未来と私とある日の災難・前編
と言う訳で、初の推理ものです。
いえ、七つで大罪!で似た様なシチュエーションはありましたが、今回は規模が違います。
あのしんどくて楽しい推理を、今回は三回も行わなければならなかったのです。
三つの事件が交錯するのが、本編の内容。
少しでも皆様に楽しんでいたければ、幸いです。
それは――人の死が見える少女の物語。
青い数字は、年数の寿命を現した物。
赤い数字は、日数から時間を現した物。
全ての人にそんな数値が見えてしまう二瞳葉花は、そのため普通でない人生を送っていた。人の死の運命を変えられる彼女は、死すべき定めにある人々を救ってきたから。
幼少期にあっては、残りの寿命が短い全ての人を救おうと足掻き続けたものだ。だがその生き方は当然の様に破綻し、彼女はその生き方が誤りだと思い知る。それでも身近な人は助けようと奔走する中、葉花は三つの事件に巻き込まれる事になった。
クラスメイトである橘香苗が標的となった、殺人計画。
神社の後輩巫女が巻き込まれた、ストーカー事件。
彼女の能力を知る高階二雷という少年が狙われた、密室殺人計画。
葉花の能力の盲点をつく三つの事件を前に、彼女は恩人である飛江田崇子の関与を疑う。だが、彼女は六年前に崖から飛び降り、行方不明の筈だった。
果たして、葉花は二雷達を救えるのか? そして、飛江田崇子は本当に存命している?
様々な思惑が交錯する中、葉花は自身の能力がどんな意味を持つのか知る事になる。
それでも彼女は、謳う。
「事件が起きる前に、事件を解決する。それが私――二瞳葉花のスタイルだから」
今にも折れそうな心を必死に繋ぎ合わせ、今日も彼女の災難は続いていく―――。
序章
この物語のルール。
それは主人公以外、超能力は使わないという事。
1
そうして私は――何とかソノ未来を覆していた。
「……って、偶然、だよな? いや、だとしても、助かった。君がぶつかってくれなかったら、俺は今頃……死んでいたと思う」
私より十センチは背が高い男性が、愕然とする。私と同じように尻餅をついたその人物の前には――コンビニに突っ込んでいる大型車があった。
いや、彼にしてみれば実に奇異な事だっただろう。何せその車が事故を起こす十秒前に、私は彼に体当たりをかましたのだから。
当然の様に彼はその意味がわからず、私を罵倒してきたが、その十秒後がこれだった。原因は不明だが大型車が私達の直ぐ目の前を通過して、コンビニを破壊したのだ。その巻き添えを食う筈だった彼は、今もこうして生きている。私はそれを確認すると、早口でこう呟いた。
「……今日は一つで助かったか。多い時は十以上だものね。相変わらず地獄の様な呪いだわ。と、数値も赤から青に変わったし、私もこれでお役御免ね」
一つだの、赤だと青だのと訳が分からない事を言い出す私と、それを素直に不思議がる彼。
が、私は速やかに次の行動に移っていた。
「……君、何を言って? って、どこへ行くんだ、君! まだ訊きたい事があるのに!」
けれど腰を抜かしているらしい彼は、駆け足でこの場を離れる私を追ってこられない。そのまま、私はさっさと事故現場を後にする。
一体、私はどこに向かうと言うのか? そんな事は、決まっていた。
まだ高校生にすぎない私は、早々に登校の続きをするため歩を進めたのだ―――。
◇
では、さっそく私の事情を語ってしまおう。
実に笑える話だが――私は二種類の超能力を持っている。
私がソノ事を自覚したのは、六歳になった頃だろうか?
ある日――私は他人の頭の上に数字が見えるようになった。
今まで見えなかった物が、急に見える様になる。子供にしてみれば、それは驚きと興奮をもたらす事に違いない。事実、私もこの謎の現象に強い興味を覚えた物だ。
それもその筈か。
何せその数字は、私以外の誰も見えないというのだから。
母や父に訊いても、そんな物が見える筈が無いと言う。祖母や祖父に訊いても、答えは同じだった。
それ以来、私はこの事を自分だけの秘密にした。他人に話しても頭がどうかしていると思われるだけだと学習したから。その一方で、私はこの数字の謎を解明する事に夢中になった。
後にその浅はかさを悔やむ事になるのだが、幼かった私はそんな未来など知る由もない。幼さをたてにすれば何でも許されるとは思いたくないが、これは仕方ないと思う。こんな悪魔じみた現象があるなんて、私は想像すらしていなかったから。
数字は、青と赤にわかれていた。
青の人が多数で――赤の人は極少数。
青い数字は、歳が若い人ほどその数は多く、年をとっている人ほど少なかった。
赤い数字は、初め良くわからなかった。ただ一つ明らかなのは、年齢に関わらずその数値がまばらと言う事だろう。三歳ほどの子でありながら十五という子もいれば、五十代で五十という人もいた。
もう一つ特筆すべき点は、青の人間も急に赤に変わるケースがある事だ。ウチの母方の曽祖父がいい例だろう。彼は九十七歳を迎えた頃、数値がイキナリ赤くなり、その数も五まで減った。
その五日後、私の曽祖父は――他界した。
原因は急性肺炎で、曽祖父の体力では病気に打ち勝つ事は出来なかった様だ。家族は大往生だと笑って彼を見送ったが、私はそうはいかなかった。
六歳だった私は曽祖父の死を悲しむと同時に、あの赤い数字の意味も知ってしまったから。
いや、赤い数字の意味を知った事で、青い数字の意味も自然と理解できた。
アレは要するに――その人間の寿命なのだ。
青が年レベルの数で――赤が日数から時間レベルの数。
青二十なら余命は二十年と言う事で――赤二十なら余命は二十日しかない事になる。わかり切っている事だが、二十年と二十日ではえらい違いだ。青と赤にはそれだけの残酷すぎる差があると、私はその日思い知った。
ではあの赤十五だった子供は、その十五日後に亡くなった? そう思うと怖くて仕方がなく、私は漸くこの数字の恐ろしさを理解する事になる。
更に言えば、私は自分の数値を見る事が出来ない。鏡で見てみても、その数字は見る事が出来なかった。
いや、私が最も恐れていたのは、ある日赤い数値が出現する事だったと思う。それは私の死を意味しているから、恐れるのも当然だろう。
この恐怖が引き金になったのか、私は恐ろしいなりにこの数値の研究に没頭した。何とかこの死の危険を回避できないか、愚かにも試そうとしたのだ。
そこで、私はもう二つある事に気付く。
赤い数値の人に直接触れると――その死に方が頭に思い浮かぶのだ。
それこそ、そのパターンは多種多様だった。
寿命で死ぬ人もいれば、車との衝突事故で死ぬ人もいた。焼死で死ぬ人もいれば、溺死で死ぬ人もいた。階段から転落死する人もいれば、頭上から鉄筋が落ちてきて死ぬ人もいた。
その報われぬ死を、小さかった私は何度となく目撃したのだ。
この時点で酷いトラウマを負った私だが、更なる追い討ちをかけられる事になる。
その人の死に方と一緒に、私は何らかの数字を見たから。大抵は一から三で、多い時は十ほどだろうか。全く意味不明だったが、それが何を意味しているか知ったのは、私が七つになった頃だ。
切っ掛けは私の友達である――布道彩の数値が濃い赤に変わった時。
その赤い数値は五になり、私は経験上、彼女の寿命が後五分である事を知る。
同時に恐慌しかけた私だったが、あらん限りの自制心を働かせ何とか冷静を保った。ほぼ反射的に彼女に触れ、その死に方と数字を調べる。
見れば彼女は道を歩いている時、車に轢かれるらしい。加えて、その数字は一。
確かに彼女は今この時、私に別れを告げ、塾に向かうという状況だ。もしその五分後に車にひかれるなら、例え一分でも彼女を引き留めれば何かが変わるかも。
幼いながらもそう直感した私は、彼女をとにかく引き留めた。早口である事ない事まくしたて、時間を稼いだ。多分、あの時ほど必死になった事はなかったと思う。
私が漸く安堵の溜息をもらしたのは、その一分後だった。
彩の数値が赤から青に代り――その数も八十二にまで上がったから。
私は一つナニカを変えただけで――彼女の運命も変えたのだ。
よって、私はあの死の映像と共に見える数字の意味も知る事になる。アレは死の運命を改変するには、いくつ過程を変えればいいかという目安なのだ。
例えば、今回私は彩を引き留めるだけで、彼女の死の運命を変えた。だが、仮に件の数字が二だった場合、私は二つの過程を変える必要がある。
彼女を引き留め、更には彼女と共に塾へ同行する必要に迫られた。有事の場合、彩の助けになる為に。
つまりはそう言う事で、これは一種の呪いなのだ。何せ、私はいつどこで誰が死ぬかわかってしまうのだから。
もしその運命が変えられないなら、死期を知る能力で終わっていただろう。だが、前述の通り私にはその運命を覆す力がある。だとすれば――どうなるか?
私の中には、その運命を覆さなければならないという強迫観念が常に生じた。幼い私は見知らぬ他人でも何とか助けようと、躍起になった。
でも、その結果は――実に無残なものだ。
そう言った訳で、私は何とかこの能力と折り合いをつけ、今を生きている。
今日も未来で死ぬ人を目に留めては、平凡な毎日を送っている。
私こと二瞳葉花は――大抵の事は見て見ぬふりをして、学校に向かったのだ。
◇
で、学校である。午前八時には、私は私立高校である気道基軸学園の門を潜る。
今年高校に入学した私は、六月に入り漸く高校生活に慣れ始めた。同じ中学の子もクラスに三人居て、それなりに仲良くやっている。
なぜそれなりなのかと言うと他でもなく、私は感情表現が苦手なのだ。
皆が笑っている時に、私だけ笑えない。皆が落ち込んでいる時に、私だけ淡々としている。
この感情のズレが原因になって、私はちょっと浮いた存在になっていた。
それでも気にかけてくれる友人が居るのだから、この国もまだ捨てた物では無い。たぶん感情の一部が欠落している私は、今日も人間のフリをして教室に入る。自分の席に座るなり大きく伸びをして、一息ついた。
隣の席から声がかかったのは、その時だ。
「って、二瞳、服が少し汚れているぞ。あと、髪も乱れている」
私以上に無表情な高階二雷が何時もの様に棒読み口調で私の身だしなみをチェックする。私はフムと頷いたあと鏡を取り出し、髪やブレザーに気を配った。
鏡に映るのは、黒く長いクセ毛をポニーテールでまとめた今どきの女子高生だ。いや、今ではミニスカに黒のハイソックスというのは、絶滅危惧種と化している。大抵は短い靴下が主流になっているので、私はかなりの流行おくれと言えた。
「ありがとう、高階君。お蔭で恥をかかずにすんだわ。……って、その苦虫をかみつぶしたような顔から察するに、もしかして気分でも悪い? 下痢でも患っているとか?」
身長百六十センチの私より二十センチは高いであろう、長身の彼に問う。すると、ぞんざいな口調で高階君は返答した。
「……うるさいな。これは地顔だ。二瞳は毎日の様に同じ事を言って、俺をからかってくるよな」
「高階君が私の身だしなみを、一々気にしてくるからじゃない。男子が女子の身だしなみにダメ出しをするとか、けっこう屈辱的な事なのよ?」
「そうなんだ? だったら、人助けも大概にしておけ。正直、見ていられない」
恐らくだが、これは彼なりに私を気遣っているのだろう。前述の通り、無表情で棒読み口調だからわかりづらいが。
因みに私には、別の高校に通っている鳥海愛奈という幼馴染が居る。その奴がまた笑顔をふりまきながら、よく喋るのだ。基本無口な私にしてみれば、奴こそ小説の主人公に相応しいと言えた。いや、全くの余談で、この物語には余り関係ない話なのだが。
関係がある話なら、こっちの方だろう。察しが良い方ならもうお気づきだろうが、この高階二雷という人物は私の事を知っている。私が件の超能力を持っている事を知っている、数少ない人である。
小学校からの腐れ縁である高階君は、ある事が原因で私の事を知ってしまったから。
いや、正確には恐らく知られているという感じで、私が全てを話した訳ではない。それでも私という超能力者の存在をたぶん信じている彼は、かなり特異な人種といえた。
「で、今日は何があった? まさか、二瞳の命にかかわる様な事じゃないよな?」
「いえ、別に。単に車にひかれそうになっただけだから、気にしなくて良いわ」
「………」
私がそう言い切ると、なぜか高階君は黙然とする。
彼は何かを思案したかと思うと、こう提案した。
「なあ、前から考えていたんだが、俺――二瞳と一緒に登下校していいか?」
「んん? なに、なに? それってもしかして――早朝放課後制服デートのお誘い?」
と、私の代りにクラスメイトである橘香苗が話に割って入ってくる。ウェーブがかかった長い茶髪な彼女は、今日も変わらぬ端正な顔立ちをしている。というか、私より長身で制服を着崩したその姿は、同性の私の目から見てもエロい。
そんな彼女に対し、私と高階君は顔をしかめながら、同時にこう告げた。
「な訳ないじゃない」
「な訳ないだろう」
「あはは。今日も息が合っているねー、無愛想コンビは。――結婚式にはちゃんと呼んでよね。ご祝儀を上回るだけの元手は取るつもりで、顔を出すからさ」
「………」
そんな日は永遠にこないだろう。その手の未来は見えない私でも、それ位はわかる。そういった確信と共に、私は早々に一時間目の授業の準備をした。
これ以後――三つも大きな事件に巻き込まれる事になるなんて、露程も知らぬまま。
◇
やがて、下校の時間がやって来た。ぶっちゃけ、私はテストの成績だけは良い。それも徹底して記憶力を鍛えたお蔭で、大体の科目はそれでクリヤーしている。
何せ、大抵の教科は記憶する事が前提である。国語や世界史は言うに及ばず、数学も方程式さえ覚えていれば何とかなる。そう言った訳で私はこの記憶力を武器に、テストで高得点をとりまくっていた。
こんな私には、もう一つ他の生徒と比べ奇妙な点があった。
それは内面ではなく外見の話で――私は左肩に竹刀袋を担いで登下校しているのだ。いや、それ位は剣道部に入っていれば普通と言って良い。なら何がおかしいかと言えば、私は剣道部に入っていないのに件の物を携帯しているのだ。
お蔭でクラスの剣道部員には、なぜ竹刀袋を持っているのかと不思議がられる。剣道部でもない私が、竹刀らしき物を携帯しているのだから当然だろう。
私はお守り代わりと弁明してその場をしのいでいるが、本当の事がバレたら大変だ。私は、一寸した有名人になってしまうに違いない。
そう言った状況を避ける為にも、私は悪目立ちしない様に今日も生活している。少なくとも学校内ではそう。
だというのに、私は本日校内で噂になりそうな状況を迎えていた。
「って、何かあったの、高階君? 誰かと待ち合わせ?」
校門に寄りかかりながら腕組みをしている彼に、思わず声をかけてしまう。
高階君は、平然と私を見た。
「いや、誰かと聞かれると、それは二瞳って答えるしかないんだが」
「は、い?」
「今朝言っただろ? 二瞳と登下校していいかって。答えは橘が茶々を入れてきてうやむやになったが、俺から言い出した事だからな。一応、こうして待っていた」
「………」
確かにその件は私も覚えていたが、まさか本気だったとは。
私は亜然を通り越して、愕然とする。
「え、でも高階君って確か空手部じゃなかった? 今日も部活があるんじゃないの?」
しかも、私はそれ以上の衝撃を受ける事になった。彼の答えは、こうだったから。
「それなら――今さっき辞めてきた」
「………」
まさか、彼は部活を辞めてまで私と登下校する気なのか? そう思った途端、私の体には得体の知れないナニカが重くのしかかっていた。凄まじいまでの圧力だ、これは。
「……そうなんだ。君も中々のお節介ね。とても人の事は言えないわ」
それだけ告げ、私は彼の前を通り過ぎる。高階君はというと、普通に私の後についてきた。
本当に、こんな所を同級生にみられたら、勘違いされてしまうではないか。
「そういえば、愛奈が言っていたわ。男子は制服姿の女子に話かけられただけで、みな勃起しているって。高階君もその口?」
私が真顔で告げると、高階君は色んな意味で顔をしかめた。
「……どんなレベルの暴論だ? バカ言うな。そんな訳があるか。というか、人の受け売りでも絶対に女子がそんな事をいう物じゃない。後、鳥海の名前は金輪際くちにするな。トラウマが鮮明に蘇る」
「高階君、昔から愛奈の事は苦手だったものね。でも、それって実は愛情の裏返しとか?」
笑いながら訊くと、彼はますます不機嫌になる。
「かもな。俺、あいつを絞め殺す夢なら五回は見ているし。それを執着と呼ぶなら、そうなんだろうさ。愛情と言えるかは、知らないが」
「仮にそれが高階君なりの愛情表現なら、確かに歪んでいるわね。こうして私を待ち伏せしていた事と合わせて考えると、君って実はストーカー体質?」
が、高階君はそんな事など知らんとばかりに、ソッポを向く。
その体のまま、彼は思わぬ事を言い出した。
「というか……二瞳って俺と居る時は割と笑うよな。何時もはクールなのに」
「……んん? だって辛気臭い君と一緒に居る時に私までそうだと、救いが無いでしょう? だから少しでもこの場の空気が良くなる様、私が努力してあげているの」
と言いつつも、実は私も今そう自覚したばかりだ。高階君の指摘を受け、私は初めてその事に気付いていた。
だとしても、何も変わる事が無いのも確かだ。彼が私を気遣っているのは事実だろうが、彼にそれ以上の感情は無い。その理由は何れ後述する事になるが、それだけは間違いない。
「そっか。ま、そう言う奴だよな、二瞳は。周囲の事ばかりに目がいって、自分の事はまるで疎かだ」
意味ありげな事を口にする、高階君。
それに反論しようとした時、私は思わず立ち止まっていた。
「……薄い赤十、か。ダメね。――私の手には負えない」
目を細めながら、嘆息する。それだけ済ませてから、私はあのサラリーマン風の彼の傍らを素通りしていた。全てを知りながら、私は確かに彼を見殺しにしたのだ。
「……二瞳? 大丈夫か?」
私の様子が気にかかったのか、高階君が深刻そうな声を上げる。
私はもう一度微笑んでから、首を傾げた。
「んん? 何の事? 私の顔に何かついている?」
「………」
この誤魔化しの声を聴いた高階二雷は――ただ無言で私を見たのだ。
◇
やがて、時刻は就寝の時を迎えた。午前零時まで宿題をしていた私は、ベッドに横になって布団を被る。
瞼を閉じて呼吸を整えてみれば、案の定、私の頭にはあの彼の姿が浮かんでいた。
薄い赤十という事は、彼の寿命は後十日という事だ。十日後に彼はほぼ間違いなく、死ぬ。なら、それを放置している私は、人として許されるのだろうか? 私なら何とかする事が出来るかもしれないのに。
そう思う一方で、私は首を横に振った。あの彼を救おうとすればどうなるか、私は良くわかっていたから。
それは子供の頃に、既にやり尽くした事だ。
はじめ、私はこの能力を素晴らしいと思った。何せ、死ぬべき運命の人を救う事が出来るのだ。命と言う、最も大切な物を助ける事が出来る。それは幼い私でも、如何に尊い事か実感できる事だった。それが狂い始めたのは、何時の事だったろう?
例えば、私が今日の様に赤十の人を見かけたとする。幼少期の私なら、間違いなく彼の後をつけていただろう。彼に接触し、その死に方と、改変するべき事象の数を探っていた筈だ。
けど仮にその数が十以上で――十日間彼に張り付いていなければならなかったとしたら? 私は十日間家にも帰れず、学校にも行かずに、彼と行動を共にする事になる。
それは大人の目から見たら、実に異常な行為だ。うちの両親は間違いなく捜索願を出し、学校側も私の不登校を家に連絡するだろう。仮にそこまでして彼を助けても、私に待っているのはこの異常な行動に対する大人達の追及だ。
実際、七歳の時点で私はこれを行い、家でも学校でも散々叱られた。その時は人一人の命を助けられたのだから構わないと思ったが、私の気は晴れなかった。
何故って、あの彼に張り付いている間にも――私は別の赤い人に出逢っていたから。
そこで、私は混乱する。助けるべき人間は、果たしてどちらなのかと。今張り付いている、彼か? それとも今目が合った、彼女?
