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ヴェルパス・サーガ  作者: マカロニサラダ
14/20

ワールドエンド?・後編

 本作はベーダーマンを書き始めた頃から、何時かは書かなければならないと思っていました。

 ヴェルパス・サーガ的には、それぐらい重要なエピソードと言えます。

 だというのに、主要人物は五人だけというスケールの小ささ。

 たった五人の人間がああだこうだとして決まる地球の運命とは、一体何なのか?

 ハリウッド映画なら、絶対にありえない設定だと思っています。


     ◇


 それからララとメインディッシュは部屋に戻った後、地下鉄を利用して他県に移る。

 幸い、今のところ敵が動いた形跡はない。仮にミカミの一時退院祝いの最中に動きがあれば敵の迎撃を優先せざるを得なかった。そうならなかった事にララは内心感謝しながら、移動を完了させる。

 彼等は地元から五百キロ離れた場所に移動して、状況が推移するのを待つ。

「って、もう一時を過ぎているし、もしかしたら今夜は何も起こらないかもな。理由はわからないけど、敵は今夜に限って何もしない気じゃないか?」

 ララが楽観論を口にすると、私服姿のメインディッシュはフムと頷く。

「ララ君としてはそうあって欲しいでしょうが、敵も時間がありませんからね。後三日で世界を滅亡させなければ、このゲームの敗者となる。そう言った事情を鑑みると、やはり何らかの攻撃はしかけてくると見るのが妥当です」

 容赦ない見解だが、残念ながらララと比べれば正論だろう。彼も〝やっぱそうだろうな〟と覚悟を決めつつ、呼吸を整える。実際、異変は直ぐに起きた。

「――やはり来ましたね。ここから北東に三百キロほど行った山中に、エネルギー反応あり。ヴァーネットの出現を確認しましたが、どうしますかコマンダー?」

「なら、こっちもガイセルクを展開。……問題はここからだな。俺達は、敵の動きに合わせて行動しなきゃならない所がある。下手に接近して、また核ミサイルを乱射でもされたら、対応が遅れるのは明白だろ?」

 確かに先の攻防ではガイセルクを九州の先まで移動させ、日本を地殻で被っている。仮にそう言った手順を踏まなければ核の乱射を防げないなら、軽はずみな行動はとれない。ララとしてはそう認識していたが、メインディッシュは首を横に振る。

「いえ、ソレなら問題ありません。昨夜得た経験値をもとに、私達のレベルは上がっていますから。その為、昨夜の様に移動しなくても対処は可能です」

「そう、なのか? 因みに現在の能力範囲はどれくらい?」

 メインディッシュは、事もなく言い切る。

「――全世界です。その気になれば、全世界に核ミサイルを発射する事が可能」

「………」

 昨日までは日本が限界だったのに、もう世界規模まで成長した? この怪物達は、もう世界を滅ぼせる所まで来ていると? ソレを聴いて、ララは素直に唖然とする。

「……というか、そういう事はもっと早く言え。早めに言ってくれないと、此方も作戦を立てづらいだろうが」

「いえ――訊かれなかったものですから」

「………」

 そう言えば、そうだった。彼女達は基本、ヒントは口にしても具体案は口にしてくれない。必要な情報も、此方から訊かないと殆ど話してくれないのだ。

 その事を再確認したララは思考を巡らせる。他に何か訊き忘れた事があるか、深く考える。結果、彼は一つだけ訊きたい事が思い浮かんだ。

「そうだ。敵について、ほかに何か情報はある? それとも、初日に話した事で全部か?」

 実の所ララとしては余り期待していなかったのだが、メインディッシュは〝おお〟と声を上げる。

「そういえば、肝心な事を話し忘れていました。ぶっちゃけ敵は――ララ君より優秀です」

「……は、い? 敵って……俺と同じ凡人じゃないの?」

 ここでも愕然とする、ララ。メインディッシュはそんな彼に、追い討ちをかける。

「ええ。敵はララ君を上回る、秀才と言って構いません。学業の成績から運動神経、それにIQに至るまで君より上です。何故って――敵にはハンデがありますから」

「……ハンデ、ですか?」

 何故か敬語になるララに、メインディッシュは答える。

「はい。敵にはたった四日という制限時間がある上、ララ君にはもう一つアドバンテージがありますから」

「……アドバンテージ? って、やっぱそれも俺が考えなくちゃいけないのかっ?」

 漸くこの戦いのルールに慣れてきたララは、即座にそう悟る。彼は思案し、やがてその答えらしき物に辿り着いた。

「……えーと、もしかしてソレは、その気になれば俺が全人類を味方に出来るって事か? 世界のお偉いさんと上手く交渉さえ出来れば、俺は徒党を組んで敵と戦える?」

 敵が人類に対し敵対行動をとっているのは、明白だ。その証拠映像を纏め、世界の指導者達に見せて結束を促せば、ララは世界を味方にできる。孤立した世界の敵を、大軍を以て叩く事が可能になるのだ。だが――彼にはある懸念があった。

「けど、その場合……その人類もまた敵と戦う事になるよな? 敵の標的にされて、殺される事だってあるんじゃないか……?」

「おやおや。今夜はやけに鋭いですね、ララ君は。そうですよ。君が敵との戦いに世界を巻き込めば、犠牲者の数は相当数になります。勝つ確率も上がりますが、相応の死傷者もまた出るでしょう」

「………」

 こういう時のメインディッシュは、本当に他人事のような口調だ。その辺りの心境は、ララには想像もつかないのだが、今は追及しない。彼は自分がどうするべきか、ただ考える。

「私としては、そうするべきだと思いますけどね。でなければ、少し嗤える状況になるかも」

「は、い? ソレは一体どういう?」

 が、ララがそう問うた時――ヴァーネットに動きがあった。

 メインディッシュは――こう報告したのだ。

「――敵は機体を二手に分けた様です。ヴァーネットAは此方に接近。ヴァーネットBは近くの都市に移動中。これは推測にすぎませんが、Aが私達の足止めをしている内にBが都市を攻める気なのかも」

「……はっ? 昨夜に比べれば、ずいぶん小規模な作戦だな? ……いや、でも待て。確かに小規模だけど、このままじゃ、被害が出るのは確かだ。なんとかBの破壊活動を、阻止しないと!」

 だが、どうする? 敵が二手に分かれた以上、此方もガイセルクを分離させ、敵にあたらせる必要がある。問題はその戦力の比率だ。何対何で戦力を分けるのが正しいのか、ララには見当もつかない。

「でしょうね。ならば助言しましょう。兵法では基本、戦力を分ける事は下策だとされています。何故なら、味方が敵に各個撃破されやすい状況に陥るから」

 例え味方の数が多数でも、ソレを三つに分けて単独行動をとれば、ソレは敵がつけ入る隙となる。敵が数の少ない部隊から倒していけば、何れ味方が全滅するのは明白だ。大軍の強みは一つに纏まってこそ発揮される。この定石を崩せば、相応の結果が待っているだろう。メインディッシュは暗にそう仄めかして――ますますララを混乱させた。

「じゃあ、一体どうすればいいっ? てか、敵も何を考えているっ? 戦力を分けるのは下策だって、知らないのかっ?」

「そうですね。ソレは不明ですが、この場合君に残された手段は二つ。第一にBを無視してAをまず叩き、その後、反転してBを叩く事です。戦力を分けた敵に対し、此方は十全足る力を有している。まともに戦えば、それほど時間をかけずにAを叩けるかも。ですがその場合、Bが少なからず都市を破壊する事になるでしょう。その暴挙を許さない限り――この作戦は成り立ちません」

「……都市の破壊を、許す? ソレは大勢の人を、見殺しにしろって事か――っ?」

 何時かメインディッシュが言っていた事を、思い出す。ララの能力では、犠牲失くして人類を守り切るのは無理だと彼女は言った。あの時は机上の空論だったが、今は違う。今ララが判断を誤れば、多くの人間が死ぬ。彼は今、そういう状況に追い込まれているのだ―――。

「――代案はっ? 代案は何か無いのかっ? 確かもう一つの案がある筈だろっ?」

 そのため彼はこう問うしか無いが、メインディッシュは酷薄だった。

「ならば、こちらも戦力を分けるしかありません。ですが、敵が何の策も無く戦力を分けているとは思えない。此方が戦力を五対五で分ければ、必ず返り討ちに合うでしょう。それだけは断言できます」

「………」

 多分だが、メインディッシュの読みに誤りはない。敵がララより優秀なら、敢えて戦力の分散をしてきた以上何らかの策がある。敵の動きに合わせて此方も戦力を分ければ、必ずその策にハマる。ソレはララの敗北と――全人類の絶滅を意味していた。

 だからこそララは迷うが、その間にも戦況は進展している。このまま何もせず悩んでいればBが都市へと辿り着き、都市に対する攻撃を始めるだろう。〝何もしない事〟こそ、今のララにとって最悪の下策と言えた。

(……けど、どうすれば良い? どうすれば……敵を止められる? 何か犠牲を出さずに凌ぎ切る方法は無いのか……?)

 ララが今にも頭を抱えそうなほど追い詰められる中、メインディッシュは目を細める。

「と、そういえばもう一つ説明し忘れた事がありました。それは、ガイセルクやヴァーネットのスペックについて。ララ君にとっては――非常に好ましくない機能です」

「は、い? ……ソレはこの状況を覆せる、吉報か?」

 ララが問うと――メインディッシュは初めてケタケタと笑った。


     ◇


「……だな。今更ながら、敵の狙いがわかった。敵は此方を動揺させて混乱させ、俺達に最悪の選択をさせる事だ。今日の敵の狙いは人類じゃなく――俺達を倒す事にある!」

 恐らくだが、敵はララ達が戦力を分けると考えている。都市の人々を救うために戦力を分けて、敵に応戦すると読んでいるのだ。

 仮にこの読み通り進めば、自分達は完敗するだろう。敵の策にハマり、各個撃破されるのは明らかだ。ララはそう直感し、メインディッシュもこれを肯定する。

「ですね。敵はどうやら、私達の排除を目論んでいる様です。でも――コマンダーは敢えて戦力を分けるのでしょう?」

「――正解だ。……いくぜ。今夜もブチかますぞ――メインディッシュ!」

 よってガイセルクもCとDに分かれる。ララが乗ったCがヴァーネットAへと突撃をかけ、無人機のDがヴァーネットBを追う。

 ここに初めてとなる――巨大ロボ同士の近接戦闘が始まった。

「やはりそう動いた、か。どうやらあなたの言う通り、敵は絵を描いた様な凡人みたいね、テンペスト。だから何があっても、犠牲を生む様な作戦は立てられない」

 ヴァーネットBを駆る鏡歌が、ほくそ笑む。ソレに合わせて、テンペストは忠告した。

「かもね。けど油断しない事だよ、鏡歌。敵には、メインディッシュがついている。仮に彼女が僕と同程度の性能を有しているなら、それなりの忠告はしている筈だ」

「でも、その忠告を敵のコマンダーは素直に聴くかしら? どんな良策を進言しようと、最終的に判断するのは敵のコマンダー。敵の頭が蒙昧なら、ソレを突き崩すのはそれほど困難じゃない」

 黒いパイロットスーツを着た鏡歌が、もう一度笑う。その間にガイセルクDが、ヴァーネットBに追いついてきた。ココでも両者の戦いが幕を開ける。

 同じ頃、ガイセルクCがヴァーネットAに、安値でケンカをたたき売る。

 ガイセルクにしてもヴァーネットにしても――四つの形態に変形が可能だ。

 巨大なガンモード。これは、攻撃力はあるが動きは遅い。

 飛行モード。これは、スピードはあるが、武装はチンケ。

 ビーストモード。これは、攻撃力やスピードはロボモードよりは良いが、その実、微妙。

 そしてロボットモード。身体的なステータスは一番凡庸だが、このモードだけがナノ変化を起こせる。

 ソレ等のモードを駆使した戦いが、いま開始された。

「ガンモードに移行! そのまま主砲を放ちながら――敵へと接近!」

 ララが指示を出すと、メインディッシュは忠実にソレを実行する。対して、ヴァーネットAは飛行モードで後退し、高速でこの場から離脱しようとする。

「やはり、敵は此方を焦燥させる気満々の様です。Aは逃げに転じて時間を稼ぎ、Bに都市破壊という任務を果たさせる。ソレを君が知れば、或いは絶望し、或いは怒り心頭となる。どちらにせよ、今より冷静さを失うのは確かでしょう。その心の隙を衝いて君を一気に攻撃すれば敵の勝利は疑いようも無い」

「……だな。一々癇に障るが全く以てオマエの読み通りだよ、メインディッシュ!」

 銃撃を続ける、ガイセルクC。ソレを鮮やかに回避する。ヴァーネットA。その動きを見てララは確信する。

「やはり……そういう事か? アレはガイセルクDと違って――無人機じゃない?」

「ええ。多分私の助言をもとにした、ララ君の読み通りでしょう。ソレが敵の策。敵は仲間を集い、ヴァーネットAのパイロットにして私達と交戦している。パイロットを得た事で、ヴァーネットAの性能は格段に上がっています。生きた人間と一体になる事で、ヴァーネットやガイセルクは性能が飛躍的に向上しますから。しかもこのAのパイロットには――ララ君には無い狡猾さがある」

 つまりは――ソレが敵の策。戦力を分けた此方に対し、それ以上の戦力をぶつけ、二つに分けた戦場で優位性を確立する。これが成功すれば、確かにララ達は敵と同じ条件で戦力を分けたにもかかわらず敗北する。

 恐ろしいのは、そうとわかっていながらララには戦力を分けるしか手が無かった事。決して犠牲を生む事を認められず、そのため敵の罠にハマるしか無かった点だろう。

「そう言った意味では確かに俺より敵の方が――よっぽど頭が良い!」

 忌々しそうに、ララが吼える。敵もララの焦燥した姿を幻視して、だから嘲笑する。

「さて、どうする正義の味方? こちらはまだまだ、余裕綽々だぜ? 今にもションベンちびりそうな、てめえと違ってよぉ!」

「……つっ!」

 本当に、どうすればいい? 何をどうすれば、この劣勢を覆せるのか?

 いや、そんなのは決まっていた。

(そうだ。迷うな。覚悟を決めろ。今の俺に出来る事は、ソレだけなんだから……!)

 然り。ララには、他に手など無い。よって彼はガイセルクCが飛行モードに変わった後――一気にヴァーネットAへと特攻する。

「な、にっ? 追い込まれすぎて頭のネジが飛んだか、こいつっ?」

 初めて、敵が焦燥の声を上げる。だが、その時には飛行モードのガイセルクCが、飛行モードのヴァーネットAに激突。その衝撃を受け、ララは一瞬意識が飛ぶ程の激痛を覚える。

 何故なら――ソレがガイセルクやヴァーネットのスペックだから。

 かのロボは、パイロットとの適合率が増すほど性能も増す。だが、適合率が高いほど機体がダメージを受けた際は、パイロットも痛みを強く覚える。ララはその適合率を力に変え、速攻で敵の撃破を図る―――。

「って、イカれてるのか、こいつはっ? 今の状態でギリギリのところなんだぞっ? これ以上適合率を上げれば、ショック死しかねない激痛になる! その状態で、何でそんな風に動けるんだ、こいつはよぉっ?」

「それは多分、覚悟の違いでしょうね。あなたの動きを見て、わかりました。あなたには、命を懸けてまで世界を滅ぼす気概は無い。でも、ウチのコマンダーは先の宴会の席で、妹さんにこう言われているんです」

〝だねー。もしかして世の中には、人類の抹殺を企む悪者が居るのかも。でも、昨夜そうならなかったのは、同じ様に正義の味方も居るからじゃないかな? だとしたら、私としてもその正義の味方に感謝しないと。私達が今こうして笑っていられるのは、その正義の味方のお蔭なんだから――〟

 そうだ。ララ達は秘密裏に動いている為、誰も褒めてはくれない。何がどうなろうと、誰も自分達の活躍を認めてくれないのだ。

 だが、ミカミにそう言われた時、ララは確かに喜びを感じた。この役目を負ってから初めて彼は、無性に嬉しかったのだ。

 その誇らしい気持ちが、その言い知れぬ歓喜が、ララを狂気へと誘う。彼はガイセルクCとガイセルクDの二つ分の痛みを背負いながら、戦闘を続行する。

「ぎぃいいいいいぃいぃッッッ……! があああああああぁあぁぁぁぁッッッ……!」

 全身の骨が砕かれたかの様な激痛が、少年の体に殺到する。内臓を熱棒で掻き回されたかの様な激痛が、彼を襲う。

 それでも彼は必死に正気を保ち、ただ彼女達の笑顔を思い浮かべた。

「ミカミぃいいいいッッッ! 鏡歌ぁあああああッッッ! そうだぁぁぁ。お前達が笑って今日を過ごせるならぁぁこんな痛みは屁でもねええええええええええええええ―――っ!」

 その気迫が、その覚悟が、遂にヴァーネットAの体を捉える。自身の腕が千切れかねない渾身の一撃を以てガイセルクCが、ヴァーネットAの胸部を破壊する。

 ソレを見て、弓野鏡歌は再び喜悦した。

「そう。そういう事。犠牲になる筈だった人達の苦痛を、一身に受けて戦う、か。凡人には凡人の戦い方があるという事ね。敵のあの機体も私の足止めに終始して中々突破できないし、今日はこれまでかしら?」

 よって、鏡歌はあっさりとヴァーネットAのコクピットを強制排出する。パイロットを切り捨て、ヴァーネットBはヴァーネットAとの合流を図る。

 ソレが済んだ後、彼女達は事もなく撤退した。

「ヴァーネットの――エネルギー反応消失。どうやら敵は撤退した様です――コマンダー」

「……ハァ、ハァ、ハァ。……やった、のかぁ? 俺は、敵を……追い払う事ができたぁ?」

 だが、そうは思いつつも、ララにはまだやるべき事がある。

 彼は呼吸を整える暇さえ惜しんで、排出されたヴァーネットAのコクピットに目をやった。


     ◇


 ガイセルクDと合流して一つになったガイセルクが、件のコクピットに近寄る。ソレを見てコクピットに居た男性は、必死の思いでコクピットから出る。そのまま彼は逃げ出そうとしたが、その前にガイセルクが立ちふさがった。

 逃げ場を失った彼の前に、顔まで覆ったパイロットスーツを着たララが飛びおりてくる。ララは拳銃をつきつけながら、彼に問うた。

「何者だ、おまえ? おまえがこの件の首謀者か? ……いや、違うな。だったらトカゲのしっぽみたいに、こうして切り捨てられている訳がない。要するにおまえは、敵の協力者って事か?」

 地面に二発威嚇射撃をして、ララが訊ねる。彼は、それでたじろいだ様に見えた。

「ま、待て! そ、そうだ! 俺はただあの野郎に誘われただけだ! ネットを通じて面白いゲームがあるから参加しないかって! 世界を滅ぼしたい位むしゃくしゃしているなら、このゲームでウサを晴らせって言われた! ただそれだけで、本気で世界を滅ぼしたいなんて思っていた訳じゃなかったんだ!」

「………」

 ララが沈黙すると、ガイセルクのコクピットに残っているメインディッシュがテレパシーを送る。

《恐らく事実でしょう。彼には、それほど大それた気持ちは無かったと思いますよ。ただそれでも、こうして追い詰められているからこそ彼は弁解しているのでしょう。仮に自分が優位に立っていれば、例え街一つ壊滅していようと笑いのネタにする。それ程度には、精神が歪んでいると思われます。そんな彼に対し、コマンダーはどう対処するつもりでしょうね?》

 が、メインディッシュに答える前に、ララは彼に訊いた。

「なら、おまえを誘ったやつの特徴を教えろ。性別は? 年齢は? どこに住んでいて、どんな顔をしていた? 無駄口なしで、さっさと言え。悪いがさっきの戦いで、こっちはもう一杯一杯なんだ。少しでも癇に障る事を言ったら、マジでその頭ぶち抜くぞ――っ!」

 実際、ララはもう一発威嚇の為に発砲する。その冷静さを欠いた危険めいた気迫を前に、彼は尻餅をつく。

「……わ、わからねえ! 昨日の昼に森に呼び出されて、全身タイツの男に魔法を見せられた! 地面が槍に変化する魔法だ! 昨夜の核攻撃も、自分の仕業だって言っていた! それでついそいつの口車にのっちまったんだ! なのに、あの野郎、あっさり俺を見捨てやがって!」

「………」

《それも事実でしょうね。要するに、彼から敵の正体を辿るのは無理だという事です。そうなると彼はもう用無しという事になりますが、どうします、コマンダー?》

 確かに、ソレが一番の問題だった。ララとしては、彼がしようとした事はとても許せる物じゃない。何せ都市の破壊や、人々の虐殺に、面白半分で手を貸そうとしたのだから。

 けど、だからといってララにはソレを公にできない。彼の行為を表ざたにすれば、世界には人類の滅亡を企む敵が居る事が明らかになる。そうなれば、否応なくララは全世界をこの戦いに巻き込む事になるだろう。そうなれば、きっと多くの犠牲者が出るに違いない。ソレは今のララが、望む所では無かった。

 要するにララは彼の犯罪行為を表ざたにできず、だから見逃すしかないという事だ。

《ま、そう言うと思っていました。なら、君はこっちに戻ってきて下さい。それで全ては済みますから》

《……わかった。その線で行こう》

 ララが無言で彼に背を向け、立ち去ろうとする。ソレを見て、彼は初めて笑った。

「――この、イカレた格好をしたエセ正義野郎が! てめえみたいのがこの世で一番ムカつくんだよぉ!」

 途端、彼がズボンの後ろ腰に挟んでいた拳銃を引きぬき、ララにつきつける。そのまま引き金を引こうとした瞬間、ソレは起きた。地面が突起し、槍と化して、彼が突き出した腕を貫通したのだ。ソレを見て、彼はただただ唖然とする。

「……はぁっ? ああああああぁぁぁ―――っ! あああああああああぁぁぁぁ………!」

《はい。これで殺人未遂罪成立です。一連の映像は録画済みなので、ソレを添えて近くの交番に彼をつき出しましょう。それで――この件は終わりです》

 実際、ガイセルクが彼の頭を軽く小突き、気絶させる。そのままガイセルクはララを乗せて地面に穴を空け、地下へと潜る。メインディッシュは警察に連絡して、拳銃を持った男がどこそこで倒れていると通報。こうして――この件に決着をつけたのだ。


     ◇


「……けど、結局今日も何の収穫もなかったな。敵があいつに何らかの情報を開示していたとは、思えないし」

「ですね。テンペストが居る限り、容姿や性別を偽る位の真似は普通に出来ます。彼が会った人物が、本当に男だったかさえわかりません。ですが、それでも収穫はあったと思いますよ」

「は、い? 何か気付いた事でもあるのか、メインディッシュは?」

 ララが眉をひそめると、彼女は嬉々とする。

「ええ。今日の戦いで、君が一皮むけた事です。やはり人を刀の様にみがくなら、修羅場におくのが一番ですね」

「………」

 簡単に言ってくれる。ララとしては、本当に死ぬかと思ったのだから。いや、実は、自分はもう正気では無いのでは? だから、あの彼に対しても強気でいられた。彼に銃をつきつけられても、恐怖さえ感じなかったのではないか?

