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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第5章 慟哭の彼方へ
71/87

5-11a 訣別の足音

 仁科――

 

 相も変わらず、こういう場面で現れやがるか。

 全くの想定外とは言わねぇが。

 

 お前は本来、別働隊と待機しているはずじゃなかったのか。おれがボスを殺ったら、残存兵力とここの研究施設を潰す手筈だったろう。それが何だ?

 

 睨み付けると、仁科はこれ見よがしに右手をかざした。

 何の真似だと言いかけて、鈍く光る指輪に気づく。

 

 そいつは……。

 

 ただの指輪なんかであるはずがない。見覚えもある。その仕草も。

 親指で指の付け根を抑えるような動き。

 間違いない。おれの頭を吹っ飛ばすための起爆装置だろう。

 

 ――けど、何でこいつが。

 

 所有している奴なんぞ全員は知らねぇが。久瀬と朝倉、腹心の部下。ほんの数名しか、この指輪は保持していないと聞いていた。まさか久瀬が仁科に渡した……なんてことはねぇだろうし。

 コイツがどこかで手を回して手に入れたのか。あるいは、ダミーか?

 

 いずれにしろ、今のおれには真偽を判断する術がない。

 けどまぁ……。

 おれは思わず、嗤っちまった。

 

 重要なのは、コイツがついに裏切りやがったってことだ。タイミングはもちろん最悪だが、それでもようやく。これでようやく、てめぇを殺せる……!

 

『よくやった、マサユキ』

 

 太い声を発したのは、南米ボスだった。

 日本語でも英語でもない。恐らくはポルトガル語かなんかだろう。

 もちろん、ポルトガル語なんて全く知らない。けど、何を言ったのかは何となく伝わってきた。

 そうして、その名は――

 

 仁科は口の端を釣り上げて嗤う。

 

「油断は禁物ですよ。何せこいつは規格外ですからなぁ」

 

 日本語で応答しやがった。ボスに答えたようでいて、その実、おれに向けて言ってやがるのか。

 

 睨む俺の目の前で、仁科がゆっくりとボスに近づいていく。指輪を嬲るようにさすりながら。

 いつでも起動できると言いたいらしい。はぁん……。

 

 そうして仁科はボスの脇に立ち、おれに向き直って宣言する。

 

「さて、状況は分かるな」

 

 おれは肩を竦めた。

 

「元の鞘に戻ったんだろ」

 

 久瀬に聞いた仁科の出自。それが、こういう形で証明されたわけだ。

 

「やっぱり血縁は強いってか?」

 

 そう、こいつは何と南米ボスの息子だそうだ。ボスは日系三世で、仁科はその三男にあたるらしいが――

 

 仁科はくつくつと嗤った。

 

「私抜きで何やらコソコソやっているかと思えば……。なるほど、知っているなら話は早い」

 

 指輪を弄ぶようにしながら、仁科が嗤う。

 

「なぁ矢吹、我々の側につく気はないか?」

 

 ――はあ?

 思わず鼻で笑っちまった。

 おれが受け入れるはずのないことくらい、分かっているだろう。それでも聞いてくるのは、何か狙いでもあるのか。

 

「お前、何がしたいんだよ」

 

 そんな言葉まで漏れちまった。

 そもそも、血縁が強いとは言ったものの。

 本当はお前、そいつに復讐したいんじゃなかったのか?

 

 仁科は正真正銘、南米ボスの実子らしいが、正妻や愛妾の子ではなく、使用人の子供だと聞いた。

 当然、血縁者としての好待遇を受けるべくもなく、幼少の頃は、父親が誰かも知らずに育ったと聞く。母親を失くして、それも変わったらしいが……。

 

「んん? 何かって? そんなの決まっているじゃぁないか」

 

 毎度のことだが、こいつの嘲るような口調には不快感が込み上げる。

 

「もちろん、この興味深い研究をさらに進化させたいのさ。そのためには様々な実験が欠かせなくてねぇ。なのに、あの島ときたらどうだ? 研究対象は君と限られた者だけだろう。君の興味深さはなかなかのものだが、そろそろ飽きてきてねぇ……。その点、ここは最高だよ? 実に良質で大量の素材も手に入る」

 

 そう言って、舐めるように傍らの少年を見やる。

 

 ……結局、それかよ。

 忌々しさに反吐が出そうだ。

 

「おれが素直に頷くとでも?」

 

 おまけに、これ見よがしのその指輪。そいつでおれを止められるとでも?