私の体は一つしかなく――だからどちらか選ぶほかない。
いや、どちらを助けても、残るのは後悔と罪悪感だけ。一方の人しか助けられない私はもう一方の人は絶対に助けられない。
そうは思いながらも出来る限りの事をしようとした私は、遂に心身共に摩耗した。どう足掻いても助けられない人が出てしまう事を理解した私は、本物の絶望を知る事になる。
誰かを助け様と努力すれば、別の誰かが疎かになる。両親や教師に叱られながら誰かを助けても、返ってくるのはそんな絶望感だけ。
そんな事を繰り返している内に、私の精神は限りなく追い込まれていく。ちょっとした事で泣き叫ぶようになった私は、多分、限界を迎えていた。
誰かを助けると言う事は――誰かを見捨てると言う事。
この矛盾に……私は耐えきれなくなったのだ。
〝そっかー。なら仕様が無いよ。それじゃあ何れ葉花ちゃんが彼等の後を追う事になる。そうなったら誰も救われない。葉花ちゃんの両親も、葉花ちゃんが助けられそうな人も、葉花ちゃん自身もみな救われない。だからそれを避ける為にも、葉花ちゃんは自分で自分のルールをつくるべきだと思うんだ。例えば――濃い赤五以外の人はみな見捨てるとか〟
そして、幼い日、私にこう助言してきた少女が居た。
私がまず抱いたのは、その少女に対する反感だ。そんな事が、許される訳がない。そんな事は、認められるべきじゃない。
私は、彼等が何時どんな死に方をするか知っているのだ。それなのに、それを放置する?
彼等を見捨てろと、そう言うのか、彼女は?
〝でも葉花ちゃんはそうするしかない。仮に葉花ちゃんの言う事をみな信じたとしたら葉花ちゃんの周囲はもっと大変になる。皆が自分の寿命を知る為に、葉花ちゃんの家へ押し寄せてくるよ。そうなれば、葉花ちゃんの家庭は今の葉花ちゃん以上にボロボロになるだろうね。葉花ちゃんは葉花ちゃん自身が想像している以上に、報われないサイゴを迎える事になる。そう。優先順位を誤ってはダメだよ、葉花ちゃん。人の為に自分を捨てるのは確かに美しいけど、それを続ければ明日にでも葉花ちゃんは終わる。でも私が提案したルールに従えば、葉花ちゃんにしか救えない人達は救えるんだ。それはきっと、明日葉花ちゃんがいなくなるより多くの人達が救われるという事だよ。全ての人を救えないなら――葉花ちゃんは葉花ちゃんにしか救えない人を救うべきなんだ〟
微笑みながら、少女は謳う。それは私を慰める様でもあり、嘲る様でもある曖昧な表情だ。
私は、そんな彼女に嫌悪を覚えていた筈。決して受け入れてはいけない、提案だった筈だ。
でも、結果的に、私はあの少女の意見に従った。
感情論より、現実を受け止める事を選んだ。
その切っ掛けが――何であったか?
それを思い出す前に――私の意識は微睡へと溶けていった。
◇
予想していた通りその日の寝起きは最悪だった。夢の内容もそうだがとにかく頭痛がする。それが精神的な事が原因だと知っている私は、だから学校を休む気にもなれない。
何時も通り制服に着替えたあと髪を整え、朝の食卓に向かう。
見れば私の母――二瞳尊は今日もご機嫌だった。
「って、葉花は今日もブータレ顔ね。また何時もの頭痛? 何なら学校休む?」
巫女装束を纏い、キッチンに立つ母が首を傾げる。因みに、断じてコスプレでは無い。ウチの親戚は、あろう事か神社をやっているのだ。その手伝いによく駆り出される私と母は、そのため巫女装束を身に着ける事が多かった。
「んーん、大丈夫。それより心配なのは、神社の方よ。例の、椿さんを狙っているストーカーはどうなったの?」
椿さんというのは、母の同僚である。フルネームは――山根椿。
といっても母より二十五は若く、今年十九になる大学生のお姉さんである。その彼女がストーカーらしき人物にちょっかいを出されたのが、一週間ほど前。その話を聴いて以降、私は毎日の様に椿さんを訪ねている。もちろん――彼女の寿命を調べる為に。
昨日も高階君と共に神社に赴き、椿さんの様子を確認した。結果、彼女は青六十五をキープしていて、私が会った時点では問題なかった。
だが前述の通り、この寿命は厄介な事に急変する事がある。私が確認した後、急激な変化が起こる事もあるのだ。
それを危惧して母に神社の近況を訊ねてみたのだが、彼女の答えはこうだった。
「それがちょうど今朝、上坂さんから電話がかかって来た所なのよ。何でもそのストーカーを警察の方で厳重注意したんだって。加害者の男性も深く反省している様子だから、もう大丈夫という話だったわ」
「へー。それは何よりね。なら良かった」
いや、本当にその加害者とやらが反省しているなら、私も何も言う事は無い。
「……んー? 葉花、アンタ、ロクでもないこと考えてない? また子供の時みたいな騒ぎはごめんだからね、あたしは」
「いえ、その話はもう耳にタコだわ。母さんも知っての通り、私はちゃんと更生したの。現実主義者に宗旨替えしたのよ。だから何時までも昔の事を引き合いに出して、楽しそうに私を困らせないで」
私がすました顔で反論すると、母は苦笑いしながら手をヒラヒラ振る。
「やーね。今がこんなに平和だから、あの頃のアンタをこうして笑い話に出来るんじゃない。本当に漸く地に足がついた感じだわ、葉花は」
実際、懐かしそうな様子で母は遠い目をする。私としては正直いたたまれないのだが、それでもしっかり朝食を食べ終えてから席をたった。私のポリシーは〝食べられる時にしっかり食べる〟だから。
「じゃあ、行ってきます。因みに、今日のお弁当のおかずは何?」
「鶏のから揚げと卵焼きだけど、それが何か?」
「いえ、なら良いの。昼からそんなご馳走だなんて、私の運もまだまだ捨てた物じゃないわ」
寧ろ、私以外の誰かの方がよほど不運だろう。
改めて重すぎるその事実をこの身に刻みながら――私は登校する事にした。
◇
というか、玄関を開けた時点でまず驚いた。見れば家の門の前には、高梨君が立っていたから。今更ながら、正気か、この男は?
「……へえ。高階君、本気で私と登下校する気なんだ。ちょっと見くびっていたな。昨日の時点で私の事はもう、飽きたとばかり思っていたから」
「……朝から人聞きの悪い事を言うな。それだと、二瞳と俺は爛れた関係みたいじゃないか」
何時もの様に顔をしかめる、高階君。
私は家の門を開けながら、そのまま彼の横を通り過ぎた。
「というか、ぶっちゃけストーカーにつけられている気分だわ。他人の身を案ずる前に、自分の身の心配をするべきだったか、私は」
「ストーカーって、もしかして昨日の山根さんの件か? アレに何か進展があった?」
悪びれもせず、惚けた様子で高階君が探りを入れてくる。
私は嘆息しながら、首肯した。
「ええ。お蔭様で、どうやらその話は解決したみたい。昨日は悪かったわね。遠回りまでさせて、神社までつきあわせて」
「いや、それならいい。二瞳に危険が及ばずにすんで、何よりだ」
「………」
この男は、また誤解を招く様な事をヌケヌケと。
そう。ハッキリ言ってしまえば、高階二雷には意中の女性が居る。もちろんそれは私では無く、全く別の少女だ。
何故そう言い切れるかと言えば、小学四年生の冬、彼に相談を受けたから。〝いま自分には好きな女子がいるんだが、どうすればいい?〟と。
考えてみれば、実にマセた話だと思う。たった九歳で年上の少女を本気で好きになり、その事をクラスの女子に相談してきたのだから。惚れるまではともかく、相談というのはかなりハードルが高い行為だろう。
しかもその相談相手は同い年の女子で、よりにもよって私なのだから笑える。あの頃の、まだ精神が不安定だった私に何を期待していたんだろうか、彼は?
いや、その理由もちゃんとわかってはいたのだ。
その少女と私はよくお喋りをする仲で、だから私とパイプを繋げば彼の利益にもなる。私をとおして、自分は彼女とももっと仲良くなれるかも。そう言った事も視野に入れ、高階君は私に近づいてきたのだろう。
つまりはそういう事で、淡白な顔をしているが高階君とはこういう計算も出来る男なのだ。
加えて私が見た所――彼はまだ彼女の事を全く諦めていない。
そんな彼を横目で一瞥すると、高階君はキョトンとした顔をする。
「何だ? 俺の顔に何かついている?」
「いえ、相変わらず下心が見え見えだと思って。でも、そうね。高階君には悪いけど、君は何時までもそのままの君でいて欲しいと私は思っている」
「………」
私が曖昧な返事をすると、高階君は何かを察した様で、顔を強張らせた。
それから淡く微笑み、彼は瞳を翳らせながらこう告げる。
「……そうだな。俺もそうできれば良いと……思っているよ」
「………」
或いは、その呟きの内容は――私に二度目の失恋をつきつける意味合いの物だったのかも。
そう苦笑いして――二瞳葉花は瞳を細めながら遥か彼方を見た。
◇
失恋。そうだ。これもまた、れっきとした失恋なのだろう。
けれど私はその事は深く考えず、何時もの様に思考を切り替える。今は勉学に勤しむ事で、恋だのお付き合いだのと言う事は、脇におく。
だというのに、その片思いの相手が隣の席に居ると言うのだから始末が悪い。私の頭痛は酷くなる一方で、唯一の救いは、今日は赤の人に遭遇しなかった事だろう。
そう安堵しながら自分の席に座った私は、さっそく一時間目の英語の準備をする。
と、そのとき橘香苗が今日も私に話かけてきた。
「やっほー、二瞳。今日も相変わらず仏頂面だね。いつもそんなだと、幸運の女神もあんたを怖がって尻尾を巻いて逃げ出すよ」
彼女の様子は相変わらずで、だから私は瞳を閉じながら橘さんの軽口に反論する。
「お生憎様。今日の私は割と運が良い方なの。少なくとも、昨日と比べたら段違いだわ。それとも、橘さんに話かけられた時点で、その幸運も使い切ったと思うべきかしら?」
「アハハハ! 相変わらず興味が無い人間には辛辣だね、二瞳は! 私はあんたのそう言うハッキリした所、割と気に入っているんだけど!」
橘さんが快活に笑う。このように橘香苗という人物は、私とは真逆の性格だ。
明るく、常に前向きで、怖いもの知らず。短所をあげるなら、些か性格が軽すぎる点か。
恋多き女として名高い彼女は、今までつき合った男子の数は一ダースを超えるという。その中には、今も彼女を忘れられない男子も居るという噂だ。
要するに私とは縁遠いキャラで、そのため話も余り噛み合わない。だというのに、時々橘さんは思い出した様に私に話かけてくる。それが何を意味しているか、私には全く見当がつかなかった。
「というか、二瞳は真面目すぎるのよね。いいから一日私につきあってみなさい。一日であんたの世界観、変えてみせるから。こう、今とは真逆の感じに」
「そう? でも、悪いけど遠慮しておくわ。また家族を悲しませたくないから」
「アハハハ! 本当に毒舌だなー、二瞳は! その辺りの性格の悪さは、この私でも一生変えられそうにないかな?」
「そうね。私も今の自分が性にあっている」
それで、話は終わった。橘さんは二度ほど私の肩を叩いた後、踵を返そうとする。
その瞬間だった。
「――は?」
「は、い?」
私が、反射的に橘さんの腕を掴んで――引き留めていたのは。
普段ではありえないであろうこの行動を見て、隣の高階君も怪訝な表情を浮かべる。
橘さんに至っては素直に唖然とし、私の意図を問い掛けてきた。
「って、なに、なに、二瞳? 私、あんたの気に障る事でもした?」
私の答えは、決まっている。
彼女から手を離しながら、当然の様に、誤魔化しの言葉を口にする。
「いえ、今、橘さんの背後にうっすらとした人影が」
「はっ? それが真顔で言う冗談かっていうの! 本当に人が悪いね、二瞳は!」
やはり普通に笑いながら、橘さんは今度こそ自分の席に戻っていく。
一方、私と言えばそれどころでは無かった。その理由は、一つしかない。
「……橘に何か起こるんだな、二瞳?」
高階君が、小声で話かけてくる。それを聴き、私は煩悶して、息を呑んでから逡巡する。
ついで、私は昔の事を思い出していた。一人で全てを成し遂げようとして、失敗し続けたあの日々の事を。
またあの日々を繰り返すくらいなら、私がするべき事は定まっているのかもしれない。
今優先するべき事は――彼女の命を守る事。
その為なら、私は私以外の人の手を借りるべきだろう。弱気ともとれるこの思いが、私を素直にさせていた。故に、私は目を細めながら彼に答える。
「ええ――このままだと橘香苗は七時間半後に死ぬわ」
「なっ……?」
そして高階二雷もまた、声をつまらせたのだ。
◇
「……橘が、七時間半後に死ぬ? それは、本当に?」
だが彼は直ぐに思い直し、こう訂正する。
「……いや、悪かった。俺まで二瞳を疑ってどうするんだって事だよな、これは。話はわかった。このままだと、橘がヤバいんだな。二瞳はそれを、何とかしようとしている?」
私は大きく息を吐きながら、頷く。
「ええ。確かに橘さんとは縁が薄いけど、それでもここで見殺しにできる様な間柄じゃない。彼女は――なんとしても助ける」
そうは言いつつも、私はこの稀有な事態に少し戸惑っていた。何しろ私は、自分と同じ高校の生徒が赤になった所を今まで見た事がないから。いや、それを言うなら中学の時だってこんな事は無かった。これは七歳の時の、布道彩以来の事態だ。
しかも橘さんの場合、彩の時とは比べ物にならない難題と言えた。
「それで……橘はどんな死に方をするんだ? ……いや、二瞳はそういう事もわかるんだよな?」
私の能力をハッキリとは知らない高階君が、確認してくる。
ならば、私は肯定するしかない。
「うん。信じられないでしょうが、私には他人の死期と、その死に方がわかるの。ついでに言えば、幾つの過程を変えればその運命を覆す事ができるのか知る事も出来る」
「……成る程。じゃあ、状況を整理しながら話を進めよう。さっきも訊いたが、橘はどんな死に方をする? その運命を覆すには、幾つの過程を変えればいい?」
高階君の問いに、私はもう一度だけ深呼吸をしてから、返答する。
「それが驚いた事に――彼女は他殺されるの。橘さんは――誰かに殺されるのよ」
「……こ、殺される? つまりこの学校で……殺人事件が起こるって言うのか?」
高階君は身をのり出し、私は歯ぎしりしながら頬杖をつく。
「にわかには信じがたいでしょうけど、その通りよ。いま話した通り、私には他人がどんな死に方をするかわかる。その光景は一分間脳内に映像として映し出されるのだけど、彼女の死因は絞殺だった。手で首を絞めた跡があったから、それは間違いないと思う。ただ人の気配があれば私はソレを感じる事が出来るのだけど、ソレが誰なのかはわからないの」
「手で……首を絞めた跡? そうか。確かにそれは、どう見ても殺人だ」
「ええ。自分で首を絞めて死ねる筈が無いもの。加えて橘さんは、どう考えても自殺するような性格じゃない。なら、他殺と考えるのが妥当でしょうね。問題は、死体現場の状況だわ」
私が眉根を寄せると、高階君も神妙な表情になる。
「それはどう問題なんだ? 何か変わった点でも?」
「うん。彼女は部室の更衣室で殺されるのだけど――部屋の鍵はみな締まっていたのよ」
「……それは要するに、密室殺人って事? というか、たった一分間でよくそこまで確認できたな?」
感心ともとれる彼の言葉を受け、私は顔をしかめた。
「そうね。死体の状況とその現場は、運命を覆す為の重大なヒントになる。その辺りは経験上重要な事だとわかっていたから徹底して記憶力を鍛えてきたの。私の成績の良さもその恩恵よ」
お蔭で私は、円周率を五十万個ほども言える。一瞬見た人の顔も、覚え続ける事が可能だ。そのせいで、昨日の彼の顔も、今も覚えているのだが。
「いえ、話を戻しましょう。橘香苗の死因は絞殺で、他殺。殺害現場は部室の更衣室で人の気配はなく、密室になっている。……まるで、警察に対する挑戦状ね。わざわざ自殺の証明になる密室を用意しながら、他殺の証しである絞殺痕を残すのだから。これは相当根性がネジ曲がった人間の手による犯行に違いないわ」
いや、裏を返せばそれだけ橘さんに何らかの感情を抱いている人物の手による犯行? そう考える方が自然か?
「だな。それは俺も同意見だが、もう一つ肝心な事をまだ確認していない。この状況を覆すには、幾つの過程を変えればいいんだ?」
高階君の声を聞いて我に返った私は、フムと首肯する。
「えっと――それは二つよ。二つ過程を変えれば――この場はしのげる」
「は、い? たった二つ? 二つ変えただけで、橘は助かると?」
些か拍子抜けしたのか、彼は驚きともとれる表情をうかべる。私が告白してもこんな顔をするのだろうかと惚けた事を考えながら、私は高階君を見た。
「そう。恐らくだけど橘さんを部活に行かせない様にして、彼女と一緒に下校すればそれですむ筈。〝今回は〟それでしのげる筈よ」
私が意味ありげにそう口にすると、高階君は即座にこの意図を読み取る。
「と、そうか。仮にこれが無差別殺人では無く橘を狙った物だとすれば、犯人は彼女を殺すまで諦めない? 放課後しくじっても、夜になって橘を呼び出し、犯行におよぶかもしれないって事か?」
「そういう事よ。今夜に限らず、翌日にまた彼女を狙うかもしれない。それが失敗したらまた機会をうかがって犯行に及ぶかも。つまり橘さんを本当に助けたいなら、私はその犯人を見つける必要があるって事。犯人を特定して……何とかその犯行を思いとどまらせないと」
「………」
それが如何に困難な事か理解したらしい高階君は、沈黙する。
同感である私も僅かなあいだ黙然とし、それから真剣な面持ちでこう問い掛けた。
「……いえ、ここまで話してなんだけど、これはれっきとした殺人事件よ。つまりその犯人と対峙すると言う事は――命を懸けると言う事。なにしろ殺人犯と対決する事になるんだから、下手をするとこっちが殺されかねない。それでも高階君は、手伝ってくれる?」
と、高階君は驚くほど早く即答する。
「さっき二瞳は〝私〟は犯人を見つける必要があるって言ったな? それは表現を誤っている。そこは〝私達〟の間違えだ。この事件は――〝俺達〟でケリをつける」
「………」
それが彼なりの承諾の意らしく、私は思わず苦笑した。
「いいわ。なら――さっそく対策を練りましょう」
時刻は現在八時二十五分。その七時間二十分後に橘さんは殺されるから、死亡時刻は三時四十五分である。その時までに事件を解決できないなら、私達は次善策をとるしかない。
部活に行こうとする橘さんを止め、私達と一緒に下校させるほかないだろう。そうなる可能性の方が濃厚だと感じながらも、私は考えを巡らせた。
まず思案しなければならないのは――犯人を特定する方法だ。
真っ先に思いついたのは、私達が、橘さんが所属しているバスケ部の更衣室付近に張り込む事。殺害現場が特定されている以上、そこで待っていれば犯人は必ずやってくる。
だが裏を返せば、犯人もそれだけ人目を気にしているという事。誰かに見られない様に警戒している犯人は、きっと私達が張り込んでいる場所にも気を配る。私達が見つかった時点で犯人が撤収するなら、これは下策と言えた。
なら、いっそ更衣室のロッカーにでも隠れて犯人を待つ? いや、もちろん冗談だ。そのロッカーの持ち主が、いつロッカーを使うか私にわかる訳がないのだから。そんな所に隠れていて誰かに見つかってしまえば、私の方が不審者あつかいされる。
以上の理由から、犯行時間前に犯行現場で張り込むのは、上策ではない。
だとすれば――やはりここは自力で犯人を割り出すべきか?
そうなると、必然的に橘さんの人間関係を調べる必要がある。犯人を見つけるには、橘さんの過去や現状を私達が把握するのは必須だから。
だが仮にこの事を橘さんに知られれば、私達はやっぱり彼女に不審がられるだろう。いや、橘さんについて聞き込みをすれば、聞かれた人物とて私達を不審に思う筈。加えて最悪なのは――私達が聞き込んだ人間の中に犯人が居る事だ。
私達が橘さんについてかぎまわっていると知れば、犯人に余計な警戒心を与える。その時点で運命が変わり、不測の事態が発生するかも。私が関知しない所で、橘さんの数字が急に赤に変わるという可能性も出てくるだろう。
例えば橘さんが自分の家についた後とか、学校に登校する間とか。その直後に彼女が危険に晒されれば、私達が橘さんを助ける事は困難になる。
それを避けるには、それこそ犯人が見つかるまで彼女に張り付いていなくてはならない。でもそれは正に、あの子供の頃の再現と言えた。
「要するに、そうなったらまずアウトと言う事ね。四六時中橘さんに張り付いているなんて、現実的じゃないもの」
つまり私達は橘さんやその周囲に怪しまれる事なく――彼女の人間関係を洗う必要がある。仮に犯人が私達の聞き込みの対象になっても、怪しまれずにすむ方法を考えつかなくてはならない。
だが、そんな魔法みたいな手段があるだろうか? 誰にも不審に思われずに、他人の話を聞き出すなんて方法が本当にある?
