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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第5章 慟哭の彼方へ
72/87

5-11b 因縁の血族

一部加筆修正に伴う、割込みの分割掲載。5章後半も直していきます。

 その瞬間、強烈な殺意が爆ぜた。

 足元のガキどもが深く身を沈めるのが目に入る。まるで、獣が跳躍する前に力を溜めるような動き。

 ――っ! やべぇ、こいつら!


 ほとんど条件反射だった。

 おれは仁科を突き飛ばす。

 そこに、ガキの腕が突き出される。

 もしおれが手を出さなければ、今頃、仁科の胸には腕が生えていたことだろう。


 ああくそ、放っときゃよかった!


 けど、仁科はまだ味方でいる気らしい。

 なら、助けない訳にはいかないだろう。ついさっき、手助けされた借りもある。

 ……くそが! 余計な真似しやがって!


 壁に派手にぶち当たったらしき仁科が呻き声上げる。ついでに恨み節を口にしたようだが、知ったことか。


 ガキがおれに視線を移す。おれを先に始末しなければ、仁科を殺せないと理解したらしい。

 直後、まるで示し合わせたように一斉に襲い掛かってくる。その数なんと、え、12?


 ここにいた少年は元々4人だった。なのに今や12、――いや14人。部屋の奥からわらわら湧いて出て来やがった。

 オウガではないようだが、殺気以外を感じさせない無機質な瞳。そのくせ動きは俊敏で、統率の取れた動きをしてきやがる。

 ……ったく! 一体どんな真似をしたら、こんな奴らが生まれるんだよ!


 やり合うには、女どもが邪魔くさい。壁際に弾き飛ばすか。

 そう思って振り返ると、いつの間にか女どもは、ボスに艶めかしく腕を回しながら、面白そうにおれ達の戦闘を眺めていた。怯えた様子などどこ吹く風だ。


 は? こいつ等もホログラムか?! 芝居してやがったのかよ!


「おい、よそ見してる場合か? レーザー砲に狙われるぞ」


 るせぇな! イチイチ言われなくとも分かってるよ!


 数の多い少年兵は鬱陶しいが、単体の攻撃なら躱すのは容易だった。おまけに力も弱い。例えパンチを喰らっても、少し体制を崩される程度で済んだ。

 ただ厄介なのは、こいつ等がやたらとタフなことだった。

 気絶させた程度ではすぐに戦線に復帰されるし、目立った外傷まで治るおまけ付きだ。

 どうやら全員、即効性のある回復薬でも保持しているらしい。一人倒されれば、即座に互いがフォローし合う見事な連携だった。くそ!


 しかも、複数のレーザー砲が少年兵をフォローするような攻撃を仕掛けてくる。部屋に無数の固定砲台でも仕込まれていたんだろう。恐らく、自動照準システムか何かで攻撃しているんだろうが、射撃の精度はかなりのものだ。おれの動きについてきやがる。おかげで、掠められる度に、脳がひりつくような痛みを覚えた。


 加えて最悪なのは、この体制でも劣勢だと悟ったらしき少年兵が、再び仁科を標的にしやがったことだ。おかげで、足手まといを庇いつつ対応する羽目になる。


「何を悠長にやっている? 親父殿に逃げられてしまうじゃないか」


 てめぇが言うな!


 確かにさっきは、仁科の割込みに助けられたかもしれない。

 あのままレーザー砲に気づかず進んでいたら、腕を焼かれる程度では済まなかったかもしれない。その点ではコイツのフォローに感謝しないでもない。

 だけど今は、明らかに仁科がお荷物だった。邪魔で余計な役立たず。


 全く、何してくれてんだよ、ふざけやがって! おれがお前を切り捨てるって選択肢は考えてねぇのかよ!


「余裕だねぇ。それとも、相手が子供だからって迷っているのかなぁ」


 うるせぇな、このくそやろう!


 分かってる。すでにホログラムは消えている。この少年兵を完全に沈黙させない限り、戦闘は長引くだけだろう。その隙に、ボスには悠々と逃げられちまう。


 今さらボス一人逃がしたところで。

 そう言いたいところだが、逃がしたらまた、どこで何を計画されるか分かったもんじゃない。何せここのボスは、創始者と繋がっている可能性が高いんだ。だからこそ、ここまで完成されたオウガや少年兵を囲ってやがったんだろうし。


 手加減などできない。そこまでの余裕はなかった。

 だから、――……



 **



「よくやった。さぁ、こっちだ」


 ふと気づくと、仁科が奥の壁に手を当てていた。

 ……え?


「急げ、呆けている場合じゃないぞ」


 何してるんだ、と問う間もなく、ガコン、と音がして長方形の窪みが現れる。

 ――隠し扉か。


 どうやら、記憶が飛んでいたらしい。辺りに漂うのは嗅ぎ慣れた血臭と死の気配。

 まぁ、記憶のない間におれが何をしたかなんて――……

 周囲を見回そうとした途端、


 ――先を急げ。


 見れば、仁科の姿はすでに通路の闇に消えている。

 おれは舌打ちして仁科の後を追った。


 **


 地下に掘られた坑道を抜けた先。そこに広がっていたのは、樹林の中に僅かに開けた草原だった。

 そこに潜むように隠された数台の輸送機。それに飛び乗り、今まさに逃げようとしていたボスとその取り巻き連中を、おれ達は間一髪で引きずり降ろした。もはや、こいつ等を守るまともな盾も武器もない。追いつきさえすれば楽勝だった。

 

 ――ようやく、だ。

 ようやく、手がかりを捕まえた。 全ての元凶、創始者の正体とその居場所――

 それを吐かせる前に、あっさりと逃がすかよ!


