僕の決意
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「な、ななななななな!?」
嫌な予感がした僕は、おそるおそる振り返ると、こちらを指差し、ワナワナと震えるこよみさんがいた。
「あ、え、い、いや!? 違うんです! その、こ、これは……!」
「あ……う、ううん、そやな、耕太くんって優しくてかっこええもんな……ほ、ほな、邪魔したらアカンさかい、ウチはその……」
そう言って、慌てて立ち去ろうとするこよみさんを見て、僕は席を立ちあがると、財布から千円を抜いてテーブルに置く。
「紫村先輩! これで失礼します!」
「え、あ、うん……」
店を出て行ったこよみさんを追いかけ、僕も同じように店を出ると、こよみさんはバイクにまたがり、今にも走り去ってしまいそうな状況だった。
とにかく、こよみさん勘違いしているみたいだから、ちゃんと説明しないと!
そう思った僕は、急いでこよみさんのバイクの前に立ちはだかる。
「ちょ!? 耕太くん危ないで!」
「待ってくださいこよみさん! その、落ち着いて話し合いましょう!」
「話って……なんや……?」
こよみさんが視線を落としながら、おずおずと尋ねる。
「もちろん今見たことです! こよみさん絶対勘違いしてそうだから!
「……別に、勘違いなんかしてへんもん……」
「いーえ、してます! 言っておきますけど、あの方はただの僕の大学の先輩で、それ以上でもそれ以下でもないですから! とにかく、僕の話を聞いてください!」
そう言うと、とりあえずこよみさんはエンジンを切り、渋々といった様子でバイクから降りてくれた。
「……それで?」
「まず、今も言いましたが彼女は“紫村由宇”さんといって、大学の先輩で、僕が入っているゼミの先生の教え子なんです。その関係で、僕が学んでいる生物工学に関することについて意見交換をしていたんですよ」
「ふーん……わざわざ喫茶店で、しかも二人っきりで、なあ?」
ああ……まだ疑ってる。
「本当です! そ、その……最初は大学の教室で話してたんですが、あの、アリスが僕達に絡んできて……」
「……でも、どうであれ耕太くんが、その先輩と話してたんは確かなんやろ?」
「そ、それはそうです……けど! そんなのじゃないですから!」
ああ……僕は……僕は……!
「……そんなのって……何……?」
こよみさんが、今にも泣きだしそうな表情になった。
僕は……僕はっ!
「僕は……僕はそんなことしないっ! こよみさんを裏切るような、そんな真似は絶対しない! だから……だから信じてください! 僕は……!」
こよみさんがじっと見つめる。
何かを諦めるような……それでいて、何かを期待するような瞳で。
でも……まだ僕の心は、それをはっきりと口に出せるほど、整理ができていない。
この感情が間違いなく“それ”であったとしても。
だから、今言える精一杯を。
「少なくとも、“今の”僕はまだ恋愛をできるほど、色んなものを振り切れてもいませんし、整理もできてません! ですが……ですが! 自分の中で整理ができた時……その時は、絶対に一番最初にこよみさんに伝えますからっ!」
僕は、今僕が言える想いを叫んだ。
こよみさんに知って欲しいから、こよみさんに信じて欲しいから。
だから……!
「…………………………はあ」
こよみさんは深く溜息を吐いて肩をすくめる。
「分かったわ……ホンマにもう、そんな真剣な表情で、しかもこんな往来で大声でそんなん言われてしもたら、ウチは信じるしかないやんか……」
顔を赤くしたこよみさんはそう言うと、傍に来て僕のシャツの袖を引っ張った。
「……ウチ、耕太くんのこと信じる。でも、耕太くんも今ので分かったと思うけど、ウチはアホやし、メンドクサイし、鬱陶しいし……そんなんやけど、その……耕太くんが整理できるまでウチ……待ってても、ええかな……?」
こよみさんが瞳を潤ませながら、上目遣いで僕を見る。
僕は思わず、そんなこよみさんを抱きしめたい衝動に駆られるけど、寸前で踏みとどまった。
そして。
「はい! 絶対に……絶対にこよみさんに伝えますから! それまで待っててください!」
「ん……」
そんな僕の言葉を聞いて、こよみさんは静かに頷いてくれた。
だけど。
「そ、その……そろそろ行かへん? ほ、ほら……なあ?」
こよみさんは恥ずかしそうに周りを指差す。
見ると、通行人達が僕達のほうを見ながら、何やらニヨニヨしていた!?
「こよみさん、か、帰りましょうか……」
「そ、そやな……」
僕達は、二人揃って俯きながら帰路についた。
◇
「あ、な、なあ、今日の晩ご飯、少し豪華ちゃうやろか……」
食卓に並ぶ晩ご飯を見て、こよみさんが嬉しそうにしつつも、僕のほうをチラチラと見ながら尋ねる。
「あ、は、はい……ちょっと張り切っちゃいまして……その、こういう晩ご飯は嫌いですか?」
「う、ううん、そんなことあらへんよ? ただ、何だかお誕生日みたいやなあ……って」
今日の晩ご飯は、生春巻きのサラダに鶏のから揚げ、ちらし寿司に鯛のカルパッチョ、そして、デザートにフルーツの盛り合わせまで用意している。
実はこれ、以前妹に頼まれて誕生日に作ってあげたメニューで、こよみさんの言った通りなんだけど。
「そ、それじゃその、た、食べませんか?」
「あ、うん、せ、せやな……」
僕達はいつものようにテーブルに向かい合わせで座る。
「「いただきます」」
そして、今日の晩ご飯に手をつけるんだけど……。
「な、なあ、やっぱり何か変や。耕太くん、急にどないしたん?」
「へ、変というと?」
「ほ、ほら、こんなご馳走、急に作ったりしておかしいやん。なあ、なんか理由あるんやろ?」
こよみさんの言う通り、理由はある。
今日、喫茶店の前でこよみさんと話して分かったことがある。
僕は、こよみさんは可愛くて、優しくて、そして強い人だって思ってた。
だけど、本当はそれだけじゃなかった。
あの時、僕はこよみさんが壊れてしまうんじゃないか……そう思った。
理由は分からない。
だけど喫茶店の前で見せた、こよみさんの心が今にも決壊して泣き出してしまいそうな、光を失ってしまいそうな、そんな瞳。
その瞳を見た時、アリスにフラれて雨に打たれていたあの時……もう世界なんてどうでもよくて、僕なんかこのまま消えてなくなってしまえばいい、そう思ったあの時の僕と同じだと思った。
だから、今日の料理は僕の決意。
それはこよみさんに言った通り、自分のちっぽけな、くだらない気持ちにさっさと整理をつけて、そして、そんな壊れそうなこよみさんを支えるための、自分自身への決意。
「……こよみさん、また今日と同じこのメニューで晩ご飯、作りますね」
「へ? あ、う、うん……」
そう言うと、こよみさんはそれ以上は何も聞かず、ただ晩ご飯を食べてくれた。
僕の心の整理ができて、こよみさんに僕の想いを伝えたら、その時はまた、今日と同じ料理を作ろう。
今度は、僕とこよみさんが二人で歩いていくための門出の祝いとして。
お読みいただき、ありがとうございました!
次話は明日の朝投稿予定です!
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