私がそう頭を悩ませていると、一瞬、昔の事を思い出した。あの、高階君が私に恋バナをしてきた時の事を。
「……そうか。或いは、それならいけるかも」
「さっきからなに独り言を言っているんだ、二瞳は? 何か妙案でも思いついた?」
高階君が眉をひそめる中――私はその思いつきを口にした。
◇
「……成る程。確かにそれならイケるかもしれない。にしても、流石だな、二瞳は。あの一瞬でそれだけの可能性に行き着くんだから。聞き込みをすれば怪しまれるとか、言われてみればその通りだけど、普通すぐには気付かないぞ」
「ん? そうかしら? それは単に、高階君が鈍いだけじゃ?」
うん。彼は本当に、色んな意味でニブチンだと思う。対して高階君は、心外だとばかりに顔をしかめる。が、その事には反論せず、代りに彼はこんな事を訊ねた。
「で、二瞳的には男子と女子、どっちが怪しいと思っているんだ? 噂の通りなら、橘は断然男子に恨みを買っている気がするが?」
高階君が言う噂とは、橘さんが色んな男子とつきあっているという物だと思う。その男子の中に、橘さんにこっぴどく捨てられた人物が居るなら確かに彼の言う事も一理ある。
ただそうなると、私には一つ疑問が生じるのだ。
「ええ、高階君が言う事もわかるわ。でも――犯行現場は女子の更衣室なのよ。そんな場所に男子がうろついていたら、それこそ目立つでしょ?」
「と、それはそうか。つまり二瞳は女子を疑っている? 橘が、恋人が居る男子と密かにつきあい、その事に気付いた恋人が橘に殺意を抱いると?」
「その可能性も零では無いと思う。というのも、やっぱり殺害現場が女子の更衣室っていうのが気になるの。普通、制服から部活のユニフォームに着替えれば、直ぐに体育館に移動する物でしょう? でも、橘さんだけは違った。何故か彼女はその場に留まって、一人になった所を犯人に殺害されているの。つまり、彼女は誰かを待っていたんじゃないかしら? 更衣室で誰かと待ち合わせをしていたと考えれば、彼女が一人だった理由も頷けるわ」
「そうか。要するに、その誰かが犯人という訳だな? 女子の更衣室が、犯人との待ち合わせ場所か。となると、二瞳の言う通り――確かに犯人は女子の可能性が濃厚だ」
高階君が得心する様に目を細めると、私は力強く首肯する。
「そう。刺殺と違って、絞殺は割と時間がかかるものなの。最低でも七分間以上首を絞めないと人は死なない。それだけの時間、橘さんを孤立させるには、やはり更衣室で待ち合わせをする必要がある。それが可能なのは――やはり女性だけでしょうね」
けど、そう思う一方で、私は別の事も口にした。
「でも、何らかのトリックを使って男性が橘さんを更衣室に残した可能性も零じゃない。という訳で私は女子を担当するから、高階君は男子の聞き込みをお願いできる? さっき言った手順で行えば、たぶん怪しまれない筈だから。それと聞き込みの範囲は生徒だけに絞らないで。一応、男性教諭の方もあたっておいてくれる?」
私がそう提案すると、高階君は一考する素振りをみせてから、嘆息した。
「……わかった。何とかやってみる。でもバレないかな? 俺、こういう嘘は苦手なんだよ」
「へえ? それはつまり、高階君には得意な嘘があるって事?」
私が茶化す様に訊くと、彼は鼻で笑って気難しそうに腕を組む。
「ああ。俺にだって得意な嘘の一つや二つはある。ただ二瞳が気付いていないだけの話だ」
「そうなんだ? それは興味をそそられる言い草だわ。ぜひどんな嘘なのか訊きたい所だけど今は立て込んでいるからその話はまた今度ね。一時間目が終わったら、さっそく作戦開始といきましょう」
それで、話は決まった。
私と高階君は共に頷き合い――こうして私達二人の俄探偵業は人知れず始まったのだ。
◇
で、一時間目が終わった所で、早速聞き込みである。休み時間は五分しかないので、ここは効率的にいかなくてはなるまい。
そう言った訳で、私はまず自分のクラスの――田間貝育代に話を聴く事にした。理由は、彼女が橘さんと同じ中学の女子だから。彼女なら他の中学の女子よりは、橘さんの事を知っていると期待しての事だった。
「……んん? 橘について聴きたい? 二瞳さんって、そうやって他人のこと気にする様なタイプだっけ……?」
やや肉付きがいい田間貝さんが眉をひそめる。日ごろの行いの賜物か、さっそく不信感を抱かれる私。ならばとばかりに、私は件の秘策を披露した。それは確かに、高階君が私にした恋バナを参考にした言い訳だ。
「いえ。それが、私の従弟が橘さんの写真を見たら一目惚れしちゃって。紹介しろってうるさいの。そこでまず、私が橘さんの素行調査をして、問題が無ければ紹介する事にしたわけ。ほら、橘さんって浮いた話をよく聞くじゃない? 一応大切な従弟の事だし、何かあっては困るから私もちょっと神経質にならざるを得ないのよ。と言う訳でこの事は橘さんには内緒ね。彼女がこの事を知ったら絶対に気を悪くするだろうし、私もそれは困るから」
橘さんの命が懸っている為、堂々と嘘をつく。
この態度が真実味を持たせたらしく、彼女は割とあっさり納得した。
「ふーん。成る程。流石は橘。余所の学校の男子まで手玉に取るか。本当、橘ってぜったい将来は玉の輿だよねー」
ケタケタ笑いながら、彼女――田間貝育代は胸を張る。
私は相槌を打ちながら、その先を促した。
「と、そっか。次の授業まで時間が無いのか。じゃあ、出来るだけ手短に話すよ。ぶっちゃけ橘香苗には手を出さない方がいいと思う」
「それは、何故?」
私が疑問符を投げかけると、田間貝さんは笑みを消して、小声で話し始める。
「いや、なんつーかあの子は私等とはレベルが違うって感じでさー。噂だと中学校時代、生徒だけでなく――教師にまで手を出したらしいのよー」
「……生徒だけでなく、教師まで? それは本当に?」
「うん。男子相手に遊んでいる分には、まだ可愛げもあったんだけどねー。いい加減子供には飽きちゃったみたいで、担任の先生を誘ったみたい。そうしたら案の定、一寸した問題になったらしくてさー。詳しくは知らないけどその先生、免職にこそならなかったけど、かなり叩かれたみたいよ」
「………」
橘さんが恋多き女という噂は私でも知っていたが、そこまでとは。
これは正に、魔性の女と称しても良いのではあるまいか?
「と言う事は、橘さんが中学時代、色んな男子と遊んでいたと言う噂は事実なのね?」
「ええ、それは私も目撃した事があるから間違いない。ある男子と一緒に下校していたと思ったら、次の週には別の男子と下校しているんだもん。いや、私の隣の席の男子と一緒に歩いている所を見た時は、マジで笑ったわ」
「……成る程。じゃあ橘さんは、彼女がいる男子も相手にした事があると?」
私が真顔で問うと、田間貝さんも真剣な顔で考え出す。
「……うーん。それはどうだろう? 確かに色んな噂がある子ではあるけど、少なくとも私はそう言う話は知らないなー。何せ橘と同じクラスになったのって、高校に入ってからだから。その辺りの話が聴きたいなら、三組の灯本吉江って子に訊いてみればいいよ。あの子、何度も橘とは同じクラスになって、仲が良かった筈だから」
そこまで話が進んだ所で、丁度チャイムが鳴った。
私は田間貝さんとわかれ、自分の席に戻る。見れば、高階君も自分の席に戻ってきた所だ。私は先生が来る前に、手早く必要最小限の事を彼に訊いてみた。
「で、そちらの首尾は? 何か面白いネタはつかめた?」
彼の答えは、こうだ。
「……いや、一応、橘と同じ中学のやつから話は聴いたんだが」
「何? ずいぶんと煮え切らないじゃない。高階君らしくも無いわね。私が指示した通り携帯にその辺りの話は録音したのでしょう? いいから聴かせないさいよ」
私がそう詰め寄ると、彼はますます難しい顔つきになる。それでも事が事な為か、彼は漸く私の要求に従った。で、その携帯にはこんな事が録音されていたのだ。
『んん? 橘? ああ。あいつマジで良いカラダしているよな。土下座して頼んだらヤラしてくれねえかな? つーか、橘ってつきあえば簡単にヤラせてくれそうじゃねえ? てか、あの二瞳もヤリマンくさくねえか? ああいう真面目っぽいのが、逆に淫乱なんだよな。ギャハハハハ!』
「………」
思わず小首を傾げる私。それから私は高階君の携帯を掴んで床に叩きつけようとする。だが寸前のところで彼に邪魔をされた。珍しく焦燥した様子で携帯を握った私の手を掴みながら、高階君は何とか冷静に言い放つ。
「……いや、二瞳の気持ちもわからなくもない。けど、それ……俺の携帯だから。後、決してこれは俺の意見じゃないから……」
「そうね。そうだった。でも一つ確認して良い? 男子って、皆こんなにバカなの?」
私が訊ねると、何故か高階君は目を逸らす。その様子に呆れながら、私は話を進めた。
「そっか。男子の方は、今のところ手がかり零って感じね。でも良いわ。高階君はその調子で橘さんの関係者から話を聞き出して。私もその作業を続けて、何とか容疑者を絞り込むから」
今の所、それ以外に打つ手はない。だが、こう言った地道な作業を積み重ねるのが捜査と言う物なのだろう。
そう諦観しながら――私は次の休み時間を待った。
◇
その四十五分後、次の休み時間はやってきた。私はさっそく田間貝さんに紹介された灯本吉江に会いに行く為、一年三組に向かう。
三組についた後、近くの女子に灯本さんが居るか訊き、間もなく私は目的を果たす。一番後ろの席に座る子が灯本さんだと聞いた私は、彼女に話を聴くべく灯本吉江を訪ねた。
「――香苗について聴きたい? へえ? 従弟さんの為にね。それは面倒見がいいこと。二瞳さんって、そういう所もあるんだ?」
「んん? 灯本さんって私の事、知っているの?」
話が脱線しているとわかっていながらも、つい訊いてしまう。
短髪でやや痩せ気味な彼女は、事もなく頷く。
「それは、学年トップの成績保持者だもの。気にしない訳ないじゃない? しかも親しい人もその私生活は知らないと言うミステリアスな人だし、興味の一つも湧くというものだわ」
「……そうなんだ?」
私自身は、別に何かを隠しだてしている訳では無い。
いや、人に言えない秘密を持っている時点で、十分怪人物と言えるのかもしれない。
「いえ、時間も無いし話を戻しましょう。で、香苗についてだっけ? 具体的には何がききたいの?」
灯本さんの促しに応え、私は正面から切り込む。
「では、単刀直入に。橘さんって、女子的にはどう見られているの?」
「成る程。それは確かに、単刀直入だわ。そうね。普通、彼氏をとっかえひっかえする女子って同性には嫌われるものだものね」
苦笑いする灯本さん。それから彼女は一考してから、一瞬だけ私から視線を切る。
「じゃあ、私も単刀直入に言うわ。私が知る限りだと、香苗に関してはその例に当てはまらない。彼女は――女子ウケも決して悪くは無かった筈よ」
「へえ? それは何故?」
灯本さん自身が言っていた通り、男子と遊び歩く様な女子は敬遠されがちな印象がある。
このパブリックイメージを覆すだけのナニカが、橘さんにはあると?
「うん。同じクラスなら、二瞳さんも少しは知っているのではなくて? 香苗のあけすけな性格の事を。人懐っこいと言うか、相手を選ばず誰とでも仲良く接する才能があるというか。とにかく彼女は、人の懐に入り込むのが実に上手いのよ。アレは恐らく、天性のものね。彼女自身が意識してやっている事では無いと思う」
「……成る程」
言われてみれば、性格が真逆な私にさえ橘さんはフレンドリーに接してくる。私がそんな彼女を悪く思っていないのも事実だ。
今朝だって憎まれ口は叩いたものの、決して悪意があった訳じゃない。橘さんならあれくらい言っても、怒らないだろうという計算のもとに発した言葉だ。
そう言った意味では、橘さんは男女問わず人たらしといえるのかも。
「そうね。実際、私も香苗とタイプが全然違うでしょう? どちらかといえば私は神経質な方で、二瞳さんに近い感じだと思う。少なくとも、香苗と比べたらそうね。でも、私は彼女の事を好ましく思っている。香苗の方も、私の事をそう思っていてくれたらいいなと考えているくらいよ」
少し照れたような感じで、灯本さんは語る。
率直なその姿に好感を覚えながら、私は次の質問をぶつけた。
「じゃあ、灯本さんはいま橘さんがつきあっている男子の事は知っている? その男子に彼女がいる、なんて噂とか聞いてない?」
灯本さんの答えは、ここでも単刀直入だ。
「いえ、悪いのだけどそこら辺は私も知らない。というか興味が無いというべきかしら? 香苗のアレはもう病気みたいなものだから、一々構っていられないもの」
「……病気、ね」
「ええ。彼女の事を悪く言う様で気が引けるのだけど、アレは一種の病気。まるでああする事で、自分のナニカを試している様な気さえするわ。それが何なのかは、私にもわからないのだけど」
「……ナニカを試す? それは面白い意見ね。少なくとも、私の発想には無かった」
「そう? じゃあ、お役に立てなかったお詫びの意味を込めて、良い事を教えましょう。香苗の男関係を知りたいなら――専門家をあたると良いわ」
「………」
思いがけない事を言われ、私は素直に眉をひそめる。……専門家って、一体何者だ?
「いえ、一組に香苗の男関係について研究している好事家がいるのよ。やっぱり私と同じで、香苗の中学時代からの友人。倉川流石って子で、小説家の真似事を趣味にしているの。何れ香苗の男関係を題材にした、ノンフィクション小説を書き上げるって息巻いていたわ」
「……へー。確かにそれは物好きね」
やはり世の中には、私の思いもかけない人種が居るものだ。半ば感心しつつ、私はそろそろ話を切り上げようとする。
すると、灯本さんは思い出した様にこう付け加えた。
「と、それと――その従弟に香苗を紹介するのはおすすめ出来ないかな。絶対に途中で飽きられて、捨てられるのがオチだから。香苗ってそういう酷薄な所もある子だから、二瞳さんも気をつけた方がいいわ」
「………」
――男に橘さんを紹介するべきじゃない。それは、田間貝さんの意見と同じ物だ。
この忠告と共に――灯本吉江はニッコリと微笑んで私を見送った。
◇
では、ここで少し話をまとめてみよう。
今朝の八時十五分ごろ、私は橘香苗の数字がやや濃い赤になる所を目撃した。それは彼女の寿命が、七時間半しか残っていないことを意味している。
しかも橘さんの死因は、絞殺による他殺。犯行現場は、部室の更衣室である。加えて死体現場に人の気配は無く、完全な密室と化している。
犯人に繋がる手がかりは今の所掴めていないが、橘さんに関しては同じ意見がよせられた。田間貝育代も灯本吉江も、橘さんに男を近づけるべきではないと言う。
それは、紹介された男の為にならないという意味合いの忠告だ。つまりはそういう事で、橘香苗は少なくとも男に関しては捕食する側の存在と言えた。
後、もう一つ気になったのは、灯本さんの心象だ。橘さんはナニカを試す様に、男とつき合っていると言うアレである。
私が携帯に録音したその辺りの会話を高階君に聞かせると、彼は何故か表情を変える。気難しい顔つきになり、手を口元に当てていた。
「ん? もしかして、何か気付いた事でもあった?」
私が訊ねると、高階君もまた灯本さんの様に、私から一瞬だけ視線を切る。
「……あ、いや、もう少し考えさせてくれ。考えが纏まったら、その時ちゃんと話すから」
「そう? なら、いいけど」
彼の曖昧な返事に対し、私も曖昧な答えを返す。
それでこの会話は終わって――私達は次の授業に勤しむ事になった。
◇
そして、時間は三時間目と四時間目の間に至る。
このかんの休み時間を利用して、私は次の作業に移る。灯本さんが言う所の好事家を訪ねる為、一年一組に向かった。
目当ての人物は直ぐに見つかって――私は倉川流石に話かけたのだ。
「へえ、従弟を香苗に紹介するか迷っている? それは君、完全な世間知らずだね。香苗に男を紹介するとか、不幸なドラマが始まる前フリでしかないよ。死亡フラグ、ここに極まれんって感じだ」
「………」
眼鏡をかけた中肉中背の少女が、椅子に座りながら滑舌良くそう謳う。この講談師の様な口調にやや圧倒されながら、私は思った事を口にした。
「やっぱり倉川さんも同じ事を言うのね。橘さんに男を紹介するべきじゃない。彼女の友達は揃って私にそう忠告するわ」
「それが事実だからね。というか、私の意見は育代や吉江のソレより遥かに重みがあるよ。なにせ私は香苗が今までつきあってきた男子を、ほぼ網羅しているから。私ほど彼女の男関係に精通した人間はいないと自負しているくらいだよ。一番初めにつきあった男子から今つきあっている男子まで並べ立てたいくらいさ」
「……そうなんだ。つまり、それは橘さん本人から取材した成果という事?」
私が首を傾げると、倉川さんはニヤリと笑う。
「ま、そんな所さ。香苗も自慢している訳じゃないんだろうけど、その辺りに関しては口が軽くてね。食事をおごる度に、喜々として話してくれたものだよ。何れ本にして纏めるつもりだから詳しい話は出来ないけどさ、二瞳さんの想像は――軽く超えている筈だよ」
「………」
橘香苗とは、一体何者だ? 私の想像以上だとすると、彼女の男性遍歴は本当にとんでもない。もしかして二桁どころか、三桁までいったりするのだろうか? そう考えると途轍もなく末恐ろしいな、橘香苗は。
「わかった。倉川さんの事情を尊重して、私も込み入った事は訊かない。でも、これだけは教えてくれる? 橘さんって、女子に恨まれる様な男遊びってした事がある?」
私の担当は女子なので、そう訊ねるほかない。
すると倉川さんは頬杖をつきながら、もう一度ニヤリと笑う。
「面白い事を言い出すね、二瞳さんは。それって、従弟云々の話と関係ある? 女子に恨まれていようが関係なくない?」
「と、確かにそうかもしれないわね。だからこれは、私の一寸した興味という事になるわ。今後、私のクラスで女子同士の修羅場が発生する可能性があるか、知りたいっていう」
下手に嘘をつくと見抜かれそうな気がして、当たり障りのない事を口にする。
そんな私をやや胡散臭そうに眺めた後、倉川さんは言葉を紡いだ。
「そうだねー。じゃあ、何れ私が書き上げる橘香苗伝の読者になってくれるなら、私もサービスしよう。少しぐらいのネタバレも、辞さないという事でどうかな?」
「いいわ。その線で行きましょう」
「オーケー。じゃあ可能な限り簡潔に話そう。ぶっちゃけ、それは無いよ。あの子、なぜか彼女が居る男子は狙わないから。なんでって訊いても、答えてくれなかったけどさ。私が考えるに、あの子、女子を悲しませたくないんじゃないかな?」
「女子を……悲しませたくない?」
意外な意見を聴いて、私は怪訝な声を上げる。倉川さんは、やはり快活な声で答えた。
「うん。香苗って、割と同性に気を使っている所があるからさ。アレで結構考えて行動しているんだよ、彼女は。その根幹が、女子を傷付けない事。少なくとも私が知る限りだと、今まで香苗が女子に被害を与えた例はないねー」
「………」
女子を傷付けない様にしている? 逆を言えば、女子に嫌われる事を恐れているという事か? それは私が知る橘香苗像には、無かった一面だ。同時に、これは私の女子が犯人だという主張を覆しかねない意見でもあった。橘さんが女性に嫌われない様に振る舞っているなら、彼女が同性に恨まれる事もないから。
「私が言える事は、それ位かな。じゃあ、本が出来たら購入の方よろしく。文化祭の出し物で出す予定なんだ。ま、もちろん実名は出さないから、その辺りは安心しておくれよ」
キシシと笑う、倉川さん。私は暫し真顔で考え込んだ後、こう問うた。
「倉川さん、さっき橘香苗の男関係を、〝ほぼ〟網羅しているって言ったわよね? 〝全て〟ではなく〝ほぼ〟と。それってあなたでも、橘さんの全貌は知り得ていないって事なんじゃ? 倉川さんに対しても、橘さんは秘密にしている事があるって事じゃないの?」
私がそう問うと、橘さんは一瞬眉を跳ね上げる。
それから嘆息してから、私を横目で見た。
「中々耳ざといね、優等生。そうだよ。実は私も気になっている事があるんだ。最近の香苗は同級生狙いなんだけど、空白の時間ってやつがあってさ。一月ばかり、男とつきあってない時期があったんだ。いや、正確にはつきあっていたかもしれないけど、それを秘密にしている節があるって事ね」
「秘密にしている、節がある?」
「そ。だから、人目を忍んで誰かとつきあっていた可能性もある訳だ。でも、あの香苗がそんな事をするかね? 担任の教師にまで手を出した、あの橘香苗が?」
「………」
橘さんが、つきあっていた男性の事を隠していた可能性がある。それがこの件と結びつくかはわからないが、私の興味はいっそう惹きつけられる。
そう自覚しながら私は倉川さんにお礼を言って――一年一組を後にした。
◇
ついで四時間目の授業が終わり、私達生徒は昼食の時間を迎えた。
昼休みは四十五分あり、私と高階君はこの時間を使って、収集した互いの情報を交換する。というか、笑える事に男子に関してはまるで目ぼしい情報は無かった。
「……うわ。男子って女子がらみになると……下ネタしか口にしないのね。本当に下半身に脳味噌があるんじゃないの、この子達……?」
耳にイヤホンをつけて、高階君が集めてきた男子の意見を聴く。携帯に録音されたソレは、前述の通り実に酷い内容だった。
そんな時――携帯をジーと見つめる女子生徒が私の視界に入る。何をしているのだろうと気にした時、高階君が声を上げた。
「で、さっきの話なんだか」
「んん? さっきのって、あの〝考えが纏まったら話す〟ってやつ?」
私は紙コップに入ったお茶を口にもっていきながら、普通に質問する。
高階君はこんな私の様子など気にした風も無く、こう告げた。
「ああ。多分だが、俺の考えだと――橘香苗は同性愛者だ」
「ブッ……!」
ふいた。それはもう、口に含んだお茶をふき出す位――衝撃的な意見だった。
というか、何の脈絡も無さすぎる。どこをどうすればそんな考えに行き着くと言うのか? 私はこの時ほど、高階君の正気を疑った事は無い。
「って、何を言い出すのよ、君はっ? 自分が何を言っているのか本当にわかっているっ?」
事が事なだけに、私は小声で詰問する。いや、彼が何か言う前に、私はそれを遮った。
「相手はあの橘香苗なのよっ? つきあう男性をとっかえひっかえしてきた、あの橘さん! その彼女のどこをどう解釈すれば、そんな答えに辿り着く訳っ?」
が、高階君は私の動揺を鎮める様に、冷静に自分の意見を述べる。
「だからだよ。三組の灯本が言っていただろ。橘は自分のナニカを試す様に、男とつきあっているって。そして一組の倉川は、橘は女子を大切にしているという趣旨の事を言っていた。俺なりにその二つに関して考えてみた結果、こう思ったんだ。橘も、今の二瞳と同じ気持ちだったんじゃないかと」
「私と……同じ気持ち?」
「ああ。二瞳は橘が同性愛者だなんてとても信じられないんだろ? 橘も同じなんだよ、きっと。彼女自身もそんな事は認めたくなかった。自分は普通の女子で、普通に男子が交際の対象と思いたかったんだ。でも――現実は違った。試につきあってみた男子は――橘の食指を動かす存在じゃなかった。それからだろうな。橘が色んな男とつきあいだしたのは。後輩や先輩や同級生や、果ては教師まで。色んな男とつきあえば、自分にもしっくりくる人種がいるかもしれない。そう考えた末に、橘は広範囲にわたって手を広げてきた。本当の自分を認めたく無くて、ソレを否定したくて、本心とは真逆の真似をしてきた。そう考えると、橘の病気ともとれる男関係も納得がいくんだ」
「………」
もしこれが事実だとすれば、私は沈黙する他ない。その反面、私は別の事を連想していた。
もしや、橘さんが一月の間秘密でつきあっていた対象は――女性? だからこそ、橘さんはその事をひた隠しにしてきた? そう考えれば、大凡の筋は通る。
「……本当に、偶に突拍子も無い事を言い出すわよね、高階君って」
「そうだったかな? 生憎、そんな昔の事はもう忘れた」
例の恋バナをやり玉にあげた、私に対する彼の答えがこれだった。実に誠意の欠片も無い。いや、今は確かにそれどころではない。
仮に私が想定した通りなら、その女性を見つける事こそこの事件を解決する早道かも。女性が犯人だとすれば、その女性こそが第一容疑者という事で間違いなさそうだ。なら、是非とも彼女に話を聴かなくては。
だが、一体どうやって見つければ良い?
