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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第5章 慟哭の彼方へ
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5-23 矛盾だらけの別れ

「大丈夫か、涼司」

 

 息を切らせて駆け寄って来る朝倉。

 どうやらコイツも無事だったらしい。

 

「他の奴らは? ……というより今、どうなってるんだ?」

 

 当面の危機を脱したことは分かるんだろうが、辺りの様子に、今さらながらに言葉を失っているらしい。

 まぁ、それも無理はない。仁科との戦闘以上に派手な闘いだった。周囲は荒地さながら、大小入り乱れたクレーターだらけで、抉られていない地面なんて、点々と残っている程度だ。

 森の中にも巨大なドリルで抉ったような跡が何本も走っていて、あのどこかに朝倉がいたらと思うと、少しだけ薄ら寒い気分になった。

 だけど、朝倉はさして気にした風もなく尋ねてくる。

 

「さっきの、創始者だったんだろう? 随分と想像とは違ったけど」


 おれはただ頷いた。……上手くは説明できない。上手い言葉が見つからない。

 朝倉が眉を顰める。

 

「お前、本当に大丈夫か?」

 

 おれは笑ってやった。

 大丈夫、今はちょっと、そっちに意識を裂けないだけだ。ロクな補給もせずに力を使いすぎたから。頭ん中が、ちょっとうるせぇ……。

 

 不意に差し出されたのは携帯食だった。オウガ用に小さく固めた特別製。

 

「手持ちは少ないけど」

 

 助かる、ないよりマシだ。

 むしゃぶりついて息をつく。ただ、やっぱり全然足りない。さすがに無茶をし過ぎたらしい。

 

「……俺も必要か?」


 朝倉が馬鹿なことを言ってきて、

 

「要らねぇよ」

 

 そもそも、一人二人じゃ全然足りない。ここで迂闊に手を出したら、かえって箍が外れかねない。

 一度くらいなら狂気を散らしてくれそうな奴もまだ近くにいたが、ここまで来て、そんなことに命を懸けさせる気はなかった。

 

「それより他の奴らと合流してくれ。事情も、そいつらから聞いてくれると助かる」

 

 傍にまだ親父たちがいるはずだ。少し離れて、彩乃たちの気配まで。

 ……ったく、こんなところまで付いてきやがって。

 

「お前はどうする」

「……」

 

 もちろん、先の戦闘には勝つつもりだった。負ける気などなかった。

 結果は辛勝だったが、それでも勝ちは勝ちだ。

 そうして、創始者を倒した後のことも決めていた。ずっと前から。

 ただ、こんなところで創始者を打ち果たせるとは、思ってもみなかったから――

 

「ちょっと待ってろ。絶対にそのままいなくなるなよ、いいな?」

 

 何を思ったか、朝倉はそう言って身を翻す。

 腕に嵌めた時計型の位置探索システム、それで付近にいる味方の位置を確認したらしい。おれの返事も待たずに身を翻す。


 何だかな……。 


 まぁいいかとそれを見送ってから、おれは改めて周囲に目を向けた。腰を下ろす適当な場所でも見繕おうと思ったが、ロクな場所が残っていない。

 せめて大木の根元でもあれば……。

 そう思いながら周囲を見渡して、ふと、半壊しかけた岩壁があることに気づいた。ここから数km先、壁の高さは数百mといったところか。


 ……待つなら、あそこがいいな。

 

 あれを登るのにも腹は減るが、今とさして変わらないだろう。

 と思ったのは、やっぱり少しだけ甘かった。

 勢いよく跳躍すると、空っぽの内臓を鷲掴みにされたみたいな気がして、一瞬、意識が飛びかけた。


 だけどまぁ、まだなんとかなる。なんとかしてやる……。

 

 少し息を整えてから改めて見渡したその先は、爽快の一言だった。

 半壊して切り立った岩壁の上は、思った以上に見晴らしがよかった。遠くに、入り組んだ入江と蒼い海が見えて。空も嫌気が刺すほどの蒼さで、降り注ぐ太陽の光は忌々しいが、吹き上げる風は心地良かった。


