怪人アリス①
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アリスがあの草野一馬と絡んできた日から一週間、大学でアリスの姿を見かけなくなった。
昨日、それとなく友達の桐谷にも聞いてみたけど、「そういや見てないなあ……まあ、男できたみたいだし、サボってんじゃね?」と、気の抜けた返事が返って来た。
僕は、あの日の決意から、ずっとアリスに会いたかった。会って話がしたかった。
僕自身が前に進むために、こよみさんに想いを伝えるために。
「はあ……本当にもう……」
僕は思わず溜息を吐く。
だけど、会えない以上はしょうがない。
僕は気持ちを切り替えて、近所のスーパーで今日の晩ご飯……マカロニグラタンのための材料を買い込むと、部屋に戻り、調理に取り掛かる。
まずは、グラタンの具となる鶏肉を一口大、玉ねぎは薄切りにし、しめじの石突を落とす。
ほうれん草は塩を入れたお湯で下茹でしてアク抜きし、冷水でひ冷ました後、三センチ幅のざく切りにする。
熱したフライパンに油を引き、切った材料を鶏肉、玉ねぎ、しめじとほうれん草の順番に入れて炒める。
次に、沸騰したたっぷりのお湯でマカロニを茹でる。
おっと、お湯に塩一つまみとオリーブオイルを少し入れておかないと。
で、くっつかないようにたまにお湯をかき混ぜ、茹で上がったらマカロニをザルに上げて水気を切る。
そして、いよいよホワイトソース作りだ。
鍋を中弱火にかけ、多めのバターを入れて泡状になるまで溶けたら、そこに小麦粉を入れてよくかき混ぜる。
粉っぽさがなくなったら、牛乳を少しずつ入れて手早く伸ばす。だまにならないように注意しないと……。
牛乳を全部入れ切ったら、塩を少し入れて味を調え、ボウルで炒めた具材、マカロニと混ぜ合わせる。
そして、グラタン皿に混ぜ合わせたものを入れ、溶けるチーズを上に敷きつめたら、パン粉、粉チーズをふりかける。
後はオーブンで焼いたら完成なんだけど……そろそろかな。
すると、ちょうどカンカン、と階段を駆け上がる音が聞こえた。
「耕太くん、ただいま!」
「こよみさん、お帰りなさい!」
うん、やっぱりこよみさんだ。
それにしても、こよみさんの元気な声を聞くと、僕まで元気になってくる。
「なあなあ、今日の晩ご飯は?」
「今日はマカロニグラタンです」
「ホンマ! うわー、超楽しみ!」
「今からオーブンで焼き始めますから、あと二、三十分もすればご飯にしますね」
「うん!」
こよみさんは嬉しそうにしながら、リビングでくつろぎ始める。
さて、オーブンの予熱も十分だろうし、グラタン皿を中に……。
——ピピピ。
……その時、無情にも、司令本部からの呼び出し音がこだました。
「……イヤや、行きたない」
「……こよみさん、気持ちは分かりますけど……」
僕は、泣きそうな顔をしながらイヤイヤをするこよみさんを窘める。
「……耕太くんはウチがおらんでも、ええの?」
こよみさんは、上目遣いで懇願するような瞳で尋ねる。
こよみさん、その聞き方は反則です。
「……そんなわけないじゃないですか。僕は、こよみさんの嬉しそうな、楽しそうな笑顔が見たくてご飯を作ってるんですから」
「は、はわわ!?」
「だ、だから早く帰ってきてください。そして、一緒に晩ご飯食べましょう」
「はう…………うん」
そう言うと、こよみさんはようやく納得してくれた。
本当は僕だってこよみさんを行かせたくない。
だって、こよみさんは怪人と闘いに……自分から危険な場所に行かなきゃいけないんだから。
だけど、こよみさんは戦隊ヒロインで、怪人と闘うことが仕事で、そして使命だから……。
「ほな、ちゃっちゃと済まして、すぐ帰ってくるさかい!」
「はい! 待ってます!」
せめて、僕はこよみさんを笑顔で送り出してあげよう。
そして、帰ってきたら、笑顔と僕の料理で迎えよう。
「耕太くん、行ってきます!」
「こよみさん、行ってらっしゃい!」
◇
こよみさんを送り出すと、僕はスマホを取り出し、いつものように政府広報のサイトにアクセスする。
すると、ちょうどそのタイミングで通知が入った。
『怪人、永田町に出現』
うわあ……永田町かあ……。
結構距離があるから、こよみさんの帰り、遅くなりそうだなあ……。
そう思いながら、動画コンテンツをタップすると、現場の映像が映し出される。
『グ、グルアアアアアアアアアア!』
怪人は、こよみさんを除くヴレイファイブ四人と戦闘を繰り広げていた。
だけど、怪人の様子がいつもと違う。
普段の怪人は、なんだかんだ言って現場の指揮官として理性的に行動していた。
なのに、今日の怪人は理性を失くしているような、ただ暴れているだけのように感じる。
その証拠に、怪人は身体から生える触手のようなものを、敵であるヴレイファイブを狙うだけでなく、手あたり次第振り回していた。
突然、怪人が身体を反らして雄叫びを上げた。
その時——僕は見てしまった。
「く……草野……かず、ま……?」
あまりの衝撃に、僕は手に持っていたスマホを落とす。
怪人の胸にあった人間の顔……それは、アリスの今の恋人、草野一馬の顔だった。
僕は落としたスマホを慌てて拾い、もう一度確認する。
間違いない……草野一馬だ……。
だけど、何で……何で怪人なんかに……?
——ピリリリリ。
その時、スマホに着信が入る。
画面には、“紫村先輩”と表示されていた。
「……はい」
『あ、もしもし上代くん?』
「はい、そうですけど……」
『ゴメン! ちょっとどうしても相談したいことがあって、今から出てこれないかな?』
相談? 一体何の?
「ええと先輩、それって今じゃないと駄目ですか? 明日大学でとか……」
『ほんのちょっとでいいから! それに、もう鷲の宮駅まで来ちゃったの!』
「ええー……」
僕はチラリ、と時計を見る。
こよみさんが出てからまだ一〇分程度……今回は永田町だから、少なくとも三十分は帰ってこない、か。
「はあ……五分だけですよ?」
『本当にゴメンね! 今度この埋め合わせは必ずするから!』
電話を切り、僕は急いで駅へと向かう。
さっさとその先輩の相談とやらを済ませて、家に帰らないと……。
駅に到着し、先輩を探す。
だけど、どこにも先輩の姿は見当たらなかった。
「キャアアアアアアア!」
突然、女性の悲鳴が上がる。
その悲鳴のする方向へと振り返ると、そこには頭部から無数の触手を生やした怪人がいた。
「ナンデエエエエエエ! ナンデヨオオオオオオオオ!」
怪人はよく分からないことを叫びながら、ずるずると駅前を練り歩く。
すると、怪人は急にピタリ、と立ち止まり、なぜか僕を凝視した。
その時、僕は見てしまった。
触手の隙間から覗く、怪人の顔を。
「ア、アリス……?」
そう思った瞬間。
——触手で全身を殴打され、僕は意識を失った。
お読みいただき、ありがとうございました!
話のキリの関係で、やっぱり今日は3話投稿することにしました。
次話は今日の夜更新予定です!
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