魔剣学院編 入学試験5
結局、ここで負ければ落とされると思った方がいい。
他の項目は、負けただけで落とされたのでは納得出来ないので、その為にあるのだろう。そうルティーヤは推察していた。
「そうだね。僕もそう思う」
中には才能があるのに、相手が悪くて負ける人もいるだろうから、そういう人の救済も考えられるが。完全実力主義を謳っている以上は、ここは負けられない。
「アルヘナは相手に遠慮しなければ勝てるよ。わたし以外ならね」
「あ、あはは。すごい自信だね」
「だって、人を斬った事ないでしょ」
冷たい風が吹いた気がした。背筋に冷や汗が流れる。なんだろうか、彼女の笑みはいつもの通りだというのに。怖い。
「夢があるのでしょう。覚悟を決めなきゃ」
「試験は模造刀だもの。本当に人を斬る訳じゃないよ?」
「同じ事だよ。模擬戦のつもりでいたら、負けるよ?」
生唾を飲み込む。つまり、殺すつもりでやれ。そう彼女は言っていた。
それは、師匠からも言われていた事だった。
『お前は優しすぎる。剣に殺気がない。だから何度やってもワシには勝てぬ。心の何処かで手を抜いておるのだ。それでは試合では勝てても、死合いで負ける。それすなわち死だな。覚悟を決めて行ってこい』
目を瞑り、胸に手を当てる。
これまでの時間を無駄にしたくない。目を開けると、微笑む彼女が見えた。
「分かった。ルティーヤと当たっても、手を抜かない」
「負けないよ」
本当に自信満々な彼女だ。試合が順調に進んでいく。実際の殺し合いではないので、勝負が付いた時点で試験官が止めるので本気を出しても大丈夫だろう。救護班や回復魔法をかけてくれる魔術師もいる。
「次、420番、258番。前へ」
「行って来るね」
「いってらっしゃい」
僕は彼女に声をかけ、試験官に胸当てを着けてもらい、模造刀とヘルムを受け取る。
「あいつ、ラッキーだな。あんなにちびっこいのが相手だぜ」
相手は身長百六十センチ程度だが、僕とは二十センチも身長差がある。
「両者、構え!はじめ!」
中肉中背の彼はオーソドックスな正眼の構え、一方の僕は半身となり、両手で持ち、水平に構える。
ほぼ同時に動き、突きを躱しながら胸を切り払い、お互いの位置を交換する。相手が斬られた事に動揺しているのが分かる。武器は刃を潰した模造刀で、防具は鉄製なので当然ケガはない。
「そこまで!」
防具と武器を返す。
「ど、どうだった?」
ルティーヤに感想を聞くが、当の彼女は足元を行く蟻の行列を眺めていた。思わず頬を膨らませる。せめて応援してくれてもいいと思うのに。
「え?うん。いい攻撃だったよ。さすがアルヘナ」
絶対見てない。目を泳がせながら彼女は適当な感想をくれた。
突きを紙一重で躱したのは、いい回避をしていたのになぁ。
「次、450番、188番」
ルティーヤは応援してくれなかったけど、彼女がどう戦うのか興味があった。
あれだけ自信たっぷりなのだもの。負けないよね?
どうやら、相手も人間の女の子のようだ。身長も変わらない。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしくね」
相変わらずな彼女は、腕を下げた状態で構えている。
「はじめ!」
どうやら相手の女の子は騎士家なのだろう。剣を両手に持ち下段に構え、ルティーヤの周囲を円に動く。一方のルティーヤは向きを変える事無く、前を向いたまま剣も右手一本で持ち下げたままだ。
周囲から冷ややかな笑い声が聞こえる。
相手の子も困惑していたが、意を決し気合と共に横から薙ぎ払う。
剣は空を斬り、目の前にいたはずのルティーヤはそこにいない。彼女は腕を振り上げた動作のまま固まった。彼女の後ろから首筋に剣が伸びていた。
彼女が剣を振るう瞬間、ルティーヤは目にも止まらぬ速さで後ろに回り、背中側から首筋に剣を置いただけだ。ただ、その速度は人間離れしていた。
(自信満々な訳だ。師匠と同じくらい強い)
かつて王国騎士団の顧問として師範していた師匠。まだ年齢は六十代だけど、『オーロラ剣術は騎士剣とは相容れない。』との理由で不当に解雇されてしまったらしい。
「参りました」
彼女は静かにそう言うと、ルティーヤは試験官に剣を返していた。
負けた彼女は悔しそうにしばらく佇んでいた。彼女も剣には自信があったのだろう。だけれど、覚悟がない剣だった。『人を殺す覚悟』ルティーヤが言っていた意味を理解した。
それは、ある意味では卑怯とも取れる。騎士道とは真逆の考え方だ。
相手の彼女は真後ろまで回り込んだのに、わざわざ横に戻って攻撃した。それはルティーヤの避ける道を増やし、結果として負けた。彼女は自分の騎士道に負けた。正々堂々、それは正しい事だとは思う。でも、今は相手を蹴落とし、勝たなければならない。
何がなんでも勝つ。その気持ちが彼女には足らなかった。
泣きながら走り去る彼女を、自分自身の姿と重ねていた。
「泣かせちゃった」
「仕方ないよ。ここにいる全員、彼女と同じ気持ちでここにいるのだから」
「わたしは違うかも?」
「はぁ。君は違うかもね」
口元に指を当て、顔を傾げている。そんな彼女を半眼で見つめる。
何人か、当たると負けそうな人たちがいた。
きっと、同じように幼少期の頃からこの試験の為に時間を費やしてきたのだろう。
僕もその後は、三人に勝ち、残りは四十人少々となった。ここまでくると全員が強い。そして、とうとう負けてしまった。
相手はドワーフ族だった。身長が低い種族とはいっても、僕よりは少し高い。同い年とは思えない程の腕力の差があり、防戦一方となった。そして、剣を落としてしまった。
相手は剣術というよりは、力業で勝ち上がってきていた。その剣戟を、僕は対処出来なかった。
「ま、参りました」
痺れた両手を抱え、後方に下がる。
「お疲れ様。もし、わたしと当たったら仇、取ってあげるね」
彼女は、涙を堪える僕を見て微笑んでいた。
「うん、お願い」
涙を拭って、前を向く。まだ終わったわけではない。俯くのはまだ早い。