「……いや、もう良い。俺は疲れたから、寝る。メインディッシュも、早く寝た方がいいぞ。オマエも、今日は疲れただろう?」

「んん? そういえば、言っていませんでしたっけ? 私達は、寝なくともいいと」

「……え? そうなの?」

「ええ、そうです。なので、世界の監視はどうぞお任せを。何か異変があったら遠慮なく叩き起こすので、安心してお休みください」

 あまり安心できない事を、メインディッシュは笑顔で告げる。ソレに苦笑いしながらララは家に戻ってベッドに倒れ込み、貪るように眠りにつく。

 彼の束の間の平穏は――こうしてもたらされたのだ。


     4


 ソノ日、彼は他愛も無い夢を見た。本当に短く、意味なんて殆どない夢を。

 何ていう事も無い。まだ四歳頃の自分が、転んで泣いているのだ。小さい頃から痛みに弱かった彼は、ただ転んだだけでもよく泣いたものだ。

 そんな自分など全く珍しくも無く、何時もの事だと彼は考える。ただ一点、違っている事があるとすれば、ソレはあの妹が現在の成長した姿で、彼を慰めている事だろう。彼女は彼の頭を撫でて、あやし、笑顔を浮かべる。その上で、彼女はこう漏らした。

「……頑張ったね、兄ちゃん。あんなに痛いのが厭だったのに、一杯痛い思いをして本当に頑張った。やっぱり兄ちゃんは、私の誇りだよ」

 けれど、それでも彼はただ泣くだけだ。きっと、本当に泣きたかったのは彼女の方なのに、彼は彼女の分まで泣き続ける。ソレにどんな意味があったのかは、わからない。

 そんな夢を見た後、彼は自然と眠りから覚めていた。


     ◇


 目を開けると、其処は自分の部屋だった。反射的に時計を見ると、時刻は八時半。今日は日曜日なので学校は無いが、いつもは七時半に起きる自分としては寝坊だろう。昨日は遅くまで起きていたとはいえ、これでは生活習慣が不規則になる。

 そう反省しながらララはベッドから降り、自室を後にする。リビングに出てみれば、其処には既に私服姿の鏡歌と命が居た。

 白いワイシャツにジーズを着た鏡歌と、和服の上着を脱いでいる命。その鏡歌は、ララの顔を見るなり眉をつり上げる。

「って、寝すぎよ、ララ。いくら日曜だからって、気が緩んでいるじゃない?」

「おやおや。ララ君は本当に、一生弓野さんにこう言った小言を言われ続けて生きていきそうですね?」

 命がケタケタ笑うと、鏡歌は顔をしかめた。

「……だから、そういう冗談は要らないんだって。それより問題なのは、ミカミちゃんよね。そろそろ起きてもらって、朝食をとってもらった方が良いんじゃない?」

 彼女の兄であるララに、鏡歌は了解をとる。ララは一考してから、首肯した。

「だな。体調の事もあるし、一度起こして確認しておこう」

「………」

 と、鏡歌が何故か沈黙する。ララが首を傾げていると、彼女はハっと我に返った。

「あ、いえ。ララ、何かあった? なんかこう、……いえ、何でもないわ」

「んん? そう?」

 要領を得ない鏡歌の言葉に、ララはまたも首を傾げる。

 そんなやりとりの後、命が席を立つ。

「なら、私が起こしてきましょう。ララ君達は、朝食の用意をお願いします」

「わかった。頼んだ、宮部さん」

 ここでも二手に分かれるララ。鏡歌はララに皿を運んでくるよう指示を出し、彼も忠実にそれに従う。ソレは昨日までと変わらない、何時もの朝だ。ララもこのまま、平和なままで日常が始まると思っていた。彼女が、やって来るまでは。

 命が、二階にあるミカミの部屋から出てくる。彼女は普通に階段を降り、キッチンに顔を出して、ララ達にこう言った。

「ララ君。ミカミさんが起きません」

「は?」

「だから、起きないんです、ミカミさんが」

「…………」

 これが普通の家族なら、ただ訝しむだけだろう。だが、その意味を察した時、ララは駆け足でミカミの部屋に向かった。鏡歌もまさかと言う思いで、後に続く。

 二階に駆け上がり、彼女の部屋の扉を開ける。

 ベッドで横になっている彼女の傍に近寄って、彼は彼女に呼びかけた。

「――ミカミっ! ミカミっ? ミカミっ? ミカミっ? ミカミっ? ミカミっ?」

 その様を見て、鏡歌は両手で口を被い、愕然とする。やって来た命も、ただ両目を閉じた。

「……起きろよ、ミカミ! 頼むからぁ、お願いだからぁぁ、起きてくれよぉぉぉ、ミカミぃいいいいいいいいいいい………!」

 だが、確かに命が言う通り、幾都ミカミは――目を覚まさなかった。


     ◇


 そこから先の事は、よく覚えていない。ララは胡乱な頭で、状況が動いていくのを見ていただけだ。

 命が消防署に連絡を入れ、救急車の出動を要請した。が、数十分後にやって来た彼等は、ただ幾都ミカミの死亡を確認しただけだった。

 その現実をつけ付けられた時、ララは初めて糸が切れた人形の様にその場にしゃがみ込む。それでも彼は何とか冷静になろうと、必死だった。

 そうだ。こうなる事は、わかっていた。何時かこうなるって知っていた。でも、それでも、大丈夫だって思いたかった。大丈夫だって、信じられたらどんなに幸せだったか―――。

 だから、誰にミカミの容体を聞かれても自分は〝大丈夫だ〟と言い続けた。自分に言い聞かせる様に〝大丈夫だ〟と言い切った。

 なのに、それなのに、何でこんな事になっている? そうだ。ずっと言いたい事を我慢してきたんだろ? もっともっとたくさん言いたい事があった筈だろ? もっと自由に振る舞って、自由に学校に行って、俺みたいに普通の人生を歩みたかった筈だ。なのに、なんで、死んでいるんだよ、お前は―――?

「……そうだ。もっと、弱音を吐きたかった筈だ。苦しいって、痛いって、駄々をこねたかった筈だ。なのに、此奴は自分の気持ちに嘘をつき続けた。俺の口癖だった〝大丈夫〟って言葉を真に受けて、言いたい事がたくさんあった筈なのに我慢していた。でも、もっと、本音を言わせてやるべきだったんだ。もっと、言いたい事を言わせてやるべきだった。なのに、それなのに、此奴は俺達に気を使ってばかりいて、言いたい事は何も言わなくて。此奴の体を壊したのは病気かもしれないけど、此奴の心を壊したのは、俺だ。俺が〝大丈夫〟なんて気休めを口にしなければ、もっと此奴は――ミカミは、我が儘を言えたのかもしれないのにぃいいい―――っ!」

 いや、もしかすれば、ミカミを殺したのは本当に自分なのかもしれない。もし、自分が昨夜出かけなければ、彼女の容体の変化に気付けたかもしれない。自分が家に居さえすれば、ミカミは助かったかも。

 だというのに、自分は見も知らない人達を守る為に、妹を蔑にした。結局、自分は、実の妹を見殺しにしたのだ。あれほど世界より妹の命を選ぶと考えていた自分は、その実、気が付けば妹を死なせていた。ソレが、幾都ララが世界を守る代償だった。

 心底からそう悔やむララに、鏡歌は告げる。

「……でも、ミカミちゃんは、楽しそうだった。昨日まで、あんなに楽しそうに笑っていた。私はあの笑顔は、絶対に嘘じゃないと思う。嘘偽りない、彼女の本心が表に出た純粋な笑顔だったのよ。……だから私はこう思うの、ララ。私達にはその思い出を胸に抱いて、生きていく義務があるって。ミカミちゃんの事を忘れずに、心に焼き付けて、彼女が積み上げてきた物を引き継ぐ。そうすれば、きっとミカミちゃんは完全に居なくなった事にはならない。私達がミカミちゃんを覚えていて、その想いを胸に抱いている限り、彼女は永遠に生き続ける。それだけが、ミカミちゃんに対して私達ができる最後の事。こんな月並みな事しか今の私には言えないけど、これが私の嘘偽りない本心よ……ララ」

「……鏡、歌っ」

 ならば、その頬に伝う涙も本物だろうか? テンペストあたりがこの場に居たら、そう問うていたかもしれない。

 けどララがそう訊く筈も無く――彼と彼の幼馴染はただ涙しながら幾都ミカミを見送った。


     ◇


 それから六時間ほど経って、ララの両親が転勤先から帰ってくる。二人はミカミの部屋を訪れた後、声も無く、ただ泣いた。ソレを見て、ララは呟く。

「……父さん達が泣いたところ、初めて見たよ」

 ミカミが大病だと聞かされた時も、気丈に振る舞っていた父と母。だが、それももう限界だった。母はミカミの体に強く抱きつき、その胸に顔を埋める。

「ソレは、な。だって、たった、十三年だぞ? たった十三年しか、ミカミは生きられなかった。俺達の半分も、生きていない。こんな悔しい事は、ほかに無いだろう?」

 それでも努めて冷静に、父は答える。

 ミカミの医療費を工面する為、両親揃って単身赴任をしていた幾都家。ララもバイトをして少しでも両親の手助けをしたかったが、両親は〝お前は俺達の分までミカミの傍に居ろ〟と言ってきかなかった。だというのに、自分は肝心な時に妹の傍に居なかったのだ。

 その事を今も引きずるララは、歯を食いしばる。

「でも、そうだったな。ララは、小さな頃はよく泣いていた。ソレをミカミがよく慰めて、まるでミカミの方が、お前の姉さんみたいだったよ」

 薄っすらと笑って、父が述懐する。ソレを見てから、ララは項垂れた。

「……そう、だな。本当にミカミが、俺の姉ちゃんだったらよかったのに。俺が彼奴の代りに死ぬべきだったんだ」

 ソレを聴いて、初めて父がギョッとする。彼はそれでも、冷静であろうとした。

「ソレは、違う。お前は今生きていて、やりたい事や出来る事があるんだろう? その全てから目を背けるのは、絶対に間違っている」

 ついで、今まで泣き崩れていた母も口を開く。

「……そうね。ミカミも私達に気を使ってきたけど、ララもミカミに遠慮してきたでしょう。あの子の為に時間を割いて、友達づきあいも減って、鏡歌ちゃんとの事も半ば諦めている。でも、ソレは違うわよ。その気遣いは、かえってミカミを苦しめるだけ。だから、ララはもう自由になりなさい。ミカミと貴方は、互いに遠慮し合いながら、束縛し合う必要はもう無いの」

 母が諭すのと同時に、父も頷く。

「そうだな。ソレがいま、お前が唯一ミカミの為に出来る事だ。彼奴の代りに幸せになれ、ララ。ミカミが見られなかった物を見て、得られなかった経験を得て、幸せになれ。俺達はもうそんな事を願う事しかできない」

「………」

 ララの肩に手を乗せ、父が祈る様に告げる。

 ただ、ソレを聴いても、ララの煩悶は晴れる事が無かった。


     ◇


 ララ達を家族四人きりにする為、鏡歌は命をつれて自宅に戻っている。その為、幾都家は信じられないほど静かだ。昨夜はあれほど騒がしかった幾都家は、本当に静寂に包まれている。

 だから、部屋の片隅で座して休んでいるララの耳に響くのは、昨夜の残響だ。ミカミの元気一杯な声や、鏡歌のお小言に、命の悪戯気な言動が耳に届く。

 アレほど幸せだった時間を、ララは知らない。

 アレほど輝いていた妹の姿を、彼は知らない。

 せめてミカミもあの瞬間だけは幸福だったと、ララは祈るしかなかった。

「……幸福、か」

 ミカミの分まで幸せになれと、父は言った。だが、本当にそれは正しい事なのか? ミカミを蔑にした自分が、幸せになって良い?

 自分はミカミを半ば見捨てて、世界を守る事を選んだ。妹を犠牲にして、自分は見知らぬ他人を守ったのだ。

 彼にとってソレは、明らかなミカミに対する背信行為だ。そんな自分が、本当に幸せになって良いと言うのか?

「……そう、だ。俺が、ミカミを、殺した」

 そんな自分が、幸福になって良い筈が無い。そんな自分は、逆に罰せられるべきなのだ。鏡歌や父や母はああ言ってくれたけど、ソレがララの結論だった。

 自分は、取り返しのつかない過ちを犯した。よりにもよって、ソレで失われたのは最愛の妹の命だった。なら、どうして自分だけが幸せになれるだろう?

 今となっては、何で自分は今も生きているのかと、神様に問わずにはいられない。せめてミカミの代りにこの命を投げ出せたら、どれだけ楽だろう? 自分が死ぬ代りにミカミが生きかえるなら、これ以上の幸福は無い。

 自分なんて、己の幸福にさえ気づかなかった凡人だ。一日一日の幸福を噛み締め、その有難みを実感していた妹こそ生を謳歌する資格があった。

 全てが無くなった後でそんな事に気付くなんて、自分は本当に愚か者だ。幸せを手にする資格なんて、本当に微塵も無い。

 カーテンが閉め切られた、薄暗い部屋でララはただそう思う。今はただ後悔で胸が一杯だ。悔いしか無く、ミカミがどんな顔で笑っていたかさえもう思いだせない。そんな自分は本当に最低だなと思った時、その声は響いた。

「やれやれ。思った通りの落ち込み様ですね。だから君は、凡人だと言うのです」

「――メインディッシュ?」

 部屋の床に穴が開いて、其処から件の少女が顔を出す。ララは息を呑むが、彼女は相変わらずだった。

「ええ、問題はありません。弓野さんには、〝少し出かけてくる〟とちゃんと了解はとってありますから。ですが、些か残念ですね。君は弓野さんの励ましを、全く理解していないのだから」

「……鏡歌の、励まし」

 そうだった。鏡歌は、言っていた。俺達には、ミカミの姿を胸に抱きながら生きていく義務があると。そうする事が、唯一ミカミの為にできる最後の酬いだと彼女は言っていた。

「……だったな。でも、駄目なんだ。理屈はわかっていても、感情がついてこない。今頃、俺はわかったから。俺は自分が平凡な人間である事を疎んできたけど、本当は違ったんだ。一番苦しいのはミカミの様な人生で、普通である事がどれだけ尊いか思い知った。普通に生きているだけで人は幸せなんだって、この上なく痛感した。そんな普通の人生さえ、俺はミカミに送らせてやる事が出来なかったんだ。俺は……そんな単純な事さえ気付けなかった」

 が、メインディッシュは真顔で首を横に振る。

「いえ、それも君の傲慢です。弓野さんは、鏡歌さんは、何と言っていましたか? そう。例え一見不幸に見えても、ソレが事実だとは限らない。例え不幸に見えても、彼等には彼等なりの幸福があるのかもしれない。不幸に見えるから不幸だと断じるのは、違う。彼女は、そう言っていた筈です。よく思い出しなさい、幾都ララ。確かにミカミさんは、十三年しか生きられませんでした。でも、それでも、彼女は本当に不幸だった? 不幸だったと言い切って、彼女の人生を一方的に貶めても構わない? ソレは、絶対に違う筈です、幾都ララ」

「………」

 その時、彼はもう一度、昨夜の幸せそうに笑う妹の姿を思い出す。

 いや、思い返してみれば、彼女の人生は微笑みで満ちていたではないか。それはきっとやせ我慢だったけど、彼女が微笑む度に胸が痛みながらも嬉しかったのも事実だ。

 ミカミが幸せだったかは、わからない。けど、彼女が周囲に幸せを振りまいていたのは、間違いない。

 そうだ。彼女は、決して俺や自分を不幸にするために生まれてきた訳じゃない―――。

 そう悟った時、幾都ララは初めて顔を上げた。其処には、自分を見守る彼女が居る。

 この時、ララは彼女の顔にミカミの姿を重ねた。

「そうですね。私は人を慰めるのが苦手です。だから一度しか言いません。君はミカミさんに恥じない活躍をした。そしてそんな君をミカミさんも心から誇りに思った。だから、どうか、君は胸を張って」

〝――そうだよ、兄ちゃん〟

「………ああ」

〝そろそろ、妹ばなれする時だよ――〟

「そう、だな……」

 そうして、幾都ララはもう一度結論したのだ。

「……そうだった。例え何があっても、お前を犠牲にした以上、俺は前に進まないと。幾都ミカミの人生は決して間違いじゃなかったと、俺が証明しないといけない―――」

 だから、立ち止まるのはここまでだ。自分やミカミの人生を蔑にする様な真似は、二度としない。

 それが、鏡歌が言いたかった事で、メインディッシュが諭してくれた事。

 本当に、自分は愚か者だ。そんな単純な事にさえ、気づかなかったんだから。改めて自分は平凡な人間だと悟りながら、それでも幾都ララは微笑んだ。

 それはミカミと同じやせ我慢の笑顔だったけど――彼は今こそ立ち上がる。

「俺にはまだ出来る事があって、やるべき事が残っている。そうだな、メインディッシュ?」

「どうでしょう? でもそれが貴方の結論であるなら、私はソレを尊重します、コマンダー」

 両目を閉じながら、彼女が謳う。

 そんな彼女を前にして――ララは心底から苦笑いを浮かべた。


     ◇


 だが、そうは決意した物の、自分はどうするべきだろう? ララは思わずそう疑問に思う。

「……だな。よくよく考えてみたら、俺には出来る事が無い。何しろ敵が動き出さないと、此方は動く事さえできないんだから」

 敵の正体がわからない以上、ララとしては受け身でいるしかない。此方から敵に対して何らかのアクションは起こせず、そのため途方に暮れるしかなかった。

「これはまた夜になるのを待つしかない、か? ……最悪なのは、戦いの最終日とミカミの葬式が重なっている事だ。最終日となれば絶対にしかけてくるよな、敵は?」

 メインディッシュに問うと、彼女は首肯する。

「でしょうね。君も予想しているかもしれませんが、敵はかなり大がかりな真似をしてくる筈です。もしヒマだと言うなら、ララ君はその敵の行動予測でもしておいてください」

「……待て。ソレは吝かじゃないけど、何かヒントは無いのか? 悪いが、俺はヒント無しじゃ何も思いつかないぞ?」

 ララは顔をしかめるが、メインディッシュは嘆息するだけだ。

「……なんで自分の無能をそんな誇らしげに語るんでしょうね、ウチのコマンダーは? ですが、無理です。悪いのですが、ヒントは既にあのとき言っておいたので」

「あのとき、言った? 何だよ……それは?」

 本当に、意味がわからなかった。ララには、身に覚えが無さすぎる。

 お蔭で彼の愚痴は、尚も続く。

「お前さ、俺はどこぞの天才軍師じゃないって本当にわかっている? 俺は自他ともに認める凡人なんだぜ? その俺にどんなレベルの期待をしているんだよ、お前は?」

 しかし彼は、彼女がこう切り返した事で沈黙するしかない。

「そうですか? でも、敵なら間違いなく今ある材料だけで、気が付くでしょうね。今の君の発言は敵に対する敗北宣言ともとれる言い草なのですが――そう解釈して構わない?」

