第三話① フィーネ
ルーフ村から少し離れた場所にある沼地地帯にはこの周辺を牛耳る強大な魔物がいる。
名は《ヌマオロチ》。巨大な大蛇のような魔物で、この地の災厄でもあり同時にこの地の守り神でもある存在。
ヌマオロチは十年に一度、供物として女の生贄を欲した。そうすればヌマオロチは村を襲わないし、護ることを約束した。その約束はちゃんと守られており、村は数十年もの間平和を維持し続けている。
ただ生贄はただ女なら何でもよい、というわけではない。ヌマオロチを信奉する信者たちが放った白羽の矢が刺さった家でもっとも若い女が選ばれる。
その日、フィーネは友人の家に招かれていた。その家に刺さった白羽の矢を見て友人は青ざめていた。父親も怯える娘を抱きしめ、慰めている。母親は泣き崩れている。
ただその悲劇に嘆く家族達の眼は、娘と同い年であったフィーネをしっかりととらえていた。
同い年の人間が二人いた場合、優先的に選ばれるのはその家の人間だ。ただし、もしももう一人が自分から生贄になると立候補すれば、話は変わる。
要は期待されたのだ。自分から生贄になることを。友を救うために命を懸ける友人像を。村に捨てられていた孤児の自分がこれまでの恩を返すように名乗りだすのを。
期待された。
だからフィーネは悟り、考え、諦めた。期待されているのなら、応えてあげようと。
沢山感謝された。ただそれだけ。
風習に則り、生贄に選ばれた者は村はずれにある家に移される。それから供物として死ぬまでの数か月の間、不自由のない生活を約束される。
彼女はこれまで通りの生活を望んだ。働き、子供たちに勉強を教え、食事をし、眠る。
いつも通りの生活。
それだけ。それだけを望んだ。望み以上のものを求めてもしょうがないと、諦めて。
無邪気な子供たち以外は同情のような目を向けてくる。哀れみを抱いたような目を向けてくる。
だが、それでもいい。平気だ。感謝されたのだ。
フィーネは心に蓋をして、笑顔を浮かべる。
暗い自室で目を覚ます。
起き上がり、ふと窓に映る自分を見る。
一筋の涙が、頬を伝っていた。
それを見て乾いた笑みがこぼれ、すぐさま枕に顔を埋めて嗚咽を押し殺す。
震える身体を抑え込み、ポツリと言葉を漏らす。
「死にたく……ない」
それが、クロウに会う3か月前の話。
救いのない、少女の結末は今大きく変化しようとしている。