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ヴェルパス・サーガ  作者: マカロニサラダ
1/20

七つで大罪!・前編

 ヒロインズ・オブ・ヒロインズも、高評価をいただきました。

 読者様、いつも本当にありがとうございます。

 正に、私の心の支えになっております。

 本当に、感謝、感謝です。

 という訳で、今回からヴェルパス・サーガという枠内で、作品を発表していこうと思います。

 第一弾は――七つで大罪!

 七つの大罪を主題にした物語ではなく、齢七歳で大罪を犯した幼女の物語です。

 ふざけているように聞こえますが、もちろん本気です。

 いつも通り全力で書ききったので、よろしくお願いいたします。


 会社の金でロボットをつくり、自衛隊と戦わせ、ソレを材料にプレゼンしたため会社をリストラされた父。そのため家計は圧迫され――七歳児である鳥海愛奈も仕事をするよう求められる事になる。

 愛奈が銀行強盗を退治した事から、父は彼女にハンターになる事をすすめる。七歳児に命懸けの仕事を押し付ける父に対し、深い不信感を抱く愛奈。だが、彼女は図らずも運命的な出会いを得て、その道に進む事になる。

 狂戦士との、激闘。騎兵との、激戦。暗殺者との、死闘。『勇者』との、最終決戦。

 その先で――彼女はある大罪を背負う事になる。

 今、七歳児でありながら大罪を犯す事になる鳥海愛奈の物語が始まる―――。


     序章


 それは、ある七歳児の日常と非日常。

 彼女がある大罪にいきつく為の物語。

 今――その少女を彩るダラダラとしたアホ話が始まる。


     1


 って、また私が主人公なの? これで通算三回目なのだが、その辺りはどうなっているのだろう? いい加減ネタがキレたとしか思えないが、この物語から読んだ人には意味不明な話か。作者はどんだけ私のこと大好きなんだよと感じざるを得ないが、今は話を進めよう。メタな発言は、一先ずここまでにしておくべきだ。

 そうは言いつつも、最後に一つだけ。

 これは、私こと鳥海愛奈の髪が白くなる前の物語。

 私がまだ七歳だったころ起きた出来事を綴った――バカ話である。


 その日、父は急にこんな事を断言した。

「愛奈。私はこれから――新興宗教の教祖になろうと思う」

「……はぁ」

 まだ七歳児で、小学一年生の私に向かって、父はそう言った。しかも真顔だからタチが悪いのだが、もっと最悪なのはその発言その物だ。

 確かに父は昨日会社をリストラされたらしいが、その翌日にこの宣言は無いと思う。余りにポジティブすぎて、逆にドン引きである。

「というか、お父さん、立ち直りが早いね。昨日はあんなに落ち込んでいたのに。カッターを凝視して笑っていたのに、一体何があったの?」

 因みに、私は父だけでなく母にも問うている。今も無言で味噌汁を啜っている、我が家のボスにも暗に訊いているのだ。

 いや、そろそろ〝おまえ本当に七歳児か?〟と問われそうだが私は正真正銘七歳児である。ただ、周囲からは〝愛奈ちゃんって外見は可愛いけど中身はアレだよね?〟といった目で見られた事は一度や二度ではない。

「いや、愛奈、お父さんは覚醒したのだ。一晩寝ずに将来について考えた結果、枕元に神様が立ってさ。〝おまえは、愚民を良き方向に導くため私が用意した駒なのだ〟と啓示を受けたんだ。〝このままでは日本の民主主義は衆愚政治によって汚染され、末期を迎える。それを阻止するのがおまえの役割だ〟と神は仰った」

「………」

 この時点で私がツッコムべき事は二つ。〝いや、アンタ徹夜で将来の事を考えていたのになぜ枕元に神様が?〟という事と、ソレが本当なら精神病院に行った方がいいという事。

 事実、父はこう続けた。

「ああ。どうやら昨日キメたマ■ファナが、私をいい方向へ導いたらしい」

「………」

 ただの現実逃避だった。クスリに溺れて現実を直視できない、社会的弱者の世迷言だった。我が家の大黒柱は、どうやらすでに犯罪者の様だ。しかも笑顔で七歳の娘にこう断言するあたり、罪の意識さえ無いらしい。

「いや、クスリの話はさておき」

 父は咳払いをして、私を注視する。

「愛奈はこの話、どう思う? 私としては、実に画期的な転職方法だと思うんだが?」

「いえ、お父さん、七歳の娘に家の大事にかかわる事を相談しないでくれるかな? 恐らく並みの七歳児なら答えに窮するか、泣き出す筈だよ? 〝お父さんが、訳がわからない事を言い出した! ぶっ殺してやる!〟って感じで」

「まて。七歳児が父親を殺そうとするな。扶養家族が養い主を殺せばバッドエンドを迎えるだけだ。ぶっ殺す前に一呼吸おいてから熟考し、自分が成すべき最善の行動をとるべきだろ?」

「………」

 多分だが、並みの七歳児では今の父の発言の半分も理解できなかっただろう。〝訳がわからないから、やっぱりぶっ殺す!〟が結論になる筈である。

 そういう意味では、父は幸運とさえ言えた。私は恐らく並みの七歳児では無く、そのお蔭で父の発言全てを理解出来たのだから、

「というより、そもそもなぜお父さんは私にそんな相談を? 普通、そういう事は昨晩もヤリまくっていたお母さんに相談しない?」

「愛奈、この際だからなにをヤリまくっていたかは訊かないわ。ただ、発言には気をつけなさい」

 母が立ち上がり、私に向かって蹴りを放つ。ソレをガードする私は、首を傾げた。

「いえ、お母さん、大人にとっての中段蹴りは子供にとっては上段蹴りだから注意して。それぐらいわかってもらわないと、七歳児としては困るから」

「わかった。だったら、これからは下段蹴りを放つ事にするわ」

 母はそう言いながら、表情を変えずに自分の席に戻る。私としては、上、中、下の問題では無く、気安く子供に暴力を振うなと言っているのだ。

 だが母のこの悪癖は今後も続き、私が高校生になった後も、普通に下段蹴りを放ってくる。困った物だと思う一方で、更に困ったのは件の父の宣言だった。

「わかった。なら百歩譲って、私もお父さんの主張を認める。でもその場合、どうやって宗教法人の教祖になるつもり? その辺り、ちゃんと調べたの?」

 父の答えは、こうだ。

「知らん。後で、ネットで調べる」

「………」

 これでも父は、今年四十三である。にもかかわらず、この神対応。余りに頼もしくて、そろそろ本当にぶっ殺したくなってきた。故に私は、質問するべき相手を変える事にする。

「お母さん? お母さんは本当にそれでいいの? 伴侶として、夫を諭すべき言葉があるんじゃない? いい加減、悪い夢から目を覚ませと」

 実の所、私も教祖のステータスについてはよくわかっていない。だが、この父が人を導く教祖になれるとは思えないし、その辺りの心証は母も同じの筈だ。何せ私より一年も長く父とつき合っているのだから。尚、母の年齢は二十四である。

「いえ、今更ながら思ったんだけど、お父さんって真正のロリコンだよね? 十九も年が離れたお母さんと結婚した訳だし」

「んん? それについては、こうだ。愛奈、世の中にはこういう名言がある。〝男は皆ロリコンなんです、姐さん〟という」

「………」

 そこで、私は腰に下げていた中国刀を抜き、父の膝に叩きつける。去年の誕生日に父から贈られたソレは絶大な威力を示し、父を激痛の渦へと誘った。

「――痛いっ! マジで痛いっ!」

「ごめん、お父さん。でも、今のは絶対に言ってはいけない事だったから」

 というか、一部の人にしかわからないネタすぎるわ。私はわからない方の人間なのだが、なんか頭にきたから、思わず殴った。

「……まて、愛奈。だってその人の奥さん、旦那が二十歳前後の時、まだ十歳かどうかという年齢だったんだぞ? 十分ロリコンだろうが」

「いえ、私はロリコンでは無いと否定した訳では無く、決して言ってはいけない事だから怒っただけ。そこら辺は間違えてもらったら困るよ」

 それ以前に、この出口が見えない会話は何時まで続くのだろう? 私がそう感じた時、母が漸く口を開く。

「その点なら問題ないわ、愛奈。私、芸能活動から足を洗って、お父さんを全力でサポートする事にしたから。お父さんのいたらない点は、私がしっかりフォローしてお客さんと言う名の信者を集める。その為の計画立案書も、いま作成中よ」

「え? お母さん、芸人辞めるの? あんなに一生懸命、がんばっていたのに?」

 そう。母は〝パンチラ・パン子〟という芸名でお笑い芸人をやっているのだ。年齢に比例して未だに芽は出ていないが、私からするとセンス自体は悪くないと思う。この前そう論評したら、母は何故か無言で中段蹴りを放ってきた。なぜだ? テレ隠しか? 歪んだ愛情表現なのか?

「いえ、愛奈、今だから打ち明けるけど実はお父さんも芸人だったの。〝アルパカ・パカ男〟という芸名で、お笑い界の頂点を虎視眈々と狙っていたのよ」

「………」

 七歳児にとっては実にどうでもいい事を話し始めたぞ、この母親。

 並みの七歳児だったら〝フーン〟で終わりになる話題である、これは。

「ああ。CDまで出したんだが、結局上手く行かなくてな」

「え? DVDではなく、CD? 今の世の中、DVDが普通じゃない?」

「うん。ソレは皆からもツッコまれた。〝映像じゃないと顔芸とか伝わらないだろう〟と。だが当時のマネジャーが私以上のアホでね。〝映像無しでもパカ男さんなら笑いを表現できる〟とか言い始めて、私もそれに思わずのっかった訳さ。結果は散々足る物だったよ。だが、私の唯一のファンを自称してくれたのがお前の母さんだった。彼女との結婚をユメ見た私は足を洗い堅気の世界に身を投じ、今まで頑張ってきた訳だ。……てか、一体何が悪かったんだろう? 私はただ会社の金を使ってロボットを作り、自衛隊と戦わせてプレゼンをしただけなのに」

「………」

 またどっかで聞いた様な話だった。間違いなくソレがリストラされた理由だった。寧ろ警察につき出されなかった分、ありがたかった。退職金もちゃんと出たらしいしね。

「お父さんって、偶にとんでもない発想力を膨らませる時があるよね? しかもそれを行動力に変えるだけの活力もあるから尚更タチが悪いよ。いっそお父さんは自殺した方が、世の中の為なんじゃないかな?」

「いや、待て、愛奈。確かに例のロボを目撃したカップルを口封じの為にアレしたが、私はそれほど悪い事はしていない。実の娘に死ねと言われる事は、何一つしていないんだ」

「しているよ? お父さんは――十分社会の害悪だよ?」

 かくいう私も何れ〝所詮この父の子か〟と言われる事になるのだが、ソレは先の話。

 私はそろそろ、要点を纏める事にした。

「つまりお父さんは本気で教祖になるつもりで、お母さんはその手伝いをする気なんだね? うわ。私、明日からどんな顔して学校に通えばいいんだろう? 周囲の子達からその事に関してイジられた場合、その子達をブチのめしてもオーケー?」

「そうだな。何時も言っている事だが、顔はやめなさい、愛奈。やるなら、腹だ」

「………」

 本当に神ががってるな、この父親。私の唯一の誇りは、自分の名前が愛奈だった事だ。父から贈られた物の中で最も気に入っているのが自分の名前だった。次点は去年貰った中国刀。

「ええ。愛奈が纏めた通り、私達は神へと通じる道を歩む事にしたわ。問題があるとすればこの商売が軌道にのるまでの間の生活費ね。暫くはお父さんの退職金と貯金でしのげる筈だけどソレが尽きたとき私達はどうするべきか。そこで相談なのだけど、愛奈も自分に出来る事を見つけて欲しいの」

「え? ごめん。ちょっと意味がわからない。お母さんは、七歳児に何を期待しているの? まさか自分の食費くらい自分で稼げとか言っている?」

 あろうことか、母は悠然と頷く。

「察しが良い娘をもって、私達夫婦は幸せだわ。大丈夫。愛奈なら、きっといい方法を見つける筈だから」

「………」

 もしかして、私は生まれる時代を間違えたのだろうか? それとも今は子供が労働力として扱われる時代なのか? 義務教育は一体どこにいった? 言いたい事は山ほどあったが私はさっさと食事を終え、このボンクラ共との会話を打ち切った。


     ◇


 で、散歩の開始である。

 あの母の事だから本気で私に自給自足させるつもりだろうが、私にそのアテなどない。どこの慈善家が七歳児を雇って、高給を与えてくれると言うのか? 自分の部屋で考えても埒が明かないので、私は脳に酸素を供給しつつ思案する事にした。

 こうしているとネタに困った漫画家のようだが、私の事情も同じくらい切実だ。下手をすれば明日から私は食事さえ与えられず、水道費さえ払わされる事になりかねないから。昨今のライトノベルでさえ、こんな扱いを受けている七歳児は居ないだろう。

 いや、もしかしたら居るかしれないが、それはもう国家レベルの違いである。私は飽くまで自由を保障された法治国家の七歳児で、バイオレンスな世界とは無縁である。人買いが横行する様な、無法国家の住人では断じて無いのだ。

 改めて強調するが――私は七歳児だ。小学一年生で、普通なら戦隊ものや戦うヒロインに憧れを抱いている年頃である。寧ろソレが世界の全てで、そういった世界に陶酔するのが正しい七歳児のあり方だろう。

 なのに、何なのだ、この扱いは? 無邪気である事を許された幼年期を捨て去ったどこかのライトノベルキャラか、私は? 言っておくが、全く捨て去った記憶はないぞ、私は。

 しかし、これが私の実情だった。気が付けば私は人より大人びていて、大人が言う事もしっかり理解できてしまう。調子に乗ってその事を母達にひけらかした所、その時点で母達の私に対する扱いは変わった。平気で無理難題を押し付け、私がどこまで出来るか試そうとする。

 最近の出来事で一番嗤えたのは、私一人でヒグマを狩にいかされた事か。ヒグマなんて食べても美味しくない物を狩に行かされる時点で意味不明である。私は今、あの両親にとってどんなポジションにいるのか? その時点で、理解不能だった。

 それ以前にさっきから頭の中で流れているBGMが運命の■的な物なのだが、それが余りにも不吉すぎる。私としては、何かが起こる前振りとしか思えないのだ。

 普通、両親と会話するシーンのBGMは優しい風■的な物だろう? もしかして私はこれから、身長二メートル越えの狂戦士と遭遇でもするのか? これも聞く人によっては意味不明な話だが、私は現状説明を続けるしかない。

 え、無責任? いえ、私、七歳児ですから。責任とか、とれる年齢じゃありませんから。

「………」

 そうか。今後は、そう言って責任逃れすればいいのか。我ながら、名案だった。

 それより、本当にどうした物か? 私は戦国時代に飛ばされ、主君から無理難題をふっかけられ、ソレを料理の力でクリヤーしていく料理人ではないのだ。料理さえ出来ればどこでも生きていけるとラノベで学んだが、それでも限界はあるだろう。料理で世界を救うシチュエーションも考えられなくもないが、余りにハードすぎる。

 それ以前に、まだ七歳児である私がどこぞの有名料理評論家を唸らせるなんて一寸した奇跡だ。〝世界の完成〟以来の奇跡である。加えて私は舌が肥えている訳ではないので、物のよしあしがまだよくわからない。つまり、少なくとも料理人の線は消えたという事である。調理師免許も、持っていないしね。

 そこまで考えた時、私は基本的な説明を疎かにしていた事に気付く。私はまだ、自分自身の説明さえしていなかったのだ。

 これではいくら想像力が豊かで、ソレをオカズに自慰が可能な十代の若者でも私の外見はわかるまい。そう思って、私こと鳥海愛奈は最低限の情報を読者の方々に提供させて頂く事にした。

 まず身長は平均的な七歳児と言ったところで、百十九センチ程。髪は短く、色は茶色い。これはむろん染めた訳では無く、地毛である。ウチの父はクオーターらしく、異人の血が混じっているらしいのだ。ソノ特徴を色濃く受け継いだのが、私と言う訳だ。

 お蔭で肌も若干白い私は、白い服を好んで着ている。今も白のワンピースを纏い、腰には細長い中国刀を帯びていた。

〝おいおい、七歳児がなぜ帯刀しているのか?〟と誰もが思う所だろう。その理由は簡単で、私の六歳の誕生日の時、父からお祝いの品として譲られたから。何でも父がシンガポールに出張で行った時、衝動買いした物を私に提供したらしい。

 ぶっちゃけ要らなくなった物を押し付けられたのだが、さもありなん。何せその重量は実に七キロもある。父には余りに重すぎて扱い切れず、直ぐに漬物の重石代わりにしたそうな。

 こんな私にも、まだ子供心というも物が残っていたのだろう。或る日その重石代わりの中国刀を発見した私は、思わず父にこれが欲しいと強請った。この要求はすんなり通り、現在この中国刀は私の所有物になっている。

 因みに、当たり前の話だが模造品なので人を斬り殺したり、突き殺したりは出来ない。単に当たり所が悪ければ死ぬというだけの代物だ。

 いや、私も廃刀令を知らない訳ではないが、どこぞのるろうにもソレは無視し続けた。〝おまえは彼と同じ様にその刀を以て日本を救った事があるのか?〟と問われれば返事に困る。だが、これは私が今できる最大限のオシャレなのだ。……本当に役に立っているかは、いまいち不明だが。

そんな時だった。

「……お、お嬢ちゃん、可愛いね? 今一人? お兄さんと良いところ行かない?」

 私の脳内で流れているBGMが、何故か運命の■2的な物に変わったのは。余りに変化が無さすぎるが、気が付くと私は無意識に何かをしていた。

 抜刀して刀を薙ぎ、そのまま上方へ剣先を突き上げた様なのだが、見れば見知らぬ男性が倒れている。その手には、今もスイッチが入っているスタンガンが握られていた。

「………」

 いや、私は何もしていないよ? 他人の害意に反応して、自然に体が動いたとかそういう漫画みたいな話は無い筈だから。きっと彼はこの暑さにやられて熱中症でも起こしたのだろう。そう判断して私は取り敢えず彼の為に、救急車でも呼ぼうとする。

 だが、そこは七歳児である。携帯電話など持っている筈もなく、私は暫し思案を余儀なくされた。

 結果、近くの銀行に公衆電話がある事を思い出し――私はそのまま銀行に向かったのだ。


     ◇


 と、説明ついでに私の両親の事も少し話しておこう。

 私の両親は、基本的に善良だ。いや、あの会話のどこに善良な部分があったかと訊かれるとかなり困るが、本当である。

 他人様の命を大事に思っていない節があり、犯罪行為にも平気で走りそうな気配があるが善良だ。もしかしたらこういうのを身内びいきと言うのかもしれないが、私の目から見ると善良なのだ。

 父は昨日まで設計会社に勤務していて犬小屋からロボットの設計図まで描いていたらしい。

 母はお笑い芸人をしていて、十二歳からその世界に飛び込んだ彼女の芸歴は十年を超える。同時に母は自分で新しい武術を開発し、ソレを護身術として役立てていた。

 母と言う名の天才は、実際、その殺人術を以て五度痴漢を半死半生へと追い込んだ。〝おまえ、これは明らかに過剰防衛だろう!〟と何度も警察に叩かれたらしいが、不起訴になったらしい。母の姉が優秀な弁護士で、彼女の力もあり、母は今も前科者の汚名を受けずにすんでいる。実は父も彼女の力で、何度か起訴を免れているとか。主に――痴漢の罪を。

 妻は痴漢を半殺しにして捕まり、夫は痴漢をして捕まったのかよ。一体なんなんだウチの家族はと言いたい所だが、それでも彼等は善良だ。娘にヒグマを狩に行かせたり、ヤクザの事務所に殴り込みに行かせたりするが、善良である。何せこの私を、今日まで生き長らえさせてきたのだから。

 七歳児にとっては、それだけで十分評価に値する事と言える。七歳児にとっては父親が人を殺す事より、食事を与えてくれない方がよほど重大な事だから。

 つまり、明日から食費を工面しなければならない私にとってあの両親は半ば用済みだ。今まで善良だと思い込んで見逃してきたが、そろそろ始末する時期なのかもしれない。

 でもそうなると、家賃などそういったお金も私が工面しなくてはならない。それは七歳児にとっては、凡そ不可能と言える話だ。

 エロゲーでは両親が亡くなっているにもかかわらず主人公は一軒家に住んでいる事がある。その家に女性を連れ込み、一緒に生活し、エロい事をしまくっているのだ。

 一体この国のどこにそんなシステムが許される余地があるのかと思うが、アレはゲームだ。現実はそう甘くは無く、私が両親を始末したら我が家に住む事さえできない。そう言った理由から、私は未だにあの両親を生かし続け、敬愛する事にしているのだ。

 因みに父の名は鳥海酒京とりうみしゅけいと言い、母の名は鳥海キエナと言う。

 二人ともかわった名前だが、人格はそれ以上に歪んでいるので丁度いい感じだ。

 ふざけているのは、二人とも美形だという事。私の容姿は母似なのだが、髪の色は父よりである。これで私の容姿が不細工なら、私は間違いなくグレていただろう。神より先に両親を憎み、その不公平感に涙していた筈だ。

 けれど幸いにも私の容姿は完璧で、事実、私はこれでもモテる方だ。不思議なのは告白してきた男子が、私と二~三分会話しただけで泣き出す点だろう。何時からこの国の男子はこれほど軟弱になったのかと、私の方が泣きたい位だ。

 一昔の男子など飛んだり跳ねたりしながら刀を振るい、悪人達をバッタバッタと倒してきた。悪人達を尽く斬り殺しては、お縄になる事もなく立ち去る。私もその立場には憧れを抱いた物だ。

 だって悪人を一週につき二十人は斬り殺しているのに、お咎めがないんだよ? それって最高じゃない? 〝いや、おまえ、時代劇と現実を混同するなよ〟と言われそうだが、同じ様に帯刀する者としては彼等を尊敬せざるを得ないのである。

 と、話が脱線し始めた所で、話を戻す事にしよう。私は件の銀行を見つけ、普通にその中に入る。むろん七歳児が銀行を利用する事など無いが、母に連れられ入った事があるのだ。

 その時――私は漸くその異常に気付いた。見れば黒い服を着た男性が手に黒い物を持って、ソレを周囲の人々に突きつけているのだ。

 振り向いた彼は、私と目が合うと、ソレを私にも突きつけてきた。

「………」

 どう見ても――拳銃強盗だった。

 間が悪い事に――私は銀行強盗に出くわしたらしい。

「そっかー。じゃあ、そういう事で」

 よって私は踵を返し、この銀行から出ていこうとする。何も見なかった事にして、全てをリセットしようとしたのだ。

 だが、それを許すほど世の中は甘く無いらしい。彼は、私に制止を命じる。

「ま、待て、おまえ! 子供だからと言って俺は容赦しねえぞ! 俺はそういう冷酷な奴なんだ! いいから手を上げてこっちにこい!」

 私がこの緊急事態を外に漏らさないようにする為、彼はそう要求してくる。

 そんな時、十時の方向から私に向けて声がかかった。

「って、いいから逃げて、あなた! 私達のことは、きっとお巡りさんがなんとかしてくれるから!」

「と、君は――」

 よく見れば、それは同じクラスの女子生徒である。名前は忘れた、というか初めから覚えていないが、顔は見覚えがあった。

 おかっぱ頭の彼女は出口を背にしている私に対して踵を返せと、必死に訴えてきたのだ。ソレは勇気と言うより蛮勇に近い行為だ。

 私は思わずその気遣いに甘えそうになったが、彼女が震えている事に気付き思い留まる。

 おやおや。その途端、脳内のBGMがようやく悪■的な物に変わったぞ?