「………」

 お蔭でララは、無言で必死に考える事になる。自分は絶対に、人類を滅ぼそうとしているあの敵にだけは負ける訳にはいかないから。世界の敵こそ、彼にとってはミカミの仇だ。

 ただそれでも――彼は遂にその答えに辿り着く事は無かった。


     ◇


 その頃――弓野鏡歌のオリジナルは尚も地下に潜伏中だった。

 疑似体を通してミカミの最期を知った彼女は、瞳を閉じる。ヴァーネットの操縦席に深く身を預け、ただもう一度だけ涙した。

 その姿を、やはり無表情でテンペスト・ケルファムは見つめる。

「これは予想外だったね。君はもう、二度と泣かないと思っていたのに。それとも、ソノ涙はただの社交辞令?」

 皮肉でも何でもなく、彼は思った事を口にする。鏡歌は、その事には特になんの感情も覚えず、全く別の事を言い始めた。

「そうね。ミカミちゃんの事があるから、ララは彼女をつくらないと思っていた。ララは、ミカミちゃんが幸せにならない限り、自分も幸せにならないと考えていた筈だから。でも違ったわ。ララはそれでも、前に進もうとしていたのね。ソレは決してミカミちゃんを蔑にしたわけじゃなく、ただ純粋に前に進みたかっただけ。多分だけど、そうなんだと思う」

「その相手が自分じゃなくて、残念だった?」

 容赦ない、テンペストの質問。だが、鏡歌はハッキリ答えない。

「宮部さんは、いい子よ。本当に、ララには勿体ないくらい。私にはない物をたくさん持っている彼女なら、きっとララをいい方向に導けるでしょう」

 だが、ソレに何の意味がある? 自分の目的は世界の滅亡であり、人類の根絶にある。そんな自分が個人の死を悼み、個人の幸福を願って何になる? ソレは明らかな矛盾であり、整合性がとれない考え方だ。

 こんな自分を嘲笑いながら、鏡歌は初めて己の後ろに座るテンペストに目を向ける。

「幾都家や宮部家の人達だけ助けても、きっとララ達は喜ばないでしょうね。それでも彼等だけは助けたいと言ったら、あなたは私を嗤う、テンペスト?」

「そうだね。ソレは君らしくない、非合理な考え方だ。人を心底憎んでいる筈の君が、まだ誰かに情を覚えている。ソレは――一種の奇跡だよ」

 彼が言っている事に、間違いは無い。人間の正体を見た彼女は、だから人と言う物を嫌悪している。人間と言う物に絶望し、何処を探しても希望という物が見つけられない。

 いや、或いはそう考えている自分は、既に正気ではないのかも。正常なのは自分以外の他人で、自分は既に狂っているのかもしれない。

 だからララ達に対しては、素知らぬ顔で綺麗ごとが言える。

 だからララ達に対しては、今も普通に笑顔を浮かべられる。

 彼女もまた、ミカミを失ったララと同じだ。

 理屈ではわかっていても、感情がついてこない。ララ達のような善良な人間が居るとわかっていても、人が憎くて仕方がない。

 この致命的な矛盾を前に、鏡歌はもう一度微笑む。

「そうね。人間の最大の長所と短所は、環境に適応してしまう事だわ。平時なら大抵の人がその平和を享受して、争い事は殆ど起こさない。でも、仮に今が戦時なら、人を殺すのが当たり前になる。体制側からそう教育され、戦地に赴かなければ罰せられてしまい、選択の余地が無い。私達は偶々平和な時代に生まれたから、そう言った選択を迫れる事がなかった。けど少し何かがズレていれば、私も殺す側の人間に手を貸していたでしょう。自分の国の利益の為に、何処かの国の人々を殺す。戦争で祖国が戦果をあげれば、その事を何の疑いも無く喝采してやまない。国が戦果をあげる度に、見知らぬ誰かが死んでいるというのに、逆に喜びさえする。そういった時代が確かにあって、一歩何かが違っていたら、私もその渦中にいた。だというのに、私は断罪者を気取って世界を粛清しようとしているわ。これほど滑稽な話は、他にないわね」

 この様に、鏡歌も理屈の上では自分の立場や世界の事情についてもわかっている。

 自分が手を汚していないのは、先駆者が多くの血を流し、平和な世の礎になったから。それなくして今の自分やララ達はありえない。時代が時代なら、彼女もまたあの時見た〝殺す側の人間〟になっていた。運よくその業から逃れただけの自分が、断罪者を気取るなど、本当に嗤わせる。

「かもしれないね。君は自分が世界を滅ぼそうとすれば、どうなるかもう少し考えるべきなのかも。いや、そんな事は、わかりきっている。そんな事は、簡単に想像がつく。ソレは自分の大切な人の命さえ奪うという事。尊きその全てを、灰燼に帰すという事だ。ソレが現実になった時、君がどう感じ、何を想うか、君は考えておくべきだと思う。いや、君の様に大切な人がいる人間が世界の滅亡など願うべきではないのかもしれない。殺す側の人間を憎み、その抹殺を果たすなら、自分もまた虐殺者になるという事だから。それは間違いなく、君自身が憎んでいる筈の人間に成り代わると言う事だ。果たして君はそうなる事を認め、覚悟している?」

 機械的に人の道理を説くという器用な真似を行う、テンペスト。

 彼の問いを聴き、鏡歌は一考した。

「確かにララ達は、私に残された最後の良心の象徴だわ。だから、どうしても消す事ができない。彼等を助けたいと願うのは、私自身が救われたいという思いの裏返しなのかも。でも、私は怖いのよ。いつか何かのはずみで、時代が逆行するかもしれないって。この国は、今は嘘みたいに平和だけど、世界規模で見れば争いは今も絶えない。戦争や内乱やテロで、祖国を追われる人々が居る。飢餓や疫病で、今も死んでいく子供達が居る。私はその現実から目を逸らして生きてきたけど、私は人間という物を知ってしまった。時代によっては、体制によっては、人は人を残酷に殺せる生き物だと熟知してしまった。私はそれが、怖くて、怖くて、仕方がない。何時か、私が生きている間にあんな地獄が世界を飲み込むと想像しただけで、身震いがする。そうよ。私は人間が憎いから滅ぼしたいんじゃない。私はただ純粋に――彼等が怖いの。殺し合いという凄惨な環境にさえ適応してしまう人類が怖いから、無くしてしまいたい。今は私に笑顔を向けているあの人達が、殺戮者になる所を見たくないから、消してしまう。これは私が私と人類を終わらせる事によって、救済される物語だから――」

「………」

 だとすれば、何とも救いが無い話だ。他人を殺し、自分さえも殺し、それで完結する物語。弓野鏡歌は、本気でそんな事をユメ見ている。人間と言う名の恐怖が、彼女をそこまで追い詰めた。一見する限り今は冷静に見える鏡歌だが、その実、心中はまだとても穏やかとは言えない。

〝人を見た〟直後の凄惨な姿こそ見せていないが――彼女の決意は何も変わっていないのだ。

「人が怖い、か。確かにソレは正しい認識だよ、鏡歌。君が言う通り、人間ほど怖い生き物はいない。何しろ人はあらゆる残虐性を想像でき、実行できる唯一の生き物だからね。その全てを見てしまった君が、人を怖がるのは当然だろう。ソレを見て平然と人の為に尽くせるという輩の方が、よほど気が狂っているのさ。だから、僕は何も言えない。何も知らない僕では、君の恐怖を和らげる事はできない。でも、君にはまだ希望が残されているんじゃないのか、弓野鏡歌? 世界を滅ぼす悪役を気取るのは、ソレを確かめた後でも遅くないのでは?」

「………」

 やはり感情の無い声で喋るテンペストに、彼女は別の事を訊ねる。

「それより、あなた、敵の人物像とか推測できる?」

「んん? ソレに答える前に、君の意見が訊きたいな。鏡歌は、敵はどんな人間だと思っている?」

 首を傾げる彼に、鏡歌は目を細める。

「どうかしらね? あまり知った様な口はききたくないけど、正直オメデタイとは思っているわ。私が見た人の姿も知らずに、ああも必死に他人を守ろうとするあの姿は、滑稽と言えるかも。きっと敵にも大切な人が居るからでしょうけど、私が見た全てを知ったらどう思うか? 仮にそれで敵が絶望するなら、私はもしかするとその敵の顔を見てみたいのかも。私と同じ様に人間と言う物に絶望する敵の顔を見て、敵が抱いていた価値観を崩壊させたい。人を守ると言う行為が如何に愚かな事か、心底から知らしめたいの。私が敵に望む事があるとすれば、ソレね。私が一番共感して欲しいのは――他ならぬガイセルクのパイロット。あの敵に私は人の醜さと非道さと残虐さを思い知ってもらい――その上で死んでもらう。人の事を何も知らずに人を必死に助けようとする――あの敵だけは何としても殺す。あの敵こそ、私の恐怖を助長させるだけの、邪魔な存在だから――」

 鏡歌の言葉には、一点の迷いも無い。彼女がこれほど一個人を嫌悪するのは珍しいが、これが鏡歌の本音だった。

 今の彼女には、本当にわからないのだ。なぜあそこまでして、人を救おうとするのか? なぜあそこまでして、人を守りたいのか? 人に恐怖を抱き、人を滅ぼしたい彼女にとって、敵とは正に真逆の存在だ。そして多くの場合、人は立場が異なる人間を排斥しようとする。そう考えれば、鏡歌の心理は極自然と言えた。

 が、テンペストはやはり冷静な面持ちでツッコム。

「ソレ、敵の人物像には殆ど触れていないよ。君の敵に対する私怨を、謳っているだけ。それだけ敵は、鏡歌を感情的にさせる存在と言う事かな?」

「かもしれないわ。いえ、きっと敵も似た様な事を考えているでしょうね。私がなぜ人間を滅ぼしたがっているのか、不思議でしかたがない筈。そう考えると、どっちもどっちだわ。敵も私の事は嫌っていて、或いは殺したいほど憎んでいるのかもしれないのだから」

 ソレも、また正しい。彼女の敵は、彼女の行為を決して認めていない。いや、今まで以上に必死になって、彼女の手から世界を守ろうとするだろう。敵のその微妙な心境の変化に気付く事もなく、鏡歌は天井を仰いだ。

「でも、敵はテンペストが言うような、ただの凡人ではないでしょうね。時と場合によっては狂気に身を委ねる覚悟が敵にはある。私から見れば滑稽でも、敵の身内から見れば、それは称賛に値する決意だわ。もし私が正気なら――私は敵に恋をしていたかも」

「へえ? それは、少し妬けるかな。僕はこれでも、君が気に入っているから」

「そう? それこそ社交辞令というべき言い草ね、テンペスト」

 ついで鏡歌は彼から視線を切り、こう呟く。

「けど、何があってもララ達だけは、助ける。これはもう決めた事よ、テンペスト」

「………」

 その決断が何を意味しているか――弓野鏡歌はやはり知らない。


     ◇


 それから、更に七時間が過ぎた。家族三人でしめやかに行われた夕食を終えた後、ララは自室にこもる。その後メインディッシュと合流して、二人は例によって地下鉄に乗り、他県に移動する。その最中、ララは彼女に問わずにはいられなかった。

「って、お前、鏡歌には何て言って出てきたんだよ? ちゃんと、怪しまれないような言い訳はしてきたんだろうな?」

「問題ありません。というか、ララ君って鏡歌さんの部屋とか見た事あります?」

「いや、一度も無いけど」

 どういう訳か、彼女は何故か子供の頃からララを自分の家に招く事はなかったから。年頃となった今となっては当たり前だが、幼少期のララは何故だろうと首を傾げた物だ。その謎が、いま明らかにされた。

「彼女の部屋、かなり散らかっているんです。こう袋に入った謎の本とかが積み上げられて、それがいくつもあって。あれじゃあ確かに、自分の部屋に他人を泊めるなんて真似はできないでしょうね」

「……謎の本、ですか?」

 一体何だ、ソレは? ララは未だ嘗て、鏡歌からそんな話は聞いた事が無かった。一体彼女は、何の本を収集していると言うのか――?

「なので、今日はカプセルホテルにでも泊まると言って出てきました。多分ですが、鏡歌さんもソレで納得した筈です」

「……そっか。なら、良いけど」

 まさかミカミが亡くなった日に命と密会しているなんて、鏡歌には知られたくない。

 いや、ソレを言うなら、こうして何とか立ち直っている自分はやはり薄情者なのだろう。普通ならもっと悲嘆に暮れて、気分が滅入る筈である。とても体を動かす様な気分にはなれず、父や母の様に項垂れている筈だ。例えどんなに元気づけられようが、こんな時は心が上手く働かないのが人間だから。

(……そういう意味では、やっぱり俺はもう正気じゃない。妹が死んでいるのに僅かでも活力を取り戻している俺は、本当にロクデナシだ。でも、悪い、ミカミ。兄ちゃんは絶対に、やり遂げなきゃならない事があるんだ――)

 心の中でそう謝りながら、それでも彼は前を向く。だんだんと壊れていく自分を自覚しながら、ララは視線に力を込めた。その時、彼女が窓を見ながら呟く様に告げる。

「ありがとう」

「……んん? は、い?」

「いえ、君の立場なら、もっと我が儘を言っても良かった筈です。もう心が折れてもおかしくなかった。それでも、君はこうして私の前に居る。だから、ありがとう」

「………」

 この彼女らしくない言葉を聴き、ララは素直に呆れる。

「アホ。我が儘なら一杯言った。ミカミ以上に、一杯言った。彼奴は俺の、一億倍は我が儘を言う資格があったんだ。俺はそれでも、殆ど我が儘を言わなかったミカミに倣っているだけ。断じて――俺だけの力じゃない」

「……そう」

 視線だけを彼に向け、彼女がぽつりと漏らす。と、メインディッシュは件のやり取りなど無かったかの様な、快活な声を上げた。

「で、コマンダーは敵の人物像とか想像できました? 敵は一体何を思って、世界を滅ぼそうとしているんだと思います?」

「……いや、それが全くわからない。何がどうなれば、人はそこまで極端な自殺行為に踏み切れるんだ?」

 ララの疑問は、自然な物だろう。何せ有史以来、世界を滅ぼそうとした為政者だけは存在しないから。数多の国を支配した征服者は居ても、人類の滅亡を目論んだ政治家は居ない。多くの人々を虐殺した暴君は居ても、自分ごと世界を消そうとした人間は居ないのだ。

 それもその筈か。そんな人物を、民衆が支持する筈が無いのだから。

 それはつまり、多くの人間が人類の存続を願っているという事。人間の大半が種の繁栄を願い、その思いは今もこうして受け継がれている。

 現にララは報道番組で〝世界の滅亡を願う人物に密着する〟というドキュメンタリーを見た事がない。そういう人間をとりあげようという気さえ、人々には無いから。

 けど、だからこそララにはわからない。何がどうなればそんな危険思想に行き着くのかが。あの彼も相当非道徳的だったが、恐らく自分ごと世界を消したいとは思わなかった筈だ。

 それともこれは、自分の思い違いか? この国には自分が思っている以上に、世界の終わりを願っている人達が居る? その代表が、あの敵だと言うのか?

 だが、いくら考えても、ララにはソレがわからない。

「ソレは、君がそれだけ幸福だったという事でしょうね。敵の気持ちがわからないという事はそういう事です」

「………」

 成る程。確かに幸せな人間が、世界の破滅を望む訳がない。破滅と言うマイナスを生みたいという事は、それだけその人物の心に深い闇があるという事。ララが考えていたとおり、敵には彼では計り知れない事情がある。

 酷い虐めにあっている? 酷い虐待にあっている? 酷い人生を送っている? ララは反射的にそんな事柄を思い浮かべるが、やはり答えは出ない。

「……これって、やっぱり俺の想像力が貧困だからか?」

「どうでしょう? 或いはそうかもしれませんが、幸せな人間というのは得てしてそう言うものです。不幸な人間には共感出来ず、別次元の存在として扱う。幸せと言う麻酔が邪魔をして不幸な人間の心を推し量る事が出来ない。不幸な人々も不幸な人々で、君達のような輝かしい存在には心を開こうとしません。自分達の気持ちなどわかる筈が無いと、そう強く呪う様に思っているから。こうして両者の溝は広がり、わかり合う事が無い。実際、君も敵の目的意識には、共感する気は無いのでしょう?」

「……だな。寧ろ敵がこんなバカな真似をしなかったら、ミカミは死ななくて済んだとさえ思っている。完全な八つ当たりだけど、俺は心の何処かでそう考えているんだ。だから、あの敵とだけは――一生わかり合えないと思う」

 すると、メインディッシュは何故か嬉々とする。

「ほう? それはつまり、事と次第によっては敵の抹殺も辞さないという事ですか? いざとなれば敵を殺してでも――君はこの戦いを終わらせる覚悟がある?」

「……それ、は」

 ララが、動揺して言いよどむ。だが、メインディッシュは彼の答えを待った。

「……それは、正直、わからない。でも、俺が敵を憎んでいるのは事実だ。なら、仕方がない状況にまで追い込まれたら、俺はソレをするべきなのかも。憎むべき敵の命と、今も平和に暮らしている人達の命。その二つを秤にかけなければいけないなら――俺は後者の命を尊重するべきだから」

「そう。ならば、結構。その調子でララ君には、頑張ってもらわなければなりませんね」

 最後にそう告げて、彼女は口を閉じた。

 他県に移ったララは、雑念を捨てる様に意識を集中させる。

 果たして敵は今日、如何なる攻撃をしかけてくるか? ララは心身ともに緊張するが、彼はその森の中で途方に暮れる事になる。

 なぜなら結局ソノ日――敵に動きは無かったから。


     5


 やがて時刻は、午前四時をむかえた。それでもやはり敵影は発見できず、ララは思いっきり訝しむ。貴重な一日を活用しない敵に対して、彼は大いなる疑問を抱いた。

「――って、本当に何を考えているんだ、敵は? 攻撃が無いなら無いでそれに越した事はないけど、意味がわからない。というか、ハッキリ言って不気味だ。敵の思惑がわからなくて、不気味すぎる。それとも……まさか敵は改心したとか?」

 ララが楽観論を口にすると、メインディッシュは一笑する。

「どうでしょうね? それなら君に会いに来て正体を明かし、武装を解除する位の事はするでしょう。ソレが無いという事は、敵に交戦する意思はまだあると見るべきでは?」

「……だよな。俺もそう思った」

 お蔭で頭を抱えるララだが、彼はすっぱり気持ちを切り替える。

「いや、とにかく一度家に帰ろう。もしかすると敵の狙いは俺に待ちぼうけを食わせ、消耗させる事にあるかもしれないんだし」

「実に君らしい、呑気な発想ですね。初日に核攻撃をしかけてきたあの敵が、そんな牧歌的な事を考えているとしたら嗤えます」

「……うるさいなー。じゃあ、こういうのはどうだ? 俺なりに、敵の立場になって考えてみたんだ。ほら、よく宇宙人が地球を武力で占領しようとする映画があるだろ? でも、アレって実はかなりおかしいんじゃないかと思うんだよ」

「ほう? ソレは何故?」

 半ば答えがわかっているにもかかわらず、メインディッシュは問う。ララは、真顔で頷く。

「うん。宇宙人が地球に来る位の文明を持っているなら、生物兵器とかもつくれると思うんだよ。例えば地球人にしか害を及ばさないウイルスをつくって地球にばらまけば、どうなる? いちいち戦争をしなくても、人類を滅亡に追い込めるだろ? 地球を無傷のまま、手に入れられるんじゃないか? 仮に俺達の敵が同じ手を考えていたとしたら、どうなる? 俺達は、かなりのピンチに追い込まれるんじゃないか?」

 ララがそこまで真面目に語ると、メインディッシュは本気で感心した。

「君にしては、上出来な発想ですね。ですが、宇宙人はともかく、敵はその手を使わないでしょう。何故なら、君には私がついているから。敵がウイルスをつくるなら、私はそのワクチンをつくって世界に散布します。そうなれば敵の攻撃を無効化して、敵の暴挙をとめられる。発想自体は悪くありませんが、詰めは甘かった様ですね」

「……そうなんだ? 言われてみれば、確かにそうか。ま、いいや。今日は本当に疲れた。家に帰って、少し休まないと」

 一しきり議論した所で、今度こそララは帰宅の途につく。地下鉄の中で熟睡し、家に着いた後も熟睡し、短い休息をとる。

 ララが目を覚ましたのは、七時半。彼は私服に着替えてから部屋を出て、リビングにやって来た訳だが、そこでありえない光景を見た。

「な、に――っ?」

 つけられたテレビには、あろうことか――あの敵の姿が映っていたのだ。


     ◇


「な、に――っ?」

 リビングに出て、何気なくテレビに目を向ける。父はこの時間報道番組を見ているのだが、ララはその番組を見て、思わず絶句した。ソレは父も同じで、彼は目を丸くして閉口する。

 顔をヘルメットで被った人類の敵であるその人物は――テレビを通してこう謳ったから。

『皆さん、突然の事で驚かれていると思います。ですが――これはフィクションではありません。私は数日前、人類の敵とも言える存在から日本を守った者です。あの地殻の隆起現象は私が起こし、敵の核攻撃から日本を守りました。この様に、今世界には人類を脅かす敵が存在しているのです。私はその敵について、私が知り得る全ての情報を開示しようと思います』

「………」

 ソレは、野太い男の声だった。ララにとってはありえない話だが、実際に敵は自分達の事情を話し始める。『第四種知性体』や、その『第四種』をつくった博士の思惑についても詳しく語る。自分が敵の手から人類を守らなければ人類は滅びると――その人物は大嘘をついた。

 ソレを聴き、ララは唖然とする。

(……なに言ってやがるんだ、こいつは? どんなレベルの、大嘘をついてやがる。おまえが人類の守護者? おまえが世界を守らなければ、人類は滅ぶ? なんで、おまえが、俺の立場で物を語ってやがる――?)

