な専門家を雇っている。資金力もさる事ながら、その軍事力も世界第二位に位置し、十人に及ぶ神獣使いを擁す。
だが、それだけ恵まれたこの国にも、近年影がさす事になる。つい三ヶ月前、サーハス王ネヴァーナが四十五歳で崩御したのだ。このまだ年若い王の死により、一時サーハスは混乱状態に陥る。ダッハの首都まで迫ったサーハスが、兵を退いたのも実際はその為とか。
その後かの国は鎖国状態となり、一切国内の情報が外に漏れる事は無かった。この間、サーハスで何があったかは当事者達しか知らず、ただ噂話が飛び交うだけだった。
他の国々は皇太子であるニッチェ・サーハスが新たな王になると、あたりをつけていたものだ。
だがこの下馬評は見事に覆り、サーハスの新たな王になったのは十七歳の少女だった。
どんな手を使ったのか、セフィニティー・サーハスという名の少女がかの国の王位を継ぎ、国内の混乱を平定した。民意や軍部も掌握した彼女は、けれど今のところ沈黙を守っている。他の国を攻める事はせず、ただひたすら経済の安定に苦心しているらしい。
つまりサーハスを攻める側の私達からすれば、これは一種の好機と言える。まだ若年で経験不足な王と相対するというのはそういう事で、これ程の好条件も無いだろう。
しかしそうは思いつつも、相手は紛れも無く世界第二位の大国家。首都だけで兵の数は六万を超える。神獣使いの数でこそ私達が勝っているが、総合力ではまだサーハスの方が上かもしれない。
そんな覚悟のもと私達はサーハス城に目を向け――いよいよ三つ目の国取りに動き出した。
◇
そして、ウッドウェイ軍を吸収したダッハ軍が行動を開始する。兵四万五千を指揮し、ウォレット・ドミナス代理王が兵達に突撃を命じた。いや、かの王自身も後衛に位置しながらも共に馬を走らせ、サーハス側に奇襲をかける。
その直後――前衛の兵達が次々落とし穴に落ち、ネットくるまれ、宙吊りにされていく。このトラップの数々に、ダッハ軍は焦燥する。
ネコ博士の危惧は現実の物となり、ダッハ軍は一時、進軍の停止を余儀なくされた。
「やはり――セフィニティー・サーハスは自身の事が良くわかっている。自分を侮る国々がいつ攻めてくるか、常に警戒していた様だ。その為、情報収集は徹底していたのだろう。ウッドウェイにも民に紛れた密偵を多く放ち、その情勢を探っていたに違いない。彼女達はやはり、我らがウッドウェイを落した事を知っていた。しかもその対処の仕方は、落とし穴や網ときている。神獣ばかりに目を向けすぎている者に対しては、実に有効な手だな」
ネコ博士が何時もの様に、他人事の様に語る。
それを聴いて、ウォレットは眉を跳ね上げた。
「つまり、このまま進軍すればこちらは兵を損なうだけ、という事だろう? それでも奇襲……いや、もう奇襲とは言えないか。とにかく、このまま突撃を続ける、と?」
「ウム。我の計算ではこのまま進行を続ければ、兵の五分の一は損なうだろう。或いは此方の神獣使いも罠にはまり、我等の戦力は大きく削られる可能性がある。数で勝るサーハス軍は、より優位に立つ事になるな。その時点で敵軍に神獣使いを動員されれば、我等はかなりの窮地に立たされる」
「なら――どうする? いい加減、あんたの策をご教授願いたい物だな。尤も、あんたがサーハスと繋がっていて、はなから俺達をハメる気なら話は別だが」
「実に面白い推理だ。ウォレット王も、人並みに冗談が言えたのだな?」
が、やはりネコ博士は嗤いもしない。常の無表情のまま、ただ三時の方角に目を向けた。
「そろそろか。サーハスには悪いが、さっさと勝負をつけさせてもらおう。ウォレット王、我の合図と共に馬から下り、地面に伏せろ。他の兵達にも、それを徹底させたまえ。それで、少なくとも罠は一掃できる」
「……は? それは、この場にヒメカが居ない事と関係が?」