 悪くねぇな……。


 その端に腰かけて、目を閉じる。このまましばらく過ごせれば。そう思ったが、大人しくしていると、いよいよ飢餓感が増してくる。

 戦闘中はどれだけ腹が減ろうと、意識を持っていかれる気はしなかったのに。アイツがいなくなった途端、その恩恵は終わりって訳か、ちくしょうめ。


 突き上げるようなこの衝動、これを散らすことができれば。アイツがこれをどうしていたのか分かれば、あるいは……。

 そんな思考が脳裏を過ぎり、おれは思わず笑ってしまった。 

 分かったら何だってんだ。もう少しここにいられるとでも?

 

 そのまま空を見上げれば、太陽がギラギラとおれを炙ってくる。

 本来、オウガに日差しは毒でしかない。今のおれなら不快に思う程度で済むが、さっさと消えろと言われているようで、ちょっとだけ嫌になる。

 

 分かってる、消えてやるよ。だからもう少しくらい待ちやがれ……!

 

 目を閉じると、仲間の姿がちらついてきて、目の奥を掻き毟ってやりたくなった。彩乃に島のチビども、ついでに朝倉や親父なんかが脳裏を過り、果ては久瀬や教官どもまで。


 ……あぁくそ、別にどうだっていいだろう!

 ――だったら、喰らえばいいじゃない。

 

 唐突に声が響いた。

 

 ――消えたくないなら、望むだけ食べればいいわァ。そうしたら、いつまでもここにいられるわよォ。

 

 忌々しい声、馬鹿な思考だ。今までなら確かにそうした。

 目的を果たすためなら何でもしてやる。そう思ってやってきた。今さら、目的の有り無しなんて関係ねぇけど。

 

 ――そうよォ、何言ってるのォ?

 

 分かってる。どこまでなら仕方がねぇとか、そんなのただの自己満足だ。

 だけどこれ以上、ここに居座り続けたら。おれはきっと、自分で自分を止められなくなる。守りたかった奴等まで、おれはきっと――……

 それだけは絶対に、絶対に嫌だったから。


 なのに今になって未練が出るとか、おれも大概、壊れてんだな……。


 自分の始末は自分でつけると、以前からそう決めていたはずなのに。

 だったら未練たらしくこんな場所に座っていないで、さっさと消えればいいだろう。そんな思考も過ったけれど。


『最後にはちゃんとする』 って言ったしな。 

 いつだったか、彩乃にそう言ったことを思い出す。これも完全な言い訳だって、分かっちゃいるけど。

 やっぱり、このままって訳にはいかねぇしさ……。

 

 おれは膝に頭をうずめた。

 これ以上、余計なことは考えないで済むように。

 

 

 ***

 

 

『――涼司』

 

 朝倉の声に顔を上げる。

 一瞬、自分がどこにいるかを忘れかけていたけれど、遥か下方に気配を感じて立ち上がる。

 崖下に朝倉の姿が見えた。


 傍らには、親父や久瀬、小隊の奴らに、彩乃の姿まである。部隊の中でも精鋭揃いの強化兵団で、何度も共闘したことがある奴らだった。多分、彩乃の護衛についてくれたんだろう。


 それも全部は久瀬の差金かもしれなくて、こんなことを思う義理はないのかもしれないけど、それでもやっぱり、ありがたいとは思っちまった。こんなところまで付いてくると言い張ったのは、どうせ彩乃自身だろうし。

 

 その脇には、幌付きの四輪駆動車も2台ほど乗り付けてあって、そこから最後に降り立ったのは母さんだ。動きやすそうな兵装に身を包んで、髪を後ろに結い上げている。その姿には面食らったけど、何とも様になっていて。


 ……のはいいとして、あれってやっぱり、おれをすんげぇ睨んでるよな。


 ちょっと苦笑いしていると、

 

『涼司、大丈夫か?』

 

 ふいに、朝倉が気遣うようなトーンの念話を送って来た。色々と事情を聞いたんだろう。

 ……余り脚色された話を聞いてなきゃ、いいんだけど。

 

