休暇⑦
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「それでやなあ……こよみの子どもの頃はホンマ可愛くてなあ……」
宴もたけなわになってきた頃、お父さんは既に酔っていて涙を流しながらしみじみとこよみさんについて語っている。
……お父さん、こよみさんが可愛いのは激しく同意しますが、その話、既に四回目です……。
「ほらほらお父ちゃん、耕太くんも困ってしもてるやないか」
「ん? 何言うてんねん! 耕太くんはこよみの旦那さんになるんやぞ! そらこよみのこと、余すことなく知ってもらわんと!」
お母さんが窘めるけど、お父さんはまだ話し足りないとばかりに反論する。
「(な、なあ耕太くん、イヤやったら遠慮せんかてええんやで?)」
こよみさんも心配してか、僕にそっと耳打ちする。
だけど、僕はこよみさんにゆっくりとかぶりを振った。
「大丈夫ですよ」
そう言って、こよみさんに微笑んだ。
本当は大切な娘が、どこの馬の骨とも分からない僕と一緒に来たら、お父さんには複雑な思いがあるはずだ。
なのにこうやって、僕のことを歓待してくれて、喜んでくれて……。
だったら、僕はお父さんの言葉に耳を傾けないと。
「お、そうや! 耕太くんにはぜひ聞いといてもらわなあかん話があったんや!」
すると突然お父さんが思い出したかのように掌をポン、と叩いた。
「ええと……なんでしょうか?」
「うん、実はな……こよみが八歳の頃なんやけど……半年ほど、行方不明になったことがあってん……」
「行方不明に!?」
急に神妙な顔つきになったお父さんの口から出てきたのは、こよみさんの衝撃的な過去だった。
◇
こよみが八歳の時……小学三年生になったばかりの春なんやけどな、いつも通り元気に小学校に登校したら、突然。
『こよみちゃん、まだ学校に来てませんのやけど、お休みですやろか?』
クラスの担任から、心配そうな声で電話がかかってきたんや。
こよみは真面目な子やさかい、寄り道したりサボったりするような子やない。
せやから先生にも「間違いちゃうんですか?」と言うたんや。
せやけど、先生からは「来てへん」と、同じ答えが返ってきた。
せやからワイは慌てて通学路を見に走ったんや。
けど、こよみの姿はどこにもあれへん。
近所の人達に聞いてみたら、いつも通り学校に向かって歩いとったよって言うし、もう訳が分からへんかった。
もう不安で不安でしゃあないワイは、警察に連絡してこよみを探してもらうことにしたんや。
いうてもワイも地元ではそれなりの顔もあるさかい、警察もすぐ動いてくれよった。
ほんで、警察と村総出でこよみの捜索に当たったんやけど、全然見つからへん。
突然、神隠しにでも遭うたみたいに、パッと行方が途絶えてしもたんや……。
腹空かしとったらアカンからと、お母ちゃんはこよみの好きな肉じゃがとだし巻き卵作って待っとった。
いなくなった日も。
その次の日も、またその次の日も。
毎日……毎日や……。
一か月も経つと、警察も捜索ほぼ打ち切って、村の中では神隠しや、攫われたんや、もう生きてへ ん……そんな心無い噂までするようになった。
それでもワイとお母ちゃんはこよみが帰ってくるんを信じて……信じて待っとったんや。
それから半年もたった秋、ちょうど吉野の山も紅葉で綺麗に色づいた頃や。
ワイはいつものようにこよみが帰ってきますようにて、神社の神さんにお願いしに行って、家に帰ってきたらな。
——こよみが玄関に立っとったんや。
おらへんようになったあの時と同じ格好で、ランドセルしょって、玄関にボーっと立っとったんや!
ワイは慌ててこよみの元に駆け寄って、思い切り抱き締めた。
そしたらな。
「お父ちゃん……? アレ? ウチ、なんで玄関におるん? ウチ、学校行っとったんちゃうん?」
なんてとぼけた声で、訳が分からん見たいな感じでワイの顔を見ながらキョトンとしとった。
「こよみ! こよみ! おかえり……おかえりいいいいいい!」
ワイも号泣しとって、そっから先のことはよう覚えてへんけど、こよみが帰ってきてくれたんが嬉しゅうて嬉しゅうて……。
それからお母ちゃんが泣きながら肉じゃがとだし巻き卵作って食べさしたら。
「美味しい! やっぱお母ちゃんの肉じゃがとだし巻き卵は最高や!」
なんて、無邪気な笑顔で言うもんやから、ワイとお母ちゃんは涙が止まらへんかったんをよう覚えとる。
念のため病院とかで診てもろたりもしたんやけど、特に異常もなかった。
せやけど、こよみはあの日学校行ってから今までの記憶が全部抜け落ちてしもとったんや。
警察も調べたけど全然分からへんし、結局は迷宮入りっちゅうやつや。
それでも、ワイ達にはこよみが帰ってきてくれた、それだけで良かった。
そう思たんや……。
◇
「そんなことがあったんですか……」
しみじみと語るお父さんが、ぐすり、と鼻をすすった。
「せやから、ワイ達はこよみさえ元気でいてくれたらって思っとったんやけど、今日、耕太くんいうこんなええ彼氏さんと一緒に帰ってきてくれて……ホンマに良かった……」
僕はチラリ、と隣に座るこよみさんを見ると、こよみさんも目に涙を溜めていた。そして、お父さんの隣にいるお母さんも。
「耕太くん」
「はい」
「こよみは目に入れても痛くない、ホンマに可愛いワイ達の娘です。どうか……どうかこよみを、幸せにしてやってください……」
お父さんとお母さんが深々と頭を下げる。
こんな時、僕が言うべきことはたった一つ。
「はい。必ずこよみさんと一緒に幸せになります」
そう言って、僕もお二人に頭を下げた。
「お父ちゃん、お母ちゃん……ウチ、耕太くんと出逢えて……耕太くんが好きになってくれて……耕太くんを好きになって……ホンマに幸せやで……!」
そして、僕達四人は、なぜかみんなで笑い泣きした。
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次話は明日の夜投稿予定!
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