5-22 決着
どれだけ戦闘を続けただろう。
腕の一本や二本は何度も飛んだ。全身がいかれた。
その度に再生しては、飢餓感が増す。
けど、どれだけ腹が減ろうと、なぜか意識を持っていかれる気はしない。
あぁコイツか、コイツがそうした――
……殺してやる!
日差しはまだ高かった。
あれからまだ1時間も経っていないのか。
どちらにしろ、この悪魔も余り喋らなくなっていた。それほどの余裕はなくなってきてるんだろう。
けど、こいつの耐久力は尋常じゃなかった。殴っても蹴り抜いても、身体を裂いてもすぐに回復する。
その速度がおれより早い。いや、次第に早くなってきている。
……違う。おれが遅くなっているのか。
悪魔がニヤリと笑う。
これ以上やり合っても結果は見えた。そう確信したみたいに。
嘲るように鼻で笑う。
それを理解して、おれは跳躍した。
力の限り、あいつを蹴り飛ばしてから。
ほんの僅かな空白が生まれる。あいつが戻る、それまでに。
*
足元に、真帆がいた。
ひどい姿で打ち捨てられたままの身体。抱き上げると、力なくしな垂れてくる。
ごめんな、お前ら――
また守ってやれなかった。見殺しにした。
込み上げてくるのは、ただひたすらに空虚な感情。
もう憤りも後悔も、涙すら出てきやしねぇ……。
それでも。
――あと少しだけ、おれに力を貸してくれるか……?
答えなんてあるはずもない。
結城も中嶋も、もうその声は聞こえない。
真帆の命が失われた瞬間に、一緒に消えちまったのか。
あるいは全部が、ただの妄想だったのか。
別に何でも構わない。はなから赦しなんて求めちゃいない。
おれはそのまま、目の前の肉塊に顔をうずめる。
あいつ等を感じながら、その全てを喰らい尽くしてやるために。
**
「何したの今! 何か、愉しそうなことしてなかったァ!?」
嬌声とともに襲いくる衝撃波。
もう戻ってきたのかよ。
それを避けて、おれは目の前の悪魔に対峙する。
口元を拭いながら、全身に力が行き渡るのを待つ。
「……へえぇ、うふッ、そうなんだ。へぇー……」
どこか嬉々としておれを見上げる。
「まだまだ遊べそうねェ。ようこそ、私と同じせか――」
言い終える前に殴り飛ばす。
「余裕ぶっこくなよ」
「アハ! 本当にぃ!」
ぐちゃぐちゃに潰れたはずの顔に、愉悦の笑みを浮かべる。見る間に傷が治っていく。ほんの数秒で元通りだ。
だけど恐らく、互角に近づいている、その実感はあった。
***
真帆は普通の人間じゃない。ただのクローンでもない。
ウィルスによる強化体だ。それも研究と実験を重ねた末の。
本当は、あいつに触れたときに分かっていた。治療薬を打ったとき、あのときに気づいた。真帆が最悪の事態も想定していたことに。
仁科について行ったのも、わざとだった。あいつが子供だったからとか、そんなことじゃなかった。
身体の成長を望んだのは、その方が仁科について行く方便として、尤もらしかったからだろう。
あいつは全部、分かってたんだ。分かっていて、やりやがった。
おれが窮地に陥ることも想定して、その起死回生の策として、自身の身体を改造していやがった。
もしもの時は、おれの力が爆上がりするようにって。
おれがあいつを食べたときにだけ、作用するように。
おれの人体実験と連動して、どれほどの苦痛か知れない人体改造を、あいつはずっと受けていたんだ。
まだ子供のはずのあいつが、自分の身体を犠牲にするような真似を……!
あいつの方が、現実を見ていた。
あいつの方が、最悪の事態に備えていた。
まだ生まれて数年の、まだ少女だったはずのあいつの方が……!!
全身が燃え上がる。
怒りも憎しみも、もうどこかに吹き飛んじまったはずなのに。
ただ全身が熱い。
その熱に比例して力が漲る。細胞が急速に書き換えられる。
最悪の力だ、こんなもの。
こんなもののために、おれたちは――……
****
力は増した。恐らく耐久力も。
破壊力と防御力なら、もうコイツに引けを取らないだろう。
だけどそれでも、決め手に欠けた。
互角にはなり得ても、どうしても上回れない。
あいつの犠牲があってすら……!
このまま戦闘が長引けば、またじりじりと差が開いちまうかもしれない。
おまけに、周囲にいる奴等――親父たちに、少し離れたところにいる彩乃、顔なじみの兵士たち――、彼等を先に狙われたらどうなるかなんて、考えたくもなかった。
あいつ等を庇いながら戦ったら負ける。ただ、それだけが分かっている。
どうやら、今はまだ、あいつ等を先にどうこうする気はないらしいが。
もしかしたら、あいつ等の一喜一憂する様も、味わっているのかもしれない。
単におれが負けるところを見せつけて、愉しみたいだけかもしれない。
けど、気が変われば容赦なく殺しにかかるだろう。それは十分すぎるほど理解した。
そして、そうなった時に自分がどうするかなんて、考えるのも馬鹿らしかった。
おれのミスで真帆を死なせた。
甘い考えであいつを殺した。
その真帆を喰らって、あいつらまで救えなかったら?
