アイドル教師
私が通っている中学校には少し変わった教師がいる。
名前は丸小恵美。
私のクラス担任であるこの女教師は、これでもかという程の男ウケしそうな顔立ちをしており、そのうえ性格は天然系ときたものだから、当然男子からの人気は凄まじく、いつも私たち女子をイライラさせていた。
この前も、国語の授業中にある男子生徒が、「先生、次のページに、女の子が同級生に告白するシーンがあるだろ。その同級生の名前を俺の名前に変えて朗読してくれない?」と言ったところ、男子たちが騒ぎ出して収拾がつかなくなった。
「お前、なに一人だけ抜け駆けしようとしてるんだ!」
「先生、そこは俺の名前でお願いします」
「いやいや、ここはやっぱり、学級委員のぼくでしょ」
男子たちのふざけた提案を丸小がどういう風に断るのか、その様子を窺っていたところ、まさかの言葉が私の耳に飛び込んできた。
「もう、しょうがないな。じゃあ、全員の名前を朗読するのは時間的に無理だから、今から私とじゃんけんをして、最後に残った人の名前で朗読してあげる」
──なにー! 結局、やるんかい! バカじゃないの、この女。
私は心の中で毒づきながら、男子たちの気合の入ったじゃんけん大会を冷めた目で見ていた。
それから、これはある日の休憩時間。
男子たちが集まって何やら話し込んでいたので、私は男子たちにバレぬよう、そっと近づき聞き耳を立てていた。
そしたら……
「それでは、ただいまから恵美先生の良い所を言い合う会を開催します。司会は私、中道が担当させてもらいます。じゃあ、まずは小平から」
「顔がかわいい」
「おっと、これはまた、いきなり直球できたな。それは当たり前すぎて今さらという感じがしないでもないが、まあトップバッターとしては、そんなところだろう。じゃあ、次は上田」
「思いやりがある」
「おー! 上田、お前なかなかやるじゃないか。恵美先生のことよく見てるな」
「まあな。でも俺、恵美先生のせいで、他の女にまったく興味持てなくなったんだよな」
「あー、それは言えてる。恵美先生と比べると、うちのクラスの女子は、みんなお子ちゃまだからな。ははは!」
その後も、『声がかわいい』とか『気配りができる』とか、もう出るわ出るわで、なんとその会は二周目に突入していた。
──まったく、何言ってんだろ、こいつら。そもそも、十歳も年齢が離れている丸小と私たちを比べるのがおかしいのよ。ホント、男子って、バカばっかり。
そして、ある日のホームルームの時間に、私のイライラが最高潮に達する出来事が起こった。
翌日に遠足を控え、丸小がそれについて説明していたところ、「先生、明日弁当作ってきてくれない? 俺、先生の手作り弁当、一度でいいから食べてみたいんだ」と、一人の男子生徒が言ったのをきっかけに、またもお決まりの言い争いが始まった。
「お前、ふざけんなよ! お前はママに作ってもらった弁当を食べてりゃいいんだよ。先生、手作り弁当はぜひ俺に」
「先生、ぼくの好物は卵焼きです」
「ぼくはウインナーです。ちなみに、タコさんにしてもらうと、ぼくのテンションはMAXに達します」
男子たちの醜い争いが当分終わりそうになかったので、私は「あんたたち、いい加減にしなさいよ! まだ遠足の説明が終わってないでしょ! 私は早く帰りたいのよ!」と、声を張り上げた。
普段おとなしい私が大声を出したためか、教室内は一気に静まり返った。
それを機に、丸小がまた説明を始めたので、これでやっと帰れると一安心していると、またもこの丸小がふざけたことを言い出した。
「男子全員分のお弁当を作るのはいいんだけど、私の家のキッチンは狭いからちょっと無理かな。……あっ! そういえば、学校に家庭科室があったわ。あそこならキッチンも広いから、たくさん作れるわ。あと、作ったものを持って行くのは、みんな手伝ってくれるんだよね?」
「もちろんだよ。こういう時のために、毎日部活で鍛えてるんだから」
柔道部の西畑が言うと、またもバカ男子たちの応酬が始まった。
「俺、陸上部で毎日走ってるから、足腰には自信あるんだ」
「サッカー部の俺だって、走る量は負けてないぞ」
「ぼく帰宅部だけど、いつもパンとか買いに行かされてるから、物を運ぶのは自信あるんだ」
よほど丸小の手作り弁当が食べたいのか、いじめられっ子の重村まで参戦してきた。
「分かったわ。じゃあ、明日は早起きして、男子全員分のお弁当作るから、楽しみにしててね」
丸小がそう言うと、男子たちの歓声が瞬く間に教室内に広がり、それはなかなか収まりそうになかった。
居たたまれなくなった私は、まだホームルームの途中だったにもかかわらず、「お前ら、一生やってろ!」と、強烈な捨て台詞を叩きつけ、足早に立ち去った。