怪人アリス=ヒュブリス=ルシフェル①
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■アリス視点
私と耕太の出逢いは大学一年の春。
同じ本町ゼミで隣同士になったのがきっかけだった。
「あ、その、は、初めまして! か、上代耕太です!」
緊張した面持ちで挨拶をしてくれたことを今でも記憶している。
最初は、顔も姿も全てがみすぼらしくて、取るに足らない羽虫みたいな存在だと思っていて、形式通りの挨拶は返すものの、それ以上はもう関わり合うおとはないだろうと思っていた。
ところが。
「あ、そ、その! ぼぼ、僕は織部さんがす、好きです!」
六月も下旬に差し掛かり、そろそろ梅雨も終わろうとしていたある日、帰りがけに耕太から告白されるとは思わなかった。
いつも適当にあしらっていただけなのに、どうもそれを好意があると勘違いしたみたいだ。
「ふうん……私と、ねえ……?」
私は耕太の全身を上から下までくまなく見ると、確かに春の時と比べ、小綺麗になっていた。
まあ、彼なりに努力したということだろう。
だけど、私を好きになったのなら、それじゃ全然努力が足りない。
だから。
「そうね……後期の授業が始まるまでに、あなたが私に相応しい男になっていたら、考えてあげなくもないわ」
「っ! そ、それは一体どうすれば……!?」
「簡単よ。何かで一番を取ってみなさい。そうすれば、ほんの少しだけ、認めてあげるわ」
私はそう告げて耕太を一瞥すると、立ち尽くす耕太をそのままにしてその場を去った。
そして。
「やったよ織部さん! ぼ、僕、前期の本町ゼミで“優”をもらえたよ!」
後期の授業開始の日、耕太が嬉しそうに私のところにやってきて、“優”と書かれた成績表を見せる。
本町ゼミは滅多に“優”がもらえず、一年に一人いるかいないかと言われている。
かく言う私も、他の講義は全て“優”だったのに、本町ゼミだけは“優”をもらえなかった。
だが、目の前の耕太はをれをもらっている。
なら、私は認めるしかない。
「いいわ。約束通りあなたと付き合ってあげる。だけど、ちゃんと私に相応しい男となるように、これからも精進なさい」
「う、うん!」
まるで小動物が尻尾でも振るかのように、きらきらとした瞳で私を見つめる。
その時、私の中で今まで持ち合わせたことのなかった、一つのどす黒い欲望が芽生えてしまった。
この優秀で無垢な男を、壊してしまいたい、と。
◇
それから私は耕太に対し、数多くの無理難題をこれでもかと投げつける。
そしてそれに応えるべく、耕太は必死になってがんばる。
もちろん無理難題だから、所詮耕太では……いいえ、どんな男でも無理と匙を投げるものばかり。
当然耕太も、そんな無理難題をこなすことができず、私に罵倒される日々。
……それでも、そのうちのいくつかは達成したのだけれど。
私はそんな耕太の姿に愉悦と尊敬の、並び立たない二つの感情がせめぎ合っていた。
そして、一年の冬。
この時には、私の中は全て耕太で埋め尽くされていた。
耕太に触れたい。
耕太を壊したい。
耕太の傍にいたい。
耕太を壊したい。
耕太に愛されたい。
耕太を壊したい。
――耕太を自分だけのものにしたい。
私の心が愛おしい感情と壊したい感情でいつも矛盾を繰り返す中、最後に行きつくのは、いつも一緒……ただ、耕太が欲しい。
どうすれば耕太は永遠に私だけのものにできる?
どうすれば耕太は私から離れなくなる?
どうすれば。
どうすれば。
どうすれば。
そして私は、ある一つの結論に思い至る。
「これだけ私のことが好きなら、もし私が“別れる”と言ったら……?」
これまでの無理難題で、既に心をすり減らしている耕太だ。
今もし別れを告げたら、今までの耕太の全てが否定され……そして、壊れる。
耕太が壊れれば、何も見えなくなる。
耕太が壊れれば、何も聞こえなくなる。
耕太が壊れれば、何も考えられなくなる。
そうすれば、耕太の傍には誰もいなくなる。
私は二年の春、実行した。
「あなたじゃ私と釣り合わないから、もう近寄らないで」
そうして耕太は壊れた……そう思っていた。
だけど。
耕太は壊れなかった。
あの女……ヴレイピンクの、桃原こよみのせいで。
◇
「……目が覚めたかしら?」
目を開けると、目の前には怪人グリフォニアと中年の男が立っていた。
「ふむ……無事、成功したようだね」
「はい! さすがは高田様です!」
嬉しそうな表情を浮かべる二人をよそに、私はまず今自分が置かれている状況を確認する。
私は今、透明な容器の中で培養液に浸されながら浮かんでいる。
そしてその身体は、ヴレイピンクによってズタズタにされた左半身は復元されて……いや、左半身だけでなく、全身が怪人アリス=ヒュブリスとしてのものじゃない。
その身体は、ただただ純白だった。
私のこのどす黒い胸の中と違い、無垢な白。
「ハハハ……君は四度目の怪人化で、新たに生まれ変わったのだよ。この私の最高傑作、“怪人アリス=ヒュブリス=ルシフェル”として!」
中年の男が高らかに宣言し、その男の表情をうっとりと眺めるグリフォニア。
ただただ、私には気持ち悪かった。
「さあ! 君はその生まれ変わった姿で、見事あのヴレイピンク=ヴァルキュリアを倒して見せるんだ!」
中年の男が高らかに叫ぶが、私にとってはどうでもいい。
それより。
『……勘違いしないで。私は耕太が私のモノになればそれでいいの』
そう、壊れた耕太を永遠に私の傍に置くの。
そのために。
『ヴレイピンク……オマエは私が殺す』
お読みいただき、ありがとうございました!
これにて第6章及びその幕間が終了です。
次からはいよいよ最終章となりますが、その前に充電期間をいただいた後、最終章を10月1日から開始します!
こよみさんと耕太と、真の黒幕である高田光機、そして、怪人アリス=ヒュブノス=ルシフェルとの最後の決戦、どうぞお楽しみに!
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