卑屈①
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「あ……耕太くん、お疲れ様」
秘書さんからのレクチャーが終了して会議室を出ると、こよみさんが壁にもたれながら待っていてくれた。
僕はそれだけで嬉しくなってしまい、慌ててこよみさんの元へ駆け寄った。
「すいません、お待たせしちゃったみたいで」
「ううん、そんなことあらへんよ。ほな、帰ろっか」
「はい」
僕達は地下駐車場へと降り、停めてあるヴレイビークルに跨ろうとして。
『帰ルノカ?』
「な、何や!?」
「うわ!? 喋った!?」
突然ヴレイビークルが喋りだし、僕とこよみさんは思わず仰け反った。
「こ、こよみさん……これって一体……?」
「わ、分からへん……」
僕達はおそるおそるヴレイビークルに近づく。
『技術部ニ音声機能ヲツケテモラッタ』
「また喋った!?」
「け、けど今、音声機能がついたって……」
『ソウダ』
間髪入れずにヴレイビークルが返事をする。
……どうやらそういうことらしい。
「ま、まあ、コミュニケーション取りやすうなって、ええんちゃうかな……」
「そ、そうですね……」
『ヨロシクナ。コレカラハ私ノコトハ親シミヲコメテ“モモ”ト呼ベ』
「「よ、よろしく“モモ”……」」
うん……深く考えたら負けだ。
それより。
「とりあえず帰るんですけど、いつものスーパーに寄ってもらっていいですか? 今晩の食材を買わないと」
「あ、うん、もちろんええよ」
「じゃあさっき聞いた通り、今日はハンバーグでいいですか?」
「うん! はわあ、楽しみや! そうと決まれば、早よ行こ!」
「はい!」
◇
スーパーで材料を買い込み、僕とこよみさんはキッチンの前に立つ。
さあ、料理開始だ。
まず玉ねぎの皮をむいて半分は薄切りに、残りをみじん切りにし、熱したフライパンに油を引いてみじん切りした玉ねぎを投入する。
「じゃあこよみさん、飴色になるまで炒めてもらえますか?」
「あ、飴色!?」
「はい。焦がさないように定期的にかき混ぜてください」
「う、うん」
さて、こよみさんのほうがしばらくかかるだろうからその間に。
僕はとうもろこしを電子レンジに入れて温めると、スプーンで実をほぐす。
次に、小鍋にバターを溶かして薄切りの玉ねぎを炒め、透明になったところでほぐしたとうもろこしを投入してさらに炒める。
そこへ、水を二分の一カップ入れて一煮立ちさせたら、ミキサーでしっかりと滑らかにする。
それを鍋に戻し、牛乳一カップ半を加えて沸騰しないようにかき混ぜ、塩コショウで味を調えたら、コーンポタージュの完成だ。
「はわあああ……ホンマに耕太くんの手は魔法の手やなあ……簡単に美味しいものができてまう……」
「あはは、それは美味しく食べてくれる女性がいるからですよ」
「はわ!?」
こよみさんは照れて思わずグルグルとフライパンの玉ねぎをかき回す。
うん、可愛い。
「あ、ちょうど飴色になってきましたね。そうしたら火を止めましょう」
「う、うん。せやけど、玉ねぎがこんなちょっとになってまうんやなあ」
「ええ。ですが、この玉ねぎがハンバーグを美味しくするコツなんです」
「へえー、そうなんや」
僕はこよみさんが作ったチャツネをボウルに移して粗熱を取ると、そこに牛と豚の合挽ミンチ、塩コショウとナツメグを入れてよくかき混ぜる。
「すいません、別のボウルにパン粉二分の一カップを入れて、牛乳で浸してもらっていいですか?」
「うん! ええと……こんなもんかなあ」
「ええ、バッチリです。じゃあ次に、そこに卵を一つ割ってかき混ぜてください」
こよみさんは冷蔵庫から卵を一個取り出して割ると、箸でかき混ぜた。
「今度はそれを、このミンチの入ったボウルに流し込んでください」
こよみさんにパン粉、牛乳、卵を混ぜ合わせたものを流し込んでもらうと、さらに良く練り、十字に切れ目を入れる。
これでハンバーグのタネの完成だ。
「さあ、これをハンバーグの形に整えましょう。こよみさん、よく見ててくださいね」
僕は四等分にしたタネを一つ取ると、楕円の形に整え、お手玉をするようにタネを叩いて空気を抜き、それを角バットの上に乗せた。
「さあ、次はこよみさんの番です」
「はわわ、上手くできるやろか……」
「大丈夫ですよ。僕も手伝いますから」
こよみさんはおそるおそるタネを取ると、僕がしたように形を整える。
だけど。
「はわ……ウチの手がちっちゃいさかい、上手く掌に乗らへん……」
「あ、それでしたら……」
僕はこよみさんの後ろに回り、こよみさんの手に僕の手を添えた。
こよみさんの手……小さくて、可愛いなあ。
「はわ!?」
「さあ、一緒にやりましょう」
「う、うん……」
僕とこよみさんは、タネの形を整え叩いて空気を抜くと、角バットに乗せる。
「はうう……その、耕太くん……」
「? 何ですか?」
「その、手……」
「あ……イヤ、ですか……?」
「う、ううん……そんなこと、あらへんよ……」
その後、恥ずかしそうに俯くこよみさんと一緒に、残り二つも角バットに乗せた。
「さて、それじゃ三十分ほど冷蔵庫で冷やしておきましょうか」
「う、うん……」
僕は角バットをラップで包み、冷蔵庫に入れる。
「後は時間になったら焼くだけなので、少し休憩しましょう。お茶でも淹れますね」
「う、うん……」
こよみさんはまだ顔を赤くしたまま、リビングに向かった。
僕は急須にお茶のパックを入れ、お湯を注ぐと、湯飲みと一緒にリビングへ持っていく。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがと……」
お茶を淹れた湯飲みを渡すと、こよみさんは息を吹きかけて冷ましながらお茶を口に含んだ。
さて……。
「あ、あの、こよみさん……その、少し聞きたいことがあるんですけど……いい、ですか?」
「う、うん……な、何やろ?」
「その……司令本部で青乃さんと、どんな話、されてたんですか……?」
僕は、司令本部でこよみさんと青乃さんが話している内容が気になって仕方がなかった。
ああ……嫉妬だなんて、本当に女々しいな。
「あー、あの時はブルーに『今まで誤解して悪かった』って謝られたんや」
「へ、へえ、そうなんですか」
「あ、あと……耕太くんはええ人や、って褒めてたよ……」
「あ、あはは……照れますね」
良かった。いわゆる男女の話じゃなかった。
僕は安堵して、思わず胸を撫で下ろした。
「な、なんや? ひょ、ひょっとして耕太くん、嫉妬してたりしたんか?」
「……はい」
からかうようにこよみさんは言ったけど、僕は素直にそうだと答えた。
「……ウ、ウチみたいな女にそんな浮いた話、あるわけないやんか……」
「そんなことない!」
少し悲しそうな表情をしながら告げたこよみさんの言葉が許せなくて、僕は無意識に叫んでいた。
「こよみさんは素敵な女性です! そ、それこそ世界中の誰よりも!」
「っ!? ……け、けど、ウチ……」
——ピピピ。
その時、僕達の邪魔をするかのようにこよみさんのヴレイウォッチが鳴った。
お読みいただき、ありがとうございました!
次話は明日の朝投稿予定です!
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