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ヴェルパス・サーガ  作者: マカロニサラダ
19/20

優と遥の二人の彼方・前編

 改稿中に致命的なミスを発見したので、新たに修正版を掲載する事にしました。

 とは言いつつも〝彼女〟の名字以外は、内容的に変化は無いので、予めご了承ください。

あらすじ


 竜人と呼ばれる特殊生命体の襲撃にあい、人類の七割は死に絶えた。そんな中、純白の聖女がもたらした恩恵により、人類は〝竜人使い〟と呼ばれる少年少女達を得る。楓優と帆戸花遥もその〝竜人使い〟で、彼女達は竜人退治を生業にしていた。

 五年で百体もの竜人を退治してきた彼女達だったが、ある日思わぬ事が起きる。それによって優は、二次元作品を貪るオタクになる必要に迫られたのだ。

 これは自分達の正義を証明する為に、世界を守る〝竜人使い〟を打倒する物語。

 最低最悪の敵を打破する為に立ち上がった、三人の少女の軌跡。

 そうして優と遥の二人の彼方は、今、新たなスタートを迎える―――。


     序章


 彼方が、見える。

 優と遥の、二人の彼方が。

 遥はそちらに向かって腕を伸ばし、優は苦々しい思いと共に破顔する。

 目の前に佇むのは、人類史に名を刻む大敵。彼女を前にした時、誰もが呼吸を止め、生より死を渇望する。ソレは地獄の権化であり、死の執行者でもある。太陽さえも翳らせるその闇にいま彼女達三人だけが敵意を向けていた。

 そう。

 これは甘酸っぱい現在と、苦痛に満ちた未来が待ち構えている、そんなお伽噺―――。


     1


 こうして、私達の仕事は終わった。

 例によって大規模な仕事になったが、その被害は私達のあずかり知らぬ事だ。私達の役目はただよく分からない物を使って大暴れをし、悪者を退治する事だから。

 こう言ってしまうと如何にも正義の味方っぽく聞こえるが、前述の通り大暴れをしているのは私達も同じだ。お国の大蔵省辺りがその被害額を聞けば、彼等は私達の方を敵視してくるかもしれない。

 何せ一度の出動で、私達は最低でも五十億円以上の被害を出している。その経費は当然市民からの税金から賄われていて、だから私でさえ偶に肩身が狭くなる。私でもそうなのだから、遥の心労は並々ならぬ物だろう。

 そう考えるともう少し考えて戦うべきなのだろうが、そもそもその前提が間違っている。所詮、一介の女子高生である私達に、そんな高度な真似が出来る筈がないのだ。いや、正確にはその為の訓練を積むこと自体、私としてはご免こうむりたい。

何故って――私が遥の目を開けている間私の寿命は一時間で一週間も消費されるのだから。


     ◇


 では、私こと楓優が事の起こりを説明しよう。

 アレは、今から五年程前の事。アニメや漫画ではよくある話だが、この星も正体不明の存在に襲撃された。全長四十メートルもあるソレは、竜に良く似た姿をしている事から竜人と呼ばれる事になる。どうも宇宙から来たらしいソレは無計画にこの星を攻撃し、荒らし尽くして、人類を危機に陥れた。

 彼等の攻撃が後一週間続いていたら――私達人類は間違いなく滅亡していただろう。

 なら、なぜ私達は今もこうして生きているのか?

 コレも実に奇怪な話なのだが、噂によると一人の少女が彼等を追い払ったと言うのだ。白い髪に白いワンピースを着たその少女は、目撃者達から聖女と呼ばれ敬われた。竜人達を追い払った彼女は、他人に尊敬されるだけの仕事をしたから。

 けれど、その聖女は最後まで私達の面倒は見てくれなかった。

「うん、うん。やっぱりこの星の運命は、この星の人達が切り開くべきだよねー」

 聖女はそう告げて、生き残った人類の一部と接触する事になる。聖女は私達セミフェスト人の一部に異能を与え、ソレを使って竜人と戦うよう促したのだ。

 かくいう私もその一人で、今でもあの時の事は覚えている。やつは、確かにこう謳った。

「そう。私がした事は、ただのその場しのぎってやつだね。竜人と呼ばれる彼等は、必ずまた姿を現す。ソレを何とか出来るのは、君達だけなんだ。でも、世界を守りたい人達ばかりに力を与えるのは不公平だと思うんだよ。だから、世界を滅ぼしたがっている人達にもこの力は与えておいた。今は漠然とそう思っているだけだけど、周りの環境次第では、彼等は本気でこの星を滅亡させる。君達の敵は、竜人だけじゃないよ。君達はこれから同じセミフェスト人も、警戒しないといけない。ソレを怠った時、君達は同じ人類の手によって滅びを迎える事になるんだ」

「………」

 ソレを聴いた時、さすがに私は聖女を罵倒した物だが、彼女は意にも介さない。希望と絶望を人類に与えた聖女は私達の前から姿を消し、ただの廃墟だけがその場に残った。竜人の攻撃で人類の七割が亡くなり、残された私達も多くの物を失ったのだ。

 そう。

 ただ一つ私に残された物は――〝帆戸花遥〟と言う名の友人だけだった。


     ◇


 それから私は、遥の声を鼓膜でとらえる。

「って、優? どうかしたの?」

 私が近くに居る事を確認する為に、遥は手をブンブン振って、私の頭をボカスカ叩く。友人とは言えこの軽々しい扱いには流石に頭にくるが、私は遥に笑顔を向けた。

「いや、ちゃんと傍にいるから大丈夫だよ、遥。だから大丈夫だって言っているだろう? だからいい加減叩くのは止めろぉ!」

 というか、キレた。奴は絶対ワザとやっているので、キレざるを得ない。

「……ええ、安心したわ。何時もは口数が多い優が、急に無口になるんですもの。いい加減、私を見捨ててどこかに逃げ出したのかと思った」

「………」

 出来れば私もそうしたいのだが、そう出来ない理由が二つもある。私は正直に、何をしていたか遥に話す。

「いや、単にあの日の事を思い出していただけ。あの聖女が私達の目の前に現れた、あの日の事を」

「聖女様が現れた、あの日の事? 確かにあの時の事は、私もよく覚えているわ。実に公明正大で、誰に対しても贔屓をしない正に聖女の様な方だったわよね、あの人は」

「………」

 遥はあろう事か、やつを大絶賛する。断っておくが、遥は本気でそんな事を言っている。実家が宗教家だった彼女は、若干私達とは考え方がズレているのだ。アレが公明正大って、一体どんなレベルの冗句だ?

「いや、遥、前から言っているでしょ? アレは公平と言うより、ただ人格がネジ曲がっているだけだって。竜人を退治できる力があるのに、それもしない。悪人にも、この力を与える。なにより遥の視覚を奪ったのは、あいつなんだよ? そう考えると、私としてはどうあっても遥に賛同は出来ない」

 いま私の目の前にいるのは、茶色いウェーブがかかった髪を背中に流した少女だ。顔の造形に隙が無い彼女は、けれどその全容は掴めない。何故なら彼女の両目は今も瞑られていて、開けられる事はないから。瞳を開けば遥が美少女である事は誰の目から見ても明らかなのだが、今はそれさえ儘ならない。その呪いを施したのが、他ならぬあの聖女なのだ。

 やつ曰く〝力を持つなら相応の代償を払わなければならない〟との事で、彼女は私達から多くの物を奪った。その一つが、遥の視覚である。

 その為、私は常に遥が心配でならない。人が良い彼女は〝これが人類の為になるなら〟と言って今の自分を受け入れている。事ほど左様に、帆戸花遥は善良な人間なのだ。

 そんな彼女なら、誰かがある事ない事吹き込んでも、容易にそれを信じてしまうだろう。或いは、それが原因で世界は滅びる可能性がある。いや、その前に私の寿命が尽きる可能性もあるが、それはまた別の話。とにかく、私の目下の心配事は遥の身の安全にあった。

 ……その理由の一つは、決して遥本人には言えない。

 何故って――私はどうもこの彼女を人間として愛しているぽいから。

 ノーマルだと思っていた私はその実――あの聖女に会ったその日、遥への想いを自覚した。


     ◇


 楓優は、私こと帆戸花遥の友人であり、相棒である。

 楓優という僅か二文字で自分の名前を表現できる彼女は、実に竹を割った様な性格だ。怒りたい時に怒り、泣きたい時に泣いて、嫌いな物ははっきり嫌いと言う。

 あの五年前の時も、そうだ。

 あの竜人の攻撃で家族を失った優は、心底から涙していた。感情を爆発させ、何も出来なかった自分を大いに責めていた。そんな彼女を見て、私は改めて優と自分との違いを思い知らされた。

 私もあの日家族を失ったのだが、私はこう考えてしまったのだ。これも全ては、神が与えた試練だと。今を生きる人々が被った悲劇は、転じて神が与えた試練。小さい頃から父や母にそう教わっていた私は、忠実にその教えに倣う事にした。父や母や弟の死でさえも、私は一つの試練だと解釈したのだ。

 それが、如何に人としてズレているか思い知らせてくれたのが、友人だった優である。家族を失って激昂する彼女を見て、私は人の死はそれ程までに悲しい事なのだと教わった。優がああ振る舞わなければ、私は今でも家族の死を試練だと割り切っていただろう。

 家族の為に涙さえ流さなかった私と、人間らしく感情的になった優。

 優はそんな私を大人だと言ってくれたが、万人が共感するのは優の方だと思う。私の考え方は間違ってはいないけど、感情的に言えば正しく無い。例え考え方自体は正しくても、私はあの日絶対に家族の為に涙するべきだった。或いは、コレはソレを怠った罰なのかもしれない。

 その日――私達の目の前にあの聖女様が現れた。

 因みに、私と楓優は小学校からの付き合いだ。小学生になってから初めて自覚した事なのだが、どうも私は浮世離れしているらしい。今でも詳しく言語化するのは難しいのだが、私は何かが他人とズレている。ソレが原因で私はよくクラスメイトに唖然とされたり、茶化されたりしてきた。

 不思議だったのは、そんな私を優が擁護してきた事だろう。私に度が過ぎた悪戯をしてきたクラスメイトを、本気で怒る優。その度に優はクラスメイトに手を上げ、結果、私が彼女を止めて、そのクラスメイトに感謝される事になった。

 実に奇妙な話だが、私をからかっていたクラスメイトが、何時の間にか私に感謝を覚えていたのだ。

 仮にこの構図を優が意図的に作っていたとしたら、大したものだ。自分が嫌われ役になってまで、私を立ててくれる私の友人。

 お蔭で優は一部のクラスメイトから暴力女あつかいされ、私の事は天使とまで言い始める人が現れた。そうなった原因は全て優にあるというのに、当のクラスメイト達はその事に気付かない。私だけがその事を強く実感していて、つまり優は私の恩人なのだ。私がクラスになじめるようになった切っ掛けを作ってくれたのは、紛れもなく彼女だから。

 そんな昔話を前にしたら、優は覚えていないなんて答えを返してきた。本当かどうかは、今でも不明である。目が見えなくなった私はもう、彼女の表情さえ確認する術を持たないから。

 いや、話を戻そう。

 あの日、家族を失った私と優は――あの聖女様に出会った。

 短い髪は白く、白いワンピースを着た彼女は、私以上に浮世離れしていたと思う。私が彼女に〝貴女は何者ですか?〟みたいな事を問うと、彼女は肩をすくめた。

「そうだねー。人は私の事を『勇者』と呼ぶよ。ただ私も人間だから、こういうミスを犯す事もあるんだ。まさか私が昼寝をしている時に、こんな大事が起きたなんて!」

〝昼寝〟――。そのワードが、優を更に激昂させる。〝じゃあ、あんたが昼寝さえしていなければこの星はこんな事にならなかったのかっ?〟と彼女は激怒する。聖女様は、徐に頷いた。

「そうだね。君達には、私に怒りをぶつける権利がある。ただその一方で、私には別にこの星を守る義務は無いんだ。この星を守る責任は、間違いなくこの星に住む君達にあるだろう。そこの茶髪の彼女、言っておくけど決して私を神格化してはいけないよ。私は確かに『勇者』だけど、その役目は既に終わっているんだ。役目を終えた勇者は、ただ去るのみ。勇者と言う職種は、本来決して見返りを求めてはいけない物なんだよ。だから私も、これ以上手を広げたりはしない。私ならもっと多くの人達を救えるなんて、自惚れも起こさない。私に出来る事があるとすれば、ソレは何かを変える切っ掛けを与える事だけ。君達は運が悪い事に、その切っ掛けを担う事になってしまったんだよ」

 それから今も私の記憶に残る笑顔を浮かべた後、聖女様は私の視覚を奪った。これが力の代償だと言って、私から〝見る権利〟を剥奪したのだ。

 いや、もしかしたら、あの聖女様は分かっていたのかもしれない。この私なら〝これも神様の試練〟だと思って、全てを割り切るんじゃないかと。そんな私だからこそ、この役割は相応しい。きっと、いや、間違いなくあの聖女様は私の本性を見抜いていた。

 実際、私はその役回りをこうして引き受けている。何故って、案の定、私の分まで優が怒ってくれたから。本来私がぶつける筈だった感情を、優は聖女様にぶつけた。ソレを聴いて私は〝まあ、それならそれでいいか〟なんて思ってしまった。

 だって優が視覚を奪われるよりは、よほどいい事だから。私が視覚を奪われた事で優に少なからず恩恵がもたらされるなら、本当にやすいものだ。その位、私は内心、優には感謝を覚えていた。

「だというのに、当の本人は覚えていないと言うのだから、失礼しちゃうわよね」

「は? 何か言った、遥?」

 優はそう訊いてくるが、私は首を横に振る。私はただ、事実の一部だけを口にした。

「いえ、私もいま思い出していた所よ。あの聖女様と、出会った日の事を。あの時は、本当に死ぬかと思ったわよね?」

「……あー、アレね。アレは酷かった。なにせ十一歳の子供相手に竜人を召喚して、ケンカを売ってきたんだから。あの女はアレで『勇者』を名乗っているんだから、本当にどうかしている。今度会ったら、私は何があってもやつをブチのめすからね、遥」

〝その時は止めないでよ〟と優は釘を刺す。私は曖昧な笑みを浮かべた後、〝考えておくわ〟なんてやっぱり曖昧な答えを返していた。

「それはそうと、優ってばまだそんな男の子みたいな格好をしているの? 前から言っているでしょう。少しは洒落っ気を持てって。優は基本的に美人なのだから、可愛い格好さえすればきっと映えるに違いないわ」

 先ほど確認した情報をもとに、私はそんな事を言ってみる。長い黒髪を後ろで纏め、ジーンズに黒いシャツを着た彼女は確かに男性めいた雰囲気がある。私としては磨けば光ると思うのだが、優は一向に自分の趣味を変えようとはしない。私は、それがもどかしかった。

「……またその話かー。いいんだよ、私は。遥が私の分まで少女趣味な服装しているからさ。バランスを取る為にも、私は凛々しい感じの方が丁度いいんだ」

「もう、そんな事では何時まで経っても、男の人とお付き合い出来ないわよ? 優は、一生独り身でいるつもり?」

「………」

 と、何故か優は黙り込んでしまう。よく分からないが優は私がこの手の話題を振ると、機嫌が悪くなる傾向にあるのだ。その理由は、今もって不明である。

「……もういい。とにかく仕事は済んだんだから、後は謝礼をもらって撤収するだけだ。遥も今日は疲れたでしょう? さっそく銭湯に行こうよ、銭湯」

 プールは嫌いだがお風呂は好きと言う、変わった趣味をもつ友人が促してくる。私は一度だけ嘆息してから、手にした杖で地面を叩き始めた。

「私の目がこうでなければ、容赦なくこの私が優をコーディネートしている所だわ。いえ、いっそその為に〝目を開く〟というのもありかも」

「あのー、私が聞いた話だと、女子は服選びに何時間もかけるらしいんだよ。そうなると私の寿命はそれだけで削られていく事になるんだけど。遥はそういう事分かっていて、喋っている?」

 そんな生っちょろい言い訳をする優に、私は言ってやった。

「――ファッションに命を懸けるのが、女の子なの! なんで優は、そんな事もわからないのっ?」

「………」

 憮然としながら口にすると、優は呆気にとられた様だ。普段は、大抵の事は無関心なのにこういう時は熱くなる私を見て、優は唖然としているらしい。

 が、その時――更に私達を亜然とさせる事態が発生した。

 空から、巨大なナニカが直ぐ傍の海へと落下してくる。その気配を感じ取った私は、ソレが何を意味しているか咄嗟に理解する。

 あろう事か、この短期間に――二体目の竜人がこの場に姿を現したのだ。


     ◇


 海が――巨大なナニカに穿たれる。

 ソレが何者なのか、優と遥は即座に思い知る。つい十数分前、二人は竜人を一体倒したばかりだ。だというのに、それほど間を開ける事なく同じ地点に別の竜人が姿を現した。彼女達にしてみれば、ソレは今まで体験しなかった未知の出来事と言って良い。これではまるで、先ほど自分達が倒した竜人の敵討ちにでもやってきた様ではないか。

 遥達はそう感じながら、息を呑む。途端、背後から多数の轟音が響いた。ソレは竜人の到来を確認した国軍が、武力を行使した証拠だ。戦車の主砲からは弾丸が発射され、ミサイルが雨あられとばかりに撃ち出される。ソレを見て、優は思わず嘯く。

「アレは断じて、私達が出した被害にはカウントされないよね、遥? あの出費は飽くまで、彼等の判断のもと消費されている物なんだから」

「どうかしら? 私達が速やかに事態を収めないと、文句の一つも言われるかもしれない。私達がもっと早くあの竜人を倒していれば、自分達はああも弾薬を消費する事はなかったと言われるかも。だとすると、優はともかく私は返す言葉も無いわ」

 しかし、優達の余裕も長くは続かなかった。海から浮遊して現れた竜人の体長は、七十メートルを超えている。今まで四十メートル級の竜人しか相手にしてこなかった二人にとって、それは驚愕するべき事だ。

「って、デカ! あんなデカブツも竜人の中には居るのかっ? 正直、勝てる気がしない!」

 ならば、遥を連れて逃げるべきか? 優は一瞬本気でそう思いながらも、決して後退しようとしない遥を見た。

「でも、私達の背後に居る彼等の為にも――私達はやるしかない。そうでしょう、優?」

「……はい、はい。そう言うと思っていたよ。前から思っていたけど、私の相棒は頭がどうかしているのかな?」

 言いつつ、優は遥の背に手を付ける。そのまま彼女は微笑んだ。

「じゃあ、いっくよー、遥。最低でも、時間稼ぎ。やれるなら――何とか倒してしまおう」

 大気を操り、空気の層を作って、あらゆる物理攻撃を無効化する竜人。竜人が吼えただけでその音波があらゆる物を吹き飛ばす。数トンはあるであろう戦車隊は次々なぎ倒され、ミサイルの発射台も吹き飛ばされる。

 数分で国軍を無力化した竜人は、そのまま体内のエネルギーを収束させ、一気に撃ち放つ。

 狙いは――遥達が居る方角。即ち――それは止めの一撃だ。

 なにせ先ほどの咆哮で優達も吹き飛ばされ、或いは重傷を負っている筈だから。ならば、竜人が放ったソレは、彼女達を葬り去るには十分すぎる一撃である。

 だが、そのとき竜人は見た。アレほどのエネルギーを浴びながら、尚も平然とその場に佇む優と遥の姿を。暴風が彼女達の髪を巻き上げながらも、竜人の攻撃は彼女達に致命傷を負わせていない。竜人がその事を確認した時――ソレは起きた。

「起きろ――〝竜人〟。私達の世界を――守る為に」

 優がそう告げると、中空には直径四十メートルに及ぶ巨大な穴が開く。いや、開いたのは穴だけではない。この時――帆戸花遥の瞳も開かれ、彼女は十数分ぶりに視覚を取り戻す。百メートル先に居る己の大敵を視界に収め、彼女は謳った。

「急いで――優! でないと、貴女の寿命が――」

「分かっているって、遥。でも、ヤバくなったら、方針は時間稼ぎに変更だからね」

 同時に優の手にはテレビゲーム用のコントローラーが握られ、彼女はソレを操作し始める。優がコマンドを入力すると優達側の〝竜人〟が弾丸の様に発射され、敵側の竜人に肉薄する。いや、〝竜人〟は確実に竜人の体を抉り、ダメージを与えていた。

 それは正に――赤い影だった。竜人が黒い影だとすれば、優が操るソレは、赤い影。その赤い影が姿を千変させて、黒い影に立ち向かう。赤い影は黒い影に突っ込んだまま、形をハリネズミの様に変える。

 数千もの針でその身を武装する〝竜人〟は竜人の体を穿ち――遠方へと吹き飛ばす。

 だが、自身の危機を傍観するほど竜人も甘くは無い。

 竜人は自身の体を巨大な咢に変え、〝竜人〟を食い千切ろうとする。ソレを察した優はコントローラーを動かして、竜人からの離脱を図る。ソレを成功させた後、優は遥に確認した。

「で、後何秒くらいもちそう?」

「後二十秒はいけると思う。分かっていると思うけど、その事も考慮してね、優」

「了解!」

 よって優は竜人の射線上から、自分達を逸らす。六時の方角に居る自分達に対し、三時の方角に竜人を誘導して、更なる攻撃をしかけた。〝竜人〟は無数の矛となって空から降り注ぎ、竜人の体を抉っていく。竜人はソレを回転する事で吹き飛ばし、銃器へと姿を変える。