「なっ? ……って、なんで子供が剣なんて持っている? 玩具か? 玩具だよな?」

「………」

 ここまで来て、私は漸く状況がのみ込めた。恐らくこの犯人である彼は、薬物中毒者だ。きっとクスリを買う金にも困った彼は、銀行強盗を思いつき、実行に至ったのだろう。だってこの人の目、父と同じ感じだし。

 即ちソレだけヤバい人だという事だが、さて困った。私は一体どうするべきだろう? このままでは、私の一生は台無しになりかねない。それでも私は後退せず、前進しろとそう神は言っているのか? 神様なんて今まで信じておらず、この段階に至っては寧ろ悪魔の実在を確信する。

 私はそう感じながらも、遂に決断した。踵を返して、銀行から脱出しようとする。だがその直前、私はあの彼女の今にも泣き出しそうな顔を見てしまう。そうなると、後の事は決まりきっていた。私は、鳥海愛奈は――反射的に前進を始めたのだ。

「っと、それでいい。それでいいんだ。俺はガキだからって油断なんてしねえぞ。両手を上げてその剣を捨てろ!」

「………」

 いや、両手を上げたらこの中国刀は捨てられない。順序が逆だよ、君。もしかしてこの人、今もトリップ中なのだろうか? その所為で、状況判断が確かじゃない? ま、私としては大した問題では無く、反対にある事を私はしだした。

「いや、君、悪いけど頭が悪すぎる。銀行強盗と誘拐だけは成功しないって知らないの? 一見、どちらも大金を得る方法に思えるけど、無理がありすぎるんだよ? 前者は銀行に警察への直接的な連絡手段があって、そのため当局の対応がはやい。後者は犯人が必ずお金を受け取る必要があって、そのためソレが逮捕のチャンスになる。そんなのは七歳児でもわかりきっている事だよ、君。今の世の中、犯人自らが公衆の面前に立つなんて真似は流行らないんだ。今は他人様を犯罪行為に走らせ、その上前をはねるのが賢いやりかたなんだよ? そんな事もわからない人が私に向かって命令するとか――百年早い」

「……な、に?」

 笑顔で語る私に対し、彼は愕然とした様な表情になる。けどそれも一瞬の事で、正常な判断が出来ない彼は、私に突きつけた銃の引き金に指をかける。

「ガ、ガキがぁ生意気言っているじゃねえっ! 何様だ、おまえっ? 何なんだ、おまえっ? なんでみんな俺ばかりバカにしやがるんだよぅっ!」

 その銃口から弾丸が発射される直前、あの彼女は確かにこう叫んだ。

「この大バカー! 人を生き返らせることもできないやつが――人を殺そうとするなぁ!」

 ついで、彼は容赦なく引き金を引き――私に向け銃弾を放ったのだ。


     ◇


 では、昨今では芸にもならない芸を披露しよう。それは七歳児であろうと同じ事。そう。悪いが最近では七歳児が銃の弾丸を避けること位、べつだん珍しい事ではないのだ。

「な――にっ?」

 事実、私は首を傾げただけで彼が放った銃弾を避ける。秒速二百五十メートルで発射された弾丸を、普通に躱す。そのまま私は前進を続け、彼は引き金を引き続けた。

「……なんだぁ? なんなんだぁ? なんなんだよぉおまえはぁ―――っ?」

 どうやら私の挑発が、功を奏したらしい。彼の目には私しか映っておらず、人質をとるという発想さえない様だ。

 お蔭で私は微笑みながら首を傾げ、彼が放った銃弾を避け続ける。いや、それにもいい加減飽きたので、私は次の銃撃のタイミングに合わせ彼へと急接近する。と、一瞬間を置き、彼がもう一度私に向けて銃撃してきたのと同時に私は抜刀した。

 弾丸を躱しながら中国刀を薙ぎ、先ず彼の両足の骨を叩き折る。バランスを崩した所で彼の顎に刀を突き上げ彼の脳を揺らす。そのまま五歩下がり、彼が倒れる様を私は見届けたのだ。

「フーン。さすがクスリの力は偉大だね。脳がハイになっている所為で、まだ意識を保っている。こうなると、両腕も潰しておく必要があるかな?」

「……やぁっ、やめてぇくれぇえええ~~~ッ!」

 彼の絶叫が響く中――私はそれでも容赦なく彼の両腕の骨も叩き折っていた。


     ◇


 後に、彼は語った。〝こんなに可愛くない七歳児には二度と会う事はないだろう〟と。甚だ不愉快な誹謗中傷だが、彼の立場としてはそうなのかもしれない。

 その時、彼から興味をなくした私はあの彼女に目を向ける。彼女は呆然としながら、私を見た。

「……な、なにしたの、あなた? あなた、もしかして正義のみかたっ? 正義のみかたってほんとうにいたのっ?」

 が、私は首を横に振る。

「いや、私は正義なんて危険思想の持ち主じゃないよ。正義なんて所詮、人を効率よく殺す為の免罪符にすぎないからね。より正義を謳う者こそ安全圏に居て、社会的弱者を戦地に送り、敵と称する人々を殺させる。現実における正義なんて物は、その程度の事なんだ。だというのに世の中には未だにその正義に固執する人々が居る。私としては、本当にいい迷惑だよ」

「……え? あの、ごめん。なにを言っているか……まるでわかんない」

「んん? そうかもね。その反面、君は面白い事を言っていたね。〝人を生き返らせる事もできないやつが人を殺すな〟だっけ? 実にその通りだよ。私もさ、そういう基本的な事がわかっていない人達が多すぎると思うんだよね」

 私が憂鬱そうに語ると、彼女は困った様な表情になる。

「……いや、アレはつい思った事が口に出たというか。とにかく、鳥海にそんな風に褒められるなんて思わなかった」

「へえ? 君、私の名前知っているんだ? ちょっと意外かも」

 何せ私は、クラスでは地味な立ち位置にいるから。何が原因かはわからないが、皆、私を敬遠している節があるのだ。

 それもその筈か。誰が学校に登校する際も帯刀している人間に、気軽に話かけられるというのか? そう言った意味では、私に告白してきた男子は、ある意味勇気があると言えた。何せ始終中国刀を腰にさした女子に愛をささやいてきたのだから。

「……というより、その剣、やっぱりおもちゃじゃなかったんだ? でもママは言っていた。刀や包丁を持って外に出ちゃだめだって。なのに、なんで鳥海はゆるされているの?」

「んん? 確かに私はこの刀を入学した時から身に着けていて、ソレを担任に注意されたのも本当だね。だから担任の弱みを握る為に、彼女を一日尾行したのも事実なんだ。結果、彼女と教頭が不倫関係にある事を知った私は、それをネタに帯刀許可を得たのも間違いない。『仮に鳥海愛奈が帯刀している事を当局に咎められた際は、私が全力で弁護します』という誓約書を書かせたのも確かだよ」

「……ふりん? ふりんって何? もしかして、芸能人がよくしているいけない事? 宮川先生はいけない事をしているのに、子供達の人気者なの……?」

「………」

 心底から愕然とする彼女。……しまった。私の悪い癖がでた。私は偶に子供のユメを壊す様な発言をついとってしまう時があるのだ。〝いや、おまえも七歳児だろうが〟という幻聴を聞きつつも、私は弁解する。

「まさか。今のは冗談。場を和ませる為の冗談だから、本気にしちゃダメだよ。あの皆のアイドル宮川先生が、なんであんなハゲ奴隷(※恐らく教頭の事)とチチクリあわなくちゃならないのさ。そんな奇跡は、私が料理で世界を救う事よりありえないよ」

「ちちくりあう? ちちくりあうってなに?」

「………」

 何だ、この無邪気な無限地獄は? 喋れば喋るほど、深みにはまっていくぞ? これだから子供は苦手なのだ。私も子供だけど。

「それより君は何をしに、ココへ? 見た所、お母さんもお父さんも一緒じゃないみたいだけど?」

 私が露骨に話を誤魔化すと、彼女は有り難くもソレにのってくれる。

「私? 私はたんに、ママにおつかいをたのまれただけ。お駄賃あげるから、銀行で千円おろしてきてって」

「何と!」

 これには本当に驚いた。何故なら私は、母にそんな事を頼まれた事など一度もないから。寧ろ母は、私が銀行のカードに目をやっただけで蹴りを放ってきた事さえある。彼女はどんだけ信用されていて、私はどんだけ信用されていないんだよという話だ、これは。まあ、その母の疑念は事実なので、これ以上は言及しないが。

「でも、鳥海の超能力ほんとうにすごかったー。あれって予知能力ってやつ? 鳥海は、どこに弾がとんでくるかさいしょからわかっていたの?」

 いや、私は確かにある特技が使えるが、それは超能力などと呼べる立派な物じゃない。昨今のラノベでは、芸とも呼べない三流芸が使えるだけなのだ、私は。

「え? それってどんな芸?」

 彼女が、不思議そうに訊いてくる。

 が、その頃になって、漸く警官がこの銀行にやって来ていた。彼等は今も倒れて泣いている犯人を一瞥した後、周囲の大人達に状況説明を乞う。大人達の大分部は私を指さし、私に気付いた警官達は嘆息した。

「……また鳥海さんちの関係者か。あの夫婦といい、君といい、本当に話題が尽きないな。とにかく話を聴きたいから、署の方に同行してもらえるかな?」

 彼が問うと、こうなる事が予想済だった私は首肯する。

「わかりました。でも、一つだけ質問が。……これって私の過剰防衛ですかね?」

 だとしたら、私の人生は台無しになる。そう危惧したからこそ強盗犯の打倒を躊躇した私だったが、警官は首を傾げた。

「……どうだろう? なにせ、七歳児が拳銃をもった成人男性をフルボッコにしたという例は君以外無いからなー。感謝状が贈られるか、ワッパをはめられるかは五分五分な気がする」

「率直な御意見をどうも。じゃあ、行きましょうか。私もこんなつまらない事は、早く終わらせたい」

 が、その前に私はもう一つだけ訊くべき事を訊いていた。

「そういえば、君、名前なんだっけ? ごめん。どうやらド忘れしちゃったみたいなんだよ」

 はじめらか知らないと言うと傷付けるかもしれないので、多少脚色して彼女に訊ねる。すると彼女は何故か顔をしかめた後、やっと口を開いた。

「……た、玉葱玉子だよ」

「え? 何だって?」

「だから――玉葱玉子だって言ったの! ごめんね、ヘンな名前で!」

「………」

 顔を真赤にしてそう怒鳴る彼女に対し、私がどうして失笑できるというのか?

 故に私は、真顔で断言する。

「玉子ちゃん、か。ソレが私に強盗犯に立ち向かう勇気をくれた子の名前なんだね。私は今日から、その名前の子を誇りに思う事にするよ」

「……なっ?」

 思っていた反応とは違った為か、玉子ちゃんはもう一度だけ唖然とする。

 こうして私は生涯の友となる少女と邂逅し――その彼女に手を振って別れを告げたのだ。


     ◇


 そういえば、何か忘れている事がある気がする。が、私にソレを思い出す事は出来ず、両親がやって来たあと保護者つきで事情聴取が始まる。その全てが終わった頃には夕方になっており、私達は漸く取調室から解放されていた。

「なんにしても、逮捕は免れてよかったわね、愛奈。それどころか、感謝状と金一封が出るって話じゃない。これが本当の、犬も歩けば棒に当るってやつ?」

「いや、それ以前に、強盗犯に殺されかけた娘の心配とかしようよ。お金の話とか真っ先にするのは止めて、私を気遣ってよ。どういう母親なのかな、お母さんは?」

「心配? 愛奈の? まさか。私は真っ先に、貴女が犯人を殺したんじゃないかと思って戦慄したんだから。なにせ貴女、私と違って手加減するって事を知らないし」

「そうだな。こういう時、愛奈は母さんの子なんだなってつくづく思う。私が浮気をせず、痴漢で我慢しているのは、そういった理由もあるからだ」

「………」

 いい加減、黙って欲しいなこの夫婦は。そう思う一方で、父は更なる追い討ちをかけた。

「――そうだ。これは名案だぞ、愛奈。お前――今日からハンターになれ」

「……ハンター?」

 今度は接近戦ではなく、遠距離から銃でヒグマを仕留めろと言っているのかこの父は? 私がそう惚けていると、父は続ける。

「そう、ハンターだ。昨今でも、逮捕されていない指名手配犯というのは居るものでな。そういう人間には、懸賞金がかけられているものなんだよ。愛奈はそういう輩をとっつかまえて懸賞金を得て、家計を助けるというのがベストだと思う。正にお前にしかできない、お前ならではの天職だ。そうだな。いっそ〝最強の七歳児〟と名乗っても良いんじゃないのか、愛奈は」

「………」

 どこまで脳がとろけているんだ、この父親は? ハンター? 犯罪者と戦って家計を助ける? 最強の七歳児だと?

 それなら真っ先に、アンタら夫婦を警察に突き出す道を選ぶよ、私は。

「……というより、今朝のあれ本気だったんだ? 私はこれから、自分の食費は自分で工面しなくちゃならない訳か」

「え? 冗談だと思っていたの? 愛奈らしくないわね。私達がそんな冗談いう筈ないってわかっているでしょ?」

「………」

「ま、なんにしても安心なさい。今日の一件で一月分の食費くらいは賄えるから。後の事はそうね、みんな愛奈しだいかな?」

 そこで、私はある事に気付く。唐突に、自分の勘が正しかった事に気付いてしまったのだ。

 私は今朝、散歩の途中、狂戦士と遭遇する事を予感した。そして、私はあの彼と出会った。私はあの薬物中毒という名の病にかかった彼と、一戦交えたのだ。

 私は平然と彼に勝った様に感じるかもしれないが、普通はそうじゃない。重度の薬物中毒者は本当に危険で、命にかかわる存在なのだ。なにせ理性が麻痺している為、警官が拳銃で威嚇しても意にも介さない。自分が傷つく事も恐れず猪突してきて、他人を傷つける事も躊躇しない。

 つまりはそういう事で、重度の薬物中毒者とはある意味――現代の狂戦士なのだ。

 そう気付いた時、私の脳内にはまた運命の■的なBGMが流れていた。

 もしかして、これはアレか? 他にも――槍兵や弓兵や騎兵や暗殺者や魔術師や剣士や盗賊や軍師や武道家や賢者や遊び人や勇者と戦う前振りなのではあるまいか? 今日の一事は、その大事を暗示する一件なのではないのだろうか?

 だとしたら、真剣に嗤える。

 何時の間にか、訳がわからない状況に巻き込まれた自分を呪うしかない。

 いや、幾ら何でも考えすぎか。

 仮に私が本当にハンターになったとしても、そんな状況には決してなりえまい。そんな非常識な事など、起こる訳がないのだ。少なくとも私はそう安堵しながら帰路につき、己が手で勝ち取った食費を使って夕食をとる。

 自分の予感が正しい事など露一つ知る事なく――私は明日と言う日を迎えたのだ。


     2


「………」

 で、私は思わず、言葉を失った。理由は実に単純だ。何故って、私の目の前にはいま馬に乗った男が居て、モーニングスターを片手に、私を威嚇しているから。

「クカカカ。まさか、この私を見つけ出す事ができる者が居たとは。それも、こんな幼子が私の前に立ちふさがるとは思ってもいなかったぞ、少女よ」

「………」

 本当に、何でこんな事になっているのだろう? 流石の私も意味不明で、思わずこうなるまでの記憶を逆流させる。

 こうして――話は今朝に遡った。


     ◇


 その日、早朝にもかかわらず彼女はやって来た。

「キエナ。アンタ――新興宗教を始めるって本当?」

 玄関口に立ったスーツ姿の彼女は、明らかに目を怒らせながら訊ねてくる。

 母は、フムと頷いた。

「さてはあの所轄の刑事から聞いたのね? 全く口が軽いんだから。民間人に対する守秘義務の重要性とか、しっかり考慮しているのかしら?」

「そういう問題じゃない。私は真剣に愛奈ちゃんの心配をしているのよ。私、言ったわよね? 今度アンタ達夫婦が問題を起こしたら、私が愛奈ちゃんを引き取るって」

「………」

 何と。私が知らない所で、そんな話し合いがされていたとは。これは驚愕の事実と言っていいだろう。

 だが、壁に隠れて立ち聞きする私に気付く事なく、母は素知らぬ顔で彼女に言い切る。

「いえ、昨日問題を起こしたのは私達じゃなく、その愛奈だから。強盗犯の四肢を砕き、顎を破壊して、重傷を負わせたのは愛奈その人。私達が何かした訳じゃないから、そこら辺は間違って欲しくないわ、姉さん」

 そう。今、私達のアパートに来訪してきたのは母の姉である――飛江田ワカナ。件の優秀な弁護士である、私の伯母だ。

 その伯母だが、優秀であるが故に多忙で、昨日も裁判を二つほど抱えていたらしい。その所為もあって私の一大事には警察に顔を出せず、今日、こうしてやって来たそうな。朝の三時に起きて警察により、昨日の件を詳しく訊いてから我が家に乗り込んできたとか。正に針の穴を通るかの様な過酷なスケジュールだが、その伯母に対する母のやり様がこれだ。

「つまり、私達はまだ姉さんとの約束を破った訳じゃない。愛奈の親権を譲る気はないから、その辺はハッキリさせておくわ」

「また詐欺師の様な事を平然とぬかすわね、このおバカは。本当に詐欺師顔負けの詭弁よ、ソレは。全く、なんであの両親からこんな社会不適合者が生まれるのか、一寸したミステリーだわ」

「悪口を言いにわざわざ顔を出したの、姉さんは? だとしたら、もう十分その役割は果たしたと思うのだけど、違って?」

 母がニヤリと笑いながら、伯母に告げる。

 この不遜な態度に嘆息しながら、伯母は母を睥睨した。

「私はね、キエナ、真剣にアンタ達家族の心配をしているの。いえ、正確に言えば私が心配しているのは愛奈ちゃんの将来だけだけど。アンタ達夫婦は野たれ死んだ方が社会の為だと思っているけど、これも一種の呪いと言う奴ね。アンタの姉として生を受けたというのは」

「要するに腐れ縁だと言いたいのね、姉さんは。その腐れ縁が姉さんに更なる不利益をもたらすかもしれないと、危惧している訳だ? 大丈夫、大丈夫。今回は私も、全力を以て酒京さんを支えるから。お笑い芸人も辞めて、私は夫に尽くす妻に生まれ変わるの。ついでに愛奈の面倒もしっかり見るから、安心して構わないわ」

