表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第5章 慟哭の彼方へ
86/87

5-24b 夜の果てに

『天の采配、そんなふざけた話はないわね』


 そんな調子で始まった一人語りは、まぁ、さほど長くなかった。

 ただ淡々と、事実だけを紡ぐコイツの話を聞きながら。

 ……最後に込み上げてきたのは結局、いつもの溜め息だけだった。


 溜め息ばかりだと幸せが遠のくとかって言うけどさ……いや鶏と卵かよ、どっちが先かって話だろ。

 なんて馬鹿なことを考えて、再度溜め息。

 

 聞くんじゃなかったとは思わない。いいか悪いかで言ったら、まぁ聞けてよかったんだろう。今すぐ裏ボスがどうの、とかはないだろうからさ。

 ただ何だろう、……またちょっと、ちょっとだけ、やってられない気がしちまったんだ。 

 もしかして、これを狙っていたんだろうか。おれが揺らいだ隙に主導権を奪い取ろうって?

 そんな被害者めいたことまで考えちまう。 


 まぁ確かにな、ほんの少しは動揺したさ。この後に及んでほんの一瞬、いやちょっと、結構本気で『こんちくしょう』とか思ったけどさ。

 だけどもう、それくらいで我を忘れたりはしねぇんだよ。何度も何度も、これでもかってほど、こんな気分にさせられたらな。お前に主導権を譲り渡すほどじゃねぇんだよ!


 なんて、一人で勝手に激昂してから息を吐く。

 シンシアはその間、何も言わなかったけど。

 おれも大概だな、とか頭の隅で思いながら。

 

 まぁ何だ。要は『あのシンシア』も真っ黒だった、そういう話だ。

 ……いや、これも語弊があるけど。むしろ別の話も多かったんだが。

 だけどおれには、それが全てで。


 我ながら嫌になる。もっと他に、気にするべき話はあっただろうに。

 それでも結局、おれに一番刺さった話は、あのシンシアの思惑だったというんだから……。


 ――あの子は天使のような、悪魔だったわ。

 

 なんて言われた時には「お前が言うな」と思ったが。

 それは結構、的を射ていたのかもしれない。

 

 結局、あいつが一番、悪辣だったってことかもな……。

 そう思うと、もう一度溜め息が零れた。



 **


 

 あの夏、おれがオウガになったハジマリの夏。

 あの実験島での暴動は、全て『シンシア』の策略だったらしい。

 日も差さない地下深く、液体が満たされたカプセルの中で、身動きすら満足にできなかったシンシアだが、思念波は相当、強力なものになっていたらしい。

 だからあの夏、あいつは計画を実行に移した。長い間、温め続けていただろう計画を。

 

 手始めは研究施設の電源遮断。

 密かに潜入させていた結城に停電を起こさせてから。その機に乗じてオウガの檻を解放した。停電でロックされた電子錠を、結城が物理的に破壊して回ったんだろう。

 次いで、解放したオウガを思念波で操りながら、施設内を大混乱に陥れた。そうして期が熟すのを見計らってから、結城を自身の解放に向かわせたんだ。

 そのときになぜか、おれたちの檻も解放して。

 

『――アンタの檻を解放したのが誰かなんて、そこまでは知らないけどォ。全く、何でわざわざそんなことをしたんだか』


 そう言われて、初めて気づいた。

 おれはてっきり、停電のせいで、部屋の電子錠が開いたものとばかり思っていたから。

 でも、そんなはずはなかったんだ。あの部屋の用途を考えたら、停電したらロックされる。そういうタイプの錠が使われていたはずなんだから。


 だからあの日は、誰かがおれたちの檻を解放したんだ。

 あの混乱の最中、地獄への扉をわざわざ開いた奴がいた――


 そうしてそれは、少なくとも結城ではなかったらしい。

 ――だとしたら、仕組んだのはやっぱり、あのシンシアだったんだろう。


 恐らくは、もう一人いたはずの第2形態のオウガにでもやらせたんだろう。泣き落としで同情を買ったのか、上手く言いくるめて誘導したのかは知らないが。

 因みに、もう一人の第2形態の話なんて、おれがオウガになってから耳にしたことはなかったから、早々に自我を失って消えたんだろうけど。

 

