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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第5章 慟哭の彼方へ
85/87

5-24a 夜の果てに

 殺伐とした丘陵に足を踏み入れると、声が響いた。


 一体どこに向かう気ィ?

 苛立ちを含んだ幼い声。


「……」

 死闘を繰り広げたあの場所を後にしてから、早2日。


 ――無視するじゃないわよ。殺すわよォ!

 

 失笑が込み上げてきた。

 随分とはっきり話しかけてきたもんだ。ここまでは無言で足掻いてやがったのに。ついに焦れたか。

 

「やれるもんなら、やってみろよ。今はせいぜい、頭ん中でがなるしか出来ねぇだろうがな」

 

 途端にズキリと頭痛が走った。

 ……ちっ。

 だんだんと強くなってきている。すでにおれの一部になったはずなのに、どういう理屈か、精神攻撃もできるらしい。


 けど、まだ大丈夫、まだ抑えられる……。

 

 ゆっくり歩みを進めると、不愉快そうな声がした。

 ――ねぇ、この先って……。

 

 いい加減、行き先の予想はついていたんだろう。


「地獄の釜の中だ。いいだろ? おれたち向きでさ」

 

 途端に、身震いする感覚が伝わってきた。愉悦じゃない。本当に慄いているらしい。

 コイツのことなんて大して知らない。が、何だか随分と珍しいものを見た気がした。いや、感じた、かな。

 

 ――ちょっとォ! 他人事みたいにしてるけど、冗談じゃないのよ。それって最低の選択だからァ!!

 

 切羽詰まった響きに聞こえて、ますます意外に感じてしまう。

 コイツがこれほど嫌がるとは……。

 それが何を意味しているのか、分からないわけじゃないけど。

 まぁ、暇潰しにはちょうどいいか。そう思って応じてやる。

 

「お前はもう、なまじっかな方法じゃあ、この世から消えられねぇんだろ。だからおれも考えたわけだ」


 粉砕されても、おれに喰われてもこうだからな。


「だったら、宇宙に出て真空にでも放り出されるか、灼熱の溶岩にでも炙られ続けたらどうだろうって」

 

 これなら、さすがに破壊スピードが再生スピードを上回るだろう。おれがコイツを抑え込めるうちなら確実だ。


 けど、宇宙に行くったって、そう簡単じゃねぇしなあ……。

 で、比較的すぐに来れるところといったら、ここだったわけだ。

 

「まぁ溶鉱炉って手もあるけど、味気ねぇしな。消えるなら大自然、その方が断然いいだろ」

 

 途端に、目を吊り上げる気配がした。


 ――全部冗談じゃないのよ! 言っておくけど、アンタもすぐには死ねないわよ。死ねるわけないじゃない。それ、分かってて言ってるんでしょうねェ!

 

 ……うるさい野次だ。

 

 ――苦しいわよォ。肉が弾ける傍から再生するの。感覚だけじゃなく、本当にそうなるもの。肺も灼けおちて息なんてできないのに、意識も失えないのよ。ただ延々と苦しいのが続くの。いつ終わるかなんて分からない、そんな状態、アタシだって長く続けたことなんかないのに! あぁ嫌だ。そんなのにアンタと付き合わされるなんて!!

 

 喚き散らすように言われて辟易する。

 そもそも『長く』って何だよ。『短いの』なら経験あんのかよ。本当にとんでもねぇな……。

 

「おれだって冗談じゃねぇんだよ……」


 こぼすように呟くと、噛みつくような声が飛んできた。


 ――だったら、なんで自殺なんて考えてるのよ!!

 

 口元が歪む。

 あぁ、それなら答えはあるぜ。

 

「お前が嫌いだからだろ」

 

 即答すると、シンシアは一瞬黙り込む。

 ……あー、やっぱり静かな方がいいかな。そう思ったとき、

 

 ――ねぇアンタ、アタシが嫌いでも取引くらいできるでしょう? 狂気を抑え込む方法を知りたがってたわよね。どう? 教えてあげるからここは一度――

 

『残念だな、交渉の余地は、お前が真帆を殺った時点でなくなったんだよ』

 

 今度こそ、シンシアは黙り込んだ。

 


 *


 

 赤茶けた砂礫交じりの荒れた大地。徐々に急勾配になって来る斜面を黙々と歩いていると、次第に噴煙が近づいてくる。

 空は曇天。ま、忌々しい太陽が照り付けるよりはマシか。

 

 ――ねぇアンタ、……本気なの?