 先ほどの一撃とは比べ物にならないエネルギーを蓄積して――ソレを一気に解放する竜人。

 その余波だけで周囲の建物は吹き飛び、優達も思わず歯を食いしばる。が、それと同時に優は遥に告げた。

「今だ、遥! ――目を瞑って!」

「はい!」

 遥が目を閉じた瞬間――〝竜人〟は竜人が放ったエネルギーに飲み込まれる。

 ソレは正に絶命必至のタイミング。間違いなく躱す事も防ぐ事さえ出来ない、必殺の一撃。

 けれど――目を見張ったのは竜人の方だった。

 何故なら遥が目を閉じた瞬間――〝竜人〟はこの世界から姿を消したから。

 その射線上を、竜人の光線が通過していく。その余波が優達の体を吹き飛ばすが、二人の気迫は未だ衰えない。遥は優が指示をしたのと同時に、また瞳を開く。

「そう! もう目を開いていい、遥!」

 その瞬間――再び〝竜人〟は姿を現し、遥達の周囲にもシールドが再構築される。シールドに背中を打ち付けられながらも、優は吼えた。

「いっけ――っ!」

 敵は今の一撃で、エネルギーの殆どを使い果たした筈。

 再チャージするまで僅かに間があり、その間、竜人はエネルギーが不足している。

 ならば――自分達はその隙を衝くのみ。

 優はコントローラーを巧みに操りコマンドを入力して、必殺技とも言える攻撃を繰り出す。一個の弾丸に姿を変えた〝竜人〟は音速の十倍で空を走り、標的目がけて発射される。ソレを盾に姿を変えて防ごうとする竜人。その時、周囲に居た軍人達は眼を開く。

 何故なら〝竜人〟の一撃は見事に竜人の体を粉砕し――塵芥へと変えたから。

 いや、竜人のエネルギー波を無力化した時点で、ソレは分かり切っていた結末だった。

 そう計算していた優と遥は大きく息を吐き出し――崩れる様にその場に尻餅をついたのだ。


     ◇


 で、本日二度目の戦いは終わった。

 完全に予定外の交戦だったが、世の中にはこういう事もあるのだろう。私はそう割り切りながら立ち上がり、今も目を開いている遥に手を差し伸べる。彼女は苦笑めいた表情を見せると黙って私の手を取った。

「……何とかなった、か。いや、敵が見かけ倒しで良かった。それとも私達の作戦勝ちって事かな、これは?」

 が、遥は別の事を口にする。

「それより早く〝竜人〟を封印して。でないと、貴女の寿命が無駄に縮む事になるわ、優」

 厳しい口調で、遥は要求してくる。ソレに異存がある筈もない私は、早々に〝竜人〟の封印を果たす。結果、遥の瞳はまた閉じられてしまい、彼女の視覚は機能を失う。その事に苦々しさを感じながらも、私はもう一度大きく息を吐いた。

 コレが、私達が代償と引き換えに得た力。あの聖女にもたらされた、異能である。

 ソレは、竜人に対抗できる唯一の能力。

 私達二人が力を合わせた時――私達は〝竜人〟を召喚する事ができるのだ。

 その能力やパワーは、正に竜人その物。竜人に対抗するに値するその力は、正に人類最後の希望である。ただ、その条件は遥や私にとって過酷と言っても良かった。

 何せ遥は〝竜人〟を召喚する時しか、視覚が機能しない。普段は瞼を閉じていて、決してその目が開かれる事は無い。……〝竜人〟を召喚する時しか目を使えない遥は余りにも不遇だ。遥をそんな状態にしたあの聖女には、言いたい事が山ほどある。遥の為にも、私は私の目的を早急に遂げなくてはならないだろう。

 一方私はと言えば、遥に目を開けさせる力と、閉じさせる力を有している。但し、遥が目を開けている間、私の寿命は人よりはやく消費される。聖女の話では、一時間で一週間寿命が縮むらしい。

 そのため遥は、私が彼女の瞳を開く事を極端に嫌う。本当に有事の時しか、彼女は私に目を開かせようとはしない。

 加えて私には〝竜人〟を操作する能力があり、遥にはシールドを張る能力がある。ただ遥が目を開いている時に召喚される〝竜人〟は、だから遥が目を閉じると消失してしまう。同時に彼女の能力であるシールドも消えてしまい、下手をすると私達はその時点で死にかねない。

 今回はそういった事情を上手く使って勝つ事が出来たが、戦闘とは何が起こるか分からないのが常識だ。普通に考えれば遥が目を閉じた瞬間――即ち〝竜人〟が消失している時が私達の弱点になる。そしてソレは、どう足掻いても避けようのない生理現象と言えた。

 何せ人は瞬きしなければ、とても目を開け続ける事は出来ないから。その一瞬の隙を衝かれた瞬間こそ、きっと私達が敗北する時なのだろう。

 私達が今まで生きているという事は、今日までそういう事態には陥らなかったという事。けれど、前述通り戦いは何が起こるか分からない。特に姿を千変させる竜人との戦いは、予想不可能な事が起きる。

 そう言った意味では――これは正に命懸けの仕事と言えた。


     ◇


 予期せぬ戦闘は、終わった。

 その瞬間、私は再び視力を失い、視界は闇に包まれる。けど、そうしないと優の寿命は縮んでいく一方だ。彼女は大らかな性格なので、〝一時間で一週間ならそれほど大した事はなくない?〟と語っていた。

 私はソレを聴いて、大いに激怒したものだ。

 確かに一度や二度使う分には、大した消費では無いのかもしれない。だが、私達は下手をすると、一生竜人と戦い続けなければならない。時間にすれば、その期間は膨大な物になるだろう。

 塵も積もれば、山となる。優の負っているルールは、何れ彼女を大いに苛むに違いない。優はそう言った基本的な事を、今もよく理解していない節があるのだ。私はソレが、とても腹立たしかった。

 けど、よく勘違いされるのだが、実のところ常識人なのは優の方だ。前述の通り世間ズレしている私は、偶に非常識な事を口走るらしい。それも私本人は自覚していないのだから、タチが悪い。

 なら改善しろという話だが、どこがズレているか分からないからこそ非常識な人間は何時まで経っても非常識なのだ。これは異常者が自分の異常な所を普通だと思っているケースに似ている。実は、私はソレほど深刻な人格の持ち主なのだ。その非人格者である私に、誰かが話しかけてきた。

「……えっと、帆戸花さんだっけ? 大丈夫? 手を貸そうか?」

 恐らく竜人と戦っていた軍人である彼に、私は笑顔を向ける。

「いえ、どうかお構いなく。誰かの手を借りてばかりでは、私もこの体質に慣れず、全く自立できませんから。私の事を思って下さるなら、どうかこのまま放置してください」

「………」

 と、軍人さんは戸惑ったように、沈黙する。優は呆れながら、口を挟んできた。

「……遥、言い方がきつい。そこは普通に〝大丈夫です〟でいいから」

「………」

 そうなんだ? どうやら私は、また無駄口を叩いてしまったらしい。そう反省していると、彼は話を続けた。

「いや、今のは私のお節介がすぎた様だ。で、話は変わるんだが、君達はこれからどうする? もしよければ、このまま私達に協力してはもらえないだろうか? と、申し遅れたね。私はニーヴァ国軍南西部方面所属、青葉英少佐だ」

「んん? あなた達に協力、ですか? 悪いけど、その答えはノーです。私等、どこの組織にも所属する気はないんで。謝礼さえもらえれば、後は着の身着のまま、旅を続けるだけ」

 優が、自分の意見を口にする。ソレは私の意見の代弁でもあった。高校生とは名ばかりで、今の私達はカルファム大陸を旅している根無し草にすぎない。

その理由は、私達が有する能力にある。

 今のところ私達にはその意思は無いが、私達は間違いなく一国の軍隊を滅ぼせる力がある。竜人という共通の敵がいる為、今はまだ私達を邪魔に感じている人間は少ない。だが竜人という脅威が居なくなれば、私達は間違いなく世界の脅威だと見なされるだろう。いつ敵に回るか分からないと疑心暗鬼を持たれ、人々は私達を危険視するに違いない。

 少なくとも優はそう感じ、私もそう納得している。その為、私達は可能な限り他人とは関わらない様にしていた。今まで何度か軍属にならないかと誘いを受けたが、全て断っている。

 無駄口が多い私はそこまで説明しようとしたが、優がソレを遮る。

「という訳で早速謝礼を頂けませんかね? 勿論、予定外のもう一体の竜人を始末した料金も含めて」

「………」

 すると、件の青葉少佐はまた黙然とする。彼は一考する素振りを感じさせると、こう切り出した。

「成る程。ソレが君達の処世術という訳か。確かに軍には強硬派も居て、竜人は敵味方構わず根絶するべきだと声高に主張する者も居る。そんな彼等と君達が上手くやっていけるかは、正直微妙だろう。分かった。さっきの話は忘れてくれ。ただ、先ほどの戦闘で、君達の力が私の予想を遥かに超えていた事はよく理解できた。そこで提案なのだが、明日も私の依頼を受けてもらえないだろうか? 実はここから東に五十キロほど行った場所に、竜人の巣があってね。その竜人は町を三つほど占領していて、難儀していた所なんだ。仮にその竜人さえ倒せれば、その区域は解放され、住人達も家に戻れる。君達にはその手伝いを、是非して欲しいんだ」

「んん? そうなの、遥?」

 竜人を知覚できる私に、優が確認をとる。私は、首を横に振った。

「いえ、今の所その竜人は戦闘状態ではないから、私では知覚できないわ。ただ町を占領している竜人の噂は聞いた事があるから、そういう事もあるのかも」

 けれど、ソレは本当に珍しいケースである。竜人は基本的に暴れ回るだけ。自分のテリトリーを作って、ソコを巣にするなんて話は殆ど耳にしない。でも、竜人が絡んでいるなら確かにソレは私達の領分だ。私がそう言った意図を込めて頷くと、優は交渉を続ける。

「分かりました。じゃあ、その竜人退治も引き受けましょう。あなた達は、道案内だけしていただけますか?」

「ああ。明日の朝、君達の宿に迎えを寄こそう。くれぐれも頼んだ。私も自分の管轄地に竜人が居座っているのは、気分が悪い」

 その嫌悪が、いつ私達に向けられるか分からない。

 改めてそう感じながら――私と優は今度こそ今日の仕事を終了させたのだ。


     ◇


 で、夜を迎えた所で、入浴タイムである。

 宿にある銭湯に私と遥は赴き、服を脱ぎ脱ぎして、二人で温泉に浸かる。相変わらず遥は私よりボインで若干頭にくるが、心が広い私はソレを見逃していた。

 第一、私が遥とそういう所で張り合っても意味が無い。楓優はとうの昔に、女らしさとはおさらばしている。私の目標は竜人の根絶と、例の聖女を見つけ出す事にある。竜人を全て倒した後やつを捜し出し、この呪いを解除させるのが私の目的だ。

 遥の目を回復させ、私の格好良い姿を見せつけて、遥を私に惚れさせる。そういった最終目標があるからこそ、私は今日まで頑張ってこられた。そういう理由でも無ければ、竜人と殺し合うなんて真似はとても出来ない。

 全ては遥の目と――私の明るい未来の為。

 それを果たすには、今のところこの力を使って竜人達を倒していくしかない。残念ながらこの力が無ければ、私は遥を守る事さえ出来ないから。竜人を全て打倒しない限り、私達人類に安息の日々は訪れないのだ。

「つまり第一に竜人を根絶させる。で、第二に世界が平和になった所であの女を見つけ出し、この呪いをリセットさせるのが正しい手順だね」

 私がそう強調すると、隣で湯に浸かる遥は首肯した。

「そうね。竜人さえ全て倒せば、この能力も必要なくなる。その時は聖女様にこの力をお返しするのが一番でしょう。そうなれば、私達が他人から恐れられる事もなくなるわ」

「………」

 やはり私と遥は、ズレているらしい。私は遥の目を気にしているのだが、遥は他人にどう思われているかを気にしている様だ。ソレはきっと、他人にいらぬ恐怖を与えている自分に嫌気がさしている為だろう。本音を言えば、遥としては、もっと他の人とも関わりたいのだ。

 逆に私は、遥の目の事さえ除けば、今の生活に満足していた。何せ、誰にも邪魔をされる事無く遥と二人で旅が出来るのだ。惚れた女と一緒に旅が出来るなんて、それは一種のロマンではなかろうか? きっと男子なら、この私の気持ちを分かってくれるに違いない。遥にも偶に〝優って時々中二男子みたいな事を言いだすわよね?〟と言われている私である。男子に憧れた事は無いが、私は本来そういう気質なのかもしれない。

「それとも、私は男子として生まれてくるべきだったのだろうか?」

「んん? 何か言って、優?」

 私の呟きに反応して、遥が首を傾げる。私は少し焦りながら、手をブンブンと振った。

「……いや、何でもない。やっぱり女子の相棒は、同じ女子に限るよね? 仮に私が男だったら、今頃大変な事になっていた」

「そうね。優が男の子だったら、今頃こうしてお風呂でお喋りなんて出来ないわ。ソレは私としても、少し寂しい」

「……そうなんだ? そうだよねー! 男に遥の気持ちが分かってたまるかっての! 男なんて臭いし、でかいし、鬱陶しいし、居てもまるでいい事が無い! やっぱり遥のお世話は、同じ女である私がしないと!」

 が、遥は毅然と言い切る。

「だから、優は私の世話なんてする事ないのよ。寧ろそう言った気遣いは、私にとってはただの負担だわ。優は早くいい男の人を見つけて、その人と幸せになって。例えば、あの青葉さんって方はどうかしら?」

「………」

 と、私は絶望感に苛まれ、黙然とした後、湯船に沈みそうになる。

「……は? 青葉って、誰だっけ……?」

「だから、青葉少佐よ。昼間会った、あの軍人さん」

「……ああ、あの胡散臭そうな軍属かー」

 つーか、脈が無さすぎだろう? 私は遥が好きなのに、遥は私に男とくっつけと急かしてくる。私に対しては何の感情も抱いていませんよと、言っている様な物ではないか、これは。

「……いや、いい。深く考えるのは止めよう」

「え? だから私としては、優にはもっと男の子の事を深く考えて欲しいのだけど?」

「……うっさいなー。だから、今はそういう話はいいの。それより、体の流しっこしようよ。今日も一杯、いい汗かいたしねー」

 遥の腕を引きながら、強請ってみる。遥は仕方なさそうに立ち上がり、苦笑いを浮かべていた。

「私、偶に優のお母さんになったような気持ちになる時があるわ。今の優は女の子と言うより腕白な男の子みたい」

「………」

 それも、微妙な評価である。私はもっと遥に、頼られる女にならなければならないから。

 そうは思いながらも――その日、私は遥とのスキンシップを大いに楽しんだ。


     ◇


 夕食を終えた後、暫く優とお喋りをしてから私達は床に就いた。時刻はじき、午後十一時を迎えようとしているらしい。部屋が暗くなった事は、目が見えない私にも分かる。その暗い闇に包まれながら私は今日あった事を反芻した。

 竜人との戦いに、やっぱり洒落っ気のない優。私の一番の心配事は、このまま優が独り身でいる事だ。どうも彼女は、私ばかり気にかけている様で困る。友人に気にかけてもらえるのは嬉しい事だが、この場合少し事情は異なる。このままでは、優は本当に幸せを逃がしてしまいそうだから。

 その位、優は私に気を使っている。優は軽口ばかり叩いて誤魔化しているが、私でもそれ位は察している。

 けど、それでは私が困るのだ。

 こんな私でも、他人の幸せを願う事くらいはする。それが長年の相棒なら、余計にその色は強くなる。だというのに、何故か優は男性を嫌っている節があるのだ。

 だが、私は父と結ばれた事で幸せな人生を送っていた母しか知らない。些か古い考え方かもしれないが、やはり女の幸せは家庭を築く事にあると思う。良い人と知り合ってお付き合いをし、結婚をして子供を育む。伴侶と共に歳を重ねて生活を共にし、やがて長かった人生を清算する。実に平凡な人生だが、平凡だからこそソレが多くの人の幸せの形だと私は思う。多くの人が実践してきたのだから、きっとその幸せの形に間違いはないのだろう。

 押し付けがましいかもしれないが、優にはそういう幸せを求めて欲しい。このまま私と一緒に旅をする事が、彼女の為になるとは私にはどうしても思えないのだ。

 以前ソレぽい事を優に言ってみたら、何故か彼女は黙ってしまった。いや、明らかに機嫌が悪くなり、私を大いに困惑させたものだ。一体何が悪かったのだろうと考えてみたが、今でも全く答えは分からない。

 私と優は――やはりズレている。

 竜人の根絶を目的とした同士ではあるが、根本的な所が私と彼女では違うのだ。なら、私が言っている事は、やはり優にとってはただのお節介なのだろうか? 私は首を傾げてから、嘆息する。それに反応して、優が声をかけてきた。

「何? 眠れないの、遥?」

「ええ。このまま優が独り身だと思うと、もう心配で、心配で」

「………」

 また黙ってしまう、優。何を考えているのだろうと思っていると、彼女は問うてくる。

「じゃあ……遥は?」

「はい?」

「……遥は、誰か好きな人がいる訳? 気になる男でも居るの?」

「………」

 ついで、今度は私が黙然とする。そう言えば、そういう事は全く考えた事が無かった。本当に、面白いくらい考えた事が無い。優の幸せばかり考えていた私は、自分の将来について全く考慮していなかったのだ。

「そう、ね。確かに私も、居ないかも」

 これでは、全く人の事は言えない。優もてっきりそうツッコんでくると思ったが、何故か彼女はまた沈黙する。逆に、なにか安心した様な様子さえ漂わせていた。……一体なぜだろう? 私も甲斐性無しだと分かって、そんなに嬉しいのか? 私としては、そう邪推する他ない。

「……でも、私が誰かとお付き合いしている姿なんて、想像をもつかない」

 思わず本音を漏らすと、優はまたむくれた。

「だから、別にいいんだよ、そういう話は。第一、私達はまだ今年で十六歳だよ? 中世期なら結婚していてもおかしくないだろうけど、今は時代が違うでしょう。十六で将来の心配をするとか、それって高校を卒業した女子はみな後期高齢者だと思っている、コギャルみたいな考え方じゃん」

「十六歳、か。そうね。あれからもう五年も経ったのね」

 私が述懐すると、優は口を挟む。

「いえ、まだ五年しか経ってないんだよ。私達の旅は、まだまだ続くよ!」

 優は機嫌を直した様に、楽しそうな声で告げる。

 私もソレに引きずられる様に、笑みを浮かべていた。

「……かもしれないわ。私と優は五年間、一緒に旅をしてきた。きっと、それはまだ続く。今はそれだけで、十分なのかもしれない。優が誰かとお付き合いするのは、もう少し先の話ね」

「やっと分かったか、この小姑め。だから、抜け駆けはなしだからね。遥が誰かとつき合うのは、私が誰かとつき合った後。そう約束してよ」

 まるでソレが言いたかったかの様に、優は真剣な声で口にする。私は当然の様に首肯した。

「勿論。さっきも言ったけど、私が男の人を好きになるなんて事、想像がつかないもの。そういうのは、みんな優が先でいいわ」

 約束の意味を込めて、私は優に左腕を差し出す。

 彼女は躊躇なく私の手を握って、頷いたようだ。

「約束だからね。遥が誰かとつき合うのは、私の後。……それなら、私も安心できるから」

 最後にボソボソと何ごとか言ってから、優はまた黙ってしまう。そのまま私も沈黙し、優と手を繋いで、ただ夜の闇に身を委ねた。

 けれど、私達は知る由もない。

 今日が、私と優が今の様な日常を普通に送れる、最後の日になるという事を。

 私達の関係が脆くも壊れる事を――私達はまだ気付いてもいなかった。


     2


 朝が来た。

 宿の目覚まし時計が鳴り響き、朝の到来を私に知らせる。時計を見れば、時刻は午前七時。私は朝が強い方なので何の負担も感じないが、遥はかなりの寝坊助だ。周囲の人達には逆だと思われているのだが、実情は私が遥の目覚まし係になっている。

 と言う訳で、私は今日も寝相が散々な遥の為に、甲斐甲斐しく世話を焼く。肩を揺すって遥の名を呼び、彼女の意識を覚醒させようとする。何時ものように辛抱強く五分かけてその作業に従事すると、漸く遥は私に応えてきた。

「……んん。お願い。後五分、いえ、せめて十時間寝かせて、優」

「――後十時間もかよっ? 一体何時間寝る気なんだ、遥はっ?」

 極めて常識人である私には、こんな常識的なツッコミしかできない。我ながら力不足を感じるが、いっそのこと蹴り起こそうと思ったが、今は耐え忍ぶ。忍耐をフル活用して遥の頬をペチペチしていると、彼女は漸く体を起こしてきた。

「いえ、起きていたわよ? 私は目を始終瞑っているから気付いていなかったかもしれないけど、もうだいぶ前から起きていたから」

「………」

 これも何時もの言い訳だから、気にしない。私は苦笑いを浮かべながら堂々と寝間着から私服に着替え、朝食の準備を始める。一階にある調理室に向かい、調理係の人から朝食を貰ってソレを部屋へと持っていく。五年と言う月日が遥の勘を養ってきたので、今では誰の助けも無く遥は料理を口の中に運ぶ。目を瞑りながら器用に箸を使って、焼き魚を切り分けていく。

 その様子に感心しながら、私も朝食を済ませてしまおうとした。

「よかったー。今日も天気だ。私、雨って嫌いなんだよね。曇り空は風情があって、好きだけど」

「そう言えば、優は、ステーキは好きだけどハンバーグは嫌いなのよね? ……一体なぜなのかしら? そこら辺の違いが、今でもよく分からない」

〝ステーキもハンバーグも同じ肉料理でしょう?〟と遥は首を傾げるが、その辺りの話はスルーする。経験上、第三者にその辺りの違いを納得させるには大変な労力がいると熟知しているから。

大体、遥も人の事は言えない。この人、子猫は大好きだけど成猫は苦手なんだぜ。成長すると猛獣と化すライオンなら分かるが、猫は子供も大人も大差無いだろう?