「………」

 伯母が無言で母に対して、胡散臭そうな目を向ける。いや、間違いなく〝ついでに〟という母の本音に関して引っ掛かりを覚えている様だ。

「成る程。要するに今のは冗談だと受け取って構わないのね? 〝ついでに愛奈ちゃんの面倒を見る〟とかいうふざけた発言は、ただのユーモアだと解釈して構わない?」

 伯母が母に詰め寄ると、母は笑顔で首肯する。

「当たり前じゃない。私は確かに芸人くずれだけど、姉さんと会話する時は必要最小限の冗談しか言わないわ。何せ、多大なる恩があるもの。姉さんに対しては、感謝してもしきれないくらいよ」

「………」

 が、伯母はもう一度だけ口を閉ざしてから、こう問うてくる。

「アンタ、愛奈ちゃんを使って何か企んでない? 敢えて愛奈ちゃんを軽視する様な発言をとったのは、その真意を隠す為なんじゃないの?」

「………」

 と、今度は母が言葉に詰まり、目を泳がせる。ここら辺は、さすが優秀な弁護士といった所だ。この少ない材料をヒントにして、母の狙いを正確に読み取っているのだから。

「まっさかー。そんな訳ないじゃない。母親が娘にタカるとか、それは最低の母親よ。私にも矜持があってね。母親としての一線を越えるつもりはないわ」

 果たして、母の言葉にどれだけの説得力があっただろう? 私としては大いに疑問だったのだが、基本、親族には甘い伯母は最後の溜息をつく。

「……いいわ、わかった。私は妹としてのアンタではなく、愛奈ちゃんの母親であるアンタを信じる事にする。そういう事で良いのね?」

「……も、もちろんよ。愛奈は私達の手で立派に育てるから、金輪際、心配はいらない」

「………」

 その割には口ごもっていますよ、母よ。これは今度も私の扱いは変わらないなと感じつつ、母と伯母の攻防戦は決着を見たのだ。


     ◇


で、私は何時もの様に両親の戯言を聞き流しながら朝食を済ませ、登校した。例の一件があった昨日は開校記念日で休日だったのだが、今日はそうもいかない。

 私は今日も白のワンピースを着て、何時もの様に帯刀し、学校に向かう。二百メートルしか離れていない場所に私が通う小学校はあって、私は校門をくぐる。サンダルのまま教室に向かい、私は自分の席についた後、無意識に彼女の事を探していた。

 あの――玉葱玉子ちゃんの事を。

 理由は自分でもわからない。普段は他人に興味を示さない私が何を思ってそうしたのか、本当に謎だ。

 だが彼女を探しているという事は、私が玉子ちゃんを気にかけているという事。それがどういう方向性の気遣いかは不明だが、気が付けば私は近くに居た男子に訊ねていた。

「えっと、玉子ちゃんってもう登校している?」

「……えっ?」

 途端、何故かその男子の呼吸が荒くなる。恐らくそれは性的興奮を覚えたからではなく、何かに対する恐怖が原因だ。そう直感できるほど、彼の顔は青ざめていた。

「い、い、い、い、い、い、い、いやぁ、玉葱さんはまだぁ登校していないじゃないかなぁ? すくなくともオレはまだ見ていません!」

「………」

 まるで元帥に返答する三等兵の様に、きびきびと返事をする彼。その様を見て、私は内心首を傾げていた。

 ……私、彼に、なにかした? それとも私は話かけるだけで、第三者に恐怖を与える存在なのか?

 ――悪魔か? 私は悪魔か何かなのか? 将来的には似た様な物だと自覚する私だが、今は違うので訝しむばかりだ。

「そっかー。わかったよ、ありがとう」

「いえ、どういたしましてです!」

 怪しい日本語を使いながら、彼は敬礼までしだす。ここまでくると奇跡を起こしたどこかの元帥みたいな気分になってくるが、もちろん気の所為だ。いつだって私が起こすのは、奇跡と言うより悪夢の類だから。

「となると、後は宮川先生に詳しい話を訊くしかないか」

 言いつつ、私はさっそく席を立とうとする。が、その前に件の宮川先生が教室に入って来てホームルームを始めだした。

「と、今日は事情があって予定より早くホームルームを始めます。というのも、昨日、近所の銀行で強盗未遂事件があって、ウチの生徒が巻き込まれたの。そういう訳もあって、今日は授業を短縮し、皆には早めに下校してもらいます。保護者の方達にもお迎えに来てもらうよう連絡しているから、皆もそのつもりでいてね」

 子供達のアイドル宮川先生が、キリっとした顔でそう通達する。因みに私はこの宮川先生の〝女〟としての顔も知っているのだが、今は無理に言及しまい。この場で宮川先生の名誉を傷付けた所で、私が得る物は何もないのだから。

 そうは思いながらも、私には察する物があった。成る程。玉子ちゃんが今日登校していないのは、それが原因か。

 普通子供が銀行強盗に出くわせば、両親は心配してその翌日学校を休ませる位の事はする。寧ろ、こうして普通に登校している私の方が異常なのだ。母達の七歳児に対する気遣いの足りなさが露呈した感じだな、これは。伯母に言いつけてやろうか?

 この様に最近は母達の不幸を心底から祈る様になった私だが、まだ死までは望んでいない。アレでも私の両親なので、それなりに気にかけているつもりだ。〝両親の不幸は=扶養家族である私の不幸〟でもあるしね。

 しかし、仮に私があの両親の娘として生まれていなかったら、どうなっていただろう? 私以外の子供に、あの両親の娘をこなせるとはとても思えない。両親の横暴に耐えかねるのは、容易に想像がつく。今頃その子は伯母に保護され、幸せな人生を送っているのではあるまいか?

「………」

 それとも、逆か? あの両親の娘は、私以外にあり得なかった? あの両親だからこそ、私が生まれたと言うのか?

 そうだとすれば何とも救いの無い話だが、更に救いが無い事がある。

 それは私が自分の事を――不幸だと感じた事が無い点だろう。

 反対に、こんな自分の人生を楽しんでいる節があるから、タチが悪い。少なくとも、現在の鳥海愛奈という少女は、そういう娘だった。だが、それにも限界があるだろうと思い知らされる事になるのだが、ソレはもう少し先の話。

 私は素知らぬ顔で授業を受け――宮川先生は明るい笑顔を浮かべて教鞭をとった。


     ◇


 それから休み時間になって、私は玉子ちゃんのお見舞いに行くかどうか迷う。迷った理由はあの件に深く関わった私が彼女の前に姿を見せていいか判断に苦しんだから。私が姿を現した途端、玉子ちゃんはフラッシュバックを起こし、心臓発作でも起こすかも。

 いや、心臓発作は言いすぎだが、何らかのショック状態に陥る可能性はある。そういう事を考慮すると、私も軽率な事はできない。今日は玉子ちゃんの事は諦めるかと決めた時、唐突に後ろから声をかけられた。

「愛奈ちゃん――ちょっと話があるの」

「………」

 おやおや。誰かと思えば――飛江田崇子ちゃんじゃないですか。

 飛江田の姓が示す通り、彼女はワカナ伯母さんの娘で、私の従姉にあたる。一つ年上で、小学二年生である彼女は私の姉の様な存在だった。ややツリ目で、今日も長い黒髪を後ろで束ねた彼女は、〝和〟を連想させる。

 そうは言いつつも、普段は私の事をなぜか敬遠しているのが崇子ちゃんである。その彼女の方から私に話かけてくるとすれば、理由は一つだろう。

 そう察した私は、だから黙って彼女の後についていった。

 そして昇降口にさしかかった時、崇子ちゃんは口を開く。

「愛奈ちゃん。あなた、昨日かなり無茶な事をしたらしいわね?」

 やはりその件かと納得しつつ、私は頷いた。

「成る程。伯母さんは自分が私を叱るより、崇子ちゃんが私を叱った方が、効果があるとふんだ訳だね? その役を押し付けられた崇子ちゃんの気持ちを考えない辺り、伯母さんも鈍感な所はある、か」

 と、崇子ちゃんは伯母の様に露骨な溜息をつく。

「そうやって子供らしからぬ所を見せつけるから、叔母様達は面白がってあなたを玩具にするのよ。一瞬でそこまで洞察する七歳児って、一体何者? あなた、実は見かけは子供だけど中身は大人な名探偵かなにか?」

「まさか。私は正真正銘の七歳児で、しかも自分が賢いと思った事は一度も無いよ。崇子ちゃんに比べれば、私なんて可愛いものだよ」

 笑顔で告げると、崇子ちゃんは顔をしかめた。

「というか、崇子ちゃんって私と話す時だけ口調が違うよね? それって何で?」

「さてね。お得意の洞察力を使って、その辺りも考えてみたら? とにかく無駄だと思うけど一つだけ言っておくわ。あまりやんちゃはしない事よ、愛奈ちゃん。叔母様達はともかく、ウチの母は本気で愛奈ちゃんを心配しているから」

「成る程。その心配が原因で私を本当に引き取る事になったら、私は崇子ちゃんと一緒に住む事になる。それは厭だから、こうして素直に私に忠告をしにきた訳だね?」

 私だけでなく、他の下級生にとってもよき姉貴分である理想の上級生はジト目で私を見る。

「全く私の忠告は聞いていない様ね。言っておくけど、私はあなたのキャラ自体は嫌いじゃないの。ただ――あなたは少し勘が良すぎる。世の中には知らなくてもいい事もあるんだから――そういう事は弁えた方がいい」

 クスリと嗤う、崇子ちゃん。いや、私以外の下級生が見たら、本当に泣き出すぞ、その笑顔は。

重ねて言うが、飛江田崇子は私と違い本物の優等生である。伯母の血を色濃く受け継いだ彼女は非常に優秀で、非の打ち所が無い。上級生にも同級生にも下級生にも平等に優しく、慈愛さえ感じる時がある。

 伯母もそんな崇子ちゃんを、誇りに思っている筈だ。けど、そんな伯母の唯一の過ちは――恐らく崇子ちゃんに剣術を教えた事か。

 そうは感じながらも、私は全面降伏とばかりに両手を上げた。

「だね。何時だって崇子ちゃんの言い分は、私より正しかった。今回もきっとそうだから、私は素直に崇子ちゃんに従う事にするよ。昨日の事は猛省したから、この辺で解放してくれるかな?」

「全くこれっぽっちも心がこもっていないけど、ま、これ以上は何を言っても無駄ね。やっぱり人間、一度は本気で痛い目を見ないとわからないという事かしら、愛奈ちゃん?」

 と、私はそこでまたも口を滑らせる。

「大分、血の臭いが薄くなったね? 小学二年生には似合わない、香水のお蔭かな?」

「そう? なら、良かった」

 笑顔で答えて、飛江田崇子ちゃんは転身する。が、途中で立ち止まり、彼女は最後に問う。

「で、叔母様達は一体何を企んでいるのかしら? 母には言わないから、私にだけこっそり教えてくれないかな?」

「んー、そうだね。もしかしたら近い内に――私と崇子ちゃんは剣を交える事になるかも。私がしようとしている事を簡潔に表現すると――そういう事だよ」

 それで、今度こそ話は終わった。彼女が何を思ったかは、私には知る由もない。だが、崇子ちゃんはもう一度だけ此方を振り向いた後、階段を上がっていく。

 崇子ちゃんがそのとき浮かべた笑顔を強く記憶に残しながら――私も踵を返した。


     ◇


 と言っても、恐らく私はこれ以上深く崇子ちゃんとは関わらないだろう。ソレは私の役割では無く、別の人の役目だから。飛江田崇子は多分、これ以上鳥海愛奈の物語には関わらない。

 じゃあ何で出てきたんだと不思議に思う人がきっと多数で、私自身も疑問だ。そういう演出だったと思うしかないな、これは。

「………」

 それとも、これは私の読み違いか? 飛江田崇子ちゃんこそが、この物語のラスボス? いや、ラスボスってなんだよと思いながら、私はそろそろ帰る事にする。宮川先生が言っていた通り、今日は三時間目が終わった所で、下校という事になったから。

 そんな訳で私も帰路につく。周囲には母親と共に下校する生徒達が目立つが、私は違っていた。当たり前というべきか、ウチの母は迎えに来ておらず、私は一人で真っ直ぐ家に向かう。銀行強盗の一件が響いている為、寄り道も禁止されている状態だからだ。普段ならヒマ潰しをするため散歩でもする所だが、今はそれもままならない。

 その辺りは、非常に残念でならない。私の趣味の一つは、散歩だから。おまえは後期高齢者かと言われそうだが、散歩は何時だって私を魅了する。健康にいいし、脳に酸素を効率よく供給できる。なにより素晴らしいのは、お金がかからない点だ。

 お小遣いが未だに一月十円という有様である私は、だから駄菓子屋さえ利用できない。何かを買えばその時点で破産する私は、そのため常に節約を求められている。

 というか、一月十円って何だよ? 一年ためても百二十円にしかならないよ。一年経っても週刊誌一つ買えない。小学生を舐めているのだろうか、ウチの両親は? 

 そうえば、ある有名少年週刊誌は、三十年ほど前は百七十円で購入できたとか。今は三百円近くする雑誌は、嘗てはそれほど安価だったのだ。

 この不景気になぜ物価が上昇するのか大いに疑問なのだが、本の類はどんどん高くなる。昔は三百七十円で買えたコミックも、今は五百円位するから。

 その為、私はコミックの類をコンビニで立ち読みするしかない。週刊誌の類もそうだ。普通なら肩身が狭い思いで立ち読みするか、立ち読みの代償に何かを買ったりするだろう。

 だが、私にはソレさえ不可能なので、堂々と立ち読みするほかない。もし帯刀した小学生が雑誌を立ち読みしていたら、それは私だと断定してもらって構わない。

 とは言いつつも、〝だからどうした? 何か得な事でもあるのか?〟と言われると返事に困る。それどころか私は一体世間様に何を求めているのだろうと、首を傾げるばかりだ。こんな貧乏な小学生も居ますよと世間様に知って欲しいのだろうか、私は?

 その辺りはどうにも不明瞭だが、こんな私は当然最近まで〝お年玉〟というシステムを知らなかった。コロニー落しという無差別大量殺戮攻撃は知っていたのだが、〝お年玉って何?〟と今年の二月に崇子ちゃんに訊いた程だ。

 彼女は苦い笑みを浮かべながら〝愛奈ちゃんは一生知る必要のない事よ〟と断言した。お前は母達の回し者かと全てを知ってから思った物だが、それも過去の話だ。未だにお年玉さえもらえていない私には、関係ない事だろう。

 そのあたり徹底していたのは、母達だ。親族からも自分達を通してお年玉を私に渡すという建て前をとっていたのだから。当然、そのお年玉は母達の懐に入り、私にはビタ一文回ってこない。この七年毎年の様にそんな調子だったのだが、来年辺りは漸く変化が起きそうだ。お年玉というシステムを知った私は、伯母達から直接お年玉をもらう予定だから。

 それとも、この七年でいくら私からお年玉を横領したか母達を追及するのが先だろうか? あの母達の事だから〝七十円〟とか舐めた事を言いそうなのは想像に難くない。真実を吐かせるのは、それ相応の苦労が必要だろう。

 そうは思いつつも、ウチの家計はいま本当に不味そうだ。例の新興宗教が軌道にのるまでは家計を圧迫する様な真似は控えた方がいいかも。私と言う七歳児にそんな危機感を抱かせるぐらい、鳥海家は現在危機的状況にあった。

 なんで七歳児がそんな心配までしなくちゃならないんだと、偶に理不尽に感じる。だが、私以上に貧乏な小学生だって中には居る筈なのだ。私以上に気を使っている七歳児も、世の中には確実に居る。そう思うと、私もこれ以上不平不満を口に出来ないでいた。

 まあ、私の場合は間違いなくあの父達の所為なのだが。父達に全責任があるのだが、これも母が言っていた〝腐れ縁〟という奴か。

 伯母が母の姉だったように、私も運悪くあの母達の娘だったというだけの話だ。と、あまり自分の事を不幸だと思ってもロクな事が無いので、私は思考を切り替えた。

 というより、実に唐突な話だが――私は今つけられている。

 いや、正確には〝今〟ではなく〝昨日から〟誰かに尾行されているのだ。

 ソレに気付いたのは、あの銀行強盗があった後。その為、私は警察関係者が私を監視しているのかと思った。お巡りさんに連行させながら刑事が私を尾行するという、二段構えのマークだと考えたのだ。どうも私はそれぐらい、当局に危険人物あつかいされている様だから。

 けど、その尾行は私達親子が事情聴取を終えた後も続き、今も継続している。この段階まで来て、私は〝これは警察の関係者ではないのでは?〟と考え始めていた。

〝いや、もう少し早く気付けよ〟とツッコミを入れられそうだが、そこは七歳児の浅慮と思ってもらえると有り難い。何度も言うが――私は紛れもない単なる七歳児なのだから。

 それはそうと、この場合どうした物か? 下手をすれば、またこの中国刀が必要な案件になりそうな予感がしてきた。ソレを確かめる手段は、一つだろう。

 よって、私は家を目前にして小道に入る。そのまま尾行者を誘導し、路地裏へと誘い込む。

が、尾行者はこの誘いにはのらず、彼方で足をとめ、遠方から此方の様子を窺っていた。

「成る程。随分シンチョウだね。そうまでして、私の何が知りたいんだろう?」

 思い当たる節がない私は、首を傾げるばかりである。かといって、このまま尾行者を放置すると何らかの不利益を招きそうだ。何とかこの尾行者の正体を暴かないと、納得がいかない。

 そう思った私は、だから裏路地から出て大通りに入り、車の通過を待つ。

 ソレを目撃した後――私は一気に駆け出していた。

「――なっ?」

 七歳児にあるまじき速度で私は尾行者が居る方向へと疾走し、彼女もそれに気付く。彼女は自分に猪突してきた私を前にして転身し、逃走を図る。

 私はそんな彼女の背中を追い、ある事に気付いた。

「え? これって?」

 けど今はその事は追及せず、私は抜刀して、今も逃げに転じている彼女を注視する。その足目がけて、手にした中国刀を投擲し、彼女の逃走を阻止する。

 この狙いは成功に至り、中国刀が足に命中した彼女はバランスを崩し、その場に転倒していた。私と彼女のおいかけっこはアッサリ終了し、私は彼女を捕えたのだ。

 いや、そう思っていたのだが、彼女は何故か笑いだす。

「フフフ。さすが。さすがは――師匠ですね」

「……師匠?」

 何を言っているのだろうか、この彼女は? 年齢は十七歳位で、長い茶髪を背中に流した謎の美少女は立ち上がりながら微笑む。身長は百六十七センチ程で、青いロングスカートを穿いたワイシャツ姿の彼女は、何故か笑ってみせた。

「いえ、さすがは私が師と見込んだだけの事はある方です。まさか私の尾行を察知し、この私を捕捉するとは。やはり、私の目に狂いは無かった」

「………」

 さすがと褒められた私だが、さすがに言っている事がよくわからない。私は地面に落ちた中国刀を拾いながら、大声を出そうか迷っていた。〝お助け! 不審者がここに!〟と言った感じで。

 そうなると、彼女は間違いなく社会的に抹殺されるだろう。防犯カメラを詳しく調べれば、私を尾行する彼女の様子が撮影されている筈。状況証拠は完璧なのだから、私が損を被る事はあるまい。が、私が息を大きく吸い込んだ所で、彼女は待ったをかける。

「いえ――待って下さいっ? 私は決して不審者ではないので――!」

「………」

 どの面下げて、そんな事をほざいている? 昨日から今日まで私を尾行していた不審者が不審者ではない? そんなのは、酔っ払いが酔っぱらっていないと主張するような物だろう。まさに、戯言と言う奴だ。

「……いえ、貴女が私を不審に思う気持ちはわかります。でも、どうか私の話を最後まで聴いて下さい。率直に言えば、私は昨日、あの拳銃強盗があった銀行に居合わせていたのです」

「んん? つまり、昨日の一件の被害者って事ですか? 強盗犯の人質として扱われていたという事?」

「ええ。実の所、貴女が現れなければ私があの事件を解決していたでしょう。隙を見て、私があの彼の身柄を押えるつもりでしたから。私にしてみればソレは実に容易な事で、実行は容易い事でした。ですが、その時です。貴女があの銀行に現れ、件の強盗犯を事もなく瞬殺したのは」

「………」

 いや、言っておくけど私は彼を殺害まではしていない。手足を折り、顎を破壊して、重傷を負わせただけだ。何でも全治六カ月以上とかいう話だしね。だが、それも子供に銃を向けた代償としてはやすい方だろう。

 いや、銃を向けられたのが私なら、彼をフルボッコにしたのも私なのだが。要するにある意味あの一件は私の自作自演という事である。言わば、今週の鳥海愛奈劇場と言った所だ、あの事件は。尚、今週の鳥海愛奈劇場は今週の愛の劇場より、少しだけ血生臭いです。

「え? 要するにその時の私の太刀筋に魅せられて、私を師事する事にしたって話ですか? その為に私をつけて、住所を確認した?」

「はい。はじめは興味が少し湧いたから、貴女の住所だけでも確認するつもりでした。ですがその途中、思いがけない事が起きたのです。貴女が警察で聴取を終え、家についた時、私の携帯からこんな連絡が入ったから。敬愛する私の兄が暴漢に襲われ――大怪我を負ったと」

「……あなたのお兄さんが、暴漢に襲われた?」

 私が眉をひそませると、彼女は天を仰ぎながら続ける。

「そう。私はあの時ほど運命を呪った事はありません。今まで引きこもりだった兄が、漸く外出したその日に暴漢に襲われたのだから。兄は両脚を折られ、顎を破壊されて、道端で昏倒していたそうです。ソレを親切な男性が発見して、救急車を呼んでくれた。兄は未だに意識が戻らず、昏睡したままです。命の危険はないという事ですが……こんなのは余りに酷すぎる。そう考えた私は――何としても兄の仇を討つと誓ったのです。兄を襲った暴漢を見つけ出し――警察に突き出そうと誓いを立てた。……ですが、問題が一つ生じました」

「はぁ。問題、ですか?」

「ええ。兄の傷口を見た限りでは、ソレは並みの使い手では無かったのです。正に達人とも言える太刀筋で、正直、私では勝てる気がしませんでした。そう感じる程に兄に傷害を負わせた人物は腕が立つのです。兄もスタンガンを片手に抵抗をした様ですが、とても歯が立たなかった様でした。そんな時です。私が貴女の事を思い出したのは。あの尋常ならざる動きをみせた貴女なら、或いは件の暴漢に勝てるかも。少なくとも互角に渡り合えるだけの腕は持っている筈だと、私は思った。いえ、とてもそんな危険な事を貴女にお願いはできないので、せめて貴女から剣を習いたい。そういった訳で私はこの話を切り出すタイミングを窺い、今まで貴女を尾行していたのです」

「………」

 どうやら、この彼女はプライドが低く、子供に対する防犯意識が希薄らしい。

 七歳児を師事する? 私に剣を習いたい? その為に私を一日中つけまわしていた? ソレは犯罪ギリギリの行為で、とても常識人とはいえない行動だ。警察に通報されても文句は言えませんよ? ……けど今の彼女の説明は、何だかどっかで聞いた事がある様な話である。

 そう思っていると、彼女は実に重大な事を口にした。

「というか、お恥ずかしい話です。私の生業は――ハンターだというのに。今の私では、自分の兄に暴行をくわえた犯罪者一人捕えられない――」

「――ハンター?」

 ハンター。ハンターとは要するにアレか? 例の大ヒット漫画の事ではなく、父が言っていたアレの事か? 犯罪者を捕まえ、警察から懸賞金を得ると言うアレの事?

