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ヴェルパス・サーガ  作者: マカロニサラダ
18/20

外れ話Ⅳ・外れの外れ

 という訳で、一先ず最後の作品を投稿する事になりました。

 二十六ページのギャグ小説です。

 キャラクターやこれまでのあらすじ等の説明はありませんが、頭をからっぽにして楽しんでいただければ幸いです。

     外れ話Ⅳ・外れの外れ


 或る日、お麓様に呼び出された私は、開口一番、こう誘われた。


「バソリン。今日から貴女は――『ともかくアソコへダイブ☆良美ちゃん』の原作者ね」

「…………………」


 否。誘いという過程をスッ飛ばし、彼女は私にソレを強要した。

 無論、私の答えは決まっている。


「――目覚めよっ! 我が体内で深き眠りにある無職のケモノ〝ぺるぽん661〟よ! その微妙なスガタを我が目の前に居るボンクラに示し、激しく後悔させるのだ!」


 何せ、『ともかくアソコへダイブ☆良美ちゃん』とは、男性向け成人劇画だからね。

 聖人向けならまだ救いがあるが、成人向けという時点で、既に詰んでいる。

 今年十八歳になるこの眼鏡美少女に何を頼んでいるんだと、疑問に思うばかりだ。


「……あー! 分かった、分かった! 詳しく説明するから先ずは落ち着こう! 謎の電波と会話しながら躰を変形させるなんて奇蹟を起こすのは止めようねっ? 何だか非道く不吉な予感がするから!」

「……ええ。それもコレもお麓様が全処女の代表選手である私を、しつこく穢そうとするからです。何ゆえ、私が成人劇画の原作者にならなければならない? 一体貴女は、この可憐な眼鏡乙女を何だと思っているんですか……?」


 この冗長な問い掛けに、お麓様は何時もの落ち着きを取り戻して返答した。


「いえ、それはバソリンの勘違いよ。確かに『ともかくアソコへダイブ☆良美ちゃん』は、成年雑誌向けに連載されていた劇画だった。でも、この度、人気御礼という事で何と――少年雑誌に移行連載される事が決まったの!」

「……成年劇画を少年劇画誌、に? あの、それはつまり……少年誌で成年誌の内容を、そのままやるって事ですか?」


 だとしたら、私はまた無職のケモノ〝ぺるぽん661〟を具現するべきなのだろう。

 そう思いながらの問いかけは、けれど幸いにも否定された。


「――まさか。幾ら斬新な企画で巷を賑わせているこの敏腕編集長であるお麓様とて、そこまでの勇気はない。克明な■描写を拝んでしまった少年達に、一体どんな影響を与えるか予想がつかないもの」

「……いえ。それ以前に、お麓様って、編集長なんて仕事もやっていたの……?」


 彼女は、当たり前だと言わんばかりの眼光で頷く。


「ええ。私はコレでも〝幼児向け絵本〟から〝S■専門雑誌〟まで手広く遣らせてもらっているわ。私はそれだけ、仕事が出来る女なの。故に――今は私の事をお麓編集長と呼びなさい」

「………」


 常のキリっとした貌付きで、彼女は告げる。

 彼女のこういった雰囲気に弱い私は、勿論素直に従った。

 敢えて多くはツッコまず、ある種の諦観に負け、素直に従う。


〝S■誌製作に携わる穢れた手で、幼児向け絵本をつくるんじゃねえ〟という差別的ツッコミも決してしなかった。

 

 因みに■に入るのは多分Fの文字です。

 恐らく、近未来のムチの使い方を考察する崇高な雑誌なのです。


「分かりました――お麓編集長。ですが、成年誌で連載されていた劇画を、少年誌に移行連載させる意味が果たしてある……? 成年劇画の売りは当然アレシーンでしょう? そのアレシーンが無くなった『ともかくアソコへダイブ☆良美ちゃん』には、何の価値も無いと思うのですが?」

「うん――私もすごくそう思う」

「………」


 ――そこで、私は脳味噌が耳から飛び出そうな衝撃を受けたが……何とか耐えた。


「いえ、だからこそ私は貴女を呼んだのよ。私はね、バソリンならこの『ともかくアソコへダイブ☆良美ちゃん』を少年劇画としても成功させられると見込んでいるから。だって良美ちゃんの容姿や人生って、貴女のソレに凄く似ているの」

「………」


 ――そして、今度こそ私は鼻から脳味噌が飛び出て、ツッコミを入れざるを得なかった。


「――成年劇画のヒロインの人生に似ているとか言われても、全く嬉しく無いわっ! そもそも似ているからって、何だーっ? 理屈になっている様で、全く理屈になってねえぞ……!」

「大丈夫、大丈夫。確かに良美ちゃんも〝色々あった〟わ。けど、少年劇画に移行連載が決まったお陰で過去は全てリセットされたの。今はバソリン同様、処女膜を維持した清いカラダだから大丈夫よ?」

「――うわっ、何だかお麓編集長が、凄まじい鬼畜に見えてきたな! いくら劇画のキャラとはいえ、ヒトの人生を気安くリセットするな! 後、私は断じて自分の過去をリセットした覚えはない!」

「いえ、全然気軽じゃないわ。断腸の思いながら、大人の都合でリセットせざるを得なかっただけだもん」

「……というか、そもそも何で私がその劇画の原作者をやらなくてはならないんです? 移行連載という事は当然、『ともかくアソコへダイブ☆良美ちゃん』の作者は居る訳でしょ? もしかして、その作者のヒトに何か不幸な事が……?」


 私が愚問を口にすると、お麓様は哀しそうに貌を伏せて、返答した。


「……ええ。実はその作者の子、〝私にはこの劇画を少年誌で連載するなんてどう考えてもムリです。だからどうか探さないでください。もし見つかったら私は自害します。かしこ〟って姿見に血文字で書き置きを残して、逃げ出してしまったの」

「……ですよねー☆」


 つーか、〝かしこ〟って女性?

『ともかくアソコへダイブ☆良美ちゃん』の作者は女性なの……? 

 後、〝姿見に血文字〟という辺りが彼女の〝本気度〟を示している。

 あの文面の最後にワザワザ〝かしこ〟と付けている所が彼女の追い込まれ様を表している。


「じゃあ、素直にそんな無謀な企画は中止すれば良いじゃないですか。大体作者が逃げ出した時点で、もう完全にアウトでしょ?」


 私としては、実に真っ当な正論を告げたつもりだ。

 しかし、社会の闇の代表選手であるお麓編集長は決して屈しなかった。


「いえ、そういう訳にはいかないわ。何故なら私達は責任を以て、良美ちゃんの可愛さを世に送り届けなければならないから。というのもね、『ともアソ良ちゃん』ってストーリー自体はそこそこの出来だったの。『ともアソ良ちゃん』の最大の売りはストーリーに相克する重要要素である、キャラクター。ヒロインである良美ちゃんの、激烈的な可愛さだったの。彼女の可愛さこそが、あの劇画の人気を支える屋台骨だった訳。だから、話しさえ面白ければ例え作者が代わっても問題ないと私は思うの」

「……いや、問題だらけだろ?」


 後『ともアソ良ちゃん』って、編集長が自社の劇画をそんな雑な略し方するなや?