橘さん本人に事情を聴ければ、話は早い。だが、彼女はその事は絶対に認めないだろう。女性とつきあっていた事は、橘さんにとって最大の秘密の筈だから。
更に言えば、私が橘さんにそう質問する事で運命が変わる可能性が出てくる。最悪、赤から青に数字が変わり、私達とわかれて下校した後、また赤に変わる可能性がある。
そう言った事態を考慮すると、今は橘さんを余り刺激しない方が賢明だと思えた。
「なら、残る手は地道な情報収集だけ?」
もしかすると、誰かが橘さんと二人きりでいた女性の姿を目撃しているかも。何らかの口実を設けて、片っ端から生徒に話を聴く。私達に残された手段は、もうそれ位しか残されていない?
「いえ、どちらにせよもう時が無い。さっそく行動に移らないと時間が過ぎていく一方だわ。高階君も手伝ってくれる? 橘さんと二人きりで過ごしていた女性を捜すのを」
「もちろんそれは構わない。けど、問題は残り時間だな。俺としては、今日中にその女性を見つけ出すのは難しい気がする。今日は次善策をとって、橘を俺達で家まで送るべきじゃないか? 放課後までに件の女性が見つからなかったら、そうするほかないだろう?」
高階君が言っている事は、尤もだ。ほぼ手がかりがない状態から、私達はその女性を見つけ出さなくてはならないのだから。残り時間は三時間強で、その内、自由に動ける時間は凡そ四十分程である。
そう。授業時間という障害がある為、私達にはどう足掻いても行動が制限される。私達は別に授業をさぼっても構わないが、他の生徒はそうはいかない。橘さんの命が懸っている事を知らない彼等は普通に授業を受けるし、ソレを妨害できる筈も無い。
話を聞く相手にこういった制約がある以上、前述通り自由に話を聴く時間は限られる。残り時間四十分程で件の女性を見つけるのは、実に困難といえた。
ではここはやはり今日中の解決は諦めるべきか? 高階君の意見を採用するべきだろうか?
そう思い悩んでいる時、私の目に――ありえない物が飛び込んできた。
「――はっ?」
「ん? どうかしたか、二瞳?」
高階君が、眉をひそめる。でも、私はそれどころじゃなかった。
だって廊下を歩くある男子生徒の数値が――赤く染まっている所を私は目撃したのだから。
◇
「……なに? それは……本当か?」
高階君が、訝しげな様子で訊ねてくる。私も半信半疑な心持で廊下に出て、その男子生徒の後をつけた。高階君もそれ続き、私達は言葉を交わす。
「……ええ、事実よ。あの男子生徒の数値は、やや赤くなっている。しかも、その死亡時刻は午後三時二十分。即ち――橘さんが殺される二十五分前って事よ」
「……橘が殺される、二十五分前? 余りに……出来すぎているな。となると、まさかこれは――連続殺人事件?」
余り考えたくない事を、高階君はキッパリ言い出す。いや、余裕が無いこの状況で更なる殺人事件とかありえないだろう、普通?
でも、事実だ。私は彼とすれ違う時、さりげなく彼の手の甲に触れる。そこから読み取れた彼の死因は明らかに他殺だった。だって彼の腹部には、ナイフが刺さったままだし。
いや、それ以上に気になったのは、彼の死体現場だろう。
「気になったって、それはどう?」
高階君が首を傾げると、私は露骨に顔をしかめながら応対した。
「それが、橘さんの時と状況がかなり異なるの。彼女の時は密室殺人だったけど、彼の場合は死体をずさんに隠している。木に立てかけた状態で、アレだと物の数十分で誰かが発見しかねないでしょうね」
「要するに、それは同一犯では無いと言いたい? それだけの違いがあると、二瞳は思っている?」
高階君が、確認してくる。私は眉をひそめながら、首を振った。
「ええ。橘さんの時はまるで警察に挑戦状を叩きつける様な、緻密な計画殺人をにおわせる物だった。でも、彼の場合は違うの。死体の隠し方からして、まるで突発的に殺した様な印象だわ。なんの計画性も無い、ゆきずりの犯行としか思えない。この違いからして、本当にこの二つの事件の犯人は別人なのかも」
と、そこまで話した所で、彼は自分の教室とおぼしき場所に入る。
私は近くの男子に、彼の素性を訊いた。
「ああ、あいつは加賀昭文だよ。ほれ、知らねえかな? この前やった中間試験で、学年四位だったやつ」
彼の名前を知っている私は、成る程と頷く。因みに、中間試験の上位者はこうだ。
一位――二瞳葉花。
二位――古賀青果。
三位――伴田白根。
四位――加賀昭文。
五位――灯本吉江。
六位――東全雲戸。
七位――木枝由佳。
八位――間八鹿。
九位――伴田英果。
十位――田代貴松。
その一方で、なぜその加賀君が橘さんと同時期に殺される事になるのかさっぱりだった。
「………」
いや、動機はある。これが橘さんがらみの殺人なら、考えつく動機は決まっている。彼もまた、橘さんと関係がある男性の一人なのだ。
けど、本当にこれは同じ犯人による犯行なのか? 私が疑問視している所は其処で、お蔭で私は半ば思考がフリーズ状態だ。
こんな自分の有様に気付いた時、私は無意識に深呼吸をしていた。少しでも真っ当な頭に戻る為、自分なりに足掻いてみる。それは直ぐに済んで、私は何とか冷静さを取り戻した。
「でも、やっぱり納得がいかない。手口が違い過ぎる。となると――この学校には橘さんがらみで殺人を犯す人間が二人も居る?」
頭痛を押さえる様に、額に手をやる私。それを見て、高階君が素朴な疑問を口にする。
「というか、そもそも二瞳は密室殺人の謎は解けたのか? それとも、二瞳は密室のカラクリは解く必要が無いと考えている?」
「あ、いえ、それに関しては一応私なりに考えてみたわ。正しいかはわからないけど、私の推理はこう」
私は、自分の考察を高階君に披露する。私の考えは、実にシンプルだ。
「ええ。まず橘さんを殺害した犯人は、近くのロッカーに入って身を潜ませる。その後、部活を終えた部員が更衣室に戻って来るでしょう? でも更衣室には鍵がかかっている。それを鍵であけた部員達は、橘さんの死体を発見するの。すると、どうなると思う?」
「ん? それは勿論、橘の生死を確認するため彼女に近づくだろ。で、死んでいるとわかれば大騒ぎになるな」
「そう。しかも彼女の首には、手で絞められた跡がある。明らかに殺人だと感じれば、部員達は、十中八九駆け足でその場から逃げ出す事になるわ。当然よね。何せ近くにはまだ殺人犯が居るかもしれないんだから。自分達も害される可能性を考慮した彼女達は、きっと職員室に駆け込む事になる。つまり、その場には誰も居なくなるの。なら、犯人はもうロッカーに隠れている必要はない。そのまま犯人は駆け足で回り道をして、職員室を目指す。何食わぬ顔で部員達と合流し、自分も死体の発見者を装う。そうなれば犯人のアリバイは証明されたも同然だから。部員達と一緒に死体を発見したと言い張れば、自ずとそういう流れになるでしょう。他の部員達は気付かなかった様だけど、自分もあの場で死体を発見した一人。犯人はそう言ってアリバイを確保するつもりなんじゃないかしら? 要するに犯人の目的は密室をつくり出す事じゃなく、アリバイを捏造する事にあったの」
私がそう説明すると、高階君は暫く考え込んでから首肯する。
「確かに他の部員は死体を見てパニックに陥っているし、上手く言えばその推理通りいくな。けど、そう考えると二瞳の言うとおり、加賀を殺した手口とはだいぶ異なる。計画的な犯行としか思えない橘の時と比べ、加賀をやった時の手口はずさんだ。とすると――これは本当に二人の殺人犯による凶行か?」
高階君も、私の意見に賛同する。これは同一犯ではなく、別人による犯行だと受け入れる。
だが彼がそう納得した時、状況が変わる。私が――その矛盾に気付いたのだ。
「……いえ、ちょっと待って。加賀君が殺害された理由だけど。もし彼が橘さんの男関係が原因で殺されたとすると――少しおかしくない?」
「ん? おかしいとは?」
「倉川さんが言っていたのよ。最近の橘さんは同級生狙いだったって。で、倉川さんは空白の一月の後、橘さんはまた男性とつきあいだしたととれる事を言っていた。となると、加賀君は橘さんの今の彼氏という可能性が出てくるわ。橘さんが今つきあっている相手だからこそ、犯人の標的になったと読み取れる。でも、それだと話が合わない。橘さんは女性とつきあい、本当の自分を受け入れた筈。なら、なぜまた男性とつきあいはじめたの? 本来の自分に目覚めた橘さんが――また元の状態に戻った理由は何?」
私がそう指摘すると、高階君は唖然とする。それから目を細め、大きく息を吐き出す。
「そうか。つまりは――そういう事か?」
「うん。恐らく、ね。私達は――根本的な所で大きな間違いを犯しそうになっていた。これはそういう事だと思う」
根本的な、間違い。そう告げた時、なぜか私の背筋に悪寒が走る。
「――あ」
根本的な、間違い?
根本的な、間違いだって?
ああ、そうか。
もしかして、そういう事――?
「……わかった。完全に盲点だった。やっぱり橘さんと加賀君を殺した犯人は、同一犯だわ。というよりそもそもこれは――私達が思っている様な事件じゃなかったのよ」
「は、い? 俺達が思っている様な事件じゃ、ない?」
「ええ。これから、ソレを確かめにいきましょう」
「……確かめるとは? ソレは、今直ぐできる事なのか?」
「うん。何故って――私の考えだとこうだから」
だとすれば、私達がするべき事は決まっている。残り時間の全てを使い、ソノ事を確認すればいい。
そう決意した私は――さっそく高階君と共に行動を開始した。
◇
そして――その時は遂に訪れた。
現在時間は――午後三時十五分。場所は、人気のない校舎の裏庭。
果たしてその場に現れた人物と、私はすれ違う。ついで加賀君の時の様に、私はその人物の手の甲に触れていた。
それで、全ての準備は整う。
私は背中越しに、その人物の名前を呼びながら、引き留めたのだ。
「そうね。今から加賀昭文君を殺しに行くつもりなのでしょうけど――それは止めた方がいいわ。中間試験学年三位の伴田――白根君」
「……は、い?」
その人物――伴田白根が振り返る。
既に振り返っていた私と彼の目が、初めて合う。
五メートルは先に居る伴田君は、一間空けてから当然ともいえる事を言い出した。
「なんの事かな? ボクが、一体なんだって?」
「いえ、だから――加賀君を殺したあと橘香苗さんも殺すつもりなのでしょう? 私は、それは止めてくれないかってお願いしているの」
「………」
伴田君が、言葉を失う。当たり前と言えば、当たり前だ。何せ初対面の相手に、自分の計画を見抜かれているのだから。私は追いうちをかける様に、自分の推理を並び立てる。
「そう。君はまず裏庭の掃除をしている加賀君を人気のない所に連れ出し、刺殺する。それが済んだ後、女子の制服に着替えて女装し、君の双子の妹さんのフリをする。その体のまま予め橘さんの携帯に送っておいた〝相談がある。二人で話したいから更衣室で待っていて〟というメール通り、バスケ部の更衣室を訪れる。そのまま更衣室の鍵を閉めて密室にし、誰にも邪魔をされない様にして橘さんを殺すのでしょ? でも、その計画には一寸した障害があった。君からそんなメールが送られてきたら橘さんは先ず警戒する。いえ、無視する可能性の方が高いかな? だから、君は双子の妹さんの携帯と自分の携帯をすり替えた。妹さんの携帯を使い、橘さんにメールを送り、彼女の警戒心をといたのよ」
「……なん、で、そんな、事、を?」
愕然とした様子で、伴田君が問う。私は、その幸運に苦笑いする他ない。
「いえ、君の妹さんである伴田英果さんは、私と同じクラスなの。その彼女が携帯をジーと眺めていてね。その様子が気になったから、何があったか訊いてみたのよ。英果さんの答えは、こうだったわ。〝こんな事がある訳ないのに、どうやら私は兄の携帯と自分の携帯を間違えて持ってきてしまったらしい〟」
「………」
「で、お兄さんの携帯の暗証番号を知らない彼女は、携帯を弄る事も出来ずにいたとか。そのお兄さんは今日、学校を病欠したらしいわね。いえ、昼休みの時はそんな君を見つけ出す為、私達は躍起になっていたのだけど」
「――だから、なんで、そんな事がわかる? 君は、一体、何者だ――?」
伴田君が言う事は尤もだ。では、そろそろ事件の全容を説明しよう。
事の真相に至った、理由。それは私が、ある勘違いをしていた事に気付いたから。
私は確かに、人の死が見られる。それはもう、死体の状況から殺害現場までハッキリと。
だが、裏を返せば――それは一人分の死体状況しか見る事が出来ないという事。例えば、橘さんが密室と思しき場所で死んでいた所を見た様に。
でも、仮にアレが密室殺人では無いとしたら? 実は私が見る事が出来なかっただけで、あの場所に死体が二つあったとしたらどうだろう? そうなると、死体現場の意味はだいぶ違ってくる。
密室殺人では無く――無理心中による殺人と言う可能性が出てくるのだ。
だとすれば、これは本当に盲点だった。接触した人の死しか見られない私は、だから死んでいるのが橘さんだけだと思い込んだのだから。まさかその場に別の人の死体があるなんて、私は思いもしなかった。
けどそう考えれば加賀君同様、橘さんの事件も緻密な殺人事件という訳ではなくなる。この二つの事件は両者とも単純な物になり、何の差異もなくなるのだ。
「つまり、伴田君は更衣室で橘さんを殺した後――その場で自殺する気だった。自殺の方法は恐らく薬による中毒死でしょうね。スタンガンか何かで橘さんを気絶させた後、彼女を絞殺する。刃物を使わなかったのは、自分の手で直に彼女を殺したかったから。ナイフで自殺しなかったのは橘さんの死体を自分の血で汚さない為。――そうではなくて?」
「………」
伴田君が、黙然とする。その間に、私は思いを巡らせた。
犯人が橘さんと無理心中する可能性に気付いた私は、昼休みを使って犯人捜しを始めた。数字が赤の人を探し回ったのだが、これがどうにも見つからない。
そこで高階君がある事に気付いたのだ。もしかすればその犯人は計画実行の準備をする為、欠席しているのではないかと。
故に、私達は今日欠席している生徒を職員室に行って調べた。先生達に欠席者を訊いて回った結果、件の英果さんのお兄さんが欠席している事を知った。
というより――今日一年生で欠席しているのは彼だけだったのだ。
ならば、後は自分の推理が正しい事に懸けるのみ。殺害時刻が近づけば、必ず伴田君は姿を現す。そう読んだ私は、こうして今、彼の目の前にいる。
伴田君の数値が赤で――この三十分後に死ぬ事を知った。
彼に触れ――伴田君もまたバスケ部の女子更衣室で死ぬ事を確認したのだ。
これは――ただそれだけの事だった。
「一つ、訊いても良いかな?」
今まで黙っていた伴田君が、実に冷静な声で質問してくる。私は、彼を注意深く見た。
「ええ、どうぞ」
「そこまでわかっているなら、ボクがなぜ香苗を殺したいのかも、わかっている? ボクが彼女に何をされたのかも、知っていると?」
「そうね。それは君の写真を英果さんに見せてもらった時、何となくわかった」
そもそも橘さんが秘密でつきあっていた対象は、本当に女性だったのか? アレほどまで頑なに自分の本心を否定してきた彼女が、女性とつきあった?
