魔剣学院編 入学試験4
「なんだか、気が抜けちゃったな」
緊張している自分が馬鹿らしくなった。
折角なので、校舎の中を見学してみる。何かの実験室や、地形の模型が置いてある教室、天体学の教室だろうか。星が浮いている部屋まであった。
屋上も行けるのだろうかと思い、五階建ての屋上に向かったが、残念ながらカギが掛かっていた。仕方がないので教室に戻る。先ほどよりも人数が増えており、人間〈ヒューム〉、犬や猫、ウサギの亜人、エルフ、ドワーフなど多様な種族が居た。
世界的な人口でみれば人間が一番多いけど、受験者は人間の方が少ない。ここに居る人達はライバルでもあり、将来のクラスメイトでもある。目立たない方がいい。
何しろ穏やかではない視線を送られている。まぁ、その原因は寝ている彼女だし、しっかり目立っているから、もう遅い気もする。
将来の全てが決まるのだ。これから始まる試験で・・・。
全員が緊張しているし、殺気だっても仕方がない。ここで揉め事を起こすような人はいないだろうけど。
(そ、そろそろ起こした方がいいよね?いいかな?起こしても)
恐る恐る、彼女の肩をゆする。
「まだぁ、お肉食べたい・・・」
もにょもにょと、彼女は寝言を言っているが、頑張って起こす。
「うー、あともう少しでお肉だったのに」
不機嫌そうに目をこすりながら、こちらを睨んでくる。
「これが終わったら食べさせてあげるから。周りの視線が怖いから、もぉ、起きてて」
うっかりそんな約束をしてしまったが、お陰で彼女の機嫌は直ったようだ。
「おー、色んな種族がいる。わたしの村には人間しかいなかったから」
楽しそうに彼らを眺めている。特に、ウサギの亜人に目が釘付けだ。少し涎を垂らしている気がする。いや、気の所為だ。見なかった事にしよう。
ウサギの亜人の女性が、怯えた表情でこちらをチラチラと見ているのも気の所為だ。
僕は決めた。
彼女と共に合格出来たら、レインさんのお墓に行き、とんだ肉食系女子に育ってしまった。その教育方法について話しをしなければ。まぁ、男装系女子である僕が言うのはアレだけど。
遠くの方で女子の黄色い声が聞こえてくる。ただ、声は遠ざかっているので同じ教室ではないようだ。正直、ウンザリするので同じ教室ではなくて良かった。
周りを見ると、同じような安堵の表情を浮かべている人たちが見える。
王子と一緒とか、やりにくいだろうなぁ。
そんな事を考えている間に試験時間となった。
「最初は筆記試験だ。制限時間は二時間、記入方式なので名前と番号を書き忘れないように。終了したら教壇まで持ってくるように」
黒のローブを纏った教師らしき人が説明している。
最初は戦略、戦術に関する問題。武器や馬等の基本的な長所や弱点などの設問が並ぶ。
集団戦闘の例が載っており、例えば兵糧が無くなった場合はどうするか。などだ。
難しい問題だがこの日に向けて勉強をしてきた。
それらが終わると、続いて魔術に関する問題になった。正しい魔紋を選べというものや、属性に関する設問。そして、戦略や戦術における魔術師の役割などの設問だ。
僕は終わる頃には目が回っていた。問題が士官学校のレベルと変わらないじゃないか。例年難しくなっているとは聞いていたが、ここまでとは。
すっかり自信を無くしていた。試験時間の一杯を使い、なんとか全問を埋める事は出来たが。隣の彼女は四十分も前に既にいない。誰よりも早く教室から出て行った。なにしろ、先生が慌てた程だ。諦めるにしても早すぎる。
その彼女は中庭にあるテラスで寝ていた。寝すぎでしょ。さすがに呆れる。
しかも、この中庭は校舎から丸見えだ。まぁ、そのお陰で直ぐに見つけられた。こんな日に、呑気に昼寝できる人間はそうそう居ない。
「あれ?もう終わったの?」
この調子だもの、怒る気にもならないよね。
「終わったよ。昼から第二グラウンドで剣術の試験と魔術試験があるから。ご飯食べたら早めに行こうね。」
「食料はあるよ」
そういうと、彼女は椅子の下に置いてあったカバンからパンと牛乳を取り出す。
「ご飯に関しては、本当にぬかりないよね。あなたって」
「食べる事は生きる事だよ。」
「どこかで聞いた格言を言わないの。ほら、みんな移動しちゃったから。行くよ」
彼女の手を引いて歩いていたのだが、他の受験生から。
「ち、いちゃついてやがる」
「あんな遊びで来ているヤツらに負けられねぇ」
などと聞こえてくる。
困った事に、彼女がにこやかに笑みを返すものだから火に油だ。こっちは女同士だというのに、とんだ勘違いで怒りを買ってしまっていた。だというのに。
「あはは。アルヘナ、男だと思われている」
質が悪いことに、この状況をフリーダム魔人は笑って楽しんでいる。
試験会場に着く頃、すっかり精神的に疲れてしまった。
「どうしたの?疲れた?」
「ええ、あなたのお陰で。心が疲れたわ」
「何もしてないのに。どう致しまして」
「はぁ。もういいから」
相手にするのも一苦労だ。
肝心の試験は、三つのグループに別れるようだ。僕らは弓術から。
的が正面に三枚平行に並んでおり、移動をしてもしなくても構わないが、早く正確に中央を射抜いた方がポイントは高い。だからといって、的に当たらなければ意味がない。的まで二十メートルなので、時間よりも正確に中央に当てた方がいい気がする。
呼ばれる順番はランダムなようで、受付をすると弓、槍、剣術、魔術で別れていく。
「420番、アルヘナ・ワシャト!」
「はい!」
名前を呼ばれたら前に出て、弓を受け取る。
安全策をとり無理はせず、移動しながら射る。少し中央からは外れてしまったが、いい具合に出来たと思う。終わると、受付に行き次の場所へと向かう。その繰り返しだ。
「じゃあ、僕は先に行くね。次は槍みたい」
「そう。気を付けてね。頑張って」
ルティーヤは、アルヘナと握手をして彼女を見送る。
(余程のポカをしなければ、彼女なら大丈夫じゃないかな)
人の好いアルヘナを見送りながらそんな事を思う。
「450番、ルティーヤ・ルビー!前へ!」
そんな事を考えていたら順番が来たらしい。
「はーい」
伸びをしながら手を挙げる。
周囲から剣呑な視線を受けるが、全く意に介さない。
弓の弦の具合を確かめながら歩く。
「では、始め!」
三本の矢を纏めて指に挟み、纏めて弓を引き絞る。
周囲から、笑いと嘲笑が起こる。
「をいをい、本の読み過ぎだろう」
そんな声が笑い声と共に聞こえたが、放った矢は的の中心を全て捉えていた。
「終わったよ?」
弓を渡そうと出しているのに、受け取らない試験官に声をかける。
「あ?ああ。次!」
次の試験は魔術だったが、特に一次と変わりは無かった。見せる魔術が一種類だったものが二種類に増え、槍も集団で試験官の型を真似するだけだった。恐らく、弓や魔術、槍はオマケなのだろう。本番は最後の剣術。一対一での模擬戦だ。
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