魔剣学院編 1
三か月後、九月
魔剣学院へ入学する日がやってきた。
在校生は特別な許可が無い限り、全員が寮で生活する。寮も学年毎に異なり、同じ建物の中には同学年の生徒しかいない。上級生に手伝わせない為だ。
今年は例年よりも人数が少ない。およそ四十五名が三つのクラスに別れ、寮も三つ。生徒達を徹底的に競わせる。まずはクラスの中で、その次は他のクラスと。
能力と協調性の無い人間は組織の中では不要。そうして篩にかけられた、極わずかな人間が王国の士官学校へと進み、ゆくゆくは王国の重鎮として働く。
全員がその夢を持っているわけではないが、魔剣学院を卒業したというステータスは、他国でも十分に通用する。冒険者ギルドや、商業ギルドなどの上役という道もある。
新入生は全員が真新しいジュストコールを身に着けている。
紺のコートを身に纏うと、合格した実感が湧くし、身の引き締まる思いだ。ただ一人を除き。
彼女を見つけるのは本当に簡単だった。奥の一番後ろで寝ていたのだから。
「ルティーヤは、本当に相変わらずだね」
近づき声をかけると、彼女は眠そうにしながらも目をこすり、体を起こした。
「えっと、誰?」
「ぐはっ」
ボブカットの少女は崩れるように四つん這いになる。
その少女はわたしを知っているようだったが・・・。記憶にない。ないものは仕方がない。
床で四つん這いになっている少女に声をかける。
とりあえず、謝っておいた方がよさそうだ。
ぶつぶつと、「ずっと会えるのを楽しみにしていたのに」とか言っている。
「えー、なんかごめんね」
「ふふ、お笑い種ね。アルヘナ」
今度は前から声が掛かった。
そこには灰色の髪をしたエルフが立っていた。
「夏の間、おじい様と必死に特訓をしていたというのに、当の本人に忘れられているのではね」
「ぐ、ぐぬぬ。も、もしかしたら・・・。とは思ってはいたけど、思った以上に精神的なダメージが・・・」
緑の髪をした少女は足をぷるぷると震わせ、なんとか立ち上がる。
灰色の髪をしたエルフの少女は、その様子をあざ笑いながらわたしを見てきた。
「勿論、わたくしの事は覚えていらっしゃいますよね?
熱い剣戟を打ち合ったのだもの。最後は邪魔されてしまいましたが」
「・・・・。えっと、ごめんなさい。どちら様でしょうか」
今度はエルフの少女が崩れ落ちた。両足を揃え片側に両手をついている。
なにやら、「血の滲むようなわたくしの三か月は一体・・・」とか言っている。これも謝っておいた方がいいのだろうか。
だが、少女は立ち直るのが早かった。くわっ!と目を見開き、捲し立ててきた。
「あなた!入学試験の最後、剣術の試験は覚えておりますでしょ!?」
「えー、そんな前の事、もう覚えてないよ。ごめんねっ」
てへぺろっ。と謝っておいた。
髪の毛だけではなく、存在まで灰色に染まった彼女を押しのけ、緑の髪の子が今度は捲し立ててくる。
「でもでも、最後に食べたお肉は?その間のご飯は?」
むむ、お肉・・・。ご飯・・・。
うーん、うーんと唸るわたしを、ワクワクした目で彼女は見てくる。
「あっ、緑の子と一緒に食べたような・・・。あれ?でも、わたしが最後に食べたような」
「食べられてないから!胃袋で記憶ごと消化しないで!」
「あっ、思い出した。アルヘナだ」
「良かった!わたしだよ。アルヘナ・ワシャトだよ!」
「名前はわたくしが先に言っていたけれどね。でも、どうして!
ご飯の事は覚えているのに、試験の事は覚えていないの!?」
「えー、そんな事を言われても。お腹も空いていたし、何か月も前じゃない」
「セレスの事は、お肉以下だったって事だよ」
得意そうなアルヘナが、セレスにニヤニヤした笑顔で言う。
「あれ?でもアルヘナって男の子だったような。」
「違うから!男装していただけ、女だから!そんな事だけ覚えてないでよ」
何やら涙目で訴えかけられてしまった。
「わたくしの三か月・・・」
呪詛のように呟きながら、灰色の子は前から二番目に座り突っ伏している。
目の前の緑の子は何やら疲れた様子だ。
「はぁ、まぁいいや。また会えてうれしいよ。それも、同じクラスで」
「忘れてごめんね。また一緒にご飯食べようね。今度はわたしも出せるよ」
ルティーヤはカバンの中から、硬貨がどっさりと入った袋を机に乗せた。
「すごい大金じゃない。どうしたの?・・・まさか、銀行強盗」
「えへん。冒険者としてがっぽり稼いだのだ」
「へぇ、すごい!」
そんな話しをしていると、先生が入って来た。
アルヘナは「またね」と言って自分の席に座りに行く。その後ろ姿を目で追いながら、ルティーヤは微笑んでいた。
(彼女も、もう一人も強そう。楽しみ)
教師は教壇の前に立つと、全体を見渡していた。
先生は女性のエルフで、髪はピンクで目は緑色、身長は百七十センチくらいだろうか。キリっとした目元でなかなかの美人だ。
「よし、全員揃っているな。まずは自己紹介からしようか。わたしはエル・メル王国、騎士団副団長のルオリア・クライドだ。これから一年、諸君らの剣術担当とクラスの教員となる。寮の担当も私が兼任するので、顔を合わす機会も多いだろう。だが、覚悟する事だ。
この学院は完全な実力主義。入るまでは甘やかされていようと、入った以上は王権すらも通用しない。それをゆめゆめ忘れぬことだ」
先生の張りのある声がクラスに響き、説明が終わる頃、外から黄色い歓声が上がり、少しずつこちらに近づいてくる。
扉を開けて入って来たのは三名。
第二王子のルートヴィヒ・ウレキサイト、その王子の取り巻きのエルフ、ユークレスとベリルだ。
「先生遅れてしまい、申し訳ございません。他の生徒の迷惑にならないように配慮したのですが、遅れてしまいました」
ルートヴィヒは先生に頭を軽く下げていたが、取り巻きの二人は何事もなかったかのように自身の席に座る。
「はん、初日から遅刻とは、いい度胸だな。ルートヴィヒ、それに二人。余程ぶちのめされたいと見える」
「い、いえ。先生。本当にすみませんでした。女性たちに邪魔されてしまって」
「そ、そうなのです。なぁ、ユークレス」
「はい、僕ら始業の十分前には着く予定だったのですが、囲まれてしまって」
殺気立つ先生を三人はなんとか宥めている。
「まぁいい。次遅れたら、お前ら三人は廊下に席を作ってやるからな。
さて、諸君らは当然気が付いたと思うが、この席順はそのまま試験の順位となっている。勿論、他のクラスと均等に振り分けているので、最後尾だとしても落ち込む必要などない。順位に関係なく、努力しなければ、半年後の試験で早々に姿が消える事になるだろう。覚えておくことだ」
ルオリアの話しは明日からの授業の内容と、寮での生活の注意事項、図書館の利用時は学生証が必要なことを説明してくれていた。
今日は説明のみなのでこの後は自由だ。とはいえ、昼食にはまだ早い。