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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第5章 慟哭の彼方へ
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5-9 狂った奴ら

 挨拶もそこそこに、その部屋を後にする。

 引き留めるような素振りはあったが、急ぎの用だと振り切った。

 もちろん、出がけに礼は言ったさ。チビ池田にも水野にも、お膳立てしてくれた真帆にだってな。


 それから、まっすぐ執務室に向かう。

 単調な廊下の一角。今なら中にいるだろう。

 ノックなんかするわけもなく、強引に扉をこじ開ける。


 予想に違わず、部屋の奥に奴はいた。

 執務机の前に座って、書類なんかを見ていやがったが。


 ――なぁ、おれが来るのは、分かってたんだろ?

 久瀬はチラリと目線を上げておれを一瞥したものの、すぐに書類に目を落とす。  


 その態度には怒りを覚えたが、どうにか堪えて執務机に歩み寄る。

 それでようやく、久瀬が顔を上げてきた。


「いくら君でも、勝手に入るなと言ったはずだが」

「何の真似だ」


 恫喝するように問い質すと、


「何の、とは?」


 素っ気ない声。

 思わず机を叩きつけ――、叩き割っちまったけど。


「あいつらだよ! いつからここは保育所になったんだ!」


 久瀬はふっと笑うようにした。

 何だそんなことか、といった顔で。それから何の感慨もなく、


「君がここに帰る理由、それが多いに越したことはないと思ってな」


 そうぬかしやがった。


「ふざけんじゃねぇぞ……」


 低く唸ると、冷めた目がおれを見上げる。


「ふざけたつもりなどないが」

「こんなのはもう、いい加減にしろって言ってんだよ!」


 ギリギリと睨みつけると、久瀬は少しだけ興をそそられたような顔をして、背もたれに背中を預ける。


「こんなの、な。一応、訊いておこうかね。こんなの、とは何を指す?」


 思わず頬がひくついた。

 こいつ、絶対に分かってて聞いてやがるだろう……。

 そう思ったら、獰猛な殺意が湧いた。笑い出したいほど昏い衝動が全身を締め上げる。


 あぁくそが、もういいかと思いかけて。

 そこで脳裏を過ぎってくれたのは、あいつ等の顔だった。

 幼く惑うように揺れる幾つもの瞳。

 ……ふざけやがって!


「――欧州遠征中、君の君たる所以ゆえんが消えかねないと報告を受けたものでね」


 気づくと、無感動な目がおれを見つめていた。

 思わず舌打ちしてしまう。

 報告って、そんなことをする奴は一人しかいない。


「てめぇか、朝倉……!」



 それまで黙って、久瀬の脇に控えていた朝倉は、ただ肩を竦めた。


「お前、気づいてるか?」

「何が!」


 まるで他人事のようにおれ達を眺めていやがったこいつにも、ひどくムカムカした感情が込み上げてくる。

 それを皮肉めいた目で見返しやがって。


「お前、島に戻ってから随分と感情豊かになったよな。欧州にいたと頃とは別人だ。まるで昔のお前を見てるみたいだよ」

「――何の話だ」


 薄く笑うような調子で、朝倉が続ける。


「俺も驚いたよ。彼女たちが近くにいるだけで、こうも違うとはな。……全く」


 溜息をつくような仕草。


「俺と向こうにいた時は、だんまりむっつりで、もう、昔のお前はきれいさっぱり消えてしまったんじゃないかと何度も思わされたのに。悩んでいた俺が馬鹿みたいじゃないか。

 まぁ確かに? お互い、むさくるしい男二人だけじゃ、心がひび割れるのも分かるけどね」


 ……だめだ。言われたことも、その言い方も、何もかもが癇に障る。


「だから、あいつらのクローンを作って待ってたって……?」


 怒りで頭がどうにかなりそうだった。


 てめぇ等は何だ、何様だよ。朝倉もお前も。

 特に久瀬! てめぇだよ!

 てめぇの采配でまた他人の人生を左右しようとしてたのか? おれの家族や、結城だけじゃ事足りず。巻き添え食らったあいつ等まで。

 しかも今度は、あいつ等のクローンだ? どんだけ人を弄ぶ気だ。ふざけんのも大概にしろ!!


「勝手にあいつ等を生み出しやがって。こんなところで後ろ盾をなくしたら、どうする気だ……!」

「後ろ盾、とは、私のことかな」


 澄ました顔に、灼けるような殺意が湧く。

 分かってて聞いてんじゃねぇ!