 太陽の位置を確かめると、少し日が傾きかけている。いつ間にか、あのままウトウトしていたらしい。疼痛も少しだけマシになっていて、これには舌打ちしてしまった。

 あいつだろう。こんな真似ができるのは、あいつしかいない。


 目を向けると、平然とした風の久瀬と視線が交わる。

 ……ったく、無理しやがって。

 おれは今度こそラインを遮断し、朝倉に軽く手を上げた。

 

『ワリィ、今行く』

 

 砂塵を巻き上げて地面に降り立つと、もの言いたげな視線が一斉におれに向かった。なのに、誰も口をきかない。

 

「……何だよ。おれに何か言いたくて集まったんじゃねぇのかよ?」

 

 苦笑しながらそう切り出すと、幾つもの視線が交錯する。おれの様子に安堵している節もあるが、それ以上に口火を切るのを躊躇うような。


 ……って何だよ、ほんとに面倒くせぇな。

 

「で? これからどうするんだ。これで作戦終了って訳じゃねぇんだろう?」

 

 試しにそう尋ねてみると、久瀬が淡々と告げてくる。

 

「創始者には、我々の部隊も半壊されてしまったからな。潜水艇も沈められた。島に戻るにしても、今しばらくは南米ボスの屋敷を拠点に、態勢を整えてからとなるだろう」

 

 思わず笑いが込み上げてきた。

 半壊って、やっぱりあいつ、それくらいはしていやがったか。

 思わせぶりで気まぐれな悪魔。やろうと思えば全滅させられたんだろうが、半壊で収める辺りが、あの悪魔らしい……。

 

 だけどまぁ、どうにかできそうなら結構だ。暫らく紛糾必至だろうが、各地の上層部には粗方、こちらの手の者が潜り込んでいると聞いている。

 おまけに、あの分だと創始者は誰に対しても神出鬼没の気分屋だったんだろうから、すぐにあいつの不在が問題になることはないだろう。何かがおかしいと気づかれる頃には、こっちの陣営が上手いことやっているはずだ。

 ――久瀬も生きていたことだしな。

 

「で? お前等はわざわざ、挨拶にでも来てくれたのか?」

 

 一拍の間をおいて、再び久瀬が口を開く。

 

「お前はどうする。作戦はまだ続行中だが」

 

 残党狩りか、残った研究施設の壊滅か。完全に組織を手中に収めるための仕上げの話でもしているんだろう。


 だけどまぁ、それはそっちでやってくれ。

 肩を竦めて、これ以上は付き合う意志のないことを告げると、久瀬は僅かにおれを睨んだ。が、すぐに冷たい視線に戻る。


 こいつは誰より、今のおれの状態を分かっている。おれがもう、さほど長くは保たないことを。この質問も、この場を代表して尋ねてくれたに過ぎないんだろう。

 ……全く、嫌になっちまうけどな。

 

 次いで朝倉が口を開きかけたが、久瀬はそれを押し留め、今度は親父に視線を投げた。

 親父は一瞬、逃げ場を失ったような顔をしたけど、それからようやく顔を上げた。何かを決意した目でおれを見る。

 

「なら、お前はどうするんだ」 


 ただ真っすぐにおれを見る。


「全て、終わらせる気なのか?」

 

 これには苦笑しちまった。もしそうだと言ったら、親父はどうするつもりなのか。それが嫌んなるほど伝わってきて。

 全く、いい加減にしろっての……。

 

 彩乃がズボンの裾をぎゅっと握りしめる。黙ったまま、睨むようにおれを見上げてきて。


 あーあ、折角の美人が台無しじゃねぇか。その兵装姿、すげぇさまになってて、いけてるのにさ……。

 

 おれは息を吐いてから、母さんに視線を移した。

 今の親父に何を言っても無駄だろう。彩乃であっても、それは同じだ。

 だからやっぱり、この場をどうにかできるとしたら、母さんしかいないよな。

 そう思ったから、

 

「久しぶり、……ってのも変か」

 

 そう声をかけると、母さんは目を瞬いてから、冷えた眼でおれを睨んだ。

 

