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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第5章 慟哭の彼方へ
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5-19 欺瞞のカタチ①

 乾いた風が吹き抜ける。

 夜明け前の強襲から数時間。陽射しはすでに高くなっていた。


 南半球に位置するこの地は、今は冬。といっても比較的低緯度だから、余り寒くは感じない。むしろ、日差しの照り付ける日中は少し熱いくらいだった。


 暑苦しい野郎だな――


 だからまず、そんな感想を抱いた。

 周囲の砂埃を巻き上げて、目の前に悠然と現れた初老の男。


 彫りの深い顔立ちに、日に焼けた肌、たっぷりの口ひげを蓄えたそいつは、黙って笑っていればまぁ、サンタクロースのように人好きのする爺さんに見えなくもない。けど、その眼はひたすら愉悦に満ちていて、ひどい違和感が込み上げた。


 あんたが創始者だって――?


「ふぉっふォ。いつから気づいておったかのぅ?」


 羽織っていた分厚いマントの合間から腕を伸ばし、口ひげを軽く扱きながら男が尋ねる。忌々しいほどの上機嫌。


 ――いつから気づいていたか、だと?


 意識が戻ったとき、微かに嫌な気配を感じた。うなじを擦り上げられるような不快感。

 ただ、真帆を治療しているときも、仁科に相対した時ですらその気配に変化はなくて、自分の勘違いかと思いかけていた。

 けど、仁科にとどめを刺したとき、陶酔じみた思念を感じた。それで確信した。


「あんたなら、仁科に加勢できたはずだろう。なぜ黙って見ていた」


 敢えて男の質問には答えなかった。

 それでも、男は愉しげに笑い続ける。


「んん? あれはお主等の因縁に決着をつけようとしていたんじゃろぅ? それを邪魔するほどワシも野暮ではないからのォ」


「……だから、殺されるまで黙って見ていたって? 仁科はお前の仲間、最低でも駒くらいの価値はあったんじゃねぇのかよ」


 そう吐き捨てると、


「ほっふォっ! 何を言うかと思えば。確かになァ? それなりに役には立ちそうな男じゃったが、自分のケツくらい自分で拭いてもらわねばのゥ?」


 何だろう、この違和感。

 一筋縄ではいかない。そう仁科も言っていたが。


「じゃあ、なんで近くにいたんだ」

「んん?」


 首を傾け、それからすぐに、忍び笑いをもらしてくる。


「なぜって、最高のショーは近くで見るに限るじゃろゥ?」

「じゃあ、なぜ!」


 込み上げてきたのは、仁科以上の苛立たしさだ。


「なぜ、今になって姿を現した!」

「ほっふォ! 貴様が呼んだからジャろぅが! それを無視するほど礼儀知らずではないからのゥ。そろそろ、お前にも会いに行こうと思ウとったし、ちょうど良いワ! そういうことじゃョ」


 気持ちが悪い。なんだ、この違和感は。


「――おい、その嘘くせぇ芝居を止めろ」


 そう吐き捨てると、目の前の男は見るからにキョトンとした。そのまま首をかしげる。


「はて芝居? 何のことかのォ? 嘘などついたつもりはないのジャが」

「その話じゃねぇ!」


 この形容しがたい違和感は――、


「あんた、さっきから地で喋ってねぇだろう! 本当はそんなに歳食ってないんじゃねぇか?」


 創始者の眉尻がピクリと上がる。興味深げに、煩わし気に。


「ふゥむ、なるほど。やはりお前さんには気配で分かるか。大概の者には、この姿の方が通りが良かったんジャが。近年の会合なんぞ、この声だけで通じたんものだが、――フン、ならば仕方ない」


 言って、ばさりと舞うようにマントを剥ぎ取る。つむじ風に煽られて、一瞬視界が悪くなる。

 ……いちいち芝居がかった真似しやがって。


 睨むおれの目の前に、今度は随分と若い優男が現れた。おれと同じか、少し上か。

 身に纏っているのは、中世風の貴族然とした衣装。胸元にフリルのついたシャツを着流して腰ひもで軽く結わいただけの立ち姿だが、それが随分と様になっている。

 男が薄笑いを浮かべた。


「これで満足かい? 満足だよねェ?」


 何だろう、まだ背筋がぞわぞわする。


「……てめぇ、その姿はホンモノか?」

「ははッ、本物とは何かなァ。もちろんホンモノさ。他に何に見えるんだい」


 形容しがたい違和感。

 男は興味深げに鼻を鳴らした。


「何だろうねェ。さっきの男、――仁科だっけ? そいつもこれで満足したはずだけど。まだ何か、君のイメージにそぐわないのかねェ……」


 顎に手をあてながら、ぶつぶつと呟く。


「ふゥむ、それなら……。まぁこの際だ、どんな姿がいいのか、試しに言ってみたまえよ」


 ……はぁ?


