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退魔の鴉  作者: 西東高
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第3話③ 嵐は過ぎ去り鴉は狩りを始める

 それは一瞬の出来事だった。


 タイダはクロウの言葉に対して怒りの表情を浮かべてすぐに、落ち着きを取り戻すように深呼吸をして、大声を上げる。


「ルーフ村の優しき村人たちよ! これよりしばらくの間、家に戻り目を伏せてほしい!

これよりここで血が流れることになる。どうかどうかご容赦を!」


 その言葉を聞いた村人たちは慌てて自分の家に戻っていく。そしてその場にはヌマオロチの信者たちとクロウだけが残される。


 信者たちは腰に下げていた短刀を抜き、クロウを囲むようにして散らばる。

 準備ができたとばかりにタイダはフンと鼻を鳴らし、自分の短刀を抜く。


「本来は贄からの頼みはある程度聞く約束だが、お前が村で暴れたためやむおえず処分したことにする。つまりは死んでもらう」


「そうか」


「…?」


 タイダはクロウの落ち着きぶりに違和感を覚える。

 相手は見たところ武の神髄集う場所と言われたミカド大陸の人間であるのは分かっていたが、少し前まで死にかけだったのを覚えている。多少は腕に自信があるのだろうとは思っていたがそれでも囲まれている状況でここまで落ち着き払っているのはおかしい。


 もしくはただのバカなのか。そんなのはすぐにわかる。


「さて、とりあえずはここで死んでもら」


 言い切る前にタイダは声が出せなくなる。何かに驚いて言葉が詰まったわけではない。

 クロウが彼の喉を指先で思い切り押しつぶしたからだ。


「グゲガ……!」


 急に息ができなくなったように感じたタイダはそこで座り込み喉を抑える。いったい自分に何が起きたか理解できずにいる。


「おい」


「あ、え?」


 そんな指導者を呆然と見ていた信者の一人にクロウは声をかける。惚けていた信者は慌てて短刀を構えようとするがクロウはその手首をつかんで握りつぶすように力を込めた。


「ぐぎゃああああ!」


 悲鳴を上げ、短刀を落としてしまう。その短刀が地面に落ちる前にかすめ取り、そのまま信者の太ももに何度か刺す。


「貴様ぁ!」


 他の信者たちが短刀を振るい、クロウに襲い掛かる。


 クロウは襲い掛かってくる信者たちに向かって構え、駆ける。まず最初に迫ってきた信者の攻撃を捌き、そのまま肩に深々と突き刺す。

 激痛に悶える信者は悲鳴を上げる。クロウはそれを無視し、その信者からも短刀を奪って逆手に持ち構える。


「う……」


 残った信者たちは戸惑う。たった一瞬とも思える間に数で有利だったはずの自分たちの半数が倒れている。


「何している! さっさと殺せ!」


 タイダは喉を抑え、苦しそうにしながらも信者たちに命令するが動かない、否、動けないのだ。しかしそんなことはクロウにとってはどうでもよく、残った信者に向かって走り出した。










 ルーフ村の村長、オルグは戸惑っていた。

 その理由は自分の前に太々しく座る放浪者、クロウのせいだ。その身には血が付着してしているがそれは彼のものではなく、外で治療を受けているヌマオロチの信者たちのものだ。

 タイダは部下が全滅したと同時に逃走。明日になれば他の信者を連れてくるだろう。それだけでも頭を抱えるに十分な案件なのに、目の前の男の言葉にさらに頭を抱える。


「ヌマオロチを討伐する」


 そうクロウは言った。オルグは痛む頭を抱えながら、口を開く。


「……君はヌマオロチがどれだけ恐ろしいか知っているのか?」


「知らん。ただデカい蛇のアヤカシだというのは聞いている」


「アヤカシ?」


「ここで言うなら魔物か」


「ただの魔物ではないよ。何十年もこの一帯を支配する高ランクの魔物だ。討伐依頼はかつて何度か出した。でもやってきた冒険者は返り討ちにあっている。オマケにここは半分忘れ去られた村だ。そんな辺境な村にまで来てくれる冒険者は少ない」


「それはフィーネに聞いている。そこに信者を名乗るあいつらが神格化して祀りだしたんだろ?」


「あぁ、この村の大半はヌマオロチをヌマカミ様と呼んで信奉している。いや縋っているというべきかな。魔物に支配されている事実から目を背ける為に」


「現実逃避か。くだらない」


 クロウの容赦ない言葉にオルグもそうだな、と苦笑する。


「私はかつてヌマオロチが討伐の為に訪れた冒険者を殺すのを見てしまってな、今でもあの光景を鮮明に思い出せるし、恐怖が収まることはない」


 あれがこの村にまでやってきたら、瞬きのうちに村は滅びるだろう。

 小さいながらも、愛しい故郷。それがあの魔物に飲み込まれる悪夢は贄を選ぶ年になると毎日のように見る。

 選ばれた娘たちの顔は一人として忘れたことはない。毎日ごめん、ごめんと謝り生き続けてきた。


「その為に贄としてこれまで罪のない娘たちを差し出してきたのか。その心は痛まなかったのか?」


「…痛いに決まってるだろう! でもしょうがないだろ! 私たちには抗う術がなかったんだ。怖かったんだ……」


 殺せるものなら殺してくれ。

 オルグの悲痛な言葉。そして心からでた悲鳴。その一言を聞き、クロウはにやりと笑みを浮かべる。


「請け負った」


「え?」


「ヌマオロチ討伐の依頼、八咫烏の九郎が請け負う。これまでの悪夢、ここで見事断ち切って御覧に入れよう」




 オルグはそのまま彼に依頼する形でクロウを見送った。明日か今日の夜には信者が自分の元に来て糾弾してくるかもしれない。でも、賭けて見たくなったのだ。

 あのクロウという男のあの爛々と輝くその瞳の力強さに。


 もう一度、救いを求めた。

 

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