「ま、いいや。軍の人が迎えを寄こすのは八時半って話だから、もうちょいノンビリしていよう。って、遥、だからって食事をしながら二度寝は止めてよー。ホントに起こすの大変なんだからー」

 一体なんど奴のどてっぱらに、蹴りを入れてやろうと思った事か。意外でもなんでもなく私は短気な方なので、本来なら忍耐が必要な作業は苦手なのだ。だというのに、毎朝のように遥を起こしてあげる私は本物の天使だと思う。遥限定の天使。ソレが私こと楓優の正体である。つまりはそういう事で、遥以外の人を起こす時は、私は間違いなくそいつを蹴り起こす。

「っと、ごめんなさい、優。今五秒ぐらい意識が飛んでいた。で、官房長官が何ですって?」

「……いえ、官房長官の事なんて一切話題にあげてないから。あと私の勘が正しければ、遥は今、五分間は居眠りしていた」

 今日も少女趣味な服装をしている遥に、ツッコミを入れる。考え方はおばさん臭い癖に、遥はヒラヒラな服を着たがる傾向にあるのだ。いや、それがもう鬼の様に似合っているので、私も一切文句が言えない。これでヌイグルミでも抱いていれば、もうマジ最強。

 片や、今日も私は男装とも言える服を着て、髪を後ろで纏める。我ながら地味な外見で、これではとてもじゃないが昨今のライトノベルのヒロインは務まらない。ミニスカ上等。胸の谷間は見せて当たり前。ヘソ出しは常識で、髪を結ぶ物はリボンが普通。そんな世界に私がなじめる筈もなく、今日も私は外見的には陰キャラを貫き通す。お姫様の様な外見である遥を尻目に、私は地味キャラ役を担っていた。

「そうね。本当に優は、もう少しだけでも洒落っ気を持てばいいのに。昨今では犬でさえ服を着ている時代なのよ? なのに何で優は服も着ないで、そこら辺をウロチョロしているの?」

「――人を、ゴキブリみたいに言うのは止めてくれるかなっ? あと服はちゃんと着ているから! 私は断じて裸では無いから!」

「そうなの? 私の常識では、ソレは服とは呼べない物なのだけど」

「………」

 あの顔はマジだ。遥は地味な服装を、服だと見なしていない。それなら裸の方がマシだと、本気で思っている。〝……遥、なんて恐ろしい子〟と白目をむきながら私は慄き、遥は呑気に大あくびをする。このように、遥の脳にエンジンがかかるのは昼を過ぎた頃からなのだ。それまでは何時もこんな感じである。大人しい顔をして、朝の遥は割と毒舌なのだ。

「大体、なんで人間は朝起きなくてはならないのかしら? 誰がそんな風に決めたの? おかしいでしょ? 間違っているわよね? 人間は夜まで寝ているのが常識なんじゃないの?」

「じゃあ、何時起きているのさっ? 夜に寝て夜まで寝ているなら人間はいつ起きているのっ? 遥の常識に合わせていたら、きっと人類は絶滅するよっ?」

 真顔で文句を言いだす遥に、私は全力で訴える。偶に常識はずれな事を言いだすと思っていたが、まさかここまでとは。人間は決して夜起きて、夜寝る生き物ではありません。どんなレベルの引きこもりだ?

「要するに遥って、とんでもないグウタラって事だよね。私がいなきゃ、とっくに死んでるじゃないの、遥って?」

「何を失礼な。私は単に、優に私を起こすという名誉ある仕事を与えてあげているだけよ。それ以外は、全く役に立たない優を気遣って私は寝坊をしてあげているの。そんな事も分からないなんて、正直、優には失望したわ」

「………」

 ……私、此奴のどこに惚れたんだろう? 偶に、本気でそう感じる時がある。一発くらい殴っても構わないレベルの暴言だったよね、今のは?

「と言う訳で、裸の優」

「いや、裸足の○ンみたいなノリで、普通に言わないで」

「いえ、冗談抜きで頼みがあるのだけどまだデザートのプリンを食べてないなら私に下さい」

「……断じてイヤです」

 こうして、私達の朝食は終わった。

 何とかプリンを死守した私は満足がいく食事を終え――次の段階に駒を進めたのだ。


     ◇


 それから私と優は、迎えに来た軍人さんに挨拶をする。今日は道案内よろしくお願いしますと頭を下げてから、三人で駐車場に向かった。

 其処にはわたし用のサイドカーがとりつけられた、優名義のバイクがとめられている。軍人さんが差し出したスピーカーを受け取った後、私は彼に今訊きたい唯一の事を問い掛ける。

「で、優なんですけど、今日はどんな服を着ています?」

「ん? 黒いワイシャツにジーズっていう、普通の服だけど?」

「……ちっ」

 思わず舌打ちをする。今日もそんな色気のない服なのかよと、私は本気で失望した。さっき失望したばかりなのに、私はまた優に失望している。失望に失望を重ね、コレは既に絶望の域まで達していると言って良い。そんな私の様子を見て、軍人さんはギョッとした様だ。

「……え? あれ? 自分は今、何か悪い事を言ったでしょうか……?」

「いえ、何時もの事なんで気にしないでください。遥も、舌うちとかするなって言っているでしょ? 遥がすると、マジで怖いんだって」

「……ちっ」

「………」

 今度は、友人の苦言に対して舌打ちする。どうも私は外見上、大人しくておしとやかなキャラだと思われているが、大間違いである。非常識で、考え方が世間とズレている私は〝生きた迷惑〟と言って良い。唯一の美点は竜人を退治する力がある事だけで、それ以外ははた迷惑なだけ。それが、帆戸花遥の正体だ。思わず誇らしげに語ってしまうが、本当にそうなのだ。

 ただ、そんな私だからこそ、堂々と優に私を起こさせる役割を与える事が出来る。〝生きた迷惑〟である私だからこそ、友人のデザートを虎視眈々と狙う事が出来るのだ。

「……ちっ」

「って、今のは完全に無意味な舌打ちだよねっ? 本当にやめなよ! そういう事ばかりやっていると、いい加減、友達なくすから!」

「……ちっ」

 いや、決して無意味ではない。今のは、今日もこの女はこんなに朝早く私を起こしやがってという怨嗟を込めた舌打ちだ。ただ前にソレを優に真顔で告げたら、優は嗚咽らしき声を上げていたのであれ以来言っていない。本当に悲しませてしまってごめんね、優。ならいい加減機嫌を直せと言う話だが、私のあくびは止まらない。

 因みに、あくびは脳に酸素を送る為にしているというのがつい数年前の常識だった。だが、昨今では、あくびは脳を冷却する為に行っているという学説があるらしい。他にも人間の祖先は二百五十万年前に現れたとか、いや、五百五十万年前だよとか、いや、いや、七百五十万年の間違えだってとか、様々な意見がある。事ほど左様に学説とはコロコロ変わる物で、実際のところ人間は確かな事は何も分かっていないのだ。人間がよりどころにしている物理学も、ブラックホールが情報を保存せず消滅させているなら、一から構築し直さなければならないという話だし。

 全てが曖昧。全てが不確か。ソレが私達の世界で、私にとって確かな事があるとすれば、優が地味すぎるという事。なんで優はあの服装で世間様から許されているのか、ソレが私には全く分からない。

 だって、酷すぎるでしょう? 仮に優がラノベキャラなら、酷すぎるでしょう? ラノベのヒロインって、ミニスカートが当たり前なんだよ? 作品によってはパンチラ全開で、殿方の体の上に馬乗りになる事もあるのだ。

 そんなの、後はもう入れるだけでしょ? 何に何を入れるかは敢えて公言しないけど、後はもう入れるだけでしょう?

 だというのに、今の遥の格好はそういったシチュエーションからは余りに遠い所にいた。

 因みに目が見えない私が何でそんな事を知っているかと言えば、子供の頃読ませた事があるから。弟の本棚で発見したちょっとエッチなラノベを弟に音読させた事が、私にはある。弟は何故か〝モウユルシテクダサイ。エロスギテゴメンナサイ〟と謎の呪文を詠唱していたが私は許さなかった。神の家たる教会に、あんな不浄な物を持ちこんだ弟を私は許さなかった。〝どんなレベルの鬼姉だ!〟と優にはツッコまれたが、その時も私は舌打ちで返した物だ。お前の様な残念な奴に、そんなツッコミを入れられたくないという意味を込めて。すると、優も〝お前の方がよっぽど残念だよ!〟と切り返してきた物だ。ぶっちゃけ、ソレは正しい意見なので残念ながら私も舌打ちしながら黙るしかなかった。

 いや、冗談はここまでにしておこう。このままでは、私のキャラは本当にそっちの方向で固定されてしまうから。帆戸花遥は優の幸せだけを願っている、善良な子。確か私はそんな感じのキャラだった筈。けど、ぶっちゃけそのキャラだと間が持てないので、もう暫くこのままでいく。

 とにかく私と優はバイクに乗り、軍人さんは車に乗って目的地に向かう。スピーカーを通じて軍人さんは私達に指示を出し、目的地までナビゲートする。と、一時間ほどかけて私達は漸く目的地に到着した。

 竜人が支配している町から一キロ離れた場所で、私達は今後の打ち合わせをする。

「で、問題はここからです。実は町に居座っている竜人は――二体居まして」

「………」

 ソレを聴いて、私は思わず黙然としたものだ。竜人が二体も居る。そんな話は、聞いていないから。その時、私は察する物があった。もしかするとこの作戦の立案者は私達〝竜人使い〟を、邪魔に思っているのではないだろうか?

〝竜人使い〟を疎ましく思っているその人物は、だから私達と竜人の共倒れを狙っている。危険な存在である私達と竜人が相打ちになれば、万々歳と言えるから。これはそう感じるしかない、悪意ある状況である。

 でも、それはハッキリ言っておすすめできない考え方だ。いま私達が居なくなれば、この大陸の人々は竜人に対抗する術を失う。〝竜人使い〟を失った人々は、最早竜人に滅ぼされるしかない。だというのに、このタイミングで私達と竜人の潰し合いを目論む? だとしたら一体何を考えているのか? その悪意の所以が、私には理解出来なかった。

「ですから、どうかご注意ください。なにせ相手は、二体。加えて竜人の生態には未知の部分が多く、殆ど何も分かっておりません。正直言えば、軍の兵器など竜人には何の効果もないと言える。現に竜人が二体いる事が確認された時点で、武力による町の奪還作戦は破棄されました。ですが、私としては、七十メートル級の竜人を撃破されたお二人なら勝機はあると信じております」

「………」

 多分、彼の言葉に嘘は無い。この軍人さんは、本気で私と優に期待している。上層部の思惑には全く気付いておらず、純粋に私達を応援しているのだろう。

 それとも、これも私の邪推だろうか? 例え二対一という不利な状況であろうと、軍は私達に頼るほか道は無い? それだけ彼等も、追い詰められているという事か? 私がどちらだろうと考えている間に、優は結論する。

「二対一、か。成る程。これは大変な大仕事になりそうだ。と言う訳で、謝礼の方は弾んでもらいますよ? 後、コレは不味いと思ったらさっさと逃げるつもりなので、その辺りは了解しておいてください」

 大して緊張の色も見せずに優が言い切ると、軍人さんは僅かなあいだ沈黙してから声を上げた。

「勿論です。私達にとってお二人は、無くてはならない戦力ですから。寧ろ、こんな所で無理をされる方が私としては承服しかねます」

 それだけ会話を交わしてから軍人さんとわかれ――私と優は件の町に向かったのだ。


     ◇


 優と遥は、バイクで竜人がテリトリーにしている町に入る。町の中は霧がかかっていて、十メートル先はかすんで見える。如何にも、何か良くない物が潜んでいる気配。ソレを敏感に感じながら、遥は口を開く。

「で、本当に勝機はあって、優? 私達は今まで一度に二体の竜人を相手にした事なんて、無いのよ?」

 なら、優達も他の〝竜人使い〟を探し出して、協力しあえばいいと思うかもしれない。だがソレは些か難しいと言えた。あの聖女の話では、一つの大陸に一組の割合で〝竜人使い〟は居るらしい。現在この星には十二の大陸があるので、十二組の〝竜人使い〟が居る事になる。その散り散りになっている〝竜人使い〟を、何の手がかりもなく探すのは困難と言えた。

 遥の感知能力も、彼女達が住むカルファム大陸に限定される。戦闘状態の竜人を知覚できる遥でも、他の大陸に居る〝竜人使い〟を発見するにはその大陸に行くしかない。

 加えて優達が他の大陸に赴いている間、カルファム大陸に現れた竜人は感知できない。その間に竜人がカルファム大陸を攻撃すれば、被害は甚大な物になるだろう。そういった事態を避ける為にも、二人はカルファム大陸から離れられない。以上の理由から、今のところ優達は仲間を集う事は出来ずにいた。

 それともここは少し冒険をしてでも、仲間を集う場面だろうか? 遥がそう考えていると、優は肩をすくめる。

「いや、今回は私もまともに勝負する気はないよ。今回敵に挑むのは敵の情報を集める為の物で、言わば様子見といった所。まともに勝負するのは、敵の戦力を確認した後だね。何せ私達は敵の数しか分かっていない。二体の竜人がどんな連携攻撃をしてくるかも、不明なんだ。その辺りをしっかり見極めとおかないと、勝負にならないでしょう?」

 その為にはどうしても、一度正面から敵にぶつかる必要がある。敵の戦力を測る為にも、ソレは必須だと優は考えていた。

 優の意見は遥も同意する所だが、彼女は怪訝そうに眉をひそませる。

「かもしれないわ。でも、その一方で妙な話ではあると思うの。だって今まで竜人が徒党を組んで人類を襲った事は、五年前の大襲来の時以外なかった。生体が変わったのか、あれ以来竜人は単体で人類を襲撃している。なのに、なぜ今回に限って竜人は二体も居るのかしら? 引っかかると言えば、引っかかる話だと思わない?」

「だねー。遥の言う通り今回の敵は、今までのやつとは毛色が違うのは確かだよ。かといって竜人をこのまま野放しにも出来ない。遥の目を治す為にも、竜人は必ず根絶させないといけないから。つまり私達はどう足掻いてもこの敵と戦う必要があるって事だけど、もしかして遥は気が進まない?」

 優が難しい顔つきで訊ねると、遥は思案するように手を口元に当てた。

「私の目を治す為、という動機は正直気に食わないわね。だってその所為で無理をして、私達が命を落したら本末転倒だもの。実に自惚れた言い草になるけど、今人類が私達を失うのは大損失と言って良い。私達が死んだ後、別の人がこの大陸の〝竜人使い〟になるなら良いけど、仮に違うならデメリットが大きすぎるわ。私としては人類の為にも、無理な事は避けたいの」

 だが、そうは言うものの、遥もこれが無理を伴う仕事である事はよく分かっている。伊達に五年もの間に、百体もの竜人と戦ってはいない。こと竜人との戦いにおいては、優と遥は専門家の域に達している。

 優は状況判断が的確になって、遥は竜人に対する直観が鋭い。そんな優だからこそ、遥の懸念はとても無視できたものではなかった。

「分かった。今回はホントに、情報収集だけに専念しよう。ソレが済んだら速攻で逃げ出す。仮に私達の手におえないとしたら、他の大陸に行って仲間を集める。ソレがベターな方針だと思うけど、どうかな、遥?」

 然り。前述通りまずは敵の戦力を測らなければ、話にならない。敵がどのような攻撃パターンを持っていて、どんな能力を有しているかを見極める。遥達がかの竜人達を本気でどうにかしたいなら、ソレは必須の作業と言えた。

 そして優には、竜人を根絶させなければならない明確な理由がある。ならば、彼女に退路は無く、今は前に進むのみだ。

「そうね。竜人が人類にとって明確な脅威である以上――私達は彼等と戦うしかない」

 最後は遥もそう納得して――二人は竜人達の巣に向かった。


     ◇


 ナニカの生き物の気配を感じ取り、彼女達はバイクを降りる。そこは、三つの町の中心部とも言える場所だ。どうやら件の竜人達は、町の中核に巣くっているらしい。まずその事を確認した優は、目を細める。次に彼女は、こう危惧を抱いた。

「住宅地の真っただ中か。これは、住宅街に相当な被害が出るなー。勝ったとしても、また軍のお偉いさんに文句を言われそう。かといって、竜人を荒野に誘き出すのは無理っぽいし。ここは、被害を度外視して戦うしかないか」

〝それも何時もの事だけど〟と苦笑いしながら、優はいよいよ遥の背中に手を付ける。先手を取る為にも、二人はいち早く〝竜人〟を召喚しようとしていた。

 大きく息を吸い――大きく息を吐く。

 優はそれだけすると、遥に提案する。

「じゃあ、いくよ、遥。この仕事が終わったら、大いに贅沢しよう。今じゃ貴重になった、国産牛とか食べに行ってもいいかも」

「ええ。ひさしぶりに、家族のお墓参りに行ってもいいかもしれないわ。もう暫くそんな事さえしていなかったものね、私達は」

 今度は遥が、苦笑いを浮かべる。優は無言で頷き、その後こう詠唱した。

「起きろ――〝竜人〟。私達の世界を――守る為に」

 同時に遥の目が開き、中空には直径四十メートルの大穴が開く。優は具現されたコントローラーを操って〝竜人〟を穴の中から出し、ソレを扇風機の羽根に変える。羽根は高速で回転して一気に霧を吹き飛ばし、優達の視界をクリヤーにした。

 途端――遥と優はその光景を目撃する。

 確かに四十メートル級の竜人が二体、町の中心部に居る。蹲っていた二体の竜人は、〝敵〟の姿を感知すると、中空へと浮遊する。片方の竜人が〝竜人〟向けて飛行し――二体の巨大な生物はいま衝突した。その余波をシールドで防ぎながら、遥は息を呑む。

「凄まじいまでの、パワー。けど、これならまだ対応可能なレベル。問題視するとしたら、未だに動きを見せない二体目の竜人。あれは――どれだけの能力を有している?」

 その力を見極める為にも、優はコントローラーを巧みに操り、二体目の竜人に攻撃をしかける。口からエネルギーを放出して、ソレを竜人にぶつけようとする。が、二体目の竜人は僅かに左へと移動しただけでその攻撃を躱し、主立った動きを見せない。その間に一体目の竜人が巨大な矛になって、〝竜人〟へと肉薄してくる。優は〝竜人〟を盾に変えてその攻撃を防ぎ、一瞬で元の姿に戻して、下方へと移動する。今度は〝竜人〟が弾丸へと姿を変え、一気に下から一体目の竜人目がけて、発射した。

 その攻撃を受け、へし折れる様に体をへの字に折る竜人。

 ソレを見て、優は眉間に皺を寄せる。

「……おかしい。敵は二体居るというアドバンテージを生かしてこない。一体だけに〝竜人〟の相手をさせて、これじゃあまるであの竜人が私達の戦力を測っている様だ」

 それが事実なら、優達の方が戦力を見切られてしまうだろう。もし竜人にそんな知能があるとすれば、遥達にとってソレは驚くべき事だ。

「敵は、私達と同じ作戦をとっている? でもその反面、これは敵を各個撃破するチャンスかも。どうする、遥? 敵に手の内を知られてでも、ここは一体倒しておくべきかな?」

「……そうね。敵は二体。この場合、多少無理をしてでも、倒せる時に倒してしまうべきかもしれないわ。私が瞬きをする前に――まずはあの竜人を叩きましょう」

 問題は、遥の瞬きによる〝竜人〟の消失を、敵がどう見るか。仮に竜人達が、その瞬間こそ遥達の弱点だと看破したなら、彼女達は圧倒的に不利になる。その一方で優としては本当に竜人達にそれだけの知能があるか、大いに疑問だった。

「そうだね。今は――あの竜人を倒すしかない!」

 挑む様に告げながら、優は一体目の竜人に攻撃を加えていく。拳の乱打に加えて、蹴りを入れて、竜人を彼方に吹き飛ばす。地面に激突した竜人は巨大なクレーターをつくって、家々を倒壊させ、轟音を撒き散らす。

 そのまま〝竜人〟は竜人に止めの一撃を放つ為、巨大な銃へと姿を変える。

 銃口から眩い閃光が発射され――今まさに竜人の体を焼却しようとする。

 それは――必殺必中のタイミング。

 何人にも避ける事は叶わない――会心の一撃。

 少なくとも優と遥はそう確信して、実際に件の攻撃は竜人を飲み込む。

「な、に?」

 だが、眼を開いたのは遥と優の方だった。確かに、優達の攻撃は竜人に届いた。けれど、その直前、二体の竜人の姿が消失したのだ。

 唐突とも言える――竜人の消失。

 それが何を意味しているか、二人は即座に直感する。

「まさか――アレは〝竜人〟っ? 私達以外の〝竜人使い〟がこの件の首謀者――っ?」

 その可能性を考慮していなかった自分達の迂闊さを痛感する、優と遥。だとすれば、あの竜人達の作為的な動きも納得がいく。竜人達は〝竜人使い〟の指令を受け、その通りに動いていたのだ。

「けど、一体なんの為にそんな事を? それに、この大陸には私達以外の〝竜人使い〟は居ない筈。仮によその大陸からこのカルファム大陸にやって来たとしても、人類に損害を与える様な行動はとらない筈よ。もしそんな事をするような〝竜人使い〟が居るとすれば――ソレは人類を滅ぼそうとしている〝竜人使い〟?」

 確かに、聖女は言っていた。〝竜人使い〟は二種類居て、一方は人類の味方だが、もう一方は世界の滅亡を願う者だと。ソレが事実だとすれば、状況から見て、敵は人類の敵である〝竜人使い〟である可能性が高い。

 遥はそう連想して、優は緊張を高める。その一方で、彼女達はまだ冷静だった。

「逃げるよ、遥! 仮に遥の予想通りなら、敵の狙いは人類の味方である私達だ! 私達はまんまと敵に誘き寄せられた事になる! 敵は私達を倒す為に――この町で待ち構えていた!」

 よって、優は〝竜人〟を引き戻そうとする。

 だが――その前に戦況は一変した。

 彼女達は確かに――その声を聞いたのだ。

《変われ――〝竜人〟。私の世界を――変える為に》

「つっ……?」

 優達の〝竜人〟が放った閃光が消えた後、二体の〝竜人〟がまたも現れる。

 だが、その二体の〝竜人〟はあろう事か一気に圧縮していく。

 収縮した黒い塊はやがて人の形となり――人の姿となって――遥達の前に立ちふさがった。

「〝竜人〟が――人になったっ? まさか、そんな事が――っ!」

 優達から五十メートルは離れた場所に居るその二人は、異形とも言える姿をしている。

 長い黒髪を背中に流す男は痩身で、額を、竜を思わせる面で被っている。

 黒いマントを纏い、長いブーツを穿いたその男の目は、人とは思えない鋭さがあった。

 もう一人の男は巨躯で、身長は二メートルを超えている。僧侶の姿をしたその老人は、けれど血の臭いしかしない。破戒僧の気配を如実に表すソレは、明らかに危険な物を感じさせる。

 この時、優は呆然と〝竜人〟達の変化を眺めている己の油断を思い知った。

(……そうだ! 見蕩れている場合じゃない! これはホントに不味いっ! アレは、アノ変化は、竜人なんかよりももっと危険だ――っ!)

