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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第5章 慟哭の彼方へ
83/87

5-22 決着

 どれだけ戦闘を続けただろう。

 腕の一本や二本は何度も飛んだ。全身がいかれた。

 その度に再生しては、飢餓感が増す。

 けど、どれだけ腹が減ろうと、なぜか意識を持っていかれる気はしない。


 あぁコイツか、コイツがそうした――

 ……殺してやる!



 日差しはまだ高かった。

 あれからまだ1時間も経っていないのか。


 どちらにしろ、この悪魔も余り喋らなくなっていた。それほどの余裕はなくなってきてるんだろう。

 けど、こいつの耐久力は尋常じゃなかった。殴っても蹴り抜いても、身体を裂いてもすぐに回復する。

 その速度がおれより早い。いや、次第に早くなってきている。

 ……違う。おれが遅くなっているのか。


 悪魔がニヤリと笑う。

 これ以上やり合っても結果は見えた。そう確信したみたいに。

 嘲るように鼻で笑う。


 それを理解して、おれは跳躍した。

 力の限り、あいつを蹴り飛ばしてから。


 ほんの僅かな空白が生まれる。あいつが戻る、それまでに。



 *



 足元に、真帆がいた。

 ひどい姿で打ち捨てられたままの身体。抱き上げると、力なくしな垂れてくる。


 ごめんな、お前ら――


 また守ってやれなかった。見殺しにした。

 込み上げてくるのは、ただひたすらに空虚な感情。

 もう憤りも後悔も、涙すら出てきやしねぇ……。


 それでも。

 ――あと少しだけ、おれに力を貸してくれるか……?


 答えなんてあるはずもない。

 結城も中嶋も、もうその声は聞こえない。

 真帆の命が失われた瞬間に、一緒に消えちまったのか。

 あるいは全部が、ただの妄想だったのか。

 別に何でも構わない。はなから赦しなんて求めちゃいない。


 おれはそのまま、目の前の肉塊に顔をうずめる。

 あいつ等を感じながら、その全てを喰らい尽くしてやるために。



 **



「何したの今! 何か、愉しそうなことしてなかったァ!?」


 嬌声とともに襲いくる衝撃波。

 もう戻ってきたのかよ。


 それを避けて、おれは目の前の悪魔に対峙する。

 口元を拭いながら、全身に力が行き渡るのを待つ。


「……へえぇ、うふッ、そうなんだ。へぇー……」


 どこか嬉々としておれを見上げる。


「まだまだ遊べそうねェ。ようこそ、私と同じせか――」


 言い終える前に殴り飛ばす。


「余裕ぶっこくなよ」

「アハ! 本当にぃ!」


 ぐちゃぐちゃに潰れたはずの顔に、愉悦の笑みを浮かべる。見る間に傷が治っていく。ほんの数秒で元通りだ。

 だけど恐らく、互角に近づいている、その実感はあった。



 ***



 真帆は普通の人間じゃない。ただのクローンでもない。

 ウィルスによる強化体だ。それも研究と実験を重ねた末の。


 本当は、あいつに触れたときに分かっていた。治療薬を打ったとき、あのときに気づいた。真帆が最悪の事態も想定していたことに。


 仁科について行ったのも、わざとだった。あいつが子供だったからとか、そんなことじゃなかった。

 身体の成長を望んだのは、その方が仁科について行く方便として、尤もらしかったからだろう。

 あいつは全部、分かってたんだ。分かっていて、やりやがった。


 おれが窮地に陥ることも想定して、その起死回生の策として、自身の身体を改造していやがった。

 もしもの時は、おれの力が爆上がりするようにって。

 おれがあいつを食べたときにだけ、作用するように。

 おれの人体実験と連動して、どれほどの苦痛か知れない人体改造を、あいつはずっと受けていたんだ。

 まだ子供のはずのあいつが、自分の身体を犠牲にするような真似を……!


 あいつの方が、現実を見ていた。

 あいつの方が、最悪の事態に備えていた。

 まだ生まれて数年の、まだ少女だったはずのあいつの方が……!!


 全身が燃え上がる。

 怒りも憎しみも、もうどこかに吹き飛んじまったはずなのに。

 ただ全身が熱い。

 その熱に比例して力が漲る。細胞が急速に書き換えられる。

 最悪の力だ、こんなもの。

 こんなもののために、おれたちは――……



 ****



 力は増した。恐らく耐久力も。

 破壊力と防御力なら、もうコイツに引けを取らないだろう。

 だけどそれでも、決め手に欠けた。

 互角にはなり得ても、どうしても上回れない。

 あいつの犠牲があってすら……!


 このまま戦闘が長引けば、またじりじりと差が開いちまうかもしれない。

 おまけに、周囲にいる奴等――親父たちに、少し離れたところにいる彩乃、顔なじみの兵士たち――、彼等を先に狙われたらどうなるかなんて、考えたくもなかった。

 あいつ等を庇いながら戦ったら負ける。ただ、それだけが分かっている。


 どうやら、今はまだ、あいつ等を先にどうこうする気はないらしいが。

 もしかしたら、あいつ等の一喜一憂する様も、味わっているのかもしれない。

 単におれが負けるところを見せつけて、愉しみたいだけかもしれない。


 けど、気が変われば容赦なく殺しにかかるだろう。それは十分すぎるほど理解した。

 そして、そうなった時に自分がどうするかなんて、考えるのも馬鹿らしかった。


 おれのミスで真帆を死なせた。

 甘い考えであいつを殺した。

 その真帆を喰らって、あいつらまで救えなかったら?