 そんな現実逃避的な事を考えている私を余所に、彼女は続けた。


「ええ。『ともアソ良ちゃん』最大の売りはアノ可愛らしい良美ちゃんが、〝ヤツラ〟の汚らしい触手で――」


 ――絶対に続けてはいけない言動を、続けた。


「わー、わー、わー! もう黙って……っ! 向こう千年間、貴女は鼻と口で呼吸しちゃ駄目っ!」


 けれど、お麓編集長は、私の要求を無視。

 読者の要望には応えるクセに、私の熱望は無視しやがる。


「でも、私はこれでも安心しているのよ。だって私の目の前にはバソリンという名の協力者が居るのだから。その内に秘めたバッションを、今か今かとばかりに解き放とうとしているんだもの。私は今日、貴女と話してみて確信したわ。――『ともアソ良ちゃん』の原作者は、やっぱりバソリンしか居ないって」

「………」


 いえ、確かに私は今『内に秘めた無職のケモノ〝ぺるぽん661〟』を解放したがっているんですが。


「分かりました。じゃあ、こういうのはどうです? 私が私よりよっぽどその劇画の原作者に相応しいヒトを、紹介します。それで、この件はお終いという事で」

「ほう、誰かアテがあるの?」


 有り難い事に、すかさず食い付いてくるお麓編集長。

 私は断腸の思いで、その名前を口にした。


「はい――お香さんって実は趣味で小説を書いているんですよ。彼女ならきっとお麓編集長の期待に応えてくれると思います。ああ、でもくれぐれもお香さんには私が推薦した事は言わないで下さい。後でお香さんに感謝されるのは、私も凄く気まずいんで」 


 断腸の思いながら大人の都合で――お香さんの名前を口にする。

 ああ、コレで私も完全に社会の闇の仲間入りだ……☆ 

 だが、何故か、お麓編集長は悩まし気に眉をひそめる。


「……うーん。成る程、お香ちゃん、か。……確かに貴女の着眼点は、良いと思うのよ?」

「はぁ。何か問題が?」

「ええ。実は三日前の時点で既にお香ちゃんは、私の優秀なスタップ達が某所に拉致監禁済みでね」

「………………………………………」

「以後、休憩無く、我が夫、帝寧が必死に七十二時間〝説得〟したの。それでも彼女は屈しなかったのよ。だから私にはもう、バソリンしか居ないの」

「…………………………………………………………」


 私の灰色な発想は……より深く黒い暗黒の闇に塗り潰されていた。


「というか――すげえぇ! お香さんってマジですげえぇ――!」


 ヤツ等の暴挙を責めるより、私はその不条理に屈服しなかったお香さんを、絶賛する。

 ヤツ等に売り渡そうとしていたけど、泣きそうになりながら、誉め称えた。


「つーか……要するにここで断ると、私もお香さんと同じ目に合うって事ですか?」

「えっとね、私、バソリンのそういう聡い所ダイスキ☆」

「………………………」


 あんた、そこまでして『ともかくアソコへダイブ☆良美ちゃん』を少年誌で連載させたいのか? 

 そんなに危険な冒険がしたいお年頃なのかよ……? 

 そうは思う物の、私は帝寧さんの〝説得〟を受け、精神崩壊しない自信は無かった。


「わーかーりーまーしーたー。でーはーとーりーあーえーず、はーなーしーだーけーはーうーかーがーいーまーしょーうー」

「――うわっ。その何時になく棒読み口調で投げやりなバソリー先生も、惚れちゃいそうな位ステキ!」

「今度は誉め殺しかよ? まぁいいや。今日も私の未来は真っ黒らしいから、まぁいいや。取り合えす、その『良美ちゃん』ってのを見せて下さい。先ず現物を見ない事には何とも言えないので」


 ……そもそも私は、劇画など一切描いた事は無いのだが。

 こんな私に、何故お麓編集長は白羽の矢を立てたのかと首を傾げる。

 と、彼女は逆に私へ質問を投げ掛けた。


「えーと。それは今の〝綺麗な良美ちゃん〟が見たいって意味? それとも〝昔のアレな良美ちゃんをオカズにしたい〟って意味? 一体どっち?」

「………そうですね。出来れば、前者でお願いします。何なら土下座するから、後者だけは絶対止めて下さい」

「そう、良かった。私、バソリー先生が〝昔の良美ちゃん〟を見て、変な偏見を持ったら困るなと思っていたから。本当に良かったわ」


 相変わらず黒い事を笑顔で言いつつ、お麓編集長は何やら机から取り出してくる。

 取り出された紙には、■~十■歳位の少女が描かれていた。

 ……いや……本気で笑えない。


「――でも、ウワ! ウワ! 確かに良美ちゃんって――可愛いですね!」


 確かに笑えないが、それでも私はかのイラストを見た瞬間―――0.2秒で萌えた。

 劇画など描いた事が無いと告白した私だが、それでも稀に思う事はあったから。

 この世には千差万別、様々なキャラクターの描き方がある。

 だが、ソレでも万人のハートを掴むデザインは必ずある。

 詳しい設定を知らずともそのイラストを見ただけで、見たヒトのハートを永遠に虜にする。

 そんなデザインは絶対に存在すると、私は秘かに信じていたのだ。

 良美ちゃんは――正にそんなキャラクターデザインの少女である。

 例えるなら、バルゲリンやネスタンやお香さんや平子ちゃんの可愛い分を、バランス良く合体させた感じ。

 お麓編集長は私に似ていると言っていたが、良美ちゃんに私が似ている所など一つも無い。

 なんだか〝私は全く可愛くない女の子!〟と、全力で怒鳴り散らしている様な気分だ。

 だが、それでも一つもなかった。

 ……一体何故だっ? 

