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慟哭の夜を笑っていけ  作者: 水城リオ
第3章 罪に濡れた先で
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3-6 Yes

 ここから本編に戻ります。

「涼司……」


 低く呻くような声が聞こえて、視線を上げると親父と目が合う。眉を引き絞りながらおれを見ているその顔に、視界が歪んで、また熱が込み上げてくる。


「おかげさまでな、裏切られるのはもう慣れっこなんだよ」


 そう呟くと、親父はぎゅっと唇を引き結び、そのまま視線を逸らしやがった。

 口の端に、乾いた嗤いが込み上げてくる。


 朝倉、結城に、とどめは親父と来たもんだ。こんなのもう、笑うしかねぇだろう……?


 身体の奥が爛れるくらい熱い何かが蠢いているのに、クソ親父の目からぼたぼたと何かが零れ落ちるのを見ていると、段々と馬鹿馬鹿しくなってくる。


 運命だか何だか知らねぇが、あの夏の何かは、どうあってもおれを殺したかったらしい。あの夏を生きて乗り越える可能性なんか、もう欠片も思い描けなかった。

 どう足掻いたって、おれに助かる道はなかった。喰われて死ぬか、オウガになるか。

 そう思ったら、言いようのない虚しさがこみ上げてくる。


 本当はもう分かっていた。

 きっと、どうしようもなかったんだろうってことも。自分が死んで済む話なら、きっとそうしたんだろうってことも。そんなことくらい、この親父を見ていれば嫌でも分かる。分かっちまう。

 ――けどな!

 これ以上自分を責めるなとか、もういいんだとか、そんな言葉を吐けるはずもなかった。赦してしまえるほど、簡単な時間じゃなかった。


「――それで、おれに何をさせたい」


 振り切るように睨み上げると、久瀬は薄く笑う。

 何だよこいつ、本当に何なんだ。


 おれが激情に駆られるであろうことを平然と告げてくるかと思えば、ただ黙って見ていたり。

 おれを試してるのか? 使える駒になるかを計っていやがるのか?


「具体的には、何をさせたい」


 まるで、この男の掌の上で踊らされている気がして吐き気がする。だが今は、話を訊くのが先だろう。内容次第では、――


「結城君を連れ戻してほしい」


 予想外の言葉だった。


「結城君は、敵対組織の手に堕ちたままでね。我々としても困っているのだよ。だから、君に連れ戻してほしい」


 思わず久瀬を見返してしまった。


「これは君にとっても、そう悪い話ではないだろう?」


 ――それはその通りだが。

 おれの目的は、結城の救出。それから、この活動の全てをぶっ潰すこと。そうして初めて、おれは母さんや彩乃の前に戻れる、……全て終わりに出来ると、そう思っていた。


 けど、結城の所在はもとより、組織に繋がる手がかりは皆無だった。それで親父に助けを求めようとして、こんなザマになったわけで。

 だから、結城の救出をそちらから提案してくれるなら、決して悪い話ではなかった。

 もちろん、これが真の救出にあたるだなんて思っていない。結城を捕える組織が変わるだけ、ただ元に戻るだけで、下手をすれば今より状況は悪化するかもしれない。

 それでも、あいつさえ取り戻せれば。結城と二人でなら、また何か別の手を考えられるかもしれない――


「ちなみに、そこには君の友人も捕らえられていてね。中嶋君と水野君、この二人だ」


 これも、十分な破壊力を持つ情報だった。


「あいつら、解放されたんじゃなかったのか……?」


 世間では、中嶋や水野も死んだことにされたままだ。だから、元通りになっているはずはないと思っていたが。

 それでも、向こうの組織の奴らは言っていなかったか? 中嶋と水野なら、再び家族に会うことも可能だろうと。


「少なくとも、家族の元に戻ったという話は聞かないな」


 あの嘘つきめ! ……いや、こいつらが嘘をついている可能性だってあるが、……

 そこでハタと思い至る。


「おれの仕事は、中嶋と水野も連れ戻す、ってことでいいのか?」


 本当に?