「はい。正にその通りです。というのも私の家は裕福とは言えず、そのため私も働かなくてはならないから。その為の職種を――私はハンターに定めたのです」

「………」

 ソレは、余りに出来すぎな話だった。昨日ハンターになれと父に言われたその翌日、その職種のヒトに出会ったのだから。

 つまり彼女は私の先輩で、私の方こそ彼女を師事する必要があるという事だ。この余りにご都合的な展開を前にして、私はもう一度眉をひそめた。

「成る程。あなたもハンターでしたか。実に奇遇というべきで、実は私も今日からハンターを目指す事になったんです。そこで物は相談なのですが――私がそのお兄さんの仇をとっても構いませんよ? その代り、あなたは私に色々便宜をはかってはもらえませんか?」

「……便宜、ですか?」

「はい。例えば、あなたの手におえなさそうな犯罪者の居場所を特定したら、その情報を私に流すとか」

 そう。或いは、私には犯罪者を打倒できる武力があるかもしれない。けど、そういった犯罪者達の所在を確認する術が私には無いのだ。犯罪者の居場所を特定するノンハウが、私にはどうしようもなく欠落している。

 ソレを補う手段があるとすれば、この彼女を頼る事だろう。いや、正確には交換条件といった所だが、私が笑顔でそう提案すると、彼女は息を呑んだ。

「……成る程。私は情報を提供し、貴女がその標的を倒して、賞金を山分けしようという訳ですね?」

「………」

 正直言えば、私は賞金を独り占めするつもりだったのだが、ここは彼女に対して首肯する。

「ですね。情報提供と言う重大な役目を担っている以上、あなたが賞金の一部を得るのは当然です。ここは五対五と言った感じでどうでしょう?」

「……五対五?」

 今度は、彼女が眉をひそめる。……しまった。幾ら何でもタカリすぎたかと思った時、彼女は口を開く。

「いえ、最終的に危険な仕事をするのは貴女なのだから、ここは四対六が妥当でしょう。本当は見栄を張って二対八と言いたい所なのですが、私も余裕が無いのでこれでご容赦を」

 そこまで言ってから、彼女は更に続ける。

「そうですね。手強い犯罪者ほど賞金は高いので、私にとってもその提案は悪い話ではありません。寧ろ――これは幸運とさえ言えるでしょう。今まで捕縛を諦めていた犯罪者を捕え、賞金を得る事ができるかもしれないのだから。でも、その前に一つだけ宜しいでしょうか?」

「んん? 何でしょう? 私に出来そうな事があるなら、言ってみてください」

 私が首を傾げると、彼女は微笑む。

「師と崇めた方に対し不敬な様ですが――貴女の実力をもう一度確かめたいのです。真に私が師事するに値する人物か知っておきたい。故に――私と模擬戦を行ってもらえませんか?」

「………」

 どうでも良いけど、本当に礼儀正しいな、このヒト。七歳児に対してこうも礼を尽くすとはかの三顧の礼で有名な劉備玄徳も真っ青な感じだ。平気で七歳児を尾行する、変質的な所もあるけど。

「わかりました。あなたの立場からすれば、当然の要求です。では、早速近くの公園に移動しましょう。大丈夫、大丈夫。通報されたりはしません。何せ始終人気が無い公園ですから」

 七歳児と女子高生が戦うとなれば通報されかねないが、以上の理由を以て私は彼女を安心させる。彼女は表情を引き締めてから頷き――私達はこの場を後にした。


     ◇


 では、ここで根拠のない憶測を展開しよう。

 まず、この彼女が嘘をついている可能性について。

 私に目をつけたのは本当だが、彼女は飽くまで私を利用するだけだとしたらどうだろう? 私の武力を利用し、賞金額も詐称して、低賃金で私をこき使う。自分は多額の賞金を得て暴利を貪り、危険な仕事は全て私に押し付ける。彼女は初めからそのつもりだとしたら、どうするべきか?

 その時は然るべき報いがあって当然だが、今は前述の通り推測の段階だ。確証は一切なく、それ以前に件の共同作業は私から申し出た事である。こちらから提案した事である以上、全ては考えすぎだと言わざるを得ないだろう。

「………」

 それとも、私が先に言い出さなかったら彼女の方がこう申し出ていた? やはり彼女は、私を利用する気満々なのだろうか? その打算を隠す為に、必要以上に腰が低いと言うのか? 

 この様に彼女が悪事を考えている可能性は、幾らでもある。私の様な一介の七歳児に、その全てを見通す事は不可能だろう。よって私は、少しだけ彼女に対し牽制をする事にした。

なんて事はない。

 ちょっとだけ私は――本気を出す事にしたのだ。


「では、始めましょうか」

「ええ、やりましょう」

 例の公園に場所を変えた後、私と彼女は示し合わせた様に臨戦態勢に移る。彼女は近くにあった小枝を拾って武器代わりにし、私は中国刀の柄に手を伸ばす。

 途端、彼女は数秒だけ瞳を閉じるが次に彼女が目を開けた瞬間、渾身の気迫が周囲を貫く。

 その圧倒的な気迫は――野鳥を一斉に彼方へと羽ばたかせる程だ。

 野生の動物は危険を察知し――一斉にこの公園から去って行く。

 普通の七歳児ならこの時点で失禁している所だが、或いは脱糞している所だが、私は首を傾げた。

「………」

 成る程。

 こんな事もあるのだなと感じつつ、私は七メートル離れた場所に居る彼女を眺めた。

「では――まいります」

 それが、模擬戦開始の合図となった。彼女が、悠然と一歩踏み出す。その瞬間、私はこの圧倒的な力量を前にして、致命的な幻視を目撃する。それは間違いなく次の刹那に起る事。一瞬で私の間合いに入って来た彼女が、振り上げていた小枝を振り下ろす。

 たったそれだけの事で私の頭蓋は事もなく砕け、抵抗する間もなく私は絶命する。ソレは絶対に覆し様のない現実であり、私達が立ち合う事になった時点で確定された未来だ。

 彼女は謙遜していたが――彼女は正に化物じみた力量を有している。そう気付いた時には既に手遅れで、私は恐怖を抱きながら泣き出し、身の程を知るだろう。

 そう確信できる程に――彼女の闘気は常軌を逸していた。

 ならば私が戦意を喪失するのは当然で、ソレを責める者など誰も居ないだろう。プロのハンターと七歳児では力の差がありすぎて、とても太刀打ちなどできないのだから。寧ろ今まで泣き出さなかった私を、皆は褒め称えるべきだと思う。

 だが、それも限界だ。

 私は眼を開きながら彼女と言う名の怪物の一撃を待つしか無く、それは間もなく訪れた。

「――はっ?」

 そして、刮目したのは果たしてどちらだっただろう?

 私が天を仰いでいる間に彼女の得物が私に迫り、次の瞬間――多分私は彼女の視界から消えていた。

 まるでシーンの一部分を切り取ったかの様に私は其処に居て――彼女の首筋に中国刀を当てる。正直、このまま刀を振り切った方が楽なのだが、私は何とか寸止めを成功させていた。

「……冗談、でしょう? 今のが、貴女の本気、ですか?」

「どうだろう? あなたが思った以上に強かったから、少しだけ本気になったのは事実かも」

「………」

 すると彼女は沈黙し、数秒経ったあと漸く言葉を紡ぐ。

「貴女の真意は、よくわかりました。今のは、私に対する牽制ですね? 私が貴女を裏切るような事があれば、この刀が確実に私を断罪する。そう言った思いが込められた一撃だと私には感じられましたが、いかがです?」

「まさか。七歳児にそんな知恵は無いよ。私は単に、あなたが怖くてついムキになっただけ」

 中国刀を鞘に収めながら、私は微笑む。

 彼女はというと小枝を捨て、あろう事か、その場に土下座した。

「――畏れ入りました。やはり、私の目に狂いは無かった。貴女こそ、私の生涯の師。どうか今後とも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「……いえ、七歳児に女子高生が土下座する図と言うのは思いの外きついんだ。だからそういう堅苦しいのは無しにしよう。というか、あなた本当に礼儀正しいですね? 七歳児に対してソレとか、どれだけ周囲に気を使って生きてきたんです?」

「いえ、これは私の地です。何者に対してもまずは敬意を払うと言うのが、私のポリシーですから」

 彼女が立ち上がりつつ、そう語る。……今ふと思ったのだが、このヒト、結構サイコな所があるのでは? 思い込みが強いというか、その分、裏切り者は許さない傾向にあるのではないか? そう感じた時、私の方がある種の恐怖を覚えていた。

「では、これより正式な師弟関係を結ばせてください。月給は、これでどうでしょう?」

 彼女が、片手を広げて私に示す。私は、思わず唖然とした。

「……えっ? ――五十円っ? 私……そんな大金をもらえるのっ?」

 今年一番の大事件だった。五ヶ月分のお小遣いを私は一月で得る事ができるというのか? それは正に、驚天動地の事実だ。が、彼女は何故か呆然とした後、申し訳なさそうに言った。

「いえ、あの、失礼ですが桁が違います。私は五万円ほどで如何でしょうかと提案したのですが?」

「――ごまんえん――ッ?」

 ドラマやアニメや漫画の中でしか聞いたことが無い値だった。当然だが、直にそれだけのお札を見た事が、私は未だ嘗てない。ぶっちゃけ、彼女の闘気よりよほど失禁の材料になりそうだ。

「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、本気で言っているデスカ、それは――っ! あなた、家が裕福じゃないって言っていたのに――っ!」

「ええ。だから五万円なんです。えっと、貴女ほどの方なら普通この十倍の謝礼を受け取って然るべきなんですよ? 貴女はその事を、もう少し自覚した方がいいと思う」

「………」

 え? そうなの? 私は伝説の剣客か何かだったのか? 鳥海流刀殺法の開祖だとでも言うのだろうか? いや、誰かを半殺しにあわせた事はあっても、殺した事は無いのだが。

「故に心苦しいのですが、私としてはこれが精一杯です。やはりこの額では、師にはなってもらえないでしょうか?」

「――まさか、まさか、まさか! あなたの様な好事家なんてもう現れないかもしれないんだからこんな好機を逃す筈が無い! 師でも何でも請けおいますから、その線で行きましょう! ……え? でも、私がお兄さんの仇を討つから、あなたは私を師事する必要は無くなったんじゃ?」

 自ら墓穴を掘りにいった私に、彼女は慈悲深い微笑みを見せる。

「いえ、私としては更に腕を上げ、更なる高みに立ちたいのです。私も貴女に並ぶ程の剣客となり、もっと凶悪な犯罪者を捕えていきたいと考えている。その為には――貴女の協力が不可欠なのです」

「………」

 今更ながら、なんか良いヒトだぞ、このヒト。いや、待て。落ち着け、鳥海愛奈。私はただおだてられただけで、まだ実質的な利益は何も得ていないのだ。事態がそこまで進まないうちに、必要以上に慄いてどうする? いくら五万円が手に入る機会だとしても、今は冷静になるべきだと私は思う。ならばとばかりに、私は一応訊いてみた。

「……あの、その月謝なんだけど、幾らか前払いと言う訳にはいかないでしょうかァ?」

「………」

 思わずヘコヘコする。今度は私の方が、腰が低くなる。こんな私を一瞬哀れんだような目で見た後、彼女は財布を取り出し、何と現金を取り出した。

「幾らかと言わず、今日の内に五万円全て差し上げますが?」

「何とォ!」

 ――脱糞しそうだった。生まれて初めて――ウ■コを漏らしそうだった。ヒト前でそんな粗相をしてしまいそうな程、私は心底から打ち震えていたのだ――。

「では確かに五万円、お渡ししましたから。できれば、受領書を頂きたいのですが?」

 今もガタガタ震える私に対し、彼女がそう要求してくる。

 私は迅速に行動し、ランドセルから紙とペンを取り出して、受領書を書き上げる。赤ペンを親指に塗ってソレを受領書の名前の部分に押し付け、母印とした。

「はい、結構です。成る程。本名は――鳥海愛奈殿ですか。実によいお名前ですね。と、申し遅れました。私の名は――堺勝馬と言います」

「……さかい、かつま? 失礼ですが、男性の様なお名前ですね?」

「はい。父も剣士で、私を武士の様に育てたいという思いからそういう名にした様です。で、今後の事なのですが――」

 そうして、堺さんは今後のスケジュールを説明していく。ソレに必要な備品まで私に買い与えてくれて、全ての準備を整えた。

 かくして鳥海愛奈はハンターとしての第一歩を踏み出し――何より高給を得たのだ。


     ◇


 それから、私は一度堺さんとわかれた。

 一人街に残された私は、ただ呼吸を乱すしかない。

 ……というか、本当にいいのだろうか? 七歳児が、五万円も所持して構わない……? 私は今もガタガタ震え、今にも失禁寸前である。裕福になったにもかかわらず精神的に追い詰められ、今にも発狂しそうだった。

「……いえ、違う。こういう時こそ落ち着くのよ、愛奈ァ!」

 まだ堺さんが私を罠にはめようとしている線だって、消えていない。よく詐欺でもあるではないか。まず被害者にお金を掴ませて信用させ、それから詐欺師に大金を預けさせると言う手口もある。この状況がその手口に当てはまらないと、誰が言えよう?

 そう思う一方で、私は初めて見る札束を前に、心がネジ曲がっていた。

「……こ、これは、アレじゃないかな? もしかして、お寿司と言う物が、食べられるのでは……?」

 しかも回転寿司では無い方の――高い方のお寿司が食べられるのでは? そう思うと、私の体はやはりガタガタ震える。感動の余り、涙が出そうだった。今までどんだけ貧乏だったんだよと思わなくもないが、それが鳥海愛奈の実情だ。

「お寿司、お寿司、お寿司! 今まで噂でしか聞いた事がなかった、お寿司が食べられる!」

 そう思うと、お腹が空いている筈なのに、逆に吐き気がする。胃液が逆流してきて、今にも喉の粘膜を焼きそうだ。

 因みにいま私の脳内に流れているBGMは、約束された勝利の■的な物だ。ソレが如何に大きな思い違いか私は何れ思い知る事になるのだが、今はそれどころではない。

 私は浮かれた足取りで銀座に向かい――ネットで調べた高級寿司店に入ったのだ。


     ◇


 寿司屋に入る。正午の為、店内にはそれなりに人が居る。彼等は七歳児である私を見て、場違いだと感じている様だ。

 そうは思いながらも、現在頭の中がおめでたい私は躊躇なくカウンター席に座る。この七年間の知識を総動員して、私は取り敢えずこう注文した。

「――大トロ、お願いします大将!」

「………」

 周囲の視線にこもる不安の色は、ますます濃くなっていく。〝本当に大丈夫か、この七歳児は?〟と言った感じで誰もが慄きを覚える。

 だが、五万円も軍資金がある私は、正に大船に乗った様な気分だった。しかも、お店の大将が握った大トロは、あり得ないほど美味だ。

「………」

 何だ、これは? 世の中には、こんな美味い物が存在していた、というのか? 私はこの七年、そんな事も知らず生存していた、と? 一体どれだけ人生損していたんだよと、大いに後悔するほかない。

 尚、私には両親にこの事を伝え、この寿司屋に連れてくる気は、一切無い。寧ろ母達では一生この味には辿り着けまいと嘲笑いさえした。娘の立場からすれば最低の親不孝者だが、親が親なのでそれも実に自然な事だと言えた。

「じゃあ、次はウニ!」

 故に私は罪悪感さえ抱かず、欲望の赴くまま、食べたい物を食べた。この店に入る前はそれなりに緊張していたのだが、ソレもお寿司の美味さが中和する。いや、明らかに食欲の方が勝り、気が付けば私は三十分で三十皿ほどお寿司を平らげていた。

 と、まあ、ここまで話が進んだ所で私のミスを挙げよう。

 私のミスは、三つ。

 まず、自分の軍資金を過信した事。

 それからこの寿司屋のメニュー表を見て、値段を確認しなかった事。

 とは言いつつも、寿司屋の多くは値段が表示されておらず、時価である事が多い。その為、確認したくても出来なかったというのが正直な所だ。

 で、最後の致命的な、三つ目のミス。それは私が銀座の寿司屋を、舐めていたという事である。

 ここまでくれば、もうオチは丸わかりだろう。

「えっと、お勘定は――六万五千円になるけど。お嬢ちゃん、本当に大丈夫?」

「…………え?」

 大丈夫じゃなかった。私の全財産を、一万五千円もオーバーしていた。

後に鳥海愛奈は述懐する。大将に値段を口にされたこの瞬間を、私は生涯忘れなかったと。この時以上の恐怖を、私はいまだ嘗て味わった事が無かった。

 天国から一転地獄とはこの事だが、私は笑顔を浮かべながら首を傾げるしかない。今日までの人生が脳裏に走馬灯となって過ぎり、私は半ば絶望する。後に〝絶対に絶望しない女〟と称されるこの鳥海愛奈が――絶望しかけたのだ。

 お蔭で私の脳内のBGMは約束された勝利の■的な物から、当然の様に運命の■的な物に切り替わる。

 そのぐらい七歳児にとって、料金が足りないという事は衝撃的な事なのだ。

 買い物ならキャンセルで済ませられるが、私はもうお寿司を食べてしまった。食べた物は二度と戻らず、ただ私の胃の中で消化されるのを待つだけだ。覆水盆に返らずとは正にこの事で私は取り返しのつかないミスを犯していた。

「…………え?」

 というか、三十皿で六万五千円? 百円寿司なら三千円で済むのに、六万五千円? 幾ら何でもぼったくりすぎだろうと思わなくもないが、よく考えてみれば当然だ。大将のネタをみる目は正しく、その腕前も確かな物だったのだから。あの味は、確かに六万五千円分の価値があった。

 私はそう試算するが、現実は変わらない。私の資金はどう足掻いても五万円しか無く、それ以上でも以下でもない。要するに――私は生きてこの店から出られないという事だ。

「…………え?」

 いや、それは言い過ぎだが、このままでは私も両親と同じ立場になってしまう。母が痴漢を半殺しにした様に、父が痴漢をした様に、私も料金未払いという罪を犯してしまう。そうなると、私がとるべき選択肢は二つしかなかった。

 第一に、食い逃げをする。

 第二に、もう少し冷静になって考えてみる。

 ここまで状況が進んだ所で、私は食い逃げの線を選びかけ、それでも直ぐに却下した。

 理由は、私の姿は既に多くの人に目撃され、監視カメラにも映っているから。この状態で食い逃げをしても直ぐに足がつくのは目に見えている。〝所詮あの両親の子か〟と世間様に後ろ指をさされるのは目に見えていた。そう考えると、とてもじゃないがこの手は使えない。

 ならばとばかりに、私は後者の道を選ぶ事にした。

 だが、そうは思いつつも、今更何を考えろと言うのか? この絶体絶命の危機を乗り切る方法が、本当にある? ここは七歳児らしく、両親に頼るか? 