 

 いや、良美ちゃんの容姿を説明するにあたり、問題があった気がする。

 なんだか幼女っぽいヒト達の名前ばかり挙げたが、全く深い意味は在りません☆


「けど、確かにこれは、お麓編集長の気持ちが分かる気がします。この子は確かに、成年誌のみに活動範囲を留めておくべき存在では在りませんね。もっと一般のヒト達にも、良美ちゃんの可愛さを知ってもらうべきですよ」

「……おお。期待以上の反響だわ。何だか一気にエンジンがかかってきた様ね、バソリー先生も」

「はい。特にフリフリミニスカドレスを衣服に選定している辺り、ハイレベル過ぎです。鎖国している日本で、このデザインはありえねえだろと思う程最高です。お麓編集長の成年雑誌では、こういった服装をした子が一杯出てくるんですか?」

「ノン、ノン、ノン。実は『ともアソ良ちゃん』が初めての試みなの。今までは手堅くオーソドックスな和服キャラ中心だったのだけどね。そろそろ私も勝負に出る年頃かなと思ってちょっと冒険してみた訳。そして、嬉しい事に良美ちゃんはイキナリヒットを飛ばしてくれた。私としては、良美ちゃんのセンスが浸透するまで十年はかかると思っていわ。でも、実際はたったの一週目で読者の皆さん達は良美ちゃんを受け容れてくれたの。……そう。私は読者の皆さんの懐の深さを甘く見ていたのね」


 お麓編集長は漸く仕事人の目になって、過去の己を反省する。

 良美ちゃんのデザインを見て、お麓編集長の言い分にこそ理があったと痛感する、私。

 ならば、今度こそ彼女の意見に耳を傾けるしかない。


「故に、この経験を生かすべく、私は更なる冒険に出る事にしたのよ。一人でも多くの読者様の期待に応える為、私はある発想を敢行する事にしたの。聞いてくれるかしら、バソリー先生?」

「勿論です。編集長は一体どんな素晴らしい発想を、世に広めようとしているのですか?」

「うむ。実はね、今後〝良美ちゃんは首をニョローンと秒速五十万キロで四十万キロほど伸ばせる〟事にしようと思うの。更に、趣味は美少年のオチン■ンを食いちぎる事にしようかと思うのよ。巷の読者の皆さんは皆、そんな感じの刺激溢れるヒロイン象こそを望んでいると思うから。ねえ、ねえ――どうかしらバソリー先生?」

「……………………………………………………………」


 ついで、直ぐにこのヒトの意見に耳を傾けた己の愚昧さを思い知った。

 素直にこの編集長の頭は、やっぱり■ってると思った。

 それでも、正論を並び立てる自分は、酷くいじましい。


「……いえ、お麓編集長。確かに中にはそういう作風もあります。けど、それは本当に緻密な計算の元に行われている事なんですよ。残酷なシーンも、それは世の中の不条理や戦いの残酷さを読者に強く実感してもらう為の物。そういった、必然性に満ち溢れた話の流れなんです。本当は、作者の皆さんは、自分のキャラクターを深く愛している。決して作者の趣味とか、ウケ狙いじゃないんですよ?」


 お麓編集長は、意外にも私の意見を是とした。


「それは世界平和の為にも貴女の言う通りという事にしておきましょう。でもバソリー先生、こういう考え方も出来ないかしら? 読者の皆様は、常に新しい刺激を求めていると。確かにただ残酷なだけでは、読者の皆様も引くだけでしょう。反面、ニンゲンは同じ刺激を与えられると、素晴らしい物でも何時しか慣れてしまう。普遍的と思われていた概念は、何時しか時代遅れな物へと転落して、嘗ての輝きを失う。だからこそ私達は常に読者の皆さんに先行して、〝新しい魅力〟を考案する。私達は読者の皆様に、そう言った物を提供し続ける義務があると思うのよ。大体、読者の目を通さず、私達のみでヒロイン象の是非を問うのは傲慢だと思わない? だって良い物も悪い物も、究極的には読者の皆様が判断する事でしょ? 極論、例え編集長の私が否定しようが、読者の皆さんが肯定するなら、ソレこそが善なのよ。即ち、コレはちょっとした実験ね。私は生まれ変わった良美ちゃんを、読者の皆様がどう受け止めるか見てみたいの」

「………」


 そうか。このヒトの本当に厄介な所は、発想が狂っている所ではない。

 自分の意見を論理的に正当化してしまう知性がある所なのか。

 アホな所では、決して無いんだな?

 本当……ただのアホなら良かったのに。

 今更そう悟りつつも、私はお麓編集長の更なる攻勢に晒されるしかない。


「なので、良美ちゃんの毎週の決め台詞は〝秒速五十万キロで食いちぎったアナタのオチン■ンは、本当に美味しかったわ~~☆〟ね」

「――って、毎週って、アンタっ! 連載が終了する迄に一体何個のオチン■ンを良美ちゃんに食いちぎらせるつもりなんだっ?」

「それは、バソリー先生の力量次第」

「うわ、それもヤダな! 良美ちゃんに一個でも多くのオチン■ンを食いちぎらせる為に頑張っているみたいで、凄く嫌だな!」


 なので、私はさっさとこの場から立ち去る事にした。

 もう大分遅すぎる気もするが、私もとにかくアソコへダイブする事にしたのだ。

 こんな私の気配を察したのか、お麓様は唐突に立ち上がった。


「そうそう。ご免なさい、バソリー先生。そう言えば、まだ作画担当の先生の名前を教えてなかったわ」

「………」


 それで私は完全にオチが分かってしまったが、だからこそ逃げ出す事が出来ない。

 まるで金縛りにでもあったかの様に躰が硬直し、その間にお麓編集長は告げた。


「えー、では発表します。『ともかくアソコへダイブ☆良美ちゃん』の作画は――」

「――分かりました! 絶対やります! この汚らしいわたくしめに、是非やらせて下さい!」


 いや、彼女が全てを言いきる前に、私はこの運命を受け入れた。

 運命という言葉は大嫌いだけど、受け入れざるを得なかったから☆


「……って、良いの? 皆まで聞かなくて?」

「はい、全く構いません。どうせ作画担当は――平子さんってオチなんでしょ? 彼女の名前を出せば私は何でもすると思われるのは、実に心外です。でも、この位は許容範囲ですから」

「……確かに貴女って平子が命令すれば、平気でこの村のニンゲン、皆殺しにしそうな感じよね。……まぁ、貴女がそう言ってくれるなら、私は構わないのだけど」


 未だ何かを言いたげなお麓編集長を余所に、私は諸手をあげて悦んだ。

〝私、どんだけ平子ちゃん好きなんだよ?〟と自問しながらも、新たなユメに思いを馳せる事にしたのだ。

 そう、平子ちゃんが私のパートナーになるという、素晴らしいユメの☆


「とにかく、貴女の決意は良く分かったわ、バソリー先生。では貴女のそのアレな頭脳を酷使し、世の中の男子諸君に愛と感動と、嗤いを巻き起こすのよ!」

「愛と感動と笑い。でも、良美ちゃんの決め台詞は〝秒速五十万キロで食いちぎったアナタのオチン■ンは、本当に美味しかったわ~~☆〟なんですよね? 私は絶対に毎週この台詞を、良美ちゃんに言わせないといけないんですよね?」

「うん」

「……………………………………」


 お麓編集長は実に可愛らしく頷くが、私は絶対ムリだと思った。

 この前読んで感動した本の作者――成素・奇之庫大先生でもなければ絶対ムリだと思った。


     ◇


 それから事態は一気に進み、翌週を迎える。

 