けれど、その答えを聴く前に、ネコ博士は合図とやらを送る。
右手を上げた後、彼自身も地面に伏せていた。
「つ! 皆、地面に伏せろ……!」
「な、に――ッ?」
驚きの声を上げたのは、城壁に立ち停滞している敵兵を監視しているサーハス側の物見だ。
凄まじい轟音が響いたと思ったら――地面が津波の様に押し寄せてくる。
それが――〝衝撃波〟と呼ばれる物だと、彼等は知らない。彼にわかっている事があるとすれば、一つだけ。このまま立っていては、その衝撃波に巻き込まれるという事のみ。
故に彼等は咄嗟に伏せ、ただ祈る様に歯を食いしばる。
この願いが通じたのか、彼等は凄まじい爆風に晒されながらも何とかその場に留まり、地面への落下には至らない。この幸運を、彼等は心から感謝した。
だがその時、彼方より――少女の声が響く。
「サーハス兵に、告ぎます! あと三分以内に、城壁から下りてください! 次は更に激しいのがいきます!」
「な……ッ?」
何がどうなっているのかは、わからない。彼等にわかっているのは、今、自分達は未知の脅威に晒されているという事だけ。
故に、彼等は即座に少女の警告に従う。駆け足で城壁より下り、もう一度地面に伏せる。
その瞬間――先ほどより更に苛烈な颶風が、サーハスの城下町を襲う。
先の五倍に相当する衝撃は、遂にサーハスの城下町の壁に亀裂を入れさえする。門もヒビ割れ、押せば破壊出来るところまで損傷する。
この段階まできて漸く顔を上げたウォレットは、ネコ博士に問うた。
「……なんだ、今のはっ? これも神獣の力なのか――ッ?」
「ああ。神獣の力だよ。ヒメカが初めて手に入れた神獣――ズスムントを使った」
「――ズスムント? あの〝あらゆる武器を使って味方と戦う〟っていう最弱の神獣か? なのに、この破壊力だと――っ?」
そう。ウォレットの発想だとズスムントが有するのは弓や槍や剣や、最高で投石器を具現するくらい。そう言った武器を用いて戦うのが、ズスムントだと思っていた。
が、そんな事は神獣でなくとも、普通の人間だけで事足りる。〝武器を持って戦う〟など、ただの人間だって当たり前の様に出来る事だ。
だから、彼やメルカリカでさえ、ズスムントは最弱の神獣だと思っていた。
なのに、このドッドが起こす以上の爆風は何だ―――?
「簡単だ――デイジーカッターを使った。地表の建造物を、薙ぎ払う様に吹き飛ばす爆弾だ」
「……でいじー? ……ば、ばくだん?」
ウォレットの反応は、至極当然な物である。この星では、まだデイジーカッターと言う名の爆発物は開発されていないのだから。
だがヒメカが住んでいた地球という星では異なる。かの爆弾は既に実戦でも使われており、なによりその事をヒメカは知っている。
故に、ズスムントはその力を再現できた。デイジーカッターを知るヒメカの情報を元に、かの神獣はそれさえ具現した。あらゆる武器を使うかの神獣は、ヒメカという要素を得た事で、その本領を発揮した。
この星の住人にとって最弱の神獣は――ヒメカと組む事で最悪の神獣と化したのだ。
「ウム。今の衝撃波で、良い感じに罠も吹き飛んだな。城門も、押せば倒れる状態だ。では改めて突撃と行こう、ウォレット王。一気に――勝負をつけるぞ」
「何だかわからないが了解した、ネコ博士! 皆――今こそ勝機だ! 我等はサーハスの城門を打ち破り、城塞都市を突っ切って、サーハス城にとり付く……!」
「……お、おおおおおおお!」
サーハス側に劣らぬほど動揺していたダッハ軍が――ウォレットの号令を聴き、息を吹き返す。彼自身気付いていないが、ウォレットの人柄は他人に勇気を与える力がある。
実際、齢十六の少年が率先して動いただけで兵達は彼を追い越し、突撃を開始。城下町の門を破壊し、命令通りサーハスの城下町に攻め込む。サーハス城目がけて進軍し、数分後にはその目的を果たしていた。