「あら、やっと話しかけてくれる気になったの? 今まではあれほど避けて来たのに」

 

 ……あー、これは。

 

「随分と待たせてくれたじゃない?」

 

 本格的なお怒りモードだ。オーラが怖い。肌を突き刺す冷気まで感じた気がする。

 はは、知ってたけど、母さんって結構、本気で怒ったときは怖ぇんだよな……。

 

「悪かったよ。だからまぁ、謝ってるだろ?」

 

 そう答えると、射殺すような目線が飛んできた。そのままビンタが飛んでくるかと錯覚したほどだ。

 これはさぞかし親父の時は大変だったろう……、なんて、隣でハラハラしている親父に、少しだけ同情しちまった。

 

「で、貴方はこれから、どうするの」

 

 咎めるような口調でそう問われ、おれもさすがに笑いを引っ込める。

 

始末ケリをつけに行くよ。この力を消しに行く」

 

 今度こそ真剣にそう答えたのに、言った途端に思いきり溜息をつかれた。

 

「なぜ貴方がそんなことをしなきゃいけないの。貴方がそこまで負う必要なんてないでしょう」

 

 ……出たな。

 思わず笑っちまった。

 彩乃から伝え聞いていた母さんの様子を聞く限り、こうなるかなとは思っていたけど。

 

「別に負うとか、そんなんじゃねぇよ。ただちょっと、この力はでかくてさ。でかすぎて手に余るっていうか……、けじめもつけなきゃなんねぇし」

「そんなの、貴方一人が気を揉む問題じゃないでしょう。少しは皆を頼りなさいよ」

 

 言い切られて、笑っちまった。

 これは完全に怒り心頭だ。母さんにだけ会うことを拒否していたせいで、いくら何でも堪忍袋の緒が切れた、ってやつかもしれない。おれの言い分を聞く気なんて、まるでゼロだ。

 

 だけど、そんなところも、なんだか懐かしいなと思ってしまう。

 おれの方が間違ってる、とか思ったときの母さんの容赦のなさって、昔からすげぇんだよなあ……。

 

「でもさ、このままだとホントに世界をどうにかしちまいそうだし。さすがにそれはまずいだろ?」

 

 茶化すように言ってみると、母さんは目を吊り上げた。

 

「何よそれ。貴方が世界の行く末を決めてるの?」

 

 それから、大仰に首を振る。

 

「呆れるわ、本当に傲慢な子。多少力があるから何だって言うの? そこまで万能なものでもないでしょう。自分を特別視しすぎじゃないの? 今さら厨二病?」

 

 はは、すげぇな。すげぇ辛辣……。

 

「いつまでも子供じゃねぇって」

「親は親よ。例え子供がおじいちゃんになってもね。だから少しは――」

「でもさ」


 うれしかったよ、母さんとこんな風に話せてさ。気を遣われるのなんて、まっぴらだから。

 ――でも。 

 

「母さんだろ? 真帆をあんなふうにしたのは」

 

 そう言い放つと、その場の空気が凍り付く。

 それを無視しておれは続ける。

 

「おれに喰わせるよう、真帆の身体を改造したのは、母さんだよな」


 はっとしたような気配。彩乃が驚いて母さんを見上げる。

 すぐに親父が、勢い込んで口を挟んだ。 

 

「それは違う! 紗夜は関係ない。あれは私が――」

 

 それをバッサリ、切り捨ててやる。 

 

「親父が絡んでるのは分かってる。久瀬もな。けど、そそのかしたのは母さんだろ」

「涼司っ!」

 

 駆け寄ろうとする親父を、久瀬が強く引き止める。それを視界の端にとらえながら、おれは母さんを見据えた。

 挑むように睨んでやると、母さんも真っすぐおれを見返してくる。そうして、


「そうよ、と言ったらどうするの?」

 


 **


 

 分かってる。もちろん知ってた。だって、あいつを喰らったのは、他ならぬおれなんだから。

 喰らった途端に、あいつの想いが、記憶が雪崩れ込んできた。全部じゃないけど、一部だけど、それでも記憶は鮮烈だった。

 