いや、彼女は、女性とつきあってはいなかったのだ。橘さんは、ただ少し譲歩しただけ。橘さんは高校に進学してから暫く経った頃、彼を見つけてしまったから。
双子の妹さんと瓜二つな――女性顔をした伴田白根君を。
その彼なら少しは自分の気持ちを満足させてくれるのではと、彼女は夢想した。伴田君を半ば女性だと思い込む事で、橘さんは自身の心を充足させようとしたのだ。
だから彼女は女性の面影がある彼とつきあい、その事を秘密にした。自分の秘密が周知される事を恐れた彼女は、徹底して女性っぽい男子とつきあう事を隠した。
それが――空白の一月の真相。橘香恵が今も隠している――彼女の秘密。
でも、それはある日、破綻する事になる。
女性顔の伴田君に一時は執着していた橘さんだったが、やがて気付いてしまったから。何らかの事が原因で、彼女は彼もまた只の男だと意識してしまった。特別でも何でもない普通の男子だと、彼女は認識してしまったのだ。
だからこそ、橘さんは伴田君を捨てた。ある日、何の前触れもなく別れ話を切り出した。いや、或いは一方的に彼女は彼を切り捨てたのかも。灯本さんの話では、橘さんには、そういう酷薄な部分があるという事だったから。
勿論これ等は全て、私の想像に過ぎない。
だが、橘さんや加賀君や伴田君が、このままでは死亡するのは確かである。それをとめられるのは、私達だけである事もまた覆し様のない事実だった。
そして伴田白根は――淡々と告げたのだ。
「そうだ。だから、ボクは彼女が許せなかった。アレほど愛し合っていた筈なのに一方的にボクを捨てた彼女が、ああやってボクに何の未練も見せず他の男とつきあっている彼女が、どうしても許せなかった。ああ、そうだ。この女顔のせいで、ボクは異性に男と意識される事は無かった。いつも只の良い人で終わって、それ以上関係が進展する事は無かった。……でも香苗だけは違ったんだ。彼女は、はじめてボクを男として認めてくれた。彼女は、ボクに男だという自覚を与えくれた。そう言った誇らしい気持ちをくれた唯一の女性だったんだ。なのに、何でああまで態度が一変する? 何時もボクに微笑みかけてくれたのに、あのゴミを見る様な目は何だ? ボクの何が彼女をそうさせた? これは全部ボクの所為なのか? ……いや、違う。きっと理由はある筈だ。ない筈が無い。でも、どう訊いても、どう頼んでも、香苗はその理由を教えてくれなかった。それどころか、ボクに見せつける様に他の男とつきあいだした。あの加賀昭文というつまらない男と。その時の絶望が君にわかるか? この世で一番大切な男として扱われていたのに、ある日人として扱われなくなったボクの気持ちが君にわかる? でも、違う。ボクは、人間だ。ボクは、男だ。ボクは――彼女の一番大切な人なんだ」
「………」
それが自分にとって唯一の誇りであるかの様に、彼は語る。今も忘れる事が出来ない最高の思い出だと、彼は吼えた。
それはどこまでも平静な声だったけど、私には彼の心からの絶叫にしか思えなかった。
「そっか。なら、仕方ないわね」
そう。人として扱われなかった人が、人としての心を失うのは当然と言えた。
「君は何があろうと、引き下がる気は無い。そういう事ね?」
でも、それは本当に皮肉な話だ。
橘香苗は彼が女顔だからこそ愛し、彼が自分は男だと自覚したからこそ、捨てたのだから。橘さんは彼が男らしくなった時点で――彼から興味がなくなった。
「ああ。悪いが、計画を変えるつもりはない。寧ろ、全てを知る君を、ここで野放しにするのはボクにとってマイナスでしかないだろう」
このやり切れない想いを胸に、私は一度だけ大きく息を吐く。
見れば伴田白根は鞄からスタンガンとナイフを取り出し――ソレを私に向けて構えた。
「なぜ君がボクの計画を知ったのかはわからない。でも、これがあの人が言っていた〝面白い事〟なんだと思う。だからボクは、これも座興の一つだと思って――君を殺す事にするよ」
「……あの人? それは一体どういう事?」
意味不明な言葉を聞き、私は素直に眉をひそめる。けど、彼にはもう私と会話をする意思は無い様で、この五メートルという距離を駆け抜ける。まずはスタンガンを押し当て、私の意識を奪い、それからナイフで刺殺する。それが彼の、私に対する殺害手順だった。
「そう。飽くまで私を殺す気、なのね」
事実、彼のスタンガンを掴んだ右手が突き出される。
それは刹那の間を以て私の体に触れ、私の意識を焦がすだろう。この凶行を防ぐ術は女子には無く、男子であっても防ぎ切る事はできまい。
ならば、私に待っているのは決定的な死だ。伴田白根の決意と、橘香苗に対する執着の深さを見誤った時点で私の敗北は決まった。
そう。普通なら。
「なら、残念だけどここから先は――抜刀の時間ね」
「――な?」
はたして彼は、その光景をどう認識したか? だが、事実だ。彼より遅く動いた筈の私は、その実、彼の運動速度を超越する。彼の動作を追い抜き、肩に背負う竹刀袋のヒモを解いて、竹刀袋に入っていた物の柄を握る。
いや、はたから見ればそう感じるだけで、私はただ彼以上に無駄のない動きで行動したにすぎない。その差が明確な違いとなって、私は彼の動作を追い抜いていた。
彼の動きのクセと速度は――既に記憶したから。
故に、抜刀された私の刀は振り下ろされ、コレを前に彼は動きを止めようとする。それは只の男子にしては、ありえないと言える程の反応速度だ。
だが事前に彼がそう動くと〝読んでいた〟私はそのまま刀を振り下ろし、更に振り上げる。
「にっ?」
その刀の峰の部分は彼の右腕を掃い上げ、手にしていたスタンガンを吹き飛ばす。
「まず――一」
そのまま彼はナイフを握った左手を突き出してくるが私は振り上げた刀を振り下ろす。
「そして――二」
「はっ?」
私より先に動いては筈の彼は、やはり私に動作を追い抜かれナイフも打ち落とされる。
「で――三」
「ぎ……っ?」
ならば、後の事は語るまでも無いだろう。
私は刀をそのまま振り上げ、彼の顎を殴打する。
この重い一撃を受け、彼の脳は上下に揺れ――その意識は確実に刈り取られていた。
「鬼童流――三枝の梅(※さんしのばい)」
それは凶器になり得るであろう敵の両腕を破壊した後――止めの一撃を放つ業。
私が得意とする――鬼童流剣術の一つだった。
つまりはそういう事で、私が登下校時に肩に担いでいる竹刀袋の中身は――日本刀である。
私は他人の厄介ごとに首を突っ込むと決めた時から――この刀を手に取ったのだ。
これもまた――ただそれだけの事だった。
「故に――これにて閉幕」
実際、私の一撃を以て伴田白根は崩れ落ちる様に跪いた後、その場に倒れる。
ここに運命は覆り――伴田白根の数字は赤から青の六十へと転じたのだ。
◇
いや。そう格好つけていた私だったが、次の瞬間それどころではなくなった。
「って――バカか! 二瞳は――っ!」
茂みに隠れて、この光景を携帯で撮影していた高階君が怒声を上げる。
彼はそのまま私につめ寄って来て、お説教を始めた。
「伴田が凶器を取り出したら二瞳は逃げて、俺がやつを取り押さえる筈だったろうっ? なのに、何で二瞳がこんな危険なやつに立ち向かっているんだっ? 何が鬼童流だ! 二瞳は頭がどうかしているじゃないのかっ? この厨二病全開女が!」
「……いや、何と言うか、その場の流れと言うか。私が彼を倒した方が、綺麗に事が収まるんじゃないかと思って、ついね」
「……呆れた。二瞳って何時もこうなのか? 何時もこうやって他人を助けてきた? だとしたら、本物のバカだ。いや、それ以上にバカなのは、昨日までそんな二瞳を放置していた俺だな。ここまで度し難いバカだと気付かなかった俺が、一番バカだ」
高階君の剣幕に圧倒される、私。それでも気を取り直して、私は首尾を確認する。
「でも、お蔭で伴田君が私を殺そうとした場面は録画できた。なら後は刑事さんのお仕事ね。それを証拠にして、殺人未遂の罪で彼を勾留してもらいましょう。それで一先ず、橘さん達の身の安全は確保できる筈よ」
「だな。その為に二瞳は体をはって、こいつの相手をした訳だし。というか、今更ながら自分のバカさかげんに呆れているよ。やっぱ俺がこいつと対峙するべきだった。なのに、何で二瞳にこんな危険な真似をさせたのかな、俺は……?」
「それは私の方が彼の事情を把握していたから。事前にちゃんとそう話し合ったでしょう? とにかくその話は、もうお終い。知り合いの刑事さんに来てもらうから、それまで伴田君を見張っていましょう」
と、その間も高階君のお説教は続き、私はそれを苦笑いしながら聞き流す。
二十分後には件の刑事さんがやって来て――伴田白根容疑者は連行されたのだ。
◇
その三日後の、早朝の事である。刑事さんに多少の無理をきいてもらって、私は伴田君と接見した。
面会所の椅子に腰かけていると、間もなく伴田君がやって来て彼も椅子に座る。殺人未遂の罪で今も勾留されている彼は、私を見るなり意図がわからない笑みを浮かべた。
「どうやら元気そうで何よりだわ。私が最も恐れていたのは、君が自殺を図る事だったから」
「かもな。もしかすれば君以外の相手にやられていたら、ボクはさっさと自殺していたかも。何れ君がボクに会いに来ると確信していなければ、舌を噛み切ってでも死んでいただろう。いや、こんなつまらない話はよそう。ボクに、訊きたい事があるんだろう?」
高階君に秘密で彼に会いに来た私は、素直に頷く。
「ええ。君に対する質問は、二つ。第一に、君は今でも橘さん達に殺意を抱いているかと言うこと」
私が訊ねると、伴田君は表情を消した。
「なら、悪いけど質問を質問で返そう。香苗の様子はどう? ボクが逮捕されたと聞いて彼女はどんな感じ?」
「そうね。表面上は冷静を装っている。でも、内心では相当ショックな筈よ。彼女は、今でも君を気にかけているから」
「な、に? なんでそんな事が、わかる?」
彼の問いに、私は真顔で答えた。
「それが――橘香苗という人間だから。彼女が君にきつくあった理由は、早く自分を忘れて欲しかったから。その為に自分の価値を貶めてまで、橘さんは君に厳しい態度で接した。自分みたいな女の事はさっさと見限って、次の恋を見つけて欲しいって願いを込めて。そういうやり方しかできない人なのよ――彼女は」
「………」
そう説明すると、彼は暫くのあいだ沈黙する。
伴田君が口を開けたのは、十秒以上たった後だ。
「……それは、彼女自身が言っていた事?」
「いえ、全て私の憶測よ。でも、説得力はあるでしょ? 何せ私は――君の企みを全て見抜いた女なんだから」
「……ああ」
臆面もなく言い切ると、彼は感嘆ともとれる声を上げた後、こう言葉を紡ぐ。
「確かにそうかもしれない、な。ボクも、心のどこかではわかっていたのかも。橘香苗がそういう女だって。でも、どうしても、ボクは――彼女を諦めきれなかった」
心から悔いる様に、彼は天井を仰ぎ見る。そのまま彼は、視線だけを私に向けた。
「で、二つ目の質問は、ボクが言っていた〝あの人〟の事か?」
「ええ。今の君の言葉を聴いて確信した。君は今回の犯行を行う事に躊躇を覚えていたんじゃない? でもそんな君の背中を押して、犯行にはしらせようとした人物が居た。違う?」
「本当に何でもお見通しなんだな、君は。正直、笑えるよ。こんな漫画みたいな女子高生が実在したなんて。ああ、そうだよ。自殺や殺人の相談がとびかう闇サイトで知り合った人でさ。特別仲良くなったんで、個人的にメールでやりとりする様になったんだ。その時ボクが気道学園に所属していて、殺人の計画を練っているとメールで送ったんだよ。そうしたら、こう返ってきた。〝それを実行すればきっと面白い事が起こる〟って。実際そうだった。君は、ボクの気持ちを理解してくれた。ボクがどう犯行に及ぶつもりだったのか、見ぬいてみせた。それは君もまた――ボクと同類だって事だ。ボクはボクに共感してくれる人がいただけで、嬉しい」
が、私は椅子から立ち上がりながら、首を横に振る。
「いえ、それは違うわ。私はあなたに共感した訳じゃない。私はただ事件が起こる前に、事件を解決しただけ。それが私――二瞳葉花のスタイルだから」
と、彼は暫く呆然とした後、こうきり返す。
「そうか。じゃあさっきの質問の答えはこうだ。ボクは君を殺すまで次には進まない。君を殺すまでは、香苗達の事も見逃す事にするよ。そういうのでどうかな――二瞳葉花さん?」
酷薄な笑みを浮かべる彼を前にして、私は苦笑いをした。
「結構。ではその線で行きましょう。次に会える時を楽しみにしているわ――伴田白根君」
最後に彼をそう挑発して――私はこの場を去ったのだ。
◇
で、学校である。今日もまた、新たな一日が始まるのだ。
そう言った訳で私が席についていると、やはり思い出した様に橘さんが話かけてきた。
「やっほー、二瞳。あんな事件があったのに、学校を休みもしないアンタは一体何者なのさ? それとも、実は私にあてつけているとか?」
私の返事は、決まっていた。
「まさか。貴女に対する貸しは、あてつけなんかじゃとても返せる代物じゃないわ。だから、覚悟しておく事ね――香苗」
「………」
ついで、香苗は何故か沈黙する。それからやはり意図がわからない笑みを浮かべて、私の背中をバンバン叩く。
「オーケー、オーケー。今度は例え盾になっても私がアンタを守るよ――葉花」
いや、彼女は今にも泣きそうな顔で、そう告げる。それから駆け足でこの場を去り、さっさと自分の席に戻っていた。そこで私は、隣の席にいる高階君に問い掛ける。
「あのさ。今気づいたんだけど、香苗の本当に好きな人ってまさか……いえ、何でもないわ」
だというのに、高階君は私を見もしないで謳う。
「そうだな。最後まで言わない方が――きっと皆の為だ」
「………」
それで、今度こそ本当に終わった。
〝橘香苗殺人未遂事件〟はここに幕が下り、私は何時もの日常を取り戻す。
その先に〝あの人の影〟を確かに感じながら―――。
2
それから、夢を見る。私がまだ、幼かった頃の夢を。
そう。それは今から――六年前の事。
私こと二瞳葉花がまだ、人命救助の為に奔走していた頃の話だ。
私にそれが如何に無謀な事か、諭そうとしていた少女がいた。彼女は、この世には救えない命もあると私に教え込もうとした。それが有難迷惑だった私は、徹底して彼女の言葉を無視したものだ。
大体、なぜ彼女は私が件の能力を持っていると知ったのか? 私がそう訊ねると、彼女は嬉々として告げた。
「いや、だって葉花ちゃん、私が殺そうとしていた人を助けてみせたし。あの状況でそういう事が出来るとすれば、答えは一つ。葉花ちゃんは、何らかの超能力を持っていると仮定するほかないよ」
「………」
冗談か本当かは、今でもわからない。
ただ彼女はそれだけ口にし、私もそれ以上は詮索しなかった。あの頃の私は、いま以上に忙しかったから。彼女の世迷言はやはり無視して、私は今日も誰かの為に奔走する。
けれど、結果は変わらない。私が誰かを助けようとすれば、助けられない人が出てきてしまう。誰かの為に尽くしても、返ってくるのは、そんなやり切れない絶望だ。
そこで、私は自分の気持ちに気付く。私は多分、意地になっていただけ。あの彼女が示した現実こそが正しいとわかっていながら、そう納得したくなかった。こんな能力を持っていても救い切れない人は必ず居る事を、決して認めたくなかった。
ならこれは――本当にただの呪いだ。
死期を知る事が出来るのに、救えない命を見せつけられている呪いに過ぎない。
彼等がどう死ぬかわかっているのに、見捨てるしかないという罪悪感を植えつける呪詛。
それが――私の能力の正体だった。
「だね。それに、葉花ちゃんがもたらす救済が正しいとも限らない。だって葉花ちゃんは運命を変えているんだもん。本来死ぬ筈だった人を生かすという事は、歴史を変えるのと同じ事。死ぬ筈だった人はやがて誰かと結ばれ、子を授かる。でも、本来その人は誰かと子を儲ける事なんて無かった筈なんだよ。だってその人は葉花ちゃんが助けなかったら、死んでいた筈なんだから。その運命通り進めば、その人の伴侶は別の誰かと結ばれ、別の子供を生む筈だった。死ぬべき定めにある人との間ではなく、全く別の誰かの子を育む。でも、葉花ちゃんの行為はそういった本来あった筈の命を台無しにしているんだ。葉花ちゃんは歴史を改変して、そういった命を消してきた。それって、私とやっている事が変わらないと思う。私がやっている事が虐殺なら、葉花ちゃんがやっている事も救済の名を借りた虐殺なんだ。それを踏まえた上で、なお葉花ちゃんは誰かを助けるつもりだと?」
「………」
はたして、あの頃の精神が不安定だった私に、どんな答えが返せただろう? 救える命を見捨てるのも悪なら、ソレを助ける事さえ悪だと彼女は謳う。私が感じている通り、この力はただの呪いに過ぎないと、彼女は嘯いた。
「でも、そうわかった上で、葉花ちゃんは可能な限り誰かを助けたいんだろうね。私と葉花ちゃんの違いは、そこだけ。私は私の為に誰かを虐殺するけど、葉花ちゃんは見知らぬ誰かの為に誰かを虐殺するんだ。自分の為の虐殺と、誰かの為の虐殺。似ている様で、この違いは凄く大きいと思う」
それから、崖の端に立つ彼女は、微笑んだ。
いや。何時だって彼女は――私の為に微笑んでくれていたのだ。
「だから、葉花ちゃんは、生き抜かないと。葉花ちゃんは、私とは違うんだから。私はマイナスしか生まないけど、葉花ちゃんはマイナスにマイナスを重ねて、プラスを生む。きっと葉花ちゃんが救った命の中には、そういった事を成し遂げる人が含まれている。私は、それが本当に羨ましい。でも、今の葉花ちゃんでは、それもままならない。このペースで人を救い続ければ、明日にでも葉花ちゃんは自殺しかねない。だから、私も葉花ちゃんに呪いをのこす事にするよ。葉花ちゃんにも救えない命が確実にあると、この身を以て教え込む事にする」
「……何を言って? さっきから、何を言っているのよ、貴女は……? 言ったでしょう? 今、貴女に恋をしている男の子が居るって。その子は本当に貴女の事が好きなの。何しろ私にその事を相談しにきた程なんだから。貴女は、そんな彼を見捨てて、どこにいくつもりなのよ……?」
彼女の答えは、決まっていた。
「そうだね。私も、サイゴに人間らしい事がしたかったんだ。でも、それはあの彼を幸せにする事じゃない。私では彼を幸せにするどころか何れ殺しかねないから。私はそういったマイナスしか生まない宿命をもって生まれてきたんだ。他の家族は全く普通なのに、私だけがこうだなんて、本当におかしいよね? でも、こんな私でも、誰かを救えるかもしれない。この命を懸ければ、葉花ちゃんの頑な心を少しは開けるかも。そう思った時、私はちょっとだけ嬉しかったんだ。こんな私でも葉花ちゃんの様に誰かの為になれるのかもって思えたら、涙が出た。だから、この光景を葉花ちゃんは生涯心に刻んでほしい。これは私が命を懸けた願いだから。そう、二瞳葉花。貴女は自分が救えそうな命だけ、救いなさい。それ以外の命は徹底して無視するの。例え他の誰がそれを非難しようとも、私だけはそれを認め――許し続けるから」
それで、終わった。
彼女は、サイゴまで微笑みながら、崖から身を投げる。
彼女は、その命を投げ出してまで、私を諭そうとする。
彼女は、自分の命を捨ててまで――今の二瞳葉花は歪であると語ったのだ。
「……ああ、あああ、あああああああぁぁぁ……」
なら、どうして、その決意を無駄に出来るというのだろう?
彼女が命を以て生かそうとしたこの命を、どうしてふいに出来る?
私がこのまま誰かを助け続ければ、明日にでも私は自殺すると彼女は言った。
きっと、それは事実だ。私の精神は、そんな所まで、追い詰められていたから。彼女はその事を、正確に見抜いていたのだ。
だから彼女は私をこんな所に呼び出し、あんな真似をした。
自分に出来る、サイゴの説得を試みた。
それが、私の為に自分ができる、サイゴの事だから。
私の様な人殺しの為に、彼女は、命を懸けてくれたのだ。
なら――その死に直結した覚悟を、無視できる筈も無い。
故に、この日から、二瞳葉花は変わってしまった。
自分にも助けられない命がある事を認め、助けられる命だけを助ける事になる。
原則、一時間以内に死ぬ人以外は全て切り捨て、私はこうして今を生きている。
正直、それが正しい事なのかはわからない。彼等を見捨てる度に、自分の中のナニカがすり減っていくのも事実だ。
でも彼女の言う通り、全ての命を救う事は、神様だって不可能なのだと思う。私が誰かを救えば、救った人は人生を謳歌して、本来生まれなかった筈の子を授かる。その時点で本来生まれる筈だった子は消滅して、私はその子を殺したという罪を背負う。なら、もう私は彼女の決意に沿うしかなかった。
私が救える範囲で救った命が、何時か誰かの為になると信じてこの道を行くしかない。私の眼前に広がる道は血塗られていて、生涯その赤を拭い去る事は出来ないだろう。
でも、それも、覚悟の上だ。
私が見捨てた命に贖う為にも、私が救える命だけは救い続ける。それがマイナスを生む行為でも、更なるマイナスを重ねて、何時かプラスに変える。
それが、そう信じて生きる事だけが――二瞳葉花にとって彼女の為にできるサイゴの事だった。
「……そう。そうだった筈でしょう――飛江田崇子?」
早朝、目を覚ました私は見慣れた天井を眺めながら、彼女に問い掛ける。答えはもちろん返ってこなかったが、その代りに私は頬を伝う滴を拭っていた。
私の今日はやり切れない想いと共に始まり――続けてあの彼女の微笑みを思い出したのだ。
◇
「って、相変わらずのしかめっ面ね、葉花は。今朝も寝覚めが悪かったわけ?」
今日も巫女装束な母は、何時かの朝と同じ様な事を言い出す。私は台所の椅子に座り、用意された食パンをかじりながら、思わず嘆息した。
「いえ、今朝のは、何時ものやつとは別件。少し昔の事を、夢で見ちゃって」
「昔の事? ああ」
何かを察したらしい母は、だからそれ以上追及してこない。アレは私のトラウマ以外の何物でもないから、蒸し返したくはないのだろう。
少なくとも私はそう解釈し、別の話題をふった。
「で、父さんは今日も早出なんだ? 最近いつもこうだけど、もしかしてあの会社、かなり苦しんじゃない?」
「朝から厭な事を言うわね、この子は。別に良いのよ、子供はそんな事を気にしなくても。もし本当にそうなら、危なくなり次第、ちゃんと葉花にも説明するから」
「………」
冗談で言ったつもりだったが、どうやら本当に父の会社は経営が苦しいらしい。
いや、父は飽くまで平社員だから、経営云々には口出しできないんだけど。
「それより、今日は随分早いのね? 何か用事でもあるの? ……というか、まさかまた数日前みたいな騒ぎを起こすつもりじゃないでしょうね?」
母の言う騒ぎというのは、もちろん伴田白根の一件である。私が殺人未遂事件に巻き込まれた事は、当然の様に警察の方から両親に伝えられた。お蔭で私は数年ぶりに大目玉を食らい、母に泣かれてしまったのだ。アンタは本物のバカかと、高階君と同じ様な事を言われて。
その為、私は現在減俸中の身である。お小遣いを五十パーセントもカットされ、あまつさえ謹慎処分を言い渡されそうになった。きっと例の刑事さんが私の弁護をしてくれなかったら、そうなっていただろう。いや、その刑事さんも決していい顔はしていなかったのだが。
この様に私は基本、誰にも理解されていない。崇子さんにも、母や父にも、高階君にも叱られる一方である。それもまた、覚悟の上なのだが。
「いえ、今の所そう言う予定はないから安心して。今日はちょっと、会いに行きたい人が居るだけだから」
気休めかもしれないが、私は母を安心させる様に微笑む。それを胡散臭そうに眺めながら、今度は母が嘆息した。
「葉花って勉強は出来る癖に、本当バカよね。そういう所、一体誰に似たのかしら? できればそいつの事、絞め殺したいくらいよ」
「………」
それは、私に対しても殺意を抱いているという事だろうか?