 いや、そんな事をすれば、私の今後の扱いは更に悪くなる。小学校を中退させられ、マグロ漁船に乗るはめになるかもしれない。私は何があろうと、あの両親に借りを作る事だけはできなかった。

「…………」

 ならば、堺さんを頼るか? あの彼女なら、私に救いの手を差し伸べてくれるのではないか? そのぐらい堺さんは誠実で、義理堅い気がした。

 けど、そう感じるからこそ、私は彼女を頼れないでいる。

だって、今さっき五万円も貰ったばかりなんだよ? どの面下げて後一万五千円も堺さんに要求できると言うのか? そんな事をしたら、私の師としての面目は丸つぶれだ。堺さんの私に対する敬意は霧散し、私も生涯堺さんに負い目を感じる事になる。師弟関係は崩壊し、私は一生、彼女にこき使われるかも。そう言った事態だけは、私は避けたかった。

「…………」

 なら、一体どうする? 何をどうすれば、私は救われると言うのか? それとも私は既に詰んでいて、その現実から目を背けているだけ?

 そう思った時――私は二つの案を思いついていた。

 その一つは、伯母を頼る事。あの伯母なら、或いは私の助けになってくれるかもしれない。いや、彼女の立場からすれば、ここで私を助けないという選択肢は無いだろう。

 だが、この私の状況を伯母が知れば、伯母は間違いなく両親の監督不行き届きを指摘する。私がこんな暴挙に出たのは、母達の教育が悪かったと伯母は追及するだろう。それは両親に借りを作るのと同意語で、とても選択できる道じゃない。私は親族にこの事を、絶対に知られてはいけないのだ。

 そう考えた時、私にはもう手は残されていない様に思われたが、違った。私にはもう一つの案に縋るという手段が残されていたから。

「……そう、だね。これも、余り使いたくなかった手だけど、このさいしかたがない、か」

 漸く答えに辿り着いた私は、だから堺さんに買ってもらったスマホを使い某所に連絡する。彼女は私に電話され驚いた様だが、私は冷静を装って本題に入る。

 彼女は暫く無言でいたがそれも束の間の事で――彼女は直ぐに行動を開始した。


     ◇


 そして――奇跡は起きた。

 三十分後、私はあのお寿司屋さんから無事でる事が出来て、漸く外の空気を吸っていた。

「いや、娑婆の空気は上手いですねー。私は今日ほど、そう感じた事は無い!」

「………」

 外気を堪能する私に、何とも言えない顔をする彼女。私は本当に、彼女が今どんな気持ちか察する事が出来なかった。

 そして――彼女こと宮川都先生は微笑みながら告げたのだ。

「そっかー。私も、鳥海さんの力になれてとても嬉しいよー」

「………」

 私と同じショートカットで、穏やかな瞳をした宮川先生は黒い髪をなびかせ首肯する。

「いえ、嘘じゃないよ? 本当だよ? 生徒の為に尽くすのが教師と言う職業だもの。例えそれが職務から逸脱した事でも、私と鳥海さんの仲だもの。これ位は私も予想の範囲内だったよ?」

「………」

 何だか、何時になく圧力じみた物を感じる。やはり私は、宮川先生の機嫌を損ねてしまったのだろうか?

 ま、普通に考えたら、私に何らかの感情を覚えて然るべきだろう。自分の弱みを握っている生徒に呼び出され、一万五千円も支払わされたのだ。これは明らかな恐喝行為であり、犯罪スレスレの所業である。そうと自覚していながら私がこの手を使うしかなかったのは、ソレだけ追い詰められていたから。

 しかし、そう思う一方で、この宮川先生の清々しさが私は大いに気になった。

「あの、先生? 私、これ以上先生を強請ろうだなんて思っていませんから。今回は本当に緊急避難的な処置で、お借りした一万五千円も来月お返しします。それはお約束しますから、どうか安心して下さい。何なら――土下座の一つもしましょうか?」

「うん、わかっている、わかっている。私は自分がどんな立場におかれているかちゃんとわかっているから安心して、鳥海さん」

「………」

 やはり笑顔で断言する宮川先生。私に教頭との不倫というネタを握られている担任教師。

 けど、私としては帯刀以外の事で彼女を強請る気は無かったのは本当だ。この七年間見てきたサスペンスドラマが、私をそう啓蒙したから。

 そう。強請は――何度も行ってはならない。

 何度も行えば――被害者は何れ感情を爆発させる。

 自分の弱みを他人に握られているという事実や、それによって生じている不利益に耐えられなくなる。不安感が殺意に変わり、被害者は加害者となって、恐喝犯の殺害に至るのだ。

 故に、相手を強請るならただの一度きりだ。それ以上は決して手を広げず、この手は禁じ手にしなければならない。だと言うのに、私は二度目の脅迫を宮川先生に行ってしまった。

 彼女がその事実をどう解釈したか、私には残念ながらわからない。だが、いい印象を抱いていない事だけは確かだろう。私にそう確信させる程、今の宮川先生はやけに爽やかだった。

「と言う訳で、また困った事があったら私に相談してね、鳥海さん。いえ、今日から新愛を込めて〝愛奈ちゃん〟って呼んでいい――?」

「………」

 余りに御機嫌な宮川先生。それは織田信長の抹殺を決めた、明智光秀を連想させる。

 けれど私はこれ以上何も言えず――ただ宮川先生を見送ったのだ。


     ◇


 私の昼食は、こうして終わった。私は暴食という名の大罪を背負ったのだ。加えて何か色々な物を失った様な気がするが、今は気の所為という事にしておこう。

 そう開き直って、私は今度こそ家に帰る事にする。というか、寿司屋の話だけで四千文字以上消費しているぞ、私は。私の中ではそれだけ大事件だったのだが、幾ら何でも尺をとりすぎだろう?

「でも、良い教訓になった。これからは、銀座で食事をするのだけはやめよう」

 鳥海愛奈が、生涯を通じて胸に刻んだ教訓の誕生であった。銀座、怖い。寿司屋、怖い。ついでに宮川先生も怖い。世の中は本当に怖い物だらけだ。〝いや、一番怖いのは担任を平気で強請るおまえだよ〟という謎の幻聴を聞き流しながら、私は家の前まで辿り着く。そういえば私、また無一文になったんだなと気付いた時、ソレは起った。

 私のスマホが振動を起こし、私にアクションを求めてきたのだ。

 電話に出てみれば、相手はやはり堺さんだ。

『もしもし、愛奈殿ですか? 今、宜しいでしょうか?』

「うん、構わないよ。何かあったの、堺さん?」

 私が問うと、堺さんは思っていた通りの事を通達する。

『ええ。さきほど有力な情報が入りました。ある凶悪犯を見つけたという情報です。情報屋は今その凶悪犯を尾行しているとの事。私も現場に赴くので、愛奈殿も来ていただけますか?』

 わかれてから一時間ほどしか経っていないのに、堺さんはそんな重大事を告げてくる。どうやら私が思っている以上に彼女は有能らしく、早くも私に活躍の場を与えてくれたのだ。

「………」

 いや、これは正にグッドタイミングだ。何せ無一文になった途端、金のなる木が現れたのだから。上手く行けば、私は賞金を手にし、また万札を拝めるかもしれない。そんな打算のもと私は頷き、堺さんに返事をする。

「――わかった。直ぐに行くよ。で、場所はどこ?」

 そして私は――交通費さえ無い事に気付く事なく現場に向かった。


     ◇


 と、確かに私は交通費さえ無いが、それでも何とか現地に到着する。場所は、人気のない倉庫街。それから五分ほど経ってから、見慣れつつある貌がやって来た。

「――すみません! 遅くなりました、愛奈殿!」

「いや、いや。待ち合わせをした時、人を待たせた事が無いのが私の自慢だからね。別に気にしなくていいよ」

 ま、嘘だけど。友達が居ない私が、待ち合わせなどした事がある筈もないから。いかにも自虐的だが、事実なのでしかたがない。それより、今は仕事の方を優先しよう。

「で、賞金首の所在は? そのヒトについて、何か情報とかある?」

 私が基本的な事を問うと、スーツ姿の堺さんは力強く頷く。

「はい。情報屋の話では――標的の名は江島幸助。年は四十二で性別は男。元々は海外で傭兵をしていた様です。楔島のレジスタンスに参加し、凄腕の使い手として知られた人物との事。そんな英雄的な彼ですが、『十八界理』の一人に殺されかけた事で人格が歪んだ様です。彼はヒトが変わった様に犯罪行為に手を染め、結果、祖国に落ち延びる事になった。故に楔島のレジンスタンスに連絡をとれば彼の能力はわかるでしょう。それまでは動かない方が賢明かもしれません。何しろ一つだけ確実な事があって、それは江島が私より強いという事ですから」

「んん? それは以前、堺さんが江島と言うヒトと戦ったという意味? そのとき堺さんは、彼に負けたという事?」

 後、能力って何だ? それだと私達の標的は、超能力者みたいじゃないか。

「いえ、江島と私は一面識もありません。これは私が雇った情報屋の能力です。彼の力は『雇主より強いニンゲンを見つけ出す事』ですから。よって今までは役に立たない人物だったのですが、愛奈殿と組む事になり状況が変わりました。私より強くとも愛奈殿より弱ければ、私達は江島を倒し、賞金を得る事が出来るかもしれない。更に言えば私より強い賞金首なら、それ相応の賞金額という事です。私は愛奈殿と組む事で、それだけの報酬を得る好機を得たと言うこと。これこそ件の情報屋の能力を生かせる、絶好の場と言えるでしょう」

「………」

 だから、能力って何だよ? それ、いま流行っているジョークか何か?

「私からは以上ですが、ほかに何か質問は?」

「……いや、いい。何だか、聴けば聴くほど頭が混乱しそうだから。要するに、私がその江島というヒトを倒せばいいんだね? 話を簡潔に纏めれば、そういう事でしょう?」

 私がそう確認した時、堺さんが何かに気付く。

 彼女は懐から振動するスマホを取り出し、通話を始めた。

「はい。そうですか。わかりました」

 で、彼女は改めて私に向き直ったのだ。

「……不味い事になりました。どうも江島の役割は遊撃だった様で、単独行動が殆どだったようです。そのため楔島のニンゲンも、彼の能力を知る者はいないとか。いえ、正確にはいたのですが、先の『十八界理』との戦いで全滅したようです」

「はい? 要約すると、敵の手の内は読めなくなったという事? どんな武器を所持しているかわからないって事だね?」

「簡単に言えば、そうですね。……となると、余りにリスクが高い。私達は、この一件から手をひくべきかもしれません」

 深刻そうな貌つきで、堺さんは語る。頬に汗を垂らしている辺り、ソレは事実なのかも。そう思う一方で、私は確認せざるを得なかった。

「でも堺さんは既に情報屋を雇って、江島の居場所を確認してしまったのでしょう? その情報料を、あなたは払わなければならない。要するにここで手をひけば、堺さんは赤字になるって事じゃない?」

「………」

 堺さんは一度沈黙してから、漸く言葉を紡ぐ。

「いえ、そこら辺は私の問題なので、愛奈殿が関知する必要はありません。私が第一に考える事は如何に愛奈殿の安全を確保しつつ、標的を捕えるかですから」

 堺さんの立場からすれば、尤もな意見なのかもしれない。

 けれど、さっきの一瞬の沈黙は、堺さんがこの件で大分無理をした事を私に直感させる。ならば、私も正直な所を打ち明けるしかない。

「えっとね、堺さん、実は私、さっきあなたに貰った五万円全部使っちゃったんだ」

「は、い?」

「いえ、それ処か知り合いに、一万五千円も借金するはめになってね。直ぐにでも返さないと結構まずい状況なんだよ。つまり、私も今はお金がいるって事だね。それも、なりふりかまっていられない位に」

 私が苦笑いを浮かべると、堺さんは逆に表情を引き締める。

「――待って下さい。一万五千円程度なら、私が立て替えても構いません。たったそれだけの金額の為に、命を懸けるのは余りに愚かすぎます。今回は諦めて手をひきましょう、師匠」

「では、その師匠として命じます。江島幸助の居場所を教えて、堺勝馬。私は自分のミスを弟子に庇われる為に、ハンターになった訳じゃないから」

「………」

「うん。私はこれでも、堺さんの葛藤は理解しているつもりだよ。これは、多額の賞金を得るチャンスだ。でも、その為には子供である私を巻き込まなければならない。果たしてそれは、先駆者として正しい選択なのか? こんな子供を危険に晒してまで、大金の獲得に踏み切るべきか? そういった煩悶を、堺さんは抱いているんだよね? なら、ソレを解決する手段は一つだけだと思わない? ……ん? というか、アレは何?」

「は、い?」

 私が彼方に指をさすと、堺さんも後ろを向いて、その方向に目を向ける。

 同時に私は抜刀し――堺さんの首筋に一撃加えていた。

 途端、堺さんは昏倒し、私は彼女の躰を受け止める。

「だね。何があろうと堺さんは私を止める。母や父と違い、あなたはきっとそういうヒトだから。なら――私はこうするしかない」

 堺さんの懐からスマホを拝借し、通話履歴を調べる。この数時間で頻繁に連絡を取り合っているのは、このAと言う人物か。

 私は堺さんのスマホを使ってAに連絡し、彼が出た所で本題を切り出す。

「やっほー。私は堺さんの同僚だよ。いま堺さんは用事があって電話ができないから、私が代理になったんだ。で、さっそく訊きたいのだけど江島幸助は今どこにいる? 何か彼の動きに変化はあった?」

『………』

 Aは一間空けてから、口を開く。

『いや、今のところ動きは無い。江島はいま■■町の倉庫街の、第三倉庫に潜伏中だ。さっき堺から倉庫街についたと連絡をもらったから、後はあんた達の仕事だな。俺はそろそろ、お暇させてもらうぜ?』

 通話は、そこで切れた。私達が居るのが第二十番倉庫前だから、第三倉庫というとここから南に二百メートルほど行った所か。

 私は堺さんを人目につかない倉庫裏に隠すと、そのまま目的地に向かう。第三倉庫前についた後、その扉を手にした中国刀で突き破っていた。

 そして私は――ついに江島幸助なる人物と対面したのだ。

「………」

 そういえば、言い忘れていたが――この物語の趣旨は基本ギャグである。

 毒にも薬にもならない――ギャグである。

 故にこういう事も、平気で起こり得るのだ。

「クカカカ。まさかハンターか特殊部隊の一員か、君は? 私の捕縛が、君の任務という訳だ?」

「………」

 それは西洋の甲冑を着て、馬に乗った、白髪を背中に流す色男だった。左手にはモーニングスターが握られ、反射的にソレを以て彼は私を威嚇する。

「クカカカ。まさか、この私を見つけ出せる者が居たとは。それも、こんな幼子が私の前に立ちふさがるとは思ってもいなかったぞ、少女よ」

「………」

 いや、あんたこそ一体何者だよ? 何時代のヒト?

 私がそう疑問を抱く中――話は漸く第二章の冒頭に繋がった。


     ◇


 成る程。こうやって話を初めから順序立てて語られると、私も納得がいく。突然私の目前に馬に乗った人物が現れた訳でなく、そこに至るまで様々な過程があった訳だ。

 それもこれは、私から見れば大分納得がいく論理的な過程である。私は自ら堺さんに協力し堺さんの制止を振り切って、江島幸助の捕縛を決意したのだから。

 けど、一つだけ納得がいかない事があった。

 だからこのヒト、どんなレベルの変質者だよ? 絶対馬に乗った犯罪者とかおかしすぎるだろ? どこに馬を隠していた? 馬を維持するお金はどこから捻出している? 正に彼はツッコミ所しかない――現代の騎兵と言えた。

「ひさかたぶりに愛馬咢に乗ってみた途端、コレだ。お蔭で戦闘準備が省けたという物だが、少女にとっては運がなかったな。完全武装状態の私と、相対さなければならないのだから。クカカカ」

「………」

 後〝クカカカ〟という笑い声も初めて聞いた。実際にそんな風に笑うヒトも、この世には居たんだな?

「というか、あなたは全く驚かないんだね? 自分の目の前に現れたのが、こんな七歳児だって事に」

「クカカカ。当然だろう。君が見かけどおりの年齢とは限らないのだから。いや、なによりかのエルカリス・クレアブルは齢零歳で世界を滅ぼせる『悪魔』と戦ったらしい。仮に君がソレに類する者なら、私を打倒する為この場に現れてもそれほど不思議ではない」

「………」

 だから、さっきから何? その厨二病設定? 

 能力だの、エルカリス・クレアブルだの、『悪魔』だの、私が見かけどおりの年齢ではないだの、私の知らない所でいま何が起きている?

 そう混乱する一方で、私は楽観視もしていた。なにせ敵の得物は、モーニングスターだ。昨日の狂戦士の拳銃に比べれば、玩具にも等しい武器である。

 これは一気に標的のレベルが下がったなと私は鼻で笑い、彼もまた喜悦する。

「だが、奇異な点もある。私の目には、君は普通の人間にしか見えない。噂に聞く〝ジェノサイドブレイカー〟とも違う様だ。まさか全ては私の誤解で、君はただ私の隠れ家に迷い込んだだけか?」

「だとしたら?」

「――ブチ殺す――」

「………」

「そうだな。私もそろそろ次の段階に進むべきだろう。子殺しだけはした事が無かったが、あらゆる犯罪に手を染める事を誓ったのがこの私だ。子殺しをし、〝ジェノサイドブレイカー〟を生みだして、私の宿敵にするのもまた一興。君にはその余興の為の――生贄になってもらおうではないか」

 要するに、戦うしかないという事か。そう判断した私は、手にした中国刀を構える。馬男さんもモーニングスターを振り回し始め、臨戦態勢をとる。

「では、最後に訊いておこう。何か遺言はあるか、少女よ?」

「そういえば、訊き忘れていたよ。私って――あなたを殺しても賞金を貰えるのかな?」

 彼の答えは、こうだ。

「クカカカ! 私がそんなどうでもいい事――知る訳がないだろう!」

 その直後――馬男さんは私に向かって猪突した。


     ◇


「――は?」

 そして――鳥海愛奈は唖然とする。

 理由は簡単で、江島幸助の駆る馬の速度が常軌を逸していたから。

 それもその筈か。

 彼が走らせている馬の速度は――マッハ十を超える。

 時速約一万二千キロであり、有人兵器でこれだけの速度を発する物はこの世に存在しない。

 だが、江島はそのあり得ない筈の現象を事もなく現実化させたのだ。

 ソレは即ち――鳥海愛奈の死を意味していた。

(ほ、う?)

 けれど、だからこそ江島は驚愕する。

 何故なら愛馬咢に蹴り殺されている筈の少女が――その攻撃を躱してみせたから。

 この偉容を前に江島は嬉々とし、愛奈は眉をひそませる。

(まさか――本当に人間じゃない? 何らかの超能力者だっていうの――?)

