プロローグ魔王サイド
――ここは?
気が付いた時に真っ先に思ったことがそれだった。
真っ暗で何もない部屋。
その者はそこで目覚めた。
自分が何者で今まで何をしていたのか。
全く分からないし思い出せない。
その者は部屋を見渡す。
『……真っ暗で灯りもない?』
どうやら四角い部屋だということは分かる。
この部屋が何をする部屋なのか、ここで自分は何をしていたのかが思い出せなかった。
「こんなところにありやがった」
部屋の外から声がする。
「毎度毎度場所が変わってちゃ困るよな? 討伐するこっちの身にもなれってんだよ」
どうやら外には複数人の人がいるようだ。
討伐って言葉から、その者を狙っている可能性がある。
自分が何者かも分からないその者は、身の危険を感じ隠れる場所を探す。
しかし、四角くて暗い部屋には何もなかった。
窓すらもない。
「俺達が定期的に討伐してやってるから魔王も暫く現れないんだろ? 魔王城に住むモンスターども。いるかな?」
部屋の扉が開く――
瞬間、その者の目に外の光が差し込む。
暗闇に慣れた目にその光は強烈だった。
部屋の外には5人の男たちがいた。
「まさか……」
男の1人が目がくらんでいるその者を見て絶句する。
「ま……おう……だと? ……」
別の者も絶句する。
「復活したんだ……とうとう復活しやがった」
真ん中の男は足が震えている。
「やっぱり魔王が死なないって噂は本当なんだ……魔王は殺せないんだ……」
「ばかやろう! こっちは5人だ! 俺たちが魔王を倒せば一生遊んで暮らせる金が手に入るぞ!」
逃げ出そうとする4番目の男に最後の5番目の男が言う。
「でもよう……魔王は死なないんだぜ? どうやって倒すんだよ?」
4番目の男が5番目の男に言う。
魔王――と呼ばれた者は呆然と立ちすくみ、5人の男たちのやり取りを見ていた。
どうやら自分を倒そうとしに来たことが分かる。
自分が魔王ならば、討伐対象になるのも頷ける。
両手を見れば長い爪が真っ黒の手の指から生えているのが分かる。
5番目の男の目が、意地悪くにやりと笑ったのが、暗闇の中にいる魔王にも分かった。
「死なないことは分かった。だが倒せば暫く復活しないことも分かった。それならそれで十分だろう? 今倒せば俺たちが生きている頃に魔王が復活することはもうないさ。それに見ろよ。まだ子供だぜ?」
それを聞いた残りの4人が、なるほど。と同じく意地悪な笑みを浮かべて魔王へと歩み寄る。
全員がそれぞれに魔王を倒すべき武器を携えている。
悪意に満ちたにやりを見せて、手に持つ武器でまだ15、6の少年のような見た目の魔王を無慈悲に攻撃した。
「やめて……痛い……やめてよ……」
「ギャハハハハー!魔王が俺たちにやめてよだってさ!か細い声出しちゃってよぉ……」
1人の男がペロリと舌なめずりをして、手に持つ大きな剣で魔王を切る。
「ぎゃぁぁぁー!」
少年魔王は大声で叫び、そのまま意識を失った。
………………
…………
……
少年魔王が気が付いたのはそれからほんの少し経ってからだった。
体中の傷は全く癒えていない。
先ほどの男たちは魔王が死んだと思って帰って行ったらしい。
「何だったんだ?」
先ほど切られた右足を見ながら少年魔王が呟いた。
さっきは完璧に切断されたはずだった。その痛みで気を失ったのだから間違いない。
なのに今はなぜか足がくっついている。(痛みも傷もあるが)
「どうなってるんだ?」
自分の体ながら訳が分からず、さっきと同じく独り言を言う。
気がつけば外には雨が降っていた。さっきまでの天気とは大違いだ。
「ったくよぉ。急に雨が降ってくるなんてついてないな」
さっきの5人組の声がする。
どうやら急な雨で雨宿りするために戻ってきたらしい。
「こんな不気味な場所で時間潰さなきゃならないなんて最悪だな」
この声は聞き覚えがある。少年魔王の足を切り刻んだ男だ。
少年魔王の心に恐怖心が芽生える。
――また見つかったら酷いことをされる。