私ははじめて母に恐怖を覚えながら朝食を済ませ――逃げる様に家を出た。
◇
それから私は、学校では無くその場所に向かった。いや、其処も学校には違いないのだが、気道学園ではない別の高校である。
私服校である其処は、だから私の様な制服姿の女子は若干目立つ。そう自覚しながらも私は彼女が登校してくるのを待った。
果たして彼女は事前に約束した時間に現れ、私を視界に収めた途端、目を細める。
「……んん?」
いや。何を思ったか、彼女は右肩に担いだ竹刀袋から日本刀を取り出し、ソレを私に向け打ち放つ。そう言った予感があったのか、気が付けば私も竹刀袋から日本刀を取り出していた。
前述通り、先手を取ったのは、彼女の方。
初撃目で私を一歩後退させ、そのまま刀を握る私の右腕にむけ刀を振り上げる。
それを、体を回転させて回避した私は、そのまま遠心力に乗って刀を薙ぎ払う。
笑える事に彼女は横に円をかく様に跳躍し、この一撃を回避。あまつさえ、その上下が反転した体勢で刀を振う。彼女が振り下ろした刀は、私にとっては振り上げられた凶器と化す。
私はそれを突き出した柄の端で受け止め、支点をズラして、彼女のバランスも崩す。
が、彼女はその流れに逆らわず体幹を維持したまま、地面に着地。両膝を跳ね上げ、バネ代わりにして私に痛烈な突きを入れてくる。
しかも彼女の刀は、私の鼻と、首と、心臓を的確に狙ってきた。いや、彼女はそうするつもりだったのだろうが、私は初撃が迫る前に彼女の刀の先に足をかける。
それを足場にして刃が私の革靴を貫く前に跳躍し――逆に彼女の首目がけて刀を薙ぎ払う。
それは避ける事を許さぬ――必殺の一撃。敵の虚をつく、会心の業だ。この脅威を前にして、あろう事か彼女は笑った。
馬鹿げた事に、彼女は首を下げただけでこの一撃を回避。その体勢で、刀を後ろに向けて跳ね上げる。
後ろも見ずに放たれたソレは、彼女の背後に回り込んだ私の背中を見事に両断するだろう。
ならば私はやはり体を横に回転させ、刀の先端を以てその一撃を撥ね退けるほかない。
いや、そのまま私は体を横に回転させ続け、地面に着地した後も、体を回転させる。近づくもの全てを薙ぎ払う颶風と化した私に対し、彼女も同じ業で対抗。私と彼女は互いに回転しながら刀と刀を衝突させる。
鬼童流――円武。
両者共にその一撃を放った時、私と彼女の視線が交差する。
私のその目を見て、彼女はニパっと笑った。
「うん。この太刀筋はやっぱり――葉花ちゃんだね。間違いない」
「……って、どういう確認のしかたよ? そんなの顔を見れば、わかるでしょうが」
けれど、彼女はここでも惚けた事をぬかす。
「いえ、いえ。もしかしたら――偽者かと思って」
そう頷きながら彼女――鳥海愛奈は漸く手にした日本刀を鞘に収めたのだ。
◇
では――軽く鳥海愛奈について説明しよう。
前にも言ったが、愛奈は私の幼馴染の一人だ。私の家の近所に住んでいた彼女は、やがて私と同じ幼稚園に通う事になる。小学生になった頃、私達は部活とは別に、自治会が運営する習い事に参加した。
いや、これはほぼ強制参加で、男子は空手、女子は剣道を習う事になる。私も愛奈も当然その剣道を習い、共に切磋琢磨してきた仲なのだ。
で、愛奈本人の性格はと言うと、かなり浮世離れしている。つかみ所がないというか、飄々としているというか。
背丈は私位。色素の薄い茶色い髪を短くカットしたその姿はどこぞの聖女じみている。今日も着ている白いワンピースが彼女の雰囲気に似合っていて、神聖な感じさえした。
この見かけを見て多くの男子が彼女に恋をした物だが、直ぐに騙されていた事に気付く。人間の歴史に長々とダメ出しをし、下ネタも平気で口にする彼女は一言で言うと変人だ。大抵の男子はこの見かけとのギャップについていけず、早々に彼女から手をひく事になる。まあ、笑顔で人間がいかに薄汚い生き物か解説するのだから、それも当然だろう。
高階君も被害者の一人で、男子の性欲がどれだけ穢れた物か説明された過去があるらしい。不運だったのは、高階君が愛奈に反論した事だろう。噂によると、二人の議論は夜を徹して行われ、二十四時間以上続いたと言う。あまつさえ最後は河原で殴り合い、高階君が見事に敗北したと聞く。お蔭で高階君は今も愛奈を敵視していて、口をきこうともしない。尤も、高校に入ってからは愛奈も落ち着き、そう言った側面はあまり見せなくなったらしい。
それでも善か悪かで言えば、たぶん鳥海愛奈は正義の人だ。いや、もしかすれば彼女以上に正義の味方をやっている人も居ないのかも。
だからこそ、彼女は些細な悪を許容できない。矛盾する様だが例え悪を為しても悪を消そうとするのが、彼女の正義だ。
だから、偶に思う。もしかすれば、鳥海愛奈が私の能力を持っていれば、もっと上手く生かしたのではと。必要以上に他人を傷つける事なく、自分も傷つく事なく、上手に運用した。私にそう幻想させるほど――鳥海愛奈の精神力は強靭だった。
現に彼女は、微笑みながら以下の様に述べる。
「んん? 私が仮に、人の寿命を見る事が出来たらどうするか? それは勿論、正しい事の為に使うよ。寿命が短い悪人はさっさと今の内に殺して、死に至る道程を短くするね。仮に二人以上の人が同時期に死ぬとわかれば、その二人の反応を見てどちらを生かすか決める。私に対して無礼な口をきいた方はとうぜん見捨てて完全に切り捨てる。もし二人とも善人だったら、その時は公平性を重んじて、二人とも見捨てる。だってどちらか一人を助けるなんて不公平でしょう? それなら二人とも見捨てた方が、私としても気分が良くてお得じゃない? え? 普通は善人を見殺しにするのは気が滅入る物だ? 確かにそうかもしれないね。彼等のご家族が、私が彼等を見捨てたと知ったら激怒するでしょう。でも、それでも、私は断固として公平性を選ぶよ。どちらかを見捨てなければならないなら、どちらも助けない。その代り、私も誰かに助けられる様な人生は歩まないつもりだよ。どちらも助けないのに私ばかり助けられるのも、また公平性を逸脱するからね。というか、他人の死が見られるってもう神様の目線でしょう? なら自分の考えや行動こそが絶対的に正しいって思わないと、生きていけなくない?」
「………」
前から思っていたのが、やはりこの子は化物だ。口だけでなく、彼女は必ず有言実行する筈だから。そんな自分に疑問を抱かない時点で、彼女もまた人から外れた存在なのだろう。
正直、羨ましい部分も多分にある。だが、それは私が目指す境地とは別の物だ。つまりはそういう事で、鳥海愛奈もまた私とは別世界の存在と言えた。
では、そんな彼女に会って何をするつもりなのか? 私は、漸く本題に入る。
「ええ。愛奈――崇子さんについて何か噂とか聞いていない?」
「崇子ちゃんの噂?」
愛奈が、真顔で首を傾げる。その間に私は――飛江田崇子についても思いを巡らせた。
飛江田崇子は、鳥海愛奈の従姉である。私達より一つ年上の彼女は、私が知る限り人格者だった。何せ、この私を更生させるため奔走し続けたのだから。その挙げ句、彼女は自らの命を断つ覚悟で私を諭した。
後輩だけでなく多くの同級生からも慕われていた彼女は、一言で言うと高嶺の花だ。高階君も彼女に惚れていた一人だが、多くの男子が彼女に恋をしていたに違いない。
愛奈と違う点があるとすれば、彼女は見かけだけでは無かった事だろう。心身ともに淑女だった彼女は、誰からも頼りにされる存在だった。
だが、そんな彼女にも裏の顔があったのだ。彼女は私に自分は人殺しである事を仄めかし、その事を悔いている様子だった。私と同じで自分のあり方に疑問を抱き、苦悩していた節があった。
もしかすれば、彼女がああまでして私を救ったのは、私に自分の姿を重ねたからなのかも。彼女は自分と同じように空回りする私の様を、痛ましく思っていたのかもしれない。
本当の所は、私にもわからない。ただ、今になって飛江田崇子を気にした理由だけはハッキリしていた。
それは――伴田白根が起こそうとしていた事件。
アレは、私の能力の盲点をついた事件だった。まさか同じ現場で二人の人間が死んでいるなんて、私は思いもしなかったのだから。
仮にアレが意図的に行われかけた物だとすれば、その人物は私の力を知っている事になる。伴田君をそそのかした人物が居る以上、私が崇子さんの関与を疑うのは自然な流れと言えた。
対して、鳥海愛奈はこう口にする。
「というか、崇子ちゃんって六年も前に死んだんじゃなかったっけ? それとも、葉花ちゃんは崇子ちゃんが生きているという確信でもあるの?」
「………」
愛奈の指摘に、私は直ぐに反応できない。それは私にとっても、曖昧な事だから。
確かに、飛江田崇子はあの時、私の目の目で崖から飛び降りた。
だが、彼女の数値があのとき青だったのも間違いないのだ。つまり、彼女は崖から飛び降りても死んではいなかったのかもしれない。
その一方で崖から飛び降り、私の視界から消えた時点で数値が赤に変わった可能性もある。死ぬ寸前で、青から赤に数値が変わったケースも十分考えられる。
どちらにせよ、結局、飛江田崇子は行方不明だ。崖の下の海からも死体はあがらず、生存も確認されていない。行方不明者は七年で死亡者あつかいされるので、法的には後一年経つと彼女は死亡した事になる。
でも、それも机上の空論に過ぎない。実際には、飛江田崇子はまだ生きている可能性だってあるだろう。その手がかりを求めて、私は崇子さんの従妹である愛奈を訪ねたのだ。
「うん。どちらにしろ、私は崇子ちゃんが戻ってきたって噂はきかないねー。というか、私に会いに来る位なら葉花ちゃんに会いに行くでしょう? 崇子ちゃんと私って若干キャラが被っていたから。ああいうのを同族嫌悪っていうのかな? その所為で崇子ちゃん、私の事、敬遠ぎみだったし。ま、私は余り気にしていなかったけど。でも懐かしいねー。剣道クラブに所属していた頃の話。あの頃は、崇子ちゃんと葉花ちゃんが鬼童流の双璧だって呼ばれていた」
「貴女も似た様な物でしょうが。寧ろ師範的には、愛奈の剣筋こそ真に鬼童流の本流だと思っていた筈よ。あの型があって型が無い動きは、正に子鬼が無邪気に剣を振るう様な感じだったし」
私が呆れる様に告げると、愛奈はフムと頷く。
「だったけ? 言われてみれば、精密な動きを旨とする葉花ちゃんの剣術は邪道扱いされていたような気が。考えてみれば酷い話だよね? 本来剣術は高度な読み合いを基本とする業なんだし。それなのに型どおり動き過ぎるから邪道とか、一体どんな理屈なんだろう? けど、けっきょく師範は葉花ちゃんにも目をかけたじゃない。一般の子供には教えない業を叩き込んで、自分の後継者みたいな扱いをした」
「それもやっぱり、愛奈もでしょう? 師範は崇子さんの代りとばかりに、私達二人に奥義まで伝授した。だって言うのに、小学校を卒業したら道場に通わなくなったんだから愛奈は薄情よね。それであの動きなんだから、正直笑えるわ」
いや、話が脱線してきた。
私は鳥海愛奈を絶賛する為に、余所の高校までやって来た訳では無いのだ。
「要するに、愛奈も崇子さんについては何も知らないのね?」
「うん、そうだね。何処かの誰かさんみたいに、私は誰かの死を見る事は出来ないからそれは知らない。私は自分より葉花ちゃんの方が正しいと思っていたから、君を放置した。でも、崇子ちゃんは違っていたんだね。羨望に近かった私と違い、共感の方が大きかった崇子ちゃんは君を放置できなかった。崇子ちゃんが命を懸けてまで葉花ちゃんを更生させようとしたのは、だからだと思う。結果、葉花ちゃんは崇子ちゃんの軍門に降った訳だけど、私はそれで良いと感じている。確かにあの頃の葉花ちゃんは輝いていたけど、それは流星の輝きに等しい物だったから。アレでは何れ葉花ちゃん自身が燃え尽きて、消えていた。その代りを買って出たのが殺人鬼だった崇子ちゃんなんだから、帳尻は合っていると思うよ。誰かを助ける事ができる君が生き残ったのだから――ソレはきっと正しい事なんだ」
この愛奈の述懐に、私は思わず息を呑む。
「……貴女、何をどこまで知っているの? もしかして、伴田白根をそそのかしたのは――貴女?」
私は、殺気にも似た気配を愛奈に向ける。だが、鳥海愛奈は嬉々とした。
「いえ。今のところ鳥海愛奈は二瞳葉花の物語に関わっていない。今の私は飽くまで脇役で、それ以上の存在感は示せないんだ。考え違いをしてはいけないよ、葉花ちゃん。いま君の前に立ちふさがる人物が居るとすれば――それはきっと私じゃない」
「………」
「そして――私の勘では崇子ちゃんは生きている。葉花ちゃんも――きっとそう確信しているのでしょう?」
それで、話は終わった。私は首肯する事さえ出来ず、愛奈に別れを告げる。
そのまま気道学園に向かい――今も胸の中に渦巻く不安と対峙し続けたのだ。
◇
学校についた頃、時刻は午前八時十五分を回っていた。
私が授業の準備をしていると、橘香苗が声をかけてくる。
「……って、葉花、アンタ頬にちょっと傷がある。また何か、厄介ごとに首を突っ込んでいるんじゃないでしょうね?」
つい数日前、その厄介ごとを起こした張本人が、私の心配をしてきた。
私は失笑を堪えながら、首を横に振る。
「いえ。これは今朝、幼馴染とじゃれあった時ついた物よ。実に他愛の無い話だから、気にしないで」
が、幼馴染という単語に、既に登校していた高階君が反応する。
「……って、幼馴染ってまさか鳥海じゃないだろうな? あのバカ……まだ生きていたのか」
「……だったわね。高階君は、心底愛奈を憎んでいるんだった。でも安心して。彼女と私は、断じて君の話題で盛り上がったりはしていないから」
「当たり前だ。大体あの危険人物に一人で会いに行くなんて何を考えているんだ、二瞳は?」
「……何? その鳥海愛奈って子は、そんなにヤバいの?」
何故か香苗が、愛奈について追及してくる。高階君は、真顔で頷いた。
「ああ。俺が知る限り、アレほど人間性が希薄なやつは他に居ない。状況次第では笑って二瞳の事も殺すんじゃないかな、あのバカは?」
「………」
酷い言われ様だった。しかもある意味正しいので、尚のこと辛辣だ。だって今朝の愛奈は、明らかに私を殺す気で刀を振るっていたし。
「はぁー、そうなんだー。というか、バカはアンタの方よ、葉花」
香苗が私の頭頂部に、チョップを入れてくる。
それからここでも、私に対するお説教が始まった。
「確かにアンタは、大抵の事は一人で出来るのかもしれない。寧ろアンタにとって常人はただの足手まといになるのかも。それでも、私は誰かに頼るアンタが正しいと思う。誰かに頼る葉花を皆が知れば、周囲の人達はそれだけで安心できるから。アンタはアンタの為だけじゃなく周囲の人達の為にも、誰かに頼らなくちゃいけないの。それを怠り続けたら、それこそ葉花は周囲の人達から見放されるよ!」
「………」
本当に、何で私の周りの人は耳が痛い正論ばかり口にするのか?
お蔭で私は、ぐうの音も出ない。
「と言うか高階、あんたがちゃんとこの子の手綱を握ってないと駄目でしょうが。それとも、私にこの子の面倒を見させる気? あんたは――そんな腑抜けた男なわけ?」
「つっ? ……言ってくれるな、橘は。わかっているよ。二瞳の面倒は、責任をもって俺が見る。だから橘は安心していい」
「ホントかなー? なんか今一頼りないのよね、高階って。だから私も、あんたに対しては食指が動かないと言うかなんと言うか」
これも、手厳しい感想だ。香苗は、高階君を男として見ていないと言っているのだから。
けれど高階君は気にした様子も見せず、一人納得した。
「ああ、それで二瞳は今日、早めに家を出たのか。何時もの時間になっても家を出ないから、おかしいと思ったんだ」
「……そういう高階君は、今朝も私の家の前に張り付いていたんだ? 一体どんなレベルのストーカー根性よ?」
私が呆れると、香苗も同意する。
「そうね。高階ってこう人一倍一途と言うか、下手をすればストーカーになりかねない感じがするわ。葉花もマジで気をつけなよ。アンタ、少し世間を甘く見ている部分があるから」
「………」
いや、アンタが言うなと言いたのだが、私は別の提案を口にする。
「わかった、よくわかったわ。困った時はちゃんと香苗にも相談するからそれで手を打って。お説教はその辺にしてもらえると助かる」
と、香苗は真剣な顔で強調した。
「マジでそうしなよ? アンタの頭の中の情報が、世界の全てって訳じゃないんだから。アンタにとっては思いもかけない発想って言うのもこの世にはちゃんとあるんだからね」
自分なら、その欠落を補える。
香苗は暗にそう断言して――自分の机に戻って行った。
◇
私には――無い発想。
授業が始まってからコッチ、香苗の指摘が私の脳裏に今も反響する。言われてみれば、私は肝心な事を見逃しているのかもしれない。生きているかわからない崇子さんより、もっと重要な容疑者が私の傍には居るのだから。
高階――二雷。
彼もまた、私の能力を知っている人物の一人だ。寧ろ彼が身分を隠し、伴田君をそそのかしたと仮定した方が、遥かに現実味がある。
彼に対する恋心が視野を曇らせ、私はその可能性を追求してこなかった。今も心のどこかでは、そんな筈が無いと思っている自分が居る。
けど、それもまた根拠が無い言い訳だ。高階君が私の能力を知っている以上、彼もまた容疑者の一人だと思わなければならない。もし件の人物が私を狙っているなら、私にはこれ以上被害を広げない責任があるから。
それとも、全ては私の勘違い? 伴田君が言っていた〝面白い事〟とは、別の事を指していた? 私は自意識過剰になって、ソレを自分の事だと思い込んだのだろうか?
