栄光は思い出に
「ただいま」
「おかえりー」
家に帰り玄関を開けると、母が出迎えてくれた。
母は、桃花高校での生活を心配してくれているようだった。
川北に落ちて入った学校。
そこに不満を感じているのではないかと。
「どうだった?今日は」
「別に」
「言うと思った」
『別に』と言うのは僕の口癖らしい。
僕がそう言った時、決まって母は残念そうな、悲しそうな顔をするのだ。
「バイト何しようかなぁ」
「え、陸上は?」
悠馬と同じような反応だ。
でも、この反応は想定内だった。
僕の事を知っている人なら当然の反応なのだろう。
「分かんない」
「また、分かんないって…」
『分かんない』も口癖だ。
会話の大半は、『別に』と『分かんない』で対応しているかもしれないと自分でも感じるほど、その2つの会話文を多用している。
多用と言うより、乱用と言った方が良いかもしれない。
だから友達も出来ないのだろう。
つまらない奴と話すより、悠馬のように愛嬌があって優しい奴と話すのは当たり前だ。
僕なんかと話しても時間の無駄でしかない。
だけど悠馬は、そんな僕に気を遣ってくれているのか知らないが、話そうとしてくれる。
真逆の存在の僕と悠馬。
僕は出来ることなら彼と仲良くしていきたいと思っている。
「やるかもね、陸上。考えとくよ」
そう言うと僕は自分の部屋に行った。
適当な所に学校用のリュックを置き、ベッドに座る。
部屋には机、椅子、ベッド、本棚、そして陸上の用具と大会で獲得してきたメダルや賞状が飾られている。
それを見るたび思い出す。
記録や勝利のために仲間と切磋琢磨した日々、その結果手にした喜び。
その思いがあるのならば、何を迷っているのか。
正直それが自分でもはっきりとは分からないのだ。
陸上競技に対する思いは、川北に落ちた時点で消えてしまったと言えるに等しい。
それで意味も無く陸上をやるのが嫌だ、というだけの事なのかもしれない。
遊びでやるくらいなら勉強してバイトして、将来のためになる事をしていたい。
けれど、悠馬や母は陸上をしてほしいと思っているみたいだ。
部活体験には行ってみるけれど大した部活じゃないという事は行かなくても分かる。
全く陸上で桃花の名を聞いたことがないのだから。
「おはよ、琉生」
「あ、おはよう、悠馬」
「今日陸上部行ってくれない?」
「行く気になったの?」
「まあ、一応行こうかなって思っただけ」
「それでも良いよ」
「期待はするなよ」
僕は半笑いで悠馬にそう言った。