『か……隠れなきゃ……』
しかし辺りには隠れられそうな場所が全くない。
『な……何か……何かないか……?』
慌てて周りの物を探すも、この部屋には隠れるような物もない。
パキン――
<何か>を探していた少年魔王は、確かに物を見つけることに成功した。
しかし少年魔王が探していた<何か>は隠れられるような大きい岩とかのことであり、こんな小さな木の枝ではない。
ましてや踏んずけて音を出すなど、今の少年魔王には一番やってはいけないことのはずだった。
戦闘直後だったからなのか、腐っても魔王が居た城だからなのか、5人の男たちの感性は非常に研ぎ澄まされていた。
5人の男と少年魔王の目が合う。
5人の男たちが非情な笑みを浮かべる。
「おい。魔王が復活してるぞ」
「あぁ。ちょうどいい暇つぶしになるな」
「足が復活してる。今度は俺に切らせてくれ。ノコギリでゆっくり切ってやる」
「お、俺さこういう美少年好みなんだよ。ななな、傷つける前に1回だけいいだろ?」
「うえー。お前変だとは思ってたけどショタ好きなのかよー」
思い思いの言葉と口にしながら5人の男たちはゆっくりと、それでも確実に少年魔王に近づく。
「あ……や……やめて……やめてー!」
少年魔王の叫びに呼応するように外には大きな雷が鳴った。
5人の男の内の誰かが近くに雷が落ちたかもな。などと興味なさそうに言いながら、再び少年魔王を拷問した。
………………
…………
……
――な……ん……で……?
どうして自分がこんな酷い目に?そういう意味で言った言葉も、拷問を続ける5人の男の1人の言葉に意味を失った。
――お前が魔王だからだ。
『そうか……僕は魔王なのか……魔王というだけで世界中の人々から迫害を受けるのか……僕には仲間もいない。こうやってずっと1人で怯えていなければいけないのかなぁ?やだなぁ……』
気が付いた少年魔王は、もう誰もいない暗い部屋でこっそりとため息をついた。
さっきまでの5人の男からの仕打ちが少年魔王の心に恐怖を植え付けていた。
『さっきは魔王なら討伐されるのも当たり前って思った。でも当たり前じゃない。魔王にも感情がちゃんとある。僕は魔王なのかもしれないけれど、何も知らないし何をすればいいのかも分からない。酷いことはしたくないしされたくもない』
「どうすればいいんだろう……」
ぼそりと口に出してはっとする。
辺りをキョロキョロ見回し、誰もいないことを再確認する。
ほっと安堵の息を吐き、これからどうするべきなのかを考えた。
『またあの人達が来るかもしれないからこの場所から離れる必要がある……でもどこに行けばいいんだろう? それに外に出たらあの人達以外の人にも見つかってもっと酷いことをされるかもしれない……ダメだ……1人だと何も考えられない……せめてもう1人、誰か相談できるような仲間がいればいいのに……』
ポロリと目から涙が零れた。
自分が1人だと改めて実感してしまい、孤独感に押しつぶされそうになる。
少年魔王は、押し寄せてくる不安と孤独から自分を守るように、どんな仲間が欲しいのかを口に出すことで気を紛らわした。
「冷静に状況を分析してくれるタイプがいいな。ちょっとしたことから色んなことを推測できるような力を持っててさ、色んなアドバイスをくれる」
少年魔王は、口に出したら余計に虚しくなった。
意を決してこの場所から出ようと思い、入り口まで歩いた。
「今出るのはやめませんか?」
背後から突然声がした。女性の声だ。
ビクッとして、恐る恐る振り向くとそこには兎を思わせる耳と尻尾を生やした女の子が立っていた。
「初めまして大魔王様。私は獣人族兎人種のアーミーと申します。私を生み出してくださりありがとうございます。これから先、末永くどうぞよろしくお願いいたします」
アーミーと名乗った女の子は、少年魔王を大魔王様と呼び、深々と頭を下げた。
どうやら少年魔王はアーミーと名乗る23歳くらいの女の子を生み出してしまったようだ。