 連日繰り返される人体実験。長く続く苦痛の時間。

 島にいた頃、この死闘に至る前。おれの実験が終わった後に、おれが戦闘訓練をしている間もずっと、真帆は人体実験を続けていたんだ。

 

 結城じゃねぇのに、死んだ姉妹クローンたちとは違うのに。ようやく自由になれたはずなのに。辛いとか苦しいとか、そんな様子はおくびにも出さず、無邪気におれのところにやって来ては、ママゴトみたいな束の間の恋人ごっこに満足して帰っていく。

 そうして、また実験に臨んでいたんだ。時には結城の身体まで口にして。オウガじゃねぇのに、無茶して無理して。

 溜め息しか出てこない。

 

 あいつ等はいつだってそうだ。いつだっておれに黙って、自分の身を削るような真似をする。

 おれは何もしてやれなかった。あいつ等の想いに最後まで気づけない、ただの大馬鹿野郎だってのに……!

 

 あいつがあそこまでしてくれたから、最後のチャンスを掴めたんだろう。

 そんなことは分かってる。それくらい分かってるんだ。

 だけど、それでも。

 それをなかったことにしろだなんて、そんな真似、できるはずもねぇだろう?

 

「――どうする? 私のことも赦せない?」

 

 母さんがおれを見据える。言い訳するでもなく、ただひたすらに強い眼差し。

 

 ああ、そうだな、母さんも赦せない。

 だってそうだろう。家族のために、あいつの想いを利用したんだ。


 きっかけはきっと、些細な悪意。

 結城のせいでおれがオウガになったとか、そんなふうに思っちまって。

 結城のせいでおれが壊れかけたとか、そんなふうに誤解して。

 あいつのおかげでおれは何度も救われたって、それも聞いていたはずなのに。

 ましてや、真帆は全然関係ないって、頭では分かっていたはずなのに。


 きっとどこかで、怒りの捌け口を求めちまった。

 よりにもよって、それを真帆に向けちまった。そうだよな?

 だけどさあ、それはやっちゃいけないことだろう? あんな子供に背負わせて、いいはずなんかねぇよなあ?!

 

「――分かっているなら、責任くらい取れるよな」

 

 母さんは眉を顰める。


「責任?」

「そう。責任とって、」 

 言い含めるように、語気を強める。


「島にいる奴等、水野や他のチビども、あいつ等の面倒を最後まで見てやってくれ。親父と一緒に、彩乃と一緒に」

「――っ、ちょ、」

「この世界に彩乃だけを残すのは、絶対になしだからな」

「涼司っ!」


 母さんがギリっと睨む。それを無視して、おれは続ける。

 

「異論なんて認めねぇよ? 真帆にあれだけのことをしたんだ。だったら、それを補ってあり余るくらい、他の奴らに贖ってくれ。そうでなきゃ償えねぇだろ。そのくらいの覚悟なら、母さんにだってあるんだろ!!」

 

 責めるように恫喝すると、母さんは何かを言いかけて黙り込む。悔しそうに唇を噛み、拳をぎゅっと握り込む。

 周囲の奴等が固唾をのんでおれたちを見る。

 居心地の悪い沈黙がしばらく続き、それからようやく、母さんは皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「――分かったわよ、仕方ないわね」

 



 ――ごめんな、本当に。


 それ以上、母さんの目は見られなかった。真っ赤に充血した瞳。もう少しで泣き出しそうで。

 きっと要らない苦労をさせた。たくさん泣かせた。親父と喧嘩までさせてしまって。おれが大人しく死んでいれば、きっとしないで済んだ苦労だろう。

 それを思うと、自分を殴り飛ばしてやりたくなる。


 本当は分かっていた。

 母さんが、どんな思いであいつを送り出したのか。どれだけ真帆の身を案じていたのか。万一の事態に陥らずに済めばと、ずっと祈っていたことも。


 真帆の実験の様子を見ているときだって、いつもずっと苦しそうで。

 真帆もそれを知っていたから頑張れたんだ。母親に見守られているみたいで、だからあんなに頑張れた。

 知っている。分かってるんだ。あいつを喰べた瞬間に、全部、全部伝わってきたから。こんな恫喝は卑怯だって、そんなことくらい分かってる。

  おれがこんなことを言える立場になんか、ねぇってことも!