考えるだけで反吐が出そうだ。
だったら、どうする?
このまま、奇跡に期待するのか。それとも、限界を待つっていうのか?
冗談じゃない。
そんな真似、赦されるわけねぇだろう……!
*****
「あはっ、このままならァ、勝負あったんじゃなァい?」
息の上がった様子で、それでも目の前の悪魔からは、余裕めいた言葉が飛び出してくる。
「アンタが一気に力を増す奥の手なんて、もうないでしょォ?」
「どうかな」
悪魔は嗤う。
「アンタはァ、実際良く喰らいついてきたわよ。感心しちゃう。まさかここまでアタシに迫るとはねェ!」
本当に良く回る口だ。戦いながら、よくもここまで戯言を吐けるものだと感心する。
「だからァ、アンタは傍に置いてあげるわァ。もちろん、もっと自我をぶっ壊してからだけどォ!!」
そう言いながら、回し蹴りをかましてくる。
「ぞっとしねぇな」
こいつの得意技。派手な攻撃が好きらしい。
さすがにこれは躱されると思ってるようだが。
でもな、気づいているか。
お前のその大技は、相手にヒットした瞬間、固まるんだぜ。
愉悦の電流でも走ってやがるのか。実際、相手にクリーンヒットしたら問題はねぇんだろうが。
おれはそれを、避けずにガードして受け止めた。
骨が砕けて、肉がひしゃげる。
腕がいかれた。多分、胸も。
シンシアが目を見開いて一瞬固まる。
おれだって瞬時には動けねぇ。
けど、おれはお前とは違う。闘ってるのは、
『一人じゃない』
――タァンッ!
静止の隙をついて、シンシアの胸を穿った銃弾。
それくらいでは致命傷になり得ない。けど、遅滞がそれだけ続けば十分だ。
『ナイスだ、朝倉!』
朝倉が機を伺っているのは知っていた。でも、その気配は感じなかった。
コイツですら、気配を感じ取ることはできなかったはず。
それも当然、この悪魔に悟られないよう、ギリギリまで意識を殺していたんだから。要は仮死状態だ。
全てが、万一に備えての対応だった。
――そう、おれは一人じゃない。
ここまで、一人で辿り着いたわけじゃねぇんだよ!
******
そもそも、今回の遠征で創始者に遭遇するとは想定していなかった。可能性としてはあり得るが、むしろ確率は低いと思っていた。
仮に遭遇したとして、ましてや戦闘状態に入った場合にどうなるかなんて、想像のつくはずもなかった。
何しろ、創始者の能力は未知数だ。事前に掴めている情報なんて、ないに等しい。
それでも、何の対策も講じないというのは、危険すぎる。
だから、久瀬は一計を案じた。
どこでおれたちの計画が漏れるか分かったものじゃないからと、おれと朝倉のみを呼び出して。朝倉の意識を、島を出る前から完全に消失させることにしたんだ。
朝倉の身体は、武器を運ぶ荷に紛れ込ませて。部隊は荷の中身を知らず、ただ命令に従って運び続ける。南米大陸に上陸してからも、部隊はおれの身体に仕込んだGPSを頼りに、おれを追う。
仁科との戦闘が始まる前に部隊の人間は下がらせたから、朝倉の潜んだ荷だけがそこらに置き去り、そんな状況になっているはずだった。
正確な位置はおれも知らない。派手な戦闘に巻き込まれて、二度と目覚めることなく命を失う。そんな可能性だって十分にあり得た。
それでも、朝倉はこの無謀な賭けをあっさりと了承した。
『真打ちってのは、最後に登場するものだろう?』
そう言ってニヤリと笑ったあいつに、ムカっ腹は立ったが。
けど、実際に助かった。
ギリギリで、寸前で、おれはあいつに合図を送った。
思念波を送りつけて覚醒させ、現状の説明も無視して、この悪魔を狙えと指示を飛ばす。
それくらいの無茶ぶりなら、やってくれる。
そんなことは知っていた。とっくの昔に信じていた。
それにあいつも、結構な適性体だ。限界ギリギリまで馴らしを終え、銃を仕込んだ特殊な義手を使いこなし、身体強化もしている身体だ。
そのあいつが、ほんの僅かな不意打ちを叩きこむくらいなら。
『やれ、涼司!!』
悪魔が反撃に転じる前に。
おれは追撃を叩き込み、そのまま全身を引き裂いた。
「これで終わりだ!」
腕を振り切ると、頭上から血の雨が降って来る。
だけど、そこまでしても肉塊が蠢く。再生が始まる。
――ざけんな。もう復活なんかさせるかよ……!
おれは肉片を掴み、口に含んだ。
片端から噛み千切り、喰らい尽くして、消滅させる。
終わりだ、そうだろう? もうこんなのはな!!!