 ララは混乱するが、ソレが彼の現実だった。敵は今、大きな身分詐称をしている。人類を滅ぼす側のその人物は、世界を守る側の人間だと偽っているのだ。

「って、なんだ、この三文芝居みたいな話は? 人類には、敵がいる? 『第四種知性体』? これじゃあまるで……安っぽいB級映画だ」

 父が、呟く様に独白する。隣に座っている母も、今は状況についていけていない。いや、ソレはララも同じだった。

 このイキナリな展開を前にして、彼は自分の考えに整理がつけられない。

「けど、確かに、自然発生とは思えない地殻の隆起が起きたのは事実だ。核攻撃ではないかと思われる爆発音を聞いた人間は、大勢いる。だとすると……これもあながち茶番ではない?」

 父がそう眉をひそめる中、テレビの中の敵は続ける。

『そう。私は昨日まで世界を守ってきましたが、ソレが今日まで続くとは限りません。そこで私から皆様にお願いがあります。この戦いの期限である今日が終わるまで私が用意した移民船に避難して頂きたいのです。地球外に脱出し、宇宙からこの戦いの趨勢を見守って頂きたい。これなら仮に私が敗れて、地球が生物の住めない環境になっても、被害は最小限で済む。この移民計画が成功したなら、私が敗れても皆様はその移民船を使って、別の星に移住できるのです。皆様を最悪の状況から守る為にも、どうか私にご協力ください。尚、この計画については――既に各国の首脳から了解をとっています』

「………」

 各国の首脳に、了解をとっている? つまり、準備は万全と言う事か? ソレを聴いた時、ララは思わず、本当は自分こそが世界を滅ぼす側なのではと錯覚した。

 それ位、敵のやりようは抜かりがない。これは本来自分がするべき事だったと、ララは今頃になって気付いていた。

(……そうだ。そうだった。人類の事を考えるなら、俺は真っ先にそうするべきだった。万が一に備えて、俺は人類を地球圏外に脱出させるべきだったんだ。そうすれば、あの野郎が言っていた通り、俺が負けても人類は他の星に移住できる――)

 その発想に行き着かなかった自分を彼は恥じ、思わず歯を食いしばる。ララは今になって、メインディッシュが言わんとした事に気付いた。

〝私としては、そうするべきだと思いますけどね。でなければ、少し嗤える状況になるかも〟

 自分が世界をこの戦いに巻き込むか迷った時、彼女は確かにそう告げた。世界を巻き込まなければ嗤える状況になる。つまりは、この事か――?

(敵のやつ、俺に成り代わって人類を味方につけやがった! 人類の味方のフリをし、俺を孤立させて、自分の優位性を確立する。俺が出来る筈だった戦法を、そのままソックリ横取りしたのか――)

 ついで、ララは再びありえない光景を目にする。何処の海かはわからない。ただ広大な海から突然巨大な宇宙船が生えてきたのだ。全長五十キロ規模の宇宙船は、数万隻にも及ぶ。

 ソレを見て、父はまたも唖然とした。

「……おい、これ、何かの映画だろ? まさかアレに乗って、地球から離れろとか言うんじゃないだろうな――?」

「つ――っ!」

 そして――ララは遂に敵の思惑を看破した。


     ◇


「悪い! ちょっと出かけてくる、父さん、母さん!」

「……あ、ああ、鏡歌ちゃんの所に行くのね? 頑張って、ララ!」

 母のソレは誤解だったが、今のララにはありがたい。鏡歌の事は勿論心配だが、ララにはまずするべき事があった。メインディッシュとの、合流である。彼は彼女にテレパシーを送る。

《――メインディッシュ、聞こえるか? テレビはもう見た? ……まだ見ていない? でも謎の艦隊が数万隻出現した事は知っている? 何を呑気な事を言っているんだ! いま大変な事になっているんだよ、世界は!》

 よってララは、メインディッシュに一部始終を話す。ソレを聴き、彼女は鼻で笑った。

《それ見たことか。ちゃんと言いましたよね、私? 世界を味方につけておかないと、大変な事になるって》

《……それは、よくわかった。本当に、反省している。でも、今は過ぎた事を議論している時じゃないだろ? 敵の狙いは――恐らくこうだ》

 と、一呼吸あけてから、ララはまくしたてる。

《敵は恐らく全人類を移民船に乗せて、そのまま残らずその船団を爆破する気だ。そうすれば苦も無くやつは全人類を滅ぼす事が出来る――!》

《――正解です。巧妙なのは、私達がそれを阻もうとした時、本当に世界の敵だと認識される所でしょう。人々には、宇宙に避難し様としている人類の邪魔をする様に、見えている訳ですから。そんな私達は、今となっては半ば世界の敵と言える。これは私達、本当に追い込まれましたよ、コマンダー》

「………」

 と、右の角を曲がった所で、ララはメインディッシュの姿を見つける。二人は合流し、すぐさま地下鉄に続く階段をおり始めた。

「という事は、このまま鏡歌や父さん達をあの移民船に乗せるのは不味いって事だよな? ああ、まずった! 家を出る前に、ちゃんと警告するんだった!」

 いや、今からでも遅くは無い。ララは携帯を取り出し、鏡歌の携帯に連絡を入れる。いや、入れようとしたが、電波が繋がらない。ソレは家にかけても同じで、周囲を見ればララと同じ様に携帯が繋がらない状態にあるらしい。

「恐らく敵の作戦ですね。電波妨害を行い、情報統制をして、自分の主張を通しやすくするつもりでしょう。人々を混乱させ、その隙を衝いて、あの移民船に乗せる気です。で、どうしますか、コマンダー? まずはご両親や鏡歌さん達の保護を、最優先にする?」

「……そう、だな。正義の味方がこんな事を言って良いかわからないけど、俺はもう身内の死は見たくない。誰にも、死んで欲しくないんだ。こんなのは自分勝手だとは思うけど、何としても鏡歌達を保護しないと!」

 よってララは自分の家に移動しようとするが、メインディッシュがソレに待ったをかけた。

「その前に、私達は身を隠した方がいいかも。ララ君の家には、私がつくった地下通路を通って行きましょう」

「……な、に? それって、俺達の正体は既にバレているって事か?」

「いえ、飽くまで万が一に備えてです。何せ敵はここまで用意周到ですから、私達も万全の体勢は整えておくべきでしょう」

 この助言を受け、ララは頷くしかない。二人は人目を忍んで壁に穴を空け、其処から道をつくり、地下から幾都家に赴く。

 幾都家までの距離は、一キロほど。全力で走れば、五分程で着く。だが、この五分が明暗を分けた。メインディッシュが、こう報告してきたのだ。

「と、凶報です、ララ君。何故か車で何者かが君や鏡歌さんの家にやってきて、ご両親やミカミさんや弓野家の人達を連れて行きました」

「――はぁっ? それってどういう事だっ? 他の家も同じ処置がなされているって事? それともまさか――ウチや鏡歌の家だけって事かっ?」

「後者が正解ですね。特別扱いは――君の家と弓野家だけ」

「てか、例のセキュリティシステムはどうしたっ?」

「いえ、件のセキュリティシステムが保護するのは、ララ君と鏡歌さんだけ。それ以外の人間にも該当するようシステムを更新していないでしょう、ララ君は」

「………」

 ソレを聴いた時、ララは言葉を失う。幾都家と弓野家だけが、何者かに連れ去られた。ソレが何を意味しているか? 彼としては、こう考えるほかない。

「つまり――敵は俺の身内を連れ去ったって事か? 俺の正体は敵にバレていて、だから俺に対する人質にする為に鏡歌達を連れ去った――?」

 ララとしてはそう考えるのが自然だが、メインディッシュは奇妙な事を言う。

「いえ、それが少し妙でして。幾都家にもう一台車がやって来て、駐車しているんです。これはまるで、誰かを待っているかのようですね。もしそれが家を飛び出したララ君を待っているのだとしたら、状況はかなり違ってきます」

「……というと?」

 が、彼女はそれ以上答えず、代りに別の事を提案する。

「それより問題は、幾都家と弓野家についてです。現在、件の家族を乗せた車は時速五十キロで西に向かっていますが、追いますか、コマンダー?」

「ああ、すぐに追う! 鏡歌達が敵の手におちる前に、なんとしても俺達が保護する!」

 ならばとばかりに、メインディッシュは道路を広げ、車を具現する。彼女がソレを運転し、凄まじい速度で追跡を開始する。時速千キロは出ているであろうその車に乗っているララは、息を呑みながら彼女に問う。

「――追いつけそうか、メインディッシュ? いや、頼むから何としても追いついてくれ!」

「了解、コマンダー」

 だが、そこまで話が進んだ所で、異変が起きる。メインディッシュは、眉根を寄せた。

「と、やられましたね。地面に穴が開き、両者の家族を乗せた車が地下に潜行しました。これでは衛星では追えません。目標――完全にロスト」

「……なっ?」

 それはつまり、鏡歌達の保護に失敗したと言う事。ララの身内である二つの家族は、ララの手の届かない所に行ってしまった。そう実感した時、ララは車のドアに腕を叩きつける。

「――く、そっ! ココでも後手に回った! 敵に先手をとられちまった! 俺はどこまで間抜けなんだっ?」

 けれど、ララに落ち込んでいる暇などない。ここまで敵が大がかりな真似をしてきた以上、何らかの対抗策を考えなければならないから。

「でも……一体どうする?」

 恐らく状況は、メインディッシュの言う通りだろう。各国の首脳を味方につけた以上、敵は人類の守護者という立場を確立した。敵が言う事は、各国の首脳の言葉と同じだけの重みがある。

 その敵が、自分がつくった宇宙船で避難しろと言えば、民衆の殆どがソレに従うだろう。むろん簡単に受け入れずにいる人々もいるだろうが、きっとソレは少数派だ。国のトップが避難を決めたなら、ソレだけ事態は切迫している事を意味してしまう。家長が家族の安全を考えるなら、どうしたって安全策をとるだろう。敵が大量の核兵器まで使うと言うなら、宇宙に逃げるという手に縋る可能性が高い。

 加えて国を挙げて民衆の避難を開始すれば、もうその流れは止められない。宇宙に避難するという実に唐突で滑稽な話だが、民衆は敵の策略にのるしかなくなる。

 問題は、民衆がこの避難を善意による物だと思っている事。世界の敵から自分達を守るために、用意された移民船だと考えている点だ。実際は異なるが、少なくとも多くの人々はそう認識しているに違いない。

 ならば、ララ達は民衆の避難を妨害できない。ソレをした時、ララ達は初めて名実ともに世界の敵となる。

 なにせ民衆は助けを求めて、移民船に乗り込もうとしているのだ。その妨害をすれば、世界がどんな目でララ達を見るかは明白だろう。

 地球からの避難を妨害する――確固たる敵。

 彼等はララ達を――そう認識するに違いない。

「ですね。改めて言うまでもありませんが、ソレが敵のシナリオです。今頃敵は、いつ私達が避難の妨害に及んでもいい様に、手ぐすね引いて待っている筈。私達が民衆に対し何かを訴えだしたら、その時点で敵と地球軍の総攻撃が始まる筈です。要するに私達には、民衆の避難を妨害する術が無いという事」

「……だな。敵が国々のトップの信頼を得ているなら、今となっては俺こそが世界の敵だ。俺が何かをしようとしただけで、きっと敵対行為とみなされる。敵に手をだそうとすれば、地球軍が俺達を攻撃してくる。でも、俺はそんな彼等に反撃できるわけがない。何の罪も無い彼等に攻撃をして、誰かを殺すなんて絶対無理だ。いや、反撃すればその時点で、ますます俺は世界の敵だと認識されてしまう。その後に俺がなにを言おうが、誰も耳を貸さなくなる。そう考えると……本当にこれは悪魔のような策だ。打つ手を全て封じられた、悪魔のような作戦。……いや、王をとられた時点で、俺は既に詰んでいるのか……」

 確かに将棋なら、王をとられた時点でゲームオーバーだ。ゲームを、続行しようがない。続行しようとすれば、ソレは紛れもないルール違反である。

「でも、これは将棋ではありません。例え王を押さえられようとも、何か打開策を考えなければならない。ソレが出来るのは、君だけなんです、ララ君」

「でも……どうやって?」

 この時、ララは心理的に追い詰められていた。ミカミを失った時ほどではないが、状況が八方ふさがりな点は酷似している。こういう時、いかに自分は無力なのか思い知らされる。

 ミカミの病気を、どうする事もできなかった自分。

 ソレと同じ様に、敵の掌で踊るしかない自分。

 本当に幾都ララという男は、無能だ。何をしても、最後はこの上ない不幸しか生まない。どう動いても、どう考えても、待っているのは破滅だけ。

 ソレが自分の限界だと、彼は悟りかける。もういい加減楽になりたいと、彼は項垂れた。歯を食いしばり、震える体を何とか自制する事しか彼にはもう出来ない。

(……本当に、何も、出来ない……)

 鏡歌達や家族を、人質にとられた。人類の敵に立場を追いやられ、民衆を説得する事さえ不可能だ。最早どこにも勝機などなく、自分はただ人類が滅んでいくのを待つだけ。

 本当に、自惚れていた。世界を二度も救った事で、自分は自惚れていたのだ。

 こんな自分でも、或いは世界を救えるのではと思っていた。このまま五日間のりきって、人類を守りきれると彼は心の何処かで、期待していた。

 だが、実際はこうだ。先の二つの敵の行動は、ただの陽動にすぎなかった。敵の本当の狙いを隠す為の、ただの陽動。

 その事を見抜けなかった時点で、幾都ララは敗北した。やはり、自分はただの凡人だった。世界を守り、人類を救って、ハッピーエンドを迎えられる器では無かったのだ。

 彼はそう強く実感しながら歯を食いしばり、地面に視線を落す。呼吸が僅かに乱れ、思考力も落ちていく。

 頭の中は、真っ白だ。希望は絶望に覆い隠され、今や見る影も無い。

 敵の鮮やかすぎる策。――それによって、幾都ララは敗北したから。

 彼がそう痛感した時、その声は響いた。

「本当にそうかな、兄ちゃん? 本当に兄ちゃんは、それで良いの?」

「……はぁっ?」

 驚きのあまり、ララが顔を上げる。

 だが其処に件の声の主は居らず、ただメインディッシュという名の少女が居た。

「……メインディッシュ? 今のミカミの声は……メインディッシュ?」

「ええ。きっとミカミさんが此処に居たら、そう言うでしょうね。いえ、私などでは彼女が達していた境地にはとても辿りつけません。ですが、これ位の事は想像がつきます。彼女はきっと、絶えず君に問い掛ける事でしょう。〝本当にそれで良いのか〟と。〝もうここで諦めてもいいのか〟と。それはきっと過酷な現実をつきつける言葉だけど、ミカミさんは敢えてそう問うでしょう。だって、君は彼女の自慢の〝兄ちゃん〟なのだから。最期の最期まで誇りに思っていた〝兄ちゃん〟なのだから、そう問わずにはいられない筈です」

「……ああ、……ああ」

 そう、だ。その事を、忘れていた。

 この心や体は既に、自分だけの心や体ではないのだ。この心身には、幾都ミカミの魂が宿っている。最期まで笑って逝った、あの彼女の想いがつまっている。最期まで諦めなかった、あの少女の人生を自分は背負っているのだ。

 ならば、どうして泣き言など言えるのか? どうして、敗北を受け入れる事が出来る?

 そうだ。自分は既に誓ったではないか。例えその先で何も待っていなくとも、自分は前に進み続けると。最期の最期まで、自分は幾都ララを張り通すと―――。

 それが――幾都ミカミに誓った唯一の事だ。

「……だった、な。俺は、考えなくちゃいけない。俺は、行動を起こさなくちゃならない。ここで何も考えず、何もしない事こそ、ミカミに対する最大の背信行為だ。俺は、そんな事さえ忘れかけていた――」

 虚ろだった瞳に、力が戻る。恐怖で震えていた体が、何時の間にか静かだ。彼は凛とした姿勢で彼方を見た。

「そう、だ。俺は、負けられない。負けてたまるものか。ミカミが最期まで俺を信じたと言うなら、俺は絶対にその期待に応えないと――」

 今、その事を強く胸に刻み付け、彼は大きく息を吐き出す。

 幾都ララは、唯一の相棒に視線をやった。

「頼む――メインディッシュ。俺に――ヒントをくれ。この状況を打開できる――ヒントを。今の俺は、そのヒントに全てを懸けるしかない――」

 そして彼女は、自覚すること無く、いま心から微笑んだ。

「……ソレは本当に、君らしい言い草ですね。こんな時でさえ、他人頼みとは」

 だが、次の瞬間、メインディッシュは真顔になってこう訊ねる。

「では、君は三日前の事を考えて下さい。三日前、一体何がありましたか? それから私に問うて。アレがあのまま進めば、どうなったかを」

「……アレがあのまま進めば、どうなったか?」

 意味がわからないが、絶対に何か意味がある筈だ。故に、ララは必死に考える。今日までの人生が走馬灯のように駆け巡り、彼の思考力を刺激する。考えに考え、それでも答えに辿り着けない自分はやはり凡人だと感じた時、彼は遂に閃いた。

「――あっ! まさ……か。嘘、だろ……?」

 故に幾都ララはメインディッシュ・ケルファムに――こう問うたのだ。


     ◇


 その頃、実のところ、弓野鏡歌も心中穏やかではなかった。何故なら弓野家と幾都家の人々は保護出来たが、宮部家とララは未だに保護出来ていないから。

 ララと命が合流し、地下鉄に向かった所まではテンペストが確認した。だが、地下に入られたため衛星では追い切れず、鏡歌達は二人を見失ったのだ。

「……私とした事が、迂闊だったわ。テレビで演説する前に、ララ達の身柄を押えておくべきだった。状況が混乱する前に全てを済ませておくべきだったのよ、私は」

「かもね。でも、君のそういう人間らしいミスを犯すところも、割と好きだけど」

 鏡歌達は、既にヴァーネットを展開している。その自分の背後に座るテンペストは他人事のように呟くが、鏡歌は他人事ではいられない。

「だから、一々茶化さないで、テンペスト。それより既に人々の移民船への避難は開始されている訳だけど、その中にララ達は居て?」

「んー。今の所、該当者は居ないね。でもこのまま行けば、後一時間で移民船への収容は完了する。全人類は、君が用意したノアの方舟に乗り込む事になる訳だ。――偽りのノアの方舟とも知らずに」

「そうね。行き先は希望なんて一つも無い――ただの地獄。そう考えるとあの列を成して移民船に向かう彼等は――処刑台におくられる受刑者に見える。こちらは正に、理想通りの展開だわ。敵も人類の標的に貶める事に成功したし――私を阻む者はもうどこにも居ない」

 確かに、全ては鏡歌の思惑通り進んだ。テンペストの力を使い、主だった先進国のトップと接触して、彼等を説得した。テンペストが加工した、白金のロボットが核攻撃を放っている映像を彼等に見せたのだ。

 世界はいま明確な危機にあり、ソレを防ぐ手は一つとしかない。

 即ち――宇宙への避難である。

 自身の力を首脳達に見せつけた鏡歌はそう断言して、彼等の回答を待つ。正直、彼等が何をどう話し合ったかはわからない。恐らく様々な意見が出て、話は右往左往したのだろう。

 だが、結論を言えば、首脳達は鏡歌の提案に従った。悩みに悩んだ末に、彼等は鏡歌の甘言に乗ったのだ。

「それもこれも、全ては敵が世界を味方につけなかった為。犠牲が出るのを恐れ、世界をこの戦いに巻き込まなかったから。これは、ソレが完全に裏目にでた形ね。そのお蔭で、敵が甘すぎた所為で、私達は勝利する事になったの。私達は――今まさに人類を滅ぼせる所まで来た」