 その予感が、的中する。巨躯の老人が拳を振り上げ、一気に突き出す。それだけで今まで何人も破れなかった遥のシールドに、亀裂を生じさせていた。竜人の全力攻撃でさえ破られないシールドを破壊する攻撃。遥がその脅威を実感した瞬間、二発目の攻撃が放たれる。

(――不味いっ! 優――っ!)

 同時に、遥は跳躍し、優の前に立つ。優を庇ってその攻撃に身を晒した遥は、次の瞬間、優と共に吹き飛ばされていた。

「ほう? アレだけで、これほど吹き飛ぶかいな。やはり――人間とは脆いのう」

 人の姿をした老人は、人の言葉さえ口にする。だが、優と遥に、驚く余裕は無かった。彼方に吹き飛んだ二人は、内臓を損傷して、今にも気を失いそうだ。

 特に優を庇った遥の傷は深く、優には遥が生きている様には見えなかった。

「……遥っ? 遥っ? 遥っ? 遥っ? 遥っ? 遥っ? 遥っ? 遥っ? 遥―――っ?」

 だが、優も体が動いてくれない。指を一本動かしただけで、優の体を激痛が支配する。それでも優は必死に這って、遥の傍に向かおうとした。

 自分は、そうしなければ、ならない。

 自分は、そうする必要がある。

 だって、彼女に残された物は、もう帆戸花遥しか居ないのだから。

 五年前、家族を竜人の襲撃で失った。それ以後、彼女にとって家族と呼べたのは遥だけだった。遥以外の他人と関われば、〝竜人使い〟である自分達は何時しか畏怖されていただろう。なら、必然的に自分達は相棒である人間としか親しくつき合えないという事だ。彼女達にとって心を許せるのは、相棒だけ。

 いや、そんな理屈は、どうでもいい。そんな理屈に、意味など無い。だって、自分は遥だから心を許せた。遥だからこそ、今日まで世話を焼いてきたのだ。遥が居たからこそ、今日まで楓優は生きてこられた。

 それは凡庸な考え方だが、いま追い詰められた優とってはソレが全てだった。気が利いた事など何一つ思いつかず、彼女はただ相棒の名を呼ぶ。ソレが、楓優の剥き出しの本性だ。彼女はもう、帆戸花遥の事しか考えていなかった。

 その時、ささやかな奇跡が起こる。既に死んでいる筈の遥が、声を上げたのだ。

「……ゆ、う? よかった。ぶじ、だったのね。いいから、はやく、にげて。わたしは、もうだめだから。ゆうは、はやくにげて、あたらしい、あいぼうを、みつけて、このほしを、まもって――」

 それが、自分の遺言だと遥は告げる。もうさっきから視界が歪んで全てが虚ろな優は、思わず怒声を上げた。

「――ふざけるなァっ! 私の相棒は帆戸花遥だけだぁっ! 誰が遥以外のやつと組んでやるものかぁっ! ……遥が居たから、私は生きてこられたぁ。遥が居なかったら、私はとっくに私じゃなかったぁ。……私に笑顔をくれたのは、遥だけなんだ。だから、頼むから、お願いだから、そんなこと、言わないでぇえええええええええええ………っ!」

「ゆ、う」

 死ぬ思いで遥のもとまでやって来た優が、彼女の手を握る。だが、遥の出血は止まる事は無い。彼女の意識は、今にも無くなりそうで、最早絶望しか二人には残されていなかった。

 事実、優達の〝竜人〟が居る五メートル先にまで遥の流血は届く。その、二人を守る様に立つ〝竜人〟も老人が放った拳で吹き飛ばされる。四十メートルに及ぶ巨体が、二メートルしかない人型に圧倒される。

 その現実を目撃した時、優はただ遥の体に覆いかぶさるしかなかった。

「……死なないで、遥。死んだら、ダメだ。私が、遥を守るから。この先も、ずっとずっと遥を守ってみせるから、お願いだから、死なない、で――」

 が、死が二人へと歩み寄る。巨躯の老人が、遥達の傍までやってくる。彼は優達を暫く眺めた後、こう告げた。

「つまらん。つまらんのう。これだから人間はつまらん。できもせん事を口にして、虫けらの様に死んでいく。何時の時代も、人間は虚勢しか口に出来ん。だが、それももう終わりじゃ。我等の主は、お主らの死が望みらしい。お主らもこれ以上、苦しみたくはあるまい。今、拙僧が楽にしてやる故、感謝するがいい」

 けれど、楓優は、吼える様に謳う。

「……ふざけるな。おまえなんかに、私達が、やられるか。遥は、私が守る。私が、守らなくちゃならないんだ。私の命に代えても、遥は、絶対に守ってみせるぅううううう―――っ!」

 その決意には、一点の曇りも無い。彼女は本当に、ここで帆戸花遥が死ぬなんて想像さえしていなかった。だから、彼女はただ祈る。

(頼む、聖女、いや、聖女様。私達にもう一度だけ奇跡をちょうだい。遥を守れる奇跡を、どうか私に与えて。それ以上の事は、決して望まないから―――)

 しかし、〝竜人〟を倒された彼女達には、身を守る術さえ無い。老人は一笑した後、容赦なく優達目がけ拳を放つ。その拳から決して目を逸らさず、優は最後の瞬間まで奇跡の到来を祈る。

 そして、その時は、訪れた。

「――いい覚悟だ。それでこそ――私の主に相応しい」

「な、に?」

 それは老人が息を呑む程の、異様だった。赤い〝竜人〟の姿がいつの間にか、無い。

 いや、その代りに気が付けば優達の目の前には――一人の少女が立っていた。

 長い金髪を背中に流し、赤い服を纏った十七歳ほどの彼女は、事もなく老人の巨腕を片手で受け止める。黄金の剣を人の姿に変えたかのような、美貌の少女は優達に振り返り、ニヤリと笑う。

「最後の瞬間まで諦めないその心意気に、惚れたぜ。待っていろ。直ぐに終わらせて、デートと洒落こむから」

「……ああぁ、ああああああああぁ―――っ!」

 状況が、理解できない。

 何が起こったか、優には不鮮明だ。

 それでも彼女は――ソレがとびっきりの奇跡だという事だけは理解できた。


     ◇


「何者じゃ、お主? まさか、先ほどの赤い〝竜人〟か?」

 老人が問うと、ミニスカートに黒いブーツを穿いた黄金の少女は喜悦する。

「悪いが、ゲスに名乗る名は持ち合わせていない。私の名を知りたいならそちらも主を出せ。私の主ばかり身を晒しているのは、不公平だろ?」

 言いつつ、少女は優と遥に対してナニカをする。途端、なんと二人の傷は消失して、咄嗟に優は遥を抱きかかえた。

「そうだ。少し下がっていろ。その間に――こいつは私が始末しておく」

「この拙僧を、お主の様な小娘が倒す? ―――なかなか笑える冗談だ」

 直後、老人は拳の弾幕を繰り出す。数千、数万に及ぶ拳の乱打を少女に浴びせ、ソレだけで町には巨大なクレーターが形成される。一撃でただの竜人を屠れる攻撃は、確実に少女の体に蓄積されていく。だというのに、少女が浮かべた表情は苦悶ではなく、微笑みだった。

「やはりその程度か。さっきの言葉を、そっくりお返ししよう。おまえ――つまらねえぜ」

「ぐっ?」

 少女が、横蹴りを放つ。ソレをガードする老人だったが、彼の体は二十メートル程も吹き飛ばされていた。あの痩身の青年が居る場所まで吹き飛び、青年は少女を改めて視界に収める。

「成る程。何者かは知らないが――おまえは面白そうだ」

 一歩前に出ようとする、青年。が、ソレを老人が止める。

「冗談。スレイブの出る幕では無いわ。ここは拙僧に――任せてもらおうか」

 老人が謳った瞬間、道路はひび割れ、大量の水がその場に噴出される。ソレは中空を漂いながら、無数の矛となって一斉に少女へと繰り出される。ソレを見て少女は初めて地を蹴った。

「前言撤回だ。やっぱりお前達は、ここに居ろ」

「へ? はい? ちょっと、何……?」

 少女がナニカをすると、あろう事か遥と優の姿が縮小する。掌サイズになった二人を、少女はバカげた事に口の奥へ飲み込んでいた。その間にも、老人による矛の攻撃は続く。ソレを鮮やかに躱しながら、少女は老人の戦力を分析した。

(これは竜人特有の、自然を操る力にすぎない。つまりやつの属性は水で、その他にも切り札と言える能力を秘めている筈。つまらねえ話だがそいつを使う前に倒しちまうのが上策か?)

 だが、少女がそう思案している間に、状況は動く。

「アラストン・ズーナ……!」

 両手を合わせ、老人が唱えたソレは、クルメルト語で〝千変する万物〟という意味だ。

 途端、確かに少女は老人の攻撃を避けているというのに、何故か皮膚や服が傷ついていく。空を移動する度に傷は増え、ソレを見て少女は初めて眉をひそませた。

「そうか。ソレが、おまえの能力か。なら、前言は撤回しよう。おまえ――割と面白いぜ」

 何せ少女の考え通りだと、老人の能力は反則級と言って良い。

 あの老人はありえない事に――大気を刃物に変えているのだ。

 よって、この大気中に居る人物は老人以外、一歩でも動けば傷を負う。高速で移動する程にそのダメージは増していく。少女の計算では時速十キロで動けば、ダイヤモンドさえも両断されるだろう。ならば、少女はこう問うしかない。

「名を訊いておこう。おまえ――一体何者だ?」

「よかろう。死に土産に、教えておいてやる。拙僧は――オードル・モラン。それがお主の首を両断する者の名じゃ」

 確かにそれは、ハッタリではない。大気自体が刃物である為、息をするだけで敵の肺は傷ついていく。指を僅かに動かしただけで傷が出来て、本来なら少女は動く事さえ出来ない筈だ。

(だというのに、アレだけの高速で動き続けても未だに軽傷か。やはり並の強度ではないらしいな、あの娘の肉体は。だが更に高速で動かざるを得ない状況に追い込まれればどうなる?)

 故に、オードルは水の矛による攻撃速度を更に速める。ソレを躱すしかない少女は更に高速で動いて、その分、傷は深くなるだろう。現に少女のダメージは増して、その度に彼女の背中は小さく震える。

 けれど、それは痛みや恐怖による物ではない。

 彼女はこの時、ただ喜びを覚えて、その身を震わせた。

「いいぜ。興が乗った。返礼に――我が能力の断片、見せつけてやろう」

「ぬっ?」

 オードルが本能的な危険を覚え、身構える。だが、彼はソコから一歩も動けない。ソレが、オードルが能力を使う為の条件だから。そして、既に大気により両断されていなければならない少女は微笑みながら、こう謳う。

「カルメント・ジージャ―――っ!」

 ソレはクルメルト語で〝輝かしき――我が未来〟という意味。

 が、オードルにはソレが何を意味しているか、理解しきれない。ただ一つ彼にわかった事は少女が拳を突き出した途端、全ての現実が浸食されたという事。想像を超えるナニカが自身を被い、オードルは眼を開く。あろう事か、彼は少女の拳を一撃受けただけで、意識を失ったのだ。

「な、にっ?」

 それだけ言い残して――オードル・モランは地面に倒れ伏す。

 ソレを見て、竜面の青年はただ少女だけを凝視する。

 彼の興味は、明らかに少女へと注がれた。

「オードルを、一蹴するか。やはりおまえは、面白い」

「フン。面白ければ笑うものだぜ。なのにてめえときたら、一笑すらしねえ。全く面白味が無い根暗野郎だな、てめえは」

 だが、やはり青年はニヤリともしない。ただ無表情で構えをとり、臨戦態勢に移行する。新たな敵を前にして、少女の顔つきは初めて変わった。

(まずい。こいつ――強いな。いよいよ本気でやらねえと、ヤバイか?)

 ならば、少女はこう問うしかない。

「おい。私を殺せる自信があるなら、教えろ。おまえ、一体何者だ?」

 しかし、青年は一瞬目を細めたかと思うと、別の事を口にする。

「……やめだ。どうやら主は、我等の撤退がお望みらしい。縁があればまた会おう――金色の小娘。それまで、誰にも殺されるな――」

 オードルを片手で担ぎながら、青年は後方へ跳躍して、逃走を図る。

 ソレを追うか迷った時、少女は自身の腹の中から響くその声を聞いた。

「――って、深追いは止めろ! アレはきっと、何かの罠だ! 今はあいつらを追い払っただけで、十分すぎる! というか、早く私達をここから出せ!」

「だな。私も主と同じ意見だ。今日の所は、見逃す事にする」

 思いの外素直に少女は優の指示に従う。少女は自分の腹に拳を叩き込み、その衝撃を以て、腹の中から遥と優を吐き出す。二人を元の大きさに戻した少女は、胸を張って言い切った。

「礼はいいぜ。主が死ねば、私もお陀仏だからな。言わばこれは、自衛手段の一種って奴だ」

「……いや、一応礼は言っておく。本当に助かった。この恩は一生忘れない。その上で訊かせて欲しい。あんた――一体誰だ?」

 しかし、そう問う優はまだ気付かなかった。自分の隣に居る全快した遥が、ボウとした顔で黄金の少女を眺めている事に。帆戸花遥は、この時、確かにこう告げたのだ。

「……か、格好いいぃ」

「……へ?」

 この瞬間――優と遥の関係は微妙に変化する事になる。

 そんな事は知る由もない金色の少女は――眉をひそめながら首を傾げた。


     3


「あの、遥? 今、なんて?」

 私が震えた声で訊くと、遥は我に返ったようだ。頬を赤らめていた遥は、頭を何度か横に振った後、咳払いをする。

「い、いえ、何でもないわ。優の疑問は私の疑問でもあります。貴女は一体誰なんですか?」

「………」

 ソレは、今まで私が見た事が無い遥だった。彼女の様子は明らかに変で、冷静を装ってはいるが、間違いなく動揺している。そんな遥を気にした様子も見せず、謎の女は得意気に鼻から息を拭き出す。

「私が何者だって? そんな事さえ知らないなんて実に嘆かわしいな。が、ま、いいだろう。今日は、やっと自我を得られた記念日だ。実にご機嫌なんで、教えてやってもいい。私の名は――ナーシ・ナーシェ。ナーシ様でいいぜ」

「………」

 つーか、こいつ、無駄に偉そう。命の恩人で、遥を助けてくれた救世主だが、私は何故かこいつを好きになれずにいた。

「……ナ、ナーシ様ですね。わかりました!」

「………」

 だが、やつの傲慢な要求に、あろう事か遥は素直に応える。

 それも、見るからに嬉しそうに。まるで、憧れのアイドルを前にしたかの様だ。

「……で、そのナーシ・ナーシェってのは、具体的に言うと誰なんだ? まさか、私達が使役していた〝竜人〟がおまえなのか……?」

 と、ナーシとやらは、全く別の事を口にしやがる。

「その前に確認しておこう。主Aと主Bこそ一体何者だ? 私は今後、主を何と呼べばいい? いや、正直、この私が第三者を主と敬うのは気に食わなくてな。できれば、主の事は呼び捨てにしたいのだが、そこん所どうなのさ?」

「………」

 主Aに主Bか。主の事をロープレのモンスター扱いとは、本当に不遜なやつだな、こいつ。私が〝死ね〟と命じたら、死なないだろうか? このように、既にやつに対して殺意さえ抱きつつある私だが、ここは冷静に応じる。

「私は楓優で、こっちは帆戸花遥。私は優でいい」

「はい。私も遥で構いません」

「優に遥、か。実に覚えやすい庶民的な名だ。褒めてやるぞ、二人とも」

「………」

 腕を組みながら、やつはゲラゲラと笑う。実に楽しそうだが、今の所、私が知りたい事はまるで答えてこない。……こいつ、実はバカなのか?

「だから、おまえは一体誰で、何がどうなっている? 先ずはそこん所をハッキリさせないと私達も今後の対策が練れないだろうが?」

 その時、遥は珍しく険しい顔で私を注意してきた。

「って、だめよ、優。彼女は私達の命の恩人なのだから、もっと丁寧に接しないと」

「……え? でも、遥」

「でも、じゃないわ。ナーシ様が居なければ、私達は死んでいた。そうでしょ?」

「………」

 そう言われてしまうと、私としても反論できない。いや、あろう事か私の代りに、やつが遥を窘める。

「いや、かまわん。優の魅力は、その気概にある。実に私好みの、気の強さと言えるだろう。遥も少しは、彼女を見習うといい」

「……な、成る程。確かに優には、見習う所がたくさんあります!」

 またも動揺する、遥。私としてはそんな遥が大いに気になるのだが、何故か今それを口にするのは不味い気がした。私は誤魔化す様に、話を本筋に戻す。

「……で、私達は今どういう状況にある? 私達が死ねばあんたも死ぬなら、私達が生き残る為にも情報提供は必須だろ? これ以上の正論は無いと思うけど、あんたはどう考えている?」

 けれど、やつは私の想像を超えるバカだった。

「その前に、一つ確認させろ。ほう? やはりこの方が、優は映えるな」

「――なっ? おまえっ!」

 やつが私の髪を結ぶヒモを取り、私の髪を下ろさせる。それを眺め、やつは感嘆とも言える声を上げていた。その様子を見て、何故か遥はむくれたようだ。……え? 何で? 私、遥に何かした?

「……で、ナーシェ様は何者なのです?」

 遥が初めてやつに対し、鋭い声を突きつける。ソレを聴いて、あろう事かかのナーシ・ナーシェも僅かにたじろいだ。彼女は、小声で私に問うてくる。

「……もしかして遥とは、怖い女なのか? こう、ストーカー系のヤンデレ少女? だとしたら困るなー。私、ツンデレは好きだが、ヤンデレは苦手なんだよ」

「……いいから、おまえはさっさと私達の質問に答えろ」

 てか、この手の台詞、何回言った? 何度同じ台詞を言ったら、こいつは私達が訊きたい事を教えてくれる? いい加減、剥き出しの殺意を吐露しそうになった私だが、やつは漸く本題に入る。

「フム。私が何者か、か。それは実に簡単な話だ。優が言っていた通り、私は主達が使役していた赤い〝竜人〟だよ。その〝竜人〟が進化したのが、私という訳だ」

「……進化した〝竜人〟? じゃあ、竜人は皆、あんた達みたいに人に進化する可能性があるって事か……?」

 やつの返答は、私に絶望感を与えるには十分すぎた。

「そう。元々竜人とは、そういう物だ。竜の姿をしている時は、まだ幼体にすぎない。竜人はその星の情報に寄生し、その情報を分析して成長し、自分のあるべき姿に変わる。我等成体に比べれば、幼体の竜人など紙屑も同じだ。だが、安心して良い。人の姿に変わる竜人は相当数の経験値を積んだ者だけだ。この五年で百体の竜人を屠り、自身の鮮血を私に注ぎ込んだ主達だからこそ私を進化させるに至った。その方法以外で竜人を進化させるには、人間を百万人ほど殺さなければならない。今となっては、そんな竜人は恐らく稀有だろう。居ても、百体に満たない筈だ」

「……百万人、人を殺した竜人は人型になる」

 遥が反芻する様に、呟く。そんなルールを知らなかった私も、たぶん遥と同じ気持ちだ。この事を教えてくれなかった聖女に、私はある種の怒りを覚えていた。

 ……いや、それも実に現金な話か。遥が危機的状況の時は聖女を敬い、ソレが成された後は彼女に憤りを覚えているのだから。でも、一つだけ言わせて欲しい。なんで私が感謝を覚えなくてはならない人間は、皆こんなやつばかりなのか――?

