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魔剣学院編 入学試験1


 更に月日が流れ、ルティーヤがレインと生活し始めて十三年後。


「忘れ物チェーック。洋服よーし、受験手続き書類よーし、カバンよーし」

 ルティーヤ十三歳、大都市メルゲイルにある王立魔剣学院の入学試験を受ける為に出発する。

 レインは昨年の冬に既に亡くなり。ルティーヤは一人で生活していた。

「パパ。行って来るね」


 レインの手造りの墓石に挨拶をし、出発する。


 レインの遺言は三つ。

『世界を見て周ること』

『王立魔剣学院を卒業すること』

『人間の社会を見て、好きに生きること』


 白のゆったりとしたブラウス、茶色のパンツを履き出発する。

 身長は百五十センチほどにまで伸び、長い金髪、赤い瞳に蛇のような黄色い線が入った人外の少女は、レインの遺言の通り、まずは王立魔剣学院をクリアする事にした。


 メルゲイル王立魔剣学院。十三歳以上の男女、魔術もしくは剣術のレベルが一定水準以上であれば、身分を問わず、誰でも入れる。完全実力主義の学院で、毎年二百名を超す受験者が世界中から集まり、合格者は五十名前後。だが、卒業時まで在籍している者は二十名にも満たない。しかし、主席ともなれば国の士官学校に配属され、超エリートの道が約束される。


 大都市メルゲイルは、総人口百五十万人にもなる都市で、五つの区画に別れている。領主の屋敷の周辺、第一区画には貴族の屋敷が立ち並び、第二区画には商人たちの住居が、第三区画は商業地区、第四区画が工業地区、そして、第五区画が農業地区だ。

 第四、第五区画ともなると、第一区画からは遠く離れる。王立魔剣学院も、第三区画に位置してはいるものの、第一区画からは十キロ以上は離れた森の中にあった。


ルティーヤはお金がなく、きゅうきゅうと鳴るお腹を押さえ泣いていた。

「ひもじぃ、ひもじぃよぉ・・・」

 先程からお腹の虫にご飯を要求されているが、手持ちの金額では受験代を支払うのが精一杯だった。ここまでの道中で、野獣を狩る事もしなかった。


「街の中に野獣が居ないのは想定してなかったよ」

 カフェでなけなしのお金を使い、ミルクを飲んだものの腹の虫は満たされていない。

 道を行く子供達は恐らく同じ目的なのだろう。両親に連れられ、真新しい服を着て楽しそうに会話をしている。


「パパも、もう少し頑張ってくれればよかったのになぁ」

 テーブルに突っ伏した状態で、なんとか最後に一滴飲めないものかとコップを齧りながら独り言を言う。


「『もう満足したからわし、逝くわ』って年頃の娘を放り出して逝っちゃうなんて」

 ぼんやりと通りを見ていたら、三人組の男に肩に手を回され、路地裏に連れて行かれる少年が見えた。すると、すぐ隣から声がした。

「受験生の子かしらね。毎年、数人はああやって窃盗に会うのよ。騎士団や警備隊も見回ってはいてもね」


 突っ伏したまま顔だけ声の方を向けると、ウェイトレスの女性が心底嫌そうな顔をして隣に立っていた。


「行かないのですか?」

 ルティーヤは、不思議そうに女性に尋ねる。

「行ってもわたしじゃ役に立たないしね。あいつら武装しているから。冒険者崩れだろうけど、最近多いのよ。冒険者じゃ食べていけないヤツは、貴族の従者を連れずに歩いている子を狙って窃盗するの」


「じゃあ、見捨てる?」


「仕方ないじゃない。わたしにも仕事があるし。それに、周りを歩いている人間達も気が付いているのに、誰も助けようとなんてしないのさ」


(そういうものかしら)


 ルティーヤには理解出来ない事なので、言葉には出さないでおく。

「じゃあ、わたしが助けて来ようかな。お礼、してくれるといいけど」

「ちょっと止めときなさいよ。あなた武器も無いし、見た所、受験生なんでしょ?