もしそうなら、とんだ考え違いだ。こうまで神経質になっている自分が、バカらしくなる。いや、それ以上に安心できるという物だが、この楽観論は放課後霧散する事になる。
そのとき私には――第二の事件がまちかまえていたのだから。
◇
「………」
「あら、葉花ちゃん、どうかした?」
自分の顔を見つめる私の様子を怪訝に思ったのか――山根椿さんが首を傾げる。
竹箒を使い、神社の庭を掃除していた巫女服姿の彼女は、今日も花の様な笑顔を浮かべた。
私は、それどころでは無いというのに。
「それと、そっちの子は高階君だっけ? あれ、あれ? もしかしてー、二人はつきあっているとか?」
おまけにこんな思い違いをしてくるのだから、始末が悪い。いや、高階君に気がある様な素振りを見せたのは、椿さんの方でしょうが。
「……って、二瞳、まさか?」
いい加減、私の様子がおかしい事に気付いた高階君が小声で話かけてくる。
私は小さく頷いた後、椿さんを改めて見た。
「って、〝それは違う〟って二人で否定していたんだっけ? でも私は勿体ないと思うなー。だって――高階君って凄く格好いいじゃない?」
「……あの、椿さん、その話はまた何れ。それより、最近変わった事は無いですか? 例のストーカーの件は、なにか動きがありました?」
前述通り、十数日前にストーカー被害にあった椿さんに訊いてみる。
彼女は、ここでも首を傾げた。
「いいえ。数日前に加害者の男性が謝罪に来てから、これと言って何も無いわ。というかアレは私が心配しすぎだったのかも。話してみればあの男性も決して悪い人じゃなかったし、だいたい私にそこまで執着するような男の人なんて居る訳ないのよねー。これも自意識過剰ってやつなのかな?」
「………」
いえ、椿さん、その警戒心はたぶん正しい物です。椿さんの数値が薄い赤の三になっている事を確認した私は――そう思わざるを得ない。
こんな事もあろうかと、私は今日も神社によって、椿さんの様子を確認したのだ。
「そうですか。じゃあ大学の方はどうです? 誰かに告白されたとか、そういう事はありません?」
と、黒いストレートの長髪を後ろで結ぶ和製美人は、手をヒラヒラさせる。
「まさか、まさか。私なんて所詮、地方の高校のミスコンで優勝した事がある田舎者にすぎないよー。都会の華やかな女性に比べたら、正に月とスッポンって感じ?」
はたから見れば自慢している様にも聞こえるが、彼女は本気で謙遜している。それは椿さんと三カ月ほどつきあった私が、一番よく知っていた。
といっても、勿論〝お付き合い〟という意味では無い。私が椿さんに、巫女のなんたるかを指南したという意味だ。
五歳の頃から神社の手伝いをさせられている私は、言わば巫女の先輩という立場だから。要するに仕事について教えた訳だが、そこで私は椿さんの人柄を知った。
それは何れ後述するとして、私は捜査を続ける。
「と、椿さん、飴いります? これ、喉に凄くいいらしんですよ」
「んん? そうなんだ? じゃあ、ちょっと試してみようかなー」
私は椿さんに飴を渡しながら、彼女に触れ、彼女の最期を映像で見る。
結果、独り暮らしである椿さんは私服のまま自分の部屋に横たわり、眠る様に死んでいた。
見た所、外傷はなし。人の気配も、なし。
蛍光灯がつけられた彼女の部屋の扉や窓は、しっかり施錠されている。
つまりこれも――密室状態と言えた。
一つ気になる事があるとすれば、彼女の部屋に一瞬違和感を覚えた事か。それが具体的に何なのかは、まだわからない。
問題は、死体現場がまた密室という事。という事は、伴田君のケースと同じで、無理心中の可能性も出てくる。それと同時に、椿さんが自殺するというケースもあり得るのだ。
何せ、椿さんの遺体には外傷が無い。他殺の痕跡が無い以上、服毒による自殺も視野に入れなくてはならない。
そう言った意味では、私は先程とは逆の事を彼女に訊かなくてはならないだろう。
「じゃあ、椿さん、最近ショックな事とかありましたか? それはもう、死にたくなる位ショックな事が」
「んん? んん? 何かあったかなー? ……死にたくなる位。死にたくなる位かー」
「………」
これは……どう考えても無いな。椿さんが惚けているだけ、という可能性もあるが。
「わかりました。変な質問ばかりしてすみません。ウチの母から、椿さんの近況を訊いてくるよう言われた物ですから」
「あー、尊さんにもご面倒をおかけしたからね。今度の日曜日にでも、ちゃんとご挨拶に伺いますって伝えておいてもらえるかな?」
「ええ、もちろん。では、お仕事頑張ってください。失礼します」
私がお辞儀すると、高階君も頭を下げてから踵を返す。
私達は仲井戸神社を後にし――歩道に出たのだ。
◇
「で――今度は何を見た、二瞳?」
椿さんの姿が見えなくなった途端、高階君が問うてくる。私は一瞬、事実を口にするべきか躊躇った。理由は当然、高階君を信用して良いか迷ったから。
こうも私の周りで事件が起こる以上、今朝の楽観論は破棄するべきだろう。これは明らかに他人を経由した、私がらみの事件だ。
そう考えると容疑者の一人である高階君と行動を共にするのは、危険以外の何物でもない。
だがもし高階君が犯人の一味なら、私が疑っている事にも気付いている筈。何らかの考えがあって、それでも彼は私と共に事件を追おうしている? その間は、飽くまで惚け続ける気? なら、ソレを逆手にとって、証拠をおさえるのも手か?
そう決断した私は――だからここでも彼の協力を求める事にした。
「ええ。山根椿は――この三日後の午後七時に死亡するわ。ただし死因は不明。外傷はなく、まるで眠る様に彼女は事切れていた。人の気配はなく、部屋は完全な密室。つまり椿さんが自殺するというケースもあり得るわけ」
「……そう、なのか? とても自殺する様な感じには見えなかったが?」
高階君の心証は、一般的なソレと比べても遜色ないだろう。あの椿さんの様子のどこに、自殺を連想させる物があったと言うのか?
それにこれが〝橘事件〟に連なるものだとしたら、他殺の可能性が出てくる。他にも第三者が椿さんをそそのかし、自殺させるという場合もあり得るだろう。
だが、それだって立派な殺人行為だ。自殺教唆の罪で、裁かれるべき事案である。
といっても、これらはまだ私の想像でしかない。
そして私は――この一連の状況を打破しなければならない。
〝一時間以内〟の原則からはまた外れるが――私は山根椿をなんとしても救わなければ。
「その為にも、椿さんの周辺を洗う必要があるわね。まず怪しいのは、椿さんをストーキングしていた男性だわ。これから知り合いの刑事さんの所に行って、その人の素性を訊く事にしましょう」
「……はい? そんな事、部外者に教えてくれる物なのか? 普通そういった情報は、どう考えても部外秘だろ?」
高階君の指摘は尤もだったが、私はニヤリと笑う。
「いえ、問題ないわ。こんな事もあろうかと、椿さんにその事件についての委任状をもらっておいたから。椿さんがそのストーカーの男性について知っているなら、私も同じように知る権利がある。これは、そういう事よ」
私は制服のポケットから、件の委任状を取り出す。ソコには以下の様に書かれていた。
〝私、山根椿はこのストーカー事件の情報を二瞳家の人々と共有する事にします〟と。
署名の部分にハンコまで押されたソレは、それなりに効力がある筈。
私はそう確信しながら、警察署に向け歩を進めた。
「いや、待て。だったら、山根さんに直接そのストーカーについて訊けばいいんじゃ? その方が手っ取り早いだろ?」
「かもしれないわ。でも、今は椿さんに余計な刺激は与えたくないの。私の質問一つで、彼女の死期が早まるかもしれないから。例えば、私が椿さんの自殺計画を察したと彼女が思って――その計画を早めるとか」
私が例を挙げると、高階君は眉根に皺を寄せる。
「成る程。それは二瞳の言う通りかもしれないが、二瞳ってさっき堂々と自殺について訊いてなかった?」
「……そうね。それは私も、迂闊だったと反省している。今になってみれば、恥じ入るばかりだわ」
私が本音を漏らすと、高階君は苦笑いした。
「そっか。二瞳でも、そういうミスをする事もあるか。鳥海に比べれば、それは本当に人間らしい話だ」
「褒めているんだか貶しているんだか、わからない事を言うわね、君は? ま、いいわ。とにかく高階君は、本件も協力してくれるという事で構わないのね?」
彼の答えは――決まっていた。
「ああ、思う存分こき使ってくれ。俺が捜査の役に立つ事を――心から願っているよ」
「………」
何時もの様に、真顔で高階君は謳う。
私には――そんな彼が芝居をしている様にはとても思えなかった。
◇
では――ここで山根椿に関して語ってみよう。
彼女は岡山の出身で、大学受験を機に上京した。大学の合格が決まるのと同時に、彼女は私の家の近所に居を構える事になった訳だ。
両親が遺したお金で学費を工面している彼女は、バイトもして生活費を稼いでいる。なぜよりにもよって巫女を選んだかと言えば、彼女曰く〝神職に憧れていたから〟だそうだ。
加えて彼女は〝私、未経験だから巫女さんに相応しいと思うんだよね。あ、もちろん宮司さんには内緒だよ?〟と私に語った。いや、経験どころか椿さんは男性とつきあった事もないらしい。
そんな彼女だが――私の目から見ると些か化物じみている。
気立てが良く、おっとりしていて、人当たりも良い。胸が巨大で、その癖か細く、顔の造形も隙が無いときている。要するに橘香苗とは真逆の性格で、香苗とは違った意味で漫画のキャラじみた存在と言えた。
現に私は彼女に会うまで、こんな人類が実在しているとは、思ってもいなかったのだから。
ある意味女性としてはパーフェクトと言える彼女は、けれど彼氏が居ないという。それは上京してからも変わらず、今も独り身を通している。前に何か理由でもあるのかと訊いてみたが、彼女は曖昧な笑顔を浮かべただけだった。
そんな謎めいた椿さんだがその飲み込みのはやさも半端ない。教えた仕事は直ぐに熟すし、実際、私は彼女から二度同じ事を訊かれた事が無かった。
あれなら周囲の男性達は放っておかないだろうと私は感じているのだが、実情は不明だ。それをにおわせる言動も、椿さんはとっていない。
因みに巫女の仕事は、大別するとこの様になる。
社頭応対に、お守り、お札の授与。祭典奉仕に、お悩み相談。神社を含む施設の掃除に、神職の補助。時給は秘密だが、コンビニのバイトよりは低賃金である。
それでも巫女の仕事にやりがいを感じている椿さんは、文句の一つも言わず働いている。寧ろ私よりよほど生き生きとしている位だ。この様に山根椿とは本当に出来すぎな女性だった。
私が椿さんについて語ると、高階君はこう結論する。
「つまり――容疑者は山の様に居るという事だな? 大学には――彼女を殺したいほど好きな人がたくさん居るかもしれない訳だし」
「……いきなり怖い事を言い出すわね、君は。でも、そうね。椿さんなら、その線もありうるかも」
現に、椿さんはストーカーにつきまとわれていた。そう言った過去がある以上、高階君の意見はとても無視できた物では無い。事と次第によっては、私も思い切った行動にでなくてはならないかも。
「けど、まずは専門家に意見を聴くのが先ね」
改めてそう決意しながら――私は件の警察署に歩を進めた。
◇
私と高階君がその署についた時、既に時刻は午後四時半を回っていた。
件の署にはストーカー対策の専門部署があり、二十四時間窓口が開いている。私は窓口で手続きを取った後、番号札を手渡される。十分後にはその番号は呼ばれ、私達はかの刑事さんと面会したのだ。
「……って、驚いた。今日も彼氏連れか、二瞳君は」
無精ひげを生やした、五十代前半のスーツを着た男性が先制攻撃をしかけてくる。
私はコンマの間もおかず、反撃する事にした。
「いえ、上坂宗次警部、前も言いましたが、高階君は私の彼氏ではありません。あなたこそ、奥さんとはヨリを戻せたんですか?」
「アハハハ。相変わらず一々言う事に棘があるな、君は。んで、今日は何の用? 俺の認識だと伴田白根と山根椿さんの件は、既に解決ずみなんだけど?」
私と高階君に席を勧めながら、上坂警部もソファーに腰かける。因みになぜ私達がこうまで待遇が良いかというと、答えは一つ。仲井戸神社の宮司さんと上坂警部が、幼馴染だからである。そのコネもあり、警部自らこの事案の聴取を行ってくれたのだ。
いや、これもまた公僕にあるまじき、公私混同なのだろう。そうは思いつつも、私はこの立場を最大限利用する。
「ですね。椿さんの件は、私も母からそう聞いています。ですが、万が一と言う事もあるので加害者男性について幾つか質問させていただけますか? これは私にもそう言った情報を知る権利があると言う、椿さんの委任状です」
私が例の物を提示すると、上坂警部は露骨に顔をしかめた。
「まさか、こんなものまで持参してくるとはな。いや、初めて会った時にも思った物だ。君は将来、絶対ヤバい感じのクレーマーになるって。十代の頃からそんな神経質だと、歳とった時マジで禿げるぞ?」
だったら、私を余り刺激しないでもらいたい。これ以上ヘタな事を言う様なら、出る所に出るぞ? 今もこの会話を携帯で録音している私は、そう思うほかない。
「でも、そうだな。オーケー、わかったよ。話してみた感じだと、確かにあの山根さんって子は危機感が無さすぎる。周囲の人達が注意しないと、事態が不味い方向に行きかねない。君に加害者の事を話しておいても、マイナスにはならないだろう。んで、訊きたい事って何? まずは加害者の素性について?」
「ですね。とりあえずそう言った基本的な事から、教えていただけますか?」
委任状が効力を発揮したのか、思いの外はやく私の要求に応える警部。それとも彼の心証では、椿さんはそんなに無防備に見えるのか? 或いはその両方かと感じていると、警部は淡々と話し始めた。
「では、まず性別から」
「え? もしかして、上坂警部、私達のこと舐めています?」
「いや、冗談だっつうの。君達が考えている通りそいつは男で、年齢は二十歳。山根さんと同じ大学に通っていて、名前は井熊里伊。父親は割と大手の会社を経営していて、ゲーム機から車の製造まで幅広く扱っている」
加えて警部は、井熊里伊とやらの顔写真を取り出し、彼の学部と住所も口にする。
上坂警部がそこまで説明すると、私は眉をひそめた。
「井熊? ああ――あの井熊製作所ですか?」
「そ。なわけで井熊里伊は、資産家のボンボンな訳だ。俺が彼と話した感じでは、どこにでも居る青年って印象だったな」
「成る程。では、もう一つお聞きします。彼がこうもアッサリ椿さんから手をひいたのは、何故でしょう? やはり、上坂警部の説得が功を奏したから?」
私の問いに、警部は口角をつり上げる。
「言い様によっては、そうかもな。つーのもあのボンボン、数日後にイギリスに留学する予定でよ。このままストーカー行為を続けると、その留学ばなし自体なくなりかねないってにおわせたわけ。そっちの立場が悪くなる一方だから、素直に謝罪した方が賢いよって仄めかしたんだ。そうしたら、向こうも意外と簡単に折れてさ。君も知る通り反省の意を示して、山根さんに謝罪したと言う訳さ」
「………」
要するに、全て自分の都合が理由か。それって本当に、反省したと言える? 私の基準では明らかにノーなのだが、そこで私は重要な事を訊ねた。
「で、その井熊さんが留学するのって、何時からでしょう? 後、その井熊さんに別れた彼女とか居ます?」
「んん? そうだな。前者は答えても良いが、後者は返答しかねる。後者は明らかにこの件とは無関係だから」
「わかりました。それで結構なので、ご返答願います」
こちらが妥協すると、警部はフムと頷き、手帳を懐から取り出してページをめくる。
「っと、あった、あった。この三日後の早朝には、日本を発つとあるな。一時帰国はその半年後という話だ。って、何だ? まさか――井熊里伊が山根椿さんを殺す計画を立てているという話でもききつけた?」
「いえ、まさか。それより、事件解決にご尽力くださり改めて感謝いたします。不躾な質問にも誠実にお答えいただき、ありがとうございます。じゃあ、行こうか、高階君」
警部に頭を下げた後、私は立ち上がり、高階君にもアクションを促す。
と、上坂警部は苦笑いしながら暴言を吐いた。
「いや、二瞳君に感謝されると、逆に寒気がするな。何かいやな予感がしてならない。君には伴田白根という実績があるから。それに一々そんな感謝をする事も無い。何せこれが俺達の仕事だから」
話の内容とは逆で、喜々とする彼。
上坂警部にそう見送られながら――私達は警察署を後にした。
◇
それにしても〝いやな予感がする〟か。流石は、刑事さん。良い勘をしている。私がこのまま何もしなければ、三日後には新たな事件が発生するのだから。私達が件の警察署を訪れたのは、ソレを阻止する為だ。
いや、どう決着を見ようとも、また上坂警部の手を煩わせる可能性が濃厚である。あの――伴田白根の件の様に。
「というか、イキナリ出鼻を挫かれたな。山根さんの死亡時刻は――三日後の午後七時なんだろ? だが――井熊とか言う男は三日後の早朝には日本から出国すると言う。なら――どう考えてもアリバイ成立だ。井熊という男に――山根さんは殺せない」
高階君が尤もな事を言うと、私は首を振った。但し、横へと。
「ええ。井熊という男には、犯行は不可能だわ。でも、共犯者がいたとしたら? 殺人の請負を、ネットで募集しているケースもあると聞くし。お金に不自由していないなら、そう言った人を雇って事に及ぶ可能性もありえるのでは?」
「……成る程、委託殺人か。そう考えると、アリバイはあってない様な物だな。けど、山根さんが害された場合、真っ先に疑われるのは井熊だろ? 井熊本人もそうわかっている筈だし、そんなリスクを犯すか? パソコンを警察に押収されたら、その手の人間と連絡をとりあった形跡は簡単に見つかるぜ?」
やはり高階君は、ここでも尤もな指摘をする。私は一考してから、こう答えた。
「確かに警察のパソコンを鑑識する能力は高いし、委託殺人はリスクがあり過ぎるかも。何の媒介も無くその手の人物と知り合うのは難しいでしょうし、ここは高階君の言う通りかしら?」
いや、パソコンが駄目なら、周囲の人間に殺人を請け負う人物がいるか聞いて回る? まさか。それこそあり得ない。そんな真似をすれば、警察が井熊里伊の周囲を聞き込みしただけで全ては終わる。普通に考えれば、彼もそこまでバカではあるまい。
「それより、具体的に言うと井熊は山根さんにどんな真似をしていたんだ? 山根さんはどんな被害を受けた?」
「ああ、それね。ぶっちゃけ、典型的なストーカー行為よ。まず井熊里伊が椿さんに告白してフラれる。その後、井熊里伊が椿さんにつきまとい始めて、懲りずに口説き続ける。やがて、職場である神社にまで押しかける様になってね。その時点で同僚である母が、椿さんから一連の事情を聞いたと言う訳。椿さんはああ言う人だからあまり大騒ぎしなかったけど、母は違ったの。〝それはれっきとしたストーカー行為だ〟って言い始めて、上坂警部に相談したのが事の経緯。後は高階君が知っている通りよ。上坂警部に咎められた井熊里伊は反省の意を示し、椿さんに謝罪した。ま、私はその場に立ちあった訳じゃないから、彼がどんな人間かは全く知らないんだけど」
いや、いま思うとこれも迂闊だった。例え学校を休んででも椿さんの大学に乗り込み、井熊里伊が謝罪する様を見届けるべきだった。ま、これに関しては、母が意図して私にその事を知らせなかったのだが。
理由は、私がまた余計な真似をしそうだから。この様に、こういった件に関しては、母は私をまるで信用していない。逆に疎まれていて、今も私が椿さんの為に調査していると知れば激怒する事だろう。
けど、三日後に椿さんが死亡するなんて証明できる筈も無いので、警察は間違いなく動かない。私と高階君で――この事件もケリをつけるほかないのだ。
「………」
違った。高階君もまた、容疑者の一人だった。私ときたら、少し気を抜いただけでそんな大事な事を忘れるなんて。
「ん? どうかしたか、二瞳? なにか、難しい顔をしている様だが?」
「いえ、別になんでもない。それより今後の事なんだけど――高階君って明日学校休める?」
「は、い?」
私がそう訊ねると――彼は〝まさか〟と言った感じで顔をしかめたのだ。
◇
で、私は翌日を迎えた。制服に着替えてから、朝食をとる為一階に下りる。何時もの様に母と雑談しながらパンをかじっていると、こんな事を言われた。
「と、そういえば今度の日曜、椿ちゃんが来るでしょう? だから夕食は期待していなさい。その日は腕によりをかけて、彼女をおもてなしする予定だから」
「………」
だが、私が見た通りだと、椿さんは日曜日を迎える前に死亡する。仮にそうなれば、今は笑顔な母も、その時は沈んだ顔を見せるだろう。
なら尚の事、私にはそんな状況にならないよう奔走する責任がある。皮肉なのは、私がそうしようとしていると母が知れば良い顔をしない事だ。
私は苦笑いする事さえ出来ず、笑顔で母に答えた。
「ええ、本当に期待しているわ。私も日曜日をむかえられるのを、楽しみにしているから」
「んん? なんか妙な言い回しね? 別に良いけど」
上機嫌な母は、だから私の不穏当な発言をスルーして――そのまま皿洗いを始めた。
◇
そして――登校である。
私は二階に用意していた大き目のバッグをとってきてから、家を出る。
見れば今日も家の前で、高階君が私を待っていた。
「オーケー。どうやら注文の品は持ってきた様ね。じゃあ、早速行きましょうか」
「だな。正直うまくいくか疑問だが、このまま手をこまねいている訳にもいかない」
少し剣呑だが、高階君も私の作戦に同意する。私達は速やかに移動を開始し、件の場所に向かった。といっても、其処は気道学園ではない。
私達は学校をサボり――椿さんが通う大学へと歩を進めたのだ。
理由は勿論、椿さんや井熊里伊を知る学生に、直接彼女達の話を聴く為。その中に不審な人物が居ないか、確認する為だ。
むろん高校の制服では怪しまれるので、バッグに私服をつめてきた。私と高階君は公衆トイレで着替えをすませ、携帯で気道学園に連絡する。今日は体調が悪いので休みますと担任に話して、準備を整える。――と、高階君は何故かここでも、渋い顔をした。
「というより、俺は別に良いけど二瞳は学校サボって大丈夫なのか? バレたら後で大変な事になるんじゃ?」
「そうね。母が知ったら間違いなく激昂するでしょうね。母は私が学校を無断欠席する事が、ある種のトラウマになっているから」
言うまでも無く、幼いころ学校をサボりまくって人助けに奔走していたのが原因である。更生してからは無遅刻無欠席な私なだけに、些細な問題も母は気にするだろう。そういった意味でも、これは私にとってちょっとした冒険だった。
「けどこれも全ては椿さんの為よ。椿さんの命が懸っている以上、大抵の事は許される。例えば、これが原因になって高階君が退学処分になったとしても」
「……俺だけ退学になるのか? 二瞳はなんで平気なんだ?」
「それは私が成績優秀者だから。寧ろ先生方は、私の心配をする位でしょうね。高階君のせいで非行に走ったんじゃないかって」
「……飽くまで俺が悪者なんだ? 二瞳って、偶に途轍もなく性格が悪くなるよな。これがインテリの本性というやつか」
とんでもない偏見を口にしながら、私服に着替えた高階君は私に半眼を向ける。
そんな彼を、私は横目で窺う。
「で、それはともかく、私、大学生に見える?」
制服が入ったバッグを、コインロッカーに入れながら訊いてみる。因みに私は今、Tシャツにダメージジーンズを着ている。その左肩には、やはり竹刀袋を担いでいた。
高階君は一考しながら、こう答えた。
「悪いけど――可愛らしい女子高生にしか見えない。そういえば、鳥海の高校は私服校なんだよな? じゃあ、二瞳がやつの高校に通っていたら、こんな感じだったのか」
「………」
何故かほのぼのとした様子で、彼は語る。それは、精一杯背伸びをして大人ぶっている子供をあやす様な口ぶりだ。
……正直、カチンとくる。更に腹が立つのは、背が高い高階君は普通に大学生に見える事だろう。因みに、彼の私服も私と似た様な感じである。黒のジャンバーを着ていること以外は。
「……はい、はい、そうね。所詮、身長百六十センチの私じゃ、高校のバスケ部員にさえ見えないわ。本当に白クマは三メートルもあるのに、なんで私はこんなに低身長なのかしら?」
「え? 俺としては褒めたつもりなんだけど、何でそんなに不機嫌なんだ? あと白クマは、まるで関係ないと思う」
「………」
そうなんだ? そう言えば、可愛らしいと言っていた様な気がする。
可愛らしい。可愛らしいか。
意中の男子にそう褒められたのに、ちっとも動揺しない私って、女としてどうなんだろう?