 **


『マサユキ、今になってなぜ裏切った』


 後ろ手に拘束され、岩壁を背に座り込まされたボスが仁科をねめつける。

 髪は乱れ、土埃にまみれた男からは、ふてぶてしさなど見る影もない。だがその分、腹を括ったような迫力を纏っていた。


『復讐のつもりか? ――お前の母親の』


 仁科は肩を竦める。


『さぁ、どうでしょうねぇ』

『お前には破格の待遇を与えてやっただろう。ごみ溜めで燻っていたお前を拾い、英才教育の機会を与え、その働きに応じた地位と権力まで用意してやった。それを――』


『まぁ、感謝はしておりますよ?』


 仁科は鼻で笑うようにする。


『ですがねぇ、私はここの主義が嫌いでして』

『――解せんな。息子たちの中でも、お前が最も私に似ていると思っていたが』


 仁科はちらりとボスに視線を落とし、手にした銃を弄ぶ。

 片腕のくせに器用な真似を。


『一つ、尋ねてもよろしいですかねぇ。貴方はなぜ、兄弟の件で私を咎めないんです? とっくに気づいていたでしょう。私が彼らを嵌めたと』


 何の話かはピンときた。

 南米ボスの子供は5人。けれど仁科を除き、既にこの世にいない。4人兄弟、その全員がだ。

 その彼らを嵌めたというからには――

 肝心のボスは鼻で嗤った。


『あれ等がお前の母親に何をしたのかは知っている。その報復は当然、想定してしかるべきだろう。だが、あれ等はその対応をおざなりにした。己の地位に胡坐をかいた。そんな者たちに私の後を継ぐ資格などあると思うか?』


 仁科は片眉を上げるようにした。


『それはそれは。まさか貴方に、そんな価値観があるとは知りませんでしたよ?』


『この世で望むものを得るには、それ相応の覚悟がいる。それを怠り、ただ与えられた力のみを振りかざす愚か者など、我が一族には不要だ。力ある者のみがこの世の春を謳歌できるのだ。でなければ喰われる。それが嫌なら、必死で足掻ねばならん。――お前なら分かるだろう?

 力が足りなければ知恵を絞れ。例え屈辱を受けても、最後に這い上がった者が勝者だ。違うか?』


 仁科は少しだけ興味深そうな顔をした。


『だが、生まれながらに恵まれていたあれ等には、最後までそれが分からなかったらしい。下らぬ見栄の張り合いで息子たちをけしかけ、堕落させた愚妻どもにも問題はあったようだがな。

 しかし、お前は違った。そして才もある。ゆえに、お前にはチャンスを与えた。その期待にお前は見事応えて見せた。だから、』


 言って、ボスは熱を帯びた眼で仁科を見据える。


『あのまま右腕として私を補佐していれば、いずれはお前に後を継がせるつもりだったんだぞ……!』


 言いかけてボスは言葉を区切り、深く息を吐き出す。


『今からでも遅くはない。考え直す気はないか』


 仁科は薄く笑うようにする。


『過分な評価を頂いていたようですがねぇ。残念ながら、貴方の言葉はもう響かないんですよ』


 素っ気ない言葉にボスは肩を震わせる。

 それから吐き捨てるように毒づいた。


『こうも見事に恩をあだで返されようとは。……しかしまさか、お前があのアジア地区の半端者に肩入れするとはな。ああいう手合いは、お前の最も嫌うところだったはずだが』


 仁科は片眉を上げてから、軽く肩を竦めた。


『貴方が今、仰ったんじゃあ、ありませんか。与えられたものをただ振りかざすのは愚か者だと。ええ、それには同意しますよ。自らの手で手に入れてこそ面白い。

 けれどねぇ、今の貴方は何です? 胡坐をかいていたのは貴方も同じでしょう』


『何だと?』

『いくら言葉を重ねようとね、私にすがるようじゃあ、もう役不足なんですよ』


 淡白な眼でボスを見下ろす。


『ええ、はっきりと申し上げてあげましょう。貴方はもう、お役御免だ』


 ボスは大きく目を見開き、それから口の端を歪めた。


『……血は争えんか。やはりお前など、早々に殺しておくのだったよ』


 憎々し気に吐き捨ててから、それでも顔を愉悦に染める。


『だが、それでこそ我が血統! 我が一族のあか――』

『そういうの、結構ですので』


 乾いた音。

 パシッという音とともにボスの身体がぐらつく。

 止める間もなかった。

 仁科の銃が、ボスの額を過たず打ち抜いていた。


「おいっ! 勝手に……!」


 何か因縁があるんだろう。そう思えばこそ、大人しくしていてやったのに。

 それを何だ? 勝手に殺した? まだ何も聞き出してすらいないのに。


 コイツ、何考えてやがる……!


 掴みかかろうとしたおれを眺めて、仁科はニヤリと笑った。


「なぁ矢吹、もう一度聞くぞ。私の側につく気はないか?」

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