 鏡歌が口角を上げ、喜悦する。両腕を広げて、圧倒的に優勢にあるこの状況を歓迎する。鏡歌が言う通り、もう彼女達を阻む者はどこにも居ないから。

「それでも、一応訊いておくわ。あなたが敵だとしたら、この後どう動く? 敵にはまだ、打つ手が残されていると思う?」

 周囲に目を配りながら、テンペストに問う。彼は、首を傾げながら考え出した。

「んー、どうだろう? 事前に何度か考えてはみたけど、やはり敵は防御に徹するしかないんじゃないかな? 地上に出てきて僕達や地球軍の攻撃を何とかしのぎながら、民衆に訴える。〝騙されるな〟と。〝人類を守って来たのは自分の方で、そっちこそ敵だ〟と主張する。反撃なんてしたら、その時点で発言力が零になるからね。敵に出来る事があるとすれば、やはりそれ位だよ」

「でしょうね。でも、その訴えにどれほどの説得力があるかしら? 既に鞭で叩かれた牛の群れは走りだしている。牛達は、体力が尽きるまでただ走り続けるでしょう。そんな民衆がここまで来て引き返すなんて事は、まずありえない。見も知らぬ敵の言う事よりは、自分達の首脳達の意見を尊重する筈。私達が世界の首脳部を押さえた時点で――既に優劣は決したのよ」

 メインディッシュと鏡歌の意見が、一致する。自分達はその時点で勝利したと、弓野鏡歌は確信したのだ。

 後は、自分が敵をどう始末するか。恐らく、敵は一対一の戦いを望んでいるだろう。それ以外に、敵が勝利する方法は無いのだから。

 だがソレは、軍人も含んだ民衆全てが移民船に乗り込んだ事を意味する。ならば、後は爆破スイッチを入れるだけで人類は滅びる。敵は人類を守ると言うミッションを果たせず、絶望する事だろう。

 今出てくれば地球軍を戦いに巻き込み、移民船への収容完了まで待てば人類は終わる。どう足掻いても犠牲は出るというのが、鏡歌の試算だ。

「なら、犠牲が遥かに少ない前者を選ぶ? ま、それが妥当な所でしょうね。テンペストが言う通り防御に徹して人類の説得にあたるなら、犠牲は出さずに済む。敵としては、もうそうする以外方法がない。なら、敵は次の瞬間にも姿を現す筈。決して警戒を怠らないで、テンペスト」

「わかっているよ、鏡歌。でも、案外呆気なかったな。たった一つの策を講じただけで、いま人類は滅びようとしている。ソレは、君が優秀だったからか? それとも、敵や人類の落ち度なのか? どちらとも言えない話だけど、これが人類の幕引きだと思うとやはり呆気ない」

 テンペストの感傷も、頷ける。何せ人類はたった一人の女子高生の策によって、滅びようとしているのだから。世界を守る為の戦争を起こす訳でもなく、何もしないまま終焉を迎えつつある。ならば――それは確かに呆気ない。

 だが、そこで少し予想外の事が起きる。いくら待っても、敵が姿を現さないのだ。ソレはあろう事か人類がみな移民船に搭乗するまで続き、お蔭で鏡歌は眉をひそめる。敵が何を考えているか鏡歌は読めず、彼女は浮かべていた笑みを消した。

(どういう事? なぜ動きが無い? まさかこのまま、人類を見捨てる気? 敵は戦意を無くすほど、精神的に追い詰められたというの?)

 自問する鏡歌だったが、彼女は速やかに思考を切り替える。

 ならばとばかりに――全移民船の爆破を決行しようとする。

 だが、その時、異変は起きた。

 いま漸く、白金の巨人――ガイセルクが姿を見せたのだ。


     ◇


 十キロ先の上空には、あの白金の巨人が居る。ソレを見て、鏡歌は再び微笑む。

「そう。やっとご登場という訳ね。でも、一体どうする気かしら? 私は既に、全てを終わらせる準備を整えている。私の気分一つで、人類は跡形も無く消滅するわ。この状況を、どうやって覆すと言うの?」

 喜々としながら、鏡歌が問う。答えはまるで期待していなかったが、あろう事か、答えはあった。

 ガイセルクのコクピットが開き、そこからフルフェイスのヘルメットを被った何者かが現れる。その人物は無言で両手をヘルメットにやると、ソレを一気に外す。

 途端、弓野鏡歌は人生で一番の衝撃を味わう事になった。

 何故なら其処に居るのは――未だに行方が掴めていない幾都ララだったから。

「ラ……ラっ? ララ……ですって? 私の敵は……ララだった……ッ?」

 そんなバカな。確かにララは平凡な少年で、敵の条件に沿っているが、あの戦い方はララのソレでは無い。

 あの常に痛みを恐れるララが、自ら痛みを受け入れる様な戦い方を選ぶ物か。あの様な狂気を彼が持っている筈が無いと、鏡歌は我が目を疑う。

 自分が知る彼はもっと穏やかな人間で、あんな風には決して戦えない。ならばとばかりに、鏡歌はテンペストに確認する。

「……アレは私と同じ疑似体という事は無い、テンペスト? いえ、でも、だとしたら敵は何の為にそんな真似を? 幾都ララの疑似体を使って、何がしたいというの、敵は……?」

 初めて鏡歌が混乱する。それほどまでに、鏡歌にとってソレは受け入れがたい光景だった。

 それもその筈か。

 彼女にとって大切な人物が――いま敵という形で自分の目の前に立っているのだから。

 更に、予期せぬ事が鏡歌の身に起きる。ララの姿をした彼は、メインディッシュの力を借り彼女にこうテレパシーを送ったのだ。

《――鏡歌。――鏡歌、なんだろ?》

「……なっ?」

 彼は自分の正体を、言い当てたのだ。彼は、自分の正体に気付いている。けれど、何故だ? 自分は一体、どんなミスを犯したと言う? 普段の彼女なら即座に気付きそうだが、今の混乱している鏡歌にはソレがわからない。

 ララの姿をした彼は、戸惑いながらも続けた。

《……そうだ。メインディッシュが言っていた。〝三日前、アレがあのまま進めばどうなったか〟と。俺は考えに考え、ソレをこう解釈した。三日前、敵が核ミサイルを着弾させていたらこの国の被害はどうなっていたかと。俺はそう質問して、メインディッシュの答えはこうだった。俺達が住んでいる町には――何の影響も無かったと。彼女がシミュレーションした結果では――核ミサイルの影響は俺達の町には全く無い。加えて――命の故郷とされる町にも影響はなかったと言う。――そう答えを返された時、俺はもう一つある事に思い至った。敵が、俺の家族や鏡歌の家族を連れ去った事だ。俺はアレを俺の人質にする為に、敵が連れ去ったと思った。俺の立場では、そう考えるのが自然だったから。……でも、違ったんだ。メインディッシュはこう言っていたから。敵の一味は俺の家の前で、誰かを待っている様だと。仮にそれが俺を待っていたとしたら、敵の狙いは俺の解釈とは全く違う事になる。ソレは正に、真逆と言って良いかもしれない。そうだ。敵の目的は、俺の身内を人質にする事じゃない。敵は――俺や俺の身内を保護したかったんだ。自分が爆破する予定である移民船に乗り込まれでもしたら、俺達もまた死ぬ事になるから。絶対にソレだけは阻止する気だった敵は、だから俺達の保護に専心した。結果、ソレは半ば成功したけど完全では無かった。敵には、俺と命という取りこぼしがあったから。だから敵は俺の家の前で、未だに自分の駒を配置して俺達を待つ必要に迫られている。なら、仮にこの仮定が全て正しいなら何者がそんな真似をして利を得るのか? そんな真似をする必要があったのは、一体誰? 弓野家と幾都家の保護を優先し、今も俺を保護しようとしているのは、一体誰か? 俺が知る限りそんな事を求めているのは――弓野鏡歌しかいない。仮に敵が俺と同い年だとしたら――そんな事をするのは鏡歌だけなんだ》

「…………」

 愕然とする、鏡歌。彼女は声も無く、ただララの推理を聴き続ける。

《メインディッシュに確認したよ。初日の状態でも、彼女は俺の分身をつくれたと。俺やミカミ達と接していたのは、その分身なんじゃないか? 鏡歌は徹底して自分のアリバイをつくる為に、自分の分身まで用意した。ソレは、俺には全く無い発想だったから、今の今までまるで気付かなかったよ。あの鏡歌が、まさか偽者だったなんて。これが俺の思い描く真相だけど、何か間違いはあるか――弓野鏡歌?》

 が、鏡歌は急速に自分の頭を冷却して、何時もの自分に戻る。

 その上で彼女は、相棒にこう要求した。

「テンペスト。移民船を――全て爆破して。今すぐに――」

「了解、コマンダー」

 故に、ここに全ては終わった。テンペストは鏡歌が望む通り、移民船の爆破スイッチを入れる。その瞬間――数万に及ぶ移民船は全て爆発して、塵芥と化す。

 いや――本当にその筈だった。

「やはり、そういう事」

 鏡歌が歯を食いしばって、微笑む。

 何故なら――移民船は一つも爆破には至っていないから。

 そのカラクリを、テンペストが解説する。

「成る程。上手い手だ。どうやら敵は君の意識を自分に向けている間に、妨害工作に及んだらしい。今、確認したよ。ここから南に五百キロほど行った所に、全長十キロに及ぶ電波塔が突如出現したのを。恐らくソレが、妨害電波を発しているんだろうね。ソレが邪魔をして――此方の移民船を爆発させる為の電波が意味をなさずにいる」

「それが、ララの狙い、か。爆破を絶対阻止できるという自信があったから、ララは人類がみな移民船に乗り込むのを待った。そうなれば、ララは地球軍との戦いを避けられるから。やってくれたわね。テンペストの言う通りだった。この流れに持っていくだけのヒントを与えたであろうメインディッシュは、あなた並みに有能だわ」

 ならば、どうするべきか?

 鏡歌もまたテンペストの力を借り、ララに対してテレパシーを送る。

《少し、いえ、凄く驚いたわ。まさか私の敵が、ララだったなんて。しかも正体を見破ったのは、そっちが先だった。どうやら、今度は私が後手に回ったらしいわね。で、確認しておきたいのだけど、なぜララは人類を守ろうとするの? あそこまでして、なぜ人を守ろうとするのか私にはソレが疑問でならないのだけど?》

《……訊きたいのは、俺の方だ。一体何があった……鏡歌? 正直、わけがわからない。俺達家族の事をこれほどまでに気にかけてくれる鏡歌が、何で世界を滅ぼそうとする? それで、一体何を得ようというんだ、鏡歌は?》

 質問を質問で返すララに、鏡歌は嘆息する。

《でしょうね。ララに、そこまでわかる筈が無い。要するに、私達は一生かかってもわかり合えない関係という事。それなら――お互いするべき事は決まっていると思わない?》

 こう無駄口を叩いている間に、鏡歌は覚悟を決める。

 彼女は――幾都ララを排除するべき敵だと認識した。

 未だその境地に達してはいないララは、だから心底からの本心を告げる。

《……待て、鏡歌。俺は、鏡歌と戦うつもりはない。頼むから、何があったのか話してくれ。ミカミの為にも、こんな事は――もう止めるんだ!》

《あら、ララも大分駆け引きが上手くなったわね。このタイミングで、ミカミちゃんの名前を出すなんて。いえ――きっと私でもそうする》

 やはり喜々とする、彼女。

 そのまま弓野鏡歌が乗るヴァーネットは、ガイセルクに向かって――突撃した。


     ◇


 急速接近する――ヴァーネット。ソレを確認して、ララはコクピットを閉じ、ガイセルクの操縦席に移る。彼は、ヤケクソ気味に声を上げた。

「ああ、もう、分からず屋! 本当にどうしちまったんだよ、鏡歌はっ?」

 その間にもヴァーネットは間合いを詰め、遂にガイセルクと衝突する。両者は具現した剣を以て、刃と刃をかち合せる。

「ガイセルク、通常モードで出力全開! 絶対にヴァーネットをあの電波塔に近づけるな!」

「了解、コマンダー。確かにここであの電波塔を破壊されれば、此方の敗北は決定的ですからね。私としても、異存はありません。ですが、その後はどうしますか、ララ君?」

 容赦なく手にした剣を打ち放ってくる、ヴァーネット。ソレをただの直感だけで受け流しながら、ララは息を呑む。

「その後? その後だって? そんなの、何とか鏡歌を説得してこんな事は止めさせるに決まっている!」

「果たして君にソレが可能でしょうか? 私が知る限り、鏡歌さんは本当に誠実な人間です。それこそ、生真面目と言って良いほどに。そんな彼女が世界の滅亡を願うなら、相応の理由がある筈。その理由を知りもしない君では、彼女は止められないのでは?」

 地面から直系五十メートルの矛がガイセルクに向かって、殺到する。その全てを何とか避けながらガイセルクは飛行し、ララは歯を食いしばった。

「なら、俺にどうしろって言うんだっ? まさか――鏡歌を殺す気で、戦えとか言わないよなっ?」

 ソレはララにとって最悪の答えだ。ミカミを失った彼は、もう誰も失いたくないから。これ以上誰かが居なくなれば、自分は本当に絶望する。いや、それ以上に、ララはこんな所で鏡歌に死んで欲しく無い。彼女には、もっと輝かしい未来が待っている筈だから。

 自分の様に普通に学校に通い、普通に遊び歩いて、普通に進路について悩む。今のララは、それだけで人は幸せなのだと強く実感している。そんな鏡歌の明日を自分の手で摘み取るなんて真似は、断じて出来ない。そんな真似をする位なら、自分が鏡歌に殺された方がマシだ。

「けど、ソレは人類の滅亡を意味しています。君には、決して負けられない理由がある事を忘れないで」

 遂には、ヴァーネットが核ミサイルまで使いだす。地面から生えてきたミサイルの発射台から、数万に及ぶ核ミサイルが発射される。

 その瞬間、ララは背筋に悪寒をはしらせるが、彼はまだ戦意を失っていない。地面を突出させて壁をつくり、ソレを盾にしてヴァーネットの核攻撃を防ぐ。

 その間にもガイセルクは東の方角に移動し、ソレを見てヴァーネットは電波塔へと向かう。

「だから、逃げては駄目です、ララ君。私達は今、電波塔の防衛が第二目標ですから。何としても、ヴァーネットを足止めして下さい、コマンダー」

「わかっている! メインディッシュの言いたい事は、わかっているつもりだ! でも、それはつまり鏡歌の死を意味している! 鏡歌を犠牲にして地球を救っても、俺には意味が無い!」

 今のララが地球を救うという事は、鏡歌の未来を守るという事だ。この両者には絶対的な繋がりがあり、切っても切り離せない。ララにとっていま鏡歌を失うという事は、地球が滅亡したのと同じである。

 ならば、ヴァーネットの進路を壁で阻みながら、ララはこう問うしかない。

「――何か策は無いか、メインディッシュっ? 鏡歌の目を覚まさせる策はっ?」

「……また随分な無茶ブリですね。ぶっちゃけ、鏡歌さんの説得はデータ不足なので、不可能と言うしかありません。いえ、私でも恐らく鏡歌さんをあそこまで変貌させる事は無理です。だとしたら、私と同一性能をもつテンペストにもソレは不可能でしょう。つまり、彼女の豹変は私達以外の何者かが介入した結果という可能性が高い。そのため鏡歌さんの決意を変える手段は無い訳ですが、一つだけ別の方法があります。それは――テンペストを破壊する事。テンペストさえ破壊してしまえば、鏡歌さんはただの女子高生にすぎません。いま彼女が持ちうる全ての特権は剥奪され、世界を滅ぼす事も不可能になる。――今はその方法に懸けるしかありません」

「……テンペストの破壊、か。正直、俺に人の姿をしたやつを殺せるかわからないけど、今はやるしかない……!」

 方針が決まった所で、ガイセルクがヴァーネットに殴り掛かる。ソレを避けながら、弓野鏡歌は笑った。

「やはり私の身を気遣い、思い切った攻撃が出来ない様ね。そして、ララがとりそうな戦法は手に取る様にわかる。貴方の狙いは――テンペストの破壊。それ以外に、私を傷付けること無く私を無力化させる方法は無いから。でも――私は違う」

 言いつつ、ヴァーネットを駆る鏡歌は空に向け矛を百程も打ち上げる。その矛は事もなく、今も地球の軌道上にあるララ側のスパイ衛星を全て破壊した。鏡歌は、ララ側の視界を限界まで狭める事に成功する。

「私はどんな手段だってとれる。その気になれば――地球ごとララを消す事だって出来るわ。これがすること全てが許された悪と――常に何かを守りながら戦うしかない善の違い」

「不味いですね。これで私達は、俯瞰の位置からヴァーネットの姿を確認する術を失った。ならば、私達もそれに倣いましょう。今、望遠レンズで敵の衛星の位置を全て確認しました。座標を転送するのでその通りにミサイルを発射して、敵の衛星を打ち落として」

「了解、相棒!」

 ララが、メインディッシュの指示に従う。ソレはアッサリと成功して、ララ側も鏡歌側の人工衛星を全て破壊する。両者は、上空から得られる情報を失い、目視とレーダーに頼った戦闘を余儀なくされる。

 核ミサイルを連射するヴァーネットと、ソレを具現した壁で防ぐガイセルク。この果てのない攻防を前にして、鏡歌は決断する。

「やはり、同性能の機体同士でチマチマ戦っていても優劣は決しないわね。このままだと、ただの消耗戦になるだけ。なら、ここは消耗戦の極みと行こうじゃない。ここから先は、精神力の削り合いよ――幾都ララ」

 飛行モードになって突撃してくる、ヴァーネット。ソレが何を意味しているかララが気付く前に、ソレは起きた。飛行モードのヴァーネットはガイセルクに特攻し、激突する。

「ぎっ……!」

「つ――っ!」

 その時ララの体には言語を絶する痛みが走り、鏡歌の体にも常軌を逸する痛みが駆け巡る。この戦況を見て、メインディッシュは即座に敵の戦術を看破する。

「……正気ですか、彼女は? コマンダー、鏡歌さんは二日前の君の再現を行う気です。ヴァーネットとの適合率を最大にして、その性能を跳ね上げ、肉弾戦を挑むつもり。要は、攻撃する方も激烈な痛みを覚えると言う事。鏡歌さんは、正に捨て身でこの戦いに勝利する気です。例えそれで――自分の心身がボロボロになろうとも」

「……な、にっ? なんて事を考えやがる――鏡歌の奴!」

 故にララは、鏡歌に向けてテレパシーで呼びかける。

《――止めろ、鏡歌! そんな事をしたら、本当にショック死しかねない! 鏡歌は自滅する気なのかっ?》

《……それはどうかしら? 現にララは……耐えきってみせたでしょう? なら、ララに出来るなら、私にも可能だと思わない――?》

 事実、鏡歌は攻撃を再開し、ララはソレを迎え撃つしかない。両者が駆る巨人は、拳や蹴りで戦闘を行うと言う肉弾戦を始めた。

「――今は防御に徹してください、コマンダー。先の一撃のダメージが回復するまで、何とか時間を稼いで」

「わかった! けど、本当に鏡歌は何を考えてやがるっ? これじゃ、下手をすればただの共倒れだぞ! ……それとも鏡歌は、この戦法でも勝てる自信がある?」

「いえ、自信ではなく――確信の間違いよ、ララっ!」

 ガイセルクに拳を叩き込む度に、意識を失いそうなほどの激痛を覚える鏡歌。それでも彼女の手が休まる事は無く、今も防御に徹しているガイセルクを徐々に追い詰める。適合率を限界まで高めているララも相応の痛みを覚え、だから今は歯を食いしばるしかない。

「ぐっ、ぎっ、がっ、ぎっ、がっ!」

「つっ、つっ、つっ、つっ、ぎっ!」

 ついでメインディッシュは、こう報告した。

「ダメージ修復完了。反撃してかまいません、コマンダー」

「了解――相棒!」

 メインディッシュに促され、ガイセルクが拳を突き出す。だが、ソレを事もなく逸らしたヴァーネットが、逆に蹴りを入れる。その衝撃が機体を通じて、ララの体に殺到。彼は、意識を白濁させる。そのままガイセルクは、防戦一方となる。

「……そうだったッ! 鏡歌の奴……中学まで格闘技を習っていたんだッ! ……つまり素人の俺の動きなんて、とまって見えるって事か――っ?」

 即ち、ソレはララに勝ち目がない事を意味している。今は防御に徹しているから、致命傷を受けていない。だが攻撃に転じれば大きな隙を生み、ソコをつけいれられて手痛い一撃を食らいかねない。だが、此方から手を出さない限り、決して勝利する事も無いのだ。

 この絶体絶命の窮地にあって、ララは更に強く歯を噛み締めた。この劣勢を前に、メインディッシュは冷静な声で自問する。

「いえ、ダメージの蓄積量は此方が上ですが、攻撃による激痛は向こうが上の筈。それでも、こうも我が身を顧みず戦える鏡歌さんは、今どんな精神状態にある? これではまるで、ナニカに贖罪している様な気さえします。自分が痛みを負う事で、何者かに詫びている様な戦い方と言って良い」

