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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第5章 慟哭の彼方へ
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5-17 隠された本心

 <久瀬 一真かずま


 力があったなら――。

 そう思ったことは、幾度あったろう。

 だが、狂おしいほど望むそれは、私には得難いものだった。

 いつだって肝心な時には力が足りない。

 それが口惜しく、足掻いてもがいて、周囲を踏みつけながらここまで来た。

 その結果が出ようというのか。


 ――力を貸してくれ、か。

 まさか、正面切って頼まれるとは思わなかった。

 もし私を殺しに来ると言うのなら、せいぜい抗ってやろうと思っていたのだが。


 ――頼む、ときたか。

 思わず、苦笑が零れた。

 頼まれなければ、どうしていただろう。いつもの狂気なら、言われずとも引き受けていただろうが。さて、この舐めつくすような業火はどうだったろう。


 遠く離れていても、肌を灼くような熱を感じる。間違いなく、仁科との戦闘に入っているのだろう。

 まともな意志の疎通はすでになく、ただ悪意と憎悪にまみれた激情のみが伝わってくる。

 それに混じるのは、溢れんばかりの愉悦。思うままに力を振るえて、心底うれしいとでも言いたげな悦びだ。これらが伝わってくる限り、あの仁科にも後れを取っていないだろうことは窺えるが。

 今はまだラインから漏れ出てくる程度だが、それすらこの生身には少々辛い。これを全面的に引き受けようなどとは、我ながら大それたことを言ったものだ。


 苦笑が込み上げてくる。

 だが、なんとしても彼は正気に戻さねばなるまい。

 可能性を繋げるためには――



 ** 



 オウガウィルスに関する技術を世界から消滅させる。その計画の実現が絵空事に近いことは理解していた。


 もし完遂しようと思えば、関係者の皆殺し――罪の過多など無視した殲滅が必要となるだろう。これには圧倒的な実力差に加えて、機械のような冷酷さが求められる。築き上げられる死体の山にも動じない超越者のごとき振舞い。実行者に人としての感情が残っていたら不可能だ。


 それでも、計画を練り始めた当初は、これを私自身が行うつもりでいた。どのような地獄に堕ちようと構うまい。いかな責め苦を受けるとしても、やり遂げる自信はあった。――私自身が力を振るえるのなら。


 だが、求める力が容易たやすく得られるはずもなかった。欲していたのは、圧倒的な力だ。全てを薙ぎ払い、組み伏せる有無を言わさぬ力。

 しかし、そのようなものが容易に手に入るのなら、こんな世界になどなってはいまい。


 ならばと思い、権力を求めた。こちらは比較的、他愛なかった。真に求める力に較べれば。

 組織の中で、私の地位は順調に上がっていった。そうして徐々に、貴重な戦力も増えていく。私の真意に賛同してくれた共犯者たち――。

 殲滅の在り方に迷いを生じた。

 在り方を模索する日々が続いた。


 そうして月日が流れ、ついに見つけた。圧倒的な力を持つ可能性。

 それが涼司だった。私に復讐を決意させたあの日の少年。

 まさかと思った。出来過ぎではないのか。

 ……いや違う。もっと前に、その可能性に気づいてもいいはずだった。

 だが、敢えて意識の外に押しやっていた。あの日のことは、必要以上に反芻したくなかったために。



 ** 



 眼を閉じて意識を向ければ、今でもあの日のことが鮮明に思い出される。

 全てを失うことになった始まりの夏。


 あの日、1週間ぶりに浩史に助け出された涼司を見た。

 何の外傷もないのに、瞳が完全に虚ろだった。拷問の痕跡は無いのに心が壊れかけていて、接触すると飛び上がりそうな過剰反応を示した。涼司のことは以前から見知っていたから、妙だなとは感じた。 


 だが、あの時は彼等を逃がすことに意識のほとんどを割かれていたから、五体満足なら重畳だ、くらいにしか思えなかった。しかし、今から振り返れば状況は明らかだった。


 涼司は恐らく、兵士たちによる虐待を受けていたのだろう。元より、無事に返すつもりなどなかった人質だ。死に繋がるものだったに違いない。


 それにも関らず命を落とさずに済んだのは、虐待と並行して、研究員のモルモットにもされていたからなのだろう。

 まだ、馴らし行為の詳細など分かっていなかった時分だ。研究員たちは単に、子供の身体でウィルスを試したかったのかもしれない。だが、それが期せずして、彼の命を繋ぎ留めた。