 だとしたら、これほどのバカ話は無い。世の中の仕組みに、疑問を抱くほかないだろう。一体この文明社会のどこに、超能力者などという輩が存在し得る余地があると言うのか? 少なくとも愛奈の常識には無かったが、現実は残酷だった。

 江島は再度突撃を図り――愛奈は迎え撃つほかないから。

(けど、大体向こうの手の内はわかった。彼は見かけどおりその機動力を以て、私をひき殺す気。そしてその瞬間にこそ――私の勝機がある)

 故に愛奈は紙一重の所で、江島の突進を避ける。凄まじいまでの衝撃波が愛奈の体に殺到するが、彼女は怯まない。そのまま体を一回転させ咢の後ろ足に中国刀を叩きつけようとする。

(アレだけの速度で動いている以上、急停止も、急な方向転換も不可能。攻撃を避けられれば後は無防備な後ろ姿を敵に晒すしかない)

 事実、愛奈の刀は咢の後ろ足に直撃しかける。

「な――っ?」

 だが、彼女は見た。

 その奇怪過ぎる、騎兵の様を。

 彼は、いや、彼等は気が付けば自分の頭上に居て、モーニングスターを振り下ろしてきたのだ。途端――愛奈の背筋に死に直結した悪寒が走る。

「つッ……!」

 ならば――彼女がその一撃を躱せたのはただの偶然か? とにかく愛奈はギリギリの所で江島の攻撃を避け、そのまま大きく間合いをとった。

(……何、今の動きは? 瞬間移動でもした? いえ、何か違う。アレはそれより凶悪なナニカの様な気が――)

「たぶん正解だ、少女よ。私の能力は、瞬間移動などという有り触れた物ではないよ。私の能力は――現実世界の侵食だ」

「――にっ?」

 ついで江島は馬の背に設置されていた戦斧を抜き、愛奈に目がけて猪突する。いや、彼の姿は一瞬で消失し、気が付けば愛奈の背後に居た。

「つっ!」

 振り下ろされる、巨大な戦斧。ソレを何とか避ける、愛奈。

 だが、江島の猛攻は止まらない。気が付けば彼は愛奈の側面に居て、戦斧を薙ぎ払う。ソレさえ躱す愛奈だったが――後はその繰り返しだった。

 江島は次々愛奈の死角に瞬間移動してソコから攻撃し――愛奈は何とかソレを避け続ける。

 そのやり取りは一分も経たない間に五千回に及び、愛奈の体力を確実に削っていく。それでも江島が一瞬たりとも油断しなかったのは、彼が愛奈の表情を見たから。

 そう。この劣勢にあって、この命の危機にあって――あの少女はいま嗤っているのだ。

 まるでゲームでもしているかの様に彼女は自分の攻撃を避け続け、嬉々として嗤い続ける。

「フフフ、ハハハハハ――!」

「クカカカ、クカカカ――!」

 故に、笑う、笑う、笑う。

 愛奈と江島は哄笑を合唱させ――互いに攻撃と回避を繰り返す。

 この異様な状況を前にしながら、両者共に互角の攻防を繰り広げる。

 マッハ十で攻撃を繰り返す江島の連撃を愛奈は躱しまくり、その果てに、ソレは来た。

「……ぐっ!」

 江島の一撃が――遂に愛奈の体を捉えたのだ。

 彼女はこのとき刀で防御するしか無く、それでも軽すぎる彼女の体は壁まで吹き飛ぶ。壁に背中に打ち付けられ、愛奈は初めて呻いた。

 が、その後、倉庫内に響いたのは――あろう事か彼女の笑い声だ。

「……フフフ、ハハハハ。――そっかー。銀座の件といい、あなたという存在といい、どうやら私は世間を甘く見すぎたようだね。崇子ちゃんの言う通り、七歳児という分も弁えず、図に乗っていたみたい」

 それは、敗北宣言ともとれる言動だ。鳥海愛奈は、今、自身の敗けを認めた?

 江島がそう感じた時、鳥海愛奈はただ笑った。

「いえ、良い世間勉強をさせてもらったよ。お礼に死なない程度にブチのめしてあげるから――私に感謝してくれるかな?」

 立ち上がり、微笑みながら語る彼女。ソレを聴き、江島は口角をつり上げながら吼えた。

「――面白い! 只の人間がこの私とここまで戦う? 只の人間が私の打倒を宣言する? これほど痛快なハッタリがほかにあろうか? きさまの様に存在その物が冗談のような者こそ――あの『十八界理』その物だと言うのだ!」

 あの眇目の少女に仲間も名誉も矜持も全て奪われた江島幸助という男が、再び愛奈に突撃する。ソレを正面から受けて立った愛奈は、彼の攻撃を紙一重で躱し続けながら口を開く。

「そう。あなたの能力も見当がついた。あなたの能力は――自分が想像した通りの状況をつくり出す事。ただ自分がどう動くべきか想像しただけで――あなたは実際にその通りに動く事ができる。移動という過程を省き、反動という物理法則を無視して、常識外の動きを実現できるのがあなたの異能。あなたの想像力で現実を侵食するソレは、正に脅威に値する。なにせあなたは自分が勝利する姿を想像しただけで――その通りにしてしまうんだから。普通に考えたら私の芸とは最悪の相性といった業だよ」

「だが、きさまはこうして私の攻撃を躱しているではないか! 只の人間が一体なにをどうすれば、その様な事が可能だと言うのだっ?」

「ああ、その事? 簡単に言えば――私はただ見た物体の動きを模倣しているだけ。私はさ――自分以外の物体の速度を見ただけで真似できる体質なんだ」

「な、に?」

 何だそれはと、江島は耳を疑う。そんな人間がこの世に居る訳がないと、眉をひそめる。

 だが、事実だ。愛奈が江島の初手を躱せたのは、彼女が咢の速度を模倣したから。今も彼女はある事象を視認し、その動きを真似しているにすぎない。

 そして――それが勝敗を分かつ要因となる。

「な、はっ? はっ? なっ?」

 徐々に加速を始める――愛奈。この時に至り愛奈の速度は江島の想像限界に追いつき、いや――追い越して、刀を振り上げる。

 そのまま彼女は――彼に向かって跳躍。

 その超速を以て愛奈は次々彼に刀を叩き込み――彼は徐々に意識を白濁とさせていく。

 この冗談その物の現実を前に――彼はただ幻視した。

〝――あなた、面白い能力を使うのね。ここで殺すのは惜しいから、あなただけは生かしておいてあげる。せいぜいあなたも無様に生き抜き、私の様に相応しい死に場所をみつけなさい〟

「そう、か! ここが、私の死に場所と言う訳、かっ!」

「だから――私にあなたを殺す気は無いと言っている!」

 愛奈の、渾身の一撃が江島の顔面に決まる。それで今度は彼の躰が十メートル先の壁に激突し、愛馬から切り離された彼は、ただ吐血した。

「……殺す意思は、ないと言うのか? 私は、また死に損なったと? ならば、最後に一つだけ教えてくれ、少女よ」

 自分の目の前に歩み寄る少女に、彼はこう問う。

「君は……ハンターか? もしそうなら、私の依頼を受けてもらえないか……?」

「いいよ。言ってみて」

 見る者を戦慄させるだけの笑みを以て、少女が問い返す。

 彼は自分が真に望んだ願いを、このとき口にした。

「……ある少女を、捕えて欲しい。年齢は十七歳ほどで、右目に眼帯をした、金髪の少女だ。名前はわからないが、彼女は自分を『勇者』と名乗っていた……」

「そう。わかった。その代り、私の依頼料は高いよ?」

「……問題、ない。恐らく、彼女の賞金額で、十分賄えるはず、だ……」

 それが――最後。

 江島幸助はそれだけ言い残し、意識を失う。

 その様を齢七歳の少女は静かに見届け――大きく息を吐いた。


     ◇


 こうして、一つの戦いは終わった。

 私は刀を鞘に収めながら、八時の方角を見る。すると其処には、堺勝馬さんが立っていた。

「と、私とした事が油断したな。堺さんに見られていた事に、気付かないなんて。あなたは何時から其処に?」

 数分前に、私に昏倒させられた堺さんは半ば呆然としながら、口を開く。

「……はい。途中から見ていました。だからこそ、私にはわからない。貴女は……一体何者ですか? 私は貴女の事を人間にカモフラージュした『異端者』だと思っていました。ですが、貴女は交戦状態になっても普通の人間のままだった。一体何をどうすれば、只の人間が『異端者』に打ち勝つ事が出来る? まさか、年齢も見たまんまだと言うのですか?」

「んん? やっぱり堺さん達って、普通の人間じゃないんだ? そっかー。どうりで最初に会った時の逃げ足の速度が、尋常じゃなかった訳だ」

 あれ、楽勝で普通の人間の百倍以上の速度だったし。いや、その時点で気付けよという話だが、これもまた七歳児の浅慮と思って納得して欲しい。

「ま、そうだね。私は正真正銘の人間で――間違いなくただの七歳児だよ」

「……人間の、七歳児。人間の七歳児が、私より上で、江島さえ相手にならない? これいじょう愉快なブラックジョークを……私はほかに知りません。でも、そうですね。これだけは言えます。愛奈殿は私が知る限りでは――最強の七歳児です」

「………」

 おやおや。堺さんまで、父と同じ事を言い始めたぞ? そう思う一方で、余り褒められた気がしないのは何故だろう? 逆に〝おまえはただの化物だ〟と言われている気さえする。

 けど、成る程。

 ここは堺さんが言う通り、いっそ開き直って最強の七歳児を自称してもいいのではないか。〝アイアム最強七歳児〟こそ私が主張すべき事なのでは?

 いや、そう言い張って、私に得る物があるかと問われると答えに窮するのだが。というより最強の七歳児って、世界レベルで見たらどんな立ち位置なのだろう? やはり、最強の八歳児には勝てないのか? 所詮その程度なのか、最強の七歳児とは――?

「というか、最強の七歳児になると何か良い事が? 七歳児チャンピオンの称号と共に、何か副賞が贈られるとか?」

「……いえ、『異端者』のギネスブックに載るだけで、賞金とかはありませんが」

 そこまで無駄口を叩き合った所で、堺さんは漸く本題に移る。

「とにかくありがとうございます、愛奈殿。これで私達は赤字を出さずに、賞金を得る事ができる。私もイキナリ江島レベルは欲張りすぎだと思ったのですが。どうやら私は貴女を過小評価していたようです」

「んん? そう言えば、訊き忘れていたけど、堺さんは一つの仕事でどれ位のお金を稼いでいたの?」

 何となく疑問に思った事を訊ねると、堺さんは何故か一瞬口ごもり、やっと言葉を発する。

「私が今まで一つの仕事で得た賞金額は――二十万円が最高です。で、あの情報屋を雇うための謝礼は――十万円」

「――にじゅうまんえん――っ? ――じゅうまんえん―――っ?」

 私の月給の――四倍?

 情報屋を雇うだけで、私の月給の二倍の謝礼を支払ったと言うのか――?

 この事実を耳にした時点で、私の体はガタガタと震えだす。小便と大便が一緒に出そうだ。実にひねりのない反応だが、だからこそコレは私の宿病と言えた。

「……え? 待って? つまり、江島の賞金額はそれ以上という事だよね? 一体この彼にはどれだけの価値があるっていうの……?」

 恐る恐る訊いてみると、堺さんは一瞬迷ってから、こう答えた。

「はい。江島幸助の賞金額は――五百万です」

「ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ごひゃくまんえん―――っ?」

 五万円で見た事も無い金額なのに――その百倍だった。

 堺さんの最高獲得額の――二十四倍以上の賞金額だ。

 意味不明、意味不明、意味不明、意味不明、意味不明、意味不明、意味不明、意味不明。

 なまじソレがどれだけの金額かわかってしまう分私にはソレがどれ程の事か理解できない。矛盾している様だが、それが鳥海愛奈の実情だった。

「……え? ちょっと待って? という事は、私の取り分は……三百万円位って事? 私は一日で三百万円も稼いだ……?」

 そんなバカなと、私は現実さえ疑う。こんな事はありえないと、この状況を拒絶さえした。

 しかし、堺さんは首を縦に振る。

「ええ。愛奈殿の取り分は三百万円で、私の取り分は二百万です。いえ、本当にお恥ずかしい限りですね。私は殆ど何もしていないのに――賞金の最高額を十倍も更新したのだから」

「………」

 卒倒しそうだった。気を失って、泡を吹きそうだった。喜ばしい事だというのに、私はやっぱり吐き気さえする。

「……そっかー。つまり、堺さんの家もこれで一気に裕福になったって事だね? それはとても喜ばしい事だよー」

「いえ、私は家が貧乏というより借金が……と、何でもありません」

 言葉を濁す、堺さん。何故かソレは、私に対する気遣いの様に感じられた。

「で、賞金は現金が良いですか? それとも、銀行に振り込んだ方がいい?」

「……待って下さい、堺さん。どうか冷静になって。七歳児が家に三百万の現金を持ち帰ったら、間違いなく何があったか追及されるから。そして普通七歳児は、銀行口座など持っていない。仮にあったとしても、親が管理していて自由にはならない」

「言われてみれば、そうですね。では、必然的に私が愛奈殿の賞金を管理するという事になるのですが、どうしますか?」

「………」

 何だ、このシチュエーションは? 遂に、来るべき時が来たと言った感じだぞ。これは正に私に小金を与えて信用させ、大金を預けさせると言う例のアレである。まさか堺さんは、初めからコレを計画していた――?

 普通に考えればソウなのだが、自分で答えた通り、私には三百万円の置き場所が無い。自分の部屋はあるが、母は平気で掃除と称して私の部屋に入ってくる。そのとき件のお金を発見されたら、もう笑いが止まらない。全て横取りされるに、決まっているのだ。

 となると、ここは私が受けた堺さんの心証を優先するほかなかった。彼女は誠実なニンゲンだと、私は信じる以外ない。あの両親に三百万も与えるよりは、その方がいくらかマシだ。

「……わ、わかりました。では、お金の管理は堺さんにお任せします。でも、十万位はキャッシュでもらっても構わないですかねェ……?」

「………」

 思わず、またヘコヘコしてしまう。この無駄に腰が低い私を前にして、堺さんは何とも言えない目で私を見る。それから彼女は、財布からまたも現金を取り出した。

「では、十万円お渡しします。できれば、今度は無駄遣いしない様に。それともう一つ」

「は、い?」

 堺さんは片膝をついて屈み、私の胸ぐらを掴んできた。

「確かに私が貴女の実力を見誤っていたのは、事実です。貴女は見事に、江島幸助を倒してみせたのだから。ですが、だからといって私は貴女の独断専行を認める事はできません。仮に江島が貴女の実力を上回っていたら、貴女は死んでいたんですよ? その時、私は貴女のご両親にどんな貌をして会えと言うのです? 貴女にとってアレは最良の説得方法だったかもしれませんが、私にとっては違うんです。私の事を相棒だと認めるなら話し合いを放棄せず、徹底的に討論する道を選んでください。今度あの様な強硬手段にでるなら、私は金輪際貴女とは縁を切りますから」

「……だね。確かに私の〝説得〟は少々乱暴すぎたかも」

「〝少々〟?」

 と、堺さんはまたも目を怒らせるが、ただ嘆息する。

「本当に貴女は無謀で、傲慢で、尊大で、自信過剰な七歳児です。私は貴女の様な七歳児を、ほかに知らない」

 半ば見捨てる様に言い捨てると、彼女は立ち上がる。

「ですがそんな貴女だからこそ、私は一日でも早く追いつきたいと感じました。勝手な様ですが、どうか明日からでも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「………」

 ま、それで少しでも堺さんの機嫌が直るなら、今はそうするべきだろう。

 私は苦笑いしつつ、頷いてみせる。

「わかったよ。じゃあ、明日は朝の五時に例の公園に集合という事で。朝練をした後は、また午後の四時に公園で午後錬といこうか」

「望む所です。では、後の事はお任せください。江島の護送も賞金の授受も、私が責任をもって行っておきますから。本当に今日はお疲れ様でした――愛奈殿」

 最後に微笑みながら堺さんは頭を下げ――私はやっぱり苦笑いを浮かべたままこの場を後にした。


     ◇


 それから私は、今度こそ本当に帰宅する。正に、三度目の正直という奴だ。

 一度目は堺さんの尾行が気になり帰宅を断念して、二度目は仕事が入り帰宅を断念した。けれど今度はなんの邪魔も入る事なく、私は家の扉を開けて部屋に入る。すると、ココでも私は怒られた。

「――一体何をやっていたのかなー、愛奈君は? 今日は三時間目で、授業は終わりだって話だったでしょうが! なのに、何でこんなに帰って来るのが遅いのよ、愛奈は! 帰りが遅くなるならなるで、連絡の一つもいれるのが常識でしょうっ?」

「………」

 いや、学校に迎いに来なかったアンタが言うな。しかも、それは一端の人の親の様な、真っ当な怒り方である。つまり、裏を返せば母は本気で怒っているという事だ。

「驚いた。そうやって人並みの文句も口に出来るんだ、お母さんは?」

「ええ、ええ、そうね。私だって十年に一度位は、普通の母親気取りもするわ。母親面して自己陶酔するのって、割と気持ち良いから」

「………」

 台無しだった。言わなくてもいい事を言い出した時点で、全てがオジャンだ。そうは思いながらも、私は八万円ほど母に手渡す。

「はい。来月と再来月分の食費。それだけあれば、まぁ、足りるよね?」

「……アンタ、これ? まさか、今日はそれで遅くなった? でも、おかしいわね。ニュースを見る限りでは、凶悪犯が捕まったって話は聞かなかったけど?」

「だろうね。何しろ私が捕まえたのは、不思議の国の不思議な住人だし。だから不思議の国のニュースでしか、話題にならないよ」

「……は、い?」

 が、私はそれ以上答えず、今も首を傾げている母を横切って――漸く一息ついたのだ。


     ◇


 私の長い一日は、こうして終わった。

 明日の朝は早起きしなければならないので、さっさと寝る。けれど、私は気付かない。明日の私がどのような目に合うか、既に決まっているという事に。またも私は七歳児じみた浅慮を発揮し――その事を反省する間もなく微睡に落ちた。


     3


 そして――朝がやって来た。

 私は四時にセットした目覚まし時計のベルで目を覚まし、大きく伸びをする。面白味が無い事に、別に朝が弱い訳ではない私は普通に起床した。さっさとパジャマから白のワンピースに着替え、何時も通り帯刀する。

 顔を洗って歯を磨き、髪を整えてから家を出て、例の公園に向かった。

 朝の四時半ともなると人通りはほとんどなく、日の光もまだ弱い。午後の四時半と見分けがつかず、時間の感覚が曖昧になる。ソレは私がまだ寝ぼけている所為なのか、それともこれが普通なのか判別がつかなかった。

 そうこうしている内に、私は例の公園に辿り着く。約束の時間の三十分前に到着した私は、例によって堺さんがやって来るのを待つ事になった。

 因みに、家には〝自分探しの旅に出ます。探さないでください〟という書き置きを残してきた。普通の家なら一寸した騒ぎになりそうだが、間違いなく我が家ではそうはなるまい。〝はい、はい、そうですか〟で終わりになり、そのメモはゴミ箱に直行だろう。まさか私のメモを一々とっておくなんて可愛らしい一面が、あの両親にある訳も無いのだから。

 寧ろ母が〝なによこのゴミクズ?〟と首を傾げたら〝いや、ゴミクズはアンタ達だよ〟と言い返すのが私のユメなのだ。そのユメを叶えるまでは、あの両親には壮健でいてもらいたい。私が奴等の心を傷付けるまでは、健康でいてもらわないと困るのだ。

〝どういうレベルの気遣いだよ?〟と言われそうだが、ソレが私と両親の関係性だった。〝だからどんな関係だよ?〟と続けて幻聴が聞こえてくるが、私はソレをスルーする。理由は簡単で、漸くスーツ姿の堺さんがやって来たから。

「――って、また先に来ている? 愛奈殿は本当にヒトを待たせる事を知りませんね……?」

 半ば呆れる様な口調で、彼女は私を見る。私はさっさと抜刀し、堺さんに襲いかかった。

「……って、何でイキリなり斬りかかってくるんですかっ? 私、そんなに無礼な口をききましたっ?」

 堺さんは手にしていた竹刀袋で、何とか私の一撃を受け止める。

 私はそのまま二撃目を放ち、更に堺さんのバランスを崩した。

「いえ、単に堺さんの反応速度を、正確に知っておこうと思って。成る程。やっぱりある程度手加減した方が良さそうだね、これは」

「……む。言ってくれますね、この七歳児は。言っておきますが、昨日までの私とは思わないでいただきたい。あれから私も、猛特訓したのだから」

 言いつつ、彼女は後退しながら竹刀袋から日本刀を取り出す。私に続いて堺さんも抜刀し、私はここに銃刀法違反の共犯者を得た。

「ふふふ。いや、こんな所をお巡りさんに見られたら、堺さんの場合シャレにならないね。何せ七歳児に向けて刀を構え、斬りつけようとしているんだから。普通に考えれば銃刀法違反に加え、未成年者に対する暴行未遂罪と殺人未遂罪も加わるかな?」

「――なっ? ひ、卑怯ですよ、愛奈殿! ソレは私に攻撃するなと言っている様な物ではないですか!」

「いや、そんな事を知らん。堺さんもいい歳なんだから、自分の判断で行動したら? 世間の目を必要以上に気にする必要は無いんじゃない? でも、一般人がこの光景をスマホで撮影したら、間違いなくネットにアップするでしょうね。〝小学生相手に真剣とか、マジ嗤える、マジヤバい〟とか書いて」

「――だから、さっきから卑怯です、愛奈殿! 私はそんな卑怯者を師にした覚えはない!」

 ジリジリと近づく私に対し、文句らしき事を堺さんは口にする。

 このプレッシャーを前にして、遂に耐えかねた彼女は、私に斬りかかってきた。

 けれど、私は反対に刀を鞘に収めて、振り下ろされた堺さんの刀の側面に手を添える。そのまま力のベクトルをズラして刀を逸らし、そのまま堺さんの腹部に肘打ちを入れていた。

「……ぎっ? ……あ、あの、愛奈殿、気の所為か、メチャクチャ痛いんですが……? 私の反応速度は……既に見切った筈では?」

「あ、いえ、反応速度と耐久限界は別物だから。でも、そうだねー。内臓に直接衝撃を与える業を堺さんに使うのは、まだ早いかも」

 然り。どうも堺さんはまだスピードだけじゃなく、戦闘技術も私には及ばないようだ。故に今は素手だけで対応できてしまう。まだ私に抜刀させるレベルじゃないらしいぞ、これは。

「と言う訳でこれから二時間ほど私と組み手ね。堺さんは私を斬り殺すつもりで刀を振るい、私はソレを避けながらあなたに攻撃する。つまり堺さんは攻撃が当たらない度に、罰ゲームが待っているという事。私に攻撃されたくないなら、なんとしても私から一本とる事だよ、堺さん」