 原作〝タプタプ揺れる私の大きなムネ〟。

 作画〝地獄ヲ・照子〟。

 両先生待望のステキ劇画、『なんとなくアソコに脱出☆良美ちゃん』。

 一年後――連載スタート……☆


 そんな告知を、私は某雑誌に載っているのを、見た。


「……一年後?」


 だから私は、首を傾げざるを得ない。

 私と平子ちゃんの劇画が連載されるのは、一年後とその雑誌を見て初めて知ったので。

 因みに〝タプタプ揺れる私の大きなムネ〟や〝地獄ヲ・照子〟というペンネームは私自らが考えた。

 あの頭が■った編集長に任せるのは不安なので、自分で考えた。

 いや、絶対に正体を知られたく無かったので、私達とは分からないペンネームにしたのだ。

 勝手ながら平子ちゃんのもそういう感じにしたのである。


「って、なんで連載が一年後なんですか……っ? 私はこんなに、やる気になったというのにっ? てか、一年後に連載する予定の作品を、今告知しないで下さい!」


 うむ。どの位やる気かといえば、こうだ。

 少しでも作品の参考になればと、私は帝寧さんの屋敷に入り浸り、本を読み漁った。

 実に四日で、四千冊は小説を読破したのである。

 そんな私の熱意を件の責任者に告げると、彼女はフムと頷く。


「いや、とは言っても私まだ、作画担当の先生を口説き落とす為の作戦を立案中なのよ」

「…………はぁ?」

「いえね。平子の絵が巧いとは帝寧に聞いてはいたのだけど、あの子、割と頑固だからさー。下手な口説き方をしてヘソを曲げられたら、二度とこの話しには乗ってくれないと思うの。だから私も何時になくシンチョウに、具体的には一年がかりで事を進めようとしているのよ」

「つまり、私に話しを持ち掛けた時点では、まだ平子さんは――」

「――うん。作画担当に、決定した訳ではなかったの。――って、駄目よ! そんな帝寧みたいな目で見ても、私は断じて謝らないんだから! 最後まで話しを聞かなかった、バソリンが悪いんだからね……!」

「――詐欺だ」


 言い訳を開始するお麓編集長を余所に、お約束の様な絶望感に浸る、私。

 こんな何時もにも増して酬われない私に、お麓編集長は一つの光明を示した。


「あー、でも安心して。実は私ってば、かなり有効な作戦を思い付いたので。その為にも、私は貴女の協力が不可欠だったの」

「というより、マジで今更なんですけど。本当に平子さん(※十歳)が作画担当で大丈夫なんですか……? 私、自分の立場も弁えず、色々心配になってきたんですけど? 絵が上手いって言ってもそれはアノ帝寧さんの評価でしょ? 恐らくヤツも私同様、平子さんを猫可愛がりしているし。あの男も多分、平子さんがする事なら例えどんな非道な事でも肯定しますよ?」

「まぁ、そう思われても仕方ないわね。でも安心なさいな。帝寧はアレでも、ウソは付けない性格なの。芸術の善し悪しを、本能的に感じ取れる動物的センスの持ち主なのよ。そんな帝寧が断言したのなら、平子は間違いなく相当な腕を持っているわ」

「……はぁ。なら、帝寧さんのセンスがそれほど素晴らしいなら、彼が原作も作画もやれば良いのでは?」

「……ハハハハ。貴女、帝寧にそんな知性があると思う? 大体ソレ、この上ない自爆行為って分かって言っているのかしら? 仮に帝寧が作画担当になったら、貴女は彼と組む事になるのよ? ――それでも良くて?」

「ですよねー☆」


 私は深く納得し、次ぎに彼女の言う名案とやらを拝聴して、再び深く納得した。

 珍しくも私は、お麓編集長の提案に納得しまくったのだ。


「成る程。――〝私の原作を見せて平子ちゃんを感動させ、それから口説き落とす〟ですか。それは、良い作戦だと思います」

「ほう? これはまた相当な自信だけど、根拠は?」

「ええ。実は私、こんな事もあろうかと、ちょっと試しに一話書いてみたんですよ。コレを編集長に見てもらうのも、今日此方に伺った目的の一つです」

「ふーん。良いわ。その自惚れ、私のこの厳しい目で打ち砕いて上げる」


 実に一週間ぶりに編集長の目になって――彼女は酷薄に笑った。


     ◇


 そして――凡そ二十分後が経過。


「駄目。全然ボツ。これじゃあ、馬のケツを拭く紙にすらなり得ないわ」

「………」


 宣言通りお麓編集長は、私の作品に否定という名の鉄槌を打ち付ける。

 お陰で多少ショックを受けたが、成る程、さすが編集長を名乗るだけある。

 この厳しい姿勢を前にして、私はお麓編集長を見直したのだ。

 私はこれからこうやってお麓編集長の厳しい目に鍛えられながら、作品を成長させていく。

 心底から、そう確信できたから。

 とは言うものの、一つ気になる事があった。


「……あの、編集長。何か、泣いているみたいなんですけど。もしかして泣くほど、私の作品は酷かったんですか……?」


 いや、聞くまでもない。間違いなくそうなのだろう。

 お麓編集長は私に対する失望の余り、頬を濡らしたのだ。

 この私の体たらくが、そこまで彼女を追い込んだ。

 私程度のニンゲンがたかだか小説を四千冊程度読んだ位では、やはり何の身にもならない。

 やはり物づくりに関わるのは甘い事ではないと、内心項垂れる。

 しかし、彼女はこう口にする。


「……いえ、コレは感動の涙よ。私、貴女の脚本を読んで、涙が止まらなくなっちゃった☆」

「………」


 よって、私は遂にその言葉を口にしていた。


「――本当に頭が■っているのか、アンタは――っ?」


 思わず、本当の事を言っちゃった……☆


「………だったら何でボツにするのっ? 泣くほど感動しているクセに、何だってボツにするのよっ?」

「いえ、確かに私は、泣くほど貴女の作品に感動したわ。けど、私、貴女にこの路線を要求した覚えはないのよね」

「……え? でも確かに編集長は、私に『良美ちゃん』で愛と感動と笑いを巻き起こせって」

「ウム。でも声の音量は明らかに一対一対八って感じだったでしょ? 愛と感動という単語はギャグみたいな感じで言っていた感じだったでしょう? つまりは、そういう事よん」

「………」


 まぁ、確かにそんな感じではあったけど。


「……えー、でも私、全く自分のキャラにそぐわないお笑い路線なんて絶対嫌だー。私のキャラに相応しい、正統派の感動系路線が良いー」


 それ以前にちゃんと良美ちゃんに〝秒速五十万キロで食いちぎったアナタのオチン■ンは、本当に美味しかったわ~~☆〟と言わせながらソレでも貴女を感動させた、私の起こしたささやかな奇蹟に拍手ぐらいしろ―――。

 露骨にそう視線で要求するが、お麓編集長は一歩も引かなかった。


「何言っているの? 貴女、あのお嗤い大好き平子ちゃんがこの系統の話しに乗るとでも? あの子のお嗤い大好きレベルは三軒隣りに住んでいる、鼻沢夏奈ちゃん並みなのよ? そんな彼女を本気で仲間に引き入れるつもりなら、バソリンも多少は妥協しなきゃ駄目ね」

「………」


 いや、私はこれまで妥協しかしてこなかった気がする。

 なのに、貴女はコレ以上私に妥協しろと要求するのですか……?