 ――だけど、赦せないのも嘘じゃねぇから。

 

 母さんが真帆を唆したっていうのは、少しだけ言い過ぎかもしれない。

 始めに真帆が似たようなことを言い出して、その決意が堅いならと、あれを提案したのが母さんだったというだけだ。

 でも、それだけじゃない。間違いなく後押しした。

 苦しむ親父を口説き落として。彩乃にだけは気づかれないよう、久瀬にも働きかけて。

 そうして真帆をその気にさせ続けたのは、母さんだ。

 そこに悪意が一欠片もなかったと言ったら、きっとそれも嘘なんだろう。

 

 …………。

 だからこれは、母さんのせい。

 母さんがいなかったら、きっとこうはならなかった。例え全滅したとしても、真帆だけ犠牲になることはなかった。

 こんなふうに、皆と別れを告げる余裕すらなくて。大事な奴らが生き延びる未来なんて、きっとなかった。

 母さんのせいで、だからーー……

 …………。

 ……。

 

「大丈夫よ、こっちは上手くやるから。浩史さんと彩乃のことは心配しないで」

 

 母さんが、真っ赤な目をしておれを見る。憤りに燃え上がった強い眼差し。

 なのに、どこか優しくて、苦しくて辛そうで――

 

 あぁこれだ。これだから嫌だったんだ。

 母さんに会ったら、いろんなものが決壊しそうで。

 おれの陳腐な覚悟なんか、全部崩れちまいそうで。

 

 

 ふいにずきりと腕が疼いて、おれはとっさに手首を抑えた。

 ……ちきしょうが、本当に嫌になる。

 次第に圧力が高まっている。シンシアがおれの身体を乗っ取ろうと、もう足掻き始めてる。

 全く、どんだけしつこいんだ、アイツ。

 

 でも大丈夫。今は皆に、コイツを抑え込む力をもらった気がする。

 さっきから、おれに集まる視線がむず痒くて仕方ねぇ。

 恥ずかしいから、やめてほしいと言いたいけれど。

 だけど、おかげで身体の芯が熱くなった。だから全部、よしとしようか。

 ……。 

 

「――じゃあな」

 

 ちょっと笑ってそう言うと、親父は唇を噛み切らんばかりにして、小さく何度も頷いてきた。

 その隣で、彩乃はボロ泣きしながら、声も上げずにおれを見る。とんでもなく怒った顔で。

 はは、別れの挨拶がそれかよ。でもまぁ、お前はそんなんでも可愛いけどさ。

 

 と、その隣で悔しげな顔をした朝倉が目に入る。

 おれをギリギリと睨んだまま、どこかで仕方がないと分かっていたような、それでいて納得できない、とでも言いたげな顔をする。それでも母さん達の手前、口を挟むのは違うとでも思ったらしい。拳を握ったまま黙り込む。

 これにはちょっと笑ってしまった。

 

 だってさ、何だかんだでコイツの人生を狂わせたのはおれなのに、おれの心配ばっかりしやがるから。

 本当はどれだけ詫びても足りない相手なんだけど、お互い様の面もあるから、まぁいいか。

 ……それに、ここまで来れたのはお前のおかげだと、そう本気で思ってる。 

 そう言ってやりたかったが、やっぱりそれもやめておく。

 礼を言うのも気恥ずかしいから、だからきっと、これでいい。


 と、最後に視線をずらした先で、目に留まったのは久瀬だった。

 こいつだけはいつもと同じ怜悧な雰囲気だったから。ここはさっぱり、仕切り直してくれるかと思ったら、珍しく何かを言いかけて言葉を飲み込む。

 それでも、すぐに吐き出された言葉は、

 

「後は任せろ」

 

 おれは小さく笑って背を向ける。


 ――ああ、頼む。

 さあ行こう。決着をつけに――



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