「……じょ、上等です! さっきの一撃で子供が出来ない躰にされた気がしますが、私は何としても貴女を打倒する!」

 ついで堺さんは私に斬りかかり、私はソレを迎え撃って――瞬く間に二時間が経過した。


     ◇


「――ゲホぉ! ほ、本当に、ただの人間、ですか、貴女はぁ? 本当は――宇宙人か何かなのではぁ?」

 結果、堺さんは公園で大の字に寝そべる事になり、私は首を傾げる。

「……どうだろう? 母はともかくあの父の事だから、その線もあるかもしれないね」

 七歳児にフルボッコにされた女子高生は、今も天を仰ぎながら笑い出した。

「ふはははは、ふははははは。まさか徒手空拳の七歳児に、手も足も出ないとは。どうやら私は、とんでもない人を師と崇めたらしい。愛奈殿は、一体どこでそんな業を学んだのです?」

 漸く立ち上がろうとする、堺さん。ふらつく彼女を見て、私はキョトンとする。

「いえ、私は誰から何も教わってないけど? というか、戦闘の訓練とか今まで積んだ事が無いな」

「…………」

〝え? マジで? なに言ってんの、こいつ?〟みたいな貌をする堺さん。

 実際、彼女はこう問う。

「……じゃあ、その素人とは思えない業はどうやって?」

「えっと、こう本能が赴くままにって感じ?」

「…………」

 そこで堺さんは、少し話題を変えた。

「わかりました。もういいです。貴女と私では、なんかもう存在レベルからして違う事がよく理解できたので。それより、私の力量はどんな感じでした? 少しは見どころがあるでしょうか? ……いえ、フルボッコにされた時点で、答えはわかりきっているのですが」

「んー、そうだねー。感想を言うとこんな感じかな。〝本当は娘にこんな危険な真似はさせたくない。でも中途半端な事を教えたら逆にその方が危険だから仕方なく徹底して剣を教えた〟みたいな太刀筋?」

「……な、成る程。父が私の師である事も、お見通しですか。その父の心理まで、貴女は見抜いている?」

 と、一度立ち上がった堺さんだったが、落胆した様に尻餅をつく。

 私はそんな彼女に、嘘偽りのない通達をした。

「この様に人から何かを教わった事が無い私は、だから人に何かを教えるのも不向きなんだ。なにせ何も教わった事が無いから、教え方もよくわからないしね。だから正直言えば、私に剣を教わる事が堺さんの為になるかはよくわからない。逆に堺さんの心身を追い詰めるだけで、良い事なんて一つもないかも。それでも堺さんは、私に剣を教わると?」

 ここで否と唱えられれば、私の収入は減る。五万円の月収が、台無しになる。それでも敢えて彼女にこう問うたのは、堺さんが心身ともにへこんでいる様にみえたから。このまま修行を続けたら、彼女のプライドはズタズタになると思ったからだ。

 それはそれで面白そうだが、それは母達よりの嗜好なので、私は断固として拒絶する。今は人として真っ当な道を歩もうと、足掻いてみた。

「……そう、ですね。改めてこうハッキリと力の差を見せつけられると、忸怩たる思いがするのは確かです。戦えば戦う程、貴女が遠ざかっていくのがハッキリとわかるから。ですが――本来修業とはそういう物です。自分の未熟さを認め、己の無力を知って、だから前に進もうともがく。ここで逃げ出せば、それは前進する事を放棄すると言うこと。とても愛奈殿の相棒だと胸を張って言う事は出来ないでしょう。ソレは本当に厭なので、このまま訓練を続けてもらう訳にはいきませんか?」

「………」

 成る程。どうやら私が思った通り、堺さんは誠実らしい。如何にも剣士の娘らしく、常識と分別を弁えている。まだ私を騙す為に、猫を被っているという可能性もあるけど。

「わかったよ。私も収入が減るのは困るからね。ここは堺さんが厭だと言うまで、つき合う事にする。そういえば、話は変わるけど堺さん達って一体何者? 社会には堺さんみたいなヒト達は、どれ位いるの?」

「えっと、話すと長くなりますが」

「あ、そう? じゃあ、いいや」

『異端者』だの、〝ジェノサイドブレイカー〟だの、未だに意味不明だが、その辺りは勝手に想像しよう。かの高名な戦闘種族の王子も言っていたしね。〝いちいち説明するのもめんどうだ。てめえでかってに想像しろ〟と。

「いえ、待って下さい! よく考えたらこれは割と命にかかわる話題なので、聴いておいて! できるだけ簡潔に話しますから!」

「……え? そう? じゃあ、三分以内でお願い」

 どうでもいいが、最近私は堺さんとばかり話している気がする。次点は両親で、私に友達は居ないので以下は無し。

「えっと、そうですね。簡単に言えば『異端者』とは『神』が世界を歪めた事で誕生した超能力者です。我々は最大で三つの能力を持っていて、脳の処理速度を加速し、運動能力を増幅できる。故に普通の人間では太刀打ちできない筈なのですが、どうやら愛奈殿は別の様です」

「んん? つまり、さっきの攻防で堺さんはその業を使っていたって事? なのに、私にボコボコにされた?」

「……まあ、そうですね。今の言い方はかなりムカつきますが、その通りです。ですが本来、『異端者』は人間を殺そうとはしません。『異端者』が人間を殺すと、〝ジェノサイドブレイカー〟が十人生まれる事になるから。『異端者』の天敵である彼等は、事実、天敵と呼べるシステムのもと存在している。何せ『異端者』が誰かを殺した時、その近親者の一人が〝ジェノサイドブレイカー〟になるから。その『異端者』に対して復讐する権利を得て、その猛威は標的の『異端者』を殺すまで続きます」

「ほう? 確かにソレは底の無い落とし穴だね。例え『異端者』がその〝ジェノサイドブレイカー〟を殺しても、状況は変わらないんだから。またその〝ジェノサイドブレイカー〟の近親者が〝ジェノサイドブレイカー〟になる訳だし。そういう不都合を嫌って、あなた達はただの人間を殺さない訳、か」

 という事は、私が昨日江島幸助に殺されていたら、父か母が〝ジェノサイドブレイカー〟になっていた? あの両親のどちらかに、人ならざる力が宿っていたというのか? ソレは正に悪夢としか言いようがなかった。

「だね。あの連中に更なる特権を与えるなんて、世界の滅亡と同意語だよ。民意によって独裁者が生みだされるのと大差ない。これほどの不条理が、ほかにあろうか?」

 ブツブツ呟く私に、堺さんは眉をひそめる。彼女はあろう事か、こう誤解した。

「あの、もしかして今〝こいつ、情報提供しかしてないのに何で二百万円も貰えるんだろう〟って思っていませんでしたか……?」

「――いやいや、私なんて堺さんの情報が無ければ、ただの七歳児だから! 何のツテも無い私じゃ、犯罪者を見つける事さえ出来ないよ! 堺さんこそ私の金のなる木なんだから、もっと自信をもって!」

 堺さんに見捨てられると本当に不味いので、必死に言い訳する。

 加えて私は、露骨に話を誤魔化した。

「……そう言えば、今日はあのAってヒトと連絡をとってないの? それとも既に依頼をすませて、彼はいま仕事中とか?」

 が、堺さんは首を横に振る。

「いえ、彼は一度仕事を済ますと、一日仕事を依頼できない〝ルール〟があるんです。なので今日は一日お休みという事になるでしょう。それより問題なのは、あの彼の能力ですね。見つけられるのは私より強い敵だけという事は確定していますが、その差は曖昧なんです。私より二倍程度強い場合もあれば、十倍以上強いケースもある。その辺りがハッキリしていないと、私も行動がしにくい。二倍なら愛奈殿の援護に回れそうですが、十倍となるとただの足手まといでしかないから」

「そっかー。因みに、江島さんの場合はどうだったのかな?」

「……そうですね。〝何とか戦力になった〟といった感じでしょうか。少なくとも彼の注意をひく位の事は出来た筈です」

 堺さんがそこまで語った所で、私はある事を思い出す。

 江島幸助の名前が出た事で、例の話が脳裏を過ぎったから。

「そう言えば、堺さんや江島さんが言っていた『十八界理』って何者? 多分江島さんが私に捕まえて欲しいって言っていた女性って『十八界理』だと思うんだよ」

 そう。堺さんは言っていた。江島幸助は『十八界理』に殺されかけた事で人格が歪んだと。だとすれば、江島さんが『十八界理』とやらに思うところがあるのは当然だ。ならばその『十八界理』とやらが、右目に眼帯をした金髪の少女である可能性が高い。

「……そういえば、そんな事を言っていましたね、彼は。ですが、悪い事は言いません。あの依頼とも言えない依頼は、忘れる事です。確かに貴女は最強の七歳児だと思うけど、それでも余りにリスクが高すぎますから」

「んん? 何? そんなに強いんだ、『十八界理』って?」

 すると、堺さんは今までにない様な真剣な表情で、私を見た。

「ええ。私も噂でしか聞いた事がありませんが、間違いなく江島以上の怪物達です。なにせ彼等は『頂魔皇』が直接選定した『異端者』達の集まりだから。何れ生まれるであろう〝神〟の僕になる為に選ばれたのが彼等なんです」

「『頂魔皇』? 〝神〟?」

 またロープレみたいな話になってきた。私としてはいい加減〝てめえで勝手に想像したい〟のだが、堺さんは説明を続ける。

「問題は彼等の能力範囲にあるんです。私や江島の能力では精々一個人か軍隊どまりですが、彼等の力は根本から異なる。何でも、最低でも核ミサイルレベルの攻撃を放つ事ができると言います。で、最悪なのは――世界を消せる能力者まで居る事でしょう」

「世界を消せる?」

「はい。こう宇宙を空間ごと――ガッシャンみたいな?」

「……そっかー」

 それが事実だとすると、さすがの私も手が出せそうにない。オノマトペを使った堺さんの説明は曖昧だったが、私にそう予感させるには十分すぎた。

「うーん。核ミサイル位なら、何とかなると思うんだけど」

「……は? 何とか、なるんですか? 核ミサイルが? 言っておきますが、大型の水素爆弾の中心温度は――約四億度ですよ?」

「まあ、それでも多分。それより一応訊いておくけど、堺さんは心当りないかな? 眼帯している、金髪の女の子」

「……成る程。意外に義理がたいのですね、愛奈殿は。あんな戯れ言みたいな依頼を、真剣に受けようとするなんて。ですが、残念ながら私の様な一ハンターでは『十八界理』の外見まではわかりません。私が知っているのは、彼等の二つ名くらいです」

 ついで、堺さんは彼等の二つ名とやらを挙げていく。

『覇皇天道』、『妄言回帰』、『破滅淑女』、『突貫爆裂魔銃』、『極砕殲滅君』――。

『禍跡の守』、『一輪の雄』、『専制権公』、『断廷法主』、『皇身応将』――。

『葬世界師』、『詠眠姫』、『教興の現』、『駆路獅子』、『戒令天自』――。

 と、言った感じで。

「ええ。この様に私では、二つ名さえも全員知っている訳ではない」

 確かにいま堺さんが挙げた名前は、十五。

 後三人居る筈だが、彼等はその二つ名さえ不明という事か。

「わかった、ありがとう。私も今すぐこの手がかりがない仕事を果たせるとは思っていないから、安心していいよ」

「……そうですか。では、最後にもう一つだけ。なんでもこの世界は、一つでは無いらしいです。前世と言える世界があって、其処では前世の私達が住んでいたという話ですね」

「……そうなんだ? それはなんというか、ぜひ物理学者に聞かせてみたい説だね」

 それで、仕事の話は終わった。今日はどうやらフリーの様なので、学校に登校して真面目に勉強しよう。で、その後、また堺さんをボコボコにしよう。こう私の拳が彼女の躰をえぐる感触がたまらないのだ。

「……何かよからぬ事を企んでいる時の目ですね、ソレは。言っておきますが、午後錬の時はこうはいきませんからね、愛奈殿」

「綺麗な前振りをどうも。と、そういえば全く関係ないけど、私、二日前誕生日だったんだ」

「え? 今日じゃなく、二日前?」

「うん。二日前に七歳になった事は自覚していたけど、誕生日自体はスルーしていた」

「……ソレは何とも、器用な思考能力ですね。というか、ご両親は貴女のお誕生日をお祝いしなかったんですか? 普通七歳児の誕生日といえば、両親にとっては一大イベントでしょう?」

 意味不明な事を、堺さんは言い始める。七歳児の誕生日が、両親にとっては一大イベント? 一体どういう理屈だ、ソレは?

「……あの、ソレ、本気で言っています? 愛奈殿はご実家で、どんな扱いを受けているんですか?」

「そうだね。最近は食費を、自分で稼がないといけなくなったかな。そもそも私がハンターなんてはじめたのは、ソレが原因」

「……成る程。愛奈殿の性根が、歪んでいる理由がわかった気がします。愛奈殿はご両親の血統を、まともに受け継ぎすぎたんですね」

「アハハハハ。私なんてあの両親に比べたら、赤ちゃんみたいなものだよ。アハハハハ」

 それで、堺さんとの朝練は終わった。

 私と彼女は一旦わかれ、堺さんは学校があるからと言って去っていく。

 私も登校の準備をし、朝食にありつく為――家に戻る事にした。


     ◇


 で、これは只の直感で、何の根拠もない話。

 恐らくだが――堺さんは何か知っているが、私にソレを隠している。明確な理由は不明だがたぶん私に無理をさせない為だろう。

 その事を私が追及しても、堺さんは口を割るまい。それどころか必要以上に聞き出そうとすれば、彼女は私と縁を切る可能性がある。ソレを避け、彼女から情報を引き出す手段は、今の所一つしかない。

「うん。仕事を成功させ続け、堺さんの信頼を得るしかない、か」

 私の力量を彼女が認めれば、或いは彼女の方から眼帯の少女に関して教えてくれるかも。逆説的に言えば、私は未だにそこまで堺さんに信用されていないという事だ。

 この認識を覆すには今の仕事を続け、賞金首を倒していくしかない。そうして実績を積み重ねて、堺さんの信用を得るしかないだろう。

 そこまで考えた所で、私は肝心な事を訊き忘れていた事に気付く。が、その頃には私は自宅に到着しいて、家の中に入っていた。

 因みに、私の家はアパートである。部屋は狭いが三つあり、お風呂もトイレもある。家賃は訊いた事が無いが、恐らく八万円ほどだろう。

 都心でこれだけの条件なら、まずまずといった物件だ。これが両親の特徴の一つで、あの連中は悪運だけは良いのである。

 ま、かく言う私も人の事は言えない。まず現代の日本に生まれたというだけで、大金星といった感じなのだから。言ってはなんだが中世期のヨーロッパとか、かなり最悪である。私、絶対、異端審問とか受けていた筈だから。

「と、随分早いお帰りね、愛奈? 自分探しの旅は、もう飽和した訳?」

 朝六時には起き、朝食の準備を始める母が帰ってきた私を早速いじめる。七歳児に向かって飽和なんて難しい表現を使ってくる。私は鼻で笑った。

「どうだろう? 他人と触れ合う事で、自分が知らない自分を知るという事もあるらしいけどさ。なぜか私に心を開いて接してくれるのは、お母さん達だけなんだよね。そういう訳だから私としては未だに自分の事がよくわからない」

「あ、そう? そういえば……愛奈ってどんな子なのかしら? こんな七歳児はほかに知らないから、酒京さんはともかく私としては上手く表現ができない。一言で言えば――変人?」

「私に言わせれば、お母さん達の方がよほど変人だけどね。えっと、わかっている? 私が今かなり言葉を選んで表現したって?」

 溜息まじりに告げると、母はクスクスと笑う。

「それは、酒京さんはかなり変わっているわね。不運にも、愛奈はその血を色濃く受け継いだという事かな?」

「……いや、聞き飽きたと思うけど人のこと言えないから。お母さんも十分、常識から外れた存在だから。知り合いに聞いたよ。普通、七歳児の誕生日は、両親にとって一大イベントだって。一大イベントって一体何をどうしてくれるのかな? 私、二日前誕生日だったんだけど? というか、お母さん達、絶対知っていて惚けていたでしょう?」

「……って、誰? よそ様の子にそんな余計な事を吹き込む輩は? いいから今すぐそいつと縁を切りなさい、愛奈」

「――私としては、お母さん達と縁を切りたいよ! これなら、江島さんに養われた方がまだ幸せな気がするよ!」

「いえ、それはともかく」

「いえ、ともかくではなく」

 が、母は意に介す事なく台所の椅子に腰かける。

「いいから朝食をすませなさい、愛奈。言っておくけど子供を飢えさせないだけでも、親としては十分凄い事なのよ?」

「………」

 その為の食費は、子供である私が賄う事になったけどね。

 最後にそう毒づきながら――私は朝食をとる事にした。


     ◇


 だが、成る程、被保護者を飢えさせない、か。確かにソレはあらゆる事の大前提と言って良い。子供や妻や民衆を飢えさせない事が、為政者としての最低条件だ。戦争でも重要視されるのは、まず補給である。

 それさえ儘ならない政治家は、たとえ権力争いに強くてもただ害悪である。百害あって一利なく、ただただ民衆を苦しめるだけの存在だ。

 この国の良い所は、まず飢えている人間が圧倒的に少ない点。餓死を起こしたという話を、殆ど聞かない事だろう。

 食が充実しているのは豊かな証拠。逆に食さえ滞っているなら、これほど悲惨な事はない。そう考えると、現代の日本というのは少なくとも最低限の保証はされていると言える。子供の身からすると、それだけで大変喜ばしい事なのだ。

 なにせこの私でさえも、こうして朝食をとる事が出来るのだから。

「というか、神職ってその時点で矛盾しているよね? 神職は民衆を救うのが仕事なのに、その民衆から搾取しないと自分達の生活を安定させられないんだし。コレは明らかに、大いなるパラドックスと言えるんじゃない?」

 対面に座り、朝食を貪っている父に言ってみる。彼は生まれたての赤子の様に首を傾げた。

「んん? なんか七歳児が、また難しい事を言い始めたぞ? 前から思っていたんだが、愛奈は本当に私の子か?」

「………」

 父親としては、最悪の返答だった。妻にとっても、子供にとっても、最低極まる発言だ。

「ソレが、神職を目指している人間の反応かな? もしかしてお父さんも、中世期の神職みたいな生活をする気? 言っておくけど、私の目から見たらそれってかなり不味いよ。何しろ自分達にお金を渡さないと、拷問して殺すんだし。ソレを神の名のもとに行うって、どれだけ矛盾しているのさ? 自分達が私服を肥やす為に民衆から血税を集め、逆らえばこれが神の意思だからと言って虐殺する。真に神と言える存在が居るなら、果たして天罰は神職と民衆、どっちの側にくだるだろうね? 結局中世期の神職の理論武装なんて、自分と神様を混同させたただの暴論なんだよ。民衆を体よく従わせる為の、手前勝手な屁理屈というだけ。人はその為に神の名を持ち出し、自分達の非道を正当化する。だとすれば、お父さんは随分といい御身分を目指しているという事になるね?」

「はぁ。というか、前から不思議だったんだが、愛奈はどっからそんな知識を得てくるんだ? 私は愛奈を――そんな子に育てた覚えはない」

「………」

 どうでもいいけど、本当にマイペースだな、この父親。私も今の自分の発言は、ギャグ小説とは思えないと感じているけど。

「いえ、昨日寝る前にネットで調べただけなんだけど。というか、余りに内容が酷すぎて途中で切り上げた。深く追求すればするほど疑問点が膨らんで、収集がつかなくなりそうだから」

 これは無神論者が多い、日本人ならではの感覚だろう。今も聖書を信じているらしいアメリカ人あたりには、理解できない話だと思う。だが、私としては人間の凄惨な歴史そのものが、真なる神の不在を証明している様でならない。

「いや、愛奈、神職だけでなく、それはどの職種にも言える事だ。特に、王様なんてそうだろう?」

「というと?」

 私が眉をひそめると、父は無表情で珍しく長々と語り出す。

「そもそも、愛奈は王と神の違いがわかっているかな? どちらも敬われる存在だが、この両者には明確な違いがあるんだ。ソレは、自身を神だと称した王でさえ埋められなかった違いでね。基本、王とは他人から何かを搾取しなければ成り立たない職種なんだよ」

「………」

「そう。王は――常に何かを搾取する。他人の財や、他人の才能や、他人の命や、他人の土地や、他人の人生さえも搾取する。ソレを元手にして国を運営するのが王と言う存在だ。それが王の基本原則で、私が知る限りではこの理を超越できた王は居ない。どれほど聡明な王でも、まず民衆から何かを搾取しなければ、何一つ出来ないんだよ。だが、真なる神は違う。神は神であるが故に何物も奪わない。何物も奪う事なく全てを与える事ができるのが、神だ。それが神の基本原則で、それさえ出来ない神は神ではなく人でしかない。何物も奪わず、全ての存在を幸福に導く事が出来る存在こそ、人を超越した絶対的な存在。即ち――真なる神といえるだろう。だとすれば、確かに愛奈の言う通りかもしれないね。我々はどう足掻いても他人から何かを搾取しない限り、生活を安定させる事さえ出来ないから。人は人であるが故に、この理からは絶対に脱する事ができない。故に例えどれほど崇高な神職であろうと、民衆からの搾取は絶対条件なんだよ」

「要するに……お父さんはやっぱりそういう神職を目指すという事?」

「どうだろう? 私としては搾取の代償に、せめて信者の心ぐらいは救ってあげたいとは考えている。傲慢な様だけど、きっとソレが神職としての最低条件だから。けどそれは口で言うほど生易しい事ではないだろう。或いは、それが可能なら、一種の奇跡と言えるかもしれない。さすがの私でも、それ位の覚悟で事に臨むつもりではいるさ。だから愛奈は、その点に関しては余り心配しなくていい」

「………」

 ギャグだった。父としては真面目に語っているのだろう。けれど、だからこそ、私の目らか見ればソレは只のギャグでしかなかった。

 本当に、偶にこういう事を言い出すから父は見くびれない。

「というか、お父さん、今ハイになっている? だからそんなに饒舌なの?」

 私が問うと――父は何故か子供の様にニカっと笑った。


     ◇


 かくして、親子の会話は終わった。あれが平均的な親子の会話なのかは不明だが、私の日常は、まあ、あんな感じだ。

 その事を再確認した私は、何時もより早く登校する。私が三十分も早く家を出たのは、それだけの理由があったから。

 何て言う事は無い。私はこれから宮川先生に、一万五千円を返さなければならないのだ。ソレが私にとって、本日の第一目標である。

「だね。なんか、大分思いつめていたみたいだし。早めに手をうっておく必要があるかも」

 あの明るい宮川先生の様子が、逆に私にそんな印象を与える。少し押しただけで全てが崩れそうな危うさが、あの時の宮川先生にはあった気がした。

 基本、私は危機感が麻痺している所がある。江島さんに躊躇なく勝負を挑んだのも、この性癖がなせるわざだ。

 そんな私は、だから宮川先生が私にどんな感情を抱いていたか正確にはわからない。もしかすると、私は想像を絶するミスを犯しているのかも。

 その穴埋めをする為にも、私は速やかに行動する事にした。


 学校に着いた私は、職員室を訪ね、宮川先生を探す。

 が、かの人の姿は其処には無く、私は首を傾げた。

「あの、宮川先生はまだいらしていませんか? 普段なら、既にいらしている筈だと思うのですが?」

 宮川先生の弱みを握る為に、彼女を一日尾行した私である。宮川先生の生活習慣くらいは、把握している。

 だが、そのデータとは異なり彼女はまだ学校に来ていない。その事を怪訝に思っていると、私に質問された男性教師はこう返答した。

「ああ、宮川先生なら今日はお休みだよ。なんでも体調が悪くて、病院に行くという話でね。何事も無ければいいんだけど」

「………」

 何故かはわからない。ただ、私には、ソレが嘘だとは思えなかった。宮川先生は、体調を崩している。だとしたら、ソレは一体何を意味しているのか?