 ただ、これは完全に綱渡りの行為だ。研究の進んだ今ですら、そうそう狙ってできるものではない。先天的な適性が高かったにしても、ほんの些細な塩梅が変わるだけで死に直結したはずだ。


 それでも、彼は生き延びた。結果、彼はこれ以上ないほどの適性体へと進化を遂げた。

 研究員は小躍りしていた事だろう。だが、組織内でその成果が認められることはなかった。あのとき、全てが崩壊したために。


 浩史の引き起こした爆破が原因だ。あの爆破によって、研究施設は壊滅的な被害を受けた。だが、当時の責任者は己の責任を認めたくはなかったらしい。自身への制裁を少しでも緩和すべく、爆破を強引に事故として片づけた。その杜撰ずさんな処理のおかげで、浩史も長らく組織の目を逃れ続けたわけだが。


 何であれ、あの時、研究施設に残っていた人間の大多数は命を落とした。その中には、私の――……見張り役の兵士や研究員もいたのだろう。期せずして彼ら全てが消えたことで、涼司が逸材であったという記録は消えた。馴らし行為の詳細が知れ渡るまでには、さらに数年の歳月を要した。



 彼が捕えられ、再び馴らし行為を受けるまでには、実に15年が経過していた。恐らく、彼の中に寄生したウィルスは深く根を張り、細胞の変質も始まっていたのだろう。一定量のウィルスを投与されれば、いつでもオウガに変態させられるほどに。

 だから、あれほど破格の潜在能力を有したのだ。


 あるいは彼ならば、生前投与にすら耐えられたかもしれない。もし、それをしていたら。果たして今はどうなっていただろう――


 ……いずれにせよ、彼は渦中に巻き込まれるために生まれてきたかのようだった。

 ただ、例え素質が天から与えられたものだとしても。ここまで来たのは、間違いなく彼自身の力だろう。単なる偶然ではあり得ない。彼自身が選び、掴み、歩いてきた結果。

 そしてこれは、私自身の選択でもある――



 ***



 彼をオウガとして蘇らせた私には、3つの選択肢があった。


 もし涼司が、完全に手の付けられないモノになったら、屠るしかないと。

 ――彼はよく、『自分を好きにしたければ自我を奪えばいい』、そんな挑発を口にしていたが。

 これはそう単純な話ではなかった。

 過剰な薬物投与に加えて、脳の損壊と再生、そんなことを繰り返さなければ、命令に絶対服従の人形などできはしない。だが、そんなことをすれば、潜在能力の多くを失う。力を引き出すこともできずに、敵対勢力に踏み潰されるのが落ちだろう。

 そんな木偶人形に用はなかった。そのようなモノなら数多おり、今さらそこに彼を加える気は毛頭なかった。ならば、余計な手間などかけずに、その存在を抹消する方が余程いい。