 

 その指輪を介した起爆装置は2秒以上、念の流入が必要と聞いている。誤爆防止のためだそうだが、この距離だ。それだけの時間があれば、今のおれに仁科を殺すことなど造作もない。


 ただ、それくらい、コイツだって分かっているはずじゃなかったのか。

 にも関わらず、この余裕。

 お前一体、他に何を仕込んでやがる……。

 

 睨み付けると、仁科は歪んだ笑みを浮かべた。

 

「そうそう、君の大事な揺り籠、あそこにいる彼女達は今頃どうしているかなぁ」

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 何言って――……、――っ!!

 

「何しやがった!」

「はは! 何もしていないさ、今はな。私が無事な限りは。全ては君の返答次第という訳だ」

 

 ふざけるな、コイツが自由にできるはずはねぇ。あそこは久瀬の管轄区域だ。仁科と言えど、そうやすやすと手を出せるはずがねぇ……!


 ――けど、絶対の自信はない。

 

「……殺すぞ」低く唸ると、

「はは! 短気だな、話を聞いていなかったのか?」

 

 仁科は大口を上げて笑う。

 

「それとも、あれかな? 全員死ねばいいってヤツかな? 何せ君は、本当は今でも思い続けているはずだからねぇ。全て滅茶苦茶にしてやりたいと!」

 

 おれはぎりっと唇を噛んだ。

 

 そうだな。そんなこともあったかな。

 だけど今は、それより大事にしてぇもんがあるんだよ!

 

「テメェの好きにはさせない。テメェは殺す、あいつ等も助ける、それだけだ!」

「甘いなぁ、甘い甘い」

 

 ほとほと蔑むように笑って、仁科はおれを見下ろす。

 

「そんなことだから、この程度の仕掛けにも気づかないんだよ!」

 

 

 **

 

 

 言うが早いか、仁科が大きく腕を薙ぐ。その手に隠し持っているのは、

 ――ナイフか?!

 

 仁科が立っているのはボスのすぐ右隣り。その位置ならボスの首が落ち――

 ――なかった。ボスの首を裂いたはずのナイフは空を切り、その直後に仁科の腕が消し飛んだ。文字通り、肩より先が消失した。

 

 まさか、レーザーか?!

 

 光線の残像が脳内に焼きつく。

 にしても、効果範囲が広い。仁科の腕が消し飛んだ辺りは、床が直径1mは焼け焦げていた。

 

『……何の真似だ』

 

 ボスの唸るような声が響く。

 

『はっはぁ、貴方に引導を渡しに来たんですよ。決まっているじゃあないですか』

 

 額に脂汗を浮かべながらも、軽い口調で仁科が応じる。

 

 ……おい、これって……。

 

「んん? 君まで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするとは。そこまで信用がないかねぇ」

 

 おれに目を止めて、仁科が口の端を釣り上げる。愉悦に満ちたいつもの顔。

 コイツ……!

 

 おれ達を裏切る気はなかったのか。そう思った途端に込み上げてきたのは、……ドロドロした感情だった。

 こんなところで裏切られたら厄介で、そうでなかったことは悦ぶべきなのに。

 まだ裏切ってくれねぇのか……?

 そんな思念が絡みつく。

 ――あぁくそっ!


 それよりも目の前のボスだ。なぜ攻撃が当たらない。

 いや待てよ、まさかこれ……。

 

「ホログラムだよ、よく出来ているだろう」

 

 仁科が口の端を歪める。

 やや蒼い顔をしているようだが、傷口がきれいさっぱり灼けたおかげか、大して出血もしていない。

 そう簡単にくたばる玉じゃないのは、ここでも健在ってわけか。……忌々しい。

 

「しかしねぇ、これくらいは言われずとも気づいて欲しかったよ。おかげで早々に出てくる羽目になったじゃないか」

 

 ……ああ?

 

「お前、侮っていただろう。この男の演技にコロリと騙されて、うかうかと手を出すところだったろう? 全く、これだから青二才は困るよ」

 

 溜息をつくように言われて、頭に血が上る。

 何だコイツ、ケンカを売ってやがんのか?

 なまじ事実が含まれているだけに、腹立たしいことこの上ない。

 

「まぁいい、今ならまだ近くにいるはずだ。探し出せ!」

 

 てめぇがな!

 反射的に怒鳴りかけた時だった。

 

『残念だよ、お前には期待していたんだがな』

 

 ホログラムの中で、ボスはいつの間にか立ち上がっていた。冷静を装いつつも、それなりに激昂していたらしい。おかげで、言いたいことはおれにもビンビン伝わってきた。

 思わず思念波を遮断してやりたくなったが、……ちくしょう、話が分かるに越したことはねぇ。


  直後に響いたボスの声。


『殺せ!』

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