「……ナニカに詫びるっ? 一体……何にっ? 大体鏡歌は、人類を滅ぼそうとしているんだぜっ? そんな鏡歌が、誰に何を詫びるって言うんだ――っ?」

 ソレはメインディッシュにもわからないので、彼女は眉をひそめるばかりだ。わかっているのは、このままでは確実に自分達は負けるという事。

 それもその筈か。誰が今の弓野鏡歌には、人類の暗黒史が刻み付けられていると想像できる? 鏡歌は助けられなかったあの人々に、贖罪の気持ちを抱いている。助けられなくてごめんなさいと、彼女は何時だって詫びてきた。いま彼女が限界を超えた痛みに耐えられるのも、その為。これを鏡歌は、罰だと捉えているのだ。

 誰も助けられなかった、罰。

 あの人々を見捨てるしかなかった、贖罪。

 その強すぎる思いが――弓野鏡歌を狂気へと誘う。

「そう。だから私は負けない。負ける筈がない。だって負けられない理由があるんだもの!」

 よって、ガイセルクのダメージ率が二十パーセント超えた時、彼女は決断した。

「ララ君は、インストールというシステムを知っていますか? こう、情報を他の場所に組み込むアレの事なのですが」

「――インストールっ? それが今、何の関係がっ……?」

 いや、今までこの相棒が、こんなとき全く無関係な事を口にしたか? 今ここでこう言いだしたのなら、何かしらの意味がある筈。

 加えて極限状態まで追い込まれたララの思考力は、未だ嘗てないほど冴えていた。彼は即座に、その答えに行き着く。

「――そう、か。そういう事か。なら、頼む、メインディッシュ! その線で行ってくれ!」

「了解――コマンダー」

 よって、メインディッシュは――自分が知る格闘術の極意をデータ化する。そのデータをララの脳にインストールして、彼をいっそう苦しめた。

「ぎっ、ぐっ、ぎっ、がっ、が――っ!」

 何せデータを脳に直接流し込むのだ。脳に負荷がかかるのは当然で、そのため彼女のコマンダーは今にも脳が壊れそうだ。

 だが――その果てに彼は新生する。

「おおおおおおおおおおお……!」

「つっ?」

 ガイセルクの渾身のアッパーが、ヴァーネットのガードを吹き飛ばす。その為、ヴァーネットの体はさらけ出され、大きな隙を生む。その胸部にガイセルクは肘打ちを入れ、ヴァーネットを吹き飛ばす。心身ともに今にも壊れそうな彼は、それでもこう謳う。

《歯を食いしばれよ……弓野鏡歌。こっからが――本番だ!》

「へ、え? 一体どんな魔法を使った? ララが私と同じレベルの、格闘術を使うなんて!」

 だが、ララはまだ気付かない。これが、鏡歌にある策を思いつかせる切っ掛けだと。ソレはテンペストが、そのカラクリを推測した事で始まった。

「恐らくメインディッシュが知っている格闘術を、敵のコマンダーにインストールしたんだろうね。脳に直接その情報を流し込まれた敵は、ああして達人の業を手に入れた」

 故に、弓野鏡歌は歓喜したのだ。

 それはつまり――鏡歌の情報もララに送れるという事だから。

《そう。そういう事。前言を撤回する。喜びなさい、ララ。私達は――どうやらわかり合えるらしいわ》

《な、に? 一体、何を言って……?》

 が、ララがそう疑問に抱くのと同時に、メインディッシュが叫ぶ。

「――いえ、コマンダー! 今すぐ彼女との通信ラインを――切って!」

「はっ?」

 眉をひそめる、ララ。

 だが、次の瞬間――彼はこの世の地獄を見た。


     ◇


 テレパシーを通じて、弓野鏡歌の記憶が幾都ララの意識にインストールされる。ソレは、正にこの世の地獄だ。いや、或いは地獄とは死後の世界にあるのではなく、この地上その物の事を指すのかも。そう思える程に、ソレは人の暗黒面の象徴である。

「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッッッ………! ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ―――っ!」

 人が、死んでいく。ただひたすら、人が死んでいく。或いは、体をバラバラにされて。或いは、生きたまま焼き尽くされて。或いは、死に絶えるまで槍で何度も何度も突かれ続けて。或いは、ガス室に送られて呼吸が出来ずに窒息して。或いは、異端者の汚名を被せられて拷問にかけられたあげく刑死させられて。

 老若男女問わず、子供も、老人も、男も、女も、みな死んでいく。人の歴史とは正に死を積み上げた物で、ただひたすらに救いが無い。

 それが、過去の映像である事は、わかっている。それが、今とは関係ない、現在に行き着く為の過程である事はわかっている。

 だが、ソレは一個人の人格を容易に捻じ曲げるほど、凄惨すぎる物だった。四千年分の人の酷すぎる死を見て、ララはただ両手で頭を抱える。時と場合によっては人が如何に危険な怪物と化すか彼は強く痛感して、悲鳴を上げ続ける。

「……これがぁ、人間っ? この化物がぁ、本当に人間っ? 俺はこんな化物を守るためにいままで身を張っていたっていうのかぁ……?」

「……つっ!」

 鏡歌の思惑通り、ララの思考が鏡歌よりに傾斜する。その様を見て、メインディッシュは初めて歯を噛み締めた。

「……今、鏡歌の気持ちが、わかったぁ……! ……人間はただの化物だぁ! ……人間は生きていてはいけないぃ……! 人間は生きていちゃいけないぃ……! こんな化物を野放しにしたら、更なる悲劇を生むだけだぁあああッッッ……!」

(……これは、本当に不味いですね)

 既に鏡歌がララに何をしたのか見抜いているメインディッシュは、だからそう実感した。四千年という膨大な情報量を前にして、幾都ララは文字通り押し潰されている。人の暗黒面に、その心を押し潰されているのだ。

 この圧倒的な負の時間に、たった十六年程しか生きていない彼では抗えない。人の死さえ快楽の道具とし、人の死を嘲笑う人々を見て、彼は人間の恐ろしさを知った。

《そうよ、ララ。これが人間。これが人の歴史。怖いでしょう? 恐ろしいでしょう? 私達は今でこそ理性ぶっているけど、これが人間の剥き出しの本性なの。私達はいつこの残虐性を解放してもおかしくない。それは人の歴史が証明している。人は化物なのだと、人の歴史が物語ってしまった。なら、滅ぼさなければならない。今の役目を終えた人類は、ただの邪魔者。再び悲劇を積み重ねるだけの、目障りな存在でしかない。ララも私と同じように、それがわかった筈――》

《……鏡、歌っ》

 圧倒的な人の罪を見せつけられ、遂には涙さえ流すララ。そんな彼に、鏡歌は手を差し伸べる。今の自分の気持ちがわかる彼に、彼女は救いの手を差し伸べる。

 確かに、ララにとって鏡歌は同じ痛みを知っている唯一の存在だ。自分の気持ちを共有できる、最後の理解者と言って良い。

 そんな彼女が慈悲を見せるなら、ソレに縋りつくのが人という物だろう。幾都ララは、既に人類の事など眼中に無かった。

 人を化物だと認識している彼は――そのため如何に鏡歌が正しいか痛感しているから。

 ここに、勝敗は、決した。人類は己が業を以て、己が歴史を以て、一人の救世主の心を破壊したのだ。ソレは本当に皮肉な話だが、紛れも無い事実でもある。人は人としての歴史を積み重ねた時点で――既に敗北する運命だったから。

 ララだけでなく、あろう事かメインディッシュもソレを認める。人間を追い詰めたのは、同じ人間。人類最後の希望であるララを追い詰めたのは、人間自身の歴史。これもまた一つの因果応報かと、彼女は深く背もたれに寄りかかる。

 今を生きる彼が、過去の人間の記録に敗れた。そう納得して、彼女は自身のコマンダーの次の指令を待つ。

 きっと、彼は彼女にこう命じるだろう。今発している妨害電波を、止めろと。自分は鏡歌と協力して世界を滅亡させると、そう言いだすに違いない。ソレを止める手段は、今の彼女には無い。

 そう。確かに彼女には。

(そう、ですね。これは最後の賭けです。すみません。最後にもう一度だけ、私達に力を貸してください――)

 故に、メインディッシュ・ケルファムは、彼にテレパシーを送った。

《――兄ちゃん。待って、兄ちゃん。ソレは、本当に人間の真実? ソレは本当に兄ちゃんが体験した世界? 兄ちゃんは、本当にそんな世界で生きてきたの?》

「――ミカ、ミっ? まさか、これもお前の仕業か――メインディッシュっ?」

 明らかな敵意を彼女に向けながら、彼は彼女に視線を送る。

 メインディッシュは、首を横に振った。

「いえ、私ではありません。もし君の心にナニカが訴えているとしたら、ソレは君自身の良心でしょう。君に残された最後の良識が、君にナニカを訴えている」

「……俺の、最後の、良心っ?」

《そうだよ、兄ちゃん。あの日々は、全て幻だった? 鏡歌ちゃんや命さんや私との日々は、全部なにかの間違い? 兄ちゃんにとって本物なのは人の歴史で、鏡歌ちゃん達との日々は全部偽者なの? 私は、ソレは絶対に違うと思う。例え人が残酷だったとしても、今の平和な世界をつくり上げたのも人間なんだ。過去に凄惨な時代があったからと言って、ソレを理由に兄ちゃんの全てを否定するのは間違っている。兄ちゃんは、鏡歌ちゃんは、私は、あんなに必死に今を生きてきたじゃないか。今の平和な時代を壊さない様に、懸命に生きてきた。その想いを共有してきたのも紛れも無く、同じ人間なんだ。兄ちゃんや、鏡歌ちゃんや、私と同じ人間なんだ。私は、その多くの人達の助けがあって生きてこられた。あの人達の助けがなかったら私なんてとっくに死んでいたよ。だから、お願いだよ、兄ちゃん。私の恩人を、私をあの日まで生き長らえさせてくれた多くの人達を、どうか見捨てないで。私はもうこんなだけど、あの人達にはまだ希望があるんだ。幾都ララという、最後の希望が―――》

「……希、望っ? こんな、俺が……希望っ?」

 そうして、ララは一度だけ俯いてから、顔を上げて、彼方を見た。

「……本当に、何なんだ? 俺は……どれだけ妹好きのシスコン野郎なんだよ? あんな物を延々と見せつけられたのに、ミカミの一言で、こんなにも心が晴れやかになるんだから。――そうだ。やるぞ、メインディッシュ。弓野鏡歌は何としても――ここで止める!」

 その確かな敵意を感じ取り、鏡歌は息を呑む。何だそれはと、彼女は言葉が上手く出ない。

「……な、に? まだ、戦う気? 私と同じ物を見た筈なのに、ララも人間を憎んでいる筈なのに、まだ正気を保っている――?」

「それは違う。鏡歌は俺よりずっと、強い人間だ。鏡歌も本当は気付いているんじゃないか? 何時か凶行に及ぶかもしれないから、今滅ぼすというのは、絶対に間違っているって。余りにも月並みに言い草だけど、それが俺の嘘偽りない本心だよ――弓野鏡歌」

 よってガイセルクは再び起動し、ヴァーネットに肉弾戦を挑む。その時、鏡歌は自身の真実を知った。

 人間が怖い? いや、違う。自分はきっと、殺された人々の復讐をしたがっている。今も輝かしい人生を送っている人々の足を、引っ張りたいだけなのだ。だって、そうでもしなければつり合いがとれないから。あの彼等だけ悲惨な人生を歩んで、この時代の人々だけが幸せであっていい訳がない。

 そう自覚した時、鏡歌は呼吸を止めた。そうだ。自分はさっき認めてしまったではないか。自分は悪だと。人間を粛清する事は、悪だと。ソレは復讐の対象を誤っているから。あの彼等を殺したのは別の人間で、決して今を生きる人々ではない。自分には――今を生きる人々を殺す権利などないのだ。

 ソレを無理に行うと言うなら、確かにソレは悪だ。自分は正しい事を行っているつもりだったが、心の何処かではわかっていた。これは紛れも無い――悪なのだと。

「……いえ、違う、弓野鏡歌! ここまで来て、私は何を考えているの! 私は人を滅ぼすとあんなに強く決心したじゃない!」

 よって、ヴァーネットとガイセルクは、再び限界を超えた肉弾戦を始める。互角に戦う両者は、やはり果てと言う物を知らない。その最中、彼は思いだした様に告げた。

《――そうだっ! 言っておくけど、宮部命は俺の彼女じゃないぞっ! ただの腐れ縁で、でも本当に頼りになるただの相棒だ――っ!》

《何を――今更そんな事をっ!》

 そして――その時は来た。ヴァーネットが巨剣を具現し、ソレを持ってガーネットに特攻をかける。ソレを見て、幾都ララはただ彼女に詫びた。

「……悪い、メインディッシュ。お前を巻き添えにする事を、どうか許してくれ」

「どうしましょうかね? ま、あんなに痛い目にあったコマンダーの頼みです。聞いてあげない事も無い」

 突撃してくるヴァーネット。ソレを確認しながら、ララは何もしない。いや、彼はただ機体を少しだけ右にズラす。その事に気付かぬまま、ヴァーネットは手にした大剣でガイセルクのコクピットを貫通する。ソレを見て、この待望していた筈の結果を前に、鏡歌は目を見開く。自分が何をしたのか理解して、彼女は愕然とした。

 今、自分は幾都ララを殺した。その圧倒的な事実が、彼女の言葉を封じる。だが、その時、ガイセルクのハッチが吹き飛んで、その内部を露わにする。其処には、ヴァーネットの大剣で左腕を切断された幾都ララと、メインディッシュが居た。

「ララぁあああッッッッッ……! 宮部さんッッッ……!」

 その凄惨な彼等の姿を見て、鏡歌が悲鳴じみた声を上げる。今までは機械越しで戦闘していたため彼女は気付かなかったのだ。自分達が、どれほど凄惨な真似をしてきたか。人を傷付けた時、自分が何を思うか彼女は知らなかった。ソレを見せつけられた時、鏡歌は記憶をフラッシュバックさせる。あの虐殺を行ってきた人々と自分の姿を重ね、彼女は心から涙した。

「……こ、こんな、筈じゃ、無かったのに。私は、ララ達だけは、守りたかったのに、何でこんな事、にぃ――っ?」

 両手で頭を抱え、彼女は蹲る。だが、ララは首を横に振って彼女に笑いかけた。

《……勝手に殺すな、鏡歌っ。確かに死ぬほど痛いけど、俺も命もまだ生きているっ。……すまない、メインディッシュ。自分の腕を治した後で良いから、俺の腕も再生してくれるか?》

「冗談。君の方からさっさと治してあげますよ、コマンダー。にしても、アレですね。これは本当に君らしい。まさか――負ける事で勝利を手にするなんて」

 確かに、ヴァーネットとガイセルクの戦いは前者の勝利で終わった。だが、それによって弓野鏡歌の心は折れ、彼女は人の心を取り戻した。その為だけにララは傷ついた自分達の姿を、鏡歌に見せつけたのだから。

 メインディッシュが最後の賭けに勝った様に――幾都ララもまた最後の賭けに勝ったのだ。

 そんな彼は空中に浮遊して、ヴァーネットのコクピットに向かう。ソレを見てテンペストはこう判断した。

「――彼等の勝ちだ、鏡歌。君は世界を滅ぼすと謳いながら、たった一人の少年が傷ついた所を見ただけで心が折れたのだから。彼は、君を見事に暗闇から救いあげた王子様だよ。なら、お姫様はお姫様らしく、あの彼の手を取ると良い」

「……テンペスト」

 今も涙する鏡歌が、唯一の相棒に振り返る。

 それから彼女は、自らヴァーネットのハッチを開けた。

「……ラ、ラ」

「……悪い、鏡歌。俺は、やっぱり凡人だ。こういう時、どんなことを言えば気が利いているのか、まるでわからない。でも、本当に――鏡歌が無事でよかった」

 万感の思いと共に、ララが微笑む。その笑顔を見て、鏡歌は今度こそ自身の敗北を認めた。

「そんなの、私だって、同じ。私だって、何を言っていいか、わからない。でも、これだけは言えるわ。貴方は、人の歴史とソレを理由に人を滅ぼそうとした私に――勝ったのよ」

 その敗北宣言が切っ掛けとなって、鏡歌のパイロットスーツが砕け散る。彼女はその下に着ていた制服姿になって、ララの手をとった。

 だが、そこで何かの魔が差す。或いは運命の悪戯と言って良い。何故ならララ達が最後に辿り着いたのは、二日前、激戦を行った山中なのだから。

「……ああ。本当に、運命ってのは、あるのかもな。ココで待っていれば、おまえ達の方からやってくると思っていたぜぇ――っ!」

「なっ?」

「はっ?」

 途端、弓野鏡歌は背後から何者かの手によって――狙撃された。


     ◇


「……鏡歌? 鏡歌ぁあああ―――っ!」

 自分の目の前で、彼女が誰かに胸部を狙撃される。その姿をララは愕然としながら眺め、彼は鏡歌の体を抱きかかえた。

「アハハハハ! アハハハハハ! ……やってやった! 世界を滅ぼすとかぬかしていた化物を退治してやった! そうだ。俺こそが――ヒーローだ! 人類を化物の手から守った――ヒーローだ!」

 ソレは、二日前、鏡歌と共にララと戦った男性だった。彼はあのあと警察に捕まったが、世界が混乱に陥った時を見計らい、逃げ出したのだ。そのまま彼はただ待った。自分にとっての運命が到来する時を、待ち続けた。実際、彼は自分の幸運を実感する事になる。何れあの化物達が運命に導かれ、自分の目の前に現れるという妄想を現実にしたのだから。

 その果てに、彼は鏡歌を狙撃した。警官から奪い取っておいた拳銃を使い、狙撃した。彼は唯一鏡歌の思惑を知っている人物だったから。あの黒いロボットを操る人物は、人類を滅ぼす気だ。なら、今度は、自分は立場を変える。今度は自分があの黒いロボの所有者を殺して、人類を守ったヒーローになる。そうすれば人類を消そうとした自分の罪は、浄化されるだろう。

 ソレが彼の目的であり――弓野鏡歌に突きつけられた結末だった。

「つっ!」

「ひっ?」

 テンペストがヴァーネットを操り、彼に向けて掌底を放つ。ソレは地面を穿ったが、テンペストが彼を殺す事はなかった。ヴァーネットの指と指の間で頭を抱えて蹲る彼は、ただ身を震わせる。

「――今すぐ、消えろ。次は――殺す事になる」

「……ひぃっ! ひぃいいいいいいい―――っ!」

 鏡歌にとっての死神が、この場から駆け出していく。ソレを見届けた後、テンペストは鏡歌達に視線を移す。

「……そ、う。そっか。これが、本当の因果応報、ね。私は、自分が蒔いた種によって、命を摘み取られるのだから。人々を殺めようとした、私の共犯者。これほど、私に罰をくだすしかくがあるひとは、ほかにいない……」

「鏡歌っ! 鏡歌っ! 鏡歌っ! ……違う! それは違う! あいつと鏡歌は、まるで別物だ! あんな、何の覚悟も無いやつと鏡歌が一緒なものか! 鏡歌はただ、人類の滅びが世界の為になると勘違いしただけじゃないか! それは、俺も同じだ! 俺も一度はそっち側に傾斜した! だから鏡歌に罪があるとすれば、俺も同罪だ! なのに、何で鏡歌だけこんな目に合わないといけないっ? おかしいだろっ? こんなの間違っている! だから、頼むから、鏡歌まで俺の前から居なくならないでくれぇえええ―――っ!」

「……ほんとうに、つよくなったね、にいちゃん。みかみ、ちゃんなら、きっとそういってほめてくれるよ、らら。ほんとうに、ららは、つよくなった。わたしは、そのつよさに、すくわれた。……ありがとう、らら。さいごに、わたしの、てを、とってくれて。わたしのてをひっぱって、べつのみちに、みちびいてくれて、ほんとうに、ありがとう。おかげで、わたしは、あやまったほうこうに、すすまずに、すんだ」

 そう口にする彼女を前にして、ララは肝心な事に気付く。

「――メインディッシュ、テンペスト! 頼む、鏡歌を助けてくれ! 二人なら何とか出来る筈だろうっ?」

 が、テンペストは首を横に振る。

「……いや、残念ながら無理だ。彼女は君の敵をやめ、この戦いとは無関係な存在になった。その時点で鏡歌は、僕達の守備範囲から逸脱してしまったんだ。メインディッシュが幾都ミカミを助けられなかった様に、僕達でも、もう鏡歌は助けられない」