「分かりました……じゃあ書き直してきます」


 大人になりきれない私はブータレた貌をしたまま、お麓編集長の仕事部屋から退出する。

 それから―――五秒後。


「はい、書き直して来ましたよ。ちゃんと、五十ページ分のシナリオ」

「って、早っ? 余りにも早っ? ちょっと、ちょっと、貴女、十ページ一秒で終わらせたの……っ?」

「? 何言っているんですか。こんなのちょっと頭の処理レベルを速めれば、チョチョイのチョイでしょ? 良美ちゃんだって、一秒間に五十万キロも首を伸ばせるんですよ? なら、私が一秒間で十ページ分の脚本を書けても不思議じゃありません」


 いや、それでも感動系エピソードの時は、その状態で三日間徹夜したが。

 この態度が気に入らなかったのか、お麓編集長の視線は見るからに厳しい物になる。


「ちょっと、バソリン。貴女、幾ら嫌な仕事を受けたからって、ソレを態度に出すなんて最低な事よ? 貴女も一度プロを目指したなら、ちゃんと作品で物を語りなさい。その程度の事さえ出来ないなら、貴女は一生、オムツが取れない生娘のままだわ」

「………」


 ……ぬぅ。悔しいが確かにお麓編集長の言う通りである。

 既に私は一人のニンゲンである前に、劇画を描く為の機械なのだ。

 最早、私情は一切捨て去るべきなのだろう。

 私が今一番に考えなくてはならない事は、如何にして読者の皆さんに悦んでもらうか。

 その為には何が必要なのかを考える事で、ソレ以外の思考は一切ムダだ。

 極論、遠麒さんの事も今の私にとっては、ノミの幼虫ほどの価値も無い。

 そう気付く私を余所に、お麓編集長は嘆息した。


「……ま、良いわ。今、貴女の貌を見ながら作品を読むと、お小言を言いたくなりそうだから少し失礼する。ちょっと向こうの部屋で読んでくるから、また少し時間をもらえるわよ。尤もどう考えても五秒で書いた作品が、私の心を打つとは思えないけど」

「構いません、一応読んでみて下さい。それとお麓編集長……本当に済みませんでした」


 立ち上がり、襖の向こうに行こうとするお麓編集長へ私は頭を下げる。

 彼女は無言で短く苦笑を浮かべてから、その場を去っていった。

 それから――その異常は起きた。


「……ん? アレ?」


 閉じられた襖の向こうから、謎の奇音が聞こえたのだ。

 具体的に言えば、二メートル弱の巨大ミミズが床をのたうち回っている様な音がする。

 ズガズガ、グチャ、ドゴ、グチャという鈍い打撃音が聞こえ、ソレは二十分程継続した。

 ……やがて〝己の限界を知る為に五回連続で射■した十四~五歳の男子〟みたいに息をハアハア乱しながら、お麓編集長は部屋から出てきた。


「おっけー、おっけー☆ バソリー先生、コレよ、コレ! 私が貴女に求めていたのは、この路線―――!」

「………」


 そんなお麓編集長には、決して部屋から出てきて欲しくなかった。

 だが、実にイイ笑顔を浮かべながら、彼女は出てきやがった。

 いや、もう、髪とかボッサボッサだし。


「……編集長、部屋で何していたんです?」

「ん? してない、してない。何もしてない。ただ普通に、バソリー大先生の脚本読んでいただけ」


 言いつつ、ボサボサになった頭を、ガリガリ掻き始めるお麓編集長。

 見た目、クスリが切れかけたジャンキーっぽいのは、多分気のせい☆

 何だかたった二十分で人格が変わった気がするが、絶対私の所為じゃない☆


「とにかく、コレで良いわ。行きましょう、今直ぐ行きましょう。これなら絶対平子の野郎を口説き落とせるから。コレなら絶対、口説き起こせるモン!」

「………」


 幸いにもお麓編集長が正気に戻ったのは――平子ちゃんの家に着く数分前の事だった。


     ◇


 ついで――私達はいよいよ平子ちゃんの家へ突入する。

 お手伝いさんに案内され平子ちゃんの部屋に行くと、彼女は一人で読書中だった。


「――これは。お麓様にバソリー様。ご機嫌よう」


 幸い今日はドカピィさんも帝寧さんも不在で、いま家には彼女一人らしい。

 この好機を逃す、私ではない。


「ええ、ご機嫌よう平子。時に、今日は貴女に大事な話があって来たのだけど、少し良いかしら?」

「? はい、勿論構いませんが」


 正気にかえったお麓編集長が、早くも本題に入ろうとする。

 この要求を受け、平子ちゃんは読んでいた本を閉じ、姿勢を正して私達に向き合う。

 それからお麓編集長は一連の流れを、要点を得ながら、平子ちゃんに説明する。

 私の時もそうしろよと心の中でツッコミながらも、私はお麓編集長が説明を終えるのを待つ。

 やがて平子ちゃんは、得心した様に頷いた。


「――成る程。それはなかなか、興味深いお誘いですね」


 常の十歳児とは思えない利発な言葉遣いで、平子ちゃんは先ず感心する。

 だが、それも長くは続かなかった。


「でも、本当に私で勤まるでしょうか……? 私はまだこの通り、若輩の身なのですが?」

「………」


 実に尤もな指摘をしてくる、平子ちゃん。

〝自分は未だ子供で、オマエ達はそんな私にどれだけ重圧がかかる仕事を押しつけようとしているんだ? 恥を知れ。それでも大人なのか?〟と暗に言ってくる。

 私としては実にグウの音も出ない、ナイフの様な返答だ。

 けど、ことコノ件に関しては、頭が■ってるとしか思えない編集長の論破には至らない。

 逆に彼女は喜々として、平子ちゃんを口説きにかかる。

 ――ヤツの魔の手が、遂に平子ちゃんに迫った……!