 だが、この先も、人としての意識を色濃く残し続けられるのなら。

 もし、そのようなことが可能なら。

 永遠の管理者を任せたい。そう思っていた。殲滅ではなく、完全掌握を図るために。


 ――例えば、各地の首脳陣は暗殺し、自らの部下を送り込んで管理下に置く。

 オウガの研究は直轄地のみ継続させる。涼司の身体と精神のケアが目的だ。

 他の地域では医療への転用研究のみを許可し、その成果で得られた莫大な資金を使って、管理を盤石なものとする。

 従わない者には容赦ない制裁を。反抗の目は徹底的に潰す。その懐刀としての役割を涼司に託したいと思っていた。

 一方で、涼司をサポートする共同管理者には信の置ける者を据える。まだ若いが、朝倉君などは次代の筆頭候補になろう。その先も見込みのある者を涼司と連携させ続ける――


 このような夢想が実現可能であったなら。そんな夢物語があり得るのなら。それを選びたいと切に願った。


 結果論だが、一時はこの選択肢も取り得るかに思えた。始めから最後の選択肢を選ぶ必要はなかった。

 だから始めた。組織への復讐を。



 ……ただ、この2つ目の選択肢が現実味を帯びたのは、私自身の力ではない。間違いなく、涼司の妹と母親の力だろう。


 本当はあの時。

 結城君と中嶋君を失い、涼司が狂気に飲まれかけたあの時。

 涼司が私を殺しかけ、1つ目の選択肢を選ばざるを得ないかと思われたあの時ですら。


 彼女たちに真実を明かすことには、言い知れぬ抵抗があった。

 できれば巻き込みたくなかった、というのは、幾ばくか残された良心によるものではない。フェミニストになった覚えもない。


 真実を告げられたとき、さすがに家族の信頼関係には激震が走ったようだし、実際になかなか壮絶な場面もあった。だが、それを目にするのは、別の意味で痛みを覚えた。

 それを思うと、今でも自嘲の吐息が零れる。


 まがりなりにも涼司を踏みとどまらせたのは、間違いなく彼女らの功績だ。最早拭い去れない狂気に蝕まれ、自滅に突き進んでいた彼に今一度、前を向かせた。


 期待していた通りだった。あのとき、朝倉君が言い出す前から、……いや、恐らくは、十数年ぶりにあの家族を目にしたときから分かっていた。彼女達なら、例え家族が堕ちても見捨てはしまい。何をおいても救おうとするだろうと。


 だが、あの場面に至るまでは忌避してきた。彼女たちに真実を晒すことは最後まで避けたかった。

 その理由は、ひたすらに自分本位なものだ。


 ……浩史の守ってきたもの、守り通してきたものを。彼らの育んで来た絆と、その根底に流れる愛情を目の前で見せつけられたくはなかった。

 自分が今でも、それをどこかで羨んでいると知っていたから。

 自分にないものが眩しく、それに焦がれている自身に気づきたくはなかった。


 全く、笑ってしまうな……。



 あの後の彼女らの行動には脱帽する他なかった。

 完敗だ。

 だからこその今だ。

 私の矮小な復讐心と嫉妬心など、どこかに散逸せざるを得なかった。


 その後に残ったものは、もう少し彼らを見ていたい。その思いだけだった。

 私の過ちも、私への復讐心も飲み込んで、彼らがこの先どうするのか、何を選ぶかを見ていたかった。


 私は、私の道を行こう。今さらそれを違えはしない、できない。

 だが、2つ目の選択肢を強要することなど最早しない。

 ならば、君たちはどうする――?




 ……しかし、やはり、というべきか。

 彼女らが傍で支えていても、涼司の狂気は、完全に拭い去れはしなかった。


 当然と言えば、当然だ。

 こんなことを続けていれば。

 人を喰らい殺していく。そんな真似を続けていれば。


 狂気は少しずつ、確実に降り積もっていく。

 遅かれ早かれ、彼は自分自身を失うだろう。

 彼女らが望むであろう未来を得ることも、2つ目の選択肢を選ぶことすら不可能だろう。

 ラインの繋がれた私には、それが否応もなく分かってしまったから。


 だからせめて、そのときを遅らせたかった。

 涼司の願いであり、私自身の本懐でもあるこの復讐。それを果たすまでは、この世に留めてやりたかった。


 だから彼の狂気を引き受けた。

 意識を繋ぎ留める一助になればと、彼にとっての『枷』も増やした。考えられる手は全て打った。

 もしかしたら、このまま行けるのではないかと夢想もした。しかし――


 **



 事ここに至っては。

 『何かある』と分かっていた仁科が、我々の前でついにその切り札を晒して。

 ようやく創始者のベールも拭い去られようとしているこの時に。


 涼司が私を殺しに来るというなら、抗おうと思っていた。果たしてどれほど躱しきれるかは分からないが、大人しく命をくれてやる気もなかった。


 だが、正面切って頼み込むというなら、……聞かないわけにもいくまい。


 甘い判断、かもしれない。ここまで来て、他の者に任せて抜けざるを得ないことに、何の痛痒もないと言ったら嘘になる。


 だが、彼を駒に配し、育てることでここまで辿り着いた。ならば、最後まで賭けてみるのも悪くない。私亡き後、彼が本懐を遂げることを。それがここまで引きずり込んだ者の責務――……


 ふいに笑いが込み上げてきた。

 今さら格好をつけても仕方がないというのに、全く。


 これは、そんな義務感などではない。使命感でもなかった。


 ただ単に、彼を死なせたくなかっただけだ。

 これ以上は殺したくない。

 我ながら失笑を禁じ得ない。だが、思ってしまったのだ。

 彼を助けてやりたいと。

 余りに今さら、願ってしまった。


 ……いつの間にか、彼を息子のように感じていたのかもしれない。

 そんな資格などとうに無く、笑えない道化にすぎないとしても。


 ここまで生き足掻いて見せた彼のことだ。

 この狂気を拭ってやれば、きっと最期まで抗い続けるだろう。

 だからやり遂げて見せろと。必ず、お前の想いを果たせと。


 これはただ、それだけの話なのだ――


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