 あるいは、久瀬の手の者にやらせたのかもしれない。あのとき、全てを黙認していたはずの久瀬の配下に。

 ……恐らく、当時から限界ギリギリの馴らし行為をしていた久瀬の真意を、シンシアが目敏く読み取ったんだろう。それで、密かに交渉を持ち掛けた。久瀬が望む情報や結果を与える代わりに、自らの解放をと。

 恐らく久瀬も、シンシアはもう解放してやりたいと、内心ではずっとそう思っていたはずだから。


 おまけに、あのときはまだ、この島での仁科の発言力も大きかったはずだから。仁科に暴動の責任をとらせて、少し大人しくさせようとか、そんな思惑もあったのかもしれない。立場上の最高責任者は久瀬だから、久瀬にとっても失点になったんだろうが、どうにかできる目処でもあったんだろう。

 だから、久瀬はシンシアの提案を受け入れた。おれだけは島から逃さないことを条件にして。

 

 ……詳細なんて知らないけど、そんなところじゃないんだろうか。

 だけど、そうだとしても分からない。


 なぜ、シンシアはおれを呼んだのか。

 なんでわざわざ檻から出してまで、おれをしつこく呼び続けたのか。


 たかが人間のおれに自分を解放させることで、目の前の悪魔を嘲笑したかった?

 ……なんてことは、ないんだろうな。

 おれだけで事を成したならともかく、傍に結城がいたら意味なんてないだろうし。実際、あの時のおれは、ただの足手まといにすぎなかった。

 

 だとしたら、久瀬との交換条件だったから?

 ……それも違う、ような気がする。

 久瀬はあのとき、おれの生死には、さほど拘っていなかった。

 オウガになろうとなるまいと、あそこでそのまま野垂れ死のうと、あいつは一向に構わなかったはず。それで復讐は果たせると、そう思っていたはずだから。

 

 なら、純粋に結城のため?

 

『貴方を一人にしてしまうのだけが心残りなの。せめて貴方に仲間がいれば――。仲間にできる人がいたなら――』


 この悪魔が聞いたシンシアの声。解放の直前、そっと結城にあてた遺言。

 この記憶に嘘のないことは、おれにも分かる。だからこそ、分かっちまった。

 こんなの全然、結城のためじゃないってことを。


 結城を気遣うようでいて、心配しているような素振りで、こんなの煽っているだけだろう。結城の不安を、心細さを。

 結城を一人にさせたくない? 

 ふざけるなよ。それを結城に手伝わせておきながら。

 だから、結城を煽っただって? おれをオウガにさせただと?

 そんな真似、ただで済むとは思ってねぇだろ。結城自身に手を出させたら、後であいつが苦しむと、そんなことくらい読めていたろう!

 だってお前、コイツと同じだったんだよな? お前の周りでオウガ因子を持った奴らの思考は、ほとんど筒抜けだったんだろう。だったら結城の性格くらい、手に取るように知っていたろう!!


 なのに、やらせた。

 わざわざおれを導いて、結城と鉢合わせさせてから、自分の解放を手伝わせた。

 おれを一度は逃がそうとした結城を、惑わせるような真似までして。

 おれが最悪の形でオウガになるよう仕向けやがった。

 どうしてそこまで拘った? 

 おれに何を期待したんだ。 


 シンシアの、あいつの望みは――自身の解放、そして復讐?