「イエ、イエ、イエ、イエ、イエ、イエ! 何を言っているの、平子! 何を言っちゃっているのよ、貴女は! コレは、チャンス! 貴女にとっても、超絶的なスーパーチャンスなのッ――! 貴女、今この話しを蹴るなら、絶対那千殿の所に輿入れする時、後悔するわよ!」

「――えっ?」


 何時になくハイテンションなお麓様に、平子ちゃんは明かに戸惑いを見せる。

 だが、哀しいかな。今ここで彼の名前を出されては、平子ちゃんも身を乗り出さざるを得ない。

 ソノ那千という名は〝私にとっての平子〟に相当するので、平子ちゃんも動揺を貌に出してしまう。

 お麓編集長って、本当、平気でヒトの弱点をついてくるよな。

 ――この外道めが。


「……那千様の所に嫁ぐ時に、ですか? それは一体どういう?」


 それに比べ、平子ちゃんは本当に良いな。

 何だか暫くぶりに、普通のニンゲンらしい意見や感想を聞けている気がする……☆


「うむ。何故かと問われれば、答えは簡単よ。いい、平子。貴女、あの開明派の那千殿が手に職も無い駕篭の鳥の様な娘を、本当の意味で愛すると思う? 〝嫁は家にこもって一日中ひたすらお米さえ研いでいればカッコイイ〟みたいな事を言うと思うの? 幾ら何でも、それは彼を見くびり過ぎでしょう?」

「………」


 いや。幾ら何でも、一日中お米を研いでいるお嫁さんはハイレベル過ぎでしょ?

 だってそのお嫁さん、明らかに何らかの心の病気にかかっているもん。

 後、明らかに格好良く無いもん。

 しかしこの指摘が効いたのか、平子ちゃんの躰は更に前のめりになる。


「では、私がこの仕事を受けた曉には――」

「――ええ、那千殿も貴女の事を見直すこと受け合いよ☆」

「ウワ☆ ……絶対やります! いえ、是非この汚らしい野良猫モドキにその仕事、回して下さいまし!」


 あえなく、平子ちゃんも陥落。

 思いっ切り既視感を感じながらも、私は彼女が仲間になってくれた事を悦んだ。

 結局、私の原稿は全く役に立たなかったが、それでも私は素直に喜んだ。

 いや、万歳三唱した上で、私は一応確認してみる。


「良かった、良かった。平子さんが仲間になってくれて、本当に良かった。でもこっちの方から頼んで実に何なんだけど、平子さんってどんな絵を描くの? 出来れば見せて頂きたいのだけど? いえ、見せて下さるならわたくし、土下座して感謝の意を示しても構わなくてよ?」


 下手、下手。

 彼女の機嫌を損なわないよう、下手に出まくる。

 こんな健気な私に、平子ちゃんは得心した様に頷く。


「はい、バソリー様の疑問は当然だと思います。では、ちょっとお待ち下さい。直ぐに用意するので」


 ゴソゴソと、部屋の隅にある大きな箱を漁り出す。

 お麓編集長はこの捜索時間さえ待ちきれなかったのか、平子さんに質問をぶつけた。


「じゃあ、参考までに聞かせて頂戴。貴女、今までどれだけのヒトに自分の絵を見せて、どんな評価を得てきたの?」

「えっと、決して多くのヒトにはお見せしていませんね。何しろ私、今まで那千様やお父様しか描かせて貰った事が無いので。いえ、丁度その場に居た、苗さんには見て頂いたのですが」

「………」


 彼女の口から苗さんの名前が出た為、私は内心動揺するが、決して貌には出さない。

 何故なら、苗さんは平子ちゃんの許嫁である那千さんと、アレっぽい関係にあるから。

 私は極自然に、無言でその先を促す。


「で、ですね。先ずお父様からは〝渋い〟というお言葉を頂きました」

「……渋い?」

「それから那千様からは〝へびぃ〟というお言葉を賜りました」

「ヘビィ……?」

「最後に苗さんからは〝アンタ、男の中の男だよ〟と言う感涙を頂戴いたしましたね」

「………」


 故に、私とお麓編集長は、平子ちゃんがどんな絵を描くのか予想がつく。

 現に、その予想は当っていた。


「……うわ! 確かにコレは渋くてヘビィで、男の中の男な絵だ……!」


 数分かけ発掘された彼女の絵を見て、私はそう言わざるを得ない。

 なんかもう見ているだけでケイラクヒ○ウとか突かれて、躰が爆発しそうな絵だし。

 ケツの穴から脳味噌が飛び出しそうな、ハートフルな絵だ。

 しかし、流石はお麓編集長。私と違い取り乱す事なく、冷静な言葉を投げ掛ける。


「平子。貴女、今まで数えるほどしか絵を描いた事が無いと言っていたわね? 具体的にはコレ、何枚目ぐらいに描いた絵なの?」

「えと、確か初めてだったと思うのですが……何か不味かったでしょうか?」

「――いえ、全然良い。本当、コレからの貴女の絵が真剣に楽しみだわ」

「は、はい! 私も、精一杯努めさせていただきます!」


 ニッコリと母性を思わせる笑顔を見せる、お麓様。

 対照的にニパっと年相応の悦びを見せる、平子ちゃん。

 それは、血縁は無いとはいえ、やはりこの二人は親子だと思わせる情景だ。

 部外者である私が本当に此処に居て良いのか、疑問に思わせる光景だった。

 というか、実際、平子ちゃんは私を部外者扱いした。


「……そういえば、バソリー様は一体なぜ此処に居られるのでしょう? 今の話しを聞く限り、アナタは無関係だというのに」

「………」


 ギャグと思いたい、ギャグだと思いたいな。

 その他人を見る様な、ステキな瞳は……☆


「あー、御免よ。言うのを、忘れていた。実はこの山村バソリー大先生こそ、貴女とタッグを組む原作者なの」

「――ホウ?」


 と、平子ちゃんの雰囲気が明らかに変化する。

 事実、彼女は何時になくキリっとした瞳で、私に告げた。


「では生意気だと知りつつも、私もバソリー様に先程の言葉をお返しさせていただきます。貴女は一体、どの様な脚本を書かれるのですか? いえ、先に明言させて頂きましょう。バソリー様の原作が私の琴線に触れる物でないなら、私はこの件から手を引かせてもらうと」

「……それは、本気で言っている?」

「はい。先程は思わず……いえ、最初からそのつもりでした。仮に原作者の方の文章が、私に何の感情も与えないなら、私はこの仕事を蹴るつもりだった。……本当、本当です! 私は決して、那千様の魅力に誑かされてなんかいませんモン!」


 私とお麓編集長のジメっとした視線に気付いたのか、平子ちゃんは、必死に己の意志を強調する。

 そんな所も実にラブリーなのだが……正直この展開は不味い。

 お麓編集長は、ああ言ってくれた。

 だが、私はどう考えても五秒で書いたこのシナリオを平子ちゃんが是とするとは思えない。

 私はやっぱり尻込みしてしまい、妥協案を口にする。


「えーと、じゃあ、平子さん。私、二つシナリオを持ってきたから、この両方を読んでから結論を出してくれる?」


 この提案は、平子ちゃんではなくお麓編集長の動揺を誘った。


「……って、何言っているのよ、バソリン! 言ったでしょう! 私は絶対、例のシナリオでいくって!」

「ええ、確かに言っていましたね。でも編集長はこうも言っていました。作品の善し悪しは編集部ではなく、究極的には読者が決める物だと。つまり、この場合、全ての決定権は私達の最初の読者である――平子さんにある。これは、そういう事ではないでしょうか?」

「……な、成る程。これは、一本取られたわね。確かに、バソリンの言う通りだわ」


 コノ件に関しては、初めて彼女は私の意見を認め、一歩下がる。

 その潔さに胸を打たれながら、私は平子ちゃんに二つのシナリオを呈示した。


「どうぞ、好きな方から読んで。貴女の目で、この私の感性がどれ程の物かを測って頂戴」

「――分かりました。では――早速」


 彼女は私達の目の前で、精読を開始。

 何度も何度も同じページに目を通し、熱心に読み進めていく。

 そんな感じで読んでいた為か、時間はいつの間にか五十分近く経過する。

 それだけの時間をかけて、平子ちゃんは漸く読み終わる。


「……えーと。一応訊いておくけど、なぜ平子さんは泣いているのかなー?」

「………」


 しかし、彼女は応えない。

 そういえば平子ちゃんって、今どっちのシナリオを読んでいたんだろう?