 

 頭の中で声がした。しばらく黙っていたと思ったら、噴煙が近づくにつれて堪らなくなってきたらしい。


 ――本当にあんなところに飛び込む気? 冗談よね、脅しでしょう? アタシから譲歩を引き出そうとしてるのよねェ?

 

 思わず嗤いが込み上げてきた。

 

 ――謝って欲しいの? なら謝るわよ、これまでのこと。もうしない! 本当よ!! 全部アンタの望み通りに……ってねェ、聞いてるの!?


「嫌がってくれてるようで何よりだよ」


 ――っ! アンタ、もう正気じゃないでしょう!


「まぁな、とっくにおかしいんだろ。お前のせいでな」

 

 深い溜息が聞こえた。


 ――ああ言えばこういう……。ホント、何でアンタをすぐに縊り殺さなかったのかしら。今までで一番、悔やまれるわ。

 

 ほんの僅かに、ざらっとしたものを感じた。

 あぁ、それは嘘かな。コイツの最高の後悔は他にある――

 まぁ後悔してろよ、おれも後悔だらけだぜ。

 

 もう一度溜息が聞こえた。

 


 **


 

 吹き上がる噴煙。そろそろ周囲には有毒ガスでも発生しているんだろう。

 硫黄臭いし、少しだけ呼吸に違和感を覚える。まぁ、この程度なら、どうってことはねぇんだけど。

 

 ――ねぇアンタ……、何だってそこまでするわけ?

 

 ため息混じりの声。どうやら性懲りもなく話しかけてきたらしい。

 ――世界のため、だなんてぬるいことは考えてないわよねェ……。

 

「当たり前だろ。そんなことを考えてるようなつらに見えるか」

 

 ――……なら、アンタの大事な人のためなの?

 

 その問いには笑っちまった。

 どうして、こうなんだろうなぁ……。

 今さらのように、そんなことを思ってしまう。

 他人のそういう感情を理解できないわけでもなさそうなのに、なんでそれを平然と踏みにじる真似をするかな……。

 まぁ多分、コイツにはいなかったんだろうけど。

 自分より大事だと思える奴が。あるいは、ずっと一緒にいられなかった。

 

 ふと、彩乃の声が脳裏を過ぎった。


『たぶんね、始めからセカイを大事にできる人なんて、そうはいないと思うんだ』

 

 おれの部屋で真帆と3人、他愛ない雑談をしていたときに、ふとそんなことを言い出したことがあった。

 突然何を言ってんだ? 不審そうにしていただろうおれたちに、困ったような顔で彩乃は続けた。

 

『ええと、兄貴はやっぱり、自分の思う通りにしたらいいんじゃないかなって話なんだけど。

 ……つまりね。誰かが誰かを心から大事に想ったとするじゃない? それを実際に行動に移したとするじゃない? それが独り善がりなものじゃなくて、本当にその人を想ったものなら、結局はそれが周りの人たちも助ける形になったりするの、そういうことって多いんじゃないかなって思うんだ。

 でね、そういうことを続けていくと、大事な人たちが少しずつ増えていって、どんどん対象範囲が広がって、最終的には世界そのものを変えたいと願うようになったりして。……うん、そんな感じじゃないのかなぁって』

 

 真帆がきょとんとした顔で彩乃を見返す。

 おれもしかめ面をしていたんだろう。

 

『アハ、何言ってるか分かんないよね』

 ごめんごめん、と笑ってから、


『とくにかくね! 兄貴も真帆ちゃんも、自分が大事にしたいと思ったことをすればいいんだよって話。うん、オウガとか関係ないよ、それでいいじゃん!』

 

 そんな風に、彩乃は強引に話を締めくくった。あのときは何を言ってるんだと思ったが。

 今ならまぁ、分からないでもない気がした。あいつが言いたかったことは。


 けど、おれは違う。おれは全然、そんなのじゃない。

 おれは誰も守れなかった。結城も中嶋も、真帆すら死なせた。おれが殺した。おれが守ると、そう誓った奴らなのに。

 彩乃たちが生き残ったのはせめてもの救いだけど、それだっておれの力じゃない。おれに出来たのはせいぜい、コイツを抑えたことくらい。

 だったらせめてコイツもろとも消えてやる。それくらいしか、おれに出来ることはねぇからさ……。

 