 あいつもきっと、この悪魔のことは恨んでいたはず。コイツを心底、憎んでいたはずだ。

 だからおれをオウガにして、いずれはこの悪魔に一矢報させようとでも思ったのか。


 ……いや違う。いくら何でもあり得ない。コイツに辿り着く前に潰されるか、弄ばれるのがオチだろう。

 今のこの状態は、生き残った奴らと、真帆の犠牲の上に成り立つギリギリの結果だった。

 だから、本当は――

 

 

 シンシアの真意がどこにあったか、今さらそれを知ったところで意味なんてない。何が変わるわけでもないってことは、百も承知だ。

 だけど、どうしても考えてしまう。囚われちまう。馬鹿みたいに、ぐるぐる、ぐるぐる。

 ……そうして多分、分かってしまった。

 

 彼女にとっての唯一無二は、この悪魔だけだった。それが理由の全てじゃないのか。

 おれも久瀬も、結城ですら、そのための駒にすぎなかった。ただ、それだけのことじゃないのか。

 ………。

 ……。

 全く、本当に笑ってしまう。この後に及んで、どうしてこんな気分になるんだ。

 おれだって、今まで散々そうしてきただろ……。

 


 **

 

 

 ……そろそろ行くかな。

 くだらない思考を振り払うように、座り込んでいた尻をバシバシ叩くと、土埃が盛大に舞い落ちる。

 

 ――アンタも強情ねェ……。ここまで話を聞いて、気が変わったりしないのォ?

 半ば呆れたような声。

 

「変わるわけがねぇだろう。さっきからお前、気を許せば身体の主導権を奪い取ろうとか画策してるくせに。あら、バレた? とかそんな顔してんじゃねぇよ。いい加減に飽きたんだよ、諦めろ」

 

 吐き捨てるように言ってやると、ぼやくような声が聞こえた。

 

 ――はあぁ、これで終わりかぁ。結構、愉しかったのになぁー……。

 

 それはどこか本音に聞こえて、少しだけ微妙な気分になる。

 

『皆、根はいい奴だと思いたいの?』

 いつだったか、そんな風に問われたことを思い出す。あの時は何を言ってやがるのかと思ったが。

 

 あぁくそ、やっぱり、そういうことなのかもしれない。

 いい奴かどうかはともかくとして、少しでも共感できるところを見つけたがっていたのかも。

 

 ……だって疲れちまうだろう? 相手をただ憎み続ける、なんてのは。

 もういい加減、別のところで疲れてんだ、そんなのやってられっかよ……。


 

 **

 

 

 目の前には、巨大な穴が穿たれていた。


 切り立った土壁の底、ぽっかり口を開けているのは、直径数百メートルはあろうかという溶岩湖だ。今は表面の温度が下がっているのか、黒い粘度状の土くれに覆われている。

 けど、そのすぐ下には灼熱の溶岩が滾っているはずだから。有機物でも放り込んだら、爆発するように燃え上がってくれるだろう。――おれが飛び込めば、すぐに本気を出してくれるだろう。


 だけどまぁ、中途半端な時間は少しでも短くしたいからな。

 

 それでまず、道中で見繕った粗大ごみを放り込む。

 案の定、そいつが乾いた溶岩湖に着地した途端、瞬く間に燃え上がった。次いで、黒い表面が大きくうねり、滾った溶岩が噴き出してくる。見る間にその範囲は広がって、白みがかった真っ赤な海が沸々と荒れ狂う。

 

 おぉスゲェ。やっぱり、溶岩湖はこうでなきゃな。

 他人事のようにそう思ってから、

 

「じゃあなシンシア。最期に挨拶くらいはしておくぜ。さすがに釜の中じゃぁ、悠長に話してる余裕はないだろうからな」

 

 そう声をかけてみたものの、もう沈黙しか返ってこない。

 まぁ仕方がねぇか。

 こいつの減らず口には、おれも結構、気が紛れたんだけどな。そのことだけには、礼を言ってもいい気分だったが。

 例え返事があったところで、素気なく切り返されるのがオチだろうけど。

 

 おれは気にせず、下半身に力を溜めた。

 締めはこいつだ。

 大地を蹴りつけ、力の限り飛び上がる。ビュンビュンと風を切り、薄雲の中を突き進む。

 一瞬、現れた蒼空に歓声を上げて。

 全く、太陽を殴れないのは残念だけどな。


 ――じゃあな、運命。お前ともサヨナラだ。

 

 僅かな空中浮遊を愉しんだ後、今度は一気に落下に入る。

 白い霧を駆け抜けた先、真っ赤な溶岩は目の前だ。

 

 ははっ! ザマミロ、これで終わりだ!!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