「お前のリクエストに耳を傾けてやろうと言っているのさ。さァ、早く言ってみなよ」


 ……何言ってんだ?

 生粋の上流階級が、庶民を見下すような眼。


「てめぇ、何がしたいんだよ」


「はあァ? 何を言っているのかなァ? 特別にサービスしようって言っているんじゃないか。ボクが人前に姿を現すなんて本当に珍しいんだからさァ」


 ……何だコイツ。

 違和感、嫌悪感。その全てを合わせてもまだ足りない。

 まるで仁科だ。こちらの反応を見て、愉しんでいるかのような。

 類は友を呼ぶってやつか。お前のこれも、地ってわけかよ。

 そして、何となく思ったのは、


「お前、本当はまだ子供じゃねぇのか」


 アハ!

 突然、男は鼻を鳴らす。

 いや、女の声が嗤った。


「イイ線いってる、と思ったけどォ。やっぱり不正解!」


 そう言ってつむじ風の向こうから現れたのは、


 お前、まさか――!!






「シンシア!? 生きていたのか?!」



 目の前に現れたのは、忘れようもない少女。

 抜けるような白い肌に、緩くウェーブのかかった金髪の―― 

 ……いや。


 蒼かったはずの双眸は鮮血色で、よく見れば、髪の毛もほとんど色が抜け落ちている。逆光のせいで一瞬、黄金色に見えただけだ。

 つまりオウガだ。


 けど、そんなことはどうだっていい。

 何より違和感が募ったのは、その幼い肢体だった。

 最後に見た彼女は、目を背けたくなるような有様だったのに。目の前にいるのは、程よく肉のついたしなやかな身体で。

 それはそれでいいこと、のはずなのに。


「やぁねェ、まァた不正解。あの子じゃないわ。あんな子と一緒にしないで」


 嫌悪感を滲ませながら、少女が吐き捨てる。それで分かった。

 確かにシンシアではあり得ない。彼女にしては、気配に毒があり過ぎる。

 だけど無関係、というわけでもないんだろう。


「お前、シンシアの何だ」

「失礼ね、私がシンシアよ。あの子が紛い物」


 何を――

 と言いかけて言葉を飲み込む。

 いや、まさか、


「そ、あの子はクローン。私が本物のシンシアよ」


 まるで自慢でもするかのように言い放つ。得意げに、まるで鼻でも鳴らすかのように。

  けど、何だよそれは、クローン? あの子がお前の? 創始者の?


 衝撃を受けなかった、と言ったら嘘になる。

 だけど考えてみれば、あんなところに閉じ込められていた彼女が、実は元凶の関係者であったという方がしっくりくるのかもしれない。 

 それにクローンとか本物とか、おれにとってはもう、どうでもいい話だった。

 要は別人ってことだろう。それが分かれば十分だ。おれにとってはクローンなんてもう、ただの姉妹みたいな感覚だった。


「それにしても、お前――」


 どこからどう見ても、コイツは幼女だ。やっぱり、あのときのシンシアよりも、随分と幼い気がした。

 彼女は肩口より上だけの姿だったから、はっきりとは分からないが……。


 まじまじ見ていると、不愉快そうな眼がおれを睨んだ。


「そんなことより、子ども扱いはやめてくれるゥ? アタシ、あんたよりずっと年上なんだから。もっと敬いなさいよォ」


 年上?

 激しく説得力のないセリフだった。

 ……けど、そういうこともあり得るのか。


 おれも含めて、オウガはもう成長しない。人間としては死んだ訳だから、それも当然かもしれないが。

 つまり、こいつが子供の頃にオウガになったというのなら、この世に居座り続けている年数としては、そういうこともあり得るのかもしれない。

 おれより長い年月、オウガでい続けた……。


「なら、お前は今、いくつなんだよ?」


 訊ねた途端に、少女はぷくりと頬を膨らませた。


「あら、レディーに歳を訊ねるだなんて、恥知らずもいいところじゃない?」


 話を振ってきたのはそっちだろ!

 そう言ってやりたいのをぐっと堪える。と、シンシアはふゥと溜息を落とした。


「まぁいいわ。許してあげる」


 言ってウィンクしてきやがった。おまけのように付け足された言葉は、


「そんなことより貴方さァ、アタシに従う気はなァい?」



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