 と、三度みたび溜息をつく気配がした。

 

 ――やっぱり、アンタの周りの人間を先に殺ればよかったわ。もっと早く、徹底的に。

 

 口惜しげにそう言われて、一瞬、身体の芯が燃え上がる。

 だけど、そんな激昂はすぐ掻き消えて、なんだか嗤いが込み上げてきた。

 

「本当にな、何でそうしなかったんだよ、お前」


 つい、そんな言葉が口をつく。

 不審そうな気配が返ってきたから、おれは肩をすくめてやった。

 

「だってそうだろ。さっさとお前がそうしてりゃあ、おれもこんな苦労をせずに済んだんだ。どんなに憤ったところで、逆立ちしたってお前には敵わなかったろう。

 ……大体、あいつ等のいない世界なんておれの知ったことじゃねぇし。そもそも世界なんて、オウガがいようといまいと大して変わらねぇだろう? だったらいっそ、全部ぶっ壊してぶっ潰して、いつか誕生する新しい生命って奴に乾杯だ! そんなこともできたのによ」

 

 言ってみると、案外愉しい。

 全部ぶっ壊してやり直せたら、どんなに胸がすくだろう? おれなんか粉々に消し飛ばして、全部やり直せたら、きっと、


 ――アンタって相当、キてるわよね。なのに、どうしてこう……。

 

 その評価は少しだけ心外だった。

「お前だって、こんなもんじゃねぇのかよ」

 

 シンシアは嫌そうに溜息をつく。

 ――違うわよ、と言いたいけど、……どうかしらねェ……。

 

 少しだけ引っ掛かるものを感じたが、まぁ、どうでもいいか。

 

 ――それよりアンタ、アタシのことは何にも聞いてこないけど、本当にそれでいいわけェ?

 

 今度は何を言い出す気だろう。何とかおれの気を引いて、最期の刻を引き延ばそうとしてるんだろうが。

 

 ――だって、アンタは何にも知らないんでしょう? どうしてアタシがこうなったのか、とか、アタシが消えるだけで本当にいいのか、とか。却ってまずいことになるんじゃないか、とか、そういう心配はないわけェ?

 

 痛いところをつかれた気がする。

 確かに、コイツを喰らっても、コイツの記憶だけは全く覗けなかった。一体どうやっているのか知らないが、基本的にはコイツの方が技量が上ってことだろう。

 だけど、それで十分だ。コイツの破格ぶりは異常だ。この上、さらに上位の存在が潜んでいるとか、そんなオチはねぇだろう。……ねぇよな?


 あったとしたって、もう知ったことか。コイツ一人で腹一杯だ、ふざけんな。

 …………。

 ……。


「まぁ、お前が話したいって言うなら、話くらいは聞いてやるぜ? それくらいのサービスはしてやるよ」

 

 我ながらすごい言い草だとは思ったが、正直、これが限界だった。

 そういつまでもコイツを抑えていられない。あと数日も放っておいたら、コイツに意識を乗っ取られてしまうだろう。

 今のおれもいい加減、半分おかしくなっているんだろうけど、それでもきっとコイツよりはマシだ。


 守りたかった奴ら、その多くを取り零してしまった世界でも。それでもまだ、残っているから。大事にしたいと思う奴らが。

 だからせめて、コイツだけは消してやる。そうして、他の奴らに明日を繋いでやるんだ。


 だからなあ? まだ何かあるって言うなら、話だけなら聞いてやるよ。本気で話す気があるのならな。


 ――……何でアンタ、そんなにエラそうなのよ。


 おれの本音はきっとコイツにはバレバレだろうに、その返しはちょっと意外で、子供みたいで少し笑えた。

 

「どうせ他に話す奴もいなかったんだろ。まぁ、おれで我慢しとけよ」

 そんな風に言ってみると、

 

 ――失礼ね! いたわよ、それくらい。

 へぇ。


 それは何となく意外な気がした。

 確かにおれは何も知らない。この悪魔がどうしてこうなったのか、なんて。

 

「そりゃあ、奇特な奴がいたもんだな、お前の身の上話を聞こうなんてさ」


 そう言った途端、まるで吐き捨てるような声がした。

 

 ――シンシアよ、もう一人の、私。

 ……へぇ。


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