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〇〇〇〇りくじょうぶ!  作者: 天笠愛雅
1/11

始まりは想定外に

全てが始まる「0話」です。

お時間があれば、これからブックマークをしていただいた上で読んでいただければと思います。

「落ちた...」

中学3年生の僕、風早(かざはや)流生(るい)は、高校入試に落ちた。


元々僕は、頭が良い訳じゃ無かった。

部活と勉強の両立をできるだけ頑張ってきたつもりだったが、今回の不合格を受けて、何も頑張っていなかったんだと実感した。

だけど、やるだけやったつもりだったんだ。

部活の後は毎日のように塾に行ってたし、自主学習の時間も作った。

定期テストも1桁の順位とは行かなかったが、それに近い順位だったことは事実だ。

むしろ、1桁の奴らは有名大学附属の高校や、県内屈指の進学校を目指すような猛者ばっかだったから、そこら辺の公立高校を志望する僕には十分過ぎる順位だった。

そして、それに慢心せず、部活を引退した後も勉強をし続け、1回だけだが1桁を取ることもできた。

そして受験前日は、今までの積み重ねを信じ、早めに勉強を切り上げ、本番に備えて10時には寝た。

やることはやった。

あとは全ての力を発揮するだけ。


のはずだった...。


最高の睡眠をした僕は、受験票、筆記用具、勉強道具、母に作ってもらった弁当、水筒をバッグに入れ、母の応援を背に胸を張って家を出た。

だが、その時から僕の不合格への歯車は動き始めていたのだ。

最寄り駅に到着すると、同級生や知り合いの姿もあった。

時間にはだいぶ余裕を持って出てきたので少し話してもなんとも無かった。

同じ高校を受験する同級生がいたので、そいつと電車に乗り、受験校へと向かうことにした。

「まさか、風早が川北受けるなんて思ってなかったよ」

川北とは、僕が受ける高校、「川越北高校」のことだ。

「やっぱ、陸上だよね。続けたいしインターハイ行きたいから」

「強豪だもんな。サッカー部の俺でも知ってるんだから相当だろうな」

そう、僕が受ける高校は陸上の超がつくほどの強豪で毎年何人もの全国選手を育成、排出している。

僕は中学で陸上をやってきた。

その成績は関東入賞くらいで、すごくはあるのだろうけれど、自分の中では納得出来ていない。

勉強をしてなければ全国も行けたかもしれないからだ。

たらればなのだが。

「絶対川北に受かって強くなろうと思ってたら陸上が疎かになっちゃってさ。笑えないよ」

「はは、本末転倒ってやつだ」

定期的に行われる模試で、僕の川北の合格判定は90パーセントを超えていた。

スポーツ校ゆえ、そこまで偏差値は高くない。

確実に川北をものにしようとした結果だ。

全ては高校陸上で成り上がるため。


僕は、サッカー部の同級生、(つかさ)元晴(もとはる)と乗り換えや移動をし、決戦の地、川越北高校に到着した。

「来たな...」

「おう」

僕が独り言のように呟くと、元晴は相槌を打った。

ここに来たのは、願書を提出しに来た時以来だ。

何の変哲もない年季の入った校舎が、この時ばかりは魔王城のようにも見えた。

それだけ僕は、プレッシャーを感じていたのだ。

だけど、僕はそんなプレッシャーなどどうでも良くなる事態に直面してしまった。

そこから負のスパイラルは始まったのだ。

「受験票、忘れてないよな?」

元晴が冗談混じりで受験票の確認を僕にしてきた。

当然、僕は家を出る時に確認したから持っていない訳が無い。

そう、持ってはいたのだ。

バックを近くの机の上に置くと異変がした。

漂う麦茶の香り。

僕の心臓は一瞬止まり、直後、その鼓動は倍以上の速さで脈を打つ。

緊張感と共に漂ってくる麦茶の香りが、鼻腔を刺激し、僕の鼓動を更に加速させる。

恐る恐るバッグを開くと、恐れていた状況が眼前に広がっていた。

麦茶でグシャグシャになった参考書、筆記用具、弁当箱、そして受験票...。

頭が真っ白になり、どうしたら良いかも分からずただ絶望した。

「どうしよう...」

「おい、どうした?」

元晴もバッグの中の状況を見たようで

「まじかよ...」

と言って言葉を失っていた。

どれくらいの間そうして絶望していただろうか。

ようやくすべきことに気付き

「ちょっと言ってくる」

と、僕は(かす)れた声で、元晴にそう言い、受験票の確認担当の女性の前に立った。

「受験票を確認します」

「あ、あの」

「どうされました?」

「受験票がこうなってしまって...」

僕は、グシャグシャの受験票を差し出した。

差し出した手が震えているのが分かった。

「分かりました。ちょっと待っててください」

担当の人は、汚い物を(つま)む様に持つというそのまんまの動作で僕が生み出した汚物を持ってどこかへ行った。

僕は、自分を落ち着かせる意味でため息をついた。

「大丈夫だろ」

その元晴の言葉は根拠すら無いものの、安心感だけはあった。

5分くらい経った時だろうか、さっきの人が遠目からでも分かる僕の受験票を持って帰ってきた。

それまでの5分間は、30分くらいに僕の中では感じていた。

「風早流生さん」

すぐそこにいる僕の名前を、担当の人は辺り一帯に聞こえる大きさの声で呼んだ。

僕は覚悟を決めて返事をし、女性の前に立った。

「大丈夫です、教室でお待ちください」

僕はその時の安堵感は忘れることが出来ない。

けれど、その失敗から生まれた安堵感こそが、僕を最大の失敗へと追い込んだのだ。

僕と元晴は別々の教室に別れ、互いの健闘を誓う。

元晴をこんな事態に巻き込んでしまって申し訳ないと思った。

これで元晴が落ちたら僕のせいだ。

一応謝ったがまた改めて謝ろう。

そう考えながら教室に入ると、かなりの人数が既に着席していて、視線を集めてしまった。

僕が受付でうだうだしている間に、どんどん受験生が教室に入って行っているのには気付いていたがこんな風になっているとは思わなかった。

僕はいつも1番最初に教室に到着し、その静かな空間で勉強するということを毎日中学校では繰り返していた。

今日もかなり余裕を持って、できれば1番最初に教室に入れるように家を出てきたのに、この瞬間、僕のルーティンが崩れたのだ。

試験開始までの残り少ない時間を、僕は未だかつてない焦りと緊張とともに勉強して過ごし、試験開始の鐘を待った。


試験というのは始まってしまえばあっという間で、昼も過ぎ、最後の教科になった。

試験終了の鐘が鳴り、僕はシャーペンを置いた。

いや、置いたと言うより落としたという方が正しい。

そう、その時点で僕は不合格を確信したのだ。

あれほど解いた数学も、あれほど見た英文法も、何もかも頭が考えようとしなかった。

失敗から生まれた安堵感が僕を錯覚させ、失敗によって狂ったリズムが僕を混乱させた。

だが、なにより1番悪いのは準備不足だった自分だ。

勉強だけが受験対策ではなかったのだ。

僕は誰にも会わないように、逃げるように川越北高校を去った。


そして、合格発表の日。

案の定、川北に落ちた僕は、私立桃花高校への進学を決めた。

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