 あいつらも命までは取らないから」


 女性は慌てた様子で声を落としながら忠告してくれた。

 既に少年は路地の奥へと行ってしまったのだろう。姿が見えない。


「この席、そのまま置いといてくださいね」

 ルティーヤはそう告げると、柵を乗り越え通路に降り立ち、人の波を縫うように通りの反対側の路地へと入って行く。呆れたように溜息をつくウェイトレスを肩越しに見た。


 入り組んだ、裏路地の中央に男達は居た。

 男の子の身長はルティーヤよりも低く、百四十センチほどしかない。彼は、強面の武装した男四人に囲まれていた。


「このお金は両親が一生懸命、僕の為に貯めてくれたものです。絶対に渡せません」

 小さな男の子は精一杯声を張り上げている。恐らく、表通りの誰かが助けてくれると信じての行動なのだろう。だが、男たちは誰も来ない事が分かっているかのように、落ち着いていた。


「おお、そうか。感動じゃねぇか。俺達はそのお金で今日の飯にありつけるんだ。へへへ」

「そうそう。受験に来たんだろ?ケガしたら大変じゃねぇか。な?早く渡せ。さもねぇと」

 正面に立つ男二人は腰のショートソードをチラつかせながら、そんな事を言っている。

 ルティーヤは、既に彼らから二メートルも離れていない場所に居る。だというのに、彼らは一向に気付いてくれない。


(信じられない。この程度じゃ、野良犬にさえ負けそう)


 気配を消しているとはいえ、しゃがんだ状態で足元に座るルティーヤに気付かず、少年を脅し続けていた。

 緑の髪の少年が口をパクパクと動かし、足元を見ている事に気が付いて盗人達もようやく足元を見る。そして、飛び上がった。


「おお!?いつの間に!」

 盗人達は少年とわたしを囲うように、一歩下がって陣取る。


「ねぇ、助けたらご飯、奢ってくれる?」

 ルティーヤは、少年の目を見て尋ねる。それはもう真剣な目だった。

「え?う、うん。受験に必要な分が残せれば」


 少年は困惑した表情だったが、掠れた声でルティーヤに返事をした。

ただ、その表情は、あまり期待はされていない様子だったが。

「じゃあ、約束」

 ルティーヤは盗賊達を一瞥する。


「手加減、いらないよね?」


 ルティーヤが少年と話しをしている間も、「なんだ、こいつ!?」や「嬢ちゃん、正義の味方気どりはやめた方がいいぜ」などと言っていたが、全無視である。


「見逃してやるから、金を置いていけ」とも言わない。問答無用だ。

一人目は飛び膝蹴りを頭部にぶち込み、そのまま壁を蹴り、反対側に居た二人目を地面に着地する事なく、後ろ回し蹴りを同じく頭部に放つ。

 瞬きの間もないスピードで蹴られた二人は、壁に打ち付けられ、そのまま動かなくなる。


 残った盗人も武器を抜こうとするが、それよりも早く鳩尾に一撃、最後の一人には足払いをし、空中で横向きになった脇腹に下から蹴り上げた。その体は二メートルほど浮き、地面に激突した。少年には何が起きたのか、見る事も出来なかった。


 街に来て通りを歩いていたら、ガラの悪い男に因縁を付けられ、ここまで連れてこられた。必死にカバンを守り、抵抗していたら足元に金髪の美少女が座っていた。

 その子は、助けたらご飯を奢れという。そして、その少女は冒険者とみられる男達を一瞬で倒してしまった。脳の速度が現実に追いつかない。

 当の少女は呻き動かない男達に何かを話していた。


「ねぇ、あなた達の財布、頂戴」

 逆に窃盗を行おうとしているようだ。

「ぐ、ふ、ふざけるな。か、金なんてねぇ。持ってたら、こんな事をしねぇよ。」

「じゃあ、その武器売るから頂戴」


 彼女は男達から武器を取り上げていた。

 男達は月並みな、「覚えてやがれ!」というセリフを残し走り去って行く。そんな彼らを彼女は手を振り、笑顔で見送っていた。その笑顔は、聖女のようでもあり、悪魔のようでもあった。


「じゃ、約束。守ってね」

「は、はひ」

 手には剣を持ち、笑顔のその子に通りにあるカフェへと連れてこられた。

「あ、あの!」


 僕は運ばれて来たサンドイッチを、涙を流しながら頬張る彼女に改めてお礼を言う。

 田舎から来て、街についてわずか三十分で全財産を失う所だった。何度も、何度もお礼を言う。だが、その子は手をひらひらと振り、面倒くさそうにしていた。


「はいはい、サンドイッチご馳走様」

「あの、本当にお礼はそれでいいのですか?」

「空腹に飢え、明日をも知れぬ我が身。そんな時、ご飯をご馳走になる!どう!?これ以上のお礼がある?なら、教えて」

 なぜか劇団風にくるくると回り、ビシッと指を差される。


 聞けば彼女は丸一日何も食べず、雑草を食べてここまで来たという。


(野生児か!?)


 帰り際、ウェイトレスのお姉さんに注意されてしまった。

 どうやら、僕の服装は却ってああいうやつらを引き寄せてしまうらしい。新しくもないシャツにズボン。兄のお下がりなのだから当然だ。用心の為にした()()()()だったが、それが裏目に出てしまうとは。人生とは、ままならないものである。



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