 結城は分かる。結城は、この組織にとっても貴重なサンプルだろう。自我を残したオウガ。しかも、シンシアとの繋がりも深い様子だった。研究対象としての価値は十分にあると思えた。

 でも、中嶋と水野は? あいつ等を連れ戻して、この組織に一体何の得がある……?


 久瀬は小さく笑いを浮かべた。


「二人とも連れ戻したまえ。こちらの条件を飲む限り、ここで働かせてやってもいい」


 二の句が継げなかったせいだろう。久瀬は冷笑を浮かべた。


「これは君への報酬だよ。いや、保険かな。君の守りたいものが増えるほど、我々を裏切れなくなると思ってね」

「……もしおれが、連れ出すのに失敗したら? そもそも、あいつ等が断ったら、」


 こんな犯罪組織で働かされるだなんて、最低の選択だろう。死んだ方がマシだと思われたって、おかしくはない。第一、あちらでそれなりの厚遇を受けていたら、連れ戻すなんて真似は絶対にできない。そう思ったのに、


「答えは自明だな」

「自明って……」

「死んでもらおう」

「どうやって! 向こうの組織に匿われていたら、お前等にも手なんか出せないだろう!」


 だが、久瀬は涼しい顔で笑う。


「連れ出すのは少々難儀でも、処分するのは造作もないことだ。我々を見くびってもらっては困るのだがね」


 冗談じゃない!

 要は、中嶋と水野までおれの人質にするってことだ。おれへの報酬だなんて、ふざけたことを抜かしやがって……!

 腹の底から怒りが込み上げたが、唇を嚙み切るほど強く噛んで、何とかそれを押し殺す。


 落ち着け、落ち着け、……よく考えろ。

 おれにはもう、打つ手がねぇだろ。

 おれの生還もバレた上に、母さんたちが人質として有効だと証明すらしちまった。だったら、この場は。

 途方もなく忌々しいが、今はこいつ等の言うことを聞いた方がいいんだろう。大人しく従うと、そう思わせて利用すればいい。結城とあいつ等さえ無事なら、いくらだってやり直せる……



 詭弁だと、頭のどこかで分かっていた。

 それほど簡単にいくのなら、そもそもこんなことにはなってはいない。

 嵌められ、嬲られ、化け物にされ、その挙句が悪の組織の手先になれって?

 笑っちまう。どんだけ好き勝手弄んでくれるんだ。

 ――それでも。


 おれはもう、戻れない。だったらせめて、あいつ等だけでも救い出す。それしか、おれがここにいる意味なんてないだろう……?



「さて、回答はYESでいいかな? ならば、後は仁科君と詰めてもらいたいのだが」

「待ってくれ!」


 会話を切り上げられそうになって、おれは叫んだ。


「――まだ何か?」

「朝倉は?」


 久瀬の眉がピクリと動く。


「朝倉はどうした」


 久瀬はおれを無表情に見下ろしてくる。


「死んだよ、あのときにね。君も見ただろう?」


 やけに冷たい瞳からは、感情が読み取れない。それが嘘かどうか、確かめるすべはなかった。


「さて、それで君の返答は? YesかNoか、それだけだ」


 どうやらこれ以上、応える気はないらしい。

 それで、おれは頷いた。答えなど決まっていた。


「……Yesだ」




 ******




 それからの約1ヶ月間、おれは毎日のようにしごき抜かれた。戦闘訓練と人体実験、その大盤振る舞いだ。


「貴様の動きは単純で読まれやすい。もっと頭を使え」


 戦闘訓練の教官からは、何度もダメ出しを喰らって。


「何だ、その無駄な動きは。身体能力に頼りすぎるな」


 素手での近接格闘術に加え、ナイフや銃の扱いも一通り叩きこまれる。


「知っているのといないのとでは、動きに雲泥の差が出るからな」


 激しい訓練に息が上がる。全く、好き勝手言いやがって!