「……要するに、人型の竜人はただの竜人より遥かに強力という事ですよね? けど、一ついいでしょうか?」

「ああ、許す。言ってみるがいい」

 やはり尊大にやつが頷くと、遥は意外な事を言いだす。

「私、あの二人を――どこかで見た事があるんです。会った事は無い筈なのに――私はあの二人を知っている気がした。これって、私の気の所為ですか?」

 そしてナーシ・ナーシェは――その真相を口にしたのだ。

「いや、恐らくは、気の所為ではないだろう。何せ竜人達が進化の参考にするのは――漫画やゲームや小説やアニメのキャラクターだから」

「……は、い?」

 お蔭で今度は私と遥が――眉をひそめながら首を傾げたのだ。


     ◇


 私と優が首を傾げると、ナーシ様は説明を続ける。

「そう。前述通り、竜人は攻め込んだ星の文化に寄生する。では、その文化とは具体的に言うと何か? ソレはその星の人間達の多くが知る物だ。子供から大人まで熱狂して、多くの者達が熟知する物に他ならない。この条件にあてはまるのが、漫画やゲームや小説やアニメのキャラクター。人の想像力をふんだんに盛り込み、英知の限りをつくした物語の登場人物だ。それこそが竜人の寄生対象であり進化の終着点でもある。現に漫画やゲームや小説やアニメの登場人物ほど規格外の存在はあるまい? あの連中は人間の想像力の限界を注ぎ込んで生まれた者達だからな。仮にその設定通り力が振るえるとしたら、ソレは神話に登場する神々さえも凌駕する。伝説を越え、神話を越え、空想に空想を重ねて生みだされた人間の最強の創造物。それが漫画やゲームや小説やアニメのキャラクターだから。つまりはそう言う事だ。オードル達やこの私が、神がかっているのは――ある漫画やゲームや小説やアニメのキャラの力をそのまま現実化しているからにすぎない」

「…………」

 漫画やゲームや小説やアニメのキャラクターを、現実化している? 人間がつくり出した空想の産物を、想像力の限界を、ナーシ様達は具現化していると言うのか? だとしたら、成る程、ナーシ様達の力が竜人をも上回っているのも頷ける。

「……え? ちょっと待って下さい。確かある漫画には、惑星をも消し飛ばせるキャラとか居ましたよね? 竜人は、そういうキャラにも進化できるって事ですか?」

 私が訊ねると、ナーシ様はドヤ顔で首肯する。

「そういう事だ。竜人とは、可能な限り巨大な戦闘力を得るのが習性みたいな物だからな。この星にそういうキャラクターが居るなら、そういったキャラが具現化する可能性は確かにある」

「…………」

 もしかして、私達がおかれている状況は想像以上に不味いのでは? ここまで説明されて、私は漸く危機感らしき物を覚えていた。正直、何でナーシ様はこんなに余裕なんだろうと、疑問に思う位に。

「うむ。だが、安心しろ。実は強大な力を持ったキャラほど、具現化には時間がかかる。仮に人間を一千万人殺した竜人が居ても、そう言ったキャラになるには五年はかかるだろう。要はそれまでに、そいつを倒してしまえばいいだけの話だ」

「………」

 ナーシ様は気楽にそう言うが、私は些か深刻なツッコミを入れざるを得ない。

「あの、既にあの大襲来から――五年経っているのですが。それってつまり、いつこの星を消し飛ばせる竜人が現れてもおかしくないって事ですよね?」

「――ああ。そういえば、そうだったっけ? あれからもう五年か。時が経つのは本当に早いな」

「………」

 この場合、どう受け答えをすればいいのだろう? ナーシ様はこの星の未来について、何の危機感も抱いていない? だから、こんなに呑気なのだろうか? だとしたら、私としては本当に困るのだが、優の表情は私より更に厳しい。

「……要するに、私達人類は大ピンチって事か。ソレを食い止めるには、やはり竜人を根絶させる必要があるって事だな? 竜人が成体になる前に、私達はそいつを絶対に倒さなければならない。遥達の考えが正しければ、竜人はいつ星を破壊できる力を得てもおかしくないから」

 いや、優は恐らく、ナーシ様の共感を得る事を既に放棄している。竜人であるナーシ様と私達人類は、そもそも考え方が違うから。そんな私達が同じ気持ちになるのは、奇跡と言って良い。多分だが、優はそう考えているのではないだろうか?

 その反面、私は何故かナーシ様と共感したがっていた。私が抱いた危機感を、彼女にも持ってほしいと考えているのだ。

 ……その理由は、よく分からない。こんな事、家族にも求めた事はなかった筈なのに。

「まあ、そういう事だな。加えて、優達にはもう一つ問題がある」

「……まだ何かあるのかよ? 一体、ソレは何?」

 ナーシ様が問題提起すると、優は不満そうな顔でそれに応える。私はただ無言でナーシ様の次の説明を待った。

「私の考えでは世界を滅ぼす側の〝竜人使い〟が動き始めている。ソレは優達も同意見の筈だ。何せ優達は――そいつらに殺されかけたのだから」

「ですね。彼等の狙いは、明らかに私達だった。それはつまり、自分達と同じ〝竜人使い〟である私達が邪魔だという事。私達を明らかな障害だと思っている、という事でしょう」

「ああ。そして世界を滅ぼす側の〝竜人使い〟の目的は、とうぜん世界を滅ぼす事だ。ならばかの者は必ずこの星最強のキャラクターが何者かを探り、その具現を果たそうとするだろう。そやつに十二組に及ぶ人類側の〝竜人使い〟を始末させ、世界を滅ぼそうとする筈だ。要するに優達が世界を守りたいなら、何としてもソレを阻止しなければならないという事。優達を襲撃した〝竜人使い〟を追うのが――優達の第一目標と言えるだろう」

「………」

 実に尤もな話だ。あの二人の主が私達を標的にした以上、その主の決意は本物と見て良い。その人物は――本気で世界を滅ぼす気なのだ。私達は私達の世界を守る為に、その暴挙を食い止める必要がある。

「つまりその〝竜人使い〟を追っていれば、強大な力を持った竜人の成体化を防げるかもしれないという事ですね? いま最もそう言った危険な真似をしようとしているのは、その〝竜人使い〟だから」

 私が確認をとると、優は緊張した面持ちで頷く。

「そういう事になるかな。でも、問題は山積みだ。第一に、私達にはそいつの手掛かりが一切無い。第二に、そいつを野放しにしておけないのは確かだけど、他の竜人も放っておけない。仮に成体化した竜人が現れたら、今回みたいに苦戦するのは間違いないだろ? そいつを私達三人だけで倒せるかは、大いに疑問だな」

 が、ナーシ様はゲラゲラ笑いながら、優の頭をポンポン叩く。

「おい、おい。楓優ともあろう者が、そんな弱気でどうする? あの時の気迫は、どこにいった? お前は――この私が認めてやった女だぞ。弱音を吐く前に、その事を忘れるな」

「…………」

 その光景を見て、何故か心を僅かに痛めながら、私はナーシ様に同意する。

「そうね。成体化した竜人に関しては、私に一つ策があるの。だから、今はその件はおいておきましょう。私達が今するべき事は、別にあるから」

「んん? 私達がするべき事は、別にある? 遥は、何か気付いた事でもあるの?」

 優が眉をひそめると、私は別の事をナーシ様に訊ねる。

「その前に、一つ確認したい事があります。まさかとは思いますが、ナーシ様が成体化した事で優の負担が大きくなったりしませんよね? 寿命が削られるペースが増したとか、そういう事はありませんね?」

 得意気なナーシ様の答えは、以下の通り。

「いや、勿論、負担なら増しているぞ。何せ、この私を具現化するのだから当然だな。前は一時間で一週間だったらしいが、今は一時間で一月寿命が減る様になっている。私が具現化してから三十分は経つから、既に二週間は寿命が縮んでいるだろう」

「…………」

 三十分で、二週間も優は寿命を消費している。それを聴いて、私と優は思わず黙然とした。すると、ナーシ様は思い出した様に告げてくる。

「と、そうだったな。人間の寿命は短いんだった。私基準で考えていたから、その時間の貴重さに全く気付かなかった。許せ、許せ。要するに、私はさっさと封じられろという事だろう? 私も少し疲れたしな。その意見は、採用してやろう」

「……つーか、この場合おまえに拒否権は無いつーの。悪いけど、遥の目とこいつを封印するけど構わないね、遥?」

 私は一も二もなく首肯し、優はナーシ様の封印を実行する。私の視覚はその時点で失われたが――その前に私はナーシ・ナーシェの姿を強く網膜に焼き付けていた。


     ◇


 やつを封じた途端、遥の瞼は閉じられ、その視界は封じられる。その事を苦々しく感じながら、私は大きく息を吐いて、その場に尻餅をついた。

「……良かった。どうにか……二人とも生き残れた。色々ありすぎて正直混乱しているけど、今はその事を素直に喜ぼう」

 あいつを封印して、遥と二人きりになった所で、私は本音を漏らす。

 立ち上がって遥に抱きつき、ただその体温を噛み締め、彼女の無事を実感した。

「……ごめん、遥。私が判断を誤ったせいで、こんな事になって。私が軽々しくこんな仕事を引き受けなければ……遥は死にかける事はなかったんだ」

 ホントに、いま遥が生きている事こそ奇跡と言える。後一歩ナニカが狂っていたら、遥は確実に死んでいただろう。

 そう言った最悪の状況を避けられた事が心底嬉しくて、私は思わず泣きそうになった。

「でも、遥も悪い。なんであの時、私を庇った? 私を庇った所為で遥は死にかけたんだぞ? 頼むから――もうあんな無茶はしないで。今ここで――そう約束して」

「………」

 と、遥は僅かなあいだ沈黙してから、こう返答する。

「……大丈夫。優は何も悪くないわ。寧ろ、悪いのは私の方かもしれない。ただ、優を庇った事は謝罪出来ないわ。もしもう一度同じ事があっても、私は同じ事をするだろうから。だってソレは優も同じ筈だから。私と同じ立場なら、優もきっと私を庇ってくれた。そうでしょ?」

「………」

 そう言われてしまうと、私は即座に反論できない。いや、言い返そうとした時、遥は別の事を言い始める。

「いえ、この件で一番悪いのは、言うまでも無く世界を滅ぼそうとしている〝竜人使い〟よ。私達はその人物の足取りを、なんとしても追わなければならない。と言う訳で、さっそく行動に移りましょう、優。というのも、他でもないの」

 遥がその推理を、私に説明する。

 ソレを聴いて、私の顔は自分でも分かるくらい険しくなっていた。

「……ホントか、それは? まさか、そんな事が……。でも……仮にそうなら筋は通るかも」

「ええ。先ずは、その事を確認しないと。今夜にも決着をつけたい所だけど、優はそれで構わない?」

 答えるまでも無い。私は歯を食いしばりながら髪を結んで頷き――その時を待った。


 それから日は暮れ、夜が訪れた。今日は空を雲が被っている為、星の瞬きは無い。二つある月も顔を見せず、街灯の明かりだけが頼りだ。

 そんな暗がりの中、私と遥は彼を尾行して彼の家を訪ねる事にする。呼び鈴を鳴らして家人を呼び出すと、件の人は私達を見て息を呑んだ様に見えた。

 ただそれも一瞬の事で、彼は直ぐに平静を装う。

「……良かった。無事だったんだね、君達。部下から君達の消息が途絶えたと聴いて、心配していたんだ。その反面、町を占領していた竜人は二体とも姿を消したと言う。どういう事なのかと思案していたのだけど、何にしても二人とも無事でよかった」

 彼――青葉英少佐は笑顔でそう告げ、遥も微笑みながら応対する。

「ええ、ご心配をおかけしました。残念ながら、私達はこうして生きています。あなたにとっては、本当に残念なのでしょうが」

「……は? それは、一体どういう?」

 軍服姿の青葉少佐がキョトンとすると、遥は話を続けた。

「〝あの胡散臭い軍属〟。優はあなたの事をそう評していましたが、どうやらそれは事実だったようですね。私は初め、あなたは私達〝竜人使い〟と竜人二体を戦わせて、共倒れにするつもりなのではと思いました。私達は軍の上層部にそれぐらい危険視されていると、そう感じていたんです。でも、直ぐにソノ考えがおかしい事にも気付きました。なぜって、いま私達〝竜人使い〟を失うのは軍にとっても大変な損失だから。唯一竜人と互角に戦える私達は、人類の希望と言って良い。そんな私達に、あなた方が無理を強いる事なんてありえないんです。でも実際は違った。青葉少佐は私達に、二体の竜人を討伐するよう依頼してきた。軍のバックアップも無い状態で、私達をそういった窮地に追い込んだんです。何故だろうと考えてみて、漸くその答えが分かりました。あなたは――私達の代りを見つけたんじゃないですか? 私達と接触する前に――あなたは私達とは別の〝竜人使い〟に出会った。その〝竜人使い〟に、こう持ちかけられたのでしょう? 私達二人を始末するお膳立てさえすれば、私達二人の代りにこの大陸を守ってやってもいいと。私達と違い〝竜人〟を二体も従えているその人物が言う事は、確かに説得力があった。逆を言えばその人物の要求に従わなければ、自分やこの大陸が危うくなりかねない。そう打算したあなたは、その人物に私達を売らざるを得なかったんです――青葉英少佐」

「………」

 遥が自分の推理を口にすると、青葉少佐は沈黙する。ソレから彼は一度だけ項垂れてから、こう告げた。

「……成る程。君は中々賢いね。そして、楓君は私が下手な事を言おうものなら、私を殺しかねない表情をしている。……分かった。認める。全部、帆戸花君の言う通りだ。ある日、その人物は私に接触してきた。もし〝竜人使い〟と関わる様な事があったなら、その人物を自分のもとに誘導してほしいと言って。デモンストレーションとばかりに二体の竜人を召喚された時点で、私の心は折れてね。この周辺の町を守る為にも、私はその人物の要求を呑むしかなかった。帆戸花君の言う通りだ。私は君達を――その人物に売った」

 どうやら青葉少佐は、その事に、僅かながら罪の意識を感じていたらしい。その、事もなく自分の罪を認める様は、私にそんな心証を抱かせる。

 それでも私は自制できず――気が付けば青葉少佐の頬に拳を叩き込んでいた。

 吹き飛ぶ彼を尻目に、私は吼えるしかない。

「――ふざけるな! その所為で遥は死にかけたんだぞ! あんた達にとっては見知らぬ人間が二人殺されるだけって話だろうけど、私にとっては違うんだ! 私にはもう、遥しかいないんだよ! だっていうのに、あんたはよくもヌケヌケと、そんな真似ができたなっ?」

 が、遥は私の肩を掴んで首を横に振る。

「それは私も同じ気持ちよ、優。でも、彼は軍属なの。自分が担当する地域を守る義務が彼にはあった。ソレを果たす唯一の手段は、私達を売る事だけだったのよ。それはあの二人の〝竜人〟と戦った私達が一番分かっている筈でしょ、優?」

「……分かっている。そんな事は、よく分かっている。でも、それじゃあ、私達は今までなんの為に戦ってきたんだ? 多くの人達を救いたいのは、私達だって同じ筈だ。その為に、私達はこの五年間、死ぬ思いで戦ってきた。だっていうのに、この人はそんな私達の苦労を考える事なく、私達を売ったんだぞ? 仮にこれが人類の総意なら、私達はそんな連中の為に今まで戦ってきた事になる。都合が悪くなれば、そういった苦労も見て見ぬふりをして簡単に切り捨てる。私達は、そんな連中を守らなければならないって言うのか? 私達は、そんな都合が良い存在だって言うのかよ? ――ふざけるな。私達だって、こいつと同じ人間だ。聖人君主でも何でもない、血の通ったただの人間なんだ。私はともかく、遥を標的にした時点で、私はなんの同情も浮かばない。このままこの一帯の人間を――皆殺しにしたい位だ。そうなれば、そういった光景を見せつければ、こいつも私の気持ちが少しは分かる筈だから」

「………」

 青葉英が息を呑む。私が如何に本気か感じ取った彼は、ただ目を細めた。

「……本当に、すまなかった。本当に……何の言い訳もできない。殺すなら、私だけを殺してくれ……。全ての罪は、私にだけある。私以外は、誰も悪くは無いんだ」

 それでも私の怒りは収まらず、更に彼を罵倒しようとする。

 だが、その前に私の耳にはその声が響いていた。

「……お、お父さんっ? どうしたの、お父さん――っ?」

「……あなた――これは一体?」

「つっ! 何でも無い! 何でもないから、向こうに行っていなさい、君江、翔子!」

「…………」

 十二歳ほどの少女と、四十歳ほどの女性がこの場に現れる。その二人は、恐らく青葉の娘と妻だろう。彼女達を見て、私は彼にも守りたい人達が居たのだと思い知らされる。

 そのとき遥が私の手を握り、もう一度首を横に振った。たったそれだけの事で私の怒りは罪悪感に代り、今度は私が項垂れる。娘に父親が責められる姿を見せた事が、私にそんな気持ちを抱かせていたから。言葉を失う私の代りに、遥が青葉少佐に問い掛ける。

「優が大変失礼しました。けど、私も優を失っていたらきっと彼女と同じ気持ちになっていたでしょう。ですが、今はソレを責めるつもりはありません。私達が知りたい事は二つだけ。私達の質問に答えていただけますね、青葉少佐?」

 と、青葉少佐は即座に反応する。

「君達の始末を依頼してきた〝竜人使い〟がどんなやつだったか、だね? その人物と私がどうやって連絡をとっていたか、それを君達は知りたい?」

 そう。私と遥は元々ソレが知りたくて、ここまでやってきた。敵の人相とその連絡手段を知る事が出来れば、ソレは大きな手掛かりになる。その連絡手段を利用して、敵と接触する事だって不可能ではないから。ついで遥が首肯すると、彼は続ける。

「だが、正直これが手掛かりになるかは疑問だ。なにせあの娘は鳥の仮面を被って、スーツに和服を羽織るという奇妙な外見だったから。故に、私も彼女の素顔は分からない。連絡方法についても軍の無線を通じて行っていたが、先ほどから連絡がつかなくなった。ただ、白い髪を背中に流した彼女は、恐らく君達より少し年上だったと思う」

「そう、ですか」

 遥が眉根に皺を寄せて、何やら思案する。

 けれどそれも僅かな間で、彼女は青葉少佐に対し一礼した。

「わかりました。貴重な情報を、どうも。行きましょう、優。私達がここでするべき事は、これが全てよ」

「……だね」

 短く答え、私と遥は青葉邸を後にする。

 やり切れない思いを胸に抱きながら――私は思わず漆黒の夜空を見上げた。


     ◇


 地面を杖で叩きながら私は歩を進め、もう一度眉間に皺を寄せる。難しい顔つきになる位、青葉少佐の情報は微妙な物だったから。敵の外見はある程度分かったが、残念ながらあまり参考にはならなかった。

 鳥の仮面を被っていたというその人物が、女性である事は分かった。だが素顔が分からない以上、青葉少佐が言っていた外見を頼りにその人物を見つけるのは難しい。

 服装だって幾らでも変えようがある。青葉少佐と接触した時は件の格好をしていた彼女も、今は全く別の姿かもしれない。髪だって、染めようと思えば染められる。となると、私達は期待していたほどの手がかりは掴めなかった事になるだろう。

 ただ取り乱す優の声を聴いて、私はある事を感じずにはいられない。

「……もしかしたら、敵も私達と同じ様な目にあったのかも。誰かに裏切られたその人物は、だから人間を憎む様になった。もし敵が本気で世界を滅ぼすつもりなら、それが原因。優の怒声を聴いた時、私は真っ先にそう思ったわ」

 優がどんな表情をしているかは、全く分からない。

 ただ彼女は、今は冷静になっていて、静かな声を上げる。

「……かもしれないね。遥を殺されかけた事で、私は完全にキレた。なら、実際に相棒を謀殺されたなら、その人物は人類全てを憎んでもおかしくない。それは、その気持ちは、私が一番よく分かる。実に、皮肉は話だけどさ……」

 自分を殺そうとしていた人物の気持ちが、分かってしまう。優が言う通り、確かにそれは皮肉以外の何物でもない。

 なんにしても、これで手がかりは途絶えた。後、私が思いつく事があるとすれば、ソレは私達自身を囮にする事。わざと無防備な姿を晒して敵を誘い出し、敵を撃破する事だけだ。

