処理落ち
「本を読むと眠くなるのって、なんでだろう?」
そう訊ねた弟の前には、図書館から借りてきた本が数冊積まれている。
今から寝ようとしているのだろうか。
⋯⋯そんなわけないよな、と僕は半ば呆れながら首を捻った。
第一、自分の部屋だと集中できないからリビングで勉強すると言ってやって来たのだし。
「脳の処理落ちじゃない?」
調べれば詳しくわかるのだろうが、思いついたのはそれだった。
「パソコンでもスマホでも、処理落ちすると固まったり落ちたりするじゃん?」
「たしかに」
「それが人間だと眠るってことなんじゃない?」
「あー、なるほど」
「今考えただけだから、正しいかどうかはわかんないけど」
あと疲れとかもあるんじゃないか、と付け足しておく。
弟はふんふんと頷き、ルーズリーフと文房具を広げた。積まれた本を一番上から取る。どうやら勉強するつもりなのは確からしい。
「そういえばさぁ」
弟は本も開かず口を開いた。
僕は台所で、コップに麦茶を入れながら耳を傾ける。
「空想上の生き物でお馴染みのドラゴンってよく火吐くじゃん? あれって口からなわけないよね?」
「え、なんで」
返事は『なんで』と先を促すより、『どうして今そんなことを?』と理由を訊ねる方が適切だったかもしれない。
なんで今ドラゴン?
弟の手にしている本はダーウィンの進化論について書かれている物らしいが、まさかドラゴンについては触れていまい。
「だってさぁ⋯⋯人間と違って他の動物は食道と気道が分かれてるんだよ? 食道も気道も火の温度に粘膜が耐えられるわけがないじゃん。それにトカゲなんて毒腺持ってる種類もいるでしょ? 攻撃専用の器官なわけでしょ?」
でしょ、と言われても僕にはさっぱりわからない。頷くことすらできず、とりあえず麦茶を持って弟の向かいに座った。
トカゲ?
トカゲの先祖って、えっと、恐竜だったか? 恐竜が進化して鳥になったんじゃなかったか?
いや待てよ、ドラゴンの話なんだから恐竜も関係ないのか?
だめだ、頭が追いつかない。
僕の戸惑いに気付いているのか否か、弟は構わず喋り続ける。
「ドラゴンにそれらしい器官はなさそうだし。仮にあるとしたらわざわざ目の近くで吐くの危険じゃん。それとも炎を吐くのは攻撃以外の目的があるのかな? それにあの炎はなにが燃えてるの? 吐く息で酸素足りるの? それとも核融合とかなの?」
「えー⋯⋯?」
そういえばドラゴンとかのモンスターを狩るゲームを、弟がやっていたなと思い出す。それと関係があるのか不明だが、よくまぁ理論立てたもんだ。僕はそのゲームやっていないが。
「⋯⋯兄ちゃん?」
「⋯⋯ごめん、よくわかんなかった」
ひとつだけわかったのは、頭が追い付かずに処理落ちしても、ただちに眠くはならないのだ、ということである。
新たな疑問もあって、ここまでつらつらと喋る弟が、本で脳が処理落ちするのか、と僕は不思議だった。
2021/02/10
本を読んだら眠くなるのは、『単純作業だから』というのがひとつあるらしいです。