 ちなみに、教官との訓練時間は、オウガの力を押さえる薬が投与された。おれを捕らえた時のアレだろうと思っていたら、全くの別物らしい。

 投与されると猛烈に怠くなり、始めの頃は身動きするのも辛かった。

 手足がやけに冷たくなって、全身が斑に黒ずみ、呼吸さえも覚束なくなる。鏡にちらっと映った自分の姿はまさに屍っぽくて。

 あぁ、おれってホント、ゾンビなんだな……とか、馬鹿なことを考えているうちに、そのまま意識が沈みかけた。


 その度に、これ見よがしに、母さんと彩乃の隠し撮り画像なんかを見せられて。


「君が諦めるようなら、ペナルティを覚悟してもらおうか」

 とかなんとか耳元で囁かれて、親父に身体を弄られて。


 ざけんな、人の身体で言い様に遊んでんじゃねぇよ……!!


 そんなことを繰り返すうちに、おれの身体が慣れたのか、投薬量も調整されていったのか。1週間も経った頃には、訓練中のきっちり数時間だけ、身体能力を人並みに下げることが可能になっていた。

 つまり、おれが下手な手加減などせずとも、教官たちが遠慮なくおれを(しご)けるようになって。それからの訓練はある意味、もう一つの地獄だった。


 さらに言うなら、訓練前後の身体検査(と称した人体実験)も長くなった。

 モルモットはもう終わり、などと言っていたが、投薬と血液だか髄液だかの採取は連日のように続いた。


 おまけに、脳内に小型発信機と爆薬なんかも埋め込まれたらしい。おれが狂って制御がつかなくなった時の保険、だとか抜かしていた。オウガと言えど、脳を破壊されればそれで終わりだ。少なくとも自我は保てない。だからこそ、脳内のどこかに埋め込んだらしかったが。

 ご丁寧に忠告してくるあたりが、本当に忌々しい。マジでこれ、後でこいつ等ぶっ潰せるか……。


 考えるほどにゲンナリしてくるが、この1ヶ月間は正直、深く考える間もないほど、連日疲れ果てていた。訓練と覚醒薬を投与されたとき以外は泥のような睡魔に襲われ、時間はあっという間に過ぎて行った。



 *****



「大分、仕上がってきたようだな」


 久しぶりにすっきりした頭で連れてこられた先は、計器類がびっしり並んだコントロールルームだった。

 その場に集まった面々を見渡すと、久瀬、仁科、親父に加えて訓練教官、それから見慣れない屈強そうな男たち。部隊長か何かだろうか。


「多少は使えるようになりましたかねぇ」


 仁科の言葉を聞きながら、おれはただ肩を竦めた。

 おれの両手には、金属製の分厚い枷がガッチリと嵌められていた。今は身体能力を人並みに下げられていたから、こんなところで仕掛けるはずもないんだが。それでも、おれが我を忘れたら何をしでかすか分からない、とでも思われたのか。


「できれば、もう少し万全を期したかったところだが、そうも言っていられなくなった」


 おれに軽く視線を投げてから、久瀬は集まった面々を見回す。


「彼らが想定以上に早く、ウィルスの活動を阻む薬物を開発した、との情報が入った。恐らく、結城君を使っての人体実験が成功したのだろう」


 ざわりと、全身が総毛だった。

 人体実験? 結城の身体を使っての……? 


 久しく忘れていた感情が全身を這い上る。


「おい……」 低く唸ると、


「逸るな涼司。力んでも結果は出ない」


 冷たい視線がおれの両手に注がれていた。そこでようやく、おれも気づく。

 手首が血塗れで、ボロボロだった。気づいた途端に痛覚も戻ってきたが。

 どうやら、手枷を外そうと無意識に力を込めていたらしい。さすがに人の力じゃ外せなかったが。 


「逸って自滅、そんな真似だけはしてくれるなよ」


 周囲を睨む。

 そんな真似! 誰がするかよ。

 こんなところで下手は打たない。必ず結城を助け出す。そのためにおれを鍛えてきたんだろうが。

 いいからさっさと、おれをその場に連れていけ……!


 久瀬はしばらくおれを見据えた後。


「――いいだろう、今から計画の全容を伝える。必ず、成果をものにしたまえ!」


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