 編集長と同じ反応という事は、多分感動系のシナリオだとは思うのだが確信は得られない。

 そのまま、平子ちゃんは二つ目のシナリオに手を付けた。


「……えっ? あれっ?」


 いや、最初の一行目で、平子ちゃんは今まで見た事がない様なレベルで貌をしかめる。

 鬼のような形相になり、原稿を床に投げた。


「……えっ? えっ? ええッッ……?」


 でも私、ドッチも最初の一行は、大したこと書いてないぞ?

 感動系のヤツは、こう。


『――アナタは、一体、誰なの? もしかして……』


 アレ系のヤツは、こう。


『そして例の肉棒より、例の液体を撒き散らしながら、喜三郎は華麗に宙を舞ったのだ』


 このドチラにも――平子ちゃんにあんな貌をさせる要素は無いと思う。

 けれど私の予想に反して、平子ちゃんはこの時点で〝こんな文書もう読む価値ねえよ〟と言わんばかりの様子だ。

 それから平子ちゃんは私に向き直り、こう反応した。


「……生意気言って申し訳ありませんでした――山村バソリー大明神様。私の完敗です。貴方様が命令して下さるなら、わたくしは悦んで那千のクソ野郎の首を獲ってくるでゴザルよ」

「――はっ? ………何があったッッッ? 一体どんな出来事があれば、好きな男の子の首を私に献上する様な気持ちになる………っ?」

「……ハハハハハ! だから言ったでしょう、バソリン! 私は絶対こうなるって!」


 混乱の極みにある私に対して、お麓編集長は容赦なく勝ち誇る。

 室内には彼女の高笑いが木霊し、私は未だ涙する平子ちゃんに胸の内を明かすよう迫った。


「つまり、平子ちゃんは感動系のエピソードを読んで負けを認めてくれたって事じゃない?」

「? いえ、私は初めの愉快痛快なシナリオを読んで、自身の敗北を思い知りました。というより、二番目のヤツは読むに足る物では無いと直感し、途中棄権させてもらいましたね」

「……たった一行で判断しないでっ! 私ソレ書くのに三日間徹夜したんだからー! だいたい平子さん最初のシナリオ読んでいる時だって、笑ってなかったじゃん! 逆に何だか泣いていたみたいだったでしょ――っ?」

「はぁ、それは必死に嗤いを堪えていたからですね。……もうアレ過ぎて、アレ過ぎて。でも私などがコレを見て嗤う等、どう考えても不敬の極みと考えました。もう必死に舌を噛んで、我慢させて頂いた訳です。いえ、バソリー様さえ許可して下さるなら、私も遠慮無く大嗤いする事が叶うのですが」

「………」

「ウン、ウン。いえ、バソリンが言いたい事も分かるのよ? 恐らく苗ちん辺りがその二つのシナリオを読めば、間違いなく感動系を選んだ筈だし。けど、今貴方に必要なのはこの平子なの。アナタの良さを恐らく誰よりも理解している、この平子ちゃんなのよー☆」

「………」


 ラララと歌い上げるお麓編集長と、手を叩いて音頭を取り始める平子ちゃん。

 いや、もう、本当に、勝手にしてくれって感じだ。

 そして、漸くこの話しのオチは訪れた。


「……ムム。何やらバソリー先生のお陰で、私も何やら創作意欲が湧いてきました。せめてもの返礼に、バソリー様のお姿をお描きしたいのですが、宜しいでしょうか?」

「……マジでっ? 平子ちゃんが私を描いてくれるの――っ?」


 思いがけない幸運に、私は諸手を上げて悦ぶ。

 それから、紙にペンでスラスラ私をスケッチし始める、平子ちゃん。

 数分ほどかけただけで彼女は手を止め、私にソレを突き出した。


「どうでしょう? コレが鹿摩平子作―――〝何時もの様に苗さんのフトモモを盗み見ているバソリー様〟です!」

「………」


 一体、誰ダ? 私が何時も苗さんのフトモモをチラ見している事を、誰が平子ちゃんに吹き込みヤガッタ?

〝まさかお前か?〟と私はお麓編集長にギギギと首を向ける。

 だが、彼女はそんな私のささやかな現実逃避を、決して許してはくれなかった。

 私にはまず〝フトモモチラ見〟よりも先にツッコまなくてはならない事があったから。

 お麓編集長は、その事を視線だけで促す。

 この圧力に私は十秒ほど堪え忍んだが、結局その誘惑は押さえきれずツッコんだ。

 私は彼女に、ツッコんだ。


「――平子さん、女の子描くの滅茶苦茶ヘタだな――っ?」

「……ガーン! えっ? えっ? 私、女の子描くのヘタですかっ?」


 ――傷付けた。私は今、確実に平子ちゃんを傷付けた。

それでも、今は言わざるを得ない。

 だって〝コノ私〟、髪の毛が三本しか生えてないんだもん。

 指は五十二本あるし、腕はこめかみから生えているし、なにより目が二十三個ある。

 しかも貌ではなく―――何故か左乳首に一点集中している!

 平たく言えば、これは私じゃなかった。

 ただの、妖怪だった。

 否。妖怪以上の、バケモノだった。

 いや、バケモノ以上の得体の知れないナニカだった。

 つまり、コレは或る意味―――変身した私だった。


「………」


 ……アレっ? やっぱりコレっ、私じゃん――っ!


「……えーと、平子? これは何時ものギャグよね? バソリーお姉ちゃんを、ちょっとからかっただけなんでしょう? 私は、ちゃんと分かっているわ。この女の子なら、平子はちゃんと描けるものね……?」


 良美ちゃんのイラストを懐から取り出す、お麓編集長。

 それを見て、ムムっと眉を寄せる平子ちゃんは、先程の様にスラスラ筆を走らせる。


「………」


 結果は、先程と余り変わらない。

 背中から触手が無数に生えた、キリンとタコの合体生物みたいな女の子がソコには居た。

 以上のイキモノを女の子と表現して良いかは酷く疑問だが、兎に角そんな感じである。


「……こ、これも駄目みたいですね? ……す、すみません。でもこの子を見ていると何故かコレこそが彼女の本当の姿に思えてきて……」

「………」


 要するに平子ちゃんは、例の絵が本当の私の姿だと思っている訳か……?