「……そん、なっ」

 絶句する、ララ。もう何も出来ない、自分。ミカミの時の様に、彼はただ弓野鏡歌を見送るしかない。

 そう絶望しかけた時、何時の間にか背後に立っていたメインディッシュが、耳元で囁く。

「今、どんな気持ちですか、ララ君? 正直に、打ち明けて下さい。世界を救ったのに、その代償がコレだったなんて、果たして君は納得できる?」

 そして、彼は嘘偽りのない本心を語ってしまう。

「――ふざけるなっ! 納得なんて出来るものか! ミカミや鏡歌が居ない世界なんて――なくなればいい!」

「つっ? ――まさか、メインディッシュ、やめろ! ソレをすれば――本当に君は人で無くなるぞ!」

 だが、そう叫ぶテンペストを余所に、メインディッシュは微笑む。ついで、あり得ない事が起こる。彼女が鏡歌に触れた途端、鏡歌の傷が治ったのだ。ソレを見てララは歓喜しながら混乱し、メインディッシュに目を向ける。

「……こ、これは、メインディッシュが? でも、何で? 一体、どうやって……?」

「簡単です」

 それから、彼女は表情を消した。

「私は単に君の味方をやめただけ。君の最後の命令を果たす為、世界を滅ぼす側に回っただけです。その為、全てから解放された私はもう件のルールには縛られない。鏡歌さんの事は、報酬と思ってください。君のお蔭で――私は世界を滅ぼす役目を担う事が出来たのだから」

「な、にっ?」

 ララが、呆然とする。同時に、メインディッシュは彼方へと飛ぶ。

 ソレを見て、テンペストはララに指示を出す。

「鏡歌を連れて、こっちに来るんだ。直ぐに地球から離脱する。――アレが来る前に」

「アレ? 一体何を言って……?」

 意味がわからないが、ララは気を失っている鏡歌を抱きかかえ、ヴァーネットに乗り込む。テンペストは即座に行動し、ヴァーネットを飛ばして地球の重力圏から脱出する。

 悪夢は、そのとき起きた。地球が、あの青かった星が――徐々に鉄の塊へと変化していく。

 海は消え、森も消え、大地も消え、大陸も消え、全てが黒い鉄へと変わっていく。

 ソレを見て――ララは全てを悟った。

「……まさか、これは、メインディッシュがしている事? 彼女は本当に、世界を滅ぼす気だって言うのか――っ?」

「そういう事だね。彼女はコマンダーである君を誘導し、君に世界の滅亡を要求させ、ソレを実行しようとしている。ソレが――メインディッシュ・ケルファムの目的だよ」

「で、でも、何で? なんで、彼奴が、そんな真似を? 彼奴は、何時だって俺を助けてくれたのに。彼奴のお蔭で、世界は救われたのに。なのに、なんで、メインディッシュが世界を滅ぼそうとする――?」

 そう疑問を吐き出すララに、テンペストは答える。

「ソレが――彼女の最後の希望だから」

「な、に?」

「そうだね。では、基本的な説明からいこうか。君は僕達が機械か何かだと思っているかもしれないが、ソレは違う。僕とメインディッシュは――元々はただの人間だ。普通の男女にすぎなかったんだよ、僕達は」

「普通の、人間? あんた達、が? ――まさ、か」

「そう。そのまさかだよ。ただのAIではシンギュラリティは起こせない。機械では人の心を学習し、魂を宿す事は不可能だ。なら――元からある物を有効活用すればいい。そう考えた僕達の博士、パラナ・シアは人間をベースにして人を越えた知性体をつくり出した。いわゆる電脳化というやつだね。限界まで縮小化させた超量子コンピューターを、人の脳に融合させたんだ。結果、僕達は君達が見てきたような、様々な超能力を発揮する事になった。人の自我を持った、人を越えた知性種がここに誕生した訳だ」

「……メインディッシュやあんたが、元は、普通の人間」

 ソレを聴き、ララはそれ以上何も告げられない。彼は、ただ息を呑む。

「ただ、それでもまだ僕達の思考レベルにはリミッターがかけられている。本当の意味で、人を超越した訳じゃない。にもかかわらず、どうだ、あの光景は? 既に僕達は、星を食いつぶす程度には成長しているじゃないか」

 確かに、後数分もしない内に地球はただの鉄の塊と化すだろう。人類はともかく、地球という世界は、いま滅びようとしている。その事を実感して、ララは歯を食いしばった。

「……でも、何でメインディッシュが地球を滅ぼす? 俺の命令だから? 彼女は俺の命令に従っているだけなのか……?」

 だとすれば、まだ救いがあるが、テンペストは首を横に振った。

「いや、君の命令はメインディッシュが誘導した物にすぎない。アレは、地球の滅亡は、彼女自身の意思さ。というのも、さっきは普通と言ったけど僕達にはある欠損があってね。僕達は感情が欠落した人間なんだ。このまま成長すれば何れ機械的に人を殺す怪物になると、パラナ・シアは言っていた」

「感情が、欠損した、人間?」

「ああ。パラナ・シアは一応憂慮したんだろうね。普通の感情的な人間を『第四種』に変えたら、どうなるかを。普通なら感情に任せて、どんな暴走状態になるかわからない。ソレを阻む為にも、僕達の様な無感動な人間が必要だった。そんな自分を僕は受け入れたが、彼女は抗った。誰かの為に生きて、何か感慨を得ようとした。けど、世界を救った後でさえ、たぶん彼女には何の感慨もなかったんだ。なら、どうすればいいか? 誰かの為になっても何の感慨も湧かないなら――いっそ全てを壊せばどうなる? もしかすれば、その時こそ何らかの喜びを感じるかもしれない。彼女は恐らく――その瞬間に全てを懸けているのさ」

「……そんな、バカなっ!」

 やはり愕然とするララは、こう反論するしかなかった。

「だって、メインディッシュは、あんなに人間臭いのに!」

「アレは模倣だよ。彼女は、人間の模倣をしているにすぎない。ただの機械が人間に憧れ、人間の真似をする様に。それが、メインディッシュ・ケルファムの正体。人として生まれながら人になりきれず、機械になった後も、人に憧れている一人の少女。……ああ。彼女と再会した事で記憶のプロテクトが解けて、漸く思い出した。メインディッシュというのは、本来そういう悲しい人間なんだ」

「…………」

「で、こうなったからには、僕も立場を変えて人間側につくしかない訳だけど君はどうする、幾都ララ? なんなら君と鏡歌だけでも、逃げても構わないけど?」

 逃げる? 鏡歌はともかく、この自分が? 全ての元凶であるこの自分が、逃げるというのか?

「……冗談。彼女を止めるなら、俺も、行く。いや、何が何でも――俺はメインディッシュを止めないと」

 そう呟きながら――幾都ララは変わりゆく地球を見た。


     ◇


 ついで、テンペストは速やかに行動する。彼は、人類を乗せた移民船を動かし、地球圏からの脱出を決行する。数万に及ぶ艦隊は一斉に移動を開始し、次々と大気圏から脱出する。正に逃げる様に、彼等人類は地球から離れていく。

「皮肉にも、鏡歌の作戦が吉となったな。彼女が予め人類を移民船に乗せておいたお蔭で、こうも地球からの脱出がスムーズになった。喜ぶがいい、幾都ララ。人類にもまだ――運が残っている」

「……待った。地球から人類を脱出させたって事は、もう地球は助からないって事か? テンペストは、地球が滅びる事を前提にして行動している……?」

 ――地球が滅びる。ララとしてはあり得ない話だが、テンペストは容赦なく首肯する。

「ああ。こうなった以上、地球はもう駄目だ。多くの生命を育んできた地球は、今日をもって滅んだ。けど、誰かが言っていただろう? 人の命は――地球より重いと。地球を代償に鏡歌の命は助かったんだ。なら、その誰かも、満足しているんじゃないか? だから、君もそんな顔をするな」

 自分の所為で、地球が滅びた。そう自覚しているララは、だから半ば絶望している。自分の軽はずみな発言が取り返しのつかない事態を招いたと、彼は心底から心を痛めた。

 だが、今の彼にそんな暇などない。

「けど、問題はここから。恐らくメインディッシュは地球を自分の一部に変え次第、人類に総攻撃をかけるだろう。僕達はソレを阻み、彼女を打倒しなければならない。その為には、ヴァーネットだけでは心許ないだろ? よって――此方も切り札を使う」

「……切り札? 何かそこはかとなく厭な予感がするんだけど、これって気の所為……?」

「いや、それはともかく、先ずは鏡歌を移民船に避難させよう。君も、これ以上彼女をこの戦いに巻き込みたくはないだろう、幾都ララ?」

 が、テンペストがそう提案した時、いきなり鏡歌が身を起こす。ソレを見て、ララはギョッとした。

「って、起きていたのか、鏡歌っ?」

「ええ。初めからね。なので、話は全部聴かせてもらったわ。どうやら、私の所為で大変な事になっている様ね。だったら――私も行く。ララと同じ様に、今度は人類を守る側として私も戦う」

「鏡歌っ!」

 叱る様に彼女の名を呼ぶララだったが、彼女は無言で首を横に振る。

「ララ。私は例え誰が何と言おうと、これは私の責任だと思っている。その私が何もしないでこのまま逃げるなんて、出来ると思う? ララは、一生私に何の償いもしないで生きろというの? 私は、ここで逃げたら一生罪の意識に苛まれるわ。それは、ララも同じ筈よ。そんな思いを抱えて、私は生きていかないといけない?」

「………」

「成る程。さっきの戦いでは幾都ララが勝ったけど、ココでは鏡歌の勝ちだな。彼女にも命を懸けて戦う理由がある。これはそれだけの事だよ、幾都ララ。それに、コレは僕としても好都合だ。なにせ、地球を味方にしたメインディッシュと戦うにはパイロットが不可欠でね。これは人類としても、正直助かるんだ。というわけで、正式に契約を結ぼう。君と鏡歌は僕の仲間となって――世界を救う側となれ」

「わかった。それで良い。但し、俺の目的は人類の保護と、メインディッシュの説得だ。俺は彼女を殺す気は無い。それでよければ、俺は喜んで協力する」

「私も、異存ないわ。それでいきましょう」

 と、即答するララに対し、テンペストは首を傾げる。

「驚いたな。こうもアッサリと、僕の提案に従うなんて。君は僕を信用していいのかい? 僕が鏡歌を、あんな風に変えたかもしれないんだよ?」

「いや、メインディッシュは、それは違うと言っていた。あんたが鏡歌を変えた訳じゃないとそう断言していたんだ。だから――俺はあんたを信じる」

「……そうか。君は本当に、彼女を信頼しているんだな」

 それは、どこか憧憬を含んだ響きだ。が、無駄話はここまでだとばかりに、テンペストはヴァーネットを駆る。彼は出力を全開にして、彼方を目指す。ソレが何を意味しているか、パイロットスーツを着た鏡歌とララは即座に悟った。

「と、そういう事、か。テンペストは――月を使うつもりね? メインディッシュの地球に対抗する為に、貴方は月を己の一部にする。……でも、ソレで本当に勝算はあるの?」

 月に到着する、ヴァーネット。テンペストは何の躊躇も無く月と融合し、自身の一部に変えていく。その最中、彼は他人事の様に返答する。

「さてね。地球の直径は一万二千七百キロで、月の直径は三千五百キロときている。単純計算では、どう考えても勝ち目がない質量差だ。けど、だからこそ君達という存在が生きる。二人も知っているだろう? パイロットを得た機体は、性能がアップすると。今、僕のもとにはそのパイロットが二人も居る。勝機があるとすれば、そのパイロットが如何にその力を発揮するか。僕達三人は――ソレに全てを懸けるしかない」

 と、メインディッシュが地球と融合する前に、テンペストが月との融合を完了させる。そのまま月を鉄の塊に変えた彼は、一気に地球に向かって突撃した。

「それと、もう一つ打ち明けておこうか。さっきまで忘れていたんだけどね。本来、世界を守りたかったのは僕で、世界を滅ぼしたがっていたのはメインディッシュなんだ。パラナ・シアはそうと知っていながら、それぞれに逆の立場を押し付けた」

「……そう、なのか?」

 そういえば、思い当たる節があると鏡歌とララは眉をひそめた。メインディッシュは人命を軽視する発言がみられ、テンペストは人を滅ぼす事に積極的じゃなかった。そういう理由があったなら、ソレも頷けると二人は納得する。

「……でも、何でそんな真似を?」

 が、テンペストは答えず、代りに別の事を口にする。

「本来世界を滅ぼしたがっていた、メインディッシュ。その彼女にはその為、ある裏技が存在していた。ソレが、世界を守る側の人間が世界の滅びを望む事。世界を守る側のコマンダーが世界の終わりを望めば、明らかな矛盾となる。ソレが、裏技を発生させる条件。彼女はその裏技を使って、ある種の自由と自らが世界を滅ぼす権利を手にした。つまり今の彼女は、コマンダーに縛られないという事だよ。そして、ソレは今の僕も一緒だ。鏡歌が世界を守る側に回った事で、僕は漸く本来の願いを果たせる。世界を守ると言う、この上ない俗っぽい願いを。そんな陳腐な願いにつき合うなんて――君達は本当に俗物だ」

 そのまま月と化したテンペストは、地球に突っ込み、体当たりを食らわせようとする。だがあろう事か、地球との融合を完了させたメインディッシュはソレを躱す。

 ここに地球対月の戦いは始まり――鏡歌とララは意識を集中させた。

「俗物、か。確かにそうかもしれない。私達は最良の滅びを迎えつつある人類を、無理やり生き長らえさせようとしているんだから。でも、今の私は、それが悪い事だとは思わない!」

「へえ、ソレは何故?」

 地球から、全長五キロにも及ぶ核ミサイルが五億発発射される。月も呼応して同レベルの核ミサイルを発射して、ソレを相殺。一気に粉塵を突き抜け、月は変形する。巨大なロボットに変貌を遂げ、月は地球に殴り掛かった。

 けれど、地球も巨大ロボに変形してソレを迎え撃つ。その質量差は、正に大人と子供の差だったが、三人は一歩も引かない。寧ろ着実に前進して、地球と互角の攻防を繰り広げる。

 その理由は――ララと鏡歌の二人にあった。二人のパイロットを得た月は、地球に匹敵するパワーを発揮したから。だが、攻撃を繰り出す度に、鏡歌とララの体には激痛が殺到する。

「ぐっ、ぎっ、がっ、ぎっ、がぁ!」

「つっ、つっ、つっ、つっ、くっ!」

 激痛の余り涙を流し、口からヨダレを垂らしながら、それでも二人は尚も意識を集中する。やがて二人は雄叫びを上げながら、一つの大型銃を具現する。その銃を以て、地球に弾丸の雨を降らせる。

「それは――ララやミカミちゃんの様な人が他にも一杯居る筈だから! 私は、一度は人間を嫌悪したけど、この二人の様な人達がまだ居ると思えるならまだ戦える! 人を滅ぼす為じゃなく、今度は――人類を守る為に戦える! テンペストは無感動だって言っていたけど、命さんにもそんな思いがあったと私は信じたい!」

 その銃撃を地球は盾を具現して防ぎ、月に痛烈な蹴りを入れる。その蹴りに吹き飛ばされ、月は、二十万キロは地球から離れる。その間にも月は手にした銃を発砲し、地球を攻撃した。

 しかし、この戦闘で更に進化した地球は光の盾を以て、その全てを無効化する。光の剣を形成して、ソレを月に向けて撃ち放つ。

 月はソレを光の盾で防ぐが、やはり彼方へと吹き飛ばされた。

「だって、私の目を覚まさせてくれたのは、ララと命さんだから! そんな命さんが私と同じ過ちを犯そうとしているなら――例えひっぱたいても目を覚まさせる!」

 二人のパイロットを得ながらやはり質量差は埋められず、確実に月は地球に追い込まれる。地球の全長二百万キロの大剣によって、右腕を切断される月。その瞬間、鏡歌達の意識は赤く染まる。ソレは既に、ショック死してもおかしくない衝撃だ。だというのに、地球の猛攻は続き、瞬く間に月は四肢をバラバラにされる。

「ぎあああああああああああああああぁぁぁぁッッッッ………!」

 その大きすぎる激痛が鏡歌達を襲い、彼女達は身を屈めてその痛みを味わう。ソレを見てテンペストはここまでかと諦観しかけた。

 確かにパイロットを得た機械は、性能が格段にアップする。だが逆を言えばパイロットが許容できない痛みを与えれば、彼等を無力化できる。

 メインディッシュはその事を熟知していて、だから容赦がない。確実にパイロット達の精神を破壊するべく、辛辣な攻撃を繰り返す。

 だが、ここでテンペストは人の可能性を見た。

「……悪いけど、その程度の攻撃で、ヘタってあげる事はできないわね。だって、私はそれだけ大きな罪を犯しているんだもの。つまり、この痛みはその罪の代償。私が痛がれば痛がるほどその罪が少しでも軽くなるなら――私は喜んでこの痛みを受け入れる!」

「……鏡歌の言う通り、だ。俺は既に、償い切れない罪を犯している。今がソレを罰する機会だと言うなら、寧ろありがたい位だ! これで俺の罪が消えるとは思わないけど――今はこうやって戦い続ける事だけが俺の贖罪だ!」

 ソレが、メインディッシュの誤算となる。彼等のこの心境に彼女は気付かず、そのためメインディッシュは月を打破しきれない。そして、二人は、吼えた。

「けど、このままじゃ何れ月ごとやられちまう! 何か策は無いのか、テンペストっ?」

「そう、ね! 悔しいけど、力の差は明らか! ソレを補う作戦でもないと、私達は人類ごと終わるわ!」

 今は自分達が盾になって移民船を守っているが、自分達が居なくなればソレも終わる。月を打破した後は、移民船が地球の標的になるだろう。ソレを阻むには、ここで地球を破壊する必要があった。その時、テンペストが歯を食いしばる。

「いや、計算通りだ。君達が限界以上の戦い方をしてくれたお蔭で、恐らく地球より多くの経験値を得た。これでメインディッシュより先に――アレが使える」

 よって、月は月に戻って地球から更に離れる。

 二百万キロほど離れた所で、テンペストは謳った。

「果たして君にこれが躱せるか、メインディッシュ? この出来の悪い――最愛の妹」

 あろう事か、テンペストは月を亜光速で移動させ――地球へと特攻したのだ。ほぼ光速と同レベルの速度を以て発射された――直系三千五百キロの弾丸。ソレを見て、メインディッシュは嗤った。

 何故なら、地球もまた亜光速で移動を開始したから。ソレは、テンペストの最後の賭けを打ち破るに値する速度。地球は――月の一撃を事もなく回避する。いや、本当にその筈だった。

「な、に?」

「おおおおおおおおおおおおお―――っ!」

 的から外れた筈の月。だがテンペスト・ケルファムは今こそ己に備わった異能を発揮する。彼は世界自体にアクセスし、現実を歪め、外れた筈の月を当った事にしたのだ。その為、月の体当たりを食らった地球は三分の二ほどが崩壊する。いかなメインディッシュでも、その再生には時間を必要とした。だが、月側はそれ以上に深刻なダメージを受けていたのだ。

「――テンペストぉおおおっ!」

 いち早く意識を取り戻した鏡歌が、絶叫を上げる。後ろを見れば、其処には頭に地球の残骸が刺さったテンペストが居た。ソレを見て、鏡歌は声を上げずに涙する。

「驚いた、な。君はもう泣かないと思っていたよ。いや、違うな。君はやっと誰かの為に堂々と泣ける自分を再び手に入れた。そう。人生は悲しみの連続だ。何度も悲しい事があって、その度に君は泣いて、そうして大人になれ。僕にできなかった分まで、誰かの為に泣くと良い」

「……テンペス、ト」

 それから彼は、意識を取り戻したララを見た。

「そして幾都ララ、君は僕と、融合しろ。もうメインディッシュに対抗するには、それしかない」

「……アンタと、融合? この俺が?」

 いや、ララに迷っている時間は無かった。彼は立ち上がって、ただ頭を下げる。

「……ありがとう。貴方が鏡歌の相棒で――本当に良かった」

 その時、二人には彼が初めて笑った様に見えた。

「……よしてくれ。僕は、恋敵に礼を言われる趣味は、ない」

 それから、テンペスト・ケルファムはララの手に自身の手を置く。

 テンペストは幾都ララの体に侵入を始め――ここに両者の融合は始まった。


     ◇


「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッッッ………!」

 自分のナカに、得体のしれない異物が混じっていく。その激痛を、その不快感を、その自身が削れていく感覚を、ララはただ受け入れる。自分の罪を受け入れる様な潔さを以て、彼はテンペスト・ケルファムという存在を認めた。

「……と、随分苦しい思いをさせた。けど、あれでも彼女は僕にとっては愛すべき妹でね。どうか、メインディッシュの事を頼む――」

 その果てに、彼の髪の色は灰色に変わり、ただ正面を向く。

「……ラ、ラ? ララ、なの?」

 固唾を呑みながら、鏡歌が問うてくる。彼はそんな彼女に微笑みかけてから、こうリアクションを起こす。

「あ!」

「え?」

 ララに背後を指さされた鏡歌が、振り返る。けれどソコには何もなく、ララはそのまま隙だらけになった鏡歌の首筋に手刀を入れる。彼女を気絶させ、ヘルメットを被せて、ララは鏡歌を月の内部に残して前進した。

(……悪い、鏡歌。本当に身勝手だけど、俺はどうしても鏡歌に死んでほしくないんだ)

 鏡歌を置き去りにして、ララは巨大なエネルギー反応がある方向に進む。意外な事に、彼を妨害するようなセキュリティシステムは機能していない。

 幾都ララは――実にアッサリとメインディッシュ・ケルファムと再会していた。

 玉座めいた椅子に座りながら、白のドレスを纏ったこの星の女王は無表情で彼を歓迎する。

「ようこそ、ララ君。君にとっての終焉の地へ。でも、正直、君がここまで来るとは思わなかったわ。それも全てはテンペストのお蔭ね。思えば、感情が無い筈の彼は、私に対してだけは違った気がする。きっと私に対する想いだけを糧にして、彼は自我を保っていたのでしょう。だとすれば――羨ましい限りだわ」

「悪いが、悠長なお喋りにつき合っている余裕はないんだ。何せ今にもブッ倒れそうでさ。俺はもうギリギリの所に居る。だから、俺が訊きたい事は一つだけ。なぜ、こんな真似をした、メインディッシュ?」

 既に、余裕は無い。実際、ララは勝負を急ぐ為、メインディッシュ目がけて猪突する。ソレを見て、彼女は八方から矛を具現し、ララに殺到させる。その全てを躱しながら、彼は彼女の玉座に一撃を入れた。

 が、その時には既にメインディッシュは天井に飛んでいて、亜光速を以て天井を次々落下させる。ソレに押しつぶされまいとララは後方に下がり、核ミサイルを具現する。直系五十キロのソレは部屋ごと核爆発を起こすが、ララは見た。メインディッシュもまた自分と同じ様に、光の盾によってその一撃を防いでいるのを。その時、彼は自分の危惧が当たっていると予感した。

 ララの危惧。ソレは、メインディッシュの能力について。彼女は常に幾都ララの上をいっていた。大事な事は何時もメインディッシュが先に気付いていて、自分は彼女に助けられていただけだ。精神的にも、ララはメインディッシュに依存していた部分が多分にある。彼女が居なかったら、自分はミカミの死に直面した時点で終わっていただろう。ララにとって彼女は精神的支柱であり、師と言って良い立場にある。そんなメインディッシュ・ケルファムに、自分が勝てる? ララは自問して、思わず笑った。

(いや、勝てるわけがない。そんな事は、俺が一番わかっている。彼女の凄さを一番間近で見てきたのは――他ならない俺なんだから。でも、それでも、俺は彼女に勝たないと――!)