城外のサーハス兵は未だに動揺の極地にあり、ダッハ軍に対処する余裕はない。地面に伏せたままの彼等は、だから次々ダッハ兵に拘束されていく。
「が、問題はここからだ。あれ以上近距離でデイジーカッターを使えば、確かに城壁は崩れるが、死者も多数出る。そうなれば此方の神獣は使用不能となり、戦力は大きく削られる。故にこれ以上デイジーカッターは使えない訳だが、さてどうしたものか?」
「また変なところで惚けるのね、アナタは?」
ここから五百メートル先で件の爆弾を使ったヒメカが、ネコ博士達と合流する。その彼女はダッハ城より五メートルは高い城壁をただ見上げた。
異変が起こったのは、その時だ。
それは――未だに固い城壁で守られたサーハス城の内部で発生した。
「って、やっとボクの出番だね! と言う訳でダッハ兵の皆――遠慮なくやっちゃって!」
「……なぁ、はぁっ?」
サーハス城内に居るサーハス兵等が、更なる恐慌を見せる。
それも当然か。見れば、何時の間にか自分達の背後にはダッハ兵が居て、奇襲をかけてきたのだから。それは正に瞬間移動でもしてきた様な、唐突さだった。
いや。実際、メルカリカ・ヴァウマーとダッハ兵三千は、サーハス城内に瞬間移動してきたのだ。
そのまま内側から、メルカリカが指揮する兵達はサーハス兵を攻撃する。
別働隊は城門を内側から開け、城の外に居たダッハ兵、四万五千を招き入れる。
この奇術じみた手品のタネは、以下の通り。
それはウォレットが、ウッドウェイに向かう前の事。
まずルッドヒルでメルカリカとウォレットが、サーハスの城下町の人気の無い場所に移動。二人と共に移動してきた小さな投石器を、サーハス城に向け設置。シュンシャで、メルカリカを縮小。メルカリカを投石器で、サーハス城に投擲。メルカリカは一緒に縮小したパラシュートを使い無事に着地。メルカリカは城に潜入した後ルッドヒルでウォレットのもとに戻る。ルッドヒルで、二人ともダッハに帰還。三千の兵と共にサーハス城に瞬間移動し、サーハス城の内側から襲撃、である。
この作戦を実行する為、メルカリカはヒメカ達との関係を半ば断った。自分がヒメカ達の仲間だと知られれば、必ずルッドヒルを有する自分は警戒されるから。
そして――先の爆風とメルカリカの襲撃を前に、サーハス兵の心は半ば折れた。
神獣使いも指揮官クラスの将軍達も混乱するばかりで、統率力という物を欠いている。
この時点で、この攻略戦は既に勝敗が決していた。
「勝ったな」
「ええ、勝ったわ」
後はメルカリカとウォレットがハーグッタをサーハス側にかければ、事足りる。ヒメカがサーハス城内に殴り込み、神獣使い達を制圧して、女王の身柄を押さえる。それだけでこの戦は決着だ。
それでもヒメカは気を緩める事なく、地を蹴ろうとする。詰めの作業を為すべく、彼女は行動しようと図る。
だがその時、このサーハス攻略戦の――第二幕が開く。
ダッハ軍がサーハス軍を次々戦闘不能にする中、その少女は姿を現した。
「な、は? へ、陛下――っ?」
サーハスの将軍がそう呼ぶ彼女は――紛れもなく女王セフィニティー・サーハスだった。
神獣戦線・前編・了
前述の通り、神獣戦線は交鎖十字の後に書かれた物語です。
つまり、それ以前の物語では、ぎょうさんキャラが死んでいるという事。
これはキャラを殺しすぎたなと思ったところで、書かれたのがこの物語でした。
その為、今回はそういう要素は可能な限り削りました。
それでも、読者様の心に何かしら響く物があれば、これ以上の幸せはありません。
因みに、この物語には実話も混じっています。
後、現時点でカサアラナの正体に気づいた人がいたとしたら、驚きです。
何せ前編の時点では、私もその正体は知りませんでしたから。