「あぁそうだよ、てめぇだよ! てめぇが消えたら、あいつ等また、」


 また、あのときの二の舞だ。もしそうなったら――……

 久瀬は冷えた眼をしたまま、左手を頬にあてがった。


「それを心配するのなら、君が何とかすればいいだろう。力のなかった頃でもあるまいに。朝倉君もいるじゃないか」


 ……。

 朝倉はともかく、おれは――


「何だ、そこは相変わらずか? それでは困るのだが」


 無言で睨むと、久瀬は軽く溜息をついた。


「いいか? ここから先は、今まで以上に厳しくなる。どんな想定外が待ち受けているか、私ですら読み切れない。そんな状況で、君が簡単に脱落するようでは話にならないのだがな。分かっているだろう?」


 そう言って、口の端に笑みを浮かべる。


「これは君の存在を前提に組まれた計画だ。いったん始めた以上は、どんな手を使ってでも、やり遂げねばならない。そのためには何があっても壊れない、狂わない、そんな君でなければ困るのだよ」


 酷薄な笑み。目が全然笑っていない。


「そもそも、君も言っていただろう? 自分を上手く使って見せろと。だから、保険をかけさせてもらったわけだ。なに、君のことだ。これだけ守りたいものがあれば、そうやすやすと消えたりはできないだろう。それが君の狂気を遠ざけることにも繋がるだろうと思ってね」


 黙って聞いてりゃ、コイツ……!!

 眦が裂けほどの怒りが込み上げてくる。


 思わず殴り飛ばしてやりたくて。

 ……実際、やっちまった。

 気づいたときには、おれの拳は久瀬の顔にクリーンヒットだ。

 こいつの身体が、背後の壁にぶち当たる。


「確かにおれはてめぇに言ったさ。おれを上手く使って見せろと。けどな……! 」


 その場で咳き込む声が聞こえる。多分、肋骨くらいは折れたんだろう。

 だけど死にはしねぇだろ。

 その胸倉を掴み上げ、もう一度ぶちのめしてやりたくなった。

 でも、それをやったら今度こそ喰い殺してしまいそうで。

 だから、堪える。唇を噛み切るだけで我慢してやる。


「いい加減に憶えとけ……! こまできて、ケリもつかないうちに誰が消えるか。今さらぶっ壊れて消えたりなんかしない。黒いおれにだって、全部を譲ったりしねぇよ。だからなあ! これ以上、他の人間を巻き込んでみろ。ただじゃおかねぇ……!」


 そう言い放つと、久瀬は笑う。血を吐き出した口元を拭いながら、鷹揚に嗤う。


「確かに、もう必要はなさそうだな」


 口内に薬物でも仕込んでいたのか。目に見える久瀬の外傷が、ゆっくりと治っていく。おれに較べれば余りに遅いが、常人にはあり得ない速さ。

 身体への反動もそれなりに激しいはずだが、顔色一つ変えずに立ち上がる。埃をはたくようにしてから、応接ソファに身を沈める。


「余り、ここの物を壊さないでもらいたいんだがね」


 ただ面倒そうに言われて、もう一度殴ってやりたくなった。

 どうにか堪えて視線を移すと、もう一つのムカつく先に目が留まる。


「お前、何笑ってんだよ」


 朝倉だ。朝倉が、嫌な顔でおれを見ていた。

 久瀬を殴った瞬間はぎょっとした気配があったのに。それはすぐに消え失せて、今はただ、ニヤニヤした笑みを浮かべていやがる。


「いやぁ、何か安心するなぁと思ってね」


 ああ?

 不快感に胸がざわつく。

 ざけんな、てめぇも殴ってやろうか。

 殺気を込めて睨むと、朝倉は面白そうに肩を揺らした。むしろ悦んでいる気さえして。


「……お前、どっかおかしいんじゃねぇのか」


 思わずそう漏らすと、朝倉は目を瞬いてから、薄く笑うようにした。


「ここに、まともな奴なんているのか?」


 久瀬まで小さく笑う気配があって、忌々しさに吐き気がする。

 だけど、それでも。


「おれより先にぶっ壊れてんじゃねぇよ。……これ以上、久瀬みたいになるな」


 そう吐き捨てると、朝倉は目を見開き、それから目を細めた。

 愉しそうに、嘲るように、挑むように笑われる。


「俺は俺だよ。……それ以上でも以下でもないさ」


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