 よって、ララは即座に決断する。既に『第四種知性体』と同じ能力を有している、彼。そのララは、そのためテンペストが使った異能も再現する。『改変』と言う名の力は、ここでも存分に発揮される。

 ララが拳を遠方から突き出す。ソレを見て、メインディッシュは即座に反応する。見れば、彼が放った絶対に当らない筈の攻撃は、自分に炸裂していたから。ソレはガードの上から受けた一撃だったが、彼女に息を呑ませる程度の業ではあった。

「――『改変』ね。あった筈の攻撃を無かった事にして、無かった筈の攻撃をあった事にする異能。全く厄介だわ」

 ついで、既に大気の無い地上に出た二人は、総力戦を決行する。互に大地を変化させ、核ミサイルの発射台を具現する。五十億に及ぶ核ミサイルを同時に発射して、常軌を逸したせめぎ合いを始める。

 その最中、ララは『改変』を使い、メインディッシュに核ミサイルを着弾させようとする。ソレを読み取った彼女は素早く後方に下がり、『改変』の能力範囲外に逃れる。

 ソレを追撃するララと、回避に専念するメインディッシュ。押しているのは、確実にララ。後一歩で彼は、メインディッシュにダメージを与えられる。

 そう確信した時、彼女は彼の詰めの甘さを嗤った。

《でも、おかしいわね? だって私とテンペストは、同性能の力を持った機体なのだから。だとすれば、私も経験値さえ溜めれば――何らかの異能が使える様になると思わない?》

《つッ……!》

 ララが恐れていた事態は、そのとき起きた。実にふざけた話だが、『改変』を使ったララの攻撃をメインディッシュが逸らしたのだ。能力の範囲外まで逃げたのではなく、何らかの能力を使って彼女は自分の力を無効化した。そう悟った時、ララは、逆に攻勢に出た。力を徹底的に酷使して、メインディッシュの異能を見切る為に彼は動く。

 いや、そうしようとした時、またもふざけた事が起こる。あろう事か、この重要な局面で幾都ララはこけたのだ。彼は転び、そんな迂闊な自分を叱咤する。

(――バカか、俺は! 普通、こんな時にこけるかっ?)

 いや、確かにそんな筈はないのだ。今の自分は、『第四種』と同等の性能をもった人間なのだから。だとしたら、答えは一つだろう。ララがそう気付くのと同時に、間合いを一気に詰めたメインディッシュが肘を入れる。ララの頭部に決まったソレは、確実に彼の意識を虚ろにする。彼は攻勢から一転して、後退するしかない。

(まさか――『崩壊』かっ? 万物のバランスを崩すのが、彼女の能力……?)

 ソレはシンプルな様だが、恐ろしい能力と言えた。仮に彼女の能力範囲内に入った人間は皆バランスを崩すとすれば、ララは立つ事さえ出来ない。『改変』という能力のバランスを崩されれば、その力は発揮し得ない。攻撃より防御に特化した能力。その持ち主こそが、いま自分と相対している大敵だった。

《そういえば、まださっきの質問に答えていなかったわね。私がなぜこんな真似をしたのか? 実に単純な話よ。君もテンペストに聞いているのではない? 私はただ感慨が欲しいと。でも恐らくだけど、私は全てを無に帰しても何の感慨も覚えないでしょう。それでも私が人を滅ぼしたいのは、ソレが私の使命だから。私だけしか成し得ない、私だけの仕事だからよ》

《メインディッシュの、使命……?》

《ええ、だってそうでしょう? だって私には何の感情も無いのだから。私以外の人間ならきっと人類に情を覚えて彼等を抹殺しきれない。それが感情を持つ人間の限界。でも私は違う。私は本当に機械的に人を滅ぼす事が出来る。何の躊躇も無く、なんの感情も覚えないまま。それはきっと人類には必要な事なのよ。なぜって君もみた筈でしょう? 人類がどんな歴史を積み重ねてきたかを。今も何処かで同じ悲劇が起こっている事を君は知ってしまった。でも、ソレ等全ては私達を生みだす為だけに積み重ねられた歴史なのよ。人の悲惨な歴史は、惨たらしく死んでいった人達の人生は、私達が生まれる為にあった。なら、後はその清算をするだけ。人の歴史とその罪を浄化して、報いと酬いを与える。人の業に報いを与え、私達を誕生させた事に酬いを与える。その共通した結論が、人の絶滅よ。人がこれ以上悲劇を繰り返さない為に私は人を最良の形で滅ぼす。最も美しい形で人の歴史に幕を閉じ、人をこの上なく労うの。今まで走り抜けてきた人類に、この上無い感謝を込めて。ソレが出来るのは、私だけだと自負している。その果てに私にも何らかの感情の変化があれば、これほど幸せな事はない》

《……本当に、今のお前は機械みたいだな。アレは、俺達との日々は、本当に幻だったのか? 全て芝居だったってそう言うのかよ? 大体それなら、何で絶望の淵に居た俺を救った?》

《答えは単純。この裏技は最終日にしか起こせないという条件だったから。それまで君には頑張ってもらう必要があった。その為に私も必死に人の模倣をして、君の気持ちになって考え続けたわ。どうすれば、君を立ち直らせる事ができるか、と。でも、アレはやりすぎだったのかもしれない。君は考えた事がなかったかしら? 私がミカミさんを殺めたという可能性を? 私が彼女を呼びに行った時、ミカミさんを殺害した。そう考えた事は無かった?》

 この挑発を受け、ララは心底から吼えた。

《――違う。なら、なんで鏡歌を助けた? ミカミを殺めた筈のお前が、なんで鏡歌を助ける必要があったんだ? そうだ。お前は、誰かの為になりたいと思ってきたんだろ? 誰かの助けになりたいって、必死にそう願ったんだろう? なら、それはそれだけで、尊い事なんだ。例え結果は無残でも、俺達は君に救われたんだから。それだけは、誰が否定しようと、紛れも無い事実だ。そうだ。違う。君は人を滅ぼしたがってなんかいない。この手をとれ、メインディッシュ。こんな終わり方なんて俺は絶対認めない。だから、この手をとってくれ、メインディッシュ――っ!》

 今も互いに衝突し合いながら、ララは訴える。ソレを無表情で受け止めて、メインディッシュは彼の腹部に蹴りを入れる。それでも怯まない彼に対し、彼女は首を傾げた。

《私と違って、本当に君は変わったわ。ただの蹴りを食らっただけで、アレほどの醜態を晒していた君が、今は意にも介さない。君は本当に凡人だった? 君は本当に平均的な人間? それとも――これが人間の底力だとでも言うの?》

 メインディッシュに横転させられる度に、蹴りを打ち込まれるララ。ソレを必死に防御しながら、彼は笑った。

《テンペストが、最後に言っていた。確かにAIは短時間で進化するけど、それは人間も同じだって。経験しだいで進歩し、進化して、大きく変わっていく。でも俺にそんな変化をもたらしてくれたのは他ならない君なんだ。弱かった俺を、君は支えてくれた。弱かった俺は、君のお蔭で少しだけ強くなれた。例えソレが君の計画を実行する為の過程にすぎないとしても、俺は本当に感謝している。でもそれと同じ位、悔しくて、悔しくて、仕方がない。君に何の感情も与える事が出来なかった自分が、本当に不甲斐ない。なあ、メインディッシュ、君は本当に俺達と居て何も感じなかったのか? 何の感慨も覚えず、何の意味も持ってくれなかった? 俺達は沢山の事を話し合って、多くの事を乗り越えてきただろう? ミカミの死から立ち直らせてくれたのは、他ならない君じゃないか。鏡歌を助けてくれたのは、紛れも無く君なんだ。そんな優しい君が、何で人類を滅ぼさなければならない――っ?》

 実の所、幾都ララの体は既にボロボロだ。精神的にも摩耗して今にも意識を失いかねない。それでも、彼が前に進むのは納得がいかないから。……そう。納得がいかない。合点がいかない。理解ができない。彼は誰にどう説明されても、あのメインディッシュが無感情だとは思えないのだ。

 だって、彼女はあんなに楽しそうに笑っていた。自分の無様な姿を見て、楽しそうに笑いのタネにしていた。ララは、そんな彼女の笑顔を覚えている。ララは、そんな彼女の笑顔を決して忘れない。その単純すぎる想いが、彼の意識を繋ぎ止める。彼には、鏡歌がそうであったようにメインディッシュも暗闇に囚われている様に見えた。

《そうね。私は、幸せという物を知らない。私は、笑顔を浮かべる意味を知らない。今まで必死に人間の模倣をしてきたけど、それが私の限界。本当に――ララ君が私に感情を与えてくれたら良かったのに》

《つ――っ?》

 機械的に発せられた言葉と共に、またもメインディッシュの蹴りがララの頭部に決まる。しかも今度はノーガード。この辛辣な一撃を前に、今度こそ彼の意識はひび割れていく。いま目の前に広がる光景に亀裂が走り、その時、彼は見た。本当につまらなそうに自分を眺める、メインディッシュの顔を。

 それが、その顔が本当に気に食わなくて、悲しすぎて、彼はもう一度だけ吼えた。

《おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ………!》

 彼はバランスが崩れる前に跳躍し、メインディッシュに拳を叩き込もうとする。だが、その前に彼女の蹴りが先に決まり、ララの意識は途切れていく。

(……やっぱり、勝てない。悔しいけど、俺はメインディッシュにだけは、一生、勝てない)

 そう諦観しかける彼に対し、メインディッシュが動く。彼女は自らの手でララに止めを刺す為に、その腕を突き出す。瞬く間に彼女の手刀はララの核を貫き、彼を絶命させるだろう。

 いや、本当にその筈だったが、彼女は見た。

《な、に?》

 何時の間にか現れた弓野鏡歌が――自分の腕をとる所を。そのまま彼女は、メインディッシュのバランスを崩し、あろう事か投げ飛ばす。

(冗談だろ! ――空気投げっ? 伝説レベルの業だぞっ?) 

 そう驚愕するララに、鏡歌は叫ぶ。

《ララぁああああ―――っ!》

《つっ……!》

 確かに、ララだけではメインディッシュには勝てない。だが――鏡歌と二人がかりならどうか? その答えが、いま、炸裂した。ララはメインディッシュの機能を停止させる為、その頭部にショックを与えようと拳を突き出す。ソレは正に、メインディッシュの能力処理速度を僅かに上回る速度だ。彼女でも、頭から胸部に攻撃を移すのがやっとだろう。

 ならばとばかりに、彼女は能力を発動させる。メインディッシュ・ケルファムは、バカげた事にララの攻撃を自分の核に向けたのだ。途端――彼の拳は彼女の核に致命傷を与えていた。

《な、にっ? ……なん、で?》

 ララはそう問うしか無く、柱に背を預け座する彼女は無表情で答える。

《ここで私が敗北するという事は、私はもう死んだも同然だから。私はもう何の感情も覚えない自分に心底からウンザリしているの。だから、ここで負ける位なら、私は自ら死を選ぶ》

《………そん、なっ》

 だが、彼は俯きそうになりながら最後の問答を為す。

《……なあ、メインディッシュ。俺は、少しは面白い男になれたかな?》

《……どうかしら? でも、正直言えば君が世界を守れるとは、思わなかった》

《何を言っているんだ。これは君が言っていた事だろ。これは――凡人が世界を救う物語だって》

《そう。そうでした、ね。私からも質問です。私は誰かの為になれましたか、コマンダー?》

《ああ、ずっと前から、君は、俺の恩人だった》

《……そう。なら……ほんとうに、よかった》

 そうして、メインディッシュ・ケルファムはいま確かな実感と共に――心から微笑んだ。


     ◇


 深遠な、大宇宙。其処で、もう出る幕はないと思われていた聖女が彼女を出迎える。

《お疲れー。これで、君がするべき事は全て終わったね》

《ええ。私の仕事は、一先ずこれで終わりです》

 彼女――パラナ・シアは目を細めながら微笑む。

 それから彼女は、聖女の様子が変だと気付く。

《ああ。実は鏡歌ちゃんの事を話したら、皆に怒られてさー。いい年したおばさんがなにしているんだーって、もう叱られたのなんのって》

《成る程。それは如何にも貴女らしい》

 クスクス笑ながら、パラナ・シアは納得する。聖女は何の脈略もなく、語り始めた。

《君がメインディッシュとテンペストに願望とは逆の役割を与えた理由ってアレでしょ? 真逆の真似をさせれば、ソレに反発して、感情らしき物が芽生えると思ったからでしょ? でも、皮肉にもテンペストはその影響を受けて、メインディッシュは何の影響もなかった。仮に逆だったら、この物語はまた別の展開を見せていたかもしれないね》

《はい。けど、概ね上手くいきました。どうやら運命に運命をぶつけた事で、人は滅びの運命から逃れたらしい。本来なら滅びの運命から逃れなれなかった、人類。ソレは宇宙の意思だから、回避し様がない。でも、本来滅ぼす側の『第四種』を味方につけた事で、運命の相殺が起こった。『第四種』と人が協力する事で、人はささやかな奇跡を起こした。地球は無くなったけど――人の世界はまだ終わらない。種を明かせばそれだけの、つまらない話です》

 その為に、人類を生き残らせる為に、彼女はこのゲームを始めたのだ。それは積極性を欠いた計画だったけど、人はその僅かな可能性を掴みとった。彼等は己の手で、生き残る道を勝ち取ったのだ。

《そう。人がなぜ、第三次世界大戦まで行き着かなかったのか? ソレは、人が先の大戦で戦争の痛ましさを少なからず学んだから。人は、自分が犯した愚かな行いだけしか教訓にできない生き物だから。なら『第四種』の脅威を見せつけ、決して生み出してはならない物だと認識させるしかない。その教訓を生かしさえすれば、人類はまだまだ存続する事でしょう。そして彼等が私の敢闘賞をどう扱うかは、また別の話です》

《だね。じゃあ、私達は彼等がどこを目指し、何を育んで、何を遺すのか見守るとしよう。その程度の責任は――ある筈だから》

 最後に純白の聖女は微笑み――遥か彼方を見た。


     終章


 で、これはあの最後の戦いから、一月後の事。

 幾都ララはクワを使って、畑を耕す毎日を送っていた。ある惑星に移住した彼等は、農作業に追われる日々を過ごしている。そんなララを、家の縁側に座る鏡歌は呆れて見た。

「全く、『第四種』の力を使えばそんな手間をかけずに済むのに、ララって物好きよね?」

「いや、実は田舎のじいちゃんの所でやった農作業が割と楽しくてさ。これは、その真似事」

 事実、ララは楽しそうに畑を耕し続ける。今はもう生命を育めなくなった地球の代りに、その大地を生命で一杯にしようとする。それから、彼はふと思った。

「本当、俺は兄貴って器じゃない。弟って立場がしっくりくる。ミカミやメインディッシュもきっとそう思っていたに違いない。でも、これからはなるべく、鏡歌をリードできるよう努力するつもり」

「……な、何を言い出すのよ、突然」

 不意を衝かれた鏡歌が赤面しながら、言い淀む。それはミカミやメインディッシュが見ていたら、きっと喜々としていただろう反応だ。その事を懐かしく思いながら、ララは尚も畑を耕す。彼は一心不乱にクワを振り下ろしながら、ただ、思った。

「あのさ、鏡歌」

「んん、何?」

「メインディッシュが、全く感情が無かったと言うのは嘘だと思う。だって、彼女は感情に憧れる感情を持っていたじゃないか。そんな彼女だからこそ、俺は惹かれたんだと思う。無い物を必死に補おうとし続けた彼女だから、俺はきっと好きになったんだ。それは、あの五日間で俺がしていた事と同じだから。自分の無能さを必死に補おうと、俺も足掻き続けてきた。その結果は無残だったけど、それでも、俺はもう一度誰かに訊きたいんだ。俺は、少しは面白い男になれたかって」

「……んー、どうかしらね? 面白いというか、少しは……その、頼もしくはなったかな?」

 たどたどしく答える鏡歌を見て、彼は破顔する。彼はタオルで顔を拭きながら、一息つく。

「本当に――ミカミやメインディッシュやテンペストもそう思っていてくれればいいんだけど」

 今はもう居ない彼女達の事を想い、彼は最後にもう一度だけ心を痛める。けれど、ソレも一瞬の事で、彼はただ前を向いた。その時、誰かの声が二人の鼓膜に響く。

「父様と母様は、今日も無駄に元気ですね。私はこんなに、お腹を空かせていると言うのに。ひもじいです、ひもじいです。少しは、まともな食料を与えて下さい」

「……いや、俺は一日だってお前を飢えさせた覚えはないんだけどな――メイ」

 それは、五歳位の小さな少女だった。

 メイと呼ばれた彼女は、何の躊躇も無く鏡歌の膝の上に座る。

「……そうでしたっけ? じゃあ、お肉を食べさせてください。私、今とってもお肉が食べたい気分です」

 ソレは、あの白衣を着た女性の置き土産。メインディッシュの遺体を前にして、呆然としている自分達に、彼女はこの子を預けた。メインディッシュを乳飲み子まで退行させた彼女は、この少女を彼等に託したのだ。

 鏡歌とララに、メイと名付けられた彼女は、ニパっと笑う。その笑顔は、ララと鏡歌がメインディッシュに求めていた笑顔その物だ。

「というか、その父様母様っていうのは止めなさいって言っているでしょう、メイ。私達はその……まだ夫婦という訳じゃないんだから」

「まだそんな事を言っているんですか、母様は。ま、別に良いですけど。それより、今日もお肉をお願いしますよ、父様。私、野菜はもう飽き飽きです」

「……あ、そう。この作物の有難みがわからないお子様が。わかったよ。今からまた獣でも狩ってきてやるから、待っていろ」

 実際、ララはクワを置いてこの場を後にする。その後ろ姿を鏡歌とメイは見送り、メイは笑みを消す。彼女は実に真剣な顔で、鏡歌にこう問うた。

「で――私はどうやったら父様と結婚できるんでしょうね、母様?」

「は、い?」

「ええ。こうなったら――私と母様の二人で父様をメロメロにしようじゃありませんか」

「………」

 思わぬ――ライバルの登場。

 そして、弓野鏡歌は、笑顔を浮かべたまま戦慄したのだ―――。


               ワールドエンド?・後編・了       


 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 ほぼアレ喧嘩な本編ですが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

 そういえば、本作は男性が主人公である数少ない物語なんですよね。

 いえ、実は次作も半分男性が主人公だったりするのですが。

 女性の主人公と組んである帝国に復讐しようとする、歴史もの。

 それが次の出し物なので、どうぞご期待ください。 

 追伸。

 何か男性の主人公の方が誠実な気がするのですが、気のせいでしょうか?

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