 考えるだけで反吐が出そうだ。


 だったら、どうする?

 このまま、奇跡に期待するのか。それとも、限界を待つっていうのか?


 冗談じゃない。

 そんな真似、赦されるわけねぇだろう……!



 *****



「あはっ、このままならァ、勝負あったんじゃなァい?」


 息の上がった様子で、それでも目の前の悪魔からは、余裕めいた言葉が飛び出してくる。


「アンタが一気に力を増す奥の手なんて、もうないでしょォ?」

「どうかな」


 悪魔は嗤う。


「アンタはァ、実際良く喰らいついてきたわよ。感心しちゃう。まさかここまでアタシに迫るとはねェ!」


 本当に良く回る口だ。戦いながら、よくもここまで戯言を吐けるものだと感心する。


「だからァ、アンタは傍に置いてあげるわァ。もちろん、もっと自我をぶっ壊してからだけどォ!!」


 そう言いながら、回し蹴りをかましてくる。


「ぞっとしねぇな」


 こいつの得意技。派手な攻撃が好きらしい。

 さすがにこれは躱されると思ってるようだが。


 でもな、気づいているか。

 お前のその大技は、相手にヒットした瞬間、固まるんだぜ。

 愉悦の電流でも走ってやがるのか。実際、相手にクリーンヒットしたら問題はねぇんだろうが。


 おれはそれを、避けずにガードして受け止めた。

 骨が砕けて、肉がひしゃげる。

 腕がいかれた。多分、胸も。


 シンシアが目を見開いて一瞬固まる。

 おれだって瞬時には動けねぇ。

 けど、おれはお前とは違う。闘ってるのは、


『一人じゃない』


 ――タァンッ!


 静止の隙をついて、シンシアの胸を穿った銃弾。

 それくらいでは致命傷になり得ない。けど、遅滞がそれだけ続けば十分だ。


『ナイスだ、朝倉!』




 朝倉が機を伺っているのは知っていた。でも、その気配は感じなかった。

 コイツですら、気配を感じ取ることはできなかったはず。

 それも当然、この悪魔に悟られないよう、ギリギリまで意識を殺していたんだから。要は仮死状態だ。

 全てが、万一に備えての対応だった。


 ――そう、おれは一人じゃない。

 ここまで、一人で辿り着いたわけじゃねぇんだよ!



 ******



 そもそも、今回の遠征で創始者に遭遇するとは想定していなかった。可能性としてはあり得るが、むしろ確率は低いと思っていた。

 仮に遭遇したとして、ましてや戦闘状態に入った場合にどうなるかなんて、想像のつくはずもなかった。

 何しろ、創始者の能力は未知数だ。事前に掴めている情報なんて、ないに等しい。


 それでも、何の対策も講じないというのは、危険すぎる。

 だから、久瀬は一計を案じた。

 どこでおれたちの計画が漏れるか分かったものじゃないからと、おれと朝倉のみを呼び出して。朝倉の意識を、島を出る前から完全に消失させることにしたんだ。


 朝倉の身体は、武器を運ぶ荷に紛れ込ませて。部隊は荷の中身を知らず、ただ命令に従って運び続ける。南米大陸に上陸してからも、部隊はおれの身体に仕込んだGPSを頼りに、おれを追う。

 仁科との戦闘が始まる前に部隊の人間は下がらせたから、朝倉の潜んだ荷だけがそこらに置き去り、そんな状況になっているはずだった。

 正確な位置はおれも知らない。派手な戦闘に巻き込まれて、二度と目覚めることなく命を失う。そんな可能性だって十分にあり得た。

 それでも、朝倉はこの無謀な賭けをあっさりと了承した。


『真打ちってのは、最後に登場するものだろう?』


 そう言ってニヤリと笑ったあいつに、ムカっ腹は立ったが。

 けど、実際に助かった。

 ギリギリで、寸前で、おれはあいつに合図を送った。

 思念波を送りつけて覚醒させ、現状の説明も無視して、この悪魔を狙えと指示を飛ばす。


 それくらいの無茶ぶりなら、やってくれる。

 そんなことは知っていた。とっくの昔に信じていた。


 それにあいつも、結構な適性体だ。限界ギリギリまで馴らしを終え、銃を仕込んだ特殊な義手を使いこなし、身体強化もしている身体だ。

 そのあいつが、ほんの僅かな不意打ちを叩きこむくらいなら。



『やれ、涼司!!』


 悪魔が反撃に転じる前に。

 おれは追撃を叩き込み、そのまま全身を引き裂いた。


「これで終わりだ!」


 腕を振り切ると、頭上から血の雨が降って来る。

 だけど、そこまでしても肉塊が蠢く。再生が始まる。


 ――ざけんな。もう復活なんかさせるかよ……!


 おれは肉片を掴み、口に含んだ。

 片端から噛み千切り、喰らい尽くして、消滅させる。


 終わりだ、そうだろう? もうこんなのはな!!!


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