 それも或る意味正しいが、ソレだけは間違っていて欲しかった。


「じゃなくて――幾ら何でも洞察力高すぎでしょっ? 何でちょっと観察しただけで、私や良美ちゃんの本質を見抜けるのっ? もしかしてソレが、平子さんの能力っ?」

「……ち、違いますけど。……でもお父様からは〝絵を描く時は常にモチーフの本質を捉える様、努力しろ〟と言われていたので、多分ソレが原因なのではないかと……」

「……成る程。その程度のアドバイスを受けただけで、本当にソレを実践してしまったのね。けどそれが可能なら、そのヒトはある種の天才なのよ? でもアナタ、帝寧や那千殿は全然普通に描けていたじゃない」

「? ですから、アレこそがアノお二人の本質だと思うのですが?」

「………」


 成る程。平子ちゃんの中では〝本質を見る目〟より〝アノ二人を美化する心〟の方が遥かに上なのか。

 私はまだまだ、その領域には到達出来ていない訳だな?

 よし、勉強になった。


「という訳で私――帰ります」

「――ま、待って下さい! 練習します! 女の子もちゃんと描けるよう練習しますから、どうか私を見捨てないで……!」

「いや、でも、いくら何でもコレがスタート地点というのは……」


 普段〝平子ちゃん☆ 平子ちゃん☆〟言っているクセに、こういう所はドライだった。

 きっと、お麓編集長のプロ意識が伝染したに違いない。

 だが、そのプロウイルスの発信源であるお麓編集長は、私と逆で彼女に甘い。


「――良いわ。どうせ連載開始は一年後なのだし、ソレまで精進してみなさい」

「あ、ありがとうございます! 私は政治生命を賭け、このチャンスを生かしきると此処に誓いますよ!」

「編集長。平子さんにも、参政権とかあるんですか?」

「ない、ない。全くない」

「………」


 こうして最後までボケきって――平子ちゃんの修羅の道は始まったのだ。


     ◇


 そして――事態は思ったより早く動いた。


「――ゴメンナサイ! やっぱりムリでした!」


 三日後、平子ちゃんは、そう言って土下座してきたのだ。


「……って、早! 連載開始まで後三百六十二日もあるのに、諦めるの、早! 一体何があったの、平子さん――っ?」

「……いえ。ただ単に、私はどうしても自分にウソが付けなかったというだけで。ただソレだけの話しです……」

「あー。その言い訳は、すごく那千さんに似ているなー」


 編集室に乗り込んできた平子ちゃんに対し、思わずそう感想を述べる。

 私の背後にはお麓編集長が居て、平子さんの宣言を聴き嘆息した。


「いえ、いいのよ、平子。アナタは、よくやったわ。三日間も努力したなんて、私すごく感動しちゃった☆」

「………」


 もしかしてコノ編集長の方が、私よりよっぽど平子ちゃんを甘やかしているのでは?

 このままだとこの子は、メクドみたいなヒトになってしまうのではないだろうか?

 そんな危惧を抱きながらも、私はお麓編集長に問い掛けた。


「けど、平子さんが駄目なら作画担当は一体どうするんです? まさかそれも私にやらせるつもりじゃないでしょうね……? 自慢じゃないですけど、私、ムネは大きいですけど(※すごく嘘です)、絵は下手ですよ(※すごく本当です)」

「いえ、問題ないわ。実はこんな事もあろうかと、次の策を用意しておいたから」


 私の身を張ったギャグは、華麗にスルー。

 スルーしやがってから、お麓編集長は断言する。

 それから、今度こそ今回のオチ。


「えっと。実は例のバソリンの脚本を編集部の幹部達に見せた所〝コレは幾ら何でもヤバ過ぎですって! どれ位ヤバイかと言えばコレを連載させるつもりなら、私達は編集長の解任決議案を帝寧様に提出しなければいけない位ヤバイですって! つまり本当にヤバイのは立場を失いそうなアナタなんですって! それでも良ければ私達はゴーサインを出しますがどうしますかっ?〟と宣告されてしまってね」

「……勿論、編集長は職を失っても私の劇画を連載させるって、つっぱねたんですよね?」

「うん。もちろんつっぱねなかった。だってこの結論が――私の次の策なのだから☆」

「………」


 いや、それはもう、策でも何でも無い。

 つーか、そろそろ本当に全力でオマエのオッパイをブン殴るぞ、お麓……?


「でも、大丈夫よ。ただ時代が早かっただけで、バソリー先生の時代は必ず来る。私はそう信じているわ。帝寧も〝コレは百五十億年に一人の逸材だね。彼女はきっと百五十億年後の地球人、つまりフィーチャーアースメンには大絶賛で受け入れられるよ〟みたいな事を言っていたしね」

「………」


 いや、その感想を聞く限り、私の時代は例え一千億年経とうが来ないと思った。

 あの男に誉められるという事は、そういう事だから。

 かくして、私の数日間に及ぶ戦いの日々は、唐突に終わったのだ。

 幾らギャグ話とはいえ、このオチは酷いと思った。

 起承転結も、キレもヘソもオチも無さ過ぎて、酷すぎると思った。


 追記。

 勿論、その後、私が〝ぺるぽん611〟を完全解放したのは言うまでもない。

 ええ、誰も居ない無人の荒野でだけど。

 一人荒野で、泣き叫びながらだけど。

 その日は〝ぺるぽん661〟だけが、私のオトモダチだったのです。


 尚、『なんとなくアソコに脱出☆良美ちゃん』は、件の作者が〝無事発見された〟ので問題は解決したらしい。

 平たく言えば〝発見された彼女が匕首で喉を割く直前に、帝寧さんが彼女の手足の関節を全て外して華麗に【保護】した〟ので問題なかったらしい。

【保護】された後も彼女は〝コロセ。コロシテクレ。ドウカコロシテクダサイヨ。オネガイデスカラ☆〟と顎の骨を外してあげるまで延々叫びまくっていたらしいが、心身共に問題なかったそうな。

 以後、周囲の〝説得〟に屈した……いえ、納得した彼女が結局筆をとる事になる。

 それ以降彼女は百七十年にも及ぶ長寿劇画へと『良美ちゃん』を昇華させる事になるのだ。

 けど――それはまた別の話という事で。

 ええ。

 どうか頑張って――苗さん。


                           外れ話Ⅳ・外れの外れ・了


 ここまで読んでくださって、誠にありがとうございます。

 この十九週間お付き合い頂き、本当に感謝の念に堪えません。

 今後の事はまだ未定ですが、とにかく走り抜けました。

 皆様も、どうかお元気で!



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