 けど、言うまでも無く、ソレは途轍もないリスクを伴う。例えナーシ様がどれほど強くてもあの二人に必ず勝てる保証は無いのだ。そしてナーシ様の敗北は私達の全滅を意味している。私はともかく、優やナーシ様をそんな無謀な作戦には絶対に巻き込めない。

 よって私は、考え方を変える必要に迫られた。

「そうね。直に敵を追跡するのは、諦めましょう。ここは、からめ手でいくしかないと思う」

「んん? また何か思いついたの、遥は? 次はどんな手を使う気さ?」

 そう問う優に、私は人差し指を立てて説明する。

「ええ。これはさっき思いついた事なのだけど、成体化した竜人に対する対抗策でもあるの。というのも、他では無いわ。優は――これから漫画や小説を読み漁って、アニメ観賞に明け暮れ、ゲーム三昧の生活を送ってほしいの」

 私がそこまで語ると、理解が早い優は即座に気が付く。

「……は? あ、そういう事か!」

「そう。成体の竜人が二次元世界のデータを参考にした物なら、その情報を私達が得れば敵の弱点を発見できるかもしれない。その漫画や小説のストーリーを全て把握すれば、その敵の倒し方も載っているかもしれないわ。仮にこの読みが正しければ、私達は成体に対しても優位に戦況を進められるかもしれない。敵の能力についても、事前に知る事だって出来る筈よ」

 私が言い切ると、優は得心したようだ。

「……成る程。確かに遥の言う通りだ。敵が二次元を参考にしているなら、私達はソレを手に入れて、情報を集めれば良いのか。そうすれば、敵の攻略法も見えてくる。あの襲撃者の二人組も、何者なのか分かるかもしれない。……けど、それには一つ問題があるよね、遥?」

 その問題がなんであるか察していた私は、頷くしかない。

「そうね。文明が崩壊してから五年経った今、それ以前の漫画やアニメは貴重な物になっている。そいった物は全て大破壊が起きた時、焼き尽くされてしまって殆ど残されていない。恐らく、かなりディープな場所に行かないと手に入らないでしょうね。でも、だからこそ意味があるとも言えるわ」

「だからこそ、意味がある? それは、何故?」

 優が怪訝な声を漏らすと、私は自説を口にする。

「恐らく私達の敵も――同じ真似をしているから。ナーシ様が言っていたでしょう? 敵の目的はこの星最強のキャラを具現化する事だって。なら、敵も漫画やアニメを観て、どんなキャラが最強なのか調べている筈。私達も同じ事をすれば、その人物の噂話くらいは聞ける筈よ。ソレを辿って行けば、或いはその敵に行き着くかもしれない。いえ、手がかりがほとんど無い以上、私達はこの手に賭けるしかないと思う」

 私がいま考えつく最大のアイディアを口にすると、優は感心したかのような声を上げた。

「……成る程。それも遥の言う通りだ。さすが、夜の遥は朝の遥とは一味違う。朝は毒を吐くだけなのに、夜はこんなに冴えているなんてね」

「……何か、あまり褒められている気がしないわね。でも、いいわ。とにかく今後はそう言った風に動きましょう。明日から街に行って、漫画やアニメのBDを入手し、私達と同じ事をしている人物の噂を集める。そういう事で構わないわね、優?」

「だねー。私もそれ以上の作戦は、立てられそうにないや。ここは、遥の作戦に乗っかるしかなさそうだ」

 と、優が納得した所で、私はついでとばかりにその事を告げた。

「それと、優」

「んん? 改まって何さ?」

「さっきは――私の為に怒ってくれてありがとう」

「……はっ? いや、別に、あんなのは当たり前の事と言うか、当然の事と言うか! とにかく、遥が改めてお礼を言う様な事じゃないよ!」

「……そう?」

 というか、今更ながらなんで優は私を前にするとこんなに態度が変わるのだろう? ナーシ様に対してはアレほど不機嫌に接するのに、私にはこんなにも気を使ってくれる。正直、ナーシ様にも優しく接して欲しいのだが、その反面、私は積極的にその事を言い出せずにいた。

 ……その理由は、よく分からない。本当に、私は自分の事になると理解できない事が多い。私はいま何を想い、何を感じているのだろう? それがどうにも掴めなくて、私の動揺は大きくなるばかりだ。私は一体、何をどうしたいのか?

「………」

 いや、不安と言えば、もう一つ不安な事がある。もし優が殺されかけたとしたら、私はあそこまで敵を憎む事が出来るだろうか? 優の様に激しく自分の感情を吐露する事が出来る?

 もしかしたら、私は優が殺された時でさえ、涙を流さないのでは? 五年前の家族の時の様に、全てを冷静に割り切ってしまう。

 私は、ソレが何より怖かった。優の為に、涙さえ流せない自分が、何より恐ろしい。

 そうは思いながらも、私は自分を誤魔化す様に別の事を口にする。

「……いえ、取り敢えず、今日は店じまいね。本当に疲れたから、宿に戻って眠る事にしましょう。お風呂は、明日の朝入ればいいわ」

 私が一人で納得していると、あろう事か、優は待ったをかけた。

「いや、遥、それは悪いけど無理。私達は今、命を狙われているんだよ? なら、二人そろって熟睡とかありえないから。これからはどちらか一人が警戒にあたって、もう一人はその間眠るという状態にしないと。ソレを交替でするという事にしないと、おちおち眠ってもいられないと思う」

「……え? ソレは、本気で言っている? 眠る事が唯一の楽しみとも言えるこの私に、そんな過酷な真似をしろと、優はそう言うの……?」

 心底から震撼しながら私が訊ねると、優は嬉々として断言する。

「死にたくないなら、そうするしかないね。本当、遥をここまで悲しませるなんて、その敵も罪な事をするよー」

「………」

 なら……楽しそうに言わないで欲しい。

 そう感じながらも、私は優の怒気が抜けた優しい声を聴いて――心底から安心していた。


     ◇


 これは――その数時間前の事。

 高い丘の上に立つ私は、フムと頷く。

 あの黄金の少女という予期せぬ障害を前にして、私は攻め方を変える事にした。

「オードルを連れて戻って、スレイブ。ここは、効率を優先しましょう」

 ソレを聴き、スレイブ・ギオンは不本意ながら撤退を余儀なくされる。オードル・モランを担いだ彼は一瞬で戦場から離脱し、主足る私のもとに戻る。

 ソレを確認してから、私は一笑した。

「やはり、なかなか思い通りにはならない物ね。敵もよくやる。まさか土壇場で手持ちの〝竜人〟を成体化させるなんて。これだから人間の底力は、見くびれない」

 心底からそう感じて、私はスレイブ達の到着を待つ。ソレは瞬く間に成されて、私は竜面で額を被う青年と合流した。

「お疲れ様、二人とも。と、オードルはまだ気を失っているのね。彼を一蹴するあたり中々の使い手みたいだけど、貴方はどう思った、スレイブ?」

 彼の感想は、以下の通り。

「さてな。確かに、かなりの使い手である事は確かだ。だが相当の使い手である為、実力を隠すのも上手い。正直、本気で戦えば、どこまで強くなるかは想像もつかん」

「へえ? 貴方にしては、絶賛とも言える感想ね。どうやら敵は、想像以上に戦力を増したようだわ。正直、あの〝竜人〟が成体化する前に、ひねりつぶしてば良かったと思える程に」

 因みに私の格好は――異形とも言える物だ。

 白い髪を背中に流した私は、くちばしが長い鳥の仮面を被っている。黒いスーツの上には着物を羽織っていて、どこかのヤクザの様でもあった。

 私は左手をズボンのポケットに入れながら、右手を自分の口元に持っていく。

「とにかく彼女について情報を集めましょう。彼女が登場する物語を見つけ、ソレを参考にして、彼女の攻略法を導き出す。スレイブは不満そうだけど、ソレが最も効率的なやり方だわ」

「かもな。俺が不満という点も含めて。だが、あの二人やあの金色の小娘がバカでなければ、やつ等も同じ真似をする筈。俺達が載っている漫画を見つけようと、躍起になるだろう。その時、お前と鉢合わせになる可能性も捨てきれんぞ?」

 スレイブ・ギオンの指摘を受け、私は一考する素振りを見せる。

「正解。恐らく彼女達は、そう動くでしょうね。私達だけじゃなく、他の成体化した竜人に対抗する為にも、情報収集は必須だから。でも、だからと言って私達も情報収集をやめる訳にはいかない。このカルファム大陸に最強のキャラが出ている二次元作品があるという噂がある以上、その二次元作品の探索は必須だから。つまり私達が不自由なく動けるのは、今日までという事。彼女達は恐らく青葉英少佐の所に向かい、私の情報を集めようとする筈。彼女達は、その作業だけで今日一日を潰す筈よ。なら、その間に私達は駒を進めるまで。あの二人が倒される日も近いわ――スレイブ」

 嬉々としながら、私は語る。この様子を見て、スレイブは眉をひそめたようだ。

「やはり、俺にはわからんな。お前が、あの二人をそこまで敵視する理由が。そもそも最強のキャラとやらを具現化して――お前は一体何をしようとしている?」

「んん? それは簡単よ。私はこの世界の為に――あの二人を倒したいだけ。もう何者にも害されない為に――最強のキャラを手に入れたいの。それ以後の事は、そのあと考えるわ」

「………」

 そう。私は世界を守る為に、楓優と帆戸花遥を殺すつもりだ。それが私の第一目標であり、絶対に成し遂げなければならない事だから。

 恐らく遥達が聞けば、意味が分からなくて困惑する事だろう。なぜ自分達の死が、世界の為に繋がるのか、優達には理解出来ないだろうから。

 これでは――立場が反対だ。遥達は、私こそが世界の敵だと思っている筈。だというのに、私は世界を守る為に優達は殺さなければならないと嘯く。

 だがその真相は、今は語る事なく私は話を進める。

「と言う訳で、まずは情報収集を続ける事にする。二人は、暫く休んでいていいわ」

 私が指を鳴らすと、スレイブとオードルの姿が消える。

 ただ、その後もスレイブの声が私の脳に響いた。

《全く理解不能な女だな。だが、だからこそ面白いとも言える。これから先も、精々俺を興じさせるといい――毛出鮎》

 毛出――鮎。

 そう呼ばれた私はもう一度微笑み――その場を後にしたのだ。


     ◇


 私こと毛出鮎が第一にした事は、変装だった。

 髪を茶色く染め、丸いサングラスをかけて、羽織っていた和服を鞄にしまう。私はその体のままある街へ繰り出し、情報収集を始める。この街で大破壊以前の漫画やアニメを取り扱っている店は無いか、訊いて回る。

 けれど、その作業は難航した。皆、口々に〝知らない〟と言って肩をすくめるばかりだ。

 そんな時、一人の男性が私の話を聞いて、首を傾げた。

「へえ? 過去の漫画やアニメの収集家かい、君は? まあ、こんなご時世だ。今じゃあロクに漫画を描いている人間も少ないし。娯楽を求めるなら、過去に遡るしかないのかもね」

「そうね。実に世知辛い話だわ。カルファム大陸と言えば、以前は二次元商法の大手だったのに、今はこれほどまでに衰退している。話によると大破壊以前は、最強のキャラと呼べる登場人物が出てくる二次元作品があったらしいじゃない? 私としては、ぜひその二次元作品を観てみたいのだけど、あなたは何か知らないかしら?」

「最強のキャラ?」

 二十代前半と思しき彼は、もう一度首を傾げて、私の言葉をオウム返しする。彼は実に気難しい顔つきで、こう答えた。

「それは、人によって意見が変わると思う。確かにバカみたいに強いキャラが出てくる漫画はあるけど、それは決して一つじゃない。多くの最強の形があって、解釈のしかたによっては、誰もが最強と言えなくもないから。例えば、星を消せるキャラが出てくる漫画があるとする。でも別の特殊能力を持ったキャラにソレだけのパワーがあれば、或いはその星殺しのキャラを超えるかもしれない。パワーと特殊能力は、別物だからね。パワーさえ補えれば、能力次第では最強になり得る事だってあるんだ」

「へえ? あなた、なかなか語れる人ね。もしかしてあなたの方こそ、漫画やアニメのコレクターだったりする?」

 スレイブではないが、興がのったので訊いてみる。

 線が細い彼は、眼鏡のズレを直すと、微笑した。

「竜人がいつ襲来してくるか分からないこのご時世に〝何を呑気な〟と言われそうだけど、実はそうなんだ。皆、生き残るのに必死だけど、僕としては娯楽以外生きる為の潤滑油は無いと思っている。マジな顔してこの手の話をすると、周囲にはドン引きされるんだけど、どうやら君は違うみたいだ。いや、今日はラッキーかも。この手の話に、ついてこられる人に出会えるなんて」

「そうね。今じゃ、そういう人は貴重かも。でもその反面、大破壊以前は、みな漫画やアニメに熱中したという話だわ。少しマイナーな漫画でも、アニメ化されれば人気に火がつく事も多かったとか。だと言うのに今じゃテレビは、竜人関係の話ばかりだものね。どこぞの好事家がネットで自主制作アニメを流しているけど、やっぱり限界はある。本物の娯楽を求めるなら、今は過去の作品を追い求めるしかない。そう痛感している私にとって今一番興味を惹かれるのが――どの作品のどのキャラが最強なのかという事なのよ」

 彼の様に朗々と語ると、彼は更に食いついた。

「そっかー。僕も大概だと思っていたけど、君も相当な物好きだね。戦時中にも等しいこの状況で、そんな事に興味を持つんだから。正直、正気を疑いたい位だよ。でも、その心意気は僕も見習いたい所かな。オタクとはかくあるべしと、君を称えたい位だ」

 と、少し話がずれてきた様だ。そう感じた私は、話を修正する事にする。

「で、あなたはそういう二次元作品に心当りはある? それとも、あなたがその二次元作品の所有者だったりするのかしら?」

 私が核心とも言える事を問い掛けると、全身黒ずくめの彼は両腕を組んだ。

「うーん。確かに僕は漫画やアニメやラノベのコレクターではあるけど、やっぱり誰が最強かは一概に言えないな。それは実際にその本やアニメを観た人の、主観に委ねられると思う。なので、初対面の女性にこんな事を言うのは躊躇われるんだけど、よければ僕の家に来る? 漫画やアニメが観たいなら、ヘタな本屋を探すよりその方が早いと思うんだけど?」

「成る程」

 彼が言っている事が本当なら、確かにその方が手っ取り早いもしれない。女子的には実に無防備な話かもしれないが、ここは彼の提案にのってみるのも手かも。

 そう感じた私は、笑顔でこう答える事にした。

「いいわ。せっかくのお誘いですもの。ぜひ、お招きにあずかろうじゃない。でも、いくら私が魅力的でも――ヘンな事をしちゃダメよ?」

 手がかりらしき物を得た私は――そのまま彼の後についていく事にしたのだ。


     ◇


「と、そう言えば、まだ名乗ってもいなかった。僕は、熱海正。君は?」

「私は、毛出鮎よ。変わった名字でしょう?」

 彼のアパートまで来て、彼がドアの鍵を開けている間に、そんなやり取りをする。熱海正と言う名の彼は、そのままドアを開けて私を部屋の中に招き入れる。

 アパートの二階にある其処は――確かに本棚に並べられた漫画やラノベやアニメのBDで一杯だった。

「これは驚いた。正直、ここまでの収集家とは思わなかったわ。これ、相当お金をつぎ込んでいるでしょう?」

「いや、マジでお恥ずかしい話さ。給料の三割は、この趣味で消えている。お蔭で同僚とランチにも行けず、一人寂しく会社の屋上で安物のハンバーガーを貪る日々を送っているよ」

 それもその筈か。私が見た所、漫画だけでも五百冊はありそうだ。ラノベは三百冊ほどあって、アニメのBDは、五十はくだらないだろう。どうやらラッキーだったのは私の方らしい。今日は収穫なしかと思っていたが、大逆転もいい所である。

「と、こういう事を訊くのは無粋だと思うけど、一応訊いておくわ。この中で一番高い漫画は幾らした?」

「本当に無粋な事を訊くな、君は。そうだね。一冊五十万円って漫画もあったかな。よく覚えていないけど」

「………」

 一冊五十万円か。大破壊以前は、一冊五百円位で漫画は買えた。そう思うと、本当に酷い時代になったものだ。彼の自説ではないが、娯楽が無ければ人は人生を楽しめない。手ごろな娯楽があるからこそ、人は人生と言う過酷な道を歩めるのだ。娯楽とはその苦しみを麻痺させる一種の麻薬だから。人は人生を歩む限り、娯楽と言う名の麻薬を手放せない筈だ。

 だが、その手軽であった二次元世界と言う娯楽は、今や希少な物になっている。価格は高騰して、今や富裕層か、よほどの変人しか手に入れられない物になっているのだ。

 その辺り、実に不条理だと思うのだが、他の人々はどう感じているのだろう? いっそ竜人の生体を公表して、漫画やアニメを私のもとに集めるのも手かもしれない。いや、そうするのが最も早道だと前から思っていたが、私はその手を使えずにいた。

「そうね。今、正体がバレるのは不味い」

 あの二人が私の動きを察知すれば間違いなく妨害してくる。敵の戦力が不確かである以上、今は下手な真似は出来ない。先ずはあの金色の少女を倒すのが先である。そうなればあの二人は無防備になって、倒すのが容易になる。できればその前に最強のキャラを手に入れたいが、あの少女の弱点を探る事も不可欠だ。最強のキャラは必ず入手するつもりだが、私はあの二人を倒す事を優先するべきだと思っていた。

「それが、世界を守る事にも繋がる。世界を守る為にも、私はあの二人を倒さなければならない。でも、イヤな話ではあるわ。世界を守る為とはいえ、年下の少女を二人も殺さなければならないんだから」

「んん? 何か言った、毛出さん?」

 熱海さんが、また首を傾げる。私は淡く微笑みながら、首を横に振った。

「いえ、何でもないわ。それより質問があるのだけど、熱海さんは赤い服を着た金髪の少女が出てくる二次元作品を知らない?」

「……赤い服を着た金髪の少女? うーん。どうだろう? 知っている事は知っているけど、それってけっこう数的に多いよ。赤い服に金髪って映えるから、多くの二次元作品に出てきているんだ。ゴールデン・エデンの主人公も、そんな感じだし」

「ああ、ゴールデン・エデンね。あの漫画の主人公では無いわ。もっとこう、凛々しい感じのキャラだから」

「はぁ。キャラは分かっているのに、作品は分からないんだ? なんというか、ソレは特殊なケースだね。わかった、いいよ。僕はお茶を淹れてくるから、毛出さんは好きに漫画やラノベを観ていて。気になるアニメがあったら、それも観ていいから」

「………」

 今更ながら良い人だな、熱海さんって。本当にこの良い人加減が、いつまでも続いてくれると助かるのだが。

 私は心底からそう思いながら、熱海さんの好意に甘える。今まで読んだ事が無い漫画を読み始め、最強のキャラとあの少女について調査した。

「――って、読むの早っ! それ、本当にちゃんと内容分かっているっ?」

 私の速読を見て、熱海さんがツッコミを入れる。私は普通に頷くしかない。

「ええ、ちゃんと読んでいるわ。この漫画の主人公が、ヒロインに刺されたのは五巻。それで間違いないでしょう?」

 今も漫画に目を向けながら、返答する。熱海さんはコーヒーが入ったカップを机に置くと、感嘆の声らしき物を上げた。

「本当に熱心だね。ぶっちゃけ、僕の周りには居なかったタイプの人間だ。このご時世で、ここまで漫画を愛している人は君位じゃないか?」

「いえ、熱海さんの情熱には負けるわ。私も結構漫画を読んできた口だけど、此処には読んだことがない漫画が沢山あるもの。あなたのコレクションは、私も一目置かざるを得ない。それに、あなたは一つ勘違いをしている。私は別に、漫画を愛している訳ではないわ。これは私の仕事みたいな物なの」

「はぁ。仕事ですか?」

 気の抜けた返事をする、熱海さん。私はというと、五分で二十冊のマンガを読み切り、眉を曇らせる。

「これでもない、か。本当に、彼女は何者? どれだけマイナーなキャラなのよ?」

 あの金色の少女に関する情報は、今の所ない。最強のキャラに関しても、今まで読んだ漫画に関しては論破する自信がある。ここをこうすればこのキャラは倒せると、言い切る事が出来るのだ。私が求めているのは、もっとこう、頭がおかしいとしか言いようがない設定のキャラである。狂人が想像力の限界を振り絞り、その結果、生まれた様なキャラを私は欲している。ハッキリ言ってそれ位のキャラでなければ、最強とは言えない。常識に囚われていては、限界は突破できないのだ。

 そう感じている私も相当の変人だが、私としてはこんな私をも超える作者の作品に出会いたい。そうする事が出来れば、私の目的はきっと果たされる筈だから。

 私がそう目論んでいると、熱海さんは思い出したかのように声をかけてくる。

「ああ、そう言えば、漫画と言っても正規に流通している漫画だけが漫画じゃないんだよ。世の中には、同人誌という物もあってね。そういった自主出版の漫画は僕も持っていないから、或いは君の眼鏡には適わないかも」

「同人誌?」

 そう言えば、聞いた事がある。いわゆる〝薄い本〟と言われるソレは、自分の好きな漫画を題材にした漫画だと言う。パロディやエロチックな物で彩られたソレは、オリジナルの漫画や小説もあったそうだ。

 私がソレを知ったのは子供の頃だったので、あまり詳しくはない。だが、そういった文化があるなら、私はそこまで手を広げる必要があった。

「と、コーヒー淹れたよ。まだ十分程しか経ってないけど、そろそろ一息入れたら?」

 熱海さんが朗らかに、声をかけてくる。私はフムと頷いた後、更に彼の好意に甘える事にした。

 机に置かれているコーヒーカップを手に取り、口へと運ぶ。コーヒーの苦さを味わいながら私はその黒い液体を飲み込む。ついで熱海さんは、パンをすすめてきた。

「今日はこのパンを買いに、街まで行ったんだ。評判の店だから、味は保証つきだよ、毛出さん」

「なんだか悪いわね。漫画を読ませてくれるだけじゃなく、ご馳走にまでなって。この恩は決して忘れないわ。何か困った事があるなら、言ってね。可能な限り、力になるから」

 私は呑気にパンをかじりながら、社交辞令を交わす。

 熱海さんはクスクス笑った後、こう言った。

「そっかー。なら、そろそろ――殺してもいいかな、毛出鮎さん?」

「………」

 途端、私は体の異変を感じ取る。

 呼吸が上手くできない自分の変調を痛感して、私は思わず彼を見た。

「……これは、まさか、毒? あなた、コーヒーに、毒を……?」

「そういう事だね。でも、正直驚いているよ。普通の人間なら、もうとっくにお陀仏の筈だから。さすがは――〝竜人使い〟だ。並みの人間とは、物が違う」

「……あなた、私の正体を、知っていた?」

 息も絶え絶えで、問い掛けると、彼は立ち上がる。

「ああ。実の所、その件に関しては五分五分だと思っていたけど、やはり君は〝竜人使い〟だった。ただのコレクターの可能性もあったけど、先手を打って正解だったよ。僕達も、君達の噂は知っている。あの純白の聖女が人類の為に用意した、切り札。僕達竜人とも互角に渡り合える、規格外の存在。それが君達――〝竜人使い〟だろ?」

「……僕達、竜人? そ、う。あなた、成体の竜人なの……?」

 息を細く、長く吐きながら、問い掛ける。彼は、両手を広げて公言した。

「うん。ただ僕は竜人の中でも変わり種だと思う。破壊を主な活動とする他の竜人とは違い、こうして人間社会に溶け込む事も出来るのだから。その長所を生かし、僕は成体化した竜人達が困らないよう、人が作った二次元作品を集める事にした。多くの人の目に留まらぬ様、そういったアイテムは僕が独占する様に図ってきたんだ。そうすれば、人類は成体の竜人の弱点を掴めなくなる。僕が二次元作品を占有すれば、僕達の弱点が分からなくなって、〝竜人使い〟達の不利は確定だ。実に――涙ぐましい努力と言えるだろ?」

「………」

 と、私は僅かな間沈黙してから、こう断言する。

「……でしょうね。なにせあなたは、自慢の種とも言える五十万円もする漫画の値段をうろ覚えだった。それは、あなたがその漫画を真っ当な方法で入手した訳ではない事を意味する。加えて、これだけの数のコレクションを揃えるには、莫大な資金が必要だった筈。けれど、その割には、あなたは若すぎる。とてもこれだけの数の二次元作品を、揃える資金を貯められるとは思えない。なら……どういう事か? あなたはこの二次元作品を買ったのではなく、竜人の力を使って奪ってきたのよ……」

「それも正解だ。僕の能力は、万引きするには便利でね。店の主人を殺して強奪するといらぬ注目を集めてしまうんで、穏便に事を進めさせてもらった。僕が殺した人間の数は、そう多くはないよ。幼体だった頃は五百万人ほど殺して、成体になってからは二百人ほどしか殺していない。人間社会に溶け込んでいる僕としては、不要な軋轢は生みたくないからね。人殺しはなるべく自重しているのさ。――でも、君は違う。〝竜人使い〟である君は、何としても今ここで殺しておかなければならない存在だ。この無駄口は、君に対する最後のはなむけだと思ってくれて構わない」

「………」

 と、そこまで彼が語った所で、私もよろよろと立ち上がる。そのまま私は、彼と対峙した。

「……そう。良い人だと思っていただけに、残念だわ。竜人を感知できない私では、あなたの擬態は見抜けなかった。いえ、私は少し油断しすぎていたのかも」

「へえ? まだ立ち上がる力が残っているんだ? いいだろう。ならば僕も慢心を捨てよう。ここは全力を以て、君をブチ殺す事にするよ――毛出鮎さん」

「……な、に?」

 その直後――私にとっての死神とも言える熱海正の能力は展開されたのだ。


     ◇


 残された最後の力を振り絞り、鮎は〝竜人〟を召喚しようとする。だが、その前に熱海正が動く。彼が鮎を凝視した途端、彼女はその異常を感知する。

(まさか、〝竜人〟を召喚出来ない――?)

 熱海正は、悠然と頷く。

「そう。これが僕の能力。いま僕は君の〝竜人〟を召喚する為の時間を――遅行させた」

 それは――時間の操作とも言える能力。

熱海正は鮎の意識の一部を時間的に減速させ、〝竜人〟を召喚する為の脳内処理を妨げているのだ。時間さえ操るその能力は――確かに破格と言えた。

「つまり、君はいま〝竜人〟を召喚出来ず、丸裸という事。僕も知っているよ。〝竜人使い〟と言っても、〝竜人〟を召喚できなければただの人間に等しいと。要するに君はもう、いつ僕に殺されてもおかしくない訳だ」

 事実――熱海正の拳が鮎の頬に決まる。鮎はそのまま吹き飛び、壁に背中を打ち付けた。それでもまだ立つ力が残っている鮎を見て、彼は嬉々としながら嘯く。

「と、殺すつもりで殴ったのだけど、割と頑丈だね。なら、こういうのはどうかな?」

 そして鮎は――息を呑む。熱海正の姿が、彼女の視界から消えたから。それだけの超速を以て彼は鮎へと接近し、そのまま膝蹴りを彼女の腹部にめり込ませる。続けて肘打ちを後頭部に叩き込み、ソレを食らった鮎は地面に叩きつけられた。

 正に、大人と子供の戦い。いや、これは竜と蟻が戦っているとも言える状況だ。

 それ程までに――両者の力量差は歴然としていた。

「そう。これが――時間の加速。僕は今――自分の脳内の処理速度と運動速度を加速させている。お蔭で君は――僕の姿を捉える事さえ出来ない。〝ヴァルドオブ・クレイブ〟。〝我は速く――他が物は遅く〟。これがある限り――何人も僕を傷付ける事は不可能だ」

 顎を蹴り上げられ、吹き飛ぶ鮎。

 それでもみじめに生き長らえている鮎を見て、熱海正はフムと頷く。

「成る程。どうやら人間に毛が生えた程度の攻撃力では、君を殺せない様だ。仕方がないな。あまり周囲の人達には迷惑をかけたくなかったのだけど、ここは竜人レベルのパワーを以て攻撃するしかない。そう。言っただろう? 最強の特殊能力に最強のパワーが加われば、それは正に最強のキャラだって。実に皮肉な話だよ。この僕こそが、君が求めていた――最強のキャラだったのだから」

 ならば、今度こそ詰みだ。拳の一撃で、地面に直系百メートル規模のクレーターをつくれる竜人の攻撃に鮎が耐えられる筈が無い。いや、鮎だけでなくどんな人間もソレは不可能と言える。しかも今の鮎の体は毒に蝕まれている。ソレを何とかしない限り、彼女に勝ち目は無い。

「と、その前に、最後に君に反撃のチャンスをあげよう。一発だけ殴る機会を君に与えてあげるよ。尤も僕は君の動きを減速させ、自分の動きを加速させてソレを回避するつもりだけど。つまり、君はどう足掻いても僕の動きにはついてこられず、ただサンドバックになるしかないという事。いや、苦しませるのもここまでにしよう。次の君の攻撃を僕が避けた時が最期だ。その時カウンターの一撃を食らわせて――僕は君を殺す事にする」

「………」

 どこまでも饒舌な熱海正。対して鮎はなんとか立ち上がりながらも、何も言葉を発しない。

 彼女は俯いたまま地面を眺め、今にも止まりそうな呼吸を整えるしかない。

 それもその筈か。

 熱海正の能力は、正しく機能している。鮎は今スレイブもオードルも召喚出来ない状態だ。言わば矛も盾も失った状況で、丸裸にされたにも等しいだろう。そして成体化した〝竜人〟を擁していようとも、その〝竜人使い〟の運動能力は人間を僅かに超える程度だ。

 そんな鮎に勝機がある筈もなく、彼女はただユックリと頭を上げる。

 鮎はただ、こう問うしかなかった。

「……本当に、一発攻撃しても、いいのね……?」

「ああ。当てられるか否かは、君次第だけどね」

 それだけ確認して、鮎は一歩踏み出す。その時、彼女の姿は一変する。サングラスが鳥の仮面に代り、彼女の髪は白くなって、スーツの上に着物を羽織る。

 ソレを見た時、彼はナニカがおかしいと感じた。

 ソレは現実となり――気が付けば熱海正の顔面には毛出鮎の拳がめり込んでいたのだ。

 人間とは思えないその一撃は、実際、熱海正の体を吹き飛ばし、部屋の壁を貫通させる。そのまま地面に激突し、彼は血反吐を吐く。

「……ゴフゥ! な、にぃっ? 何だ、このパワーはァ――っ?」

 が、鮎はその質問には答えず、全く別の事を口にする。

「荒川トリア。小説――奇天烈奇譚の登場人物。お喋りで理屈っぽい反面、人懐っこいという変わり種の殺人鬼。ただ彼の標的は、主に好意を抱いた人間に限る。能力は、時間の減速と加速。成る程。確かに原作そのものの、性格と能力だわ」

「――まさか、僕の事を、君は知っていた? だが……何故だ? 僕は今まで僕に関する痕跡は全て消してきた筈。今となっては僕の事が載っている小説なんて、微々たる物だ。君はソレを発見したとでも言うのか――?」

 が、鮎は更に意味不明な事を言い始める。

「ええ、この世界ではそうなのでしょうね。でも、私の世界では別なの。ここではない別の世界で――私はあなたの事を知った」

 自分が開けた穴を通って、地面におり立ち、鮎は彼へと近づく。

 ソレを見て、熱海正あらため荒川トリアはこう問うしかない。

「……何だ? 君は一体……何なんだ? ただの人間に、僕の術が敗れる筈が無い。ただの人間が、こんなパワーを誇っている筈が無い。一体、君は誰なんだ――っ?」

 彼女の答えは、決まっていた。

「その理由は、実に単純よ。私は単に――〝竜人〟と融合しているだけ。お蔭で攻撃を食らった竜人の能力なら――一時的に食らう事が出来る。自分の物にして――反撃する事も可能なの」

「……はっ?」

 尚も立ち上がれない荒川トリアは、ただ茫然とした声を上げる。

 彼は信じられないとばかりに、首を横に振った。

「――まさか、そんな事はありえない! 竜人と融合した人間、だってっ? そんな人間がいるとしたら、ソレこそ化物だ――っ!」

「お褒めに預かり、光栄だわ。化物に化物呼ばわりされる事ほど、痛快な話は無いから。でもこの程度で狼狽するあなたでは、とても最強のキャラとは言えない。あなたは決して私が追い求めている、最強キャラでは無い。そんなあなたに、最後のチャンスをあげましょう。実は今殺したい人間が二人ほど居てね。あなたがその二人を始末してくれるなら――見逃してあげてもいい」

「………」

 ソレは、鮎の本心からの提案だ。荒川トリアは本能的にそう感じながら、こう返答する。

「――ふざけるな。僕が殺す人間は、僕が認めた人間だけだ。他人に殺す人間を指図される事ほど――ムカつく事は無い」

 ついで――毛出鮎は心から微笑んだ。

「ええ。あなたなら――そう言うと思っていたわ。さすがは――誇り高き殺人鬼」

 同時に――鮎は荒川トリアの頭部を踏みつぶす。彼の頭部は棒で破壊されたスイカの様に砕け散り、やがてその体は粉々になっていく。ソレを確認した後、鮎は一笑した。

「本当に残念だわ。あなたが最後まで良い人を演じていたら――こんな事にはならなかったのに。だから言ったでしょう? いくら私が魅力的でも――ヘンな事はしちゃダメだって。でも私としては、全く悪い気はしない」

 寧ろ竜人を一体片づけた事で、彼女は更に高揚する。何とかその興奮を押さえながら、鮎は踵を返した。

 ついで、毒の効果を遅行させていた彼女は、嘔吐して毒を全て吐き出す。

 毒の効果の――遅行。

 それこそが――鮎が活力を取り戻した理由だった。

「さて、二次元作品の観賞を続けましょうか。と、全部観終わったら、この部屋は焼却処分しておかないと。あの二人がこの部屋に辿り着く様な事があっては、困るもの」

 大それた事を事もなく告げ鮎は有言を実行する。数時間かけて全ての漫画やラノベを読み、アニメのBDを回収した鮎は、そのアパートを放火する。

 貴重とも言える二次元アイテムを灰に変え、彼女はその場を後にした。

「けど、結局ここでも、最強のキャラやあの少女の情報は得られなかった。さてはて、どうしたものかしらね? やはり今度は――彼が言う所の同人誌集めに専念するべきかな?」

 背後には、燃え盛るアパートがある。

 ソレに背を向けながら――成体の竜人さえも殺せる人間の少女は歩を進めたのだ。


     4


 で、私は思わず絶句した。

「よお――優。随分と間が抜けた顔をしているが、どうかしたか?」

 何故なら、私の目の前にはいま金髪のあいつがいて、普通に話しかけてきたから。私は速攻で夢だと判断して、自分の頬に拳を叩きつける。

 実際、ソレは夢だった。

 何しろ強かに殴打された私の頬は、全く痛みを感じていないのだから。それは正しく、これが夢である事を物語っている。

 その反面、私はなぜかこの金髪の少女が幻のように思えない。私の勘が確かなら、彼女は実際にココにいる。現に、やつは悠然と語った。

「おい、おい、いくら夢の中とはいえ、女子が気安く自分の顔面を殴るもんじゃないぜ。やるなら腹だ。仮に現実世界で誰かを殴る様な事態になっても、取り敢えず腹を殴っておけ。そうすれば、証拠は残りにくくなるから。それと、私は優の夢の中の存在じゃないぜ。私は今お前の脳にアクセスして、頭の中に直接話しかけている所だ」

「………」

 つまり私の脳は、今こいつに乗っ取られているという事? 電波ジャックならぬ、脳味噌ジャックされた状態だと言うのか? だとしたら、最悪以外の何物でもない。

「おい、おまえ、なにを平然ととんでもない事をほざいてやがる。そういうのを、人権侵害って言うんだ。気安く人様の脳味噌にお邪魔するじゃない。いいから、出ていけ。そして私が呼び出すまで、二度と私の前に現れるな」

 我ながら言いすぎではと思いながらも、ついそんな事を口にする。しかし、例によって不遜の塊であるやつは、気にした風でも無い。

「おやおや。やっと何時もの気概を取り戻したな、優は。それでこそ、私の優だ。優はそうでなくてはならない。その調子で思う存分、私を罵倒するがいい」

「………」

 何だ、こいつ? ドSかと思ったが、実はドMなのか? 私に罵倒されたいとか、ハイレベルすぎて常識人である私ではとてもついていけない。

「……どんなレベルの、最強キャラだ? 罵倒されても喜ぶだけって、どんなレベルの最強キャラだ? 私はどうすれば、おまえにダメージを与えられるんだよ?」

 こいつを追いだす手が、全く思いつかない。いや、ここは発想を逆転させ、いっそ褒め称えれば、或いはダメージを与えられるか?

 けれど、私はどうしてもこいつを褒める気になれずにいた。

「わかった。なら、用件を聴こう。おまえがこの場に現れた理由は、何だ? もちろん用があって、私の前の現れたんだよな、おまえ?」

 私としてはそう確信していたのだが、やつは逆に問うてくる。

「いや、それより優達の方こそ、私に訊きたい事があるのではないか? 余りに色々ありすぎて、一番重要な事を私に訊いていないだろう? そう思った私は、こうして気を利かせ、わざわざ優のもとまで出向いてやったという訳だ。光栄に思うがいい」

「………」

 こいつを生みだした作者は、一体どんな思惑からこんな性格にしたのだろう? この無駄に偉そうで、恩着せがましい態度に、私は眉根を寄せる。そこまで考えた所で、私には閃く物があった。

「作者? そうだ。そういえばおまえも成体の〝竜人〟なんだから、何かの二次元作品に載っていた登場キャラなんだよな? それはどんな作品で、おまえはどんな能力を持っている?」 

 本当に、やつの言う通りだ。私と遥は大事な事を問い質すのを、失念していた。私達はまだこやつが誰なのかさえ、確認していなかったのだから。それは自分達の戦力が、どれ程の物か知る事を忘れていたという事。これほど迂闊な事も、他に無い。

 余り興味はないが、やつの事を知る為にも、私はやつが載っている作品を観る必要がある。やつの行動原理やその戦術が載っている作品を観れば、私達の戦い方の幅も広がる筈だから。これぞ正に〝自分を知り、敵を知れば百戦しても危うからず〟である。いや、やつは完全な敵という訳では無いのだが。

 そして、やつの答えはこうだった。

「――知らん。寧ろ――私が訊きたい位だ」

「……え? 今、何て?」

 やつのつまらないギャグだと思って、訊き直す。けど、やつの答えは変わらない。

「だから私は、自分の出自を知らないと言った。どんな作品に載っていて、どんな登場人物だったのか、さっぱり分からん。私が知っているのは――自分の能力だけ」

「………」

 これほど頼もしい返答も、他に無かった。

 私はそれを聴いた時、実に誇らしい気持ちになったものだ。

「――なわけあるか! 自分の事が全く分からない? 一個人が知り得ていないといけない最低限の事を、おまえは把握していないと言うのか……? 要するに、おまえは自分の名前や両親の名前くらいは知っている筈の幼児以下の存在? ……それでその偉そうな態度とかありえないぞ、実際」

 記憶喪失の人間がここまで尊大とか、どんな方向性のギャグだ?

「いや、だが、事実だ。私は私の事がよく分からない。自分のアイデンティティという物が完全に欠落している。私のこの性格も、私の能力に関連しているからこうしているにすぎない。それが無ければ、私は実に謙虚な性格だと思っている。事実、私は何時だって優のケツを舐めて、自分の忠誠心を証明したと思っている位だ」

「………」

 なんか、今、こいつ、とんでもなく不穏当な事を口走らなかったか? お蔭で私の背筋には悪寒が走るのだが、私は敢えてソレを無視して話を続ける。

「……えっと、つまり、話を纏めるとおまえは本当に自分が誰だか知らないんだな? なら、その原因は? 思いつく限りでいいから、原因を言ってみろ」

 我ながら面白味のない、常識に沿った質問だが、私としてはそう問い掛けるしかない。これを、やつがどう感じたかは知らない。ただ、やつは普通に私に応じてくる。

「恐らくだが、考えられる可能性は二つある。一つは、成体化して竜人の生体情報をダウロードした時、私のデータが上書きされてしまったケース。何かの手違いで私のデータは竜人に関する情報で上書きされてしまい、消滅した。そうだとしたら、わりかし不味い」

「……データを上書き? 上書きって、アレだよな? データを削除するより、不味いんだよな? 削除なら復元できる可能性もあるけど、上書きは完全な消滅を意味している。なら、おまえの記憶は二度と戻らないって事か……?」

 私が息を呑むと、やつは首を傾げて腕を組んだ。

「仮にそうなら、そうだろう。優が感じている通り、上書きされたデータは復元不可能だ。もしそうなら私は自分の事を何一つ知らないまま、戦い続ける事になる。私は全力を出せないまま、強敵達と拳を交えなければならない」

「全力を出せないまま? それって、おまえの力にはまだ上があるって事か? その力は、記憶が無い状態では、発揮できない?」

 半信半疑で質問すると、やつは嬉々として頷く。

「当然だ。優は、私を誰だと思っている? 私の力は、まだまだこんな物では無い筈だ。私はナーシ・ナーシェなんだぞ。敵がどんなに強くても、私は絶対にそれを越えてみせる」

「………」

 何かの漫画のパクリみたいな台詞を、やつは言いだす。というか、誰だと思っているって、それが分からないから私達は困っているんだろうが。

「……頭痛の種が、また一つ増えた心持だ。私と遥はこれから万全じゃない〝竜人〟を使役して、戦い続けなくちゃならないのか。それってさあ、おまえが載っている作品を見つけて、それをおまえが観ても駄目なの?」

 が、やつは急に話題を変え、不意打ち気味に私の意識に亀裂を生じさせる。

「そう。そういえば、その遥だ。優は――遥の事が好きなのだろう?」

「………」

 というか、呼吸が止まった。言葉を失い、動揺する事しか出来ない。それでも私は誤魔化しの言葉を紡ぐしかない。

「ああ、ライクという意味で好きだよ。私としては、あの性格の遥にあそこまでつきあえる人間は、私だけだと自負している」

「いや、そうではなく――性的な意味で優は遥を好きなのだろ?」

「………」

 なんだ、こいつ? 私の何を見抜いているって言うんだよぉ、こいつぅ?

「待て。ちょっと冷静になろうか、おまえ」

「いや、ソレは私の台詞だ。明らかにいま小便漏らしそうだろ、お前」

「――そこまで酷くないわぁ! 確かに泣きそうな気分だけど、私はそこまで精神的に追い詰められてはいないぃ!」

 私が顔を真っ赤にしながら怒鳴ると、やつは鼻で笑う。

「馬脚を現したな。その反応から察するに、やはり優は遥が好きなのか。これはとんだトライアングルラブもあったものだ」

「……え? トライアングルラブ? それは一体、誰の歌のタイトル?」

 私が惚けると、私が心のどこかで感じていたその事を、やつは明確に言語化する。

「いや、だって私は優を性的な意味で愛していて、優は遥を性的な意味で愛していて、遥は私を性的な意味で愛しているじゃないか。それってつまり、立派な三角関係って事だろ?」

「………」

 遥はこいつを性的な意味で、愛している。そう聴いた時、私の感情はまた爆発した。

「……なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、何を根拠にそんな事を言っているんだ、この金髪バカはっ? 遥が――おまえを性的な意味で愛しているっ? そんな事、ある筈ないだろうが――っ!」

「ほう。では、逆に訊こう。ある筈が無いと言い切る、その根拠は何だ? 何を以て、帆戸花遥は私を愛していないと言い切れる?」

「………」

 私は当然の様に反論しようとするが、その時、やつと出会った時の遥の反応を思い出してしまう。今まで見た事が無い遥のこいつに対する接し方を想起して、上手く言葉が出てこない。

 薄々勘付いてはいたが―――やはりそうなのか―――?

「そういう事だ。私の見立てでは、既に遥は私のケツを舐めたいと思っている位、私にゾッコンだ」

「――うるせえぇええええっ! それは絶対ウソだっ! まだそこまででは無い筈だ! いま的確な手術をすれば――遥の命はきっと助かるっ!」

「……遥は何かの病気を患って、死にそうなのか? いや、恋は病とも言うしな。あながち的外れな例えでもないか」

 嬉々として、やつは応戦してくる。私は呼吸を整えながら、何とか混乱する自分を正そうと努力した。いや、混乱したまま、私は自分でも無意味な事を言ってしまう。

「仮に千歩譲ってそうだとして――だから何だ? 自慢か? 自慢なのか? 私が惚れさせたい遥を、自分は惚れさせていますよっていう自慢なのか?」

「いや、どうだろうな? 私としては取り敢えず、私達の人間関係を整理したかっただけだ。如何に私達の関係に救いがないか、誰かに知って欲しかっただけ。いや、これは本当に誰も報われない。私が恋する優は遥に恋をしていて、優が恋する遥は私に恋をしているのだから。これ以上複雑な恋愛事情が、どこにある? まあ、それでも私としては身を引く気はないが。要は私が優を惚れさせてしまえば、全ては決着する。遥は私を諦めるしか無く、優は私に乗り換え幸せになる。これ以上のハッピーエンドが、どこにある?」

「――私にとってソレは、ただの悪夢だよ! 私は遥以外のやつとつき合う気なんて、全く無いんだから! その対象がおまえなら、尚更だ!」

 私が断言すると、初めてやつは眉をひそめた。

「んん? それは一体何故? 遥が好きだという事は、優も百合属性なのだろ? なら同じ女である私なら、まだ勝機はあると思うが?」

「――断じて違う! 私は――遥だから好きなんだ! 遥以外の女には全く興味は無い! 勘違いするな。私は断じて……百合では無い!」

 いや、男にも全く興味は無いんだけど。そう言った意味では、私は遥一筋と言えた。

「ますます、病的な感情だ。一人の人間を、そこまで一途に愛するか。一体遥のどこが、お前をそこまで狂わせているんだろうな?」

 もう一度首を傾げながら、やつは訊ねてくる。遥のどこが、私を魅了させている? そんな事は、言うまでも無いだろう。ソレを口にしようとした瞬間、今まで暗闇に包まれていた私の世界に光が差す。

 誰かが私を呼んでいると気付いた時には――私の意識は完全に覚醒していた。


     ◇


「優? 起きて、優?」

 場所は、ある旅館の一室。携帯のベルが鳴ったので、時刻は午前二時の筈。

 私が優の名前を呼びながら彼女の肩を揺らすと、寝起きが良い優はアッサリ目を覚ましたらしい。気配から察するに、何故か彼女は飛び起きたようだ。

「……は、遥! 遥!」

 何故か優が、縋る様に私に抱きついてくる。

 実に意味不明な反応だが、私はただ文句を口にするしかない。

「全く優は私がこんな時間まで起きているのに、よくグーグーいびきをかいて眠れるわね? 私が何度その寝顔に蹴りを入れてやりたいと思ったか、貴女は本当に分かっているの?」

「……良かった! 何時もの遥だ! 眠る事を許されないとき、遥は何時だって毒を吐いてきた! そんな遥を見て、私は心底から安心したよ!」

「……え、それってどういう意味? そういえば、酷くうなされていた様だけど、何か悪い夢でも見たの?」

 意味が分からなくて思わず訊いてみると、優は私から離れて沈黙してしまう。彼女の挙動不審は、次の瞬間極まった。

「……ねえ、遥。遥は誰かのお尻を舐めたいと思う程――誰かの事を愛した事がある?」

「………」

 一体何を言っているのだ、優は? これ、朝の私の言動よりよほど酷いぞ? 遂に気が狂って、これから切腹するから私に介錯を願い出ているのだろうか? 遠回しにそうしろと、彼女は私に要求している? そうとしか思えないほど、彼女の言動は意味不明だった。

「優、大丈夫? 様子が変よ? 一体どんな愉快な悪夢を、見たって言うの?」

「いや、断じて愉快ではない。アレは、超弩級の悪夢だ。言語を絶する、悪夢だ。私達はこれから、一体どうなってしまうというのか!」

「………」

 ますます、意味不明である。そうは思いつつも、私は優に偏見を抱かれるのを恐れて、先の質問の答えを口にする。

「お尻の件だけど、ないわ。勿論、ないわ。当然、ないわ。そんな事、弟にだってさせるものですか」

「……えっ? やっぱりそうだよね! よかった! そうだ。そんな訳がない。そんな事ある筈がないんだ!」

「………」

 何だろう? 今夜の優は、面白おかしすぎる。惰眠を貪っている間に、脳を毒電波でやれたのだろうか? 今日から寝る時は、頭にサランラップを巻かないと駄目か?

「優、絶対なにかあったでしょう? いいから、話して。優がそんなだと、私もおちおち毒さえ吐けないわ」

「……いや、遥が毒を吐かないなら、それはそれで助かるのだけど」

 と、前置きを入れた所で、優は今度こそ何があったのか説明する。

「実は――夢の中であいつに会った」

「あいつ? あいつって、もしかしてナーシ様の事? 私達と契約しているあの方は、その繋がりを通じて優にアクセスしてきたと言うの?」

 私が首を傾げると、優は何故か〝げ!〟という声を上げた。

「……やっぱり遥は、察しが良いね。正しく、その通りさ。やつは私の夢の中に無断侵入して暴威を振い、散々私の心を傷付けて、死ぬ寸前まで追い詰めてきたんだ。多分、遥があと一分私を起こすのが遅れていたら、私は自ら命を断っていたと思う」

「………」

 何だ? ナーシ様は一体、優に何をした? その答え次第では、例え相手がナーシ様でも勘弁できない。

「……いや、違う。その話は、いいんだ。それより、やつは重要な事を言っていた」

 途端、優は声色を変え、真面目な話をしだす。今まで小便を漏らしそうな精神状態としか思えなかった優は気持ちを切り替え、話題も変えた。

 なんでも優は夢の中でナーシ様がどんな漫画に載っていて、どんなキャラだったか訊ねたらしい。その答えが如何に最悪な物だったか、優は淡々と説明する。全てを聴き終え、私は眉間に皺を寄せながら頷く。

「成る程。要するにナーシ様が分かるのは自分の能力だけ、という事ね。それ以外は全くの謎と言う訳、か。厄介と言えば、厄介な話だわ」

 だとしたら、私としては疑問が残るのだが、実に些細な事なので今はスルーする。私は全く別の事を、優に提案した。

「ねえ、優。私、考えてみたのだけど、いっそ竜人の生体を世間に公表するのも手かも。そうして有志を募り、その人達に二次元作品を提供してもらう。そうすれば私達は手間をかけずに二次元作品を集める事が出来るんじゃないかしら?」

「――おお! 言われてみれば、その手があったか! 確かに遥の言う通りだ。この大陸にある各国の首脳陣と会談して竜人の正体を説明する。政府の協力のもとメディアを使って、人々に呼びかけて、二次元作品を提供してもらう。そうすれば、私達は苦も無く情報収集が出来る訳か」

「そういう事よ。ただ、一つ疑問が残るのよね。なぜ敵は、この手を使わないのかしら? 世界の敵である事を隠して政府を騙し、二次元作品を集めさせる事も出来た筈。なのに、敵はまだその手を使った形跡が無い。……もしかして、敵は私達に妨害される事を恐れた? ナーシ様の力が未知だから、ソレが敵に対する抑止力になっている?」

 私が自問自答すると、優は尖った声を上げる。

「かもね。実に面白くない話だけど、あいつは敵の〝竜人〟をあっさり倒した実績がある。敵がその事を脅威に感じているなら、先ずはやつが載っている作品を探して情報収集する筈。やつの事を全て知り、弱点を掴んだ上で、次はしかけてくるかもしれない。だとしたらかなり不味いよ、遥」

「………」

 優の言う通りである。私達が今最も懸念するべき事は、ナーシ様の情報を敵に知られる事。逆に私達が、オードル達の情報を何も掴めない事である。

「そういえば、遥は敵の〝竜人〟を見た事があるって言っていたけど、それはホント? 仮にそうなら、遥はやつらが何者なのか知っている?」

「んー、どうかしら? 実は私、弟の部屋に無断で入る癖があってね」

 私がそう告白すると、案の定、優はツッコミを入れてくる。

「それは癖では無く、明らかに悪意ある行動だ。家族と言っても、プライバシーがある事は決して忘れるな」

「いえ、その時、何かの漫画であの二人を見た気がするのよ。もう五年以上前の事だから、うろ覚えなのだけど。というか、姿以外は完全に忘れている」

 その時、優は何かに気付いた様に、手を叩く。

「そっか。そう言えば前に遥、言っていたもんね。自分はあの大襲来の時、頭を打って、記憶の一部が曖昧になったって。それって、まだ治っていなかったんだ?」

「そういう事よ。記憶に欠落がある私は、あの二人の事をよく思い出せない。その能力さえ、分からないままだわ。ソレを知るには、先のプランを一刻も早く実行するしかないと思う」

 だが、私には更なる懸念があった。もし私が敵の立場なら、あの二人が載っている作品は間違いなく探し出して消去する。手がかりは一切残さず、何の痕跡も残さない。ネットによる情報網は大破壊でほぼ壊滅状態にある為、ネットを使い過去の情報を調べる事はほぼ不可能だ。だとしたら、私達はまたも後手に回った事になる。

「……手強いわね。まだ会った事さえ無いけど、敵は中々の切れ者だと思う。或いは、私達の想像を超える奥の手さえ持っていると感じられる程に」

 些か深読みしすぎだろうか? だが、私は何故かそう確信していて、まだ見ぬ敵に脅威を感じている。何かが不味いと、そんな直感が胸裏を埋めていた。

「わかった。じゃあ、朝になったら早速行動を開始しよう。今度は私が見張り番をしているから、遥は早く休んで」

 そこまで優が言ってから、私は当然とばかりに質問する。

「ねえ、優は私が何より睡眠を愛している事を、理解している筈でしょう? 仮に睡眠という概念が擬人化したら、それこそお尻を舐めさせてもいい位だわ。そんな私に午後九時から午前二時まで眠らずに見張り番をさせるとか、実に友達甲斐が無いと思わない?」

 が、優は一切動じることなく、言い切る。

「いや、私も遥を休ませてあげたいけど、その所為で私が寝不足になったら不味いでしょう? ソレが原因で何らかのミスを犯したら、取り返しがつかないじゃない? 言うなれば私は遥の為を思って、こうして先に休ませてもらったんだよ。全てはジャンケンで負けた、遥の所為と言って良い」

「………」

 仮に私が優の上司なら、この時点で北国の地方に飛ばしている。その程度の暴言ではあったぞ、今のは。忘れはしない。今の暴言は決して忘れないから、優。

「いえ、無駄口はここまでにしましょう。じゃあ私は休ませてもらうけど後はお願いね、優」

 そうして私は床に就き、漸く眠りについたのだが、朝は間もなくやってきた。

「遥? 起きて、遥?」

「………」

 ぶっちゃけ、全く寝た気がしない。今が七時だとすると、私は五時間しか寝ていない事になる。これは誰かのどてっぱらに何度も何度も蹴りを入れ、ウサを晴らさなければ気が済まないレベルの状況だ。私はそれ位、睡眠という物を愛していた。

「というかやってられるか――! 何でこの私が五時間しか眠れないのよっ? 誰? これは一体誰の所為なのっ? 責任者――いいから出てこい!」

「……何時にも増してはっちゃけているね、遥は。ほら、隣室の人達に迷惑だから、せめて大声は押さえて」

「………」

 相変わらず、優は常識人である。そんな優に何度も助けられている私は、だから彼女の要求に従うしかない。

「……分かったわよ。確かに今のは私が悪かった。私って気が高ぶると、後先が見えなくなる時があるのよね。気が付いたら、何故か私の部屋で弟が倒れている事が何度かあったわ」

「――何があったっ? 遥は弟に何をしたっ? というか、翔も本当に酷い姉を持った物だな!」

 翔というのは、私の弟の名である。え? ちょっと待って。私、そんなに非難される様な事をした? 弟って、姉のサンドバックにされる為に生まれてきたんじゃないの?

「――ふざけるな! 弟を、血が繋がった姉弟を何だと思っているんだ、遥はっ? ぶっちゃけ今の発言の主が遥でなければ、私は疾うにそいつを見放している!」

「………」

 相変わらず私には甘いな、優は。

 その甘さが命取りになる事を、彼女はまだ知る由も無かったのだ。

「――だからふざけたナレーションを入れるのは止めろ! 朝の遥は余りにキャラが違いすぎて、偶に昼間の遥とホントに同一人物なのか分からなくなるわ!」

「いえ、ソレはともかく」

「いや、ともかくではなく」

 そう反論する優に、私は遠慮なく注文する。

「どうでもいいけど、そろそろ朝食を運んできて貰えるかしら? 私、そろそろお腹を満たして、少しでも満足したいから」

「……今思ったんだけど、私って結局遥のパシリだよね?」

 最後に優の方が毒を吐いて――彼女はこの部屋を後にした。


 で、朝食をとり終わった後、私達は夜話し合った通り行動する。国のお偉いさんに会う為、アポなしで国会議事堂に向かおうとする。それには、避けては通れない道があった。

「そうね。私達が何者か知ってもらう為にも、ここはナーシ様の力添えが不可欠だわ。私達はナーシ様の力をお偉い方々に見せつけ、私達が何者か知ってもらう必要がある。と言う訳で優には悪いけど、ナーシ様を召喚してもらえるかしら?」

「……やっぱりそうなるか。だよなー。口で説明しただけで分かってもらえるほど、世の中甘くは無い。ここは視覚的根拠を以て、お偉いさん達を納得させる他ないか。でも、やだなー。私、できるなら、あいつの顔は二度と見たくないんだよ」

「………」

 一体何があった、優? 私としてはそう疑問を抱くばかりなのだが、今は訊かないでおく。事態は一刻を争うので、無駄口は避け、私は優の肩を叩きアクションを促す。

 優は何度か躊躇った様だが、結局私の背に手を付け、件の呪文を詠唱した。

「起きろ――〝竜人〟。私達の世界を――守る為に」

 ついで私の目は開き、ナーシ様が姿を現す。彼女は何故か、勇ましく哄笑を上げた。

「アハハハハハハ! 呼ばれて飛び出て――大登場! 私こそが――かのナーシ・ナーシェ様だ!」

「………」

 優が、意図のわからない沈黙を見せる。今の彼女の精神状態は、長年コンビを組んでいる私でさえ読み取れない。

「黙れ。無駄に笑うな。こっちは、文字通り命懸けでおまえを召喚してやっているんだ。その重みを、少しは認識しろ」

 相変わらず優は、ナーシ様には容赦がない。それとも夜の一件とやらが、ますます優の心を頑なにしているのだろうか? 私が知る限り、優は命の恩人に対して、こんな粗相をするような子では無い筈なのだが。

 いや、ナーシ様もナーシ様で、いくら優が暴言を吐こうが一向に気にしない。

「アハハハハ。そうだったな。アハハハハ。優は私を召喚している時間分だけ、寿命が減るんだった、アハハハハ」

「………」

 どうもナーシ様は優を気に入っている節があるのだが、その割には態度が軽すぎる。軽いと言えば、私には一つ彼女に言いたい事があった。

「ナーシ様? ナーシ様は、優の夢に出てきたらしですけど、何で私の夢には出てこなかったんです? 優の夢には出てきたのに、私の夢には出てこないとか、私に何か文句であるんですか? 私はナーシ様にとって、そんなに軽い存在なの?」

「………」

 するとナーシ様は沈黙し、それから言い訳を始める。

「……いや、落ち着こう、遥よ。そうおっかない声を出すな。それは、アレだ。優に大体伝えたい事は伝えたので、それでもう良いかなと思っただけだ。というか、遥達は時間を惜しんでいるのだろう? なら、無駄口は極力避け、さっさと本題に入ろうではないか」

「………」

 そう言われてしまったら、私もこれ以上は追及出来ない。私はさっそく本日のプランを、ナーシ様に説明する。 

 だが、私達は未だに気付かなかった。

 余りにも唐突で、どこまでも予想外の事が――私達の眼前に迫っている事に。

 そして――事態は動き出す。


     ◇


 どうやら成体の〝竜人〟は、幼体の〝竜人〟に退行できるらしい。そのため遥と共に私は竜の姿になったやつの背に乗って、国会議事堂を目指す。赤い竜は空を切って空を突き進み、その間、遥は思い出した様にその質問を口にした。

「そういえば、優は漫画とかあまり読まないのよね?」

「だねー。遥も知る通り私は完全なアウトドア系だから、野山を駆け巡って大自然をエンジョイしていた。家に帰った後はもうクタクタでさっさと寝ていたから、あんまり漫画とかは詳しくないんだよ」

 因みに、遥もそんな私につき合って、子供の頃はよく外で遊んだものだ。

 川で釣りをしたり、山で小動物を捕まえたり、あの頃の私達は正に野生児だった。

「と言う訳で二次元関係の事は、私は全くの戦力外。私が力になれるとしたら、これから先という事になるね」

「そうね。普段の私は目が見えないから、必然的に情報収集は優に担当してもらう事になる。今日から優は、立派なオタクになってもらわないと」

「………」

 アウトドア系から、インドア系に転向か。でもなー、私、家にこもって作業するのって苦手なんだよなー。世界がこうなる前は、毎朝、十キロは走っていた位だし。

「とにかく、なるべく強いキャラが出ていそうな二次元作品を観る事にしましょう。超能力ものとか、怪獣が出てくる作品とかそういうのが良いと思う。世界の崩壊を望む竜人達は、恐らくそういう強いキャラに変化したがっている筈だから」

 尤もな意見だ。遥の言う通り、手っ取り早く世界を滅ぼす為、敵は強さを求めている。強力なパワーや能力を得るのが、敵の第一目標だろう。なら、そういったキャラの特性や弱点を調べるのが、私達がするべき事と言って良い。

 それさえ分かってしまえば、戦闘になっても私達は優位に戦況を進められる筈。例え成体の竜人が相手でも、臆する事なく戦う事が出来るだろう。

 私がそう感じている間に、私達は国会議事堂に到着する。私達をおろしたやつは再び人の姿になって、軽口を叩く。

「どうだ。私のお蔭で、実に快適な旅だっただろう? 遠慮はいらぬぞ。忌憚なくこの私を褒め称え、ひれ伏すがいい」

「……一々うるさいなー。いいから少し黙っていろ。これから会うのは、おまえと違ってホントに偉い人達なんだ。自称偉い人じゃなく、社会的に見ても偉い人達なんだ。でも、おまえは明らかに無礼な口を叩きそうだから、暫く喋るな」

 私がそう注文すると、あろう事かやつは事もなく頷く。

「分かった。優がそう言うなら、そうしよう。要するに私は、その連中に対して私の力を見せつければいいのだろう? なら、その時になったら言ってくれ。思う存分そいつらに、恐怖の時間を与えてやるから」

「………」

 こいつ、一体何をする気だ? なんにして、先手を打って正解だった。私が事前にこう言っていなければ、或いはとんでもない事になっていたかも。そう直感する中、遥が徐に頷く。

「では行きましょう、二人とも。もしかしたら、かなり無礼な真似をする事になるけど、そこら辺は仕方ないわね。何せ――世界の為なのだから」

「………」

 どこまでも不穏な事を言いながら――遥は行動を開始した。


             優と遥の二人の彼方・前編・了


 いえ、本当になんでこんなミスをしたのかと、恥じ入るばかりです。

 誠に申し訳ありませんでした。

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