 そう疑問を抱きながら――私は結局お金を返せないまま自分の教室に向かった。


     ◇


 それから私は暫くの間、自分以外人がいない教室で時間を潰した。あの三百万円(※正確には二百九十万円ですが、完全に忘れています)の使い道など模索し、一人悦に浸る。

「三百万円かー。三百万円あれば、一体何が出来るだろう? この年じゃ車やバイクは買っても意味ないし、だとしたらやっぱり食べ歩きでもする?」

 我ながら、子供らしくて微笑ましい無邪気な発想である。私の両親なら間違いなく殺人ウィルスを購入する筈なので、私の考えなど実に他愛もない。

〝いや、殺人ウィルスを購入して何をする気だよ?〟と問われたなら、私は〝日本政府を脅迫するつもりだ〟と即座に答える気でいる。〝寧ろ、外国に迷惑をかけないだけありがたく思って欲しい〟と言い切る用意さえあった。

 が、脳裏に過ぎった〝おまえの中の両親は一体どんな存在なんだ?〟という質問はスルーする。理由は簡単で、私は今日も背後から声をかけられたから。

「おはよう――鳥海。ずいぶん早いね」

 振り返ってみれば――其処には玉葱玉子ちゃんが居た。

 彼女はランドセルから教科書やノートや筆記用具を取り出し、机の中に入れる。ランドセルを自分のロッカーにしまい、パタパタと教壇まで駆け出す。それから彼女は、黒板に書かれている日直の欄に、自分の名前を書いていた。

 どうやら玉子ちゃんは今日日直で、そのため普段より早く登校したらしい。ならばとばかりに、私は彼女に助言めいた物をする。

「えっとね、今日宮川先生は病気でお休みだって。高山という先生が代りに授業を行ってくれるから、日直はそのつもりでいるようにって事らしいよ」

「そうなんだ? 宮川先生はお休みかー。先生も生徒みたいに休むことがあるんだね?」

「ま、先生も同じ人間だからね。体調が悪ければ、休む事もあると思う」

 私が引っかかっているのは、具体的に何がどう悪いかという事。それによっては、この物語の様相はだいぶ変わってくる気がした。自分で言っていて、意味不明だけど。

「それより、玉子ちゃんは大丈夫なの? 一昨日の事があったから、昨日は休んだんでしょう?」

 私が問うと、玉子ちゃんは何故か嘆息する。

「……うん。私はだいじょうぶって言ったんだけど、ママが休めってきかなくて。だから今日は登校するって事を条件にして、昨日は休んだんだ」

 成る程。やはりこれが真っ当な両親の心境らしい。娘が事件に巻き込まれたら、普通は学校を休ませる。その位の配慮があって、本来は然るべきなのだ。

 だというのに、あの両親ときたらあの様である。正直、嗤いが止まらない。

「うわっ? 鳥海がなぜか笑い出した! 私、なにもおもしろいこと言ってないのに!」

「いや、いや、単なる思い出し嗤いだから気にしなくていいよ。それより玉子ちゃんが元気で本当に良かった。トラウマとか負ってない? 人に指をさされると吐き気がするとか、そういう症状はないかな?」

「とらうま? とらうまって何? トラとウマのこと? あ、でも、指についてはお医者さんにもきかれた」

 やはり、玉子ちゃんは医者にもみてもらった訳だ。それも普通の両親なら、当然と言える。

「でも、大丈夫だよ。私、本当にどこも痛くないし、苦しくないから」

「そっか。なら良かったよ。でも、玉子ちゃんって銀行の時とキャラが若干異なるね。あの時は、男子みたいに雄々しかったのに」

 が、玉子ちゃんはまなこを開いた後、赤面しながら目を逸らす。

「いえ、ママには男の子みたいな言葉づかいはやめろって言われているんだけど、偶に出ちゃうんだ。パパやママとケンカする時は、つい使っちゃう」

「………」

 何だ、この子? 子供らしさと言う物がまるでわかっていない私でさえも、子供らしいと感じさせるぞ? 玉子ちゃんは正に真正の小学一年生で、本物の無邪気さを持っている。

 その事に慄きを感じていると、玉子ちゃんは意外な事を言い出した。

「でね、鳥海、今日ウチに遊びにこない?」

「は、い? 私が、玉子ちゃんちに?」

「うん。私が鳥海の大活躍をママ達に話したら、ぜひ会ってお礼がいいたいって。ケーキをたべさせてくれるって言っていた」

「………」

 ケーキか。ケーキね。そういえば、私、ケーキも食べた事が無いんだよね。というか、ケーキって基本的にどういう時に食べる食べ物?

「うーん。でも、私なんてただのお邪魔虫だろうし」

「えー。そんなこと無いよ。鳥海がウチにきてくれたら、ケーキが食べられるんだよ? こんないい事、ほかにないじゃん」

「………」

 というより、お礼と言うのは口実で、実は私に文句が言いたいだけではないか? 人質の事も顧みず、私はあの狂戦士に喧嘩を売った訳だし。ヘタをしたら、玉子ちゃんの身に危険が及んだかもしれない。ソレを咎める為に、玉子ちゃんのご両親は私を誘っているのでは?

「………」

 ならここは素直に怒られておくか。私が玉子ちゃんを危険に晒したのは、事実なのだから。

「わかった、いいよ。じゃあ、今日も三時間目で終わりという事だから、それから少しだけ御厄介になろうかな」

 で、その後は昼食をとって、堺さんとの午後錬である。そう考えると、部活もしていない筈なのに運動部にでも入った気になってくる。

「きまりだね! じゃあ、今日は一緒に帰ろうよ、鳥海!」

 私は複雑な心持ちで頷き――その後も私と玉子ちゃんのお喋りは続いた。


     ◇


 そして、気が付けば、今日の授業は終わっていた。

 玉子ちゃんは休み時間の度に、私に話かけてきて暇な時間を潰してくれる。そんな玉子ちゃんを見て、周囲の生徒達は唖然としたようだ。けど、二時間目が終わった頃にはそれにも慣れてしまい、三時間目が終わった所で下校する。

 約束していたとおり、私は玉子ちゃんと一緒に彼女の家を目指す形となった。

「と、一応お母さんにこの事を伝えておく、か」

 昨日釘を刺されたばかりなので、私はスマホで母の携帯に連絡を入れる。母は直ぐに電話に出て、首を傾げた様だ。

『えっと、どなたでしょう?』

 どうも見た事が無い番号から電話がかかってきた事に、母は疑問を感じているらしい。私は間髪入れずに、要件を告げる。

「えっと、私、愛奈。実は友達の家にお呼ばれしてね。これから一~二時間くらい家には帰れないと思う。あの銀行強盗で知り合った、玉葱玉子ちゃんって子なんだけど」

『……いえ、ちょっと待って。愛奈、今どうやって連絡を入れている? どっかの公衆電話? それとアンタ、嘘をつくならもっとマシな嘘をつきなさい。アンタに友達が居る訳ないし、なによりリアリティが、無さすぎでしょう? どこの世界に、玉葱玉子なんて名前の子が居るのよ?』

「そう言われると返す言葉もないのだけど、全部事実だよ。とにかくそういう事だから、後の事はよろしく」

『って、だからアンタはどっから連絡を入れているの?』

 母が、しつこく食い下がる。私は普通に、本当の事を話した。

「んん? だから、弟子に買ってもらったスマホからだけど?」

『で、弟子?』

 が、母がそこまで言った所で、私は電話を切る。

 玉子ちゃんが待っている昇降口に向かうと、其処には見知らぬ女性が立っていた。

「――うわぁ! 本当に帯刀しているぅううう!」

「………」

 恰幅がいい彼女は、私の姿を確認するなり驚愕した。そのオーバーアクションを前にして、私は言葉を失いそうになる。

「そうですね。確かに私は帯刀していますが、ソレが何か?」

 でも、この女性が驚くのも無理はないだろう。何せ見ようによっては、小学生が包丁を片手に持って立っている様な物だし。何かのホラー映画の、広告用のポスターみたいだ。

「――って、本当に幼児とは思えない受け答えだぁあああ!」

 おやおや。本当に賑やかな女性だ。これではまるで、どこぞの芸人みたいではないか。

 そんな感想を抱いていると、彼女の傍らに立つ玉子ちゃんは本当に恥しそうに俯く。

「ご、ごめん。これが……ウチのママなの」

「……そうなんだー。これは大変失礼しました。私は鳥海愛奈。御嬢さんの学友を務めさせていただいている者です。本日はお家にお招きいただき、本当にありがとうございます」

「………」

 私がそこまで告げると、玉子ママは眉をひそめ、それから腕を組んだ。

「玉子が言っていた通りの子みたいね。いえ、ごめんなさいね、愛奈ちゃん。実は私、芸人やっていて。ツッコミ所を見つけると、ついツッコンじゃうのよー」

「……芸人、ですか? それは、本当に?」

「ええ。なにせ、玉葱なんて名字の家に生まれたからね。小さい頃から、これはもう芸人になるしか生きる道は無いと観念したわけ。まぁ、玉子の場合は、芸人にしたくてこんな名前にした訳じゃないんだけど。これでも可愛さ優先でつけたんだけど、何故か今でもこの子に恨まれているのよねー」

「もー、そんなのあたりまえでしょう! ママの鈍感! おバカ!」

 が、そこまで会話が進展した所で、私は確認せざるを得ない。

「あの、もしかしてパンチラ・パン子ってご存知ですか? アレ、私の母なんですが」

「――な、にっ? 貴女――パン子姐さんの娘さんっ? マジでぇえええ――っ?」

 どう見ても母より年長の玉子ママが、またも驚愕する。それこそ、幼児が泣き出しそうな勢いで。現に近くを通りかかった親子は、ビクリと体を震わせた。

「……いや、マジで驚いた。世間って狭いわねー。まさかパン子姐さんの娘さんと玉子が、同じ学校の同級生だったなんて……」

「ですね。けど、失礼ですが、お母さんの方が母より年長だと感じるのですが?」

 三十代半ばと言った感じの玉子ママに訊いてみる。彼女は気を取り直してから、首肯した。

「あ、ああ、その事? 確かに年は私の方が上だけど、芸歴はパン子姐さんの方が長いから。私、結婚してからこの道に入ってねー。まだ芸歴三年のペーペーなのよ。それより、パン子姐さん、芸人辞めるってホント? 私、ソレを聞いてもうびっくりしたのなんのって」

「んん? あの、お母さんは母の御友人か何かで? でも、さっき玉葱という姓を母に伝えたのですが、どうも知らなかった様なのですが?」

 私が訊くと、玉子ママは胸を張って笑いだす。

「アハハハ。いや、実は私、下っ端だからパン子姐さんに認知されてないのよ。私が一方的に知っているだけで、パン子姐さんは私の存在自体知らないと思う。要するに一般人と有名人の関係みたいなものね。私としては、パン子姐さんこそ若手でナンバーワンの芸人だと思っていたから。そのパン子姐さんが芸人から足を洗うっていうんだから、ビックリもするわ」

「………」

 そうなんだ? やはり私の見込み通り、母は大した腕の持ち主だったらしい。

「それで立ち入った事を訊く様だけど、パン子姐さんはなんで引退する事に? お家の事情か何か?」

「まあ、広義的に言えばそうですね。なにせ父が開祖を務める新興宗教の信者になって、同士を集める気みたいですから」

「………」

 私が真顔で事実を言い切ると、玉子ママは一瞬言葉を失う。

「……さすがパン子姐さんね。生き方そのものがギャグだわ。やはりあの人は――未だに私では辿りつけない境地に居る」

 そこまで話した時、玉子ちゃんが頬を膨らませてむくれた。

「……もー、さっきからママと鳥海ばかりお喋りしてズルい。私も話にまぜて!」

「と、そうね。じゃあ、そろそろ我が家に帰りますか。お昼、うちで食べていくんでしょう、愛奈ちゃん?」

「え? ケーキをいただけるというお話は聞いていましたが、お昼もですか?」

「いえ、お昼の前にケーキという訳にもいかないでしょう? 大丈夫、大丈夫。ちゃんとその後で、ケーキも食べさせてあげるから」

 笑顔でそれだけ告げて、玉子ママは玉子ちゃんと手を繋ぎ、歩を進める。

 私も無言でその後に続き、玉葱家へと向かった。


     ◇


 因みに、余り関係が無い話だが、私は将来性格が少し悪くなるらしい。だが、それまだ先の話で、十歳から高一までが最も性格が悪い時期だとか。

 一体何があってそうなるのか我が事ながら興味があるのだが、今の私では想像もつかない。なにせ今の私は――こんなにもいい子なのだから。そのいい子であるところの私は、いい子であるが故に、無駄にいい子ぶる。

「と、すみません。お昼までご馳走になるなんて。このお礼は、何れ母達にちゃんとさせますから」

というか、自分でお礼をする気はさらさら無かった。三百万円も貯金があるのに、物理的なお礼をする気とか全く無い。いや、正確には、私はこういう状況に立ち会った事が無いのでお礼の仕方がわからないのだ。

「ほう? それは楽しみね。引退するとはいえ、相手はあのパン子姐さんだもの。私とどう接し、どんなお礼の品がわたされるか今から楽しみだわ」

「だからー、ママばっかり鳥海とお話するのずるい! ママはしばらくおしゃべり禁止!」

「………」

 くどい様だが、本当に子供らしい子供だな、玉子ちゃんは。私もこれくらい子供らしかったら、あの両親の扱い方も変わったのだろうか? 試しに玉子ちゃんを我が家に下宿させてみたいのだが、果たしてどうなる?

 開始一時間くらいで嘔吐し、泣き出しそうなのだが、これは私の偏見か? さすがのあの両親でも、よその子を粗末にあつかったりはしない?

 私と一緒に、今度は自衛隊の基地を襲撃とかさせないだろうか? 〝自衛隊は米軍と違って奇襲を受けても威嚇射撃さえしてこないから大丈夫だよ?〟とか言って玉子ちゃんを安心させたりしないですむ?

 私がそんなシミュレーションをしている内に、私達は目的地に到着する。私の家より南に百メートルほど行った所に、玉子ちゃんの一軒家はあった。

 鳥海家は将来的に、ここから電車で三十分ほどいった所に引っ越す。何れご近所では無くなるのだが、驚くべき事に今はまだ鳥海家と玉葱家は近距離にあった。

「では、お邪魔します」

「いえ、いえ、どうか我が家の様にくつろいで」

 我が家の様にくつろぐ、か。でも、私、家では常に臨戦態勢にあるんだよな。いつ父が精神錯乱状態に陥ってもいい様に。ほぼ強制的に〝常在戦場〟が私の座右の銘になってしまった。

 だが、さすがの私もよそ様の家で抜刀する気は無い。玉葱家に飼いワニが居て、その子が私に襲いかかってきたりしない限りは。

「そういえば、お母さんは一人娘か何かなのですか? ご結婚されているのに姓が変わっていないという事は、そういう事だと思えるのですが?」

「お、さすがに鋭いね。そうだよ。私の家は女系家族で、父以外の兄妹はみんな女ばっか。みんな嫁に行って、玉葱の姓を継ぐのは一人娘の私だけになった訳。でも、〝玉葱〟の姓を絶やすなというのが父の口癖でね。だから私が農家の二男を婿養子に迎えて、どうにか首を繋げたの。でも、玉子も今のところ姉弟いないしなー。このままだと、玉子も婿養子をとる事になるかもね」

「むこようし? むこようしって何?」

「んん? 玉子にとっては、割といい事だよ。私達と同居したら、気を使うのはお婿さんの方だしね。玉子はけっこう大きな顔をしていられるかも」

「そうなの? ねー、ねー、鳥海、そうなのー?」

「………」

 なぜ七歳児の私にそんな話を振る? 正直言えば全くわからないのだが私は頷くほかない。

「そうだね。某有名長寿アニメを見る限りでは、そんな感じがする。いや、かかあ天下こそ家庭円満の秘訣だよ。基本的に、我が家もそうだし」

 玉葱家の玄関を潜り、お家の中に入りながら言ってみる。玉子ちゃんは何故か首を傾げたあと、こう納得した。

「そっかー。やっぱり鳥海はものしりだね!」

「………」

 ソレはどうだろう? 私の場合、生きる為に、必要にかられて得た知識という気がする。鳥海家では、無邪気では生きていけないのだ。

「いや、お世辞でも嬉しいよ、玉子ちゃん。本当、私を褒めてくれる人なんて、堺さんか玉子ちゃんぐらいだね」

「……さかいさん? さいかいさんなんて人、クラスにいたかな?」

「あ、いや、堺さんは最近私が個人的に知り合った女子高生なので、忘れてくれるかな?」

「な! 鳥海、女子高生の知り合いが居るのっ? 女子高生って、アレでしょうっ? 冬でもミニスカートをはいた、気合が入った人達でしょうっ?」

「………」

 確かにそうなのだが、彼女達はたぶん我慢比べをしている訳ではない。

「女子高生かー。女子高生かー。私も早く女子高生になってああ言う可愛い格好してみたい! 今はママ、お腹をこわすから短いスカートはやめなさいって言うんだもん」

「事実でしょうが。このまえ調子に乗って、ミニスカ穿いて下痢になったの忘れたの?」

「――わー! わー! 私、ゲリになんてなってないもん! というか、鳥海のまえでそういうこと言うなー!」

 玉子ちゃんが、玉子ママに腹パンをする。私がやったらシャレにならないが、なぜかこの二人がしている分には微笑ましく感じた。

 いや、そろそろ認めてしまおう。玉葱家の人達って、私の家族となんか違う。上手く言語化できないのだが、何かが異なっているのだ。その違いが、なぜか私を内心困惑させていた。

「じゃあ、私はお昼の用意があるから。それまで玉子の相手をよろしくね、愛奈ちゃん」

「あ、はい」

 それから私は釈然としないまま――昼食の時間を迎えたのだ。


                七つで大罪!・前編・了

 実は常々からギャグを書きたいと思っていたのですが、七つで大罪!で漸く少し気がすみました。

 やはり全編ギャグとはいきませんでしたが、それでも割と明るい部類の話だと自負しております。

 いえ、それでも最後は、問答無用で肉弾戦なのですが。

 

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