「ま、いいわ。とにかく作戦開始といきましょう。私は井熊里伊について聞き込みをするから高階君は男性から椿さんの話を聞き出して。主に椿さんの心証や、友人関係を調べてもらえると助かる」
「は、い? それは良いけど、そんな事を聞きまわったら絶対不審に思われるぞ? ……と、そうか。橘を調べた時と同じ手を使えばいいんだな?」
「ええ。椿さんに惚れた子がいるから、椿さんについて知りたい。でもその事は気を悪くしそうだから、本人には内緒にして。芸が無いけど、今回もその手を使いましょう」
私が堂々と断言すると、高階君は尚も眉をひそめる。
「いや、待て。もしその山根さん本人に出くわしたらどうするんだ? 橘の時は同じ高校の同級生だったから誤魔化しようがあったが、この場合は違うだろ? 本来高校生である俺達がこんな場違いな所に居ると知った時点で、怪しまれるぞ?」
「いえ、それも大丈夫。椿さん、今日は午後から講義を受けるらしいから。昨日電話で確認したから、間違いないわ」
「そうか。なら、問題はないな」
私がそう告げると、高階君も漸く納得する。
彼は緊張をしずめる様に、大きく息を吐き出し、かの大学を見た。
「よし――行こう。二瞳の事だから心配ないと思うけど――余り無茶はするなよ?」
本当に信頼されているだか、されていないだかわからない。
高階君の言い草に苦笑いしながら――私は大学の門を潜ったのだ。
◇
高階君に椿さんの学部を教えてから、私は彼とわかれる。
上坂警部に教えられた井熊里伊の学部に向かい、早速彼の噂話を収集した。
「へ? 井熊君の写真を見て、彼に惚れた子が居る? あんたの妹さんが、井熊君に? へえ、それは何と言うか、さすが金持ちは違うね。それとも、この場合あんたの妹さんを褒めるべきかな? 金持ちかどうか見分ける目があるって」
話を聞いた女性が、喜々としてそんな感想を漏らす。加えて彼女は、こう問うてきた。
「で、その妹さんってどんな感じなの? 高校生? てか、大学生が高校生に手を出して良いんだっけ?」
そう首を傾げる彼女に、私は携帯に保存してある香苗の写真を見せた。
彼女は、感嘆の声を上げる。
「へえ、これはまた美人な妹さんだね。あんたも可愛いけどタイプはちょっと違うかな。余り似てない感じがするけど、でも姉妹なんてそんなものか。と、そうじゃなくて、井熊君について聞きたいのか。そうだね。完全に私の偏見だけど、金持ちにしては、性格は良いと思うよ。空気も割とよめる方だし、自慢話とかもしないし」
「そうなんだ? じゃあ、敢えて訊くけど短所とかはある? 人としてこれは不味いでしょう、みたいな所はあったりする?」
「うーん。そうだなー。彼、普段はおとなしい分、のめり込むとブレーキが効かない時があるかな? 前の彼女も、そうやって拝み倒して口説いたらしいんだけど、そこで問題が発生したの。彼、一度手に入った物は興味を無くす質みたいで、一月位でその彼女と別れたのよ。更に最悪なのは、その彼女と彼、同じ学部なんだ。だから彼女の方が気まずそうで、いたたまれないみたい。……ああ、そういえば、井熊君が小夜香をフッた原因って山根さんらしいね。知らない? 六月の時点で、うちの大学のミスコン優勝者候補の美人さん」
「それは、山根椿さんの事?」
私が引きつりそうな顔を自制しながら訊ねると、彼女は頷く。
「そう。その山根椿さん。学部は違うんだけど井熊君、彼女に一目惚れしちゃってさ。今もしつこくつきまっているのかな? あれじゃその内、マジでストーカー扱いされかねないね」
「………」
いや、既に彼はストーカー認定され、椿さんに謝罪しました。どうやら大学内には、その話までは浸透していないらしい。続けて彼女は、こんな事を漏らす。
「あ、というか、そもそもの話をしていなかった。井熊君、後三日だか四日だかたったらイギリスに留学すんのよ。だから、あんま妹さんにはおすすめできないかなー」
「成る程、そうなんだ。じゃあ最後に一つだけ。井熊君の元カノの名前ってわかる?」
「んん? 星名小夜香だけど、何でそんなこと訊く訳? まさか小夜香本人に井熊君のこと訊く気じゃないでしょうね? それだけは止めて。あの子、未だに井熊君の事を引きづっていて神経質になっているから」
「わかったわ。その事は、重々肝に銘じる。ありがとう。とても参考になった」
笑顔を浮かべながら、私は彼女とわかれる。
そのあと四人ほど井熊里伊と同じ学部の生徒と話をしたが、どれも似た様な感じだった。私はそこで見切りをつけ、一旦高階君と合流する事にする。
携帯を使い、校門前で待ち合わせをした私は、彼がやってくるなりこう断言した。
「やっぱり――元カノの星名小夜香が怪しいと思うのよ」
「……井熊の元カノか。確かに動機はありそうだな。自分がフラれた原因が山根さんにあると思い込んでいるとすると、或いはといった所か」
私が携帯に録音した生徒達の話を聞かせると、高階君はそう納得する。
対して私は、彼に別の事を問い掛けた。
「で、そっちの首尾は? 何か目ぼしい情報は掴めた?」
というか、何か既視感を覚える。香苗を調査した時も、こんな会話をした気がする。あの時は最悪極まりないご意見を拝聴した訳だが、今回はというとこうだった。
『山根さんに惚れた男が居る? しかも男子高校生? へえ、さすが山根さんだな。年下から年上まで完全網羅か。てか、かく言う俺も彼女のファンなんだけど。そのファン目線で言わせてもらえば、彼女には無暗に近づかないでもらいたいな。まず彼女のファンクラブに話を通すのが必須だ。あの井熊というやつみたいな振る舞いだけは断じて否だから、注意してもらいたい』
「………」
高階君の携帯から、そんな声が響く。何だ、この理性的なご意見は? たった数年で、男子とはこうも成長する物なのか? というより、男子高校生の話とか、これと比べると最悪過ぎだろ? ……後、椿さんってファンクラブまであるの?
「と、この様に、井熊は男子生徒には好ましく思われていない。山根さんに殺意を抱いている男子より、井熊に殺意を抱いている男子を見つける方が楽だな、きっと」
「そっか。やっぱり椿さんは、異性に恨まれる様な性格じゃない訳ね。でも同性にとってはどうかしら? 私は気にならないけど、あそこまで完璧だとかえって鼻につく物なんじゃないかな? 男性にチヤホヤされている様も面白くないと感じている人も居そうだし、やはりこれは――同性が犯人?」
なら――ますます星名小夜香が怪しくなってくる。井熊里伊に関しての情報は集めたし、今度は星名小夜香について洗ってみるべきか?
「というより、山根さんの件はそもそも殺人事件なのか? もし山根さんが自殺する気なら、俺達は全く見当違いの事をしている事になるぞ? てか、山根さんが自殺する気なら俺達はどうやってそれを食い止めれば良い? いや、それ以前に、俺は肝心な事を訊き忘れていた」
と、高階君は言葉を一旦切り、こう続ける。
「山根さんを救うには――どれだけの過程を変える必要がある? 橘の時は二つだったが――山根さんの場合は幾つ?」
これを受け、私は眉根に皺を寄せた。
「それが――たった一つだけなのよ。多分、二日後の夜、私が椿さんを彼女の自宅から遠ざければ彼女は助かると思う」
「……はい? それは、本当に?」
私が首肯すると、高階君も難しい顔つきになる。
「そうか。二瞳が他殺を疑っているのは、だからか。仮に自殺なら、彼女を被害現場から遠ざけても、あまり意味が無いものな。二瞳とわかれた後、自室に戻って自殺すればいいだけの話だ。仮に特定の時間、部屋から遠ざけただけで山根さんが助かるなら、確かに妙だ。その時間に何かが起こると言っている様な物だな」
「ええ。でも、その日は私と話をした事で気分が変わり、自殺を思いとどまっただけかもしれないわ。その翌日には、彼女の数値は赤に戻っているかもしれない。そう考えると――やっぱり自殺の線も拭いきれないの」
要するに、現時点では何もわかっていないという事だ。この状況を覆す為にも、私達はやはり星名小夜香について調べる必要があるだろう。その反面、午後までに情報を収集できなければ、その時点で椿さんがやって来てアウトだ。
私達は――早急に事を進める必要に迫られていた。
「わかった。じゃあ、星名小夜香について調べよう。今度は俺の弟が彼女に一目惚れしたから話を聴きたい、という感じで事を進めれば良いか?」
「そうね。二手にわかれて話を聴いた方が効率的だけど、そうなると問題がある。私と高階君の二人で話を聴いてまわれば、明らかに不審に思われるでしょう。同時期に二人の人間の弟が星名さんに恋をしたなんて、どう考えても不自然だもの。星名さんがその話を聞きつけたら、警察に通報しかねないからここは一緒に行動するべきね」
「ああ。完全に俺達は変質者扱いされるだろうから、その方が恐らく賢明だ。じゃあ、次の休み時間になったら行動開始といこう。それまで暫く休憩という事で良いか?」
私が首肯すると、高階君は近くにあった自動販売機で缶コーヒーを二つ購入する。
その一つを此方に投げてよこし、私達は一息ついていた。
「いいの? 悪いわね、奢ってもらって」
「気にするな。所詮は缶コーヒーだ。そういえば話はかわるけど――二瞳は好きな男でも居るのか?」
「ブッ……?」
ふいた。何時かの様に、また私は口にした物を思わずふき出していた。このタイミングでその質問とか、本当に高階君は偶にとんでもない事を真顔で言い出す。
「……いえ、今の所、そう言う人は居ないわね。でも、何でそんなこと訊くわけ?」
「ん? 別に。ただの興味だ。そうか。二瞳はまだフリーなのか。なら、好きな人ができたら教えろよ。俺も応援するから」
「………」
何か、途轍もない絶望感を覚える言い草な気がするのだが、これって私の気の所為?
「そういう高階君は、好きな人がいるのよね?」
「ああ。まあ、一応」
曖昧な返事をする、彼。その後、私達は暫く沈黙する。十分以上たった頃、高階君の方が口を開いた。
「と、これもまだ訊いていなかったな。二瞳にとって、山根さんはどんな人なんだ? やっぱりお姉さんみたいな感じなのか?」
「んん? そうね。巫女歴は私の方が長いけど、人生経験は椿さんの方が豊富だわ。そう言った意味では、姉の様に甘えても良い存在なのかも」
けど、私は椿さんに甘えられない。私は既に姉の様なあの人に甘え尽くしているから、誰かに甘えると私は今でも飛江田崇子を思い出す。特に年上の女性に対しては、その傾向が強かった。
故に、私は椿さんに対しても尊敬だけしている。
椿さんは二親を亡くしながら、それでもしっかり自立し、今も笑顔を忘れない。
何時だって誰かを気遣い、今も私をこうまで必死にさせる彼女を、私は慕っていた。
「だから、私も椿さんの大学に入学してはみたいかな。椿さんにもっと大学生活の事を聴いてその話を参考にし、自分の将来に思いをはせるの。椿さんの話は面白いから、聴いていて飽きない。何時の間にか私も、彼女の大学で青春を謳歌している様な気分になる。はたから聞けば実に他愛の無い話に聞こえるけど、私にとっては重要な事なの。椿さんは私に未来のビジョンを提示してくれる、生きた道標って所ね」
私が照れ笑いを浮かべながら語ると、高階君も薄い笑みを浮かべる。
彼はどこか遠くを見つめながら、肩をすくめた。
「生きた道標、か。わからなくはないな。俺にも嘗てそう言う人が居て――今もその人はどこかで生きている筈だから」
或いは、ソレは私にとって三度目の失恋をつきつける言葉だったのかもしれない。高階二雷は、今でもやはり彼女を忘れられないから。彼の魂は、今もまだ彼女の影を追い求めている。
「いや、いい。つまらない事を言った。忘れてくれ。それより事件の話をしよう」
高階君が口調を改め、毅然とした表情を見せる。
それに促され、私も弛緩していた意識を引き締めた。
「役に立つかはわからないが、俺にも椿さんの死体現場の事を詳しく教えてくれないか? 何か気が付く事があるかもしれないから」
「と、そうね。その辺りの話は、ちゃんと話していなかったわ。詳細に説明するとこう。まずアパートで独り暮らしをしている椿さんが、机の傍に倒れている。その机にはコップが一つあって、椿さんの直ぐ傍に置かれていた。という事は、必然的に椿さんが自分の為に用意した飲み物という事になるわ。つまり――来客があったという痕跡はまるで無いの。その後、部屋の雰囲気が少し変わった気がするけど、ハッキリはわからない」
そう。仮に客人が来ていれば、飲み物の一つは出すだろう。一般論でもそうだし、椿さんなら尚更だ。
だが、椿さんの机には一人分のコップしか無かった。私が引っかかっている点は、そこにある。
私がそこまで話すと、高階君は首を傾げた。
「いや、待て。それは犯人の仕業じゃないのか? 山根さんが死んだ後、来客はなかったと偽装する為に、自分のコップは片づけたんじゃ?」
高階君が言っている事は尤もだったが、私は首を横に振る。
「いえ、それは多分ないと思う。というのも、私が見る映像は被害者が完全に死んでから一分間続くの。その間、人の気配があれば私はソレを察知する事が出来る。でも、その一分のあいだ人の気配はまるで無かった。高階君が言っていた様な偽装を行った形跡は、一切無い。要するに椿さんはその晩、一人きりで過ごしていた事になるのよ。私が自殺の線もアリだと思っているのは、そういう理由があるから」
「……成る程。そこまで言われると、俺も何だか自殺説が濃厚な気がしてきた」
高階君が右手で頭を抱える。彼が混乱するのも、無理はないだろう。今話した通り自殺の形跡が見られながら、椿さんは特定の時間家から遠ざかれば助かるのだ。それはまるでその時間に何者かが何かをして、椿さんを殺害している印象を与える。
この状況が、私達に自殺と他殺という二つの可能性を等しく提示していた。
「……なんというか、話を聴けば聴くほど訳がわからなくなってくる事件だ。橘の件もそうだったが、短期間にこうも難事件が続くというのは異常だな?」
「そうね。けど、そういう事も世の中にはあるでしょう。今は椿さんの事件を解決する事に、全力をそそぎましょう」
今は、影でこの事件を起こしている人物が居るかもしれないという事は話題にあげたくないから。ヘタにその辺りを追及すると、高階君がどう動くか読めなくなる。
そんな訳で、私は飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に捨て、いよいよ動き出す。
私は携帯を取り出し――今は休み時間を満喫しているであろう橘香苗に電話した。
『んん? なに、なに、葉花? アンタ、高階と一緒に学校休んで何やっているのよ? というかアンタさっきまで携帯の電源切っていたでしょ? お蔭でこっちからの通話は無視されるはで、これほどの屈辱は未だ嘗て味わった事がないわ。で、一体なんの用? まさかアンタ達、また二人そろって危ない事しているんじゃないでしょうね?』
「いえ、その辺は香苗の言う通りなんだけど」
香苗には出来るだけ嘘はつきたくないので、本当の事を言う。
その上で、私は彼女の協力を求めた。
「香苗、ストーカーの心理について詳しい? できれば、その辺りの特徴を教えて欲しいんだけど」
『は、い? ストーカーの心理? ……それを教えれば、葉花の役に立てるって事? アンタの身に危険がふりかかる事も無い?』
「いえ、多分もっと危険な事になるけど、それでも教えて欲しいの。これは凄く重要な話だから」
『………』
私が真顔で頼むと、香苗は暫く沈黙する。
彼女の声が響いたのは、それから五秒はたった頃だ。
『いいわ。じゃあ、出来るだけ簡潔に。ぶっちゃけ、私もストーカーに関しては詳しくない。私はアンタも知っての通り、追う側ではなく追われる側の人間だから。でも、先の事件がきっかけで私なりに考えてみた結果は、こう。ストーカーには、二種類居ると思う。意図的に相手を困らせるタイプと、相手が好きで仕方が無くて周囲が見えないタイプ。前者は困らせる事自体が目的で、相手の反応を楽しんでいる。後者は相手の都合も考えず一直線に行動して、意図せず相手を困らせる。どっちがより厄介かといえば、たぶん後者だろうね。何せ、自分の存在自体が害になっているって気付いていないんだもん。前者の方がまだ論理的に動いているから説得の余地もあるけど、後者は違う。下手をすれば、例え殺してでも自分の物にしたいって思いつめるかもしれない。アンタが聞きたい事って、そう言う事? 参考になった?』
「………」
香苗がそう問うと、私は顎に指をあてながら頷く。
「ええ、助かったわ。じゃあ香苗は学園生活を楽しんで。私も私で休日を楽しむから」
それだけ告げ、私は通話を切る。
ついで、高階君に一連の話を聞かせると彼はこう漏らした。
「成る程。要するに二瞳は、井熊の事を前者だと考えている訳だな? 話せばわかるタイプだとそう思っている。でなきゃ、井熊は警察の要請に従って反省の意など示さないだろ?」
「そうね。私もそう思う。即ち井熊里伊の椿さんに対する執着はその程度という事だわ。これは多分、そういう事だと思う。いえ、そう思わせているだけで実際は違うという可能性もあるのだけど」
一応そう納得して、携帯をしまった私は話を戻した。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。今度は、星名小夜香について探りを入れましょう」
講義の終了を示す鐘が鳴ったのを確認して――私と高階君は調査を再開したのだ。
未来と私とある日の災難・前編・了
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
中途半端な所で、前編終了です。
二つ目の事件の犯人は、誰なのか? いや、そもそも、犯人は居るのか?
そこら辺